クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第009話

Last-modified: 2016-02-14 (日) 01:25:02

第九話 『君は俺が守るから』
 
 
==========================

夜。月明かりに照らされた砂漠の町は、街灯がほとんどないにもかかわらず、
闇の先がよく見えた。

その町を二人の男女が駆けていく。人影はそれ以外に見当たらない

「どこへ逃げるつもりだよ! どこへ行く気なんだよ! ここは地球なんだぞ!」

シンは知らない。少女の名も、目的も、どこから来たのかも
知っているのは、敵だということだけだ

「ガイア・・・・どこ!?」
少女が叫ぶ。ひどく幼い声だった
「ガイアって・・・とっくにぶっ壊れただろうが! それより止まれよ!」
シンが護身用の銃を引き抜くが、そこではっと気づく

(ここは連合の勢力下・・・・下手に銃なんか撃ったら・・・・)

殺すつもりで銃を撃つ気はなかったが、これでは威嚇もできない
銃をしまって、走り出す

「いや! ネオが待ってるから・・・・・ステラ、帰るの!」
「どうやって! 帰れねぇよ! おまえは今、一人なんだぞ!」

パシャン!

不意に、少女の足元で水がはねた。暗くてよくわからなかったが、オアシスまで走ってきていたらしい
月光が、水面を映し出している

「一人・・・・・?」
足元を水にひたした格好で、少女が振り向く。幻想的な光景で、思わずシンは夢を見ているような
気持ちになった
「そ、そうだよ! とりあえず帰るぞ!」
「帰る・・・・? ステラ、帰れないんじゃないの・・・?」
「あー、もう! ややこしいヤツだな! ええと、ステラって言ったっけ!?」

じゃぶじゃぶ・・・・

シンも同じように足元を水にひたし、ステラの近くまで歩いて行った

「俺、シン・アスカ。フルネームは?」
「・・・・・ステラ・ルーシェ」
「ステラ・ルーシェか・・・・とりあえずさ、診療所に戻ろうぜ
  夜中、基地の近くでうろうろしていたら、なにを言われるかわからないしな」
シンは言いながら、思い出した。地球に降りて無理矢理ガイアのコクピットハッチを開けた時、
ステラはすでに気絶していた。それをそのまま、テクスの診療所に連れて行ったのだ
ということはつまり、ステラはシンが大気圏で戦った、
インパルスのパイロットだということを知らないままなのだ

こちらから危害を加えない限り、案外大人しいのかもしれない

シンは、思い切ってステラの手を取った
思ったより暖かい手だった

「診療所じゃ手錠でつながれたりしてたし、俺のこと怖いかもしれないけどさ
  大丈夫、君に危害は加えないから」

手を握ったまま、言っていた。言ってから、敵に言うセリフじゃない事に気づいた

「シン・・・・。シン・アスカ?」
「そうだよ。シン・アスカ。みんなはシンって呼んでる。俺は君の事、ステラって呼んでいいか?」
「うん。ステラは、ステラでいいよ・・・」
ステラの一人称が名前であるせいか、ひどく幼い感じがする

(って言っても、こりゃ凄いよな・・・・)

シンの目線が、ステラの胸元に注がれた。でかい。サッカーボールが二つある

「おい、おまえたち! こんなところでなにをしている!」

不意に、ライトが照らされた。まぶしさに目を細めたシンが振り返ると、ジープに乗った二人の軍人がいた

(やばい、連合軍だ・・!)

軍服でわかる。シンはステラの手を引くと、愛想笑いを浮かべて歩き出した

「すみません、すぐ帰ります。見回りご苦労様です」
「ヘッ、いちゃいちゃいちゃいちゃ・・・・俺たちは命がけでおまえら守ってやってるのによぉ・・・・
  いいご身分だな!」
軍人の一人が吐き捨てる。酒が入っているようだ。シンは嫌な予感がしたので、少々強引にステラの手を引く
「おい、待てよ。そこの女!」
もう一人の軍人が叫んだ。同じように酒が入っている
「な、なんですか?」
「坊主、おまえに聞いてねぇよ。そこの女、どうも指名手配犯で見たような気がするんだよなぁ」
一瞬、シンは本当にステラが犯罪者なのかと思ったが(事実、プラントから見れば立派な犯罪者である)、
次の言葉で軍人の真意がわかった

「なぁ、こりゃ怪しいよなぁ、相棒?」
「おう、俺たちが基地に連れ帰って、取調べをしてやらなきゃなぁ、じっくりとよ!」
なんのことはない。因縁をつけて、ステラを手篭めにしようと言っているのだ

(ここの軍はひどいって聞いてたけど、ここまでひどいのかよ・・・・!)

シンは一瞬、銃を抜くかどうか迷った。コーディネイターで戦闘訓練を受けた自分なら、
いくら相手が軍人二人でもあっという間に倒せる。ましてや酒が入っているのだ

(でも騒ぎになったら、インパルスも修理できないし・・・・・テクスさんにも迷惑がかかる)

軍人二人を殺せばどうなるか、シンにも見当がつく。警察官が殺されたりすれば
執拗な捜査が行われるのと同じである。街は上へ下への大騒ぎになり、こんなモラルの低い軍なら、
平然と無実の人間を有罪にしかねない

「こっちだ!」
「あ・・・・・」
シンはステラの手を引き、走り出した。逃げるしかない。それがシンの結論である
不意を突かれた二人の軍人は、あわててジープのエンジンを入れる

「おい、止まれ! 止まらねぇと撃つぞ!」
ジープから声が聞こえる。冗談じゃなかった
「ふざけるな! あんたら、それでも軍人かよ! 軍人ってのは、民間人に手を出すもんじゃないだろ!」
ステラの手を引き、走りながらシンは叫ぶ
「ヘッ! こちとら安月給の上、いつ死ぬかわからねぇんだ! これぐらいの役得・・・もとい、取調べはいいだろうが!」
軍人の下品な声が聞こえたとき、シンの手が重くなった。振り返るとステラが、呆然とした顔で走るのを止めている

「ステラ!? 逃げ・・・・!」
「死ぬ・・・・死ぬ・・・・・ああああああ、ああああああ!? イヤァァァァ!?」
ステラが両手で頭をおさえて、その場に座り込んだ。
「ステラ!? ステラ!」
シンがステラの両肩を激しくゆさぶるが、意味不明なことを叫ぶばかりで立ち上がる気配もない
「死ぬのはイヤァァァァ!!」
「ステラ・・・・・?」

ブルルルルルル・・・・

ジープがこちらへとやってくる。うち一人は、よりによって銃を構えていた
半ば意地になっているのか、よほどステラが欲しいようだ

シンは少し微笑むと、膝をつき、ステラの肩を軽く抱きしめた
「ステラ、大丈夫。君は俺が守るから」
「ま・・・・も・・・・る?」
「そう。君は、俺が守るから」

言って、シンは立ち上がり、ジープを見据えた。軍人が一人、銃を持ってこちらに降りてくる
「ようやく諦めたか。じゃ、連行するぜ」
シンが両手をあげ、ホールドアップの姿勢を取る。その脇を軍人が抜け、ステラに触ろうとした時だった

ガッ!

シンは一気に体をひねると、右こぶしを後頭部へと叩き込む。うんとも言わず、銃を持った軍人は気絶した
「なっ、てめぇ!」
あわててジープに残っていた軍人が、銃を構えようとした
「遅いぜ、オッサン!」
シンは一足で飛び、ジープの上に乗ると、もう一度飛び上がって軍人のあごを蹴り砕いた

十秒ほどの出来事である。同じ軍人とはいえ、コーディネイターとナチュラルの差は大きく、
また相手は酒のおかげで反応は鈍かった

「シン・・・・・・」
「大丈夫、ステラ。もう怖い人はいないよ。でも、これどうしようかなぁ・・・・」
シンは、無様に気絶している二人の軍人を見てため息をつく
殺すと大騒ぎになるので、気絶させるにとどめたが、
それでも軍が動く可能性は十分にある

(まともな軍なら、こいつら二人は軍法会議ものだけどさ)

少なくともここはまともではない軍が駐留している。シンはさてどうしたものかと、二人の軍人を見た

ザッ・・・・ザッ・・・

(足音・・・・!? 複数だ!)

シンはステラをかばうように立ち、周囲を見回した。知らないうちに包囲されていたらしい
月明かりに照らされ、顔まで砂漠用のマントを羽織った人間たちが姿を見せる
彼らはおのおの銃を持っていた

シンはそろりと腰の銃に触れる。けん制の銃撃後、
ステラとともに一気にジープへ飛び込み、逃げ去るという考えを、一気に頭の中で組み立てた

「あんた、強いな」
不意に声がした。女の声である。マントを羽織った人間たちの中から一人、
小柄な影が出てくる。それは顔を覆うマントを脱ぐと、ふぅっと息を吐いた

「な・・・・なんだ・・・・子供ぉ?」
シンがすっとんきょうな声をあげる。影の正体は、シンより年下の女の子だった
浅黒い肌に、ぼさぼさの髪を後ろでまとめている。それが余計、子供っぽく見えた
「子供で悪いか! まったく、助けてやろうっていうんだぞ、あんたを」
「助けてって?」

シンが見回すと、他のマントを羽織った人間たちが、ジープに気絶した軍人を乗せているところだった

「あたしたちはレジスタンス。この町から連合軍を撤退させるために、いろいろやってるのさ。あたしはコニール
  おまえは?」
女の子が得意げに言う
「ま、待ってくれよ。俺はレジスタンスなんか関係ない」
シンがあわてて首を振る。正直、早いところステラを診療所に連れて帰りたかった

「別に勧誘しようってんじゃないよ。それに名前ぐらい教えてくれたっていいだろ。
  どうせ、この馬鹿な連合軍人二人は、あたしたちの捕虜になるんだから
  あんたたちもそっちの方が助かるんじゃないか、後腐れなくて」
「まぁな・・・・。確かにここの軍は悪質で、許せるもんない。でも、正直、騒ぎを起こしたくないんだよ
  迷惑がかかる人がいるからな。そういうことだ、コニール」
「ふーん。まぁいいけどさ。あたしたちは捕虜が手に入ればそれでいいしね
  本当は早く戦争になって、ザフトがここを解放してくれればいいんだけどさ」
「・・・・・・・・・・。」
シンは黙った。目の前の少女は、まさか自分がザフトの赤服などとは思いもしないだろう

(こういう形で、戦争を望む人もいるんだよな)

そう思うが、シンはそれが正しいことなのかどうか、わからなかった。

「じゃ、とりあえずあたしたちは帰るよ。町で会ったらジュースぐらいおごってくれよ?」
コニールはシンの背中を軽く叩くと、他のレジスタンスメンバーと一緒に帰っていった
もちろん、間抜けな軍人二人も一緒だ
「ステラ、帰ろうか」
残され、二人きりになった後、シンはステラに声をかける。
「シン・・・・」
「なんだよ?」
「ステラを、守ってくれる?」

くすっとシンは苦笑して、小指を差し出した

「シン・・・・・?」
「げんまんだ。わかる? 約束をするときは、こうするんだよ」
シンはステラの小指と、自分の小指をからませる

「ゆびきりげんまん嘘ついたらハリセンボン飲ーます・・・・ステラも言って?」
「ゆ・・・・ゆびきりげんまん嘘ついたらハリセンボン飲ーます・・・・」
「はい、指切った」
シンはステラと小指を離す

「シン・・・・守ってくれるの?」
「うん。俺は、君を守るよ。約束したから・・・・そろそろ帰ろうか?」
「うぇーい!」

シンが手を差し伸べる。ステラがそれを握り返す
二人は月明かりの道を、手をつなぎながらゆっくりゆっくり帰っていった

==========================
ステラの手を引いたシンが、診療所に戻る。そこは真っ暗だった
「ステラ、みんな寝ていると思うから、静かに・・・・」
「遅かったな」

急にライトが照らされて、シンは思わず目がくらむ。
よく見るとそこには、テクスが懐中電灯を持って立っていた

「テクスさん・・・・その・・・・」
「シン、事情は後だ。少し待ってくれ」

言って、テクスはつかつかと歩み寄ると、ステラの顔をつかんだ
「いや・・・・怖い!」
テクスの手を振り払い、ステラはシンにしがみつく
「だ、大丈夫だよステラ。テクスさんはお医者さんだから・・・・」
シンが言うと、いくらかステラはおとなしくなった。しぶしぶとテクスの手を受け入れる

「シン、ずいぶん懐かれたようだな」
テクスは微笑みつつ、まずはステラの瞳孔を確認した。それから人差し指を口に入れ、
喉を見る。最後に手首を取って、脈をはかった

「うむ。安定しているようだが・・・・」
「あの・・・・テクスさん。ステラはなにかあるんですか?」
「ふむ、名前はステラと言うのか。とりあえずシン、ステラを寝かしつけてくれるか?
  それから私の部屋へ来てくれ」
「あ、はい・・・・。ステラ、行こう?」
「うん・・・・。」
シンに手を引かれ、ステラは寝室に向かう

==========================

ぐずるステラを必死になだめて寝かしつけたシンは、言われたとおりにすぐ、
テクスの部屋に向かった。
そこでは古ぼけた電球が鈍い光を放ち、それが静かなこの夜になんとなく似合っていた

テクスは机に座り、なにか書き物をしている
「あの、テクスさん。シンです・・・・」
「ん・・・来たか。まぁ座りたまえ」
シンは椅子に腰掛け、テクスと向かい合うような格好になった

「さて、なにから言うべきかな。とりあえず確認しておくが、ステラは君が外に出したのかね?」
「い、いえ・・・・。俺がステラの部屋に行った時、もう手錠は外されてて、窓から逃げるところでした」
「となると、自力で手錠を外したということだな。それは普通の人間に出来ることではない
  少々の訓練を受けていたとしても、四肢をまったく固定されている状態から抜け出すのはな」
「あの・・・・・どういうことなんですか?」
「あの子は普通の人間ではないということさ」

テクスがあまりに冷静な口調で言ったので、シンはその言葉が持つ意味を一瞬理解できなかった
「普通の人間じゃない・・・・?」
「どういうやり方かはわからないが、彼女は人間として『強化』されている
  いや、優秀な兵士であり、パイロットであるために、そのほかの部分が大きく失われていると
  言ったほうが適切かな」
「強化・・・・? コーディネイターってことですか?」
「そんな生易しいものじゃないよ。ここの施設では完全な確認などできないが、
  おそらく大量の薬物が彼女には使われている。
  その状態を安定させるため、強制的な記憶操作も行われているようだ」
「そ、それって・・・!」
「ひどい話だ。人のやることではないな。彼女は兵士であるために、
  途方もない改造をされている。さらにもう一つ、付け加えておかなければならないのだが・・・・・」

テクスがそこまで言って、黙った。よほど言いにくいことなのだろう。

・・。

しばらく部屋に沈黙が流れる。痺れを切らしたのはシンだった

「教えてください、なんなんですか?」
「彼女の命はそう、長くはない」
「え・・・・?」

シンは急に、暗い穴の中へ引き込まれるような気分になった

「薬物の投与と、記憶操作で彼女はまがりなりにも安定してきた
  それを急にやめれば、ショックで容態が急変する可能性もある
  それにどちらにしろ、いつまでも薬物と記憶操作を受けていれば、
  長くは生きられまい」
「そ・・・・・・んな・・・・・」

シンの瞳が大きく見開かれる

「だが・・・・私は医者にしては諦めの悪い方でね」
テクスが笑う。それは医者としての誇りにあふれた、どこか頼もしい笑みだった
「え?」
「死ぬからと言って、そのまま放っておくのは嫌なのだよ」
「だよな」
誰かの声がした

ガチャッ

扉が開かれ、ガロードが入ってくる
「すまねぇ、立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ」
「ガロード」
「どういう事情かはしらねぇけど、シン、おまえはあのステラとかいう子を助けたいんだろ?
  敵とか味方とか関係なくさ」
「・・・・・・・・・・・」
シンがうつむく。それは肯定を示す沈黙だった

「とりあえずザフトに戻ろうぜ。俺がデュランダルのおっさんに頼めば、いい医療施設を貸してくれるかもしれねぇ
  それに、世界一の名医がここにはいるんだぜ」
ガロードが笑いながら、テクスを見る
「それは買いかぶりすぎと言うものだよ、ガロード」
テクスが苦笑する。まんざらでもない感じだった
「ま、とりあえずあのステラって子が、ガイアのパイロットだってのは秘密にしといた方がいいな
  テクスの助手ってことにしとくか?」
「ふむ・・・・。そうだな、それぐらいしか連れて歩く方法はないか」
「決まりだな。後はMSの修理が終わるのを待とうぜ」

「ガロード・・・・テクスさん・・・・」
シンは少し黙っていたが、やがてぺこりと頭を下げた

==========================

シンは眠る前に、ステラの寝室へ足を向けた
理由はない、ただ顔が見たかった

ガチャ・・・・

扉をこっそりと開ける。ベッドの上で、ステラは起き上がっていた

「ステラ、起きていたのか? 眠れないの?」
「シン・・・・・。ううん、シン、待ってた」
ステラは少し笑うと、ベッドから起き上がって、首元にあるネックレスを取り出した
ネックレスには、貝殻がついている

ステラはなにを思ったか、その貝殻をぱきっと二つに割った

「ステラ・・・?」
「これ、シンにあげる」
ステラが貝殻の片方を差し出す

「え・・・・?」
「守ってくれる、シンにあげる。もしもステラと離れ離れになっても、これを持っていたら、
  ステラとシンは・・・・いつも、一緒」
「離れ離れって・・・・・」
シンはステラから渡された貝殻を受け取った。

この子はもしかしたら、自分の短命を知っているのかもしれない
だからこんなことをするのだろうか
誰かに自分を覚えていて欲しいから、こんな割れた貝殻を、まるで遺品のように託すのだろうか

シンは気づけば泣いていた。泣きながら、貝殻を握り締めた

「シン・・・? どこか痛いの?」

ステラが近づきシンの顔をのぞき込んでくる。たまらなくなって、思わずステラを抱きしめた

「ステラ・・・・俺が・・・俺が・・・・・」
「シン・・・・?」
「絶対、俺が守るから! 絶対に守るから!」

シンの涙は止まらない。ステラもシンの背中にやわらかく手を回すと、こっそりとつぶやく

「いい子いい子。シンは、いい子・・・・・」

ステラは優しい手つきで、泣いているシンの頭をなでる
優しい優しい、本当に優しい手つきだった