第二十四話 出航の日
街は華やいでいた。
今日は国家元首たるカガリ・ユラ・アスハの結婚式が執り行われる日。
同時に発表された連合との同盟や、その相手については不満を持つ者も多かったが、大勢としてはやはりお祭りムード、カガリに対する祝福の空気が出来上がっている。
新郎と新婦が屋敷から婚礼の儀が行われる会場へと向かう車を一目見ようと人々は集まり、道路に列を成し。
今ゆっくり祭壇に向かい歩を進める二人の姿を、国民達はあるいはテレビで、あるいは押し合いへし合いしながら警備員に阻まれた会場の予防線の外から見つめている。
「───汝。ユウナ・ロマ・セイランは、カガリ・ユラ・アスハを生涯愛し、
いかなるときにおいても変わらぬ愛をささげ慈しみ続けることをここに誓うか」
静まり返ったオーブの守り神・ハウメアの神殿に、神官の問う声が残響する。
あとは宣誓を互いに済ませるだけ。二人の婚礼は、まさにクライマックスを迎えていた。
永遠の愛を二人が誓いさえすれば、彼らの結婚はここに成立する。
──だが、そのとき。
「はい、誓いま──……っ!?」
耳障りな警報が、神官の声もユウナの回答も、かき消した。
会場がざわめき、出席者たちも傍観者たちも騒然と周囲に目を巡らす。
爆発。
会場の四方へと、上空高くからビームが降り注ぎ、
後夜祭で盛大に打ち上げられるはずであった花火を暴発させる。
神殿の左右に屹立していたM1アストレイの頭部が撃ち抜かれ、倒れこむ。
突如起こった異変に人々はパニック状態に陥り、雲の子を散らすように逃げ惑った。
そのうち、一人が何かに気付いた。
また一人、また一人と。気付き、空を指差す。
彼らが見たのは、一機の真紅に塗り上げられたガンダムタイプのMSであった。
『オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハに告げる!!』
──いいね。最高のタイミングだよ、君は。一番盛り上がるところを潰してくれた。
混乱する民衆や参列者に混じり、カガリとともに護衛の軍人達にその身をかばわれつつも、ユウナは顔を伏せてほくそ笑むのを止めることができなかった。
もとより宣誓をする気など、彼にもカガリにも、さらさらなかった。
『私はザフト軍・特務隊『フェイス』所属、アスラン・ザラ!!』
観衆のどよめきが、その名に一層増す。
アスラン・ザラ。悪名高い、パトリック・ザラの息子───!!
『連合に組することを決めたこの国より、わが国のMS、およびそのパイロットは返してもらう!!我々の信用を裏切った報い、受けるがいい!!』
うまい。実に堂に入った演技だ。ユウナは感心する。先程はなったビームも、指示しておいた着弾地点から寸分の狂いも無い。積まれた火薬も花火も、爆発が派手なだけで民衆には一切被害を出してはいない。
高空に浮かぶ真紅のMS……セイバーが、銃口を民衆や軍人たちにかこまれたカガリとユウナのほうへとロックオンする。
これもまた、手はず通り。ユウナもカガリもばれないように、アイコンタクトで頷きあう。
『させん、ぞおおぉぉっ!!』
『ぐっ!?』
突如割り込んできた声の主が、シールドを構えそちらを向いたセイバーを蹴り飛ばした。
オーブ軍の量産型可変MS、ムラサメである。後続に、二機の同型機が続く。
緊急時に備えて近場の基地に待機させていた護衛用部隊が、今到着したのである。
『カガリ様には、指一本触れさせぬ!!ザフトMS、観念せよっ!!』
三機が同時にビームライフルをセイバーに向かい撃ち放つ。
相手は高空だ、地表を撃ってしまう心配も無い。遠慮なしに三機のムラサメはライフルを乱射した。
(おいおい、大丈夫か……?)
その射撃が本気で撃っているように見えて、カガリは内心焦った。
三機のパイロットも抱きこんだ「こちら側」の人間だが、やりすぎではないか。
しかしそんな心配も、杞憂に終わる。
セイバーは変形し距離をとり、カガリやユウナとの間にムラサメ隊を挟む格好になったところで再度MS形態へと変形し、銃を収めた。
『ち……だが!!インパルスは頂いていく!!帰国に預けておいたぶんの『利子』をつけてな!!』
捨て台詞を残し、MA形態で飛び去るセイバー。
その先には雲の合間を縫って白亜の巨艦が翼を広げ、群衆の前に有名といえば有名すぎるその姿を晒け出していた。
その艦の名は、アークエンジェルといった。
議長室の大モニターに映る事の顛末を、デュランダルは向かい側に座る女性と共に見ていた。
丁度今、アークエンジェル甲板上へとセイバーが帰還し、続けて発進した黒と黄色の二機のMSとともに演習中であったオーブ艦隊との突破戦に入ったところである。
「……参りましたな。これでは、悪役ではありませんか」
「ええ……そうですわね。オーブにとっては。ですが、義はプラントにあります」
裏切りに対する、報いだと──……アスランも言っていたでしょう?
ラクス・クラインはしれっと答えた。
「あなたがミーアの名を使ってまでやってくるから何事かとは思いましたが……まさか、ね?」
このような茶番劇を見せられるとは。
「ですが……オーブの意思はこれでわかってもらえたでしょうか」
「ええ、それはもう。表向きは完全に敵対国家として接するつもりだ、と」
しかしその内では交流の継続を望んでいる。この芝居は国民を同盟に納得させるための方便だということも。
その代償として、インパルスを返還し。アスランを、ラクスを。
彼女の運んできたフリーダムや、あの白亜の艦をはじめとする戦力をザフトに提供するということも。
全ては中立公平を保つための二枚舌。連合からもザフトからも国を守るための、苦肉の策。
「連合との交渉の窓口を持つことも、我々の戦力を得ることも、けっしてザフトにとって悪い話ではないと思いますわ」
「ふむ」
確かに、悪くない。
アスランをはじめとするあの艦──アークエンジェルの戦力は魅力的だし、かつての戦争を終結へと導いた艦ともなればそれが戦列に加わるだけで士気もあがる。
加えて、クライン派に強い影響力を持ちカリスマ性を備えたラクスも、国民を纏めるのにうってつけだ。
万が一の場合、戦争の早期終結に向けてオーブに動いてもらうこともできるだろう。
ただし───……。
「彼女は?『ミーア』のことはどうします?君が戻ってくるとなると……」
「なんとでもなりますわ。あの父のことです、私も知らない姉妹だって、いるかもしれませんし?」
「なる……ほど。さて、どうしたものかな」
カップを手にする少女は、どうやらただの歌姫ではなく、食えない歌姫であったようだ。だがデュランダルは既にこの話に乗る気になっていた。
「事後承諾ではあるが、アスランには私から任務を与えていたということにして──……」
「はい。それでよろしいかと思われますわ」
「数日中には彼らを受け入れるべき基地を、手配しましょう。せっかくの戦力です、使わせてもらいますよ」
「……願わくば、早期の戦争終結に彼らの力が役立てられんことを」
「無論です。こんな戦争などという下らないことは……はやく終わらせてしまいたいものです」
彼らの運用はどうする。扱いは。ミネルバと組ませてみるか、あれなら元々インパルスの母艦だし、設計思想も似ている。監視もつける必要がある。様々な考えがデュランダルの脳にはあった。
「……あなたにも、働いてもらいますよ?ラクス・クライン」
「ええ、もちろんですわ」
二人の男女は、内心に思うことを隠し、がっちりと握手を交わした。