第七十三話 ライフ・ゴーズ・オン
「父上」
オーブ首長国連邦行政府にある、一室。
貫禄のある大柄な男を前に、ユウナが呟いた。
隣にはカガリもいる。
豪奢な造りの執務机に座るのは、彼の父にしてオーブ代表首長会が一人。
カガリの後見人も兼務する男、ウナト・エマ・セイランである。
「『ロゴス』。あなたもその、一員であると?」
ぱさりと、机上に一枚のプリンタ用紙を投げたユウナ。
そこにはプラントから各国政府に向けて送られた、「ロゴス」構成員の名(と言われている)のリストがあった。
そして、その中には確かにウナトの名や、オーブにおける主要企業の代表・幹部クラスの人間の名もあり。
「ウナト……」
カガリとユウナが見守る中、彼はゆっくりと頷く。
「否定は、せんよ」
「ウナト!!貴様……」
「待つんだ」
はやるカガリを押さえ、ユウナは不思議なほど落ち着いている父に目を向ける。
「理由を、お聞かせいただけますか」
「……オーブのためだ」
「え?」
オーブの?
「ロゴス」とは、デュランダルの演説を(ユウナとしては鵜呑みにする気はないが)信じるならば、私利のための団体のはず。それを、オーブのためというのは?
案の定、カガリが激昂する。
「な、なにがオーブのためだと!?これが!!ロゴスが!?」
「落ち着いて、カガリ」
「……先の大戦において、わが国は多大なる被害を受けました」
静かな口調で、彼は語り始める。
今度はユウナにではなく、カガリに。
「マスドライバーを、オノゴロを失い。連合の軍門に下って。それが僅か二年でここまで復興したのは何故でしょう?」
人材も、多く流出した。技術立国のオーブにとって工業生産力の低下も、大きな痛手であったはずだ。
「そ、それは連合が……」
「占領政策を弱めた。大した見返りも要求せず、資本を投入し、復興すら協力して」
「父上、あなたは」
「コーディネーターを多く擁するわが国を、です。おかしいとは思いませんでしたか?」
ユウナは、何かを勘付いたようだった。
カガリのほうは飲み込めず、彼とウナトを交互に見比べるしかできない。
「あなたは、人身御供になったのですか」
「……疲弊した国を立て直すには、それしかないと思った。「ロゴス」傘下に入り協力を乞うしか」
だから、正確にいえば彼は「ロゴス」メンバーではない。
彼らから投資を受け、その見返りに大局を彼らの望むように動かすよう努力する。
いわば手足となったのだ。
「ウナトッ……」
「代表。あなたは実に清廉だ。ですが」
ウナトの手が、机の引き出しに伸びる。
「政治家の清廉は、時として害毒にすらなる。それをお忘れなきよう」
引き出しを、太い指先がまさぐって。
「こうなってしまえば、私はオーブの立場を悪くするものでしかない。幸い、最後の上納も終えることができた」
「父上?」
「MS二機……国ひとつと比べれば、安いものであろう」
「二機……まさか、“アレ”を!?」
二人がその機体が何であるかに思い至ったとき。
彼は銃口をこめかみにつきつけていた。
室外に控えていた、パフたちを呼ぶ間もなく。
「そして、この老骨の命などいうまでもない」
「父上っ!!」
「今この瞬間から──わが国は「ロゴス」とは無関係だ」
銃声が、官邸に木霊した。
「こいつ……変形するっ!?」
空中を飛び回り、必死に突破口を探していたキラは、巨大な黒い機体の異変に気付いた。
漆黒の、円筒状だったボディが、形状を変化させ。
その両足を、反転させ。
現れたのは、特徴的なデュアルカメラのツインアイ。
「ガンダムだって……!?こんな、大きな!?」
口元から放たれるビームを、両腕のビームシールドをフル稼働させ防ぎきる。
形態は変わろうと、火力が異常ということに変わりはない。
「どっちにしたって!!」
とめなければ。こいつを倒さねば、被害は広がるばかりなのだ。
ハンマーに、大太刀はまたしても弾かれた。
「っぐ……!!」
「どうしたどうした!!貴様の力、その程度かジェナス・ディラァッ!!」
鉄拳を刀身で受け止めるも、衝撃は殺しきれず。
大きく土煙をあげて、ジェナスは後ずさることを余儀なくされる。
「やつは……シーン・ピアースはもっと巧く使っていたぞ、そのバイザーを!!」
「うる、さいっ!!お前が!!シーンの名を出すな!!」
かわされた一閃は、瓦礫を真っ二つに断ち割った。
「お前が!!バイザーバグの技術を与えたばっかりに!!何人、無駄死にしたと思っている!!」
罪のない子供たちを。
一体どれだけ、変わり果てた姿にしたと思っているのだ。
「知ったことかっ!!あのような人形、何体あろうと関係ないわっ!!」
「ぐうっ……てめえっ!!」
「俺にとって重要なのは力!!強さだけだっ!!」
二人の拳が、激突する。
双方の強大な破壊力に、火花が舞っていく。
「おおおうううらあああああっ!!!!」
「はあああああっ!!撃ぃっ!!」
人のいない、しずかな格納庫。
そこでミーアは一人、灰色の機体を見上げていた。
地球上での慰問ライブ日程を全て終え、一旦プラントに帰還する彼女は時間を持て余していた。
「デスティニー……運命……か」
シャトルの時間まで、まだ数時間はある。
マネージャーに無理を言って、目立たない区画限定で散歩することを許してもらい出歩いていると、この場所を見つけたのだ。
───どうして、アスランやキラじゃないんですか?
ミーアがこの機体を見るのは、これがはじめてではなかった。
プラントで一度、ラクスたちとともに開発される様子を視察したことがある。
その時、ミーアはふとデュランダルへと尋ねていた。
この機体、デスティニーと、もう一機の最新鋭MS・レジェンド。
そんな高性能な機体なら、見合うだけの腕のパイロットに使ってもらうべきではないのか。
もちろんそれが自分の素人考えだとわかってはいたけれど、ラクスや議長から時折伝わってくる
彼らの活躍を耳にするに、失礼ながらシンとレイの二人がそれ以上の技量を持っているとは思えなかった。
「運命を……切り拓く。……撃ち貫く。掴み取る、か」
ミーアの質問に対して、デュランダルの答えの第一声はなんとも要領を得ないものだった。
軍人でも技術者でもない彼女に、それらがデスティニーの武装に込められた意図だとは、知る由もない。
───彼らだから、だよ。ミーア。
議長は微笑を浮かべ、囁いた。
───シンは、コーディネーターとはいっても一般家庭に生まれた身だ。調整とはいっても、殆ど健康面に関する程度しか受けてはいない。遺伝子操作にも、それなりの予算はかかるからね。
いわば、遺伝子における格差社会である。
裕福な者はより高い能力調整を遺伝子に施すことが出来、一般層、それ以下の者たちは限られた予算で限られた調整しかすることはできない。
あくまでもオーブの、普通の家庭に生まれ育ったシンが、アスランやキラのような
最大限、最高の調整を得ることなど、比べるべくもない。
───レイに至っては、ナチュラルだ。そうでありながら、二人はこれまで戦ってくることができた。
遺伝子……いわば、自身の身体に刻まれた運命の差に、屈することなくね。
二人とも、自らの力で運命を切り拓いてきたのだ。
己の目指す運命を貫き通し、掴み取るために。
結果、彼らは赤服というトップガンの証を得。
アスランたちと共にザフトのエースの一角を占めるまでになった。
「『だからこそ、遺伝子に左右されるこの世界で二人は、貴重なのだ』……かぁ」
わかるようで、わからない。
議長は肝心の、あの二人に何故新鋭機を託すのかという質問への答えを、ぼかしたように思える。
「───!!」
「──……よ!!……な、身体……」
「んお?」
手すりに預けていた背中を、どこからか聞えてきた男女の声に持ち上げる。
振り返って見下ろすと、二つの赤い影が言い争っているのが見えた。
そして遠巻きにそれを見守る、やれやれといった様子のもう一つの赤服の姿も。
「離してくれ!!俺は、俺がいかなきゃ!!」
「無茶よ!!さっきまであんた意識なかったのよ!?」
片方は女、たしかミネルバに乗っていた子だ。
そして、もう片方は───……。
「シン・アスカ?」
「「へっ?」」
キャットウォーク上からの彼女の呟きが、聞えたらしい。
彼らは、見守る女性士官───シホ・ハーネンフースとともに、予期せぬ方向からの声に驚いたように顔をあげ目を瞬かせた。
「なに、やってるの?あなたたち」