第八話 世界の終わる時-III
「ジェナス!!本当にそんな装備でいいのか!?戦闘は無理だが移動用にザクが一機───」
「大丈夫です!!ありがとうございます、エイブスさん!!」
発進位置へと己の装備を持って向かうジェナスに、彼の身を案じた技師長が声をかけてきてくれた。
ヘルメット越しでこちらの顔は見えていないだろうから、大きく頷いて返事を返す。
シンのコアスプレンダーが飛び立っていった滑走路に到着すると、右脇に抱えていた「それ」を彼は下ろし、ヘルメットのスイッチを操作してブリッジのオペレーターとの回線にチャンネルを合わせる。
「こちら、ジェナスだ。いつでもいけるぞ」
『あ、は、はい!!メイリンです、よろしくお願いしますっ!!』
「ああ、ルナから聞いてる。こちらこそ頼む」
不意を衝かれたのだろう、慌てた少女の声が返ってきたのに苦笑し、頬を緩ませる。
だがそれも一瞬のこと。表情を引き締め、
いくつもの光点が瞬く、眼前に広がる漆黒の宇宙をまっすぐ見据える。
はじめての宇宙──ガン・ザルディとの死闘の際に、そのフィールドの一つとして戦闘の場にはなったが、こうして静かに眺め身を置くのは、はじめてだった。
だが不思議と、恐れや戸惑いはない。
『進路クリアー。発進、どうぞ!!』
「よし!!───get!!ride!!」
発進許可が出るとともに、彼を載せた「それ」が浮揚し、一気に加速し飛び立っていく。
「久々だけど……悪くない!!」
アムドライバーの移動用に開発された、サーフボードにも似た純白の整流板。
ライドボードと呼ばれるそれは、ジェナスとともにシンによって回収されていたもの。
どうやってこの世界にやってきたのかも、なぜジェナスと共に漂っていたのかもわからないそれは、しかしながら間違いなく、ジェナスが「あちらの世界」で愛用していたもので。
「こんなの、見たことも扱うのもはじめてだろうに……感謝するぜ、エイブス班長!!ヨウラン!!ヴィーノ!!」
万全の整備を受け、軽快なレスポンスの伝わってくるライドボードにジェナスは快哉をあげる。
時たま眼前に現れる、コロニーから離脱した破片を、右へ左へ全く危なげなくかわしながら、彼を載せたライドボードは一路、星屑舞う崩壊の大地を目指す──
「こいつらっ……邪魔、するなあああっ!!」
雄叫びとともに、すれ違いざまビームジャベリンを一閃。
それは近接戦闘には向かないブラストシルエット装備での、シンのできる精一杯の接近戦術だった。
白兵の得意な彼とはいえ、さすがにきつい。
「こんのおぉっ!!」
続けて振り向きざま、背部に装備されたミサイルポッドから、多数のミサイルをばら撒く。
膨大な数のミサイルが形成した濃密な破壊の「網」へとひっかかった黒色の機体は、かわしきることも逃げ切ることもできず身体の各所をもがれて直撃を受け、爆散する。
これでやっと、三機目。
『なんなのよ、こいつらっ……!!旧型のくせして……!!』
『わからん、だが強い、手練れだ……!!ジュール隊の人々と連携して、複数で一体を相手にするしか……!!』
通信機ごしに仲間たちが苦戦に気を吐いているのが、聞こえてくる。
だが一番の激戦区───数機のメテオブレイカーを護りつつ多数のジンを相手にせなばならない状況のシンに、ゆっくりと耳を傾けている余裕などあろうはずもない。
「くそっ……三時の方向!!また四機……!!」
せめて対MS戦における高速戦闘用の、フォースシルエットに換装できれば。
拠点防衛ということもあり出撃時にブラストシルエットを選択したのだが、あまり旗色はよくない。
漆黒に染め上げられた敵の、ジンハイマニューバ2型の斬撃をサイドステップで避け、ジャベリンの柄でいなしながら、シンは歯噛みする。
なんとしても、メテオブレイカーを守らなくてはならない。
ユニウスセブンを砕くためのこの一縷の希望を、潰されるわけにはいかないというのに。
さばききれないジンのビームカービンが、ブレイカーの入力作業を行っていた無防備なゲイツRを貫き、破壊する。
「くそおぉっ!!」
苛立ちで、操縦が荒くなる。
こちらもプロだが、相手もおそらくはプロ。しかも熟練の。
当然彼の見せた隙を、見逃してくれるわけもなく。
「しまっ……」
背後に回りこまれ、ビームカービンのロックオンにコックピットが耳障りな警告音を発する。
鈍重なブラストシルエットでは、対処できない。
やられる───。死の予感に、背中を嫌な汗が流れ落ちた、その時。
「!?」
ジンの銃が、頭部が。
次々に撃ち砕かれ、無力化され。
戸惑いながらもシンはバックパックのビームランチャー、ケルベロスを引き起こし、それを撃ち抜く。
『大丈夫かっ!?』
「───え?」
振り返った先にいるのは、こちらにビームライフルの銃口を向けた真紅の見慣れぬ機体。
聞こえてくるのは、予想だにしなかった男の声。
そりゃあ、出撃を希望していたのは聞いていたけれど───……何故!?
「あ、アスラ───アレックスさん!?なんであんたがこんなとこに──」
「今はどっちだっていい!!それに話はあとだ!!くるぞ!!」
怒鳴りつけるような言葉は、きつかった。理不尽にも思えるそれに内心怒りがこみあげる。
いきなり出てきて頭ごなしに命令するなんて、何様だ。
しかし反論する間もなく、敵が押し寄せてくる。
「メテオブレイカーを守るんだっ!!」
「わかってますよっ!!」
真紅の機体が背中の砲を跳ね上げると同時に、シンもケルベロスをせり上げてインパルスに構えさせる。
図らずも、二人の呼吸は合っていた。
「いけえぇっ!!」
二組、四門の大砲が同時に火を噴き、四本の光条が地表を這うように突き進む。
高い威力を持つ四筋のビームは敵を捉え、さらに後方から迫り来る数機のジンを巻き込んで爆散させた。
仮面の男は、モニターを見上げながら、ヘルメット状の仮面に覆われたその頭を抱えていた。
一体どういう状況なのだ、これは。
「どうなさいますか、ロアノーク大佐」
「……」
どうするもこうするも、ないだろう。
ユニウスセブンが地球に落ちそうになっていると連絡を受けたから道中がてら、調査に赴いたものの。
ザフトのMS同士が──片方は破砕作業を行い、片方はそれを邪魔し──戦っているなど、想定してすらいなかったのだから。
副官というものは楽だ。こちらの命令にだけ従っていればいいのだから。しわ寄せは皆こちらにくる。
ロアノーク大佐と呼ばれた男は仮面であちらから見えないことをいいことに、副官のリー艦長を正面からおもいきり、睨みつける。
「我々の目的はあくまで、調査だ。だが状況が混乱していてよくわからん。MSを出して調べさせる」
「はっ……。と、いいますと」
「カオス、ガイア、アビス、発進。だがけっして無理はするなと伝えておけ。状況判断は柔軟に、ともだ」
「了解しました」
「せっかくいただいた大事な機体……早々にぶっ壊すわけにもいかんからね?」
彼らの部隊、その名はファントムペイン。
彼らこそ、シンたちの追っていた強奪犯の正体。
発進していく三機のMSこそ、ミネルバが奪還に失敗した、新型のMS……。