クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第122話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:41:04

第122話 『負ける、ものか』
 
 
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私は。

私の世界に戻った。
タイムマシンはやはり置いて行かざるを得なかったが、きっとD.O.M.E.がうまく処分してくれるだろう。

研究中だった不老不死の技術は、私でしか解けないパスをかけ、厳重な封印をして土の中に埋めた。
これを破棄すべきかどうか、まだ迷っている。
倫理的には間違っているが、医学の発展などには十分使えるのだ。

「ジョージ。
 私を、裏切るというのか?」

私は老人の前に立った。
そしてはっきりと決別を告げた。

「裏切る、という言い方は適切ではありません、アズラエル。
 あなたに受けた恩は、十分に返したはずだ。
 私がどれだけの技術を、財閥に提供したと思っているのです」
「たいした鼻息だ。代償を支払う覚悟があるというのだな?」

人の命を、羽虫のように考えられる男の顔。
2度と屈するものか。その意思を込めて、口を開いた。

「代償など支払うつもりはない。
 私は世界を変えなければならないのです、あなたの不老不死に構っている暇は無い」
「ほう……」
「すべての人間は対等だ。私とあなたがそうであるように、そこになんの差はない。
 あなたの、代償を支払わせるというその尊大な態度。
 やれるものならばやってみればいい。
 私の全霊をもって迎え撃たせていただく」
「……うそぶくものだ」

背を向けた。長い戦いになるだろう。
そう思いながらの、ターンだった。

「これからなにをするつもりだ、ジョージ?」
「宇宙へ。時を早めねばなりませんから」

天井を指さす。その向こう側にある未来。
一刻も早い宇宙開発と、それに伴うNTの発生に備える必要があるのだ。

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「人智を超えたもの、はあるのだな」

化石の前で、私は立ちすくんだ。

木星にて。

探査船のキャプテンとして、長い宇宙航行の末、木星にたどり着いた。
最大の発見はこれであろう。
隕石に閉じ込められた、羽根を持つクジラの化石。

「これは大発見ですよ、世界がひっくり返ります!
 地球の外に生命はあったんですよ」

クルーたちが、歓声をあげている。
歴史的瞬間に立ち会えた喜びを、彼らは全身で表現していた。

しかしむしろ私の身体は冷たかった。
背中にある、2対の翼。
隕石へ、宇宙服ごしにそっと触れる。

「これは知的生命体だ」

独り言。
次に思うこと。
歓喜にわく宇宙調査団の中で、1人私だけが冷静だった。

脳裏に浮かぶのは、世界を破壊し尽くすあのヒゲが姿。
人類が自ら滅ぼし尽くすモノを作るわけがない。
おそらくあのヒゲは、人類の外が作りしもの。
そしていま、目の前にあるのは人類の外があるという証拠。

「エヴィデンス(証拠)……」
「え?」

独り言、今度は聞こえてしまったようだ。

「いや、このクジラの名前さ。エヴィデンス01というのはどうかな?」
「それはいいですね、キャプテン・ジョージ。
 我らの功績は、確かな証拠としてここにある」

エヴィデンスだ、エヴィデンスだと、皆がはしゃぎ出す。
その中でやはり私だけが冷たい。

人類は、必ず滅びの日を迎える。
忘れたい宿命だったそれを、この遺物は思い起こさせる。

戦わねばならぬ。あらゆる手段を講じて。
その日から私は、木星探査を他のクルーに任せ、研究に没入した。

デスティニー・プラン
人類の最適化計画。
人類が、種の保存すら危ぶまれる緊急事態に陥った際、世界レベルで発動すべき壮大な救済策。
冷厳な遺伝子解析により、1人の例外なく全人類へ役割を与える。
これを実行することが出来れば、人類はわずかの無駄もなく外敵と戦うことが出来る。

これを使う日が、来なければいいと思った。
きっとそれはあのヒゲと、人類の最終戦争の日。
あるいは、はねクジラたちとの戦争か。

いずれにせよのんびりとしてはしていられない。
木星に行く際、私は自分がコーディネイターであることを発表し、ネット上にその手段を公開した。
NTの存在を示唆する文章と共に、未来を繋ぎたいと思う同志を集めるのが目的だった。

アズラエル財閥は躍起になっているはずだ。
コーディネイター技術は、アズラエルの汚点でもある。
その関係を公表されることを、アズラエルはなにより恐れている。

間違いなく、地球に帰還すれば拘束される。
拘束されて、すぐどうこうされるとも思わないが、やるだけのことはやっておきたかった。

どこまで、世界に話していいのだろうか。
迷いながら、デスティニープランの理論を完成させていく。
この論文が日の目を見る日は来るのか。

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私は14年の歳月をかけて地球へ帰還し、さらに2年間拘束された。

コーディネイター技術の公表から16年。
世界は狂い始めた。

富裕層は我が子を優秀なものにせんと、コーディネイターの手術を施し。
それを保守層は悪魔の所業と断じた。

ナチュラルと呼ばれるらしい。コーディネイターで無い者は。
二層の争いは激しさを増し、世界は混乱に包まれた。

コーディネイターになった者たちの中に、新たな人類との架け橋になりたいと言う者は、1人も見当たらなかった。
ただいたずらに優秀な能力、美しき容姿、衰えぬ姿を求めるその醜悪は、私の夢からはほど遠かった。

なぜこうなってしまったのだろう。
長い拘束を解かれ、荒れ果てた自宅に戻った私を待っていたのは、古びた一通の手紙だった。

差出人はD.O.M.E.だった。
残して行ったタイムマシンを使って、送ってきたのだろう。

旧友からの手紙。記憶媒体が添えられていた。
懐かしさに押されて広げる。
それを読んだとき、私の絶望はさらに広がった。
心の中へ、今まで感じたこともないどす黒いものが生まれていった。

それは世界が滅びたことを伝える文。
そしてルチル・リリアントの結末も添えられていた。

彼女はあらゆる残虐と陵辱の中、精神を破壊され尽くして死んだと。

Lシステム。
NTを生体部品として使用し、あらゆる機械部品の活動を止める最強の軍事兵器。
その実行には多大な負荷がかかるため、正気のNTでは使用できない。
精神が壊れたNTが必要なのだと。

息が詰まった。
先を読み進むのが辛かった。
彼女の絶望が、ようやくにも理解できた。
自分は救いようの無い大馬鹿者だと、自覚させられた。

ルチルは、一言も救ってくれと言わなかった。
それは何故なのか。
ジョージ・グレンを救うためだと。
あの後、ルチルはD.O.M.E.に頼んだらしい。
自分の頭に、見たこと聞いたことすべてを記憶できる装置を埋め込んで欲しいと。
それで得た技術を、私に送ってくれと。

私はどこかで救いようの無い敗北をするらしい。
それを回避するために、Lシステムの完成が必要だった。
だからルチルは、システムのために運命を受け入れた。

何故なのだ。
数えるほどしか共におらず、キスすらしていない。
なのに、どうして私を救おうとしたのだ。しかも、そんなあやふやな未来のために。

わからない。
思いながら、手紙をめくる。

D.O.M.E.が、ここからは僕の推測だけど、と断って書いてある。

彼女は、生まれた時からジョージ・グレンとずっと一緒にいた。
NTとして強力な力を持つ彼女は、運命を予知し続けていた。
だから、逃れられぬ結末を感じるように、誰のために死ぬかもずっとわかっていた。
実際に過ごしたのはわずかな時間だったかもしれないけれど、ルチル・リリアントにとってジョージ・グレンは、生涯寄り添った伴侶だった。

地下へ。

そう締めくくられた手紙。
弾かれたように、地下のガレージへ降りた。
息弾ませて見たもの。
ほこりをかぶった、巨大なモビルスーツのフレーム。

宇宙革命軍の新型兵器。
NTが乗ったガンダムを倒すために作られたが、コストの問題と終戦から完成を見送られた、最強。
D.O.M.E.より、友へ送る。
いかに使うか、君に任す。破棄するも自由である。

涙も出なかった。
ルチル・リリアントにとってジョージ・グレンは、生涯寄り添った伴侶だった。
その事実。どうしてこんなに遅く知ってしまったのだろう。

私に運命を感じる力など無い。
それを呪った。NTであったなら、こんな鈍感でなくてすんだだろう。

「負ける、ものか」

胸の中で闘志が叫んだ。
まだ世界を平和にするという誓いは、消えたわけではない。
コーディネイターとナチュラルがどうしようと、世界にNTは生まれる。
私はそのために、まだ戦える。立ち上がれる。

Lシステムのデータと、フレームは厳重に封印した。
不老不死の技術と同じように、地下へと埋めた。

それから、武器を持たない永い戦いが始まった。

コーディネイターとナチュラルの、間に立って仲裁を続けた。
武力衝突の危険は何度も訪れたが、そのたびどうにか危機を乗り切った。

アズラエルは自らの後ろめたさを消さんと、ただの環境保護団体だったブルーコスモスを、強烈なアンチコーディネイターグループへ昇華させる。
そのテロ行為で、何人ものコーディネイターが犠牲になった。

コロニーを設計し、そこへコーディネイターを住まわせた。
物理的な距離があれば、ナチュラルもブルーコスモスもそうそう手出しは出来まいという発想からだった。
シーゲル・クラインやパトリック・ザラといった人材も育て、平和な未来のために奔走した。

しかしシーゲルやパトリックは徐々に過激化し、コーディネイターの国を作ろうとし始める。
それは避けるべきだと、何度も言った。
国があれば、軍が出来る。そして軍が出来れば、必ず戦争になる。
確かにブルーコスモスのテロで死者が出ているが、こちらが軍を持たない限り、法を犯しているのはあちらなのだ。
そうである限り、ブルーコスモスは公の組織にはなれないし、正義と同情はコーディネイターに集まる。

だが、意外なやり方ですべてが崩れた。
ブルーコスモス、正確にはアズラエルの謀略で、私は暗殺された。
終焉は呆気なく、また信じられないものだった。
薄れ行く意識の中で、ルチルの絶望はなんだったのかと、ぼんやり考えた。

しかし、終わりは来なかった。
私は脳のみになって生きていた。

ジョージ・グレン友の会。
まぁ、言ってしまえばただのファンクラブだが、そのメンバーたちが極秘裏に死体から脳を摘出し、それのみを蘇生させることに成功させたのだ。
コーディネイターもいる友の会のメンバーは、卓越した技術力で、ついに脳のみとなった私とコンタクトを取ることを成功する。

「生き返ってください、ジョージ・グレン。
 世界にはあなたが必要なのです」

友の会の技術士たちは、蘇生を拒む私へそう言い続けた。
その言い争いは、何年も続いた。
幸い友の会の口は堅く、私の生存は世界に秘されたままだった。

私の居ない世界は、危惧した通り戦争に突き進んでいった。
戦争について多くは語るまい。
ただ多くの人が死に、数え切れないほどの不幸が生まれた。
それだけだ。

私は戦争の報告を聞きながら、ずっと考え続けた。
すべての責任は私にあると。

責め続けた。
私の告白が、世界をゆがめてしまったことを。
ニュータイプの覚醒よりも早く、世界は2つの人種によって分かたれてしまった。

責任は、すべて私にある。

それを思った時、私は蘇生した。
使うまいと思っていた、不老不死の技術が、蘇生には役立った。

どれだけ、人が死のうと。
ルチルに語った夢、約束だけは果たそうと。

世界を平和にする。
対立の無い世界を作る。

この二つだけは。
どれだけいびつでも、どれだけ苦しんでも、果たそうと。

友の会で信用できる人間だけを集め、小さな組織を作った。
ブルーノ・アズラエルにも極秘裏に接触し、活動のための資金を出させた。

ただし、ジョージ・グレンの名前だけは出せなかった。
不老不死の技術を使って、蘇生した。
その事実が明るみに出れば、人は争って技術を求め出す。
コーディネイター技術を公開した時のような悲劇は、ごめんだった。

D.O.M.E.に与えられた、フレームを起動させた。
それを基礎として、専用のMSを造り上げた。
あちらの世界でもガンダムが大活躍し、この世界でもガンダムタイプが出現していた時期だったが、あえてその顔は避けた。

理由は簡単だ。あのヒゲが、どことなくガンダムに似ている気がしたからだ。

それよりも、D.O.M.E.に見せてもらった無数の映像にあった、真紅のMSが気に入っていた。
それは、3頭身ぐらいのガンダムや、頭に角の生えたもの、あるいは放熱版を背負ったものと、いろいろなガンダムと激戦を繰り広げていた。
名前と外観は、そこから借りた。

Lシステムを小型化、再設計し、サザビーネグザスと名付けたそれへ組み込んだ。
しかし問題は、Lシステムの操作だった。
ジョージ・グレンは、ニュータイプでは無かった。

ニュータイプを探し出してサザビーに乗せる、ということはまったく考えなかった。
ルチルが、生涯私を伴侶としていたのなら。
私もルチルを生涯伴侶とするべきなのだ。
それが、夫婦というものではないのか。

自分をニュータイプに改造しようと考えたのは、当然の帰結だった。
ブルーコスモスの、人体実験施設を借りて、人工NT技術作成のために非道な実験を繰り返した。

最初は自分の残酷さに耐えられず、何度も吐き、夜はうなされたが、耐えた。
耐えているうちに、やがて人の死にも慣れていった。

そして迎えた、1度目の終戦。
その時点で、再戦があることを予感していた。
終戦最大の功労者である、ラクス・クラインが表舞台から姿を消したからだ。
ただでさえ問題山積みの戦後が、このままおさまるわけがない。

目立たない男に、着目していた。
パトリックからも、シーゲルからも一定の距離を置いていた政治家、ギルバート・デュランダル。
おそらく、その男が表舞台に立つだろう。

おおよその戦略は、それで決まった。
他人の身体になるのは、脳だけの蘇生に比べればたやすいことだった。

私は立ち上がる前に、自分の脳を見つめた。
そう、今、ジョージ・グレンは2人いる。
蘇生は、意志を新しい脳にそっくり移すことで可能だった。

だから、保存されている脳はそのままだった。

「私はこれから、ルチルに嫌われる男になる。
 だから君は、ルチルに好かれる男で居続けてくれ。
 それと、ジョークの練習も頼む」

私は私に、そうつぶやいた。
もう一人の私を、友の会の名も知らぬ男に託し、私はついに立ち上がった。

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「あなたの世界が平和だったら、いいわ」

ルチルが、笑う。
目の前には、稼働するタイムマシンの姿。
D.O.M.E.の月から、帰る直前の風景。

私は足を止めた。

「ああ、私は必ず世界を平和にしてみせる。
 決して、対立の無い世界を」
「約束ね?」

ルチルが、右手を差し出す。

「果たそう。あと、君を生涯愛するとも」
「……ええ」

ルチルが、少しだけ目をそらし、うつむいた。

私はタイムマシンの中に入った。
タイムマシンは、小型のポッドになっていて、中にある空間ごと過去に運ぶ。

ルチルが、ドアの前に立った。

「世界中の人が、あなたみたいならいいのに」

動く唇。
伝わる言葉。

「ううん、あなたはきっと、人類すべてを、つなげてしまうことが出来ると思う」

また、動く唇。

「コーディネイターって、いい名前じゃない?」

適当につけた名前だが……いや、案外そうかもしれないな。

ジョージ、大好き、愛してる。
生まれた時から、そうだったわ。

それは、本当に聞いた言葉だったのか。
真剣に聞こうとしなかったから、思い出すことも出来なかったのか。

サザビーネグザスの中。
ココにいると、本当に落ち着く。
血なまぐさい戦いの前だとは、思えぬほどに。

あと1度の戦いで、すべてが終わる。
ルチル。
君がもたらした勝利は、確かに在る。

約束は果たす。
君と、君との約束を。

目を、見開く。
整然と列した、ザフト全軍。

さぁ、最後だ。
この世に平和をもたらすための、最終決戦。

行こう、ルチル。私の心も、君と共にある。