クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第083話

Last-modified: 2016-02-22 (月) 23:53:29

第八十三話 『兄さん……助けて』
 
 
オーブ宮殿の一室である。中は、オーブ兵たちが六人ほど詰めていた

捕えられ、引き据えられた。これで死ぬか。ただそういう覚悟でいた
いつ死んでも惜しくはない。そういう気分で生きていたが、今はたまらなく惜しい
兄を救い出すことができなかった。それがなによりの悔いだった

「なぜこのようなことをなさったのですか?」

それは、本当に奇妙な声だった。心底疑問に思っている声。これが、ラクス・クラインか
憎しみと共に、オルバはラクスを見上げた。第一印象は、整った顔の女。それだけだった

「兄さんを返せ、ラクス。この魔女が。人を狂わせる魔女が!」
ラクスをにらみつけ、悪態をつく。周囲のオーブ兵たちが色めき立ったが、ラクスはそれを制止した
自分を捕えた、キラ・ヤマトは近くに居ない。兄もいない。なにが珍しいのか、ラクスは自分と会いたいと言ったのだという
まるで見世物のような扱いには、腹を立てていた
「兄なのですね?」
「……」
「オルバ・フロストとおっしゃいましたか。シャギアさんは、あなたの兄なのですね?」
「そうだ。そして、おまえが兄さんを狂わせた、魔女だ」

ぺっと、つばをはき捨てた。両手両足の自由は奪われているため、これぐらいのことしかできない
ラクスの秀麗な顔に、オルバのつばがべっとりと付着した

がっと、衝撃が来た。オーブ兵が、いや、クライン派と言うべきなのか。それが、銃床でオルバの顔を殴りつけたのだ
口内が切れて、唇の端から血がにじむ。オルバはそれをぺろりと舐めた
「みこしを汚されたのがそんなに悔しいのかい? 誰も彼もがこんな小娘に踊らされて、ご苦労なことだね」
オーブ兵を見回し、冷笑を浮かべる。それがかんに触ったのか、再び周囲の人間たちは色めき立った

「おやめなさい!」

ラクスが一喝する。すると、オーブ兵たちは大人しくなる。彼女は、頬についたつばをぬぐおうともせず、じっとオルバを見つめてくる
なぜか、オルバはどきりとした。気圧されているのが自分でもわかった。

なにを。ラクス・クラインは自分より一才年下のはずだ。潜り抜けていた修羅場も違う
なのに、なにを僕は気圧されているのか

「ラクス……! 僕を殺すならばさっさと殺……せ……」
そっと、ラクスの手がオルバの頬に触れてきた。暖かな手
「お辛いのですね」
「なッ……!?」
「今は待たれることです。いずれ、シャギア・フロストの記憶も戻るでしょう。それまであなたも生きるのです
 そう、生きてさえいれば。生きてさえいれば、人はまた笑えるのですから。それまで、どうか。希望を失わずに……」
ラクスはそれだけを言い残すと、オルバの前から消えた。

それを僕は呆けた様子で、見送ることしかできなかった

オルバの、目が覚めた。刑務所の一室である。布団と小さな机、薄汚れたトイレというありふれた牢獄だった
鉄格子の窓からのぞく空は薄暗く、起床にはまだ早いようだ

(……襲撃が失敗した頃のことを、また夢に見た)

オルバは、ぼんやりと天井を見た。なぜかラクス・クラインの顔が思い浮かぶ
お辛いのですね。そう言って自分へ触れてきた彼女の顔が、まぶたに焼き付いて消えない
「これは……なんだ……」
彼女のことを想うたびに、胸が締め付けられたように痛くなる。これは憎しみだろうか
兄を奪った魔女を、どうにか殺してやろうと願う自分が、ラクスを全身全霊で憎んでいるがゆえに、
歌姫の顔が消えないのだろうか。ただ嫌なことに、ラクスへの強い情欲を自分は感じている
ひどくその感情が下劣なもののように、オルバは思えた

「兄さん……助けて」

助けを呼ぶ。自分は狂ったのだろうか。なぜラクスことでこんなにも苦しんでいるのか

早く殺さなきゃ。早く殺さなきゃ。あの女を早く殺さなきゃ

オルバの胸を、そんな言葉が埋め尽くしていく。朝焼けは遠く、外の世界でなにが起こっているのか知るよしもなく、
しかし僕の世界はどこかが狂いだしていた

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ザフトの指揮官たちが集合している。プラント首都アプリリウスにある作戦会議室である
今やザフトの最高司令官とも言える男、ギルバート・デュランダルが中央に席を据えていた

「メサイアの物資は始末し切れなかったと言うのだね?」
デュランダルが、じろりとにらみ据える。ザフトの白服、40がらみの男で、宇宙要塞メサイアの留守を預かっていた男だ
にらみ据えられたためか、冷や汗を浮かべて男は直立している
「も、申し訳ございません議長。クライン派が紛れ込んでおり、その一部がメサイアの物資を確保していた模様です」
「……」
デュランダルの瞳からは、冷たさが消えていない。男はさらにしどろもどろになった
「い、いえ大半の物資は始末いたしましたし、ネオジェネシスの放棄に関しても命令どおりに行ったつもりです
 キラ・ヤマトが破壊せずとも、設置された爆薬がジェネシスを破壊したはずで……あれがオーブにわたることは……」
「それぐらいにしたまえ。別に私は君を責めているわけではない」
「議長……」
「弁解で戦況はどうにもならぬよ。それよりも、次は君も励みたまえ。……それにしても本当に困ったものだね、あの国は」
デュランダルがため息をつく。レイはその様子をじっと見ていた
以前も隙の無い男だったが、今はぐっと威圧感があがっている。デュランダルと親しいはずのレイですら、じわりと背中に汗を感じるのだ

最年少の白服であり、部隊を任されていることもあってレイは、この会議への出席を許されていた
レイは自分でも驚くほどに、指揮官姿が板についてきている

「はい。新型MSクラウダに、クライン派の象徴たるストライクフリーダム。途方も無い戦力です」
ザフトの高官がうなりをあげる

「だからこそ、私は補給を断って彼らを封じ込めておきたかったのだがね
 そのためにメサイアというエサを彼らに与えたのだ。……だが、戦況としては悪くない」
デュランダルは微笑むと、オーブ国土の地図が会議室の宙に映し出された

「オーブ侵攻作戦、オペレーション・フューリーは継続なさるのでしょうか?」
また別の高官が、デュランダルに尋ねる
「うむ」
「しかしラクスへの寝返り者が出たことで、いくらか指揮系統が混乱しております」

事実だった。ザフトの一割ほどが、ラクスに寝返っている。これは途方も無い戦力だった
ただ、それだけ膨れ上がったのならば、物資の維持等も大変だろう。だからこそ、デュランダルはメサイアを与えて、オーブを封じ込めた
クライン派が確保した程度の物資では、オーブ全軍での再出撃は困難なはずだ

「オーブ制圧だけならば、一個中隊で十分だろう。今のあそこはひどく手薄だよ
 ザフト地上軍が総力を挙げれば、落とすのはさほど難しいわけではない」
デュランダルが、相変わらず冷静な声で告げる。しかしレイには気になることがあった

「議長。発言をよろしいでしょうか?」
「なんだね、レイ? 言ってみたまえ」
「タカマガハラがオペレーション・フューリーに介入してくる可能性があります」

ざわっと、場がざわついた。なぜかオーブの話をしていた時より反応が濃い

「シン・アスカにガロード・ランか……」

誰かのつぶやきが聞こえる。誰のかは知らない

(シン……)

誰もが知っている。知るようになってしまった。数年前まで、レイと共に笑っていた、少年の名前を
ずっと思っている。いったい、あいつはどこに行こうとしているのか。そんなに早く走ったら、誰もついていけないんじゃないか
そのことに、シンは気づいているのだろうか

そうだ、俺は、いつからか。あいつの背中ばかり見ていたような気がする
少し前まで、肩を並べて歩いていたはずなのに
例えば。そう、それは馬鹿げた妄想に過ぎないのだけれども。
まったく違う運命があって、いつまでも一緒に戦うことができたのなら、この喪失感を味わうことはなかったのだろうか

今、友は、敵だった

「今は相手にすることは無い。が、もしも邪魔をするならば私が出よう」
「議長みずからですか?」
「ああ」

それだけだった。デュランダルはどういうわけか、サザビーに関して絶対に近い自信を持っている
キラとやりあっても勝てると、平然と言い放っているのだ。その自信がどこからやってくるのかレイにはわからなかった

それからはあっさりと、作戦が決定されていった
ザフト地上軍のかなりを投入して、オーブを制圧、ザフト監視下に置く
この作戦が成功すれば、ラクスはとうとう追い詰められるだろう
怖いのは、捨て鉢になってのプラントを遮二無二攻めてくることだが、そうした場合はかなりの数、プラント市民が死ぬ

冷静に眺めてみれば、戦況は決して悪くない
大西洋連邦も亀のように月へ引きこもっているし、地球の諸国はロゴスを倒したプラントに好意的である

しかし、どこかに落とし穴があるような気がして仕方が無かった

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夜の砂浜。自分の息遣いが聞こえる。他人の息遣いも、聞こえた
ゴムボートが、砂浜に乗り上げる。即座にガロードは身をひるがえし、砂浜に上陸した

「代表さん」
「ああ」

ユウナがやや遅れて、ボートから飛び降りる。彼の格好は、黒ずくめだった
黒いボディスーツを身にまとい、顔も黒くペイントしている。ガロードも同様である

ガロードは、すぐにゴムボートのエンジンをかけなおし、再び適当な方向へ無人のまま押し出した
ゴムボートは、かすかなうなり声をあげ、闇の海へ消えていく
これで上陸した痕跡は消える。しかし、退路も消える

ガロードはユウナを連れて、砂浜を走ってヤシの森に身を隠した
人の姿はほとんどない。一応、そういう場所を選んで上陸したが、うまくいったようだ
今のオーブは全体的に警備が手薄である

「ウィッツが先行してるはずだからよ」
「ま、待って」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、ユウナが喋る。わかってはいたが、ひどく彼は体力がないようだ
ガロードが鼻歌混じりに走る距離も、ユウナにとってはマラソン並に長いらしい

「やっぱ大人しくアメノミハシラに居た方がよかったんじゃねぇのか?」
ガロードが、ヤシの木に身を沈めながらたずねる
「そうはいかないさ。僕がいかなきゃ、できないことが多すぎる。君こそアメノミハシラに居るべきだったんじゃないか
 なにしろ……ガロード・ランは有名人だからね」
「冗談じゃねぇよ。俺はただのガロード・ランだ。英雄になんかなりたくねぇ」
「君らしい」

ユウナはそう言って笑いつつ、まだ息を整えている

数日前、ダイダロスで奪還作戦の概要が話し合われた
そのためにはオーブ本土で工作を行う人間が必要になったが、ユウナ本人がそれを行うと言い出したのだ
ならば随行するのはできるだけ目立たない人間がよいということで、ジャミルやウィッツが選ばれたが、
ハイネはユウナの指名を拒否した

「議長のおそばを離れ、万一があればどうする」

ハイネは、自分が警備から離れた際にデュランダルが襲われたことを悔いているようだった
仕方ないのでアスランが代わりにオーブへ降りることになり、あえてガロードもそれを志願した

「久しぶりのフリーデン揃い踏みだな」
地球へ降下するヤタガラスの艦内で笑う、ウィッツの言葉。確かに、シンやルナマリアなどは宇宙に残り、
ジャミルやウィッツ、あるいはティファなどが付いてきているため、フリーデンを思い出した
地球に降下しているCE世界の人間は、アスランやユウナ、イアンにメイリンぐらいである

シンもオーブへの降下を志願したが、デュランダルやロンド・ミナに止められていた
それにMSで戦いに行くわけではない。地下にもぐっての、政治工作である
こういう犯罪まがいのことをやるのは、自分たちAWの人間がうってつけだろう

少しだけ、ガロードはAWを懐かしく感じていた
今の自分は、少なくともガロード・ランという存在は、どこか祭り上げられた存在になっている
英雄とか、そんな大層なものじゃないことは、自分が一番よくわかっているのに、世界はガロードを凄いものにしているのだ
それが正直なところ重荷だった。あくまでも異邦人に過ぎない自分が、そんな存在でいいのかと思ってしまう
だから、こういう危ない仕事をやろうとしているのだろうか。自分は英雄なんかじゃないと、本当は叫びたいのかもしれない

地球に降下したヤタガラスはいま、オーブ近海の海底に身を隠している
先にオーブ本土へ上がったウィッツ、ジャミルが上陸にGOサインを出すと、ガロードはユウナを連れてゴムボートでオーブ本土に上陸したのだ

「ジムにでも通おうかな」
安全を確認しながら進むガロードの隣で、ユウナが愚痴る。確かに彼は体力がなかった
「平和になったら、そうしろよ代表さん」
「そうだね、平和になったらね」

黒く顔をペイントした、ユウナが笑う。潮騒の音が聞こえた。世界の緊張など知らぬように、海は穏やかだ

不意に、ユウナがその場に座り込んだ。ガロードがなにごとかと、同じように身を伏せる

「代表さん」
「帰ってきたんだ。帰ってきたんだね、僕は」
闇である。ユウナの顔はよくわからない。だが、彼は目を閉じてそうつぶやいていた
「ああ、ここはオーブだよ」
「取り戻す。なんとしても。そのためには、泥にまみれようと、砂を噛もうとめげはしない」

ユウナがつぶやく。それから、彼は土下座をするように頭を伏せた

「オーブの守り手たるハウメアよ
 もしオーブ奪還がならぬなら、今すぐ我が身に雷を落として滅ぼしたまえ
 しかし力をお貸しくださるなら、どうかラクスに負けぬほどの意志を私に」

ユウナが祈っている。祈り。ガロードには理解できぬことだが、今のユウナに茶々を入れることはできなかった
それほど彼の祈りは真剣であり、犯しがたい

空を見上げる
定められた合流地点まで、あと少しだった

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ジャミルがオーブで用意した拠点は、町外れにある一軒家だった。廃屋とまではいかないが、汚い家だった
ただ、地下室があって、そこがなかなか広いらしい。また地下室から少し離れた場所に出る特殊な勝手口もある
それなどは、抜け道に使えるし、人が少々集まっても生活することができる
あらかじめウィッツが必需品などは整えていて、不自由はなかった

「ひどいな……ゲホッ」

ユウナが顔をしかめながら、古びたベットのシーツを叩いている。ほこりが派手に舞っていた

「だから行ったじゃねーか。代表さんにはこういう生活しんどいって」

ガロードはほこりのついたベッドなど気にしない。AW世界では野宿も日常茶飯事で、冬などはそれが生きるか死ぬかの過酷さに変わる
こういった汚い家でも、それに比べれば竜宮城のようなものだ

ただ、アスランやユウナはかなり育ちがいい。だからこういう地下工作などは向かないとガロードは思っていた

ユウナは、ぶつぶつ言いながら不器用な手つきで掃除を始めていた
カーテンなどは閉め切っており、外から中の様子はわからないようにしてある
それでもいざというときのため、脱出経路は頭に叩き込んであった

「おい、渡りはついたぜ」

ウィッツが家に戻ってきたのは、缶詰で食事をしている時だった
ガロードにはなんのことかよくわからない。ユウナは立ち上がり、缶詰を置いた

「ありがとう。僕が出て行った方がいいかな、ウィッツ?」
ユウナが、少しだけ緊張した顔でそう告げる
「そりゃそっちの方がいいだろうさ。けど危険だぜ。今、オーブは外にばかり目が向いてるけど、警察だって馬鹿じゃねぇ
 それにあんたはオーブで一番お偉いさんだったんだからな」
「なら、顔でも変えようかな。できるだけ美形にね」
冗談だったのか、そんなことを言いながらユウナは、支度を始めた
外に出るようだ

「俺も行く」
ガロードが立ち上がったが、ウィッツが手を挙げて止めてくる
「やめとけよ有名人。おまえの顔はこの世界じゃ売れてんだぜ」

それだけ言うと、ウィッツはユウナを連れて出て行った

「ちぇ」

不自由なものだ。外も気軽に出歩けない
英雄なんてちっともいいもんじゃないなと思いながら、ガロードはふてくされたようにほこりまみれのベッドへ身を預けた

ごろごろとベッドで転がりながら、ガロードはふと想う。ティファのことである
(そういや……)
命がけでレジェンドから助け出したが……

「ティファとの仲、ぜんっぜん進展してねぇじゃねーか!」
あの時はそれどころじゃなかったし、無茶苦茶忙しかったが、助け出した時に抱きしめて以来ほとんどなにもしてないのだ

ため息をつき、頭を枕に押し付ける
「あーあ。シンなんかうまくやってんのによ……。どうしてこう……俺って、俺ってなぁ……」
自然に手とか握りたいのだが、いざティファの目の前に出るとガロードは硬直してしまう
それで体が硬くなり、どうしても積極的になれない。うかつに触れることができないのだ

(でも……柔らかかったな)
ティファをレジェンドから救出し、抱きしめた時の感触を思い出す
またあんな風に抱きしめられたら。そんなことを考えた

「なに鼻の下伸ばしてるの」
「ぶっ」
どこからかオレンジが飛んできて、ガロードの顔に命中した
ベッドから身を起こすと、フリーデンの管制官にして副艦長、サラ・タイレルが几帳面な顔をして立っていた
ジャミルの地上降下にともない、彼女も降りてきたのだ
そしてヤタガラスに参加していないため、クルーの中では数少ない顔の割れていない人間でもある

「んだよ。別に伸ばしてねーよ。それよりあんたはいいのか?」
「なにが?」
サラは不機嫌なようだ。言葉遣いにそれが現れている
「留守番してなくていいのかってことだよ。フリーデンはアメノミハシラにあんだろ?」
「私はジャミル艦長の副官。それに付いて来るのは当然よ。それにあなたは有名になりすぎてるわ
 私みたいな顔の知られていない人間が居た方がいいに決まってるでしょ。こんな風に、買い物もできないし」

言って、サラは仕入れてきた買い物袋を置いた。先ほどのオレンジも、そこから出したもののようだ

「ちぇっ」
ガロードはオレンジを力任せにむいて、かぶりついた。ぞぶりと果汁がふきだす。思ったより甘い
「一応確認しておきたいんだけど。ガロード、あなたはどうしたいの?」
「あん?」
オレンジを食べる手を休めて、ガロードはサラを見た
「こんな世界で英雄になりたくて、戦ってるんじゃないでしょあなたは
 いい? 私たちは元々バルチャー。そしてNTを探して保護するのが目的よ
 少しみんな、異世界に首を突っ込みすぎてると思うわ。特にあなたが」
「んなこと言ってもよ。気づいたらこうなってたんだから仕方ねぇだろ
 俺だってこうでもしなきゃ生き延びられなかったんだぜ。それを言ったってどうしようもねぇよ」
「まったくあなたは……」

それ以上言う気を無くしたのか、サラはガロードの前から去って行って部屋の奥に引っ込んだ
ヤタガラスへの定時連絡だろうか

「首、突っ込みすぎてるって言われてもよ……」

ガロードはため息をついた。どうしようもなかった。心でそうつぶやいた

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車の中は、ひどく息苦しい感じだった。ウィッツが運転しているはずだ。免許などは偽造である
しかし、用心のため自分は、座席ではなくトランクの中へ身を沈めている
こうまで身を隠さねばならぬ自分が、ユウナは少しだけ情けなかった

ミナから聞く話では、さほどにオーブは被害を受けていないのだという
ザフトのオーブ侵攻作戦、オペレーション・フューリーはレクイエムの発射によって遅れを見せている
しかし、小競り合いは続いていて、オーブ軍は水際でどうにか撃退しているようだ
だが、オーブ本隊が宇宙に在る今、いずれ破綻するのは目に見えている

(間に合うか。どうか)

本格的なザフト侵攻より先に、自分がオーブ首長へ返り咲けるかどうか
そればかりを考える。しかし、オーブを再び掌握するのは並大抵の努力ではできない
相手はラクス・クラインである。彼女を追い出すというのが、どういうことか。想像するだけで怖くなる

バルトフェルドが行っている、和平交渉でうまく立ち回れないか。そんなことも考えていた

キラ……いや、ラクスの治世は、一見圧倒的な支持を受けているかのように見える
現に彼女は圧倒的な支持を受けているが、いかなる名君にも敵がいることは歴史が証明している
彼女もその例に漏れず、オーブにはキラ政権の反対派がいた
これから彼らと接触するのが、ユウナの仕事だ。地道なやり方だが、そういうのが最後には実を結ぶ

車が止まった。身が動き、トランクに叩きつけられる
それに顔をしかめながら、じっとしていると、やがて光が差し込んできた
ウィッツがこちらを見下ろしている

「ついたぜ」
「うん」
トランクから這い出ると、潮のにおいがした。海である。波打ち際には灯台があるだけで、他に建物らしきものはない
ユウナはウィッツに先導され、灯台に歩いていった。人影はほとんどない

この灯台を、キラ政権反対派は面会の場所に指定してきた。ユウナはなんとなく緊張してくる
もしも自分を捕えようとする罠だったら……。そう考えると、ひざが震えた

「タケミナカタタケミカズチ」
ノックをしたウィッツが灯台の扉で、早口にそんなことを言う。
牒だろう。やがて灯台の錠が開き、素早くユウナはその中へ入り込んだ

中では、一人の男が立っていた。顔が長く、ロバのような感じである
服装は一般市民のものだが、目つきは軍人だった
ユウナはその男に見覚えがある

「アマギ……」
「お久しぶりです、アスハ代表」

腹心だった、トダカの部下だったオーブ軍人である
ユウナも何度か言葉を交わしたことがあった

「よく、よく生きていたね。トダカの部下は全員戦死したものだとばかり……」
「生き恥をさらしています」
「そんなことはない。君は僕の力になってくれるんだろう?」
「そのために、ここに来ました」

アマギが、軽くうなずく。なんともユウナは頼もしい気分になった
ウィッツは、少し離れた場所でそれを見ている

「アマギ。君がキラ政権のレジスタンスなのかい?」
「レジスタンスというほどのものではありません。まだなにも具体的な行動を起こしておりませんので……
 とはいえ、どうにもトダカ一佐を殺した連中を、仲間と呼ぶ気にはなれんのです
 オーブ軍人のほとんどがキラ政権を歓迎しておりますが、反対派もいるのですよ」
「レジスタンスのメンバーは? どれぐらいいる?」
ユウナが勢い込んで聞くと、アマギの顔が苦くなった
「……3人です。私を含めて」
「3人だァ? ちょっと待てよ」声をあげたのは、ウィッツだった「レジスタンスだっつーからもっといるもんだってばっか……
 たった3人じゃなにもできねぇじゃねぇか」

ウィッツがまくし立てるのを、アマギは苦い顔で聞いている。ユウナは顔に出すまいとしたが、血の気が引いた
少なくとも50はいると思っていたのだ。だが、すぐに思い直す

「いや、ウィッツ。数は問題じゃないよ。オーブに協力者がいるってことが重要なんだ」
「ユウナ代表」

ずっとオーブを離れていたのである。そして、ユウナの支持者はオーブの部外者がほとんどだ
アマギのように生粋のオーブ人がいるのは、この状況でかなりありがたい

「教えてくれ。アマギ。オーブは今、どうなっている?」
「はい。これを……」

アマギが手持ちのバッグから、数枚の紙を取り出して渡してきた。
目を通す

「なんだこりゃ?」
のぞき込んで来るウィッツには、この書類は数字の羅列にしか見えないだろう
だがユウナにとっては重大だった。たちまち頭を抱えたくなる

「オーブの予算案だね……?」
「はい」
「どういう税金の使い方をしたら、こうなるんだ!」

思わずユウナは書類を叩きつけたくなった。信じられない
ラクスに政治感覚がないとはわかっていたが、とんでもないやり方だ

先のクーデターやオーブ防衛戦、またはいま遠征しているオーブ軍で、被害が出た家族などに多額の保証金を彼女は支払っている
それがとんでもない額で、通常の戦時補償の三倍である。また戦災孤児を始めとした被災者の保護なども熱心だった
建物に被害を受けた人間なども、申請すれば保険がなくとも金が下りるようになっている

だが……福祉に金をかけすぎているせいで、オーブの国家予算は破綻寸前である
通常、福祉で国家予算が転覆することなどありえない。大きな声ではいえないが、財政が悪くなれば削減の対象となるのは福祉なのだ
ラクスはまったく逆で、そういう善行に馬鹿げたほど熱心だった。その結果が、この国家予算案である

銀行からは多額の借金があり、かつプラントの戦略でオーブは周辺諸国からの輸入が滞っている
オーブは一見、福祉に力を入れる素晴らしい国家に見える。だが内実はぼろぼろだった
平時でも二年。おそらくこの予算案を、二年も続ければオーブ政府は崩壊する
ましてや戦争をしているのだ。多分、オーブの財政は一年持つまい
そうなれば公務員に給料は払えなくなり、ガス、電気、水道の維持が難しくなり、国民の生活は酷烈なものに変わるだろう

ユウナは泣きたくなった。よしんばこれでオーブを奪い返しても、この莫大な『無駄遣い』をどう処理すればいいのか
そして、国民は福祉に熱心だったラクスの政治をありがたがるだろう。福祉を止めたユウナを、国民は恨むに違いない
結局、ラクスは名君で、ユウナは暴君になるのだ

くじけそうになった。仮にオーブを奪い返したとしても、行くのは茨の道だ
バラのとげは足に刺さり、やがて歩くこともできなくなるかもしれない

「なんだ?」

最初に反応したのは、ウィッツだった。次にアマギがぴくりと動く
ユウナにはどういうことかわからない。それよりも、この衝撃的な国家予算のことで頭がいっぱいだった

瞬間、地響きがきた。地震。いや、違う。なにかを叩くような音。なにを?
なにを叩いている? ひどく大きなもので、地面を叩いている

ウィッツとアマギは、すぐに灯台の階段を駆け上がった
ユウナも反射的に後へ続く

そこで見たもの

海よりやってくる、無数の艦船。それらが、オーブ軍留守居部隊を蹴散らしている

「ザフト本隊……」
「早すぎるぜコンチクショウ! こっちはやっとこれからだってのに。どうする……ヤタガラスだけじゃどうにも……」
「やって……くれるね」

ユウナは笑おうとした。そうでもしなければ心がくじけてしまいそうだった

しかし、うまく笑えなかった