クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第035話

Last-modified: 2016-02-15 (月) 23:53:19

第三十五話 『英雄と触れ合うチャンスよ?』
 
 
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アスランは、エターナルのMS格納庫を歩いている。メイリンにカメラを持たせていた。記録のためだ
目前にはモノアイを持った重MSが存在している

「ZGMF-XX09Tドムトルーパーか・・・・。いったいいつこんなの造ったんだか・・・・」

思わずため息がもれる。それから、ぐるっと周囲を見回した。指差して点検する

「ガンダムヴァサーゴ、ガンダムレオパルドデストロイ、それからストライクフリーダム・・・・
  本気で戦争でもするつもりだったのか、ラクスは・・・・・」
「そうですね・・・・。ちょっと、驚いてます。平和の歌姫だって私、思ってましたから」
「メイリン。平和の歌姫だよ、ラクス・クラインは。だからこんなことをする・・・・・。
  後でキッドを呼んで、ここのMSをロックするよう言っておいてくれ。万が一奪われでもしたら困る
  MSの解析も必要かな・・・・。一通りエターナルの艦内を撮影したら、君もヤタガラスに戻れ」
「はい、艦長」

メイリンが敬礼するのを確認する暇もなく、アスランは足をヤタガラスの方へ向けた

(想いだけでも、力だけでも・・・・・)

ラクスの言葉である。確かに、想いだけでも力だけで世界はどうにもならないが・・・・
どう考えてもこれはやりすぎだと思った。終戦に向かっている世界でこれだけの軍備は、
それこそ世界に新たな戦争を作り出しかねない

ヤタガラスに戻り、艦長室に入る。それと同時に、ノックがあった

「艦長、シン・アスカです」
「いいぞ、入れ」

ドアが開き、シンが入ってきて敬礼する

「エターナルクルーの拘束は完了しました」
「ああ。きちんと一人一人、個別に移送しておいたな?」

通常、集団を捕えた場合、個室に一人ずつわけるのが基本である
こうすれば取調べがやりやすくなるし、脱走もはるかに難しくなるのだ

「大丈夫です。それより艦長、ネオのことですが・・・・」
「・・・・・生きていたな。俺も驚いている。死者は二度蘇るか・・・・」

ムウ・ラ・フラガ、そしてネオ・ロアノーク。二つの名前を持つ男は、
一度目は前大戦でアークエンジェルをかばって死亡
そして二度目はアカツキに敗れて死亡。そのはずだった

「ひどく生き恥をさらすことを嫌がる人です」
「そうだな・・・・。これはムウさんにとって酷なことかもしれないな
  かと言って生命維持装置を外すわけにもいかないが・・・・」

今はヤタガラスの医務室に放り込んである。テクスの言葉によると、命に別状はないが、
いつ目を覚ますかわからない状態だと言う。一生、植物の可能性もあるそうだ

「本当に、人間は死ぬべき時に死ぬべきなんですね、艦長」
「そうだな。ニコルもそうだったのかもしれない・・・・・。しかし死に際を見極めるのは難しいものだ」
「そういう意味じゃ、俺はキラ・ヤマトのやっていることに納得できません」
「・・・・・・・・・」

シンの言っていることは、キラの戦法のことだろう
キラは極力MSのコクピットを狙わず、その戦闘力を無効化する戦いをやっている
つまり、パイロットをできるだけ死なさないやり方というわけだ

「あれは人をバカにするにもほどがありますよ。キラが強いのはわかりますけど、
  まるで強いのを誇示されている上に、戦場でヒーローごっこをやられてるみたいで・・・・」
「ああ、俺も納得できない。が、キラのあれはあれで立派な信念だ
  死にたいヤツより、生きたいヤツの方が多いのもまた、事実だしな。
  それに、正直なところ今回の戦い、キラがそういう男でなければ負けていた・・・・」
「それは・・・・・そうですけど」
「シン。キラが気に入らないなら、超えてみろ。上回れ。
  おまえは一度、キラを倒している。その可能性は十分あるはずだ」
「・・・・・できるでしょうか、俺に?」
「ガロードはナチュラルだぞ。生まれ持った才能で、すべては決まるわけじゃない」
「はい」
「とにかく、オーブに一度戻るつもりだ。さすがにラクス・クラインを俺の権利でどうこうできるわけじゃないからな」

アスランが言うと、シンは敬礼し、艦長室から出て行った

それを見届けると立ち上がり、ポットを使って緑茶を入れた。そろそろ持ってきたお茶の葉も切れてきている
ロドニア軍の指揮権をザフトに引き渡して、オーブに戻るころあいだった

緑茶を片手に、席に戻るとオーブへの回線を開く。ユウナはすぐに出てきた

『正直、この展開は読めなかったなぁ・・・・』

モニタの先のユウナは、頭を押さえている

「報告はもうオーブに行ってますか?」
『ああ。ラクス・クライン、並びにアークエンジェル、エターナルクルーを拘束したと聞いた
  おかげでこっちは朝からずっと緊急会議だ』
「閣僚の動きはどうです?」
『オーブからすれば、ラクスはカガリ暗殺の重要参考人だからな
  すぐにでも逮捕し、裁判にかけようという意見が大半だ。で、本当のところはどうなんだ?』

ユウナが唐突に聞いてくる。アスランは少し微妙な表情になった
ラクスをカガリ暗殺の犯人にしたてあげたのは、他ならぬアスランなのだ
そしてそのことを、ユウナは知らないはずだった

「ラクスが犯人でないと、気づいていましたか?」
『まぁな。いくらか頭から血が引いたら、あの暗殺でラクスにはまったくメリットがないことに気づいた』
「そうですね。ただ、キラが結婚式にMSで乱入してきたのは事実ですし、
  あいつらが来なければカガリは生きてたかもしれません。ならば少しでもクライン派の力を削いでやろうと、
  俺は思っただけです」
『しかしそうなるとあの暗殺で、一番得をしたのは・・・・・ギルバート・デュランダルか』

ユウナがただならぬことを言う。さすがのアスランが、思わず無人の艦長室を見回したほどだ

「ユウナ代表。確かに結果的に、プラントの得となったかもしれませんが、それは強引過ぎませんか?」
『どうかな・・・・・。正直、僕は最近のデュランダルは少しおかしいと思ってる
  セイラン家が昔、ロゴスとつながりがあったから言うわけじゃないが、議長は急ぎすぎてはいないか?』
「急ぎすぎている?」
『いや、戦争を早期に終結させるのは悪いことじゃないんだが・・・・・どうもな
  最近はタカマガハラをもう少し積極的に戦闘へ参加するよう、呼びかけてきている』
「タカマガハラは今、どうなのです?」
『今、ようやく第三部隊が結成されたぐらいだ。第二部隊は南米方面に派遣している
  しかしあまりオーブ軍を削るわけにはいかないからな・・・・それに、オーブ防衛戦の傷は、
  まだ癒えていない』
「そうですか・・・・。ヤタガラスがロドニアを落とした、それで戦闘行動参加要請を、突っぱねることはできませんか?」

もともとはそのために、ヤタガラスはロドニアに向かったのである
ロドニアを落としたことで、オーブ防衛戦の借りは返せたはずだ

『難しいな・・・・。アスランが降伏させた、地球連合艦隊がこっちに着いたけど、
  彼らのほとんどがオーブへの亡命を希望している。ところがデュランダルは、彼らをプラントに引き渡せと言うんだ』
「本当ですか、それは? 本当にデュランダル議長がそんなことを?」
『ああ。確かに、連合艦隊はオーブが降伏させたわけじゃない。名目上、タカマガハラはオーブから独立しているからな
  それなら、オーブじゃなくてプラントに身柄を預けるのが正しいやり方だと主張してきている』
「確かに強引ですね・・・・。議長はそこまで強圧的な方ではなかったはずですが・・・・」
『タヌキではあったけどな。僕もタカマガハラの派遣は、第二部隊・・・最低でも第三部隊までで止めたいが・・・・
  プラントの圧力をどうかわすか、正直苦慮している・・・・・』

単純な国力で比較すれば、プラントとオーブの差は隔絶している。アスランが危惧しているのはそれで、
戦後の立ち回りを間違えれば、オーブはプラントの属国になりかねないのだ

「なら、ラクスは・・・・」
『そうだな・・・・。諸刃の剣だな・・・・・。うかつに使えばこっちが死ぬ。しかしプラントへのけん制にもなる
  僕としては下手に裁判などせず、オーブに軟禁しておくのがいいと思う。しかし議会や世論がそれを許すか・・・』
「どうしますか? こうなれば、ラクスがカガリの暗殺に関わりが無かったと発表しますか?」
『ラクスの犯罪はそれだけじゃないだろう。地中海でのテロ行為、結婚式での戦闘行為、
  それに核MSの所持製造、ロドニアへの攻撃・・・・簡単に思いつくだけでもこれだけある
  きちんと調べて、全部並べれば、いったいどれだけの罪状になるか・・・・』
「・・・・厄介ですね、本当に」
『まったくだよ』

ユウナが苦笑する。アスランは緑茶に手を伸ばし、ほっと一息ついた

「とにかく、ヤタガラスは一度オーブに戻ります。エターナルとラクスを連れて
  さすがに軍人が処理できる問題じゃありませんから」
『頼む。僕はその間、議会を工作してどうにか世論と閣僚を抑えることにするよ
  この場合、ラクスを処刑するのが一番愚劣な決定だからね』
「ええ・・・・。殺せばクライン派からいらない恨みを買いますし、
  デュランダル議長が難癖をつけてくるかもしれません。それが賢明だと思います」
『やれやれ、早く戦争が終わればいいと思っていたけど、圧勝というのは考え物だなぁ・・・
  戦勝国が力を持ちすぎる・・・・・』

おどけたように肩をすくめるユウナだが、やはり疲労の色は見え隠れしている
休めと言いたいところだが、聞いてはくれないだろう

それからいくつか雑談して、オーブとの通信を切った
ザフトの勝利は近い。だが、ロゴス支持の地球軍などは和平をかたくなに拒んでいる
だからこそ、プラントは圧倒的に勝利してしまうだろう。下手な抵抗は、勝者の光を強めることにしかならない

それからラクスらエターナルクルーの扱いを考えた
ストライクフリーダムなどは、すぐに接収したいほど魅力的なMSだが、
今はMSやエターナルなどには下手に手を出さない方がいいだろう
後の祟りが怖い

それとラクスに対しては誰の面会も許さない方がいい
下手に接触すれば、彼女に取り込まれてしまう。仲間であったがゆえに、
その恐ろしさをアスランはよく知っていた

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シンは一人で医務室に向かった。ステラは連れて行かない
彼女と接触させるのは、ネオの気高さに傷をつける行為だ

「失礼します。シン・アスカです」

テクスに挨拶して、中に入る。一番奥のベッドで、生命維持装置をつけたネオが横たわっていた
眠っている様子はひどく安らかで、穏やかだ。今にも目を覚ましそうな雰囲気がある

「・・・・・・・・」

ネオはなにも語らない。生きているのが辛いのか、それとも死なない方がよかったのか
なにも言ってくれない。シンはなにか話しかけようと思ったが、思いつかなかった

結局、そのまま医務室を出た

廊下に出ると、ルナマリアとメイリンの姉妹がガラガラと大きな荷台を動かしていた
その中からいい匂いが漂ってくる。のぞいて見ると、ハンバーグ定食があった

「ルナ、これなんだ?」
「あ、シン。ほら、エターナルクルーのご飯よ」
「ふーん。でも、なんでルナやメイリンが捕虜の配膳やってるんだよ? 
  俺たちの仕事じゃないだろ」
「バカねぇ。だって前大戦での英雄、アークエンジェル、エターナルのクルーがいるのよ
  "砂漠の虎"バルトフェルドさんに、マリュー・ラミアス艦長、そしてなによりキラ・ヤマト!
  一回でいいから見てみたいじゃない。英雄と触れ合うチャンスよ?
  艦長命令で、ラクス・クラインと話せないのは残念だけどね」

ルナマリアが得意げに言うと、メイリンがうんうんとうなずいていた
シンは呆れたようにため息をつく

「ルナ、おまえなぁ・・・・。キラに二回もやられてるんだろ?
  よくそんな気になれるなぁ・・・・・・」
「あんただってやられたじゃない。最新鋭機のアカツキに乗っててさ」
「俺は一回倒してるよ・・・・・。まぁいいや。俺もキラの顔をよく見てみたいし・・・・」

言って、シンはルナマリアとメイリンに同行した

ヤタガラスの居住区、その最奥に設けられた場所に進んでいく
ロドニア軍の歩兵が十人ほど、銃を持って厳重な警戒に当たっていた

「ご苦労様です」
メイリンが敬礼する。シンもルナマリアもそれにならった

まず、バルトフェルドがいるという独房を開けた。独房は二重になっていて、
普通の扉を抜けると、強化ガラスに囲まれた部屋がそこにある。これならなにをしても筒抜けだし、
下手な脱獄もできない

「カーッ! また井○のやつ打たれやがった・・・! ぬぁぁ、○星ここで三振かよ・・・!
  だから結婚できないんだよ・・・! うわぁぁぁ、浜○・・・・! おまえはやっぱり四月だけかぁ!
  ええい、くそぅ、ドラゴ○ズめ、落○めぇ・・・・!」

テレビで野球中継を見ている、砂漠の虎がそこにいる。やはり砂漠の虎の異名は伊達ではないようだ

「うわぁ、なんかイメージ壊れるわぁ・・・・」

ルナマリアが顔を引きつらせている。シンは少し頭をかいて、荷台からハンバーグ定食を一つ取った

「どこ行くの、シン?」
「メイリン。俺はキラの顔を先に見てくるよ」

言い残し、バルトフェルドの独房から出る
それから最奥にある独房の扉を開けて、中に入った

キラ・ヤマトはガラスの檻で、膝を抱いてうずくまっていた
なにかに悩んでいるようでもあり、傷つきやすい少年が自分を護っているようにも見えた

「あんた・・・・」

シンはその顔を見て驚いた。オーブの慰霊碑で出会った男である
キラもそのことに気づいたようである

「君は・・・・」
「とりあえず、食事だ。毒は入ってないから安心して食えよ」
「・・・・・ありがとう」

ガラスの部屋の窓へ、食事を差し出す。キラはけだるげにそれを受け取り、
フォークで二口ほど食べた

「食欲ないのか? まぁ、あるわけないか・・・・・」
「・・・・・ヤタガラスのクルーなんだね、君は」
「シン・アスカだよ。アカツキに乗ってる」
「そうか・・・・君が、アカツキの・・・・・」

名乗ったが、それほどキラは驚いていないようだ。やはり肝の座ったところは、ある

「一つ聞きたいんだけどさ。なんでMSのコクピットを狙わない? なんで殺さないんだ、あんたは?」
「・・・・・・・・・」
「あんたが強いってのはわかるよ。それに、殺すより殺さない方がやっぱりいいに決まっている
  でもやっぱり、あんたのやってることは不自然だよ」
「理由はね・・・・・君の言う通りだよ」
「え?」
「殺すより殺さない方がいい。ただそれだけだよ」
「・・・・・ならさ、なんで戦うんだよ。そんなに嫌なら最初から戦場に来なきゃいいだろ
  どんな綺麗事言っても、戦場は命のやり取りするところじゃないのか?
  そこに乱入して、好き勝手言って暴れまわる・・・それは、殺さないからって許されることじゃない」
「・・・・それでも、守りたいものがあるんだ。・・・・おいしかったよ、ありがとう」

キラはそう言ってはかなげに笑い、ほとんどまるまる残っている定食を差し出してくる
シンはそれを受け取って、食べかけのハンバーグへ乱暴にかぶりついた

「もぐもぐ・・・・・。もったいねーの。食わなきゃ力が戻らないだろ」
「あはは・・・・。ねぇ、アスランと会えないかな?」
「艦長? さぁ? 忙しい人だからな。まぁ、時間があるなら来るんじゃないか?」
「真っ先に会いに来てくれるって、思ったんだけど・・・・なんで・・・」
「キラ。バカ言うんじゃないよ。今、あの人がどれだけ必死に働いてると思ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・・」
「オーブに戻ったら、あんたがどうなるかはわからないけどさ・・・・
  もう少し真面目に働いてみたらどうだ? 戦争するより、やるべきことがあるだろ
  あんたは前大戦の英雄なんだからな。・・・・・・ごちそうさん」

シンは、キラが食べ残したハンバーグ定食を綺麗に完食すると、
独房から外に出た

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ガロードは、一度だけアスランと話し合った。ロアビィの処遇についてだ
シャギアはともかく、ロアビィがなにか刑罰を受けるようなら、さすがにまずい

「・・・・そうだな。ラクスのやろうとしたことを、必死に止めたというなら、
  弁護のしようもある。それに傭兵なら、タカマガハラに参加させることで、 
  罪をもみ消すことができるかもしれないな」

アスランの言ったことはそれだった。つまり、ロアビィをタカマガハラに引き込めということだ
確かにレオパルドデストロイとロアビィは戦力だが・・・・

「あーあ、なんか汚ねぇよなぁ、こういうの・・・・。つっても、ロアビィが悪いんだけどよ」

ガロードはぼやきつつ、そのことを独房でロアビィに話した

「・・・・・なるほどねぇ」
「どうすんだよ、ロアビィ。俺は悪い交換条件じゃないと思うけどな」
「だな。でも俺、歌姫さんからもう前払いで金もらってるんだよ、ガロード」
「おいおい、そういう場合じゃねぇだろ
  あのラクスって人、かなりヤバイ人みたいなんだぜ!
  下手すりゃおまえ、処刑されちまうぞ!」
「ふーん。俺は結構気に入ってるんだけどね、ラクス・クライン
  おまえ、直接話したことないんだろ? 一度会ってみたら?」
「いいよ! ・・・・ったく、ロアビィ、おまえ死んじまうぞ!
  とにかく早めに決めてくれよな! ラクスのこと好きなのはいいけど、
  あの世までついてくほどの義理はねぇだろ!」
「さてねぇ・・・・」

ロアビィがにんまりと笑みを浮かべる。ガロードは少し、苛立ちを感じた
下手をすれば殺されるということがわかっているのかと、叫びたくもなった

同時に、本当にラクスは魅了能力を持っているのかもしれないと思う
ロアビィの姿を見ると、少しぞっとする

それからヤタガラスはロドニア軍の指揮系統をザフトに引き渡し、
予定通りオーブへの帰路を取った。エターナルはヤタガラスによって牽引され、
ザフト艦がその周囲の警護についている。さすがに空路は取れず、主に海路を行くことになった
ただ、やって来たときとは違い、連合艦隊の降伏などやロゴス糾弾を受け、
地中海は親プラントの状態になっている。かつては連合軍のものだったスエズ基地も、
今はヤタガラスを迎えてくれる補給基地だった

スエズ基地でヤタガラスはいったん、碇を下ろす
そして、久しぶりにヤタガラスのクルーにも休暇が与えられた

「おいキッド、もう少しザクの出力あがんねーのか?」

スエズ基地の訓練場である
ガロードは休暇を利用して、少しでもブレイズザクファントムを自分のものにしようと悪戦苦闘していた

「無茶言うなよガロード! ザクは一応、この世界の新型なんだぜ! DXと比べるんじゃねーよ!」
「そりゃわかってるけどよ・・・・。これじゃレジェンドにはまったく歯がたたねぇ・・・・」
「あーあ。アスランの許可が下りれば、
  すぐにでもヴァサーゴの装甲引き剥がしてルナチタニウム取り出すんだけどなぁ・・・・・」
「もどかしいなぁ・・・・」

言いつつ、ガロードはザクのコクピットハッチを開けて空を見た
空中では一機のMSが、羽を広げて縦横無尽に空を飛び回っている

『ヤッホゥ♪ すっごい機動性じゃない! 快適快適!』

ルナマリアの声が、ガロードにはいやみったらしく聞こえてくる

デスティニーインパルス。通称、Dインパルス。キッドがルナマリアの要望を聞いて、
完成した統合型のシルエットである。黒海で襲撃してきたデスティニーを参考に組み上げられたもので、
ソードの格闘能力、ブラストの砲撃能力、そしてフォースの機動性が確立されている

「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ、ルナ! まだそいつは試作段階だ!
  ENタンクの追加で、やっとエネルギー問題をクリアしたばかりなんだからな!」
『わかってますって、天才メカニックさん! じゃ、行くわよ・・・・!』

訓練場に、次々とMSのダミーが出現する。Dインパルスは二門の延伸式ビーム砲塔を構えた
ブラストインパルスのビーム砲を、簡略化したものである

ドォン! ドォン!

そこから凄まじいビームが放たれ、MSのダミーを一気に破壊した
そして息をつく間もなく、Dインパルスはレーザー対艦刀エクスカリバーを構え、
凄まじい機動と共に次々とダミーを切り裂いて行った

そして最後に、地上からペイント弾が放たれる
それに気づいたDインパルスは、ビームシールドを展開して受け止めた

「よぉし! ドムトルーパーの構造そのままパクッてきたビームシールドだけど、
  結構安定しているな! へっへー、自分の才能が恐ろしいぜ!」
キッドがガッツポーズをしていた
「あーあ、いいなぁ・・・・」

ガロードはザクのコクピットで、ルナマリアの勇姿をぼんやり見つめる
ザクが悪くない機体だというのはわかるが、最低でもあれぐらいの機体性能がなければ、
レジェンドと渡り合うのは難しいだろう

「おら、ガロード! 文句言ってねぇでおまえも練習しろよ!
  早くザクに慣れとけよ!」
「はいはい。あー、クソッ! DXってすげぇMSだったんだなぁ、まったく!」

やけくそ気味に叫び、ペイント弾を装填したライフルを片手にDインパルスへ向かって行った

結局、その後の模擬戦は七戦六敗で、ものの見事に性能差を見せ付けられた感じだ

その日の夜である。急に騒がしくなった
ヤタガラスの個室で眠っていたガロードは、寝ぼけながら上半身を起こし、周囲を見回す

ウー ウー ウー

サイレンの音が聞こえる

(なんだよ・・・・まったく・・・・)

大あくびをしながら、Tシャツトランクスの格好で廊下に出た
周囲を見回すと、銃を持った人間たちが右往左往している

「ガロード、なんて格好だ。軍服に着替えろ」

不意に後ろから声がかかる。振り向くと、レイがいた

「んだよ? いったいこりゃなんの騒ぎだ?」
「エターナルクルーが脱走したらしいな」
「はぁ? ちょっと待てよ! どうやって脱走したんだ!?」
「警備に当たっていたロドニア兵に、内通者がいたらしい。いや、ラクスの信奉者と言うべきか
  それが独房を開けた・・・・・・内通者はもう射殺されたが、何人かが逃げたようだ」
「誰だよ、逃げたのって!」
「アンドリュー・バルトフェルド、シャギア・フロスト・・・・そして、ロアビィ・ロイだ」
「なんだって!?」

ガロードの胸に衝撃が走った。前者の二人はともかく、ロアビィはタカマガハラに参加すれば助かるのだ
にも関わらず、なぜ危険な脱走などしたのか

(本当に・・・・本当にあいつは、洗脳能力を持った、ニュータイプなのか!?)

ガロードの脳裏に、ラクス・クラインの顔が思い浮かぶ。ぞっとするような、不吉な予感を感じた

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厳重に封鎖された居住区である。隔壁が何枚も重ねられ、そのすべてにセキュリティが入ってある
それらはアスランでなくては解くことができず、通常の方法では脱走は不可能だ

アスランは脱走の報を聞くと、すぐにシンとルナマリアを連れてラクス・クラインの牢獄に向かった

「おまえたちはここで待ってろ」
「「はい」」

アスランは二人を残して、ラクスの牢獄に入る

中は綺麗なものだ。ホテル並の施設があって、バストイレも完備してあり、食事は一日三回、
自動エレベーターで供給される

そこのベッドで、ラクスは憂鬱そうに自分の頬をなでていた

「アスランですの?」

ラクスが、じっとこちらを見つめてくる。吸い込まれそうな視線だ
アスランは右腕に巻いたベールに触れ、それから口を開いた

「ラクス、脱走はおまえの指示か?」
「脱走・・・・。そう、お逃げになりましたのね。ですがわたくしの命令ではありませんわ
  いえ、わたくしは誰に命令する権利もありませんもの」
「指示などできるわけがないか・・・・。この部屋では」
「ですがアスラン、覚えておいた方がよろしいですわ
  あなたは今、目を曇らせています。カガリさんを無くしたことで、想いを間違った方向へ向けています」
「・・・・・・・・・」
「そんなことをしていれば、あなたは不幸な結末を迎えてしまいますわ」
「余計なお世話だ」

アスランはラクスから背を向けた。相変わらずこっちの心を取り込むような、引き込むような、
とんでもないものをラクスは持っている。言葉の一つ一つが、心に入り込んだ

また、アスランは右腕のベールに触れた。カガリの声が、遠くに聞こえた