アム種_134_093話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 16:09:57

アム種 第九十三話 ギフト・フロム





──何?記憶を拒絶する?



血色の悪い顔をした男が、白衣の研究者たちに囲まれていた。

そのとき自分は、ただ横たわって。その光景をただ見ているだけだった。



──遺伝子によるものなのか、別の要因か……確かにこの固体は、予定されていた記憶では拒絶反応を示してしまい……何度やっても、です。



額に汗を浮かべる眼鏡の研究者は、滑舌も説明も聞いていて心地のいいものをしていなかった。

それでも一応の言いたいことは伝わったのか、一人高級そうなスーツに身を包んだ男は、思案する。



──やはり、自分と殆ど同じに近しい存在故かな。同属嫌悪……わからんでもない。



さして問題視する風でもなく。

あっさりと、その男は言った。



──ならばよい、別の丁度よさそうな人材データを探すとしよう。それまでは眠らせておけ。



そして彼の夢は、いつもここまで。

目覚める直前、彼は思い出し、一瞬ののちには目覚め自分の見た光景を忘れるのだ。



男の顔が、声が。

かつての上司、ロード・ジブリールのものであるということを。



自分に贈られるはずであった記憶と存在の持つ、その異名を。



*   *   *



「こーら。何ぼけっとしてんのよ」



オーブ宇宙ステーション・アメノミハシラ。

ミネルバ艦隊が停泊するその場所にオーブ・地球軍連合艦隊が到着したのは二時間ほど前のことだ。

双方の指揮官たちからの訓示を受け、それぞれに決戦のときを迎えるべく、けっして広大とは呼べない宇宙ステーションの中、

兵達は各々の持ち場に戻っていった。



もっとも、MSのパイロット達はといえば自機の整備さえやってしまえばすることはない。

他の部隊員たちの仕事を手伝ったり、休んだりして時間を潰している。

だからシンが非難される謂われは、同じパイロットであるルナマリアにはないのだが。



「別にいーだろ。すること終わらせてんだから」

「そうじゃないってば。そんな辛気臭い顔してんじゃない、って言ってるの」

「へ」



格納庫の一角に積まれた機材に腰掛けて、ぼうっとしていたのは事実だ。

しかしそれほど心配されるような表情をしていた憶えはシンにはない。

きょとんとしているとルナマリアはこめかみを押さえ、呆れたように大袈裟な溜息を吐いてみせる。



やれやれ、自覚なしか。さもそう言いたげに。



「なんだよぉ」

「別に。どーせジェナスのことでも考えてたんでしょ、あの子あれから部屋閉じこもっちゃってるし」

「……う」



それはまあ、図星だった。

前回の戦闘から帰還する際、一切ジェナスは口を開かず。

また艦に戻ってからも最低限食事などに姿を見せるだけで、ずっと部屋に閉じこもっている。

同室のラグナから聞いた話では、一日中なにやら考え込んでいるとのことだった。



「セラやダークさんたちからも言われてるでしょ。本人が納得するまでそっとしといてやれって」

「それはわかってるけど……」



なんだかんだで苦楽をともにしてきた仲間であり、友である。

塞いでいるというのであれば、気になっても仕方ないではないか。



「だったら、ほら」



ルナマリアはシンの反論を遮って、掌ほどの大きさの茶色い小包みを投げてよこす。

これは一体?受け取りながらもシンはルナマリアと小包みとをしげしげと交互に見比べる。



「さっき地球から届いた荷物よ。ステラからですって、メイリンがうちの艦の分をチェックしに行ったときに見つけてくれたのよ」

「ステラから!?」

「そ。だからそれ見て元気出しなさい。んじゃね」

「?……どこ行くんだよ?」

「お風呂。セラと、あと上がってきたオーブ軍の人たちに同じ世界出身の仲間がいるんですって。出航しちゃうとシャワーだし、今のうちに入っとかないとね」



覗くなよー、と冗談めかして彼女は歩いていった。



……ひょっとしなくても、元気付けようとしてくれていたのだろうか。

少し同期の友人に対し、少しばかり申し訳ない気分になるシン。



「でも、ステラからか。なんだろ」



軽く振ってみると、透き通った音がした。

がさがさと音を立てて包みを開き、中身を確認する。



「……貝殻?」



出てきたのは、小さな瓶。

コルクで蓋をされたその中には、一枚の小さな貝殻が収められていて。



蓋を外すと、彼女の大好きな海の匂いがほのかに香った。



 ****



「キラ!!」



この声は、と、聞き覚えのある懐かしい声に、整備中のストライクフリーダムのコックピットからキラは顔を出す。

もしかして。彼の予想は当たっていた。



「……サイ?サイ・アーガイル?」



機体の足元に見えるのは、かつての戦友、そして学友である一人の青年。

オーブ軍服に身を包んだ彼が、こちらを見上げていた。



降着リフトに飛び乗り、キラも彼の元に降りていく。



「やあ」

「君も上がってきたの?でも、どうして?」

「ひどいなー、どうしてはないだろ」



リフトが着地した瞬間、そんなやりとりと共に互い、破顔して笑いあう。

随分と久々の顔合わせだった。

キラがアークエンジェルに乗り込みオーブをあとにしたとき、彼は既に海外に出ていた。



「まったくひどいじゃないか、置いていくなんてさ。俺だってアークエンジェルの元クルーなんだぞ」

「ごめん、ごめん」



キラと彼との間には、複雑な関係があった。

基本的には、友人。だが、かつてキラの裏切りにより一時はその仲が砕けたこともあった。



とある、一人の少女をめぐっての衝突。

キラの傲慢に、サイの劣等感。追い込まれた精神状態。様々な要因が絡んでのことだった。



「アークエンジェルのことをニュースで見て、オーブに慌てて戻ってさ。それで姫さんに頼んでクサナギの通信にしてもらったってわけ」

「そっか。……また、一緒に戦ってくれるんだ」

「当たり前だろ」



がっちりと、肩を組まれる。

彼はいい奴だ。自分が友人と呼ぶには、もったいないくらいに。いい奴過ぎると、キラは思う。



「……で、クサナギの格納庫に預かりものがある」

「預かりもの?」

「ああ。実戦に投入できるようなものじゃないらしいが、大事なものだそうだ」

「?」



まあ、行ってみればわかる。

サイに肩から引っ張られ、二人は歩き出す。



やれやれ、ちょっと見ないうちに少々強引な性格になったんじゃないか。

友の歩幅に合わせながら、キラは思わず苦笑した。



 ****



皆で、入浴。

そのことを提案したのは自分であったのだが。

換えの下着や石鹸などを手に歩く廊下に待ち人がいるのを見つけ、パフは足を止める。



「よお」

「ダーク」



そういえば、こちらの世界にやってきてから実際に顔を会わせ、言葉を交わすのははじめてだった。



「何?セラたちを待たせてるんだけど」

「なあに、ちっと聞きたいことがあってな。時間はとらせねえよ」



聞きたいこと、と云われてパフにはそれと思うことの出来る心当たりがあった。

そして日に焼けた肌のベテランは、目の前に立つなり真剣な表情を彼女へと向ける。



「……MSで、決戦に出ると聞いたんだが」



──やっぱり。

想像通りすぎて、息を呑むということもしなかった。

別に隠していたことではないし、後ろめたいことでもないのだけれど。

仲間たちの誰かからは訊かれるものと予想していたことだった。



「そうよ。あたしは次の戦闘MSでみんなの補助にまわる」

「補助、ねえ。……何故だ?アムジャケットはあるんだろ?」

「単純なことよ。大人と子供の喧嘩より、大人同士で喧嘩したほうがいいってこと」



MSの相手は、MSでやるに限る。

無論アムジャケットの出力を考えればMSの相手をするのもけっして一概に不利といえるものではないが、

それでもバイザーバグを相手にするのとは違う。

バグそのものの相手もしながらでは、少々てこずることになるだろう。



「露払いってか、俺達の。けどわかってんのか、MS同士の戦闘じゃ」

「わかってる。覚悟の上だよ」



当然、人死にが出る。それも、自らの手によって、高確率で。

自分の手を汚すことになる──それでも、いいのかと。



答えは、イエス。



「バイザーバグの相手があたしたちになる以上、誰かがこの役をやんなきゃなんないんだよ」

「……俺やタフトがやったっていいんだぜ」



仲間の戦闘を守り、そのために人の乗ったMSを手にかける役が、必要なのだ。

彼女の答えに、ダークは少々困ったような顔を見せた。



パフも彼らが敵の手に落ち、MSを駆って戦っていたことは聞いている。

だからやめておけという、ダークの気持ちもわかるが、しかし承服は出来ない。



「ジョナサンも、シーンもいない以上……セラを守るのはあたしなんだよ」

「……そうか」



だったら、自分がやる。

セラや、ジュリや、ジュネや。皆の手を血に染めることはない。

ダークたちに再び人殺しになれとも云わない。

明確な目標のある、自分がやるべきだ。



「セラは……責めるかもしれないけどね」



それ以上、ダークは引き止めなかった。

小さく溜息をつくだけで、すれ違うパフをそのままに行かせる。



「大丈夫さ。手加減は割りと……得意なほうだからね」






 
 

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