クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第092話

Last-modified: 2016-02-23 (火) 00:02:06

第九十二話 『俺は悪魔だ』
 
 
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ジャミルが、最後に作戦を立ててくれている。世話になりっぱなしだと、キラは思った

輸送船に乗せられたキラのジンは、ゆったりとその体を起こす

「ッ……。覚悟していたけど、なんて反応の鈍さ……!」

立ち上がる動作だけだが、それでもストライクフリーダムと比べて段違いの性能差を実感する
モビルスーツ、ジン。CE67年に第一号がロールアウトされた、世界初の量産MS
ジンの登場が、戦争の形態を一変させたと言われている。それほどの傑作機である

「僕が乗っているのは、傑作機だ。上等じゃないか」

口の中でつぶやく。輸送船で立つジンは、白旗を掲げた
レーダーが、徐々に接近するザフト軍艦を映す

コクピットに、花輪が飾られている。南国の花が、束ねられたその輪
キラはそっと触れた。かけがえのないものが、このモビルスーツには生きている

通信を開く。ジンの通信だけは、最新式とはいかないものの、それなりのものには取り替えていた
プログラムを起動し、声にフィルタをかける

「こちら、所属番号137-5673、モビルジン。ザフト艦、応答されたし
 ザフト艦、応答されたし」

キラは通信を操り、救難信号でコールを送る。まだか。まだか
オーブ兵と見破られ、遠距離から狙撃でもされたらただの犬死である
そういう想像と戦いながら、キラは飽きもせずに通信を続けた

『こちらザフト地上軍、オーブ攻撃隊三番空母。所属番号137-5673、モビルジンか』
「応答を感謝する」
『貴機は行方不明扱いであるが、』
「わけあって潜伏せざるを得なかった。着艦を許可されたい」
『待て……当空母は作戦中である。着艦は認められない』
「それは困る。こちらとてザフトに合流することだけを願って、何年も耐えていたのだ」

キラは鼻で笑い、輸送船の速度をあげた。空母が見えてくる
ジンが掲げる白旗。風を切る音が、キラの耳にも届いた

『駄目だ。まだ本部の許可も得られていない。着艦は認められない』
相手方が、怒鳴るように声を返してくる
「なぜだ。長年地上で、プラントのためにと耐えた軍人を、ザフトは見捨てるのか」
『そうは言っていない。作戦終了まで待てと』
「残念だったね」

キラはにぃっと笑った。笑うと同時に、ジンが跳ね、輸送船からザフトの空母に着地する
艦上にはデストロイが一機、鎮座している。動力は入っているのか、デストロイのデュアルアイは光を放っていた

『貴様、なにを勝手に!』
「バカだなぁ。デストロイなんか投入されちゃ困るんだよ
 ちゃんと君たちは許可をもらってるの? もらってないでしょ
 僕に無断でオーブを焼こうだなんて、許せないじゃない?」

変声をやめて、キラは笑いかける。嘲笑。腹の中から、おかしさがこみあげてくる

空母の上には、デストロイの他に発進前のグフや、ザク。他にゲイツRといったMSが配置されている
ジンはすらりと、重斬刀を引き抜いた
重斬刀
ビームサーベルが登場する前は、その高い切断能力により、格闘戦の主役だった武器である
しかし今は完全に型遅れの品物で、特にフェイズシフト装甲等が相手だと、まったくの役立たずと化す

『て、敵襲……!』

空母がスクランブルをかける。遅い。キラは口の中でつぶやくと、ジンが起動
重斬刀で手近にあったザクの首を跳ね飛ばす

キラは舌打ちをした。切れ味が悪い。悪すぎる
島を出る時に、このジンはそれなりの整備、改修を行ったが、いくらなんでもアンティークすぎるのかこのMSは

「おとなしくしてればいいんだよ!」

さらに起動前のゲイツRを蹴倒し、首をはねたザクを思いっきり張り飛ばす
残りはハンガーか。そこまで行くのは無理だ。それよりも、目の前にあるこの巨人をどうすべきか
ジンは重斬刀を構えなおした。デストロイ。並のMSに比べて全長は二倍ほどか

キラの居る空母は、オーブ攻撃隊の一番スミにある艦だった
しかしザフトもとうにMSを発進させてるろう。迎撃がやってくるまではそう長くない

ジンが暴れてたとしても、巨象へアリがかみつくようなものだ
攻撃軍は陣形を崩すことも無く、オーブへ進軍を行っている

ストライクフリーダムがあれば、100でも200でも相手ができる
キラは、一瞬そう考えた自分の浅ましさを打ち消した

(戦力じゃない)

このジンには、キラにとってかけがえのない、暖かさが宿っている
これで戦い抜くと決めたのだ

「おぉッ!」

キラは短く雄たけびをあげ、デストロイに斬りかかった。デストロイ、MA形態
ジンは高く跳ね、デストロイの頭へ重斬刀を叩きつける

火花、散る。しかし切れない。VPS装甲。これほどの巨体に、贅沢なことだ
デストロイは蚊にでも刺されたような顔で、ゆっくりと起き上がり、頭に乗ったジンを振り落とす

「クッ」

ジンは空母甲板に叩き落され、無様に転がる。姿勢制御。反応が悪い
右腕にはや損傷。なんてもろさ。いや、言うまい

転がり、立ち上がる。ゲイツRとザクが、空母の上に出てくる
彼らは空母を巻き込まぬよう、やや斜め上を狙う形で、ジンへ狙撃
かわし、かわす。よけ、反応が……

衝撃が来た。左腕が重斬刀ごと吹っ飛ぶ。せっかく直したのに
舌打ち。残るは、右腕。ジンは腰にある突撃銃を引き抜いた

同時に、甲板の上で跳ね、銃弾をばらまく。集弾率が低く、満足にダメージも与えられない

キラは、荒い息を吐いた。笑い出したくなるような戦力差
だが、

「どうしたァ!?
 そんなんじゃ、このスーパーコーディネイター様に傷一つつけられないよ!
 ぎゃはははっ!」

狂ったように笑う。ジンは再び跳ね、弾をばらまく
敵の攻撃は、ある程度『わかる』。それでも、ジンがキラの能力にまったくついていけない
鉄下駄をはかされた、マラソンランナー。そういう例えが頭をかすめる

突如、空母にやってくる、スラッシュザクウォーリア
巨大なビームアックスがうなりをあげ、ジンを吹き飛ばさんとした。バックステップ
勢いあまったビームアックスが、空母の甲板を浅く切り裂く

これだ。とっさに、思いつく

ジンが転がり、デストロイのそばへ。接近すれば、デストロイはほとんど無力である
転がりながら、突撃銃のマガジンを交換する。あまり残弾はない

突撃銃を、デストロイの足元へ。着弾の衝撃が足を伝ってくる
やってくる、後方からのゲイツR。相手のビームサーベルを身を沈め、かわす

間抜けな音がした。突撃銃の斉射で、空母の甲板がもろくなり、デストロイの自重を支えられなくなったのだ
結果として、デストロイが空母に半身を沈める格好となり、ばたばたともがき始める

「そのままはまってればいいんだよ!」

ジンが跳ね、デストロイの頭部を二度、三度と踏みつける
VPSでも、これは防げまい。デストロイが空母へめり込むのを確認すると、キラは周囲を見回した

MSが二十機ほど、こちらを包囲している

「そう簡単に帰しちゃくれないよね……」

キラは唇のはしをなめた。塩辛い。顔中汗だくなことに、今頃気づいた

「死にはしないさ。まだ、なにも終わってはいない……!」

ジンは突撃銃を構える
その時、敵のMS隊がひるんだような感じがした
おびえ。それを、キラはなんとなく敵から感じている

「間に合った……」

キラは、空を見上げた
一つの福音として、そこには悪魔が存在していた

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DXはヤタガラスの防備は放棄した
アスランのインフィニットジャスティスとエアマスターバーストが二機で、MSをひきつける格好になっている
イカレてやがるぜ、どいつもこいつも。ガロードは口の中でつぶやいた
デストロイが投入されるのだという。オーブ国民が生活する国へ、せん滅用の兵器を投入するとはどういう神経をしているのか
サテライトキャノンを、オーブに向かって放つようなものだ
死者は、億に達するかもしれない

そこまで人を殺す必要があるのか

ガロードは、自分が善人で無いという自信がある
生き延びるためにはそれなりに殺してきた。自分が殺した中には、善人もいただろう
だから殺人を悪だと、断じる間抜けさを持ってはいないが

そこまで人を殺す必要があるのか

「殺し続ければどういう世界になんのか、教えてやりたいぜ」

つぶやいた
思い出せるのは、荒廃の世界
砂漠と汚染が満ちた死の世界

あれを、望む者などいるはずがない。にもかかわらず、殺し続けるのかこの世界は

なにを求めているのか。

ガロードは目前にあるザフト艦隊を見下ろした
まるで気圧されたようにザフトMSたちはこちらを見上げている
空母にはデストロイが積まれていた。ただ、一隻の空母につき、デストロイは一機ずつ点在している格好だった
これらすべてを破壊しようとすれば……

(殺しつくすことになる)

サテライトキャノンを、広範囲にばらまかねばならない
そうすれば、ザフト艦隊は文字通り消滅するだろう
出る死者の数は万を超える。それほどの大量虐殺は、ガロードにも経験のないものだ

しかし、殺さねば、殺される
より多くの人が死ぬ

これは、いったいなんなんだ。なんなんだよ
ガロードはつぶやいた。つぶやきさえ、消えた

眼下にはザフトの軍勢。十機の災厄が、そこに点在している
災厄を打ち砕くは悪魔の役目か

ガロードは大きく息を吸った。どちらにしろ、自分は悪魔であることをやめられはしないのだろう

空から、一機の赤いハヤブサが降りてくる
それはまっすぐに、DXへと向かってくる。無線誘導だ
動きに、人の意思は感じられない

それを手にしたとき、DXは再び悪魔となる

エネルギーの供給を必要とすることなく、サテライトキャノンの発射は可能となるだろう
ガロードの意思一つで、たやすくこの世界を滅ぼすことができる。できてしまう

自分に与えられた命題は、それでなかったはずだ
こんな力を望んだわけでもないはずだ
それでもガロードは、前を向いた

「Gファルコン、ドッキング」

軽い衝撃がコクピットシートに伝わる
GファルコンにはめこまれたGXのディバイダーを、シールドとして構える

DXのエネルギーが、いきなりMAXを指し示す
サテライトキャノンの封印が解かれ、動き始める

動き出す、DX。放熱板が展開し、いま、ゆっくりと両肩に砲身が捧げられる
モニタに照準が踊る。ガロードはGコンを握り締め、トリガーを撫でた

「撃つしかないのか」

ありきたりの言葉をつぶやく。苦悩が、すべてを埋め尽くす
瀬戸際に立つ、なにか

——————戦争も……ガンダムも、お前達からすりゃぁ、生まれる前の代物だ。振り回されるこたぁない、好きにしろ……

好きにできるもんかよ、カトック
俺はどういうわけか戦争してるぜ

——————ただし、これだけは忘れるな……! あやまちは、繰り返すな……!

ああ、そうだろうな。あんたは多分、そう言うんだろうな

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旗艦は後方に下がっている
空母ゴンドワナを地上まで持ってくるわけにもいかず、レイはバレル隊と共に地上空母に乗り込んでいた
空母は海上を行く。先行しているザフト地上軍は、もうじきオーブまでたどり着くだろう

デュランダルのそばを離れたくはなかったが、デュランダルの名代をやれる人間がいない
だからレイは、新しく地上軍司令を命じられたウィラードと共に、地上へ降りてきている

ウィラードは有能な方の司令官だろう。指揮も老練であり、軍歴もかなりのものだ。ただ、どこか思い切りに欠けた
それでもザフトでは随一と呼ばれる将である

結局は、人材不足か。レイは思う。ラクスによって、ザフトはめちゃくちゃにされているのだ
本当なら、バルトフェルドかハイネあたりが司令官に昇格していてもおかしくはない
だから、自分のような一パイロットも指揮官をやらねばならないのだろう

今回はせん滅戦である。多分、自分の出番はないはずだ
デストロイの大火力は、オーブを焼き尽くすだろう
ラクス・クラインに忠誠を誓うあの忌々しい国を

ただ地上に降りて見えたものがある
オーブ軍、いや、ラクス軍とでも言うべきものの異様な強さである
前司令のヨアヒム・ラドルが相当締め付けたはずだが、それでもオーブ軍は活発な反撃を行ってくるのだ
それにクラウダが強い。単純に、一機だけでもグフ五機に等しい戦力を誇っている
それが編隊を組んでやってくるのだから、たまったものではなかった
ヨアヒムの無能を擁護するつもりはないが、仕方なかった部分もある

初め、奇妙な報告が来た
ジンがオーブ攻撃軍の空母に乱入してきたのだという
ウィラードは歯牙にもかけず、進軍を続けろと命じたが、次にやってきた報告は目をつぶれるものではなかった

「ダブルエックスか……」

ウィラードは艦長席でつぶやいた
ブリッジのモニタに、でかでかとそのMSが映し出される
重厚な装甲と、『X』をかたどった背中のシルエット

「ヤタガラスが出てきたと言うことですね」
レイがつぶやくと、ウィラードはため息をついて首を振った
「そんなことはわかっている。しかし、なんのためにだ」
「ユウナ・ロマの差し金でしょう」
「なるほどな。泣かせるではないか
 自分を追放した民を、わざわざ守ろうというのだからな
 そしてあわよくば自分が、国家元首に返り咲くか」
「それよりも司令。どうなさいますか」

モニタに映る、DX。それは空中で威容を見せ付けるかのごとく、ザフト艦隊を見下ろしている

威圧されていた。たった一機のMSである。DXというただ一機のMSに、ザフト地上軍は気おされているのだ
レイにはそれが手に取るようにわかる。このままでは、一機のMSもDXに攻撃することができないままで終わりそうだ
それほどの威圧感であり、威厳である。DXを見つめるレイの手に、じわりと汗が浮いた

「わしは軍人だぞ、レイ・ザ・バレル
 ダブルエックスが出てきたからと言って、尻尾を巻いて逃げるというわけにはいかん
 軍人にとって命令は絶対だ。相手がザフトの英雄だろうとほふらねばならん」
「……」
「問題はサテライトキャノンだな。この状況で撃たれれば、ザフト地上軍は灰と化す
 さて、チャージができねば撃てんという話だが。ん……?」

モニタに映っているDXの上空から、赤い戦闘機がやってきた
それは、まるでDXの体を覆うかのように全身を広げ、なんとDXと合体する
レイの体に、軽い衝撃が走った

「Gファルコン、完成したのか!?」
「Gファルコン?」
「はい。私がタカマガハラに居た頃、話だけ聞いたことがあります、司令
 ガンダムDXの支援戦闘機で、装着によりエネルギーの供給無しにサテライトキャノンを放てるようになるという代物です」
「切り札をたずさえてやってきたというわけか。さて、退却は論外
 問題はガロード・ランというパイロットに、ザフト地上軍を壊滅させるほどの度胸があるかどうか、か」

レイはそれも考えた。これまで、サテライトキャノンが放たれたのは通算三度。
ただ、すべて死人を最低限に抑えてのものだ

今度ばかりはそうはいかない
デストロイの破壊で出てきたのなら、サテライトキャノンでザフト地上軍を飲み込まねばなるまい

DXが放熱板を展開し、その両肩にサテライトキャノンを背負う
あれは、ブラフではない。確かな意思として、サテライトキャノンは存在する
ひとたび放たれれば、レクイエムやジェネシスと同等の破壊が、この地を埋め尽くすだろう

——————ッ

その時、レイは誰かの叫び声を聞いた。全身にぞくりと鳥肌が立つ
誰の声だったのか。ひょっとしたら、悪魔のようにおぞましいものが、叫んだのか

その時、DXが叫んだ。放たれている、サテライトキャノン
海が割っている。いや、海にサテライトキャノンが放たれているのか

大津波。思い出す、オーブ防衛戦
なにを考えているのか。あの頃のように、空母を転覆させたところで、デストロイは無傷である
そしてサテライトキャノンの大津波では、すべての空母を転覆させることなどできはしない

三隻の空母が、大津波で転覆した。しかし他の空母はどうにか持ち直している
当然、デストロイは無事だろう

その時、大津波を割ってなにかが走った
なんだ。悪魔か。いや、それは確かに悪魔だった

GファルコンDX

そうとでも呼ぶべき悪魔は、形を変えていた
擬似変形。巨大な戦闘機と化したGファルコンDXは、津波を割って、大混乱の艦隊に突っ込んでいく

レイは息を呑んだ。これほどの戦闘は見たことが無い
ミサイル、ビームの雨。DXは再びMS形態に戻り、ハーモニカのような盾を振り回して、ビームを放つ

DXは、正確にデストロイだけを順次破壊していく
合体により運動性は消えているが、直線的なスピードが凄まじい
いや、それよりもあれほど攻撃を正確に命中させられるものなのか

艦隊がDXの攻撃により、崩壊寸前になっている
反撃がなされていないわけではない。GファルコンDXは、従来のDXよりもはるかに的が大きいのだ
ただそれをもろともしていない。突っ込み、破壊し、離脱する
それを人とも思えぬ機動で行いながら、DXは動いている

あれは悪魔だ。やはり、悪魔だったのだ

レイはつぶやいた。ウィラードが止めろと叫んでいる。だが、人が悪魔を止められるものなのか

最後のデストロイが破壊された。それを見ていることしかできない
半壊したザフトの空母上で、GファルコンDXが立っている
あちこちに損傷を受けているようだが、それでもなおそれは、悪魔だった

『見たかよ、てめぇら』

全方位通信。それで、ここにも声が聞こえてくる
それはガロードの声ではない。悪魔の声だ。なぜか、レイはそう思った

『俺は悪魔だ。ユニウスの悪魔だ。悪魔は気まぐれで、わがままで、悪党なんだぜ
 その気になりゃ俺は、この世界を地獄に変えられるんだ
 思ったことはねぇのか? 感じたことはねぇのか?
 この世界がよ、地獄と紙一重だってことがよ
 わからねぇか?』

ガロードは笑っているのだろう。そして、それは多分凄惨な笑みだ
レイにはそれが想像できる

『ジェネシス、レクイエム、核ミサイル。んでもってサテライトキャノン
 どいつもこいつも、ちょっとしたことでこの世界を地獄にしちまうんだぜ
 いつまでこんな戦争やるつもりだ?
 いつまで、俺みてぇな悪魔を戦わせるつもりだよてめぇらは?』

ガロードの声。やはり、笑っているのか
なんのために笑っているのか

「いい気なものだな、英雄というのは」

ウィラードが苦々しく吐き捨てる。しかしレイは、そういう気分になれない
そうなのだ。ガロードは、地獄からやってきた。AWは、間違いなくこの世界が選ぶ可能性の一つ
一つ間違えたら、コズミック・イラも地獄に変わる

『くだらねーぜ。どんだけ人を殺せば気が済むんだ?
 そんなに殺したきゃ、俺が代わりにやってやろうか? 
 もうやめちまえよ。くだらねぇんだよ。金にもなんねぇ。殺したからって、なにか守れるもんでもねぇ
 てめぇらは大人だろ……俺みたいなクソガキより、もっとよくわかってるはずだろ!』

レイはガロードの声に耳をすませている自分に気づいた
気づけば、他のザフトも動いていない。起動しているMSたちも、DXへ銃口を向けていないのだ

だが。

その時、ブリッジのレーダーが警報を伝えた
同時に、無線が入ってくる

『こちらはエターナル、ラクス・クラインです』

透き通った女性の声。聞く者を酔わせる、歌姫の声
ブリッジがざわめく。ザフト宇宙軍はラクスを押さえ切れなかったのか
多数のクラウダを護衛につけた歌姫の旗艦が、天空よりこちらに舞い降りてくる
とはいえ降下してくるエターナル以外の艦はそれなりに傷ついているようで、ザフト宇宙軍との激戦を想像させた

『出やがったな、クソアマぁ!』
悪魔が叫んでいる
『ガロード・ランですか?』
『てめぇのすかしたツラ、変形するまでぶん殴らなきゃ気がすまねぇんだよこっちは!』
『下がりなさい。そういう危ういことをおっしゃる方が、世界を壊すMSに乗る
 それがどれほど危険なことか、あなたにはわからないのですか?』
『ケッ。シンが言ったことを忘れたのかよ? あんたは戦争しかしねぇ。戦争しかできねぇ
 そういうあんたが、DXより安全だとはとても思えねぇな、ラクス・クラインさんよ!』

DXはGファルコンと合体したまま、擬似変形。降下してくるオーブ軍艦隊に突っ込んでいく

「無茶だ」

レイは声をあげた。多数のクラウダ隊が待ち構えているのである
それにDXは、先ほどの戦闘でかなりの傷を負ったはずだ
加えて、ザフトはいくらかDXに戸惑っていたし、それが無意識に攻撃を避けたところがある
だがオーブ軍は、なにより大切なラクスを護るためならば、容赦などしないだろう

DXがクラウダ隊と交戦を始める
DXはいきなりクラウダの両腕をつかみ、無理矢理ひろげると、ブレストランチャーを放った
どういうわけか、それであっさりと一機のクラウダが落ちる

(弱点……?)

ブレストランチャーは、クラウダの腹にあるバーニアに当たっていた
それがクラウダの弱点なのか……?

しかしDXの快進撃もそこまでだった
スピードこそあれ、運動性を無くして巨大化したDXを攻撃するのはそれなりのパイロットであればできることだ
クラウダ隊がDXに対して包囲攻撃をかけている。いくつものビームが、DXに降り注いでいる

その時レイは、ガロードを助けたいと思い始めている自分に気づいた

どういうことだ、これは。ガロードは裏切り者である。どういう理由があろうと、敵である
それなのに、ひどく彼の行動は自分の胸を打ってくる
理性をフルに動員しなければ、今すぐレジェンドに飛び乗ってDXを助けてしまいそうだった

『あれは、ザフトのMSだ』

誰かの通信が聞こえた。誰がそんなことを言った?
レイははっとして、ブリッジのモニタへ釘付けになる
ザフト地上軍、一機のグフが、なんとDXのそばに移動してクラウダ隊へ弾丸を浴びせ始めたのだ

『DXはザフトのMSだ!』

また、別の誰かの声。レイの頭へ直接響いてくる
なんだ、これは? 人の意思? それが、俺の中に?

グフに続き、一機のバビがぼろぼろになったDXのそばで護衛を始める
また一機。また一機。ザフトがDXを守り始める

「どういうことだ! 命令違反だぞ! やめろと伝えろ!」

ウィラードが血相を変えて叫ぶ

気づけば、十数機のMSがDXを守りつつ、オーブ軍と戦っている
これはどういうことだ。なにが起こったのか
まさか、ガロードの愚かさが、人を動かしたのか

『ハハン。なかなか面白いことになってるじゃないか』
『ガロードばかりにいいかっこさせられないわ
 さぁて、真打ち登場。派手に行くわよ!』

瞬間、海面からなにかが顔を出した。二機のMS
ストライクノワール、デスティニーインパルス
二機のMSは、急速に上昇し、DXを援護しつつクラウダとの戦闘を始める

そして、一隻の戦艦が海中より現れる

『ミネルバを海中に適応させるなんて、予算の無駄だと思ったけど、
 なかなかいいものね。奇襲にはもってこいだわ』
 
ミネルバ。かつてレイがいたその戦艦が、海中より地上へ浮上する

『こちらザフト『FAITH』、ハイネ・ヴェステンフルス
 そこの間抜けな顔してるザフト軍に告ぐ
 貴君らがいるのは、本当にザフトか? 誇り高き栄光あるザフト軍か?
 敵国とはいえ、連合の大量破壊兵器であるデストロイを使い、オーブの民を焼き払う
 それが本当にザフトの正義だと、貴君らは胸を張って言えるか?』

ハイネの声。なにかが、レイの体に突き刺さっていく

『こちらは戦艦ミネルバ艦長、タリア・グラディス
 我々は地球を滅ぼさんとしたパトリック・ザラの所業を、確かに後悔したはずだ
 あれは人の行うことではないと。にもかかわらず、あなたがたは再び同じことを行うのか
 あやまちを知りながら、改めない。それは人として恥ずべきことのはずである
 それでもなお、あなたがたが人を殺し続けるのならば、我々はザフトの軍法にのっとり、あなたがたを討つ
 よいか。プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルは貴殿らにオーブせん滅など命じてはいない
 これは、立派な軍令違反である』

はっきりと、ザフト全軍に動揺が走っている
それがレイには、手に取るようにわかった