クルーゼ生存_第55話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:04:28

「ふーん、第二関門は最悪ってところかあ」
 部屋で寝転びながら、ディアッカは呟く。この艦にくれば何か大きな山があるような情
報があったのだが、前途多難そうだ。彼はコーディネーターである前にユダヤ人として育
てられたので、儲け話には危険を冒さないとならないことが多い、そのためには冷静に狡
猾に立ち回ることとしつけられている。今回のターミナル――ナチュラル、コーディネー
ターを問わぬユダヤ人の秘密結社――からの情報は、ミネルバで何かが見つかるという曖
昧なものだった。議長の愛人説があるおばさん艦長は干からびかけてるし、モビルスーツ
隊の隊長はクルーゼ隊長そっくりだが、誰もそれを言わないのがザフトのお約束になって
いるようだから、こっちのほうがなにかありそうだ。ただクルーゼ=アレッシィとして、
手ごわい人間には変わりないし、今度は弟くらいのそっくりな赤服までいる。
 攻めるとしたら、デスティニーのパイロットくんか。あの子は感情が顔に出て、単純な
のが一目でわかる。迫害されたユダヤとちがって、幸福な民族の出なんだろう。
 レクイエムのエネルギーチャージが完了し、アルザッヘル基地に焦点が向けられ、メサ
イア要塞のネオジェネシスの照準がワシントンを捉えたとき、デュランダル議長は宇宙に
上がってくる大西洋連合コープランド大統領にコンタクトを取った。
「お久しぶりです、大統領。宇宙にこられるのでしたら事前にご一報くだされば、歓待の
用意をいたしましたものを」
「心にもないことを! 私は条件によっては和平条約を結ぶ時期だと考え、シャトルに乗
ったまでだ」
「レクイエムがプラントを吹き飛ばしていれば、その宙域を領土とし勝利を宣言するため
にですか? いま、レクイエムはアルザッヘルを、こちらのネオジェネシスはワシントン
を狙っています。帰る家がなくなるかもしれないのは、あなたです。『条件によっては和
平条約』などと言える立場ではないと思いますが」
 コープランドの額に汗が浮かんだ。レクイエムが使われるとも、奪われるとも思ってい
なかったので、地球で立てたプランは8割がた連邦優位のものばかりだ。現状ではプラン
トへの損害賠償、オーブのプラント領化に加えて、月からの基地の撤退まで条件として突
きつけられるだろう。月からの撤退は絶対に応じる気がないが、地球にプラントの基地で
なく領地をもたれるのはきつい。彼もロゴスの後ろ盾を得て大統領になった以上、ナチュ
ラルとコーディネーターはコーディネーターが滅びるまで戦う相手という固定観念がある。
「この二回の大戦で地球もプラントも疲弊しました。そろそろ戦争のない時代を作りませ
んか?」
「戦争の・・・ない世界・・・・・・」
 コープランドはデュランダルに会談の舵を握られていた。
「ええ、先日プラントに導入したデスティニープランもそのための政策のひとつです。人
間に適職を見つけ、社会不安をなくすという」
「そんなことより、ワシントンへの攻撃準備はやめるように願いたい。首都とはいえ民間
人のたくさん住む大都市だ」
「ヤウアリウスやディッセンベルは首都でもなく、普通の市民が暮らす居住コロニーでし
たが、何か?」
 光るオレンジ色の目に、コープランドは気分が悪くなった。宇宙の砂のようなコロニー
に住みながら、地球の最高実力者を脅してくるとは、なんというやつらだろう。ただこう
いうコーディネーターを軽く見る考えが、これまでのテロと戦争の歴史につながっている
との認識はある。それをやめさせなければ――。
「シャトルがアルザッヘルに到着し次第、直接の会談を望みたい、デュランダル議長」
「それは私も望むところです。場所はこのメサイアで」
「アルザッヘルだ、それは譲れん」
「私もアルザッヘルには行きません。おいやならレクイエムで破壊して差し上げるが」
「脅す気か、大西洋連合の大統領を」
「冷静にいい場所を選んでいるだけです。では、月面の自由都市、コペルニクスでいかが
かな?」
 コープランドは言葉に詰まった。コペルニウスはオーブとプラントの資本が強い都市で、
現在では実質上プラント配下と思っていい。ただデゅランダルをアルザッヘルに呼び寄せ
るカードが手元にない。先日アーモリーワンと二機のザフトのエース機を落としたが、民
間人にこれだけ被害が出た以上、相手の決意も桁が違ってくる。
 せめて自信満々に答えた。
「ではアルザッヘルに付き、準備を整え次第、コペルニクスで会談を持とう」
「アルザッヘルにいらっしゃる必要はない。情報はコペルニクスで十分手に入るはずです。
直接コペルニクスへ。会議場の手配はこちらでいたします」
 デュランダルはこう言って、通信を切った。
「コープランド大統領のシャトルか通信が入っていますが」
「丁重にお断りしろ。コペルニクスでお会いする日を楽しみにしているとな」
「了解しました」
 護衛兼雑用係に取り上げた赤服の青年だが、ハイネに比べると反応が鈍い。ああいう有
為な青年を死なせる戦争は、不毛だし動物として惨めだ。
「私は三時間休むのでそのように」
「はい」
 司令室が和した。月と地球の距離は縮めようもなく、コープランドは焦燥感にさいなま
れながら、あと三日の旅程に耐えるのだ。それを気の毒とは、誰も思わなかったが。

 
 

 ミネルバは旧ダイダロス基地の護衛の任についていた。ただ首脳会談の予定が発表され
たので、艦の中ではようやくこの戦争も終わるという空気が漂っていた。
 シンとルナマリア、ヴィーノの三人が時間が合ったので食事に行く途中、ディアッカ・
エルスマンと出会った。シンは頬をこわばらせて声もかけずに行き過ぎようとしたが、ル
ナマリアが
「こんにちは」
 と挨拶したら、
「こっちからもご挨拶」
 とスカートの中、下着の中にまで手を入れられた。他人の手の触れたことのない部分を
荒々しく触られて、ルナマリアは悲鳴を上げるのも忘れて口をパクパクさせた。
「てめえ、何しやがる!」
 ディアッカを引き剥がしたシンは、そのまま馬なりになって、褐色の肌の男を殴り続け
た。小柄であっても、コーディネーターとしての筋肉の質はシンのほうが上らしい。
「・・・・・・ルナマリア」
 肩に手を置こうとしたヴィーノは拒否された。しかたなく彼らの上司のアレッシィ隊長
を探した。
 すぐさま隊長室にパイロット三人と証人としてヴィーノが呼ばれた。アレッシィはスタ
ンバイ中だったのでパイロットスーツのままだ。
「ディアッカ・エルスマンがルナマリア・ホークの同意なく下着の中に手を入れたと君た
ちは言うわけだ」
 シンは顔を真っ赤にしながらぶんぶんと頷いた。
「異議があるかね、エルスマン」
「あります。ルナマリアのスカート、襲ってくださいといわんばかりじゃないですか。俺
がついふらっと来たのはあの女が売女にしか見えない格好してるからです。だいたい、ち
ょっとさわられらだけで自分の男に相手をたこ殴りにさせる女なんて、ろくなもんじゃな
いと思います」
「あ、あんた、自制心って言葉知らないの、豚!」
「豚とは何だよ、この売女!!」
 コーディネーターであるよりユダヤ人として育てられたディアッカにとっては、『豚』
ほどひどい罵倒語はない。この女は石打ち刑にしても足りないくらいだ。
「黙れ」
 氷河が砕けそうな声だった。
「ルナマリアにディアッカがわいせつ行為をしたのは事実と認定する。エルスマンの指か
ら採取した粘液からルナアリア・ホークのDNAが出ている。ディアッカ・エルスマン、君
の母艦に戻るまで営倉入りを命じる」
 アレッシィは警備兵を呼んだ。
「ルナマリア・ホーク、君は通常の軍服を着るように。風紀が乱れたのは事実だ」
「・・・・・・了解、しました」
 ディアッカは営倉送りとなり、ルナマリアは12時間の休暇を願い出て部屋にこもった。
シンは部屋にいてもスタンバイにはいっていても、ルナマリアのことが気になってしょう
がなかった。シンは奥手だったし同室のレイにいたっては性欲があるのか気になるほどス
トイックだから、普段は「ミーア・キャンベルって、プロポーションはぐっとくるけど顔
がなあ」「顔にも体にも歌にも興味はない」という会話になる。
 同僚で現在彼らにとって一番近しい女性であるルナマリアが、艦内で痴漢に合ってそれ
をシンが捕まえて処分が決まったという状況で、彼はまだ興奮していた。

 
 

「よくあんなことできるな、下劣な」
「男が女を襲うには、パターンが二つある。ひとつは純粋に性欲からのもの。もうひとつ
はその行為により何かが手に入る場合、宝とか情報とか」
 レイが沈着冷静に言った。
「ディアッカ・エルスマン、あの男、なにか目的――漠然としたものであっても――があ
ってミネルバに来たようにしか思えん。電池切れからして不自然だし、客分の割りに目立
つ行動をとる。軍人のありようからは外れている」
「じゃ、何かほしいものがあって、ルナマリアにあんなこと・・・・・もっと殴ってやればよ
かった」
「十分ジャガイモのような顔になっていた」
 悔し涙を浮かべるシンの涙をレイは指でぬぐった。
「お前は優しいな。だが優しいだけでは勝てない、愛するものを守れない」
 シンの目の前をマユがステラが駆けぬけていく。
「ああ、だから戦場では容赦しない。アーモリーワンを落としたデストロイに乗っている
のが、もう人間とは呼べないほど強化、改造されているかわいそうな子供だったとして
も」
「いい覚悟だ。そんなお前になら、言えそうだ」
 レイは顔を引き締めた。
 人工子宮から生まれて遺伝子に欠陥があるという話は前に聞いたが、まだ秘密があるの
だろうか?
「俺はコーディネーターではない。ナチュラルだ、正確には、人工子宮から生まれたナチ
ュラルのクローン体だ」
 シンはほうけたような顔をした。
「お前がナチュラルって――それよりクローンってずっと前から法律で禁じられて」
「そうだ。あるナチュラルの男が自分の跡継ぎに不満を持ち、莫大な報酬でメンデルの天
才科学者に自分のクローンを依頼した。自分のクローンなら同じ能力を持つから跡継ぎと
して不満はないということだ。天才科学者は金がかかるばかりの人体実験をしていたから、
俺の本体の申し出を受けた。そして複数のクローン胚が作られ、ひとつが仮の母体から生
まれた。しかしそのクローン胚は失敗だった。テロメアが短かった。老人の長さしかもっ
ていなかった。そしてその十数年後、人工子宮のテストに冷凍されていたクローン胚が使
われ、俺が生まれた。俺は兄とギルが来てくれるまで、実験動物扱いで声をかけてくれる
人もなく、餌を食らって生きていた」
「そんな・・・・・・だから議長とはあんなに親しく」
 兄が戦死した以上、レイにとって頼るべき人、自分の本当を知っている人は議長しかい
ない。レイが議長の考えを代弁するようなことをよくするのも、得心が行った。しかしな
んと言う運命だろう、ナチュラルの不完全なクローンがコーディネーターの中でも最上ク
ラスの能力を持つというのは。議長のデスディニープランというのは、オーブではコーデ
ィネーターに有利だと思ったが、そうでもなさそうだ。人間の可能性の高さをレイとその
兄で知っているから、遺伝子に信ををおいているのかもしれない。
「レイ、知らなかった。辛かったろうな」
 ふわりとシンはレイの首に腕をかけて抱きしめた。流れる金髪からいい匂いがする。
「俺がいるから、一緒に戦うから」
「・・・・・・ああ、そうだな」
 『戦う』という言葉でしか友情を示せないシンも、かわいそうな子供だとレイは思った。
「戦争が終わったら俺は軍人しか能がないからザフトに残る。でもプラントに帰ったとき、
ザフトの単身寮が家じゃやだ。お前の家に下宿させてくれ」
「ピアノの音がうるさいぞ」
「かまわない。家事も手伝う。二人で平和な家にしよう」
 シンの気持ちが痛いほど伝わる。
「俺の命が尽きるまで・・・・・・」
「俺と議長が面倒見る」
「なら遺言状を書き換えておく。俺の財産をお前に譲るように」
 実を言うと家はシンに譲ると入隊のときに書いた遺言状にあるのだが、ギルは形見の品
をもらってくれるかどうかだから、未来のあるシンが遣えばいい、ラウ・ル・クルーゼが
フラガ家の呪われた能力を使って手に入れた財産など。

 
 

「しばしの静寂ですね、宇宙も」
「はい、導師様」
「しかしアスラン・ザラがSEEDの力を戦うためだけに解放したとは、驚きです」
 共の者は頭をたれた。
「彼は悩み苦しんでいたがゆえに、戦いを捨てる道を模索するのではないかと思っていた
のですが、ブルーコスモスの薄っぺらな思想に乗せられモビルスーツと一体になる道を選
ぶとは・・・・・・本来、こういう若者を苦悩から救うのがSEED因子だと思ってきましたが、
戦いの役にしか立たないのでしょうか」
 ジャンク屋組合の船を借りたマルキオ導師は、アルザッヘル基地の近くで呟いた。

 

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