クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第108話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:02:06

第108話 『あーあ、クソ、どうしようかな』
 
 
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「モビルジン……!」

古びた、まるで骨董品のようなMSがデスティニーに迫り来る
突き出されてくる重斬刀を、右腕で払いのけた
火花が散る

『また君か、性懲りも無く……ッ!』

ジンが重斬刀を構え、何度も突き出してくる
何度か、デスティニーの装甲にそれが当たった
動きが段違いにいい。乗っているパイロットは、それで予想がついた

「キラ・ヤマト、あなたですか!」

不可解で、不愉快だった

キラ・ヤマトがジンに乗っていることが、である
ニコルにとってキラは、無敵でなければならなかった
無敵で、傲慢な、MS戦の覇者。踏み潰したアリのことなど気にすることも無い百獣の王
そういう風に輝けば輝くほど、キラへの憎しみは大きくなるのだ

強きものをひざまずかせてやりたい
苦しませ、絶望させ、死に追いやりたい
どうにもならぬほど、汚してやりたい
そういう暗い喜びは、キラが輝いてこそのものだった

だから、ジンという誰でも倒せるようなMSに乗っていることは許せないのだ
これほどまでに弱くなってしまっては、血反吐を吐くようなあの訓練はなんだったのだ

繰り出されてくる重斬刀を、デスティニーは素手でつかんだ
ニコルは、どこか悲しい嘲笑を浮かべた

「無様ですね、アナタは
 ザフト、連合、問わず恐れられたフリーダムのパイロットが、ジンしか乗りこなせなくなったんですか?
 人殺ししか脳の無い男が、MS戦すら出来なくなったら、もう終わりですねぇ?」
『……さてね』

デスティニーは、重斬刀をつかんだまま、振り回す
ジンがまるで縁日の綿菓子のように回転して、メンデルの内壁にたたきつけられた

ニコルは、がっくりとひざをつくジンを見つめた
むなしい。
なんだこのむなしさは。まるで倒しがいが無い

まるで初恋のように熱かったあの復讐の炎は、どこに行ってしまったのか
これならキラがストライクフリーダムに乗っていた頃の方がはるかに良かった

「なんですか、その無様は?」
『……クッ』
「弱すぎる。僕はね、こんな無様なキラ・ヤマトを倒したいんじゃないんですよ
 アナタはもっと無敵で傲然としていなくちゃ行けないんですよ
 わかりますか? 
 この世で自分だけが正しい。そう思ってるアナタにこそ、僕は欲情できるんです」

一閃。

アロンダイトがひらめき、ジンのバーニアだけを切り裂いた
どさりと、ショートを起こしつつバーニアが転がった。これでジンは、両足以外の移動能力が無くなったはずだ

つまらない、本当につまらない
雑魚となったキラになんの価値があるのか

こうなってくれば、自分を満足させてくれるのはラクスとアスランだけか
この二人は、イイ。信念を持っている。だからこそ、潰しがいがある

ジンの首根っこをつかんで、高く掲げた

「こうなったら、アナタには人質になってもらいますよ?」

おっとり刀で、メサイアのMSが出てくる
クラウダというクライン派のMSや、ザクやムラサメの姿も見える
クライン派が混成軍だというのが良くわかる
そしてこれだけばらばらの人種が集まっていられるのは、ラクスがいるからだった

「さぁ、近づかないでくださいよ!
 アナタたちの大事な英雄、キラがどうなってもいいんですか!」

キラのジンを掲げているためか、敵はライフルを構えるだけで、戸惑ったように包囲している

そこで少しだけ気になることがあった
さっきから、青色のMSがずっとこちらをうかがっているのだ
それが妙に気になる。どこかで見たような気もする

『無駄だよ、離せ』

キラがなにかを言い始めた

「ハン、アナタにはラクスをおびき寄せるエサなんです
 黙ってなさい
 ま、どうしてもエサが嫌なら自殺でもすればいいんじゃないですか?」

相手にもしない。する必要も無かった

『メサイアの人間は、僕に人質の価値など認めてはいない』
「はぁ?」
『君のクライン派に対する情報は、ちょっと遅れているんだよ』

キラの言葉が終わらないうちに、いきなりビームが降ってきた
とっさにデスティニーのビームシールドで防いだが、一瞬思考が止まる
どういうことだ、キラは、クラインの英雄では無かったのか……?

『我々に人質が通用するとでも思ったか!』

一歩、二歩と、赤いMSが進み出てくる。ガンダムヴァサーゴチェストブレイク
悪魔のごときシルエットを持つそれが、ビームを放ったのか

「なにを……言ってるんですか!
 アナタたちの大事なキラ・ヤマトですよ!」
『ラクス・クラインの崇高な志を成し遂げるために、小さな犠牲を我々が構うとでも思うのか?
 暗殺者にしては乙女のように純粋だな、元ザフトレッド、ニコル・アマルフィ
 人質など、婦女子相手にしか通用せぬものだと知れ!』

ヴァサーゴが、背中の放熱板を広げ、一気に間合いを詰めてくる
まるでその姿はクモのようだった。しかしクモのように優しくは無い

とっさに、アロンダイトを片手で構えなおす。ジンは放さなかった
ヴァサーゴはともかく、他のMSはキラがいるからこそ攻撃をためらっている

「ええい……!」

二度、三度と突き出されるクローをかわす
逃げ時だとニコルは思った
このままジンを吹き飛ばしてキラを殺害し、ミラージュコロイドで退却すべきだ

しかし、頭をなにかがかすめる。ティファ・アディール

舌打ちした。なにを考えているのか

もうすぐザフトによる総攻撃が始まる。そうなればティファは死ぬだろう。その前に

また、なにを考えているのか。あんな気持ち悪い電波女一人死んだところで、なんだというのだ

『追いかけっこは、終わりだよ』

唐突に衝撃が来た。デスティニーが、前のめりに倒れ、無様に地面へたたきつけられる
なにか巨大なハンマーで殴られたような衝撃。とっさに振り返る。

ガンダムアシュタロンハーミットクラブ。それが、巨大なハサミで殴りつけてきた

ブーストを吹かし、立て直す。ジンはまだ握ったままだ。
キラを手放せば、一斉射撃を喰らう

逃げろ、ニコル・アマルフィ。早く逃げろ。早く、逃げろ
呪文のように言い聞かせるが、ミラージュコロイドのスイッチを押せない

失いたくない。なにを……

『潮時って、ヤツだぜ』

いきなり、デスティニーの頭がつかまれた。蒼いMS
まるで空のように青い色をしたMSが、強引にデスティニーを引っ張りあげている

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エアマスターバーストの主武器は、両腕のバスターライフルである
普段は2丁同時に使うが、そのどちらも両腰にしまった

そしてデスティニーの頭をひっつかみ、ハンマー投げのように回転して、メサイアの出入り口付近へぶん投げた

『ガロード・ラン、なにをする!』

ヴァサーゴが詰め寄ってくる。ガロードはにやりと笑った
いつもならフロスト兄弟とドンパチやるところだが、今のところは休戦中だ

「なにをするって、みりゃわかんだろうが
 俺もあのデスティニーには借りがあるからよ、混ぜてもらおうと思ったんだよ」
『貴様は余計なことをするな!
 デスティニーは我々兄弟の獲物だ!』
「我々兄弟、ねぇ」

ガロードは無視して、エアマスターを起動させる。
ライフルは使わず、一気にデスティニーに再接近して、強烈なワンツーを見舞った
エアマスターはそれほど力のあるMSではない。打撃は、VPSの機体なら蚊に刺された程度のダメージしか感じないはずだ

『邪魔をすると君も落とすよ、ガロード!』

デスティニーをぶん殴っていると、アシュタロンが目の前に来た

「あーん?
 マジで俺とやろうってのかよオルバ?
 俺はちっともかまわねぇけどよ、メサイアでドンパチやって困るのはおめーらじゃねぇのか?」
『なに……!?』
「俺はバスターライフル抜いてねぇんだぜ?
 ってことはこの場合、仕掛けてきたのはてめぇらになるよな?
 代表さん、嬉々としてメサイアに攻撃しかけてくんじゃねーの?
 あー、ひょっとしたらサテライトキャノンでメサイア吹っ飛ばされるかもしれねーな?」
『が、ガロード、ラン!』
「わかったらマジすっこんでろオルバ
 てめーら兄弟がなに考えてんだかしらねぇけどよ、俺の邪魔すんならぶち殺すぜ」

そのまま、何度かデスティニーを殴りつける
ガロードは心中でいらだってきた。なにをやってるんだこのアホミイラ男は
さっさと例の消える装置使って、逃げないか

移動能力を失ったジンを後生大事につかんだまま、デスティニーはなにか異様なものでも見るような感じで、こちらを見つめている

『ティファ・アディール、か』

ぞっとするような単語が聞こえた。誰がしゃべったのか、ガロードは一瞬はかりかねた
冷静に音声を巻き戻す。ティファ。その言葉は、ジンから聞こえた

『殺すつもりでやってきて、助けに来たんだね、君は』

また、ジンがしゃべる。なにを言っているのか
なにが起こっているのか、理解できない

『そこまでです、全員戦闘を中止なさい……ッ!』

突如、女の声が響いた。聞くものすべてを、振り返らせずにはいられない声
音。ガロードも思わず振り返る

凛とした、風景の女。MSデッキの2F廊下
距離が遠くて、豆粒ほどの大きさでしか確認できなくとも、わかる
ニュータイプじゃない、ただの人間でも感じずにはいられない圧倒的な存在感
ラクス・クライン

『おやめなさい! 誰がキラを討てと言いましたか
 仲間同士で争うことが、なにより無益なことだと、なぜわからないのですか』

クライン派のMSが、ざわつく。

『ラクス様……いま出てこられてはいけません!』
「ら、らくすさまぁ?」

アシュタロンのオルバが、世にもおぞましい言葉を吐いている
ラクス様。こいつが女を様付けで呼ぶとは思わなかった。
きっと、なにか悪いものでも喰ったんだろう。メサイアは食料事情が悪いらしいし

『ふ、フフフフ……ヒャハハハハッ!
 これだからいいんですよ、ラクス・クラインはぁぁぁ!』

これまで元気の無かったデスティニーが、いきなり起動した。同時にジンをこちらへぶん投げてくる
ガロードはとっさにそれを受け止めてしまった。そのため、ワンテンポ動きが遅れた

デスティニーが光の翼を広げ、アロンダイトを構える。ラクスが目標か

瞬間、受け止めたはずのジンが居なくなっていた。
ジンがエアマスターとぶつかった瞬間、こちらを蹴飛ばしたことに気づく

『ラクスは、殺すなぁぁッ!』

ジンが、三角飛びの要領でデスティニーの足へしがみつく
それでがくんと、デスティニーが速度を落とした

ガロードの全身から、さっと血の気が引いた

速度が落ちた瞬間、クライン派のMSが一斉射撃を開始したのだ
無数の、ビーム。狙いはデスティニーに集中しているが、ジンにも当たっている

「ちっきしょう……!」

バスターライフルを引き抜こうとした。そこで気づく

(代表さん……!)

思いとどまった。ただでさえ迷惑をかけている。これ以上はさすがに迷惑をかけられない

—————ガロード、まっすぐ!

いきなり、飛び込んできた、通信機からの声
それだけで理解する。考える必要は無い。お互いがお互いを知っている
意志の疎通は、一言で十分—————

「どっけぇぇぇぇッ!」

エアマスターが変形、そのままの勢いで突撃する
デスティニーの背中に、エアマスターの頭が突き刺さる、そして目の前で爆発が起こった
ビームの流れ弾。それが、メサイアの外壁を突き破る。

「おらあああああ!
 ついてきゃがれGファルコン!」

全力ブースト。座標位置指定。
デスティニーの背中に頭をぶっさしたまま、エアマスターはメサイアの外へ突き抜ける—————!

『ガロード、貴様ァッ!』

つかもうとヴァサーゴがクローを伸ばしてきたが、空の王者がカギツメごときに捕らえられようか
そのまま宇宙へ。飛び出す。自動操縦のGファルコンがややして追ってくる

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「あーあ、クソ、どうしようかな」

メサイアから突き抜けて、ガロードは頭を抱えた

まぁ、勢いでやってるときはいい。必死だから
しかし冷静になって考えてみると、どうにも。

あのまま放っておけば、ラクスが死んで、そのままニコルも死んで、ついでにキラも死んだだろう
アスランあたりは喜びそうな話だった

『よくも邪魔を……!』

デスティニーが、アロンダイト引き抜いて、やる気マンマンで目の前にいる
ガロードは少し泣きたくなった
ティファの頼みとはいえ、なんで殺人鬼助けて、しかもその殺人鬼に命狙われなくちゃならんのか

あのまま包囲を突き破って、メサイアから少し離れた場所まで来ていた
もう少し距離を稼げば、ザフトの包囲軍とぶち当たる
今からどうすればいいのか、少し思案のしどころだった

まぁ、その前にこのイカレたミイラ男をどうにかしなければならないんだが

「オイ、ミイラ。とりあえずここは休戦といかねぇか?」
『なに……?』
「さっきはメサイア内部だったから、おめぇも一斉攻撃くらわねぇですんだだろ
 でも、宇宙に出たらそうはいかねぇ。追撃かけられたら、てめぇはリンチ喰らうぜ」
『バカですねぇ、そんな心配は無いんですよ
 デスティニーの性能、知らないんですか
 さっさと逃げて見せますよ、アナタを殺してね?』
「そのぼろぼろの機体で、マジ逃げ切れんのか?」

キラに邪魔されたせいで、デスティニーはそれなりの損傷を受けている
小破、というところで、明白に機動力は落ちているだろう

『いざとなれば、アレを人質にしますよ?』

デスティニーが、アロンダイトでジンを指した
ブースターを失っているジンは動くことも出来ず、宇宙でくらげのように漂っている

「他のクライン派はともかく、フロスト兄弟に人質はきかねぇ。
 てめー、さっきのでわかっただろ」
『……』
「ティファにも頼まれてんだ、おめーを死なせるなってな」
『ティファが?』

すると、唐突に笑い声が聞こえた
しんからおかしそうな笑い声だった

『君の負けだね。救おうとした女に、逆に救われたんだから』
『……黙れ、キラ』

アロンダイトが、走った。同時にジンの右肩が吹き飛ぶ
しかしキラは、笑い声をやめなかった

「おい、キラ。てめぇいまなんつった?」
『その男は、ラクスを殺すつもりでいたけど、本当はティファを助けようと思ってたのさ
 心の底に感情を封じ込めてるけどね。隠しきれていない』

するとまた、アロンダイトが走った。今度はジンのモノアイが、潰される
しかしキラはまだ笑いをやめなかった

「いい加減にしろよてめぇら! 
 どういう因縁かはしらねぇけどよ、あんまうるせぇと俺は一人だけで逃げるぞ!」

『結構ですね、いつ助けてくださいと言いました?』
『逃げるなら、早く逃げたら?』

人をバカにしたような言葉が二つ、返ってきた
いい加減ガロードもむかっぱらがたってくる

よく考えたら、このアホどもが死んだところで自分は痛くもかゆくもないのだ
それどころか二人とも敵である
本当に放り出して、このままオーブに帰ってやろうか。そんなことを思っていた頃だ

遠くから、光点が近づいてきた

同時に、いきなりデスティニーがエアマスターの腕をつかむ
ぽわんと、妙な感覚がエアマスターを包んできた

「な、なにすんだよ!?」
『ミラージュコロイドだ、動かないで!
 いま、そのMSの表面を粒子で覆っているんですよ』

ニコルに一喝される。
ミラージュコロイド。ということは、外からは透明に見えているのだろうか
コクピットの中はなんともないが

『……ついに来たか』

目の前に居たジンがいきなり動力を落とし、がっくりとうなだれる
二人ともなにをやっているのか、ガロードにはよくわからなかった

しかし、光点が近づいてくる

徐々に、光が鮮明になる

ガロードは、息を呑んだ。目の前にやってきたのは、無数のMS、艦隊
先頭には、見覚えのある深紅が。

サザビーネグザス

ザフトがついにメサイアの攻略を開始した