クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第107話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:01:09

第107話 『愚かだった。本当に愚かだった』
 
 
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南の島の、夜
星空がどこまでも広がっている
南国は、陽が沈むと驚くほど過ごしやすくなる

分別がどこかに吹っ飛んでいる、とキラは思った
それでも頭の中にある黒い怒りが、どうしても消えない

キラ・ヤマトのやることではない。
それはわかっていたが、この島の住人は自分がキラではないと思っている
ただのオバケと思われているのなら、別にキラの名前にこだわることは無いと結論付けた

どうしてもジャミルだけは許せなかった
いったいあの男は何様のつもりなのか
どういう権利があって、自分をこうまで虐待するのか
殺すのなら、はっきりやってしまえばいい。ザフトに通報するのならそれでもいい
島の人間に迷惑をかけるのは気が引けるが、じたばたするつもりも無かった

しかし、ジャミルのなぶるようなやり方だけはどうしても許せなかった
これからもああいうことをされるのだと思うと、憎悪と恐怖がキラの中で同時に沸く

なんなんだ、あの男は
自分の功績を自慢するわけではないが、世界のために命がけで戦ってきた
前大戦では、ジェネシスの発射も、核の嵐も阻止し、大量殺人を防いだ功績がキラにもある
そんな自分を、ジャミルは奴隷のように扱ってくる
あの男は何様なのか。ジャミル・ニートという名前など、前大戦から今まで聞いたことも無い
ただのジャンク屋でしかない男だろう。それが、どうすれば自分にああいう態度を取れるのか

人間のクズとは、ジャミルのような男のことを言うに違いない

ジャミルを、この島から追い出すしかない
それができないなら殺すしかない。そうでなければ、いつまでもこのなぶりは続く

キラは気配を殺して、そっとジャミルの住んでいる小屋に近づいた
夜の、南国。動くものの気配はまるで無い
キラは白のTシャツに、粗末なズボンをはいているが、ズボンには拳銃を忍ばせていた

木造の小屋で、入り口には扉などついていない
客人用の小屋なので、ジャミル以外に人はいないはずだ
村からも離れているので、ちょっと物音があっても気づかれることはない

そろりと、小屋の中へ入った
次の瞬間、キラはぎょっとなった

ジャミルが小屋の中で、腕を組んで座っていたのだ
しかもじっとこちらを見ている。サングラスは外しており、左目には大きな傷跡があった

月明かりと、星明かりがジャミルを照らしている
キラは拳銃を抜くべきかどうか、迷った

「待っていた」

ジャミルは静かにそう告げた

「待っていた?」

思わずキラは問い返していた

「キラ、深夜に尋ねてきたおまえの用件を聞こうか」
「……この島から、出て行ってください」
「出て行く出て行かないのは、私の勝手だ
 おまえが決めることではない」
「なら、無理矢理追い出すだけです」

キラは拳銃を抜いた。
しかしジャミルは顔色一つ変えずに、こちらを見ている

撃てないとでも思っているのだろうか、この男は
ジャミルのこういうところがたまらなく不愉快だった
なんでもお見通しだという、傲慢な瞳

「座れ、キラ」
「出て行けと言っています!」
「私は座れと言っている」
「撃てないと本気で思っているんですか!」

キラは拳銃を弾いた。乾いた音がして、小屋の壁に当たった
ジャミルから少し狙いは外していたが、当たってもいいという気分で引き金は弾いた

「撃ったか」

しかしジャミルは、どこか満足そうにそうつぶやいた
相変わらず、恐怖のかけらも見せはしない

「次は狙いを外しません」

本気だった。殺すつもりでここまでやってきているのだ
ここまでやれば、ジャミルも本気だとわかっていいはずだが、この男はにぶいのだろうか

「本気で私を殺すつもりか?」
「本気だとわからないんですか、ジャミル・ニート」
「そうか……キラ・ヤマトらしくないことだな
 ごく個人的な恨みで、人を殺すというのは」
「……」
「キラ・ヤマトは不殺を信条としている
 MS戦でも、極力コクピットへの攻撃は避け、武装や手足を破壊し行動不能に追い込むだけだ
 自分を殺そうとしてくる相手にすらこうまでお優しいというのに、ちょっと殴りつけた私は殺そうとするのだな」
「黙れ! 僕はあなたの存在そのものが耐え切れない!」
「なぜ耐え切れないか教えてやろうか、キラ」

まただ。また、ぞっとするような瞳でジャミルがこちらを見てくる
聞きたくない。この男の言葉は、残酷なまでに自分の心を破壊する

「おまえは、自分より強い人間と出会った事がないからだ
 キラ・ヤマトとまともにやりあって、勝てる存在などこの世に無かった
 おまえはMSに乗れば常に無敵だった
 そんな異常な強さが、おまえを増長させ、自分より強い存在が無意識のうちに許せなくなってしまったのだ」
「どの口であなたはそんなことを言うんだ!
 僕が傲慢だと言うなら、あなたはどれだけ偉そうなんだ……ふざけるな!
 あなたに説教される筋合いなんかどこにも無い!」
「筋合いなら、ある」

ジャミルが静かに言った
なにか、微弱な恐怖がキラの中に生まれた
ジャミルはとんでもないことを言おうとしている
無意識にそのことを悟った

「私も昔、おまえと同じだった
 自分より強い者などどこにもいないと思って、事実、私は無敵だった
 自分の力で戦争を終わらせて、平和な世界を作り上げる
 心の底から、そう信じていた時代があった」
「なっ、なにを……」
「愚かだった。本当に愚かだった
 少し考えればわかるはずだ。13門ものサテライトキャノンが、どれだけ危険な兵器なのか
 私はそれすらわからなかった。いや、選ばれた英雄である自分にこそふさわしい兵器だとさえ思っていた……」
「あ、あなたはなにを言っているんだ」

キラは一瞬、ジャミルが狂ったのかと思った
しかし発せられる言葉は、狂人のそれではない
むしろしっかりと、心の奥から絞り出してくるような言葉だった

「キラ、殺したければその拳銃で私を殺せ
 だが、殺すのは私の話を聞いてからでも良いだろう」
「……」
「だからまずは座れ。私は嬉しいのだ
 もしも目の前にいるのが、英雄キラ・ヤマトであれば、おまえは私の話に同情して終わりだろう
 しかし今、目の前にいるのはただのキラ・ヤマトだ
 殴られて、蹴られて、腹を立てて恨んで殺そうとする、英雄でもなんでもない立派なただの人間だ
 そういうおまえならば、しっかりと私の話も聞こえるだろう」
「……もしかして、最初からそのつもりで」
「そうだ、私はおまえに話をするために、この島へやって来た
 これからおまえにする話は、妄想か、作り話に聞こえるかもしれん
 だが、すべて事実だ。事実で、救いようが無いほど愚かな男の話だ
 話し終えて、気に入らなければ、私を殺せばいい」

キラは、何故かジャミルの言葉を信じてみようという気になっていた
追い出したり、殺したりしようという気分はいつの間にかどこかへ吹き飛んでいた

拳銃を置いて、キラは座り込んだ

「すまんな」

キラは少しだけ、驚いた
なんとジャミルが笑ったのだ。いつも仏頂面だったこの男が、笑うのを始めて見た
しかし、悪い笑みではなかった

それからジャミルは、ゆっくりと語り始めた
この世界とは違う、別の世界の話。
しかしよく似た世界の話。ダブルエックスの故郷。滅びてしまった世界

そこで生まれ、育ち、英雄となっていった少年の話
ニュータイプ。人類の革新。それこそが、世界を、すべてを、救うのだと本気で信じる人々

ジャミルは話し続ける。
少年の使命感。ニュータイプという先天的な才能により、ガンダムXのパイロットに選ばれる
自分こそが。自分だけが、世界を救える

「あなたは特別な存在かもしれない。本当に、戦争を終わらせるかもしれない
 MSの教官にそう言われた時は、飛び上がるほど嬉しかったものだ」
「教官に……?」
「教官と言っても、女性でな。私ほどではないが、強い力を持ったニュータイプだった
 いや、そんなことよりもとてもきれいな人だったよ
 ルチル・リリアントと言って、私の憧れだった」
「その人は?」
「死んだ、よ。実験の材料にされてな
 私がそのことを知ったのは、ずっと後のことだったが」

淡い少年の恋を語るジャミルは、少しだけ恥ずかしそうだった

初陣。続いて行き、激化する戦争
たった一人で、大規模な作戦を阻止した話。
自分をかばって、死んだ友の話

キラはすでに、ジャミルの話すことが妄想だとは思えなくなっていた
この世界とは、別の世界は確かにある。そういうことが、理解できて行く

「もう、その頃の私は取り返しがつかないほど傲慢になっていたよ
 目の前で死んだ友のためにも、戦争を終わらせる。そのために、どんどん戦わなければ。
 そう思いつめてもいたし、それができることを疑ってもいなかった」
「……」
「キラ。私とおまえは、すべてが同じわけでは無い
 ジェネシスの発射も、核攻撃もおまえは食い止めている
 私は軍属だったが、おまえは信念のために軍を抜け、ラクスの下で戦うようになった
 MSを落とす時も、できるだけ殺さない戦いをするようになったな
 その点で、おまえは私より優れているのかもしれん」
「……」

しかし、キラはどんどん傲慢になっていく若いジャミルの姿が、自分のもののように思えてきた
自分もそうではなかったか。自分だけが、世界を正しい方向に導ける
自分こそが絶対に正しい。だからこそ、頼まれもしないのに、戦争に介入したりオーブの奪取を行ったりした

ああいうことを平然とやってきた自分は、やはり傲慢だったのだろうか
戦いが、楽しいわけでもなかった。ただ、ラクスと共にいた
ラクスと話して、出す結論。あれを防がねば。これをこうしなければ。世界を救わねば

そうやって抱いた、小さな小さな二人だけの世界の、小さな小さな理想
現実的なものを見ずに、おとぎ話の中で作られた子供の理想
それを実現するために、使われるのは、圧倒的な力

政治家でも軍人でも無い。ただ強いだけの二人は、世界を自分の思い通りにしたかった

そのことに気づいた
気づいてしまった

なんていうことだろうか
世界を救おうとしていた自分たちは、ただ世界を思い通りにしたかっただけだった
世界を自分の思い通りにしたかっただけだった……

キラは、言葉を失った。本当に、救いようが無いほど愚かなのは誰だったのか

「やっと……わかりました」
「そうか」

ジャミルはキラを、いつもどおり静かな瞳で見ていた

「同じですね、僕も。そのジャミル・ニートと
 世界のためにと思ったことが、ただ自分たちのためにやっていたことだって……そのことにすら気づかなかった」
「恥じることではない。この世に、どれだけ欲望のために生きている人間がいると思う
 驚くほど多くの人が、己が欲望のために他人を不幸にできる
 理想のために戦うおまえは、そういう存在よりずっと美しい」
「……でも」
「キラ。理想のために戦うおまえであるから、私はこれからのことを話すのだ
 おまえならば誰よりもこの話を理解できるからこそ、おまえに伝えたい話があるのだ」

ジャミルはそう言って、少しだけ悲しそうな……いや、泣きそうな顔で一つの物語を話し始めた

「大規模な作戦だった
 泥沼の戦局に業を煮やした宇宙革命軍が、大量の廃棄コロニーによるコロニー落としを行う構えを見せた
 地球連邦軍はそれを受けて、大量の戦力を投入した」
「……」
「今だからこそわかるが、革命軍のコロニー落としはブラフだった
 当たり前だ。革命軍が用意したのは、地球を滅ぼせるほど大量のコロニーだ
 地球から資源や食料を輸入している革命軍が、地球を滅ぼせるわけも無い
 連邦軍もうすうすそれはわかっていた……だが、一基でもコロニーが落ちれば大変なことになる
 そう考えた連邦軍は、決戦兵器を投入した
 浅はかなものだな。強すぎる力を見せれば、戦争が有利に運ぶとでも思ったのだろう」
「決戦兵器というのは、まさか……」
「私だ。……あれはまさしく決戦兵器だったな
 キラ、ダブルエックスは世界を変えられるほどの力だとわかるな?」
「ええ。あれは……強すぎる力です。特にサテライトキャノンは」

一番恐ろしいMSを一つだけ言えというならやはりDXだった
自分の乗っていたストライクフリーダムも、そしてそれを破ったサザビーネグザスも、やはりDXには及ばない

例えるならあれは、ジェネシスを背中に乗っけているようなものだ
DXはその気になれば、簡単に世界を滅ぼすことが出来る
ストライクフリーダムも、サザビーも、どれだけ暴れまわったって世界を滅ぼすことなんかできやしないのだ
その意味では、間違いなくDXが最強のMSである

「DXですら、2門しかない。サテライトキャノンの数はそれだけだ
 わずか2門だけで、この世界はDXこそ世界を滅ぼす悪魔だと叫んでいる」
「……」
「だが、その時、私に与えられたサテライトキャノンの数は13門だ」
「じゅう……さん?」
「ビットモビルスーツが、そういうふざけた存在を可能にした
 そしてあの頃は、中継衛星がどこにでもあった
 詳しい説明ははぶくが、サテライトキャノンのエネルギーチャージはフルタイムどこにいても可能だった
 私は13門のサテライトキャノンを、好きな時に何発でも撃つことができたのだ」

キラは息を呑んだ
ジャミルの話が本当なら、DXを悪魔だと叫ぶこの世界などかわいいものだ
本当に、とんでもない、神の領域にまで踏み込もうかというMSがかつて存在した

「私は怖いなどと思わなかった。自分にこそふさわしい力だと思った
 コロニー落としなんかさせてたまるか!
 たくさんの人を俺が救うんだ!
 聞いてくれ、笑えるだろう。本当に、そう思っていたんだよ
 コロニー落としなど比べ物にならないぐらい恐ろしい力を、その手にしていたというのにな!」

ジャミルがまた笑う。笑うしかないという感じで、笑う

「それでちょっとだけ動いたんだ、コロニーが
 果たしてそれが、コロニー落としをやろうとしたのか、ちょっとした移動だったのかはわからん
 しかし私はすぐに動いたよ!
 コロニー落としを阻止するため、ビットモビルスーツを起動させ、ガンダムXと共にコロニーにたちふさがった!」
「……」
「怖くなったよ。その時、なぜか物凄く怖くなった
 理由なんかわからなかったな。なぜか、サテライトキャノンを撃ったらひどいことになる気がした
 いま思えば、ニュータイプの予知だったのだろうな
 これも笑える話だ。さんざんニュータイプの力に頼ってきたというのに、その時だけはニュータイプの力を信じなかった
 ただ、愚かな正義感のために引き金を引いたよ」

ジャミルの体が、かたかたと震えだした
かたかた。いや、がたがた。まるで病気のように震えている
キラはどうしたらいいのかわからなくなった。しかしジャミルを止めることができない

「ぱっ。それだけだ」
「え?」
「ぱっ。サテライトキャノンが光った。そう思ったら、コロニーが跡形もなく消えていた
 まるでそこになにも無かったかのように、コロニーが消えたんだ」
「あ……」
「怖いだろう。キラ、こんなものが敵だったらどう思う
 撃った私ですら、なにが起こったのかさっぱりわからなかったほどだ」
「……」
「革命軍の恐怖は、限界に達したよ
 無理も無い。本物の悪魔を、彼らは見たのだ
 悪魔を前にした人間にできることは、持てる力すべてを使っての、はかない反撃ぐらいだろう」
「それじゃあ……」
「落ちて行くんだよ。いくつものコロニーが、まるで巨大な流星になってさ!
 落ちて行くんだ。ぱぁーって、きれいな軌跡を描いて
 そりゃあ綺麗だったよ! 本当に綺麗だった。まるで地獄に落ちて行くような綺麗さだった
 それで地球に、ちょっとずつ穴が開いて行くんだ
 なにか大切なものに穴が開いて行くような気がしたな」

ジャミルが全身を震わせて、なにかにとりつかれたようにしゃべっている
明らかな狂気が、そこに見て取れた
それでもキラは、ジャミルの話に引き込まれていた
一言でも聞き逃したくなかった

「それからのことは、ほとんど覚えていない
 誰かと戦闘をして、おぼろげな未来が見えて、気が付くと地球に下りていた
 そして地球は、地獄に変わった」
「じゃあ、あなたが……」
「ああ、そうだ。私が世界を殺した」

キラはまた驚いた

なんとジャミルが、両目をおおって泣き始めたのだ
この、鉄のような男が泣いているのだ

「愚かだった。本当に愚かだった
 どうしてああなるまで、私は自分の愚かさに気づけなかったのか
 強すぎることは危険なことだと、どうして知ることができなかったんだ!
 悔やんでも悔やみきれない。
 いや、後悔になどなんの意味があった!?
 私はどうしようもないことをしてしまったのだ。99億もの人を殺した
 そのつぐないをどうやってすればいいのだ……。どうすれば……」
「ジャミル……さん」
「すまんな、取り乱した。
 これでもマシにはなったのだ
 昔は、この時のことを誰かへ話そうとしても、涙だけが出て言葉にすることもできなかったのだ
 それに比べれば、語れるようになっただけ私も成長した」
「同じ、なんですね」

キラも泣きたくなった
大声をあげて、泣きたくなった
ジャミルが見た風景は、きっと……

「そうだ、同じだ」
「僕もいつか、世界を滅ぼしてしまうんですね」
「そうだ。おまえも必ず、理想のために世界を滅ぼす」
「嫌だ……」

キラは声を絞り出した
つぶやくような声。しかし、赤子の叫び

「それでもおまえは、いつか世界を滅ぼす
 戦うのをやめない限り、世界を滅ぼす」
「嫌ですよ! なんで、世界を滅ぼさなきゃいけないんですか!」

反射的に叫んでいた
もっとも避けたい結末を、自分が引き起こすのか
そんなはずがない。そう思う心のどこかで、ジャミルの姿がどうしようもなく自分と重なる

「強すぎるからだ」
「好きで強いわけじゃない……僕だって!」
「それでも、おまえはいつか世界を滅ぼす」
「……なにもしなければいいんでしょう!
 一生、この島にいればいい……」
「無理だな。おまえは必ず、ラクスの下に戻る」

切り捨てるような、ジャミルの言葉だった

「そんなのどうしてわかるんですか……
 僕にとってここは、居心地の悪い場所じゃない」
「おまえはニュータイプだからだ」
「え?」
「おまえはニュータイプなのだ、キラ
 かつての私と同じく、世界を感じることができる存在だ
 そしておまえが感じる世界は、ラクスと共有するもの
 ラクス無くして、おまえは生きて行くことはできない
 だから必ず、おまえはラクスの下に戻る。そして再び戦場に戻る」
「そんなこと……」

無い。そう言い切れなかった

ラクス。そう、彼女こそすべて
どうしてこの男は、自分の心がこうまでわかるのだろうか
ラクスと共有した世界こそが、自分にとってのすべてだった
離れ離れになったことで、痛いほどそれがわかる

「じゃあ、やっぱり僕は世界を滅ぼすんですか
 ラクスのところで、戦い続けて、滅ぼすんですか
 そんなの嫌だ……」
「そうだな。私も御免だ」
「どうしたらいいんですか……」
「……」
「知ってるんでしょう、ジャミルさん
 あなたはそうやって生き残って、ずっと考えたはずです
 どうしたら、滅びは避けられたのか、ずっと考えたんでしょう!」

キラは立ち上がった
ジャミルは、少しうなずき、同じように立ち上がった

「付いて来い」
「……」

ジャミルに連れられて、小屋の外に出かけた
懐中電灯の明かりで、ジャングルの方へ入っていく
キラも通ったことのあるルートだった
いつもこの道で、子供たちと遊んでいた

「強すぎること。ただ、問題はそれだけなのだ
 だから、おまえがどれだけ反省しようと、滅びを避けようと思おうと、戦う限り滅びは避けられない
 弱者の気持ちなど、どう転んでもわからんからな」

ジャミルがそうつぶやく

二人で奥へ奥へ入っていく
星明かりが、かげる。月だけが、照らす

ジャングルの奥。ここになにがある
キラは知っていた

まるで、守護神のように安置されているもの
いや、それは本物の守り神なのだと子供たちは言う
実際に動き出して、連合軍を追い払ったといううさん臭い伝説もある

「強すぎるなら、弱くなればいい」

ジャミルが懐中電灯で照らし出したもの。ツタが巻きつき、荒れ放題になったMS

「……」
「キラ。おまえはこれで戦い続ける覚悟はあるか?」

モビルスーツ、ジン。前大戦の最初期に投入され、多大な戦果をあげたMS
しかし、今ではただのロートルである。こんなもので戦争に出れば、あっという間に落とされるだろう

しかもジンの武装はすべて、フェイズシフトで防げるものだった
つまり、フェイズシフト系のMSが出てくればまったく歯が立たないということになる

「僕に死ねって、ことですか?」

ジンで戦場に出るというのは、そういうことだ
MSと言っても、これではただの大きなカンオケである

「死ぬだろうな」
「……」
「しかしこれに乗る限り、おまえは弱い。どうあがいても、強くなどなれん
 砂を噛め。泥にまみれろ、キラ。
 ジンに乗れば、これまでおまえが簡単に倒して来た相手ですら、死神に変わるだろう
 想像を絶する苦難を味わえる。それを喜べ」
「……」
「ラクスのところへ戻れ、キラ
 私は最低で下劣な人間だ。だが、おまえはまだ間に合う
 これまでのようにラクスに流されること無く、自分でケリをつけてみろ
 ……そして、私にはなるな。絶対にだ」
「あなたは……」
「ひどい男だろう」
「いや……」

なにかを言おうとしたが、キラは言葉にならなかった

ただ、ジャミルは自分の代わりに地獄を見た
そういう気がして、ジンを見上げた

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ジンの修理が、始まった
とんてんかんと、ハンマーの音が響く

忘れない。ずっと、忘れない
この島で知ったこと。過ごした日々
僕が生きている限り、絶対に忘れない

暖かな島で、脱出ポッドに乗った怪しい漂流者を拾ってくれた
体を動かして、漁に出て、アミを引いた
タロイモを植えて、水を引いて、ゆっくりと作物が育って行くのをながめた

子供たちと遊んだ。帰り道、歌を唄った
あの、静かな夕日の帰り道を、僕は忘れない

ジンの修理をするって言った。それで島の人間の、許可を求めた

「僕は、キラ・ヤマトなんです。本当に、キラなんです」

みんなの前で、告白した
なんて言われるだろうか。そう思うと、怖くなった
これまでの暖かさが消えて行くのだと思うと、怖くなった

「いや、まぁ、そんなことよりジンの修理ってどれだけかかるんだ?」
「貯金を出せばパーツぐらい集まるぞ」
「じゃあ、これぐらい出せば」
「バカ、おまえもうちょっと出せよ」

キラを無視して、そういう話をし始めた

「あの、そんなことしてもらわなくても
 僕が全部やりますから」

遠慮がちに言うと、大人たちが頭を叩いてきた
かなり痛かった

「バカなこと言うんじゃねぇ」
「バカなことって……」
「おまえと別れたくないってやつは、いっぱいいる
 おまえがどんな風に働いていたか、みんな知ってるんだ
 でも、男が出て行くなら、見送るしかねぇじゃねぇか」

一人がそういうと、他の人間たちもうなずいた

男。ああ、そうか
そういう風な認められ方もあったのか
ずっと、戦うことでしか、認められないと思っていた

みんなが、手伝ってくれた
機械仕事に慣れない人が多かったけれど、どんどんジンは直って行った
子供たちも、顔や手を油で汚して、笑いながら手伝ってくれた

僕にそんな価値があるのだろうか
戸惑っていた。僕はこの人たちになにをしたのか
漂流していたところを助けてもらって、ジンまで直してくれる
これに、どうやって報いればいいのだろうか

ジンが直った。しっかり動くようになった。
タイミングを見計らったように、ジャミルが小さな輸送船を一隻持ってきた

別れだった

この島にたどり着いたときと同じように、砂浜で、僕は島のみんなと向かい合った

「お世話に、なりました」

僕はみんなへ頭を下げた。それしかできなかった

子供たちがやってきた。
いつものように走りよってくるわけじゃなく、しょんぼりした足取りでやってくる
よく遊んだ、女の子。ジンが動いた話を、楽しそうにしていたその子が、前に出る

「貸してあげる」

女の子が、南国の花でできた花輪を差し出してきた

「僕に?」
「あげるんじゃないよ。オバケに、貸してあげる」
「僕はキラだよ。オバケじゃない」
「ううん、オバケだから。ずっとオバケだから
 キラなんか知らない。だから、オバケも必ず帰ってきて」
「僕は……」

花輪を押し付けられ、それを手にした

島の中で、泣いている声も聞こえる
いったい、僕はこの人たちになにをしてやれただろうか
ただ甘えるだけだった気がする
僕にこれだけの好意を受ける資格はあるのだろうか

あなたたちの目の前にいるのは、勝手な正義を振りかざして戦争をしてきた男なんですよ

そう叫びたかった。でも、耐えて、みんなに背を向ける
花輪は、しっかりと握り締めた

「また、遊びに来いよ!」

誰かが、声をかけた
僕は振り返った

「そうだ、また遊びに来いよ!」
「うまい魚も用意しておくから!」
「酒もな!」
「頑張れよ! 応援してるからな!」

たまらなかった。僕の中にある堤防はたやすく壊れて、涙があふれ出した

大きく息を吸った。ここにいるのは、ただの愚かな男だと知った

「忘れません!」

叫んだ。

「僕は、この島のことを絶対に忘れません!
 ぜったい、ぜったい、忘れませんから!」

そうだ、だから、僕は……