第十話 混迷の戦場
「インパルス、苦戦しています!!被弾によりVPS装甲の電圧、低下!!バッテリー危険域ですっ!!」
オペレーターのメイリンの声がブリッジに響く。
彼女の切迫した報告を聞きながら、タリアが苦々しい思いでインパルスの戦う三機のMSを見つめる。
まさかここにきて、あの三機を奪った連中がしゃしゃり出てくるなんて───!!
「アーサー!!彼らの母艦からの返答は!?」
「あ、ありません!!依然、一定の距離を維持したまま沈黙を保っています!!」
「ちっ……メイリン!!ソードシルエットの射出、できる!?」
「整備は終わっていますが……シンがあの状況では、発射したとして換装する余裕はとても……!!」
「ぐ……!!」
なんとか他の戦域──、ディアッカ・エルスマン率いるガナー隊とともに砲撃を続けるルナマリアや、果敢に近接戦闘を挑みジンたちを切り捨てていくイザーク・ジュールの支援にまわっているレイ。
あるいはメテオブレーカー隊の直衛に回っているアスラン達は戦線を維持し、辛うじて持ちこたえている。
数自体は拮抗、MSの性能ではこちらが上。しかしパイロット技量の平均値はあちらのほうが上。
なんとも危ういバランスの上ではあるが徐々に破砕作業は進んでいる。
内部の爆破作業を行っているジェナスからも、先ほど最後の爆破装置の設置を完了したと電文があった。
ただ唯一の苦戦が、シンのインパルスだった。
三機の奪われたMS──ガイア、アビス、カオスの突然の乱入を受け、邪魔はさせじとたった一機で彼らを食い止めているのだから無理もない。
「構わないわ、出して!!シンにその旨、連絡を!!彼の腕を信じましょう!!」
「りょ……了解っ!!」
そう、どの道信じるしかないのだ。ただ見ているしかできない我々は。
このまま放っておいても、いつかバッテリー切れでシンはやられる。
耐え切ったとしても艦に戻るだけのエネルギーを失いVPS装甲のなくなった彼の機体はそのまま、大気圏を振り切れず燃え尽きるだろう。分が悪くても、ここは賭けに出るしかない。
「シルエットフライヤー……ソードシルエット、射出!!」
二振りの剣を携えた無人戦闘機が、飛び立っていく。
クルー達が祈るようにその後姿を見つめる中、モニター端に映された高度計が刻一刻とタイムリミットを刻んでいた。
「ああああああああああああっ!!」
こいつが、こいつが、こいつが。こいつがこんなものを地球に落とそうとしている。
許せない。みんなに「こわいこと」をしようとするこいつは、悪いやつだ。だから、倒す。
「こんのおおおおぉぉっ!!」
こいつが、こいつが、こいつが。こいつが皆の頑張りを邪魔しようとしている。
させるものか。この石ころが地球に落ちたら、たくさんの人が死ぬことになるんだ。やらせはしない。
漆黒の機体、ガイアと白亜にブルーの機体、インパルスがサーベル同士をぶつけあい、パイロットは互いに激した叫びをあげて立ち向かう。
「こわいこと、させない……!!」
「アーモリーワンといい、今度といいっ……そんなに人殺しが楽しいのか、このおっ!!」
互いの叫びは、互いに聞こえず。
背後からの殺気に反応し、シンは放たれたカオスのビームライフルを避け、背中のブースターをふかす。
左足を振って慣性で方向転換し、バルカンを乱射して牽制し、再度ガイアへと向き直る。
アビスの放ったミサイルが迫り、シールドを向けてこれを防ぐ。
着弾の勢いに吹き飛ばされながらも反撃のビームライフルを放ち、岩盤上へとサーベルを突き立てて衝撃を殺す。シートベルトの食い込んだ肋骨が、みしりと鳴った。
「っく……!!」
まさに、全身全霊。持てる技量と機体性能の全てを駆使してシンは、ぎりぎりのところで三機のMSを食い止めていた。
既に機体はビームの焼け焦げで傷だらけ、間接やフレームはは無理な機動でシャフトというシャフトが悲鳴を上げている状態で、操るシン自身の身体も精神力も限界に近い。
「はぁ、っ、ハァッ……く、そおぉっ!!」
──何より、エネルギーがやばい。
今だってやっとのことで持ちこたえているが、それにしてもVPS装甲の堅牢さ、実弾に対する耐性がなければ既に何度死んでいることだろう。
エネルギー切れはVPS装甲の喪失を意味する。そうなれば彼に勝機も離脱するチャンスもなくなる。
「あー、もうなんだよこんな時に!!ミネルバから通信!?」
全身汗みずくになりながら神経を尖らせる彼の耳に、癇に障る耳障りな音が響く。
電波障害を見越しての、文章による電文通信。今はそれどころじゃない──そう思いつつもキーを操作し、内容に素早く目を通す。
残弾の少ないビームライフルをオートで乱射し、敵機の接近を防ぎつつ。
「ソードシルエットを……?ありがたい!!けど……っ!!」
この状態で一体、換装する隙をつくることができるのか?
一対一ならともかく、三対一で波状攻撃をしかけられては──
初陣のときと違いやつらもこちらの特性を知っているからには邪魔をしてくるに違いない。
「くそ……!!」
アビスのフルバーストを避けたところで、体勢がわずかに崩れた。
ビームで砕かれた岩がイレギュラーな軌道で膝関節へと激突し、予期せぬ衝撃に機体がバランスを崩したのだ。
残りの二機がすかさずそこへつけこみ、変形したガイアのビームブレイドがライフルを切断。
頭上にまわっていたカオスのビームライフルが、フォースシルエットを襲う。
「まずいっ……!!」
とっさにライフルを投げ捨て、フォースシルエットをパージ。
前と後ろで起こった爆発は機体に深刻な被害を与えはしなかったものの、彼の視界を奪う。
「うわああぁっ!?」
鈍い金属同士が擦れあうような感触があった後、シンの身体を浮揚感が包む。
『ステラ、アウル!!やっちまえ!!』
爆発の中、急接近したMA形態カオスのクローがインパルスの機体をがっちりと銜えこみ、捕らえていた。そしてタイミングの悪いことにエネルギーが尽き、VPS装甲が落ちて機体の色が白とブルーであったものが、灰色の無機質なものへと変化していく。
接触回線で聞こえてきたカオスのパイロットの声に、計器を見回して慌てていたシンはハッとして前方を見る。
『はああああああああっ』
『これで、終わりいいぃぃっ!!』
サーベルとランスのビーム刃を手に迫る二機のパイロットの声が、カオスの機体を介してシンの耳にも届く。
操縦桿を動かすが、殆どのエネルギーが枯渇し、シルエットまでも失ったインパルスの出力ではカオスのクローを引き剥がすことはできない。
「くそっ……動け、動けぇっ!!」
焦り喚き散らし、レバーを無茶苦茶に操作する。
しかしインパルスは動かない。二条のビーム刃の光が、彼を焼き尽くさんと迫る。
だが。
『うおおおおおおぉぉっ!!やっちゃるっ!!』
視界を蒼い影が横切ったかと思うと──鈍い衝撃がコクピットを襲い、インパルスの各部が自由になる。
「っ!?」
『シン!!今だ!!』
「ジェナス!?」
メインカメラに映るブルーの機影と、その上に跨るノーマルスーツ──アムジャケットを着込んだジェナスの姿に、彼は驚きつつも。ジェナスの言った言葉にすかさずレバーを押し込んでインパルスの機体を上昇させる。
「何なんだよ、その機体は!?」
「いいから!!ミネルバから荷物きてるぞ!!」
カオスへと体当たりを敢行した蒼い機体がパーツを分解し、ジェナスの全身を覆っていくのを横目で見ながら。
目指すは、上空に迫る一機の戦闘機。それのパージした二振りの剣の装備された後部をガイドビームに乗せ、インパルスとドッキングさせる。
──あれもまた、アムジャケットとかいうものの装備品か何かなのだろうか。
そんなことを考えながらも、彼の操作は正確だった。
現れたのは、真紅の二刀流剣士──ソードインパルス。
回復したエネルギーと、装着したパーツの機体への一体感に、シンは安堵の溜息をつく。
分解した機体のブルーのパーツに身を包んだジェナスが、インパルスの肩部ブロックほどの大きさのその姿を、シンと同程度の目線の岩の高台の上に屹立させていた。
「サンキュー、助かった。危なかったよ、ジェナス」
『いや……間に合ってよかった」
「───で?話はあとで聞くけど、なんてーんだ、その機体?」
『ああ───……』
大と、小。紅と、蒼。
『──ネオエッジバイザー。大切な仲間の形見だ。どうやら俺のことを、待っててくれたらしい……!!』
色も大きさも対照的な双刀の剣士が、同時にその剣を引き抜く。
シンの操縦するソードインパルスは、光の剣。レーザー対艦刀・エクスカリバーを。
ジェナス駆るネオエッジバイザーは彼のアムマテリアルを反映した、ブルーに輝く巨刀・デュランダルを。
突然の見慣れぬ敵の出現にうろたえる三機めがけ、切りかかっていく。
彼らの飛び立ったその後ろで、地面が爆発し。
いくつもの破片、ジャンクを撒き散らしながら閃光を放ち、真っ二つに割れていった。
ドリルに穿たれた大地が地響きを立てていた。
眼下には、蒼い星。
限界高度は、近い。ユニウスセブンの崩壊も、近い。