クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第071話

Last-modified: 2016-02-20 (土) 02:21:23

第七十一話 『あなたの味方です』
 
 
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アスランに命令権は、無かった
すでにシンはザフトの軍籍に無く、仮にあったとしても『FAITH』に任命されているため、その行動を規制することはできない
だから呼び戻すこともできず、少し投げやりな気分になって、アスランは艦長席にもたれかかった

「まったく! あいつらは勝手なことばっかりして、俺の抜け毛を増やす!」

モニタには、サテライトキャノンを構えるDXと、その隣で口上を述べるアカツキがいる
それらに、ガイア、Dインパルス、エアマスターが追従していた
どういうわけか、少し離れた場所に民間船が映っているが、今はそれに構ってはいられない

「それにしてもこれは見ものだね」

ユウナが気楽そうな声をあげた

「見もの?」
「そうさ、アスラン。ラクスは前大戦以降、交渉のテーブルに着いたことがない
  これは政治家としての彼女の、致命的な欠陥であると同時に、恐ろしさだ
  シンはあえてその前例を破ろうとしている。強引な方法ではあるがね」
「まさか・・・・これは、停戦交渉ということになるんですか!?」
「特例ではあるけどシンは、デュランダル議長から親善大使に任命されている
  ましてや『FAITH』だ。外交権はあるさ。ま、議長の知らないことだけどね」
「あいつ・・・わかってるのか、事の重大さが!」
「わかってるから、やってるんでしょ。命を賭けて」

命を賭けて。その通りだった。サテライトキャノンはハッタリである。エネルギーを供給してないのに、撃てるはずが無い
それを見破られれば、極めて危険な状態になる。それを皆、わかっているはずだ。シンだけではない
ルナマリアも、ガロードも、ウィッツも。ステラは・・・正直、微妙だが、彼女はシンが死ねば生きていけない存在だった

「・・・・・・・・・」
「すごいねぇ。あの子、本気なんだね。世界を平和にするっていうの」
「・・・・・・・俺は」

アスランの胸に、湧き上がる感情。嫉妬である
心のどこかで、シンを自分より下に見ていた。パイロットとしての技量も、見識も、知識も、自分より下だと思っていた
現にアスランは、あくまでもシンをパイロットとして扱い続けてきた
政治的な話はもちろん、戦略的な話の相談をしたことなどほとんどない
極めて有能な『パイロット』。それがアスランの、シン評である

それがどうだ。今はラクスという巨大な存在に対して、停戦交渉を要求している
自分にそういう発想があったか。アスランは自問する

(ウサギとカメ、か・・・・・)

アスランはウサギである。パトリック・ザラの息子に生まれ、生まれた時から恵まれた道を歩んでいた
成績も優秀で、士官学校ではトップを常にキープし続けてきたのだ
また、そのための才能もあった。だが前大戦でその地位も名誉も捨て、ラクスの下に走った

そして今は復讐者である。自分はそう思い定めた瞬間、走るのをやめたウサギになったのではないか
だからこそ今、自分はシン・アスカに追い抜かれようとしている

自分はなにをしているのか。アスランの中に巨大な疑問が沸き起こる
ただカガリの死を言い訳にして、アスラン・ザラの責務から逃げているのではないか
シンよりもはるかに高い、世界への影響力を持ちながら、平和的な解決を模索せず、ただ戦争をしている
それは怠慢ではないのか

—————殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのかよ!?

目を閉じる。瞳の奥の、カガリが言う

キラが許せない、ラクスが許せない、ニコルが許せない、偽者が許せない、世界が許せない
殺したい、壊したい、殺したい、壊したい、殺したい、壊したい、殺したい、壊したい
この手に抱いていた、カガリを奪ったすべてが許せない

—————おまえ、いつも傷だらけだな

カガリの声が聞こえる。懐かしい声。いつかかけられた声

俺はそんなに傷だらけだろうか。そんなに傷ついているのだろうか
わからない。もう痛みも麻痺している。すり傷を自覚することなんかできない
ただわかっているのは、君を失ったという傷が、なにより大きいということ

二年前。小さな無人島。ナイフと銃を突きつけあって、僕たちは出会った
多分、もう、あんなに人を好きになることは二度と無いだろう。ただ、それだけはわかっている

カガリと、共に過ごせた二年間だけが、俺にとっての永遠だった

「君はどうする、アスラン?」

ユウナが聞いてくる。アスランは目を開けて、前を見た

「代表、この交渉、成功すると思いますか?」
「十中八九、無理だね。それに成功したとしても僕は反対だ
  この交渉が成功すれば、プラントはオーブのキラ政権を認めるということになる
  そんなことをユウナ・ロマ・アスハが認めてはいけない」
「代表・・・・。では?」
「シンのやり方は間違っている。プラントにとって正しくとも、オーブにとっては間違いだ
  彼はそれに気づいてないね。アスラン、君の見解は?」
「・・・・・ラクスにとって、オーブ政権の正当性などどうでもいいことでしょう
  本来、クーデター政権にとってそれは喉から手が出るほど欲しいものですが、ラクスはそういう常識にいない」
「ふぅん。そうか、僕はまだラクスを常識ではかっているのかな?」
「ラクスをはかれる人間などいませんよ」

あるいは。ラクス自身にも、自分のことはわからないのかもしれない
もしもただ一人、彼女を理解できる人間がいるとすれば、それはキラだけだろう
ラクスの婚約者だった自分を、アスランは振り返る。仮に自分が彼女と結婚していたら、いまごろどうなっていたのか
幸せになっているとは、思えなかった

「しかし、アスラン」
「はい?」
「ラクスを理解できる人間はともかく、彼女を世界で一番憎んでいるのは僕かもしれないね
  ま、僕は政治家だから、憎しみとか忘れなきゃいけないんだけどさ」

たんたんとした口調だったので、アスランはユウナの言葉をはかりかねた
殺意もなく、怒りもない。そんな言葉だ。正直、リアクションに困り、アスランはブリッジのメインモニタを見上げる
オーブ艦隊は制止しており、シンたちへの返答も無い。だが、このまま交渉に乗ってくるとは思えなかった

「・・・・・どうするか」
「手伝ってあげたら?」
「・・・・・・・・・」
「君はアスラン・『ザラ』だろう? プラントのために戦うのも悪くないさ
  ラクスがオーブ政権の正当性を訴えないなら、ここでの停戦交渉に僕が反対する理由は無い」

ユウナに言われると、アスランは艦長席から立ち上がって、副官を見る

「イアン、俺はインフィニットジャスティスで出る」
「はっ」
「俺が出たら、ヤタガラスのローエングリンをエターナルに向けろ。サテライトキャノンのブラフがばれても、
  それで脅しは継続される。いや、エターナルにいるのはミーアかもしれないな・・・・」

こつんと、アスランは自分のあごに指を当てた。そして目に入ったのは一人の少女
ティファ・アディールである。彼女は確か、見事にミーアの位置を当てた

ニュータイプを信じてみるか。アスランはそんな気分になった

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バルトフェルドはエターナルのブリッジで苦虫を噛み潰した
目前にはサテライトキャノンを構えるDXと、それと並び立つテンメイアカツキがいる

「因縁、という言葉すら似合わないような気がしてきたよ、ヤタガラス
  君たちは僕らの天敵なのかね」
「だ、大丈夫なのですかバルトフェルド隊長?」
「ラクス、君は大人しくしていればいいさ。大丈夫だ」

バルトフェルドは艦長席に座るミーアを見た。影武者であり、一般兵は彼女をラクスだと信じている
ただ彼女の顔面はすでに蒼白であり、動揺が表に出ていた
無理も無い。彼女は、少し前まで戦争とはなんら縁のないただのアイドルだったのだ

(アークエンジェル・・・・)

なにがどうなっているのか。アークエンジェルとの連絡がつかない
ラクスはアカツキのパイロットと通信をつないでいるようだ
だが内容を知ることができない。ラクスは直通回線を使っているのだ
それは仕方ないことで、回線の内容が漏れれば兵たちもミーアがラクスでないことに感づく

「またえらいことになったね、バルトフェルドさん?」
「ロアビィか?」

オーブの軍服を崩して着ている軟派な男が、エターナルのブリッジに姿を見せる
今回、レオパルドデストロイはエターナルにいた。彼の下にはクラウダが4、小隊として部下になっている

「虎さん、アークエンジェルに連絡がいかないってホントなの?」
「まぁね。最終的な命令権はキラのいるアークエンジェルにある
  それが全軍停止を命じている以上、僕らはそれに従うしかない。今は命令待ちの状態さ
  とはいえ、『ユニウスの悪魔』をどうしたらいいのか・・・・あれを放っておくわけにもいかんしな」
「DX、直ったんだねぇ」
「そういえばロアビィ、おまえさんガロード・ランと知り合いとか言っていたな?」
「うん? まーね」
「・・・・・サテライトキャノン、撃てるのか?」
「そりゃどういう意味だい?」

気楽そうに言って、ロアビィはブリッジの空いているイスに腰掛けた

「クライン派の諜報員によるとね、ユニウスセブンを落としたとき、DXは大規模なエネルギーチャージを行ったらしいんだよ
  でも今、DXはチャージをやっていない。なら、サテライトキャノンを撃てないのかも知れない・・・・」
「撃てないならどうするのさ、バルトフェルド?」
「さて、強攻するか、無視するか・・・・。どちらにしろ僕らはヤタガラスにこだわっている時間はないからね
  プラントが体勢を整えないうちにたどり着かないといけないから」
「つまり、俺になにをしてほしいんだい?」
「ガロード・ランに退くよう、説得してくれないか?」

言うと、ロアビィはふうっとため息をついた。それから頬杖をついて、バルトフェルドを見つめてくる

「無理無理。俺、あいつに嫌われちゃったもん。いまさらどの面下げて出て行けってーの?」
「仲間じゃないのかい?」
「仲間だからこそ、許せないこともあるでしょ? それにガロード、怒ったら結構怖いんだぜ?
  ま、そういうこと。金の分は働くから勘弁してよ」
「ふーむ。なら無理強いはしないが・・・」

バルトフェルドは言いつつ、嫌な気分に襲われ続けていた
正直に言えば、オーブを出た頃は勝つ自信があった
しかし自分が考えた戦略戦術を、ことごとくデュランダルは先手に回って叩き潰している
それが屈辱だった。大軍の指揮に不慣れなことなど言い訳にならない。自分は砂漠の虎である

バルトフェルドはヤタガラスに目を凝らした。宇宙である。漆黒の船体はひどく見えづらい
そこで思いついたことがあって、後方の友軍に伝令を出す

「偵察用のジンを出して、ヤタガラスを監視しろ。それから・・・・そうだな、連合から鹵獲した、アレがあると言ったな?
  そいつも出してくれ。ヤタガラスの映像は随時こっちに送るように」
一気に言うと、バルトフェルドは回線を切ってロアビィを見た
「ん? お仕事かい?」
「アークエンジェルについてくれ。中の様子も探るんだ。シャギアにも出るように言ってくれ
  ただしくれぐれも見つからないように頼むよ?」
「あいさ」

敬礼の真似事をして、ロアビィはエターナルのブリッジから出て行った

バルトフェルドはちらりとミーアを見た。民間人に過ぎない彼女に、影武者という仕事は荷が重いだろう
それでも、彼女がやってくれるおかげでこちらも助かっている。とにかくラクスだった。
たとえ自分を含めたオーブ軍がすべて全滅したとしても、ラクスとキラさえ生き延びれば勝機は消えないのだ
それにここで足を止めるのは論外だった。いち早くヤタガラスを排除しなければならない
それから手早くプラントを制圧し、返す刀で月を取る。それが最良の戦略だと、バルトフェルドは疑わない

(サテライトキャノンはブラフか、真実か?)

今は、一刻も早くそれを確かめるべきだった

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アークエンジェルのブリッジは時が止まっている。そう錯覚してしまうほどに、誰もが動きを止めている
緊張に満ち溢れ、小指を動かすことさえできない

依然としてムウは、拳銃をラクスに向けている
ラクスはほとんど取り乱しておらず、逆にムウの方が追い詰められた顔をしていた
その証拠に、拳銃を突きつける彼の顔にはあぶら汗が浮かんでいる

キラは、腰にかけた拳銃へそろり手を伸ばした

「やめろ、キラ!」瞬間、ムウの怒声が飛んでくる「俺は撃つのにためらいはない」

キラの手が、拳銃をつかめずに静止する。それから、キラはムウをにらみつけた

「なにを考えてるんですか、ムウさん! あなたはそんなことをする人じゃないでしょう!」
「人間ってのは変わっちまうんだよ、キラ。いい方にも、悪い方にもな」
「やめてください、ラクスを離してください! あなたは変わってなんかないはずだ!」
「フン。あるい、は・・・・・変わったのは俺じゃなくて、おまえかもしれないな、キラ」
「そんなことどうでもいいですよ! ラクスを離して!」
「それはできない相談だな」

ムウが、銃口をラクスのひたいに押し付ける。ラクスはかすかにうめき声をあげた
それでも彼女は凛とした表情を崩さず、ムウをじっと見つめている

「なにをお考えなのでしょうか?」
「軍の撤退。プラントを攻撃するのを取りやめろ。レクイエムの破壊に向かうのもいいさ」
「ムウさん。あなたはお分かりなのでしょう? このようなことをしても、なにも変わりません
  わたくしはこのような脅しに、屈したりなどいたしませんわ」
「だろうな。だが、あんたの周りにいる人間はどうかな? 例えば・・・・」ムウがかすかに銃口をずらし、
ラクスの右肩に狙いをつける「その肩を打ち抜いただけでも、大騒ぎする人間ばかりじゃないか?」
「・・・・・・・・」
「どうでもいいんだよ、別におまえさんを殺したいわけじゃない。軍を撤退させて欲しいだけだ」

ムウが悲しそうな声でそうつぶやく
なぜムウはこんなことをしたのか、キラはほんの少しだけ思考をめぐらせた
アークエンジェルの通信は封鎖されていて、周囲の味方艦もアカツキたちもこの様子を知らないはずだ

アカツキ。そういえばなぜかムウは、先ほどシンの名前を口にした

「ムウさん」
「黙れ、キラ」
「シン・アスカと知り合いなんですか?」
「知り合い? 違うな。あいつは、俺のかわいい娘を奪い取った悪党さ」

その言葉とは裏腹に、ムウの声には優しさがある。キラはそれで確信した

「じゃあ、これもシン・アスカと示し合わせてやってるんですか・・・・?
  最初っから作戦だったんですか!? 僕らに協力したのも、ラクスに付き従ったのも!?」
「坊主・・・・おいおい・・・・。そりゃひどい勘違い・・・・」
「キラ。やめてください」意外にも弁護したのはラクスだった「ムウさんは裏切ってなんかいませんわ
そうでしょう?」

銃を突きつけられながら、ラクスの口調は変わらない。ムウがかすかに気圧されたような表情を見せる

「ラクス・・・・」
「あなたは、なにを迷っていらっしゃるのですか? 迷っていらっしゃるから、このようなことをなさるのでしょう
  よろしければその迷い、わたくしに話してみてください」
「ハッ! 迷いだと? もうそんな甘い状況じゃないんだよラクス
  撤退するか、サテライトキャノンで撃ち抜かれるか、それともここで俺に殺されるか・・・・さっさと決めろ」
「いいえ。あなたは」

ラクスが言いかけた瞬間だった

チュンッ! あらぬ方向に弾丸が跳ね、甲高い音色を奏でる。キラはブリッジを見回した
誰だ、拳銃を撃ったのは

「う、動かないで・・・・」

意外な人物が銃を握っていた。艦長のマリュー・ラミアスが、切羽詰った顔で、銃口をムウに向けている

「マリュー・・・・・」
「やめてムウ! あなたはそんなことする人じゃないでしょ!」
「・・・・・・」

ムウは少し悲しそうな顔をしただけで、ラクスに向ける銃口を動かすことは無かった
代わりに、彼は開いている左手でふところをまさぐり、拳銃をもう一丁取り出す
そして静かにそれを、マリューに向けた

「ムウ・・・・・?」
「マリュー。拳銃を捨てろ」
「やめて・・・・嫌よ・・・・やめて・・・・」

チュンッ! ムウがマリューに向けた拳銃が火を吹き、ブリッジで弾丸が跳ねた
わざと外したのだろう。拳銃は、マリューの顔ぎりぎりのところをかすめただけだった

「俺は本気なんだよ、マリュー! ラクスがダメなら、おまえが撤退命令を出すんだ!
  アークエンジェルが最高の命令権を持っている! 全軍に通達を出せッ!」
「嫌よ! ムウ! あなた自分がなにを言ってるのかわかってるの!?」
「わかってるさ! だから、早くしろ!」

ムウの感情が、マリューに向いた。ほぼ同時に衝撃が来た。ブリッジが揺れる
ムウが、マリューが、ラクスが、バランスを崩した
同時にキラは跳び、一足でムウのところへ近づくと、ラクスを抱き寄せて拳銃を闇雲に抜き放つ

「づッ!」

ムウの頬を弾丸がかすめた。彼の顔から、つうっと一筋の鮮血が流れ落ちる
同時にブリッジのモニタが切り替わった

『バルトフェルドだ! アークエンジェル、応答しろ!』

バルトフェルドが叫ぶと、同時にブリッジへ二機の赤いMSが姿を見せた
ガンダムヴァサーゴのクローが、アークエンジェルのブリッジを揺らしたようだ
同時にレオパルドが、アカツキやDXをけん制するようにあちら側へ砲身を向けている

「バルトフェルドさん!」
『DXはブラフだ! あいつら、サテライトキャノンを撃てはしない! 奇襲をかけろ、キラ!』
「は・・・・はい!」

ラクスを抱きとめたまま、キラは視線をあげた。ムウが苦い表情で外のヴァサーゴをにらみつけている

「チッ、余計なことしやがって!」

ムウは叫ぶと、マリューの手を引き、あっという間にブリッジの外へ連れ出す

「ムウさん! マリューさん! 待ってください!」
「キラ・・・・。ムウさんを殺さないでください」
ラクスが、少し悲しげな眼差しでキラを見つめてきた
「うん。わかってる」

キラはラクスの言葉にうなずくと、ムウを追ってブリッジの外へ出た

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マリューの手を取ったのは、なにか考えがあってのことではない。ただそうしたかっただけだ
ムウはアークエンジェルを突っ切った。目指すはMSデッキである。とにかくフリーダムに乗り込めば、どうにかなると思った

「ムウ! ちょっと待って!」

腕の中のマリューが、抵抗する仕草を見せる
アークエンジェルの重力は弱いもので、彼女を抱えるのは苦にならない

「最初っから、こうしてりゃ良かったんだ」
「え?」
「惚れた女をさらって、さっさと逃げりゃよかったんだよ。俺はそれだけでよかったんだ
  他に欲しいものとか、別になかったしな」
「待って、ムウ。冷静になって? お願い・・・・! 逃げてどうするのよ、行き先なんかあるの!?」
「さーね。フリーダム盗んで、擬装して、ジャンク屋でも始めるかな。少なくともどんな生活になったとしても、今よりはマシだ」

言ったが、本心ではなかった
オーブ軍を撤退させることに失敗した。自分は文字通り、クライン派から地の果てまで追われる存在になっただろう
ラクスは自分を許すかもしれないが、周囲の人間がムウ・ラ・フラガを許すとは思えない

「・・・・・ムウ」
「なんだよ、さっきからうるさいぞ。なに言っても降ろさないからな」
「どうして、私になにも話してくれなかったの?」
「・・・・・・」
「一人で勝手に悩んで、苦しんで、挙句にこんなことして・・・・。そんなに私が信用できなかったの?
  私じゃ頼りない? 勝手よ、勝手すぎるわ、あなた・・・・」
「・・・・・かもな。俺は、なにもかもが半端だった。『エンデュミオンの鷹』としても、
  おまえの男としても、ムウ・ラ・フラガとしても・・・・・」
「やり直せばいいじゃない! 戻りましょう、お願い!」

瞬間、ムウはマリューの口をふさいだ。ブリッジのクルーが包囲を開始したようだ
銃を持った兵士たちが、あちこちを走り回っている
とっさにムウはマリューを抱えたまま、通路の影に隠れた

「チッ、我ながら、とんだ無様だぜ。考え無しでやるもんじゃねぇよな、やっぱ」
「ちょっと待って! あなた、なんの計画もなしにこんなことしたの?」
「ま、そういうこと」

さらになにか言おうとするマリューを制して、ムウは思案した
とにかくMSデッキへ行ってフリーダムさえ奪えば、後はどうにでもなる
それからどうするかは、また考えればいい。当面のことはこの包囲を抜けてから

—————右へ

瞬間、ムウの頭に声が響いた。聞いたことの無い少女の声である
思わずムウは周囲を見回した。マリュー以外、誰もいない

「だ、誰だ・・・?」
—————あなたの味方です。私たちは、遠く離れていても声を届かせられるから・・・
「空間認識能力? バカな、こんな芸当ができるようなやつは、クルーゼぐらいしか・・・・」
—————今は早く。お願いします

言われて、ムウはこの声を信用する気になった。なぜか信用していいと思わせるような声だった
あるいは見も知らぬ少女の心が、ムウの中に流れ込んでいるのかもしれない

「右、だな。わかった」

ムウはマリューの手を取り、再び走り出した