クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第106話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 00:59:58

第106話 『ティファの頼みじゃしょうがねぇ!』
 
 
==========================

うっすらと、化粧をしたようだ
オルバは、ちらりとだけラクスを見て、それだけを知った

メサイアの司令室で、ラクスは端座していた。周囲を10人の衛兵が守っている
衛兵は、すべて女だった

「ガロード・ランが来たというのですか」
「はい、どうされますか?」
「理由はわかりませんが、丁重に扱ってください。ただし、油断はしないようにお願いしますわ、オルバさん」
「わかりました」

オルバは、ラクスに向かって敬礼した

ラクスの顔色が悪い。化粧は、顔色の悪さを隠すためのものだろう
なぜ彼女が健康を崩しているのか、オルバにはわからなかった
ストレスが原因かと思うも、断定はできない。そもそも強すぎる彼女が、精神的なことで参ったりするのだろうか

ラクスは憂鬱そうに、あごを杖にしてあらぬ方向に視線を泳がせている

「キラは……」
「はっ」
「キラはどうしていますの?」
「営舎で大人しくしていますが……」

腹の中で、オルバは苛立ちを覚えた。
キラのことを聞くラクスの顔は、まぎれもなく恋人を心配する少女のそれである

「オルバさん。あまり、キラを追い詰めないでください」
「それはわかっていますが、しかしオーブ失陥の原因はキラ・ヤマトです
 それなりの罰は必要です」
「わたくしたちは、厳しい軍法で戦ってきたわけではありませんわ
 罪だ罰だと、言い続けていては前に進めませんし、なんの解決にもなりません」
「わかっています。ラクス様の、お優しい心については」

理不尽なものすら感じた。キラは、あなたを捨てたのだ
人目が無ければ、ラクスにそんなことを言ってしまいそうだった

不思議だった。顔色が悪くなっていても、ラクスは光のようなものを持っている
それだけではなくて、そこら中の女がぼろクズに見えるほど、ラクスは魅力的だった

いつもラクスの前にいると、声が上ずる気がする。のどの奥が緊張で張り付いたようになる

「まだ他になにかありますか、オルバさん?」

退出しないでいると、ラクスが声をかけてきた
近頃は一部の側近以外、近づけさえしない彼女で、ひどく閉鎖的になっている
そのため、ミーアがラクスをずっと演じていた

「どうか笑ってください、ラクス様」
「はい?」
「以前のラクス様は、もっとお笑いになっていたように思います
 困難な時でも、笑っておられました。その笑顔でずいぶん皆も救われていたように思います」

自分はなにを言っているんだろうか。なにを愚かなことを口にしているのだろうか

「わたくしは笑っていませんか?」

ラクスが、笑った。作り物の笑顔だった
だからオルバも愛想笑いせずにじっと彼女の顔を見つめる

「はい、笑っておられません。
 だからどうか元気を出してください。困難があれば、僕が打ち払います」
「ありがとうございます、オルバさん」

ラクスがまた笑って、軽く頭を下げた
しかしオルバは苦々しさしか感じ無かった
自分では彼女のなにも救うことはできず、なにも癒すことはできない
キラのような、馬鹿げた理想主義者しか、彼女は選ぼうとはしないのか

メサイアの司令室から退室して、オルバは一つ息を吐いた

(キラを殺そうよ、兄さん)

オルバは、兄に語りかけた

==========================

足を組み、目を閉じていた。仏教徒がよくやる、座禅というものを、キラはやっていた
目を閉じ、呼吸と心を整える。それだけのことだが、それがなかなか難しい
いろいろなものが雑音のように浮かんできて、一つ一つそれを打ち消さなければならないのだ

しかし、こうしていると恐怖を忘れることができた

フロスト兄弟から悪意を感じる
殺気と言い換えてもいい。嫌な感じはあった
理由はわからないが、このまま大人しくしていれば殺される予感がある

営舎の外が騒がしくなって、キラは目を開けた。
外でクライン派の一般兵たちが騒いでいるのが、なんとなくわかる

キラは立ち上がり、軽く腕を回した。体の感覚は鈍っていない

営舎のドアにカギが差し込まれる音がして、開いた

「キラ」

長髪の男がばつの悪そうな顔を見せた

「ロアビィさん」
「さん付けはよせっていっただろ」
「ああ、そうだったね。なぜここに?」
「仕事だよ。早く出ろ。先に行っとくけど、おまえは釈放されたわけじゃないよ」

営舎のドアが完全に開くと、ロアビィの足下で転がっているクライン派の兵士がいた
腹のあたりに血がにじんでおり、ぴくりとも動かない

「衛兵を殺したのか?」
「キラ、こいつはおまえさんへの刺客だよ。認識が甘いね
 もっと危機感持ってくれなきゃ困る」

ロアビィが、軽く兵士を小突いた。動かない。やはり死んでいるようだ

刺客。その言葉に、キラはぞっとするようなものを感じる
ラクスの下で、クライン派もオーブ兵も鉄の団結を誇ってきた
断じて味方を暗殺するようなことなど無かったはずだ
オーブ失陥最大の要因が自分であるとはいえ、刺客というのは異常だった

「崩れつつあるのか」

つぶやき、キラは顔をしかめた
ラクス・クラインという人間が目指した理想は、あっけなく壊れつつある
それが嫌というほど見えてきた。このままでは、大量の人間を巻き添えにしながら、美しくクラインは滅びるだろう

しかし、そういう滅びであってはならないのだ。だからもう少しだけ、キラは生きなければならない

ロアビィが死体を担ぎ上げ、営舎の中にあるベッドの上に放り込み、シーツでくるんだ

「キラ、俺はおまえさんがなにを考えて、なにを目指しているのかはしらない
 それでも俺はおまえの味方だ。そういう仕事を引き受けた」
「……」
「なんでもかんでも一人で背負い込むんじゃないよ
 おまえにもさ、味方がいないわけじゃないんですよ? バルトフェルドだって心配している」
「……」
「まぁ、クサイ話はこれぐらいにしときましょ
 それよりも逃げるぞ、キラ。いずれ刺客が死んだこともわかる」
「誰が刺客を?」
「憶測で言うなら、フロストブラザーズかな。ただ誰がおまえさんを殺してもおかしくない状態なんだよ、今は」
「……」
「みんな不平不満がたまってる。食い物も無い、娯楽も無い、しかも勝ち目も無い
 そんな風にどんどん追い詰められたらさ、人間って戦犯探ししちゃうのよね
 まして、キラ、おまえはオーブでああいうことをやったでしょ
 キラ・ヤマトさえいなければ、俺らはこんな目にあわないですんだ……かなりの人間が、そんなこと考えてるよ」

それでいいとキラは思っていたが、口に出さなかった
ロアビィが、拳銃と通信機を差し出してくる。通信機は軍用で、かなり金のかかっているものだ

それよりもどこに逃げるか、それが問題だった。

考えつつ、ロアビィの先導でひとまず営舎から離れた。
歩きながらノーマルスーツに着替え、ヘルメットをかぶる。
ヘルメットのバイザーは特殊なプラスチックでできていて、光の反射を利用して中がわからないようになっているらしい

あわただしく兵士たちが行き来している。いや、行き来しているというより、うろたえているという感じだ
それは、キラの脱走とは無関係の狼狽に見えた

ロアビィの部屋に着き、中へ導かれる。意外にこぎれいな、男の部屋だった

「キラ、俺としちゃあ、火星にでも行って二度と戻ってきて欲しく無いんだけど、そのあたりどう?」
「姿を消せってことなのか?」
「ああ。これからは、第二、第三の刺客がおまえにやってくる
 このまんまじゃ遅かれ早かれおまえは死ぬね
 だったら、メサイアからは離れた方がいい」

キラは自分の甘さを痛感した。刺客に殺される、ということなどまるで想定していなかったのだ

ここは一時、離れるべきだろう。暗殺で死ぬのは一番愚劣な死に方だった

「わかった、メサイアから出る」
「いい子だね。しがない傭兵の意見だけどね、多分クライン派は負けるよ
 ちなみに俺の仕事は、おまえと歌姫さんの命を護ることだ。
 それを考えたらさ、キラにはさっさと安全なところ行って欲しいのよ」
「いや、僕は必ずメサイアに戻ってくる」
「なにをしにさ?」
「……」
「死ぬつもりかい?」

ロアビィが、ちょっといらだったようにつぶやいた

「責任は取らなきゃいけない。誰かは死ななきゃいけないだろ」

キラはそれだけを答えた

「はっ、なにそれ。カッコつけてるけど、戻ってきて犬死するってことだろ
 それが、みんなのためになるとでも考えてるのか? キリスト様にでもなったつもりかい?」
「別にそんな綺麗なものじゃない。けど、誰かの死は必要なんだ」

するとロアビィがいきなり寄ってきて、キラを突き飛ばした。

「似たようなもんでしょ。いいか、キラ。俺はそんなもん絶対認めないよ
 おまえがなにを考えて、これからどうしたいのかぜんぜん知らないけどね!
 主義主張だとか、理想だとか、誰かのためにとか、そんなもんのために死ぬのなんかなんの意味も無い
 ただの自己満足のワガママなんだよ」
「別に理解してもらおうだとか、そんなのは思ってない。自分に恥じない生き方をしたいだけだ、僕は」
「それがワガママだってーの! まだ、ヒゲを生やす前のおまえの方が俺は良かったよ
 少なくとも死にたがりじゃ無かった。俺は命を粗末にするヤツを見るとムシズが走るんだよ
 だいたい、おまえはそれでよくても、歌姫さんはどうするんだよ!」
「ラクスも僕がどうにかする」
「責任取って、結婚でもするっての?」
「違う」

するとロアビィが、キラの胸ぐらをつかみあげた。ナンパな外見のくせに、凄い力だ

「おまえさんね……まさか歌姫さんを殺すとか言わないだろうね」
「……」
「黙るなよ。いいか、俺はつまらない傭兵だけど、クライン派が負けたら歌姫さんがどうなるかだいたい想像はつく
 生涯みじめな幽閉か、処刑、だよ。そうなりゃクラインの残党がどう動くかわかりゃしない
 下手すれば大暴動の始まりだ
 けど、おまえが歌姫さん殺せば、けっこうまるく収まっちゃうよね
 戦争の勝者が裁くんじゃなくて、歌姫さんが一番信頼していたおまえが殺したんなら、クラインの残党も誰に怒ればいいかわかりゃしない」

少しキラは感心していた。ロアビィはしっかりと考えている
金のことばかり言う男だとばかり思っていたので、意外だった

「ラクスは、殺さない」
「……本当だな?」
「ああ。だから早く……離せ!」

言って、キラはロアビィのスネを蹴り上げた
ロアビィは顔をしかめ、キラから乱暴に手を離す

「あー、くそっ。もうどこにでも行っちまえよカス野郎
 おまえさんがどうしようが俺はもう知らないからね」

蹴られたスネを押さえ、ロアビィが吐き捨てる

「……」
「ああー、待て。虎のおっさんにも言われたことだけどさ、おまえ、いつまであのジンで戦うつもりよ
 せめてクラウダか……最低でもムラサメにしときなよ」
「そんなのは僕の勝手だ」
「……ムカつくヤツになったね、マジで」
「そりゃどうも」
「ザフトも長期の包囲でダレて来ている。P-38地点に、クラインの息がかかった部隊がいる
 バルトフェルドが工作しているから、友軍信号出して行けばジン一機ぐらいは包囲を通り抜けられるはずだ」
「……」
「ガロードがメサイアに来ている。それで今、こっちは大騒ぎだ
 うまくすり抜けてメサイアから出航しろ。フロスト兄弟に気をつけなよ。できれば二度と戻ってくんな」
「……ありが」
「礼は言わないの。別におまえのためにしたわけじゃない
 これはお仕事。完璧にやるだけですよ
 ただキラ、おまえはさっさと姿くらました方がいい
 それと……なに考えてるのかは知らないし、知ったこっちゃないけど、もっといい加減になれよ
 俺は傭兵だし、金のために何人ぶっ殺して来たか忘れるほどだけど、それでもそれなりに幸せなんだ」

言いつつ、ロアビィは部屋の机にある星型の髪飾りをなでていた
どこかで見たような気のするアクセサリだった

「……そうかな」
「ん?」
「僕は、ロアビィがそれほど幸せには見えない」
「……ハッ。おせっかいを言って損した。さっさと消えな
 でなきゃおまえをぶん殴っちゃいそうだ」
「世話になった。それは覚えておくよ」

キラはそれだけを言い残し、ロアビィの部屋から出た

少し、泣きたくなる。自分は悪役に向いていないなと、ちょっとだけ思った

==========================

ガロードは、コクピットから降りた。メサイアの中には重力があるようだ
Gファルコンバーストは、分離せずそのままメサイアのMSデッキに鎮座している
ビームライフルを構えたクラウダが2機、こちらへぴたりと張り付いているのが、嫌な感じだった

「これは意外なお客さんだな
 『ユニウスの悪魔』がわざわざやってこられるとはね」

大仰な仕草で、片目のつぶれた男がガロードの方へやってくる
足が悪いようだが、それでも身のこなしはしっかりしている。軍人上がり、という印象だ

「ケッ。DXから降りていても、『ユニウスの悪魔』かよ」
「そういうのが、異名というものさ
 ボクも『砂漠の虎』と呼ばれたことがあるからわかるけどね
 こんなに有名になってしまった以上、君は死ぬまで『ユニウスの悪魔』だろうね」

ずいぶん、嫌なことを言ってくる男だった
悪魔呼ばわりされて気分がいいとでも思っているのだろうか

それはともかく、砂漠の虎。聞いたことのある名前だった

「あんたが、バルトフェルドとかいうおっさんか?」
「おっさんはひどいな、ガロード・ラン」
「あんたクライン派のお偉いさんなんだろ。なら、さっさとクラウダとティファをよこせよ
 そういう約束で、こっちはラクスやキラを見逃したんだぜ」
「もっともだね。いや、こちらも早くクラウダやティファを渡したいんだが。
 色々と手続きがあるのさ。それに、ザフトはメサイアを包囲している
 なかなかすぐに、とは行かないよ」

ガロードは内心で舌打ちした
すぐに、この男は約束など守る気は無いのだと悟る
AWにも、こういう詐欺師は腐るほどいた。こんな駆け引きにだまされると思っているのだろうか

AWなら、詐欺師は殺してしまえばすむ話だった
しかしCEならそうも行かない。気分の悪さを隠して、バルトフェルドを見据えた

「おっさん。こっちはよ、クソくだらねぇ駆け引きをするつもりはねぇんだ
 ティファもクラウダもとっとと渡せ。今すぐにだよ」
「そんなことができると思っているのかい?」

バルトフェルドが、笑いながら剣呑な雰囲気を帯びた
実質的な、クライン派の指揮官とも言うべき男だ。
即座にGファルコンバーストを確保し、自分を射殺するぐらいの手はずは整えているだろう

「ガロード!」

人ごみをかき分けて、赤髪のザフトレッドが走ってくる

「おう、ルナじゃねぇか」
「ルナじゃねぇか、じゃないわよ!
 この騒ぎなんなの? わざわざあんたがメサイアに来たのって、上からの命令?」

ルナマリアが息を切らして、ガロードに詰め寄ってくる
ちょっとばつが悪くなって、目をそらした

するとルナマリアが、ガロードにそっと耳打ちをしてくる

(あんた、独断で来たでしょ)
周囲に聞こえぬよう、小声。
(な、なんでわかんだよそんなこと)
ガロードも小声で返す
(わかるわよ! だって、どこからどう考えたって、あんた交渉向きの人間じゃないもん
 あたしが上司なら、もっとマシな人間よこすわ)
(ば、バカにすんなよ! 俺だって交渉ぐらい……)
(言っとくけどね、脅して相手に言うこと聞かせるのは交渉じゃないわよ)
(……ルナ、俺のことよくわかってるじゃねぇか)
(そろそろ付き合いも長いからね)

「それよりよ、ティファはどうなってんだ?」

公人としてやってきたわけではないことさえ知られなければいいので、ガロードが内緒話をやめた

「無事よ。あたしの方も、別に悪い待遇は受けてない
 けど、ほら、あそこにいるオジさんがMSもティファも渡してくれないのよ」
「オジさんはひどいな。ボクはまだ32だよ?
 それに言ったじゃないか、ルナマリア。ボクのことはアンディと呼んでくれって」

バルトフェルドが苦笑している

「あなたはいつもそうやって話をはぐらかすんでしょ!
 だいたい、32って、あたしの2倍じゃないですか! 十分オジさんです!」
「いや〜、参ったね。でも16才差は、別に愛の障害にはならないと思うんだが」
「なにが愛ですか!」

なぜルナマリアがこれまでクラウダもティファも持って返ってこれなかったのか、少し判った気がする
しかしティファになにも無いのにはひとまずほっとした
なにかあれば、一暴れぐらいはするつもりでいたのだ

「とにかく、ティファに会わせてもらう……」

ガロードが口にしようとした瞬間、衝撃が来た
なんなのか。転びそうになるのを、かろうじてこらえて周囲を見回す

「なんだ! ザフトの攻撃か!
 レーダー網に引っかからなかったのか!
 すぐに状況を把握しろ、それとアレだけは守れよ!」

バルトフェルドが叫び、兵士を走らせている

「おい、ティファはどこだ!」

ガロードはバルトフェルドに詰め寄ろうとしたが、相手は聞こえないフリをして、足早にその場から立ち去る

「大丈夫よ、ガロード」
「あん?」
「これ、まだ動いて無いから」

小さな装置をルナマリアは見せてきた

「なんだそりゃ?」
「ロアビィ・ロイからの贈り物よ。これのランプが点灯したら、すぐに逃げろって言われてるんだけど、動いてない
 なら、まだ事態は切迫して無いってこと」
「ロアビィが……」

正直に言って、ロアビィの考えていることがさっぱりわからないが、彼はきわどいところで手を貸してくれている
こういう行動をとっているということは、味方と考えていいのだろうか
少なくとも、自分たちとは戦いたがってはいないだろう

「Gファルコンバーストを見てくる」

ここはロアビィを信用することにした。
ティファに会わせてくれないなら暴れてやろうかと思っていたが、ロアビィがまだ味方というなら話は別だ

「え?」
「いや、奪われねぇように爆薬仕込んでおいたんだよ
 今の衝撃で爆発されちゃかなわねぇからな」
「ガロード、あんたDXで来たんじゃないの? 爆薬なんか仕込んだの?」
「いいや。乗ってきたのも、爆薬仕込んでるのもエアマスターだよ」
「……」
「いや、俺だってウィッツには悪いとは思ってるぜ?
 ルナ、ティファの方は頼むぜ
 俺だってわかってんだ、メサイアで下手なことして代表さんには迷惑かけられねぇ。ここは無茶しねぇさ」

ガロードはそれだけ言って、Gファルコンバーストに足を向けた
メサイアのMSデッキ。クラウダやムラサメの数はそれなりにある
猛攻を加えれば、オーブ軍はメサイアを落とせるかもしれないが、損害は大きくなるだろう

その時、一人のパイロットスーツを着た人間が走ってくるのが見えた
バイザーに色が塗られているのか、顔がよく見えない
それは、ガロードの方を見て、少しだけ立ち止まったがまた走り出した

「メサイアはMSを出すのか?」

なぜかさっきの人間が気になったが、とりあえずガロードはGファルコンバーストに乗り込む。
警備兵には乗り込むなと言われたが、仕込んだ爆薬が爆発するかも知れないというとしぶしぶ通してくれた

コクピットに組み込んだ爆薬の起動スイッチを、一時的にすべて外す
これならよほどのことがなければ爆発しないはずだ

コクピットで少し考えた。
ティファに会いたい一心でここまでやってきたが、そこまで状況は悪く無いように思える
クラウダはともかく、ティファはあっさりと渡してくれそうな感じはあった
これなら、ヤタガラスやミネルバが迎えにくるまで大人しくしていればいいだろう

しかしティファのそばにいるに越したことは無かった。なにが起こるかわからない
なにより、彼女をさらったのはフロスト兄弟だった。
これまで大人しかった、あの策略好きの兄弟が、『らしい』ことを始めたのだ
これからは特に気をつけなければならないだろう

そうしていると、いきなり通信が入ってきた

『ガロード、聞こえる?』
「あ、おう、ルナか?」
『ティファちゃんがあなたに話したいことがあるって……』
「え、お、おう。参ったな」

ちょっと気恥ずかしい気分になる
そわそわしていると、ルナマリアが画面から離れてティファが出てきた
切羽詰った顔……嫌な予感

『ガロード……逃げて!』
「は?」
『あなたとあの人を、戦わせたくな……』

音が、した。壊れる音である。メサイアの進入口にある、シャッターが溶けたバターになって弾け飛んだ
なにもない空間から、一機のMSが姿を見せる

「デスティニー! 野郎!」
『ガロード……』
「ティファ、なんなんだよ!」
『え?』
「ニコル・アマルフィってのは、ド外道野郎だぜ!
 カガリさんも殺したしよ、他にも汚ねぇことをいろいろやってる!
 なんでそんなヤツをかばってるんだ!?」

叫びつつ、ガロードはGファルコンからエアマスターだけを切り離した
デスティニーの狙いは読めないが、狭いメサイア内部ではGファルコンは邪魔なだけだ

『ガロード、私……』
「理由を教えてくれよ、ティファ! 俺は、俺はティファになんでも話してもらえるようになりてぇんだ!
 それぐらい信頼してもらいたいんだ! 一人で背負いこまねぇでくれよ、ティファ!」
『理由……』

ティファが暗い顔になって、うつむいた

デスティニーがゆらりとこちらを見つめてくる。
その手にはアロンダイトとかいう、例の馬鹿げた大きさの対艦刀が握られていた
二度、それを振りかぶって起動前のムラサメを両断する

エアマスターバーストはバスターライフルを構えた。このMSは接近戦用の武器を持っていない
狭い場所ならこちらが不利だ

『理由は、ありません……』

ティファが声を絞り出している

「理由が無い!? 理由が無いってどういうことだよ!」
『その……』
「なんでもいいんだ! 話してくれよティファ! 
 理由があるはずだ! それを素直に言葉にしてくれりゃそれでいい!」
『あ…………。その、悪い人じゃ、無いんです』

一瞬、あっけにとられた。画面越しに、ティファの顔を見つめる
あいかわらずかわいい

「悪い人じゃない?」
『り、理由にならないよね……。でも、本当は優しい人で、私は死なせたくない……』

ティファはばつが悪そうにうつむいたが、ガロードはにやりと笑った

「十分だぜ、ティファ。いい人だから、殺さないでくれ。そういうことだな?」
『あ……、は、はい』
「無傷は約束できねぇけどよ、やってみらぁ
 俺は、あいつのやってきたことは許せねぇが、ティファの頼みじゃしょうがねぇ!」

しかし、どうやって戦おうか。このままメサイアの中で戦えば、ティファまで被害が出る可能性がある
それに正直なところ、エアマスターでは不利だ。
ティファの言う通り、本当に優しいというなら(とてもそうは思えないが)、説得することはできないか

そう思っていたとき、メサイアのMSデッキで暴れるデスティニーめがけ、一機のMSが斬りかかった

モビルスーツ、ジンである