クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第048話

Last-modified: 2016-02-17 (水) 23:45:08

第四十八話 『我々も同じことをするのです』
 
 
==========================

ザフト軍、マハムール基地。かつてガロードがローエングリンゲートを陥落させた時に、立ち寄った基地である
ほうほうのていで逃げ切ったヤタガラスだったが、ここまでたどり着くのが限界だった
クラウダに負わされた傷は深く、ドックで補修を受けている

ガロードはMSの格納庫で、白い布に包まれていたDXを見上げていた
せめてDXが万全なら、あんな無様な戦いをせずにすんだはずだ

「よう、ガロード。ここにいたのか、探したんだぜぇ?」

キッドが丸めた設計図を片手に、笑いながらこっちへやってくる

「キッド。なんだよ?」
「喜べガロード。あのクラウダってMS、ルナチタニウムで出来てるぜ!」
「なんだって! じゃあ・・・・!」
「おう! これでDXは復活よ!」
「マジかよ、やったぜ! キッド、おまえサイコーッ!」

ガロードはキッドに抱きつき、その背中をばんばんと叩く

「おい、苦しいって・・・ガロード・・・・」
「おっと・・・すまねぇ、キッド! しっかし、ロアビィのヤツ・・・そこまでわかっててクラウダよこしたのかな?」
「さぁて? でも、喜ぶのはまだ早いぜ。ちょっとDXの修理、ここじゃキツイんだ」
「え?」
「DXは本当に、ボロボロなんだよ。だから並の修理工場じゃ無理だ
  あーあ。せめてオーブにいたんなら、こんな心配しなくてもよかったんだけどなぁ・・・・」

キッドがため息をつく。ガロードは少し、責任を感じた
ミーアとキラを会わせたことは、やはりまずかったのだろう・・・・

「・・・・・・・」
「おい、暗い顔すんなって、ガロード! ティファを助けに行くんだろ?」
「わかってんよ! ティファはなんとしても助け出す・・・・。そのためには、DXが必要だ
  頼むぜキッド!」

勇ましくガロードは言うが、実を言えば怖い。何度も死ぬような目にあったはずなのに、
レジェンドの顔を思い出すと悪寒が走る。ティファをまだ、怖がっていた。情けなかった

「ガロード。俺も、ちょっと悪あがきしてみたんだ」
「悪あがき?」
「ああ。それが、コイツさ!」

キッドは手にしていた設計図を、ガロードの前で広げる。そこには戦闘機が描かれていた

「なんだ、これ?」
「へへっ、これがGファルコンだよ。オルバから話は聞いてたんだろ?
  GXの支援戦闘機で、DXの他にもレオパルドやエアマスターにも使えるんだぜ」
「G・・・ファルコン・・・・。サテライトキャノンを一時的にチャージできるっていう、アレか・・・・」
「そうだ。こいつと合体すれば、マイクロウェーブなしでサテライトキャノンは撃てる
  これからの戦いには、本当に撃つにしろ、脅しに使うにしろ、サテライトキャノンは必要だろ?」
「ああ」
「ま、いちいちサテライトキャノン発射用のエネルギー用意しなきゃいけねぇのがつれーけどな」
「造れんのか?」
「まだ無理だな。クラウダのルナチタニウムはDXの修理で使っちまうし・・・・それに、
  完全に設計が終わってるわけじゃねぇんだ。どうしてもジャミルの助言がいる
  あと、フリーデンに残ってるMSの設計資料だな」
「ジャミルかぁ・・・・。この世界に来てんのかなぁ・・・・?」
「俺は来てると思うぜ? おまえや、ティファ、ロアビィとかもいるんだ。ジャミルがいないのは不自然だろ?」

言われてみればそうだ。根拠は無いが、確かにこの状況でジャミルがいないのは不自然である
しかし、この世界でガロードは有名人だった。それにハイネなどにもジャミルの捜索は頼んである
なのになぜ、会いに来てくれないのか。それがガロードの気がかりだった

「キッド。今は、DXの修理だな?」
「おう。Gファルコンとかは置いといて、それが先決だ」
「よし! ちょっとアスランに頼んでくるぜ。それにいざとなりゃ、ザフトの施設も使えるからな」
「さすがは天下の『FAITH』様だな」
「ヘッ。じゃあ、ちょっと行ってくるよ!」

ガロードはそういい残し、走り出した。DXの無残なパーツが視界に入る
もう少しだと、心の中で語りかけた

==========================

マハムール基地の宿舎、ヤタガラスクルーにあてがわれた部屋
シンはコンピューターのパネルを叩いていた。再生されるのは、ストライクフリーダムの戦闘記録である

「機動性、持続性、攻撃力、防御力、そしてパイロットの技能・・・・・。見ていると絶望的な気分になるな」

隣で映像を見ていたレイがつぶやく
とにかく、一番怖いのはストライクフリーダムである。ロドニアで一度シンは勝っているが、
MS戦では負けた戦いだった。どうにかしてキラを、倒さなければならない
その方法を今、レイと共に探していた

「でも、コイツを倒さなきゃ、オーブは解放できない。嫌でも無理でも、やるしかないんだ」
「しかし・・・レール砲に、ドラグーン、高エネルギービームライフル、ビームシールド、腹部複相ビーム砲・・・・
  攻撃力だけでも、途方も無い化け物だ・・・・・」
「俺なら大半の武装を無効化できる
  アカツキが気をつけなきゃならないのは、レール砲とビームサーベルだけなんだ」
「それが有利な点だな・・・・。しかし、アカツキでは火力不足は否めない」

レイの言うとおりだった。無論、アカツキは攻撃力のない機体ではない
そこらのMSより、いや、高性能機であるザクやグフを大きく上回る火力を持った機体である
しかし、ストライクフリーダムはそういう次元のMSではないのだ

「でも手はある。アカツキは唯一、陽電子砲を無効化できるMSだ
  俺がキラを捕まえて、そこにヤタガラスのローエングリンを撃ち込めば・・・・」
「そう上手く行くか?」
「他に手が無い!」
「いや・・・・ある」

シンはキーボードを叩く手を止め、振り返った。レイは自分の口元に手を当て、思案顔を作っている

「なにか、あるのか?」
「・・・・・ラクスが死ねば、どうだ?」
「あ・・・・・・」

考えもしなかったことだ。キラのストライクフリーダムを倒すことばかりに気を取られていた
確かに、ラクスが死ねば偽りのオーブ政権は崩壊するだろう。いかにキラがカガリの弟と名乗ろうと、
軍事活動や諜報を支えてきたのはクライン派なのである。彼らが旗印を失えば、一気にキラは衰退する

「シン、確かにおまえは強い。だが、強敵と真正面から当たることを考えすぎる」
「・・・・・・・・」
「と、俺も偉そうなことを言ったが・・・・。ラクスとキラが離れる可能性は低いな
  二人が離れれば、それがチャンスなのだが・・・・」
「やっぱり、キラを倒すしかないのか・・・・・」
「だから、倒し方を考えるのは無駄じゃない。現に俺たちは、ロドニアでストライクフリーダムを倒した」
「あれは・・・・。エターナルを、他のMSが制圧したからだろ?」
「だが、結果としてキラとラクスは捕われの身になった。過程はともかく、結果だろう?
  俺たちが理想とすべきは、ああいう戦い方だ」
「まぁ・・・・な」

しかしシンは、どうしてもキラを真正面から倒したいと思っていた
そうしなければ、いつまでも人々はキラという幻想から目を覚まさないだろう

(デスティニープランへの反逆なのかな?)

ふと、そう思う。キラは遺伝子的に極めて恵まれた人間である
なにしろ、ほとんど努力せずにあれほどの技量を獲得しているのだから
そして遺伝子の優位性で並べるなら、シン・アスカは間違いなくキラに劣る

「そういやさ、レイ?」
「なんだ?」
「デスティニープランって、いったいなんなんだ?」
「議長の説明は聞いていたのだろう? 人々を適職につけ、幸せにし、世界を平和にする画期的な計画だ」
「・・・・・・・」
「遺伝子の解析を行うことで、それは可能になる
  議長は戦争の続く世界に終止符を打つべく、このプランをお考えになられた」
「平和、か・・・・・」

ネオと約束したことである。戦争を終わらせ、平和を作る
しかし現実には、なに一つやれていない。MSで暴れまわるだけではなにも解決できないといいながら、
結局やっていることはアカツキに乗っての戦闘だった

だからネオは、怒って、あの世から帰ってきたのだろうか。ふがいない自分を叱るために

「今はデスティニープランを成就させるのが、平和への道だろう」
「・・・・・・・俺が作れる平和って、ないのかな?」
「自分で平和を築きたいのか? やめておけ・・・・。ラクスやキラと同じことをやることになるぞ」
「・・・・・・・・・・」

不意にその時、呼び鈴が鳴った

「誰だよ?」
『俺だよ! オレオレ!』
「え・・・・」
『早く開けろって!』

シンが立ち上がり、部屋の扉を開ける。すると、懐かしい顔が二つ、そこにいた

「ヨウラン・・・! ヴィーノ!」

なんとミネルバで一緒だった、二人の整備士、ヨウランとヴィーノである

「おいシン! レイもだよ。水くせーな! おまえらアイスランドの時も、顔一つ見せやしなかっただろ!
  マハムール基地にミネルバがいるって知ってるんだろ
  士官学校時代からの友人に、そりゃないんじゃないか?」

前髪の赤い少年、ヴィーノがふてくされたように言う

「悪い悪い! ちょっと忙しくてさ・・・・」
「それにしてもすごいな、シンは。オーブの最新鋭機任されて、今や立派なエースだもんなぁ・・・・」
「いや・・・・・キラの方が、俺より強い・・・・」
「おい、そりゃ比べる相手が間違ってるぞ!」

そんな風にして、しばらく四人で再会を祝った。ジュースを片手に、たまっていた話をぶつけ合う

「そういえばヨウラン。ミネルバの方はどうだ? 議長がいらっしゃるのだろう?」
「ああ、レイ。『FAITH』のハイネ・ヴェステンフルスとジュール隊ががっちり守ってるから、心配ないよ」
「そうか。ストライクノワールなど、三機を連合から奪取したんだったな」
「凄い人だよ、ハイネさんは。本当に、エースらしいエースって言うのかな
  なのに結構気さくで、俺たちにタメ口で話せって言うんだぜ? 
  イザーク隊長は、ちょっと血の気が多い感じかな。で、それをディアッカさんとシホさんが抑えてる
  ジュール隊の三人も、前大戦を生き延びただけあって、エースと言っていい人たちだよ」

ミネルバの話が出たので、シンはジュースを置いて気になることを聞いてみた

「なぁ、ヴィーノ。おまえ、サザビーネグザスの整備したことあるか?」
「ん? そりゃあるよ。一応、ミネルバ所属のMSなんだし」
「どんなMSなんだ?」

シンが、ミネルバで一番興味があることはそれである
ヘブンズベース戦での動きを見る限り、ストライクフリーダムと真っ向からやりあえるMSはあれしかないだろう

「んー・・・・・。凄い、MS、かな・・・・・」
「おいヴィーノ。それ、説明になってないぞ」
「だってそれしか言えねーよ、シン。スペックがマジで桁外れなんだ
  ザクやグフをとんでもなく強くしたMS、かなぁ・・・・例えるなら」
「OSが特殊で、素人にも扱えるって本当か?」
「それは・・・・ああ、これ本当は口止めされてたんだけど、俺たちはコクピットに触れないんだ
  サザビーを整備する時は、必ず議長が立ち会って行われる
  ザフトのトップシークレットなんだよ、サザビーネグザスは。だからOSのことは正直、わからない」
「そっか・・・・」

シンは思案顔で、ジュースに口をつけた

「シン、おまえが今考えたことを当ててやろうか?」

ふと、レイがこちらを見つめてくる

「あ・・・・? なんだよ?」
「サザビーネグザスに乗れないか。そうだろう?」
「うっ・・・・」

図星だった。ストライクフリーダムと真正面からやりあえる性能を持つ、唯一のMSなのである
そのことを考えるな、という方が無理だろう

「そういやさ、大変だったな、シン・・・・」

ヨウランがしみじみという。オーブのことを、言っているのだろう

「別に・・・・俺はザフトだから・・・・大変ってことは、ないけど・・・・。でも、悔しいなぁ・・・俺は・・・・」
「やったのはキラとラクス様だろ? ちょっと、驚いたな
  いや、ヤタガラスがエターナルを捕獲したって時も驚いたけど・・・・」
「ヨウランは、ラクス・クラインをどう思ってるんだ?」
「どうって・・・・。それは、今回やったことはとんでもないし、許せることでもないけど、
  まだ好きだな。俺と同じように、ラクス様に好意を持っている人は、プラントにも多いと思う」
「・・・・・・・」

少し前の自分なら、ヨウランにつかみかかっていたかもしれない。少なくとも、怒鳴り声はあげていただろう
しかし今は、ある程度は冷静に考えられるようになっていた。プラントにはまだ多くのラクス支持者がいる
それはシン自身が叫ぼうがわめこうが、どうしようもないことだった

「だが、ラクス・クラインは戦争をするだろうな。プラントに対して」

レイが言う。ヨウランもヴィーノも、はっとなった
オーブでのキラやラクスの演説は、彼らも聞いていたはずだ
そしてその内容は、ギルバート・デュランダルの糾弾であり、ほとんど宣戦布告に近い

「・・・・どうなっちまうのかな・・・・。プラントも、オーブも・・・・世界も・・・・」

ヴィーノがつぶやく。重い、つぶやきだった

その時だ。ドアが乱暴に開かれ、一人の人物が飛び込んでくる

「た、大変・・・・! シン! レイ!」
「な、なんだよルナ・・・・。ノックぐらいしろよ!」
「それどころじゃないわよ!」

ルナマリアは凄まじい剣幕で叫ぶと、部屋の中に入ってきた
ヨウランとヴィーノと目が合うが、言葉をかわすことはなく、シンを見つめる

「ルナ? 大変大変って・・・・オーブが乗っ取られた以上に大変なことでもあるのか?」
「・・・・・私たちにザフトへの復隊命令が出たのよ!」
「は・・・・?」

一瞬、なにを言われたのかわからなかった

「だから、ヤタガラスにいる・・・・シン、レイ、私、メイリンに上から命令が出て・・・・ザフトに戻れって!
  『FAITH』のガロードや、アスラン艦長には命令が出てないみたいだけど・・・・」
「な、なんだって!? ちょ・・・」
「そう驚くことでもないだろう、シン」

レイがいつもと同じ、冷静な声で告げる

「レイ?」
「俺たちは、ザフトからの出向という形でタカマガハラに参加した。言わば臨時雇いだ
  しかしオーブがああなってしまった以上、タカマガハラはすでに有名無実
  俺たちがザフトに戻るのは当たり前だろう」
「・・・・・・・・・そっか。忘れてたよ・・・・俺、ザフトの軍人だったんだよな・・・・」

シンはふと、思い出す。なんだかずっと、オーブのために戦ってきたような気分だった
不思議だ。あれほど憎んだ故郷なのに、今はかけがえのないもののように思っている

しかし、それももう終わりなのだろうか。こうしてただの軍人として、ザフトに戻り、また戦うのだろうか
そんなことをする自分を想像すると、ひどく嫌だった。そしてそんなことを考える自分に、シンは驚いてもいた

「もう・・・・ヤタガラスは終わりなのかしらね。結構、居心地よかったんだけど・・・」

ルナマリアがつぶやく。ひどく、悲しいつぶやきだとおもった

==========================

マハムールにある宿舎である。『FAITH』のガロードは、たいていのところは顔パスだった
ガロードはアスランの部屋に入る

「おーい、アスラン?」
「ガロードか・・・・」

思わずガロードは息を呑んだ。アスランの目の下に、大きなクマがべったりとはりついている
過剰なストレスによるものなのは明らかだった

「あ・・・・」
「なにか用か?」
「いや、聞いてくれよ!
  DXの修理ができるようになったんだよ・・・・あのクラウダってMS、ルナチタニウムで出来ててさ・・・・」
「そうか・・・・・」
「んだよ、喜んじゃくれねぇのか、アスラン? いや、喜べる状況じゃねぇってわかってるけどさ・・・・」
「・・・・・ザフト兵に、復隊命令が出た」
「え?」
「シン、ルナマリア、レイ、メイリンら、ザフトの人間はヤタガラスを降りろ、と・・・・・
  デュランダル議長から正式に命令が出たんだ」
「なっ・・・・・!?」

いきなりだった。ヤタガラスのパイロットは、ステラをのぞき、全員がザフトである
彼らがすべていなくなれば、事実上、ヤタガラスはその力を失う

「俺とおまえは、『FAITH』だから・・・命令が出ていないが・・・・・」
「そんな! ふざけんじゃねぇ! デュランダルのおっさんはどこにいるんだよ!」
「会いにいくのか? やめておけ・・・・・。ガロード、議長はおまえのことを異世界の人間だと知っているのだろう?」
「それがどうしたんだよ!」
「あまり目立つことをするな、ということだ。『今の』議長は信用できん・・・・。下手をすれば拘束されるかもな」
「そんな無茶なことをするか、あのオッサンが?」

ガロードはデュランダルのことが嫌いではない。なんだかんだ言っても、最大限、自分に便宜をはかってくれた男だった

「・・・・・それに、これは普通の命令だ。オーブがああなってしまった以上、タカマガハラは崩壊したも同然だ
  なら、ザフトも有能なパイロットを手元に戻したいだろう・・・・・」
「でも・・・・・」
「じゃあどうすればいいって言うんだ!」

ドンッ・・・・アスランは机を叩いた。どうしようもない苛立ちが、たたきつけたこぶしから感じられた

しん、と部屋が静まり返る。その時、部屋にノックが響いた

「よう、邪魔するぜ?」

返事も待たずに入ってきたのは、金髪の男だった。ガロードも面識がある
胸には『F』の紋章

「あ・・・・ハイネ、だったっけ?」
「久しぶりだな、ガロード。それにしてもずいぶん険悪な雰囲気じゃないか」
「なんの用だ、ハイネ・・・・」

アスランが苛立ちを隠そうともせずに、つぶやく。普段のアスランらしくない仕草だった

ハイネは肩をすくめて、アスランの座っている机までくると、そこに腰掛けた

「オーブを失って、母艦はボロボロ、キラ・ヤマトは反則的に強くて、ラクス・クラインは民衆の心をつかんでいる
  その上、パイロットやMSを返せとザフトは言ってきた。大変だなぁ、アスラン?」
「負けた俺を、からかいに来たのか、おまえは・・・・・」
「ふーん。一度、負けた。完膚なきまで負けた。だから諦めるのか、おまえ?」
「なに・・・・!?」

ハイネがからかうように言うと、アスランの顔色が変わった

「アスラン・ザラってのはこんなもんか? おまえはとっくに忘れたのかも知れないが・・・・・
  前大戦、フリーダムとジャスティスの名は同等だったんだぞ」
「・・・・・・・・」
「おまえはキラと互角だったんだよ。少なくとも、世間の人間はそう見ている
  なのに情けないなぁ・・・・。アスラン、おまえはホモか? タマ無しか?
  キラがそばにいなきゃ、なにもできないオカマ野郎か?」
「ハイネ・・・・!」

アスランが立ち上がり、ハイネの胸倉をつかみあげる。しかしハイネは平然と皮肉な笑みを浮かべていた

「聞いてるぜ? 前大戦でも、ザフトとして戦ってる最中、事あるごとにキラ、キラと言ってたそうじゃないか?
  いくら仲良しのお友達でも、度が過ぎる。ああ、無理ないもんな
  おまえ、キラのためにザフトを裏切ったもんな。ザフトを裏切ったお礼はなんだ?
  愛しいキラのケツ穴でも、ぺろぺろなめさせてもらえたのか?」
「貴様ッ!」

アスランがこぶしを振り上げ、ハイネの顔を殴りつける。だがさすがにハイネも『FAITH』だった
体を傾けてそれに耐え、すぐに反撃の蹴りをアスランに見舞う

アスランは蹴りを腹に受け、危うく倒れそうになっていた

「どうした、オカマ野郎? 白兵戦最強の、アスラン・ザラはどこ行った?
  やっぱり愛しいキラちゃんのため、本当はオーブに戻りたいんじゃないのか?」
「おい、それぐらいにしとけよ!」

ガロードが割って入る。しかしハイネは、皮肉な笑みのままアスランを見下ろしていた

「ハッ! ガロード。気をつけな。このオカマ野郎はまた裏切るぞ
  キラがそばにいなきゃなんにもできないヤツだからな」
「黙れ・・・! ハイネ・・・・! キラがいなければなにもできないだと・・・!? 
  俺がキラにどんな想いをさせられたのか・・・・・!」
「じゃあ、なんで戦う前から白旗あげてるんだよ」
「え・・・・・」

ハイネの言葉を受け、アスランは固まる

「もう一回言うぞ。フリーダムとジャスティスは、並び称された名前なんだ
  アスラン、おまえはキラと戦って、負けたのか? もう戦うことはできないのか?」
「・・・・・・・・・・」
「MSが足りない? 国を盗られた? 結構じゃないか! 
  おまえ、自分が前大戦でなにをやったのか忘れたのか?
  極少数のMSで、圧倒的に多数のザフトと連合の戦いに介入して、戦争を終わらせたんだぞ?
  あんな無茶はもうやらないのか?」
「・・・・・・・・・まさか、ハイネ」
「・・・・おまえが負け犬のタマ無し野郎なら、死ぬまでそこで這いつくばっていればいいさ」

ハイネはそれだけを言うと、アスランの部屋から出て行った
彼は励ましに来たのだと、ガロードは思った

「・・・・・・・・ガロード」
「なんだよ、アスラン?」
「ハイネはなにを言いたかったんだと思う?」
「だいたい、わかるぜ」
「・・・・・・・・」

ハイネは言外の意味を、言葉にこめている。どこにも属さない独立軍の組織
本当のタカマガハラの設立。それである

==========================

デュランダルは同じマハムール基地にいるはずなのに、なにも言って来なかった
ユウナにはその意図が見え透いている。こちらが泣きついてくるのを、待っているのだろう
オーブをキラの手から取り戻すには、絶対的に戦力が足りない
ヤタガラス一隻でオーブを取り戻せるはずもない

ユウナは港に立って、海を見た。このはるかな先に、故国がある
自分を追い出し、新たな指導者を熱狂して迎えた民のいる国である

「もう、やめよっかなぁ・・・・・」

悲しみもない。痛みもない。ユウナはつぶやく。そして、これが絶望なのだと、初めて気づく

これまでの働きを振り返ると、信じられないものだった
ユウナ・ロマ・アスハという人間が本来持つもの以上の力で働き、オーブを運営してきた
自分で自分を褒めてやりたかった。それでも、オーブの民は自分よりキラの方を選んだ

オーブを武力侵攻してまで取り戻そう、という気は起きなかった
それでは結局、キラと同じである。なにより、また血が流れるだろう
オーブ本土を戦場とすれば、泣くのは結局、民である

他国を侵攻しないという、オーブの理念。それは結局、自国にも侵攻してはいけないということなのだろうか
なら、その理念を守る限り、国を取り戻すすべは無い

「代表」

ふと、気づくと、隣にアスランが立っていた

「アスランか・・・・・。シンたちを返せって、ザフトが言ってきたんだって?」
「はい」
「もう終わりだな、ヤタガラスも・・・・・。僕はザフトの客として、一生を終えるのかな・・・・」
「手は、残っています」
「え?」

アスランの顔を見る。生気にあふれた顔だった。なんとこの男は、絶望的なこの状況でも、諦めてはいない

「代表。前大戦でのラクス・クラインを覚えていますか?」
「ああ・・・・・。エターナルやアークエンジェルなど、極少数の戦力で戦局に介入して、戦争を終わらせた・・・・」
「我々も同じことをするのです」
「なっ・・・・・」

言われて、すぐに無理だと思った。ここにはキラ・ヤマトはいないし、自分はラクス・クラインではない

「タカマガハラとは、オーブでもなく、ザフトでもありません。名目として、どこにも属さない独立軍です
  オーブがキラの手に落ちようと、その名目は生きております」
「ギルバート・デュランダルがそれを許すか? 彼は、僕をオーブ侵攻の大義名分に使うつもりだぞ」
「逆を言えばそれは、デュランダル議長本人が、代表に価値を認めていらっしゃるということです
  やはり彼にとって、キラとラクスは脅威なのですよ」
「MSとパイロットはどうする? 自由に動けるのは、君とガロードだけだろう?」
「シンを取り込めるか、やってみます。代表、彼は元々オーブ人です
  レイやルナマリアは難しいかもしれませんが、彼一人をタカマガハラに残すならどうにかなるかもしれません」
「エースを簡単にザフトが手放すか?」
「シンの能力を完全に引き出せるのは、アカツキです。そしてアカツキは、オーブのMSです」

無理だろう。デュランダルはそれほど甘くはない
しかしすぐに、自分はすでにユウナであって、ユウナではないことを思い出した
すでにこの背にはトダカやウナト、そして自分のために死んだオーブ兵の命があるのである
無理だどうだと、甘えてはいられない

死者が、この背を押す。まだ眠ることを許さない

「ガロードは協力してくれます
  それに・・・・DX復活のメドがつきました。状況は絶望的ではありません」
「・・・・・やるか」

驚くほど強い自分の声に、ユウナは驚いた。すでに自分の命は、いろいろなモノを背負っていることを、痛感する

「はい 。しかしヤタガラスをザフトから切り離してどこへ向かわせるか・・・それも問題です」
「いや、オーブは国土のすべてを失ったわけではない」

ユウナの脳裏をかすめる、長身の女性。だが彼女が自分を受け入れるとは限らない
正直なところ、彼女は自分のことを好きではないだろう。それにセイラン家とサハク家は、仲がいいわけでもない
ただ一つだけ賭けられるものがあるとすれば、彼女のオーブを愛する気持ちだった

「代表」
「やれやれ。『彼女』は、僕のことを認めてくれるかな・・・・」
「もしもダメなら、逃げればいいじゃありませんか。海賊にでもなりましょう」
「ははは、そりゃいいや!」

思わずユウナは笑った。確かに、状況は最悪である。だが最悪であるがゆえに、
これ以上悪くなっても大したことは無い。海賊家業もいいな。そう考えると無性に愉快になってきた

「なぁ、アスラン。僕に海賊はできるかな?」
「なれていただかなければなりませんね」

にっと、アスランは笑う。この男もまだ、諦めていない

「・・・・どうやら、白旗をあげるにはまだ早いみたいだな」
「ええ」
「行こうか、アメノミハシラ。アスラン、一発逆転を狙うぞ」

遠い海の向こう。オーブは確かに、そこにあるはずだとユウナは思った

 
==========================

ラクスの凄さを、改めてアスランは実感する

独立軍の組織と言っても、簡単に行く話ではなかった
難点は腐るほどある。前大戦はクライン派の協力があってこそ初めて独立勢力足り得たが、
今はそんな便利なものはない。アメノミハシラがユウナに味方するとは限らないし、
最悪、ガロードと自分だけがヤタガラスのパイロットということになりかねない

(シンだけか・・・・)

ヤタガラスクルーの経歴を考えると、独立軍、新しいタカマガハラに誘えそうなのはシンだけだった
幸いと言ってはなんだが、シンは家族を失っている、天涯孤独の身である
そして、シンを誘うことができれば、ステラは無条件でついてくるだろう

だが、仮にシンを誘うことに成功しても、次の難題がある
MSだった。現状、こちらの所有と言えるは、アカツキと壊れたDX、そしてクラウダだけだ
ガイア、Dインパルス、インフィニットジャスティス、グフはザフトのものなのである

そしてユウナが交渉に使えるカードは、ほとんど無い。デュランダルが一言、
ヤタガラスをよこせと言われれば、その圧力をはね返せるか、疑問だった

「脱走か・・・・」

結局はその結論に落ち着く。それだけが、MSとパイロットを確保できる有用な方法だった
しかしその手は、ユウナを危険に巻き込むこととなる上に、アメノミハシラもザフトに攻撃される可能性が出てくる
あまりいい手とは言えない、が・・・・・

脱走に見えない、脱走。脱走と取られない、脱走。理想はそれだった

マハムール基地にあるミネルバへ、アスランは足を向けた
それから警備の人間に告げて、面会を申し込む
少ししてから、目当ての人間が姿を見せた。指揮官の証である、ザフトの白服を着ている

「おまえに呼び出されるとはな」
「すまない、イザーク」
「まぁいい。カフェにでも付き合え、アスラン」

イザークと共に、マハムール基地内のカフェに向かう。軍の施設だが、働いている職員は普通で、
かわいらしいウェイトレスが注文を取りにきた。アイスオーレを頼む。イザークはコーヒーだった

「俺はニコルとやりあったぞ、アイスランドで」

いきなりイザークが、そんなことを言い出した

「ああ。知ってる。俺も戦ったからな」
「アスラン。エアマスターとかいう、あの青いMSはなんだ?」
「エアマスター?」

イザークが話し始めたのは、予想外の話題だった
アスランが呼び出して話をしようと思っていたのとは、まったく違う話題だ

「ガンダムタイプだった。いや、それは珍しいことじゃない。俺のブルデュエルも、ディアッカのヴェルデバスターも、
  貴様のインフィニットジャスティスも・・・オーブのムラサメもガンダムと言えば、そうなるだろう・・・・・だが」
「ちょっと待てイザーク。エアマスターって、なんだ?」
「貴様、見てなかったのか!? インフィニットジャスティスで貴様が来る前に、デスティニーとやりあっていたMSだ!」
「・・・・・・いや、よく見ていなかった」
「ハンッ! 復讐に目がくらみすぎだ、貴様は。まぁいい。超高機動の可変MSだ。機体の色は蒼
  そして意外に高い火力を持っている。格闘戦は、苦手のようだがな・・・・・」
「エアマスターか・・・・・。ちょっと聞いたことが無いな。それがいったいどうしたんだ?」
「ハイネと、そのエアマスターがなにか密談していたみたいなんでな
  機体の性能も気になるが、それも気になっただけだ・・・・・。デスティニーとやりあったということは、敵ではなさそうだが・・・・」

この、イザークの言葉は重要である。ハイネがアスランに接触してきたのはアイスランド以後だった
なら、このエアマスターというMSは、アスランに独立軍を組織しろと言外に言うハイネに、
なんらかの影響を与えているのだろうか

「エアマスター、か・・・・・」
「まぁ、知らんのなら別にいい。それより貴様が呼び出した用件はなんだ、アスラン?」
「デュランダル議長と会えないか?」
「・・・・なにを言ってる、貴様。会いたければ勝手に会いに行けばいいだろう
  『FAITH』の面会を断るような人でもあるまい」
「いや、おまえやハイネも一緒にだ」
「は・・・?」
「シンたちの引き上げを待ってもらう。タカマガハラの存続を訴えたい」

正攻法の手段も試してみるつもりだった。デュランダルはおそらく、ヤタガラスを吸収してしまいたいだろうし、
こんな甘い手段が通用するとも思えないが、試してみることが無駄になるとは限らない

「まったく・・・・貴様は・・・・・。俺をなんだと思ってる」
「戦友だよ」
「ハッ・・・・都合のいい時だけ、戦友か。・・・・・無駄だ、やめておけ」
「しかし・・・・」
「オーブがああなった以上、タカマガハラの存続が夢物語だということをおまえもわかっているだろう」
「まだだ。オーブにはアメノミハシラがある」
「いい加減にしろ、アスラン! おまえはザフトなのかオーブ軍人なのかどっちだ!」

イザークが大声をあげたので、カフェにいる客の視線がこっちに注がれる
しかしイザークはそんなことに構うこともなく、胸を張った

「・・・・オーブ軍人だ」
「なっ・・・!」
「と、言ったらどうするイザーク? 裏切者として、軍法会議にかけるか? 
  それにしてもこの世界には裏切者があふれていると思わないか?」
「なにが言いたい、貴様」
「イザーク、ラクスは裏切者か?」
「・・・・・・・・・それは」

言葉に詰まっている。裏切者と言えば、ラクスほど見事な裏切者はいない
しかしイザークの心には、ラクスへの好意があるのだろう。だから、こんな風に言葉に詰まる

「イザーク、勘違いしないでくれ。俺はただオーブを取り戻したいだけだ
  そしてオーブを取り戻すことは、プラントのためになるはずだ」
「おい、アスラン。それは自分をオーブ軍人だと言っているのも同然だぞ」
「・・・・イザーク。もう、うすうすはわかってるんだろう?」
「・・・・チッ。まぁ、いいだろう。だが大きな声では言えんが、俺は最近の議長のやり方に疑問を持っている
  まるで人が変わられたようだ
  デスティニープランは、コーディネイターの未来を切り開くものかもしれんが・・・・やり方が強引すぎる
  スカンジナビアも、交渉など一切せず、いきなりの武力制圧だったからな・・・・・」
「・・・・・・・」
「正直に言うと、ラクス・クラインに賛同する気持ちが、俺のどこかにある
  オーブを追われた貴様に、こんなことを言うべきでは無いのかもしれんが・・・・」
「いや、本音をしゃべってくれて、俺は嬉しいよ、イザーク」
「・・・・とにかく、議長と話せるよう、セッティングはしておいてやろう」

いい終えて、イザークはコーヒーに口をつける
アスランもアイスオーレにストローを差しこみ、飲んだ。少しミルクが多い

「よう、アスラン。ここにいたのか」

不意に、陽気な声が聞こえた。アスランがカフェの入り口に目を向けると、
ディアッカが手をあげている。髪を後ろに束ねた女性を連れていた

「ジュール隊、シホ・ハーネンフースです。ミネルバにてカオスのパイロットを務めています
  以後、よろしくお願いします、『FAITH』アスラン・ザラ」
「ああ・・・。君がジュール隊のホウセンカ、か・・・・」

軍人らしい挨拶を受けて、アスランは微笑み返す。つまりこの三人が、ジュール隊のアタマ、というわけだろう
ディアッカとシホが、席につく

「で、なにしに来たんだ貴様?」

イザークがじろっと、ディアッカの顔を見つめる

「なにって・・・・。いや、シホちゃんが愛しのイザーク隊長に会いたいって言うもんだから・・・」
「ディアッカ。無理矢理私を連れてきたのはあなたでしょ?」

じろっと、シホがディアッカをにらみつける。まぁまぁという感じで、ディアッカはそれをなだめていた

「冗談は置いとくとして・・・・・そろそろミネルバはオーブを攻めるらしいから、そいつを隊長さんに伝えにきたワケ」
「なんだって!? 本当か、ディアッカ!」

イザークよりも早く、アスランは声を張り上げていた

「いや、アスラン。なに興奮してるんだ? こうなった以上、オーブを攻めるのは当たり前だろ?」
「ディアッカ・・・・。そうだけどな・・・・・」
「ヤタガラスは、参加するんだろ?」

ディアッカが当然のように言ってくる。そうなのだ。国を乗っ取られた以上、普通は喜んで参戦するはずだ
しかしユウナはそれを望んではいない。オーブを戦火に巻き込まぬことを、第一に考えてきた男だった

「・・・・戦艦が一隻参加したところで、できることはたかが知れてる」
「おいおい、参加しないって? そりゃ無責任すぎるんじゃねぇか? オーブ軍だろ、タカマガハラは?」
「タカマガハラは独立部隊だ・・・・。それにディアッカ、はっきり言うぞ。今のオーブにザフトは勝てるのか」
「いやぁ・・・・・。それを言われると、ちょっと自信無くすな」

ディアッカが気まずそうな笑みを浮かべる
ヤタガラスがどんな風にしてマハムール基地まで逃れてきたか、すでにザフトは知っているはずだった
インフィニットジャスティスとDX抜きであるとはいえ、量産型にヤタガラスが追い詰められたのだ
それに問題はクラウダの他にもある。ストライクフリーダムだった
あの悪魔とも死神とも言える兵器と、どう戦うつもりなのか

「しかし、ザフトにはサザビーネグザスがあります」
「シホ。君はキラと戦ったことがあるか?」

アスランが言うと、シホは目を伏せた

「あ・・・・いえ」
「あれは正攻法では絶対に勝てない。無駄な戦いをして、ヤタガラスを沈めるわけにはいかないんだ
  俺は一応、艦長だからな」
「偉そうな態度で、うちの隊員をいじめるな、アスラン。別に貴様が強いわけでもあるまい」

イザークが不機嫌そうな声で告げる

「・・・・そうだな。俺は負けたんだ。とにかくイザーク、デュランダル議長との面会の件、頼んだ」
「ああ。だが、仮にシンたちの残留要求が受け入れられても、
  なにか別の条件を要求されるかもしれんぞ。その時はどうする?」
「条件次第さ」

条件にもよる。受け入れられる条件なら、譲歩するしかないだろう
しかしアカツキをよこせなどと言われたら、これは断るしかない
厳しい状況ということは、痛いほどわかっていた

==========================

本音を言えば、ハイネにとってオーブなどどうでもいい
ただ、友好国であるがゆえに、それなりの好意を持ってきた
そして今は、ラクス・クラインがキラ・ヤマトを押し立てて、オーブを乗っ取り、プラントに宣戦しようとしている
バカげたことだった。誰もギルバート・デュランダルを疑っていない。いや、疑うことすらできないのか

デュランダルという存在は大きくなりすぎた。議長という立場であるが、すでに権力は独裁者に近い
ザフトも彼の私兵に近い状態になっているし、デュランダルに心酔している将兵も少なくない

「どうも・・・・ハイネさん。ジャンク屋です」
「おう、ご苦労さん」

マハムール基地に、ジャンクをいっぱいに積んだトラックがやってくる
周囲の人間は、ハイネが個人で雇ったジャンク屋だとしか思っていないだろう

ツナギ姿の男が、トラックから降りてくる。帽子を目深にかぶり、サングラスをしていた
ハイネは周囲に人がいないのを確認すると、男に近寄る

「議長はどうなさっている、ウィッツ?」
「ようやくリハビリが始まったってとこだ。でも、まだ激しい運動とかはできねぇ」
「・・・・・そうか。まだしゃべることはできないのか?」
「もうしゃべれねぇかもしれねぇ・・・・」
「・・・・・・・・」

襲撃されたとき、デュランダルは重傷を負ったらしい。それを偶然、ウィッツが拾った
しかし顔はやけどを負い、声帯にもダメージを受けている
意識を取り戻したのも、ヘブンズベース戦の直前だった。それであわてて、ウィッツに自分と接触するよう頼んだらしい
始めは疑ったが、今は信用している。ウィッツは、デュランダルしか知りえないような情報を、知っていたのだ

それから数回、ハイネはウィッツと接触していた。目的はもちろん、本当のデュランダルの帰還である

「しかし誰も、デュランダルのとっつあんの正体に疑問を持ってねぇのか?」
「ああ。いや・・・疑問を持っている人間はいるかもしれんが、それは議長の豹変だと思っているだろう
  権力者が豹変することは、珍しくないからな。人物が入れ替わっているなんて、理解の外だ」
「ったく、アホらしいぜ。議長は偽者ですって、ビラをばらまいてやろうか」
「一笑されるのが、オチだろうな。いや・・・・議長が帰還されても、本物だと認める人間が何人いるか」

だから力がいる。デュランダルを帰還させるには、世界にデュランダルが本物だと認めさせなければならない
そのためには力がいる。ハイネはそれを、ヤタガラスに求めた

「おい、俺とガロードを会わせろ」
「うん? いいのか、ウィッツ? おまえ、会うにはまだ早いとか言ってただろう?」
「俺の言葉なら、あいつは信用する。おまえが、議長は偽者だっつっても、ガロードは信用しねぇだろ」
「・・・・まぁ、そうだな。俺とガロードは別に仲がいいわけでもない・・・・」
「俺とガロードは、別行動を取るべきだと思ってた。なにも知らねぇ世界だからな
  だからこうやって、合流するのを避けていた。お互いが個別行動して、逃げ道を増やす
  まぁ、生き延びるための基本戦略だな。でもそうも言ってられねぇか」
「異世界か・・・・・。正直、信じられないな」

この世界とは別の世界から、ガロードやウィッツはやってきたのだという
信じられない話だが、ハイネにとってどうでもいいことだった。今、肝心なのは、デュランダルが偽者だということだ
かつて、ハイネはデュランダルからじきじきに『FAITH』に任命された
その時、この男ならプラントを正しい方向に導いてくれると信じたのだ。男は、一度信じたものを見捨てるべきではない

「ヤタガラスをザフトから切り離すってのは、まぁ、悪い考えじゃねぇな」

唐突にウィッツが、そんなことを言った

「これしか考えつかなかった。タカマガハラという独立軍は、自由に行動する分には有利だ」
「でもパイロットとMSどうするんだよ? ほとんどザフトなんだろ?」
「まぁ、交渉次第だろうな。だが、おそらく残留交渉は失敗する・・・・。なら、死んでもらうさ」
「あ・・・・?」
「死んでもらうさ。死人がなにをしようが、別に構わないだろう?」

ハイネの頭にあるのはそれである。MSを沈める、パイロットを死なせる。少なくともザフトにはそう思わせる
そうして初めて、タカマガハラは真の独立部隊に変わる

問題はアスランがなにを考えているか、だった。あくまでもあの男は、オーブのために生きている
デュランダルへの義理はあるだろうが、オーブの不利益となると、あっさりデュランダルを放り出しかねない
しかし、困窮のデュランダルを助ける、ということ。これ以上、デュランダル自身に恩を売れる行為は無い
そのことがわからない、アスラン・ザラではないだろう

ハイネはウィッツを連れて、ガロードのいる宿舎に向かった
周囲の人間は、自分がデュランダルに忠実な側近だと思っているだろう
それは構わない。むしろ、望むところだった。偽者に尻尾を振ることも、目的のためなら喜んでやれる