アム種_134_007話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:34:46

第七話 世界の終わる時-II



 衝動を、止めることはできなかった。



「君は、自分が何を言っているのかわかっているのかね?」



 MSよりもはるかに危険性の高い、ノーマルスーツを用いての、内部からの破砕作業。

 ユニウス内部に残されているであろう、コロニー時代からの推進剤を使った爆破。



「重々、承知しております。それでも」



 自分よりも年若い少年がそのような危険へと、敢えて臨もうとしている。

 そんな光景を、目にしてしまっては。

 彼とデュランダル、タリアのやりとりを眼前で繰り広げられてしまっては。



「私にどうか、MSを一機、お貸し頂けないでしょうか───……!!」



 耐え切れるものではない。

 アスラン・ザラには、己の無力を容認するだけの我慢強さも、卑屈さも、到底、備わってはいなかった。

 故に彼は───力を欲していた。







「戦闘、だって!?」



 アムジャケットを装着し、待機所にて作戦の開始を待っていたジェナスは、一足先にカタパルトの愛機のもとへと向かったシンからの通信に驚愕の声を上げる。



「破砕作業じゃなかったのかよっ!?」

『俺に言うなって!!とにかくこっちの作業を邪魔しようとしてるやつらがいるってこと!!』

「っく……」



 馬鹿な。あれが落ちれば、多くの人命が失われてしまうのだろう?

 なのにこの世界の人間たちは、どうして一丸となれない!?



『MS同士の戦闘に巻き込むわけにもいかないし、ジェナスは残っててくれ』

「いや、行く」

『馬鹿!!危ないんだぞ!?』

「戦闘があってるならなおのこと、別働隊の爆破作業が必要になるかもしれない。俺も行く」

『……お前さぁ、命知らずだよな』

「へへっ、これでもそれなりに修羅場はくぐってきてるんでね──……」



 ひとしきり笑いあってから、互いに表情を引き結ぶ。



「気をつけて、な。シン」

『お前もな、ジェナス。またあとでな』



 通信を切り、シンを送り出したジェナスはテーブル上に置いていたヘルメットを手に取る。

 装備を確認、推進剤を爆発させるための時限式の爆破装置に、無重力下でも使用可能な護身用のサブマシンガン。

 後者はできる限り使いたくはないが、これで全部だ。



「おっと、お前もだったな」



 壁に立てかけてある「それ」を見つめ、頬を緩ませる。

 アムジャケット以外で唯一、彼と共にこの世界にやってきた「仲間」。

 この世界に飛ばされた際、これを携行していた記憶はないのだが───、

 自分と一緒に回収しておいてくれたシンと、整備を行っておいてくれた整備班の皆には、感謝せねばなるまい。



───と。

 彼のすぐ横で自動ドアが開いて、赤いパイロットスーツ姿の男が、室内へと入ってきた。



「……え?」



 意外といえば、意外な顔。

 彼は無言のままそこを素通りし、格納庫のほうへと歩を進めていく。



「アレックス……さん?」



 それは、自分と同じように議長や艦長へと出撃を志願し、彼らと共に通路の向こうへと姿を消した、年上の少年の姿であった。







 整備兵たちの説明を聞き、計器に目を走らせながら、アスランは彼らとのやり取りを脳裏に思い出していた。



「MSを貸して欲しい」、「作業を手伝わせて欲しい」。

 あまりに非常識で無茶な彼の頼みに、タリアは困惑し、言葉を濁しながらも不可能である旨告げた。

 当然だった。かつて所属していたとはいえ、裏切りという恥知らずな行為を行った挙句、今のアスランはただの民間人なのだから。



 だが、彼やタリア、話を聞いていたカガリやシンにジェナスの予想とは裏腹に、デュランダルは首を縦に振って、ついてくるようタリアとカガリ、そしてアスランに言った。



 案内された先は、出撃準備で慌しい左舷の格納庫とは対照的な、ひっそりとした右舷の格納庫。

 そこには、一体の機体が佇んでいて。

「貸すのが駄目だというのならば、このMSを君に託そう」────。

 彼はまるで、なんでもないことでもあるかのようにそう一同の前でアスランに告げた。

 そしてアスランの隣で唖然と事の成り行きを見守っていたカガリへと向き直り、こう言った。



「この機体には、オーブ系の技術が多く流れている。姫、貴女の言われていた流出技術、このような形ですが返還したい」



 民間人に与えるのが駄目だというのならば、政治的取引。

 オーブとの友好関係の一環としての技術供与────、

 そういうことで彼は通そうとしているようだった。



 それでも、正気の沙汰ではない。あるいは、最大級の愚か者とでも言うべきか。

 なんとも苦しい言い訳を思いつくものだ。

 普通技術供与なんてのは後進国へと先進国が使い古した技術を払い下げるか、

 同格の国同士でもせいぜい、なんらかの形での共同開発がいいところなのだから。

 軍事機密の塊たる最新鋭のMSを一機、気前よく他国に譲り渡す話など聞いたこともない。



 案の定、艦長は猛烈な抗議をし、デュランダルはなだめすかしていた。



 作業の性質上、一人でも手は多いほうがいい。彼ならば腕は確かだ。

 彼の乗ってきたザクは、まだ修理が終わっていないのだろう?

 私が彼に与えたのではない、私はオーブに寄贈したに過ぎない。



 そのような詭弁を、彼は並べ立てていた。



「なにより、この機体は既にオーブのものだ。プラントの代表である私に、どうすることもできんよ」



 何、書類上の記録など後々、どうとでもなる───。彼の自信に満ちた顔には、明らかにそのような考えが書いてあった。

 全くもって、食えない男だ。

 カガリがこのようにされて、後々プラントのことを軽視できない性格であることまで見抜いている。



(──だが、それが今はありがたい……!!)



 インパルスや強奪された三機と同じ、セカンドシリーズMS、最後の一機。

 まともでない形で与えられたとはいえ、この機体を託されたということは、自分が──オーブが信頼されているということ。



「応えてみせるさ。使わせてもらう」

『カタパルトエンゲージ、進路クリアー』



 巨大な二本のアームに掴まれてカタパルトへと移動を完了した機体の中で、アスランは呟く。

 やってみせる。たとえ戦闘があったとしても、邪魔者がいようと。

 ユニウスセブンを地球に落とさせはしない。





『発進、どうぞ』



 メイリンといったか、赤髪の女性オペレーターの声がコックピット内に響き渡る。



「……アレックス・ディノ」



 今この瞬間は、アレックスだろうと、アスランだろうと関係ない。

 一人の人間として、このMSを駆って期待に応えるだけだ。自分達の働きに、人々の命がかかっているのだから。

 操縦桿を握る両腕に自然と力が入る。

 パイロットである者ならば誰でも感じる、コックピットの中の心地よい緊張感と一体感が、彼を包んでいた。

 充実しているのが、わかる。戦士としての自分が、高揚している。

 左右のレバーを力強く押し出しながら、彼は気合いとともに叫んだ。



「『セイバー』、発進するっ!!」


 
 

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