クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 epilogue.S

Last-modified: 2022-08-01 (月) 12:21:21

エピローグ『シン・アスカ』
 
 
五年の歳月が、経った

シンは、小高い丘の上に登っていた。今日でちょうどステラの2周忌だった。

プラントの墓地である。どこまでも続く墓は、数え切れないほどだった。
実際、最高評議会では、膨張する墓地を移転するかどうかが議題になることも少なくなかった。

ステラ・ルーシェ。

そう描かれた墓に、花を供える。

「もう、ステラがいない生活にも慣れたな」
「そうねぇ……」

隣に立っているルナマリアが、どこか遠い返事をしてきた。

ジョージから治療法をもらっていて、確かにステラの身体は死の恐怖から解放された。
それが、ある日風邪をひいて、そのままあっさりと、だった。

幸せだったよ?

ステラの、最後の言葉はそれだった。
本当に幸せにしてやれた、自信はどこにもない。
医者は、いかに治療されたとはいえ、免疫機能は弱い方らしく、それが命取りになったと言っていた。

ステラの葬儀には、たくさんの人が集まった。
議長であるデュランダルも、評議員の人間も、居た。
数えれば、1000人をこえていたと思う。

なにかその時、悲しみではなく乾いたものを感じた。
亡霊戦争最大の英雄である、シン・アスカの妻だから、これだけの人が参列したのだろう。
ステラを悔やむよりも、大人の付き合いであるがゆえの、盛大な葬儀だった。

あの戦争は、誰が呼び始めたのか、亡霊戦争と呼ばれた。
死んだ人間が、生き返ったからだと言う人間もいたし、まるで亡霊のように人が消えてしまったからだと言う人間もいた。

帰り際、レイの墓にも寄って行った。
こっちは、ずっとひっそりしていたが、それもなんとなくレイらしかった。

「行きましょうか、シン」
「ああ」

ルナマリアにうながされ、歩き出す。

墓地を歩いていくと、前方に人が歩いてくるのが見えた。
5人ぐらいで、プラントでは見ないほど、日に灼けた人たちだった。
軽く会釈して、すれ違う。
明らかにコーディネイターではない顔立ちだが、今は地球とも交流が活発なので、ナチュラルも珍しくは無かった。

そういえば、向こう側にはキラ・ヤマトの墓があったことを、思い出した。
亡霊戦争最大の戦争犯罪者と言われていたが、献花台にある花は絶えることが無いらしい。

パイロットスーツを脱ぎ捨てて、どれほどになるのだろう。

イザーク・ジュールという前例があったから、最高評議会議員になることも出来た。
でも、それは望まず、地球のカレッジに匿名で留学して、政治学を学んだ。
今は、プラント最初の議会選挙に立候補するための準備を、進めていた
シン・アスカの名前があるから、勝つのは多分簡単だろう。

プラントにも、直接選挙制が導入されようとしている。

民主主義は、最悪の政治体制である。これまでのあらゆる政治体制をのぞくならば。

誰かの名言を思い出す。結局、どうなろう最後は、どこにでもある平凡な政治体制になってしまうのだろう。
最悪であるが、ベター。うまく言ったものだ。

墓地の入り口まで、ルナマリアと並んで歩いていった。
言葉は交わさなかった。
彼女は、いまシンの秘書をしてくれている。

駐車場に停めてある、車に乗り込んだ。運転手はルナマリアで、シンは助手席に座った。

「シン。今日はどうするの、このまま帰る?」
「いや、寄りたいところがある。そこまで車を飛ばしてくれ」

最高評議会が推し進めている、世界規模の政略に、農業用コロニーの増設があった。
元はユウナの発案だが廃棄用素材を使って作るため、意外にコストがかからず、今やプラントは有数の食料輸出国家になっていた。
なにより、大気圏から降ろすならば、そんなに輸送費もかからないのだ。

行くと言ったのは、そのうちの1つだった。プラントとトンネルで繋がっているため、車で直接乗り込める。

「うわぁ、凄いわねぇ」
「……こんな広いのか」

太陽が、広がっていた。人工太陽だが、陽光は優しく暖かで穏やかだった。
なにより、一面に花畑が広がっていた。
花の名前は知らないが、まさに花の絨毯という風情だった。

「ここからは、俺1人で行くよ」
「え?」

車から、荷物を取り出す。手提げ袋が1つ。それだけだった。

「なんの用なのよ、今さら農業用コロニーの視察?」
「まぁ、そんなところ。お忍びだからな、秘書とかそういうの無しで頼む」
「ハイハイ、身分ばれると大騒ぎだもんね
 大変ねぇ、亡霊戦争最大の英雄さんは」
「それ、ガロードだろ」

苦笑して、歩き出した。

目線の先に、花の栽培を管理している施設がある。
完全に農地は機械化されているから、多数の労働者は必要無いのだ。
それでも、この農家は綺麗で手間暇をかけた花を出すと、評判が良かった。

あぜ道を歩く。そうしていると、花畑を走る2人の子供が見えた。
5才ぐらいだろうか。なにが楽しいのか、笑い声をあげながら走り回っている
男の子と、女の子だ。

「おじさん、誰?」

女の子の方が、立ち止まって声をかけてきた。
むしろ男の子の方は、女の子に隠れるようにして、こちらを見ている。

「お母さんの、友達だよ」
「本当?」
「ああ。お土産も持ってきたんだ。お母さんはどこにいる?」
「あっち」

女の子が、指差す。
視線の先に、花びらを熱心にチェックしている女性の姿があった。

「ありがとう。
 そうそう、男の子は女の子を守らないといけないぞ」
「え……」

ぽんっと、シンは男の子の頭を軽く叩いた。
ちょっと戸惑った顔を、男の子は浮かべていた。

「双子だったんだなぁ……まったく、キラの奴。
 コーディネイターのくせに、1度に2人とか。幸せものめ」

結局、ステラとの間に子供は出来なかった。それは少しばかり心残りだった。

女性のすぐ近くまで歩く。しかし、彼女はよほど熱心に見入っているのか、気づかない。
ピンク色の髪は、少し砂ぼこりで汚れていた。

「あの、すいません!」
「はい?」

女性が、立ち上がる。そうすると彼女は、驚いたような顔になっていた。
ラクス・クラインである。
立ちすくんだ彼女が、瞳を大きく見開く。

「あ……いや、すいません。驚かすつもりは無かったんです。
 それに、捕まえようとかそういう気も……」
「シン・アスカ、ですか?」
「はい。今は、議員見習いやってます。5年ぶりですね、ラクスさん」

さん付けだった。
昔のように、呼び捨て出来るほど、無謀でも無くなっていた。

風が、吹いていく。そうすると花の匂いが、一斉にあふれてきた。

「懐かしい……ですわね。
 お茶を、差し上げますわ。家まで、付いて来てください」

ラクスが、道具を入れたカゴを手に、立ち上がる。なんの屈託もない笑顔だった。
それで、少しだけ救われたような気分になる。

「評判がいいですよね、ここの花は」
「そう言っていただいてますわね。なにも、特別なことはしていないのですけど」
「でも、花たちがなんか輝いているような、そんな気がします」

お世辞では無かった。この畑にある花たちは、いきいきと空に向かって伸びている気がする。

「花の声が、聞こえる気がするのです」
「え?」
「水が欲しいとか、害虫がついているとか、根が腐ってきているとか。
 そういうことを、花たちが言っているのですわ。
 それにちゃんと応えてあげると、花たちも精一杯咲いてくれるのです」
「なるほど。ニュータイプですか?」
「さぁ……」

ラクスは、微笑していた。

「お母さーん!」

2人の子供たちが走ってきて、ラクスにまとわりついてくる

「あらあら。タケル、エン、お母さんはこの人と話がありますの。
 2人で遊んでなさい」
「でもー」

ちらっと、男の子がこちらを見てきた。
タケル、か。すぐにぴんと来た。ヤマト、タケル。

「いいですよ、俺は。一緒にお茶でも飲みましょう」
「フフッ、気を遣わせてしまいましたね。じゃあ、ヒルダおばさんにホットケーキでも焼いてもらいましょうか」
「やったー!」

4人で、並んで歩いた。
ラクスは、左手に男の子を、右手に女の子を、手をつないで歩いている。

親子って、いいものだなって、なんとなく思った。

管理施設と家は、一体になっているらしい。
普通の一軒家より大きく、そしてなんとなく無機質だった。

「おや、ラクス様お早いお帰りで……
 げっ、貴様シン・アスカ!」

隻眼の女性が、出迎えてくる。彼女は、こちらを見て立ちすくんだ。

「ヒルダさん。お客さんですわよ」
「き、貴様……! ラクス様を連行するつもりじゃあるまいな!」

どこから取り出したのか、ヒルダがアサルトライフルを構えた。

「あのですね、議員は警察じゃ無いんですよ」

ため息をついて、首を撫でて視線をそらす。
それにしても、エプロン姿の女性がアサルトライフル持ってる姿は、なんかシュールだ。

「ヒルダおばさん、ホットケーキ焼いて〜!」
「焼いて!」
「むっ、タケル様、エン様。仕方ないですね」

殺気立っていたヒルダは、子供たちに構われると露骨に相好を崩した。
きゃっきゃと笑いながら、3人が家の奥に消えていく。

「ああ見えて、わたくしより子供たちには甘いんですのよ?」
「そんな感じですね」

つい、笑みがこぼれた。
ああ、本当に平和なんだなって、実感する。

和室に案内された。
縁側が、陽光に照らされて、暖かそうだった。
自然と、ラクスと並んでそこに座ることになった。

急須で、ラクスがお茶を注いでくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

静かに、お茶を味わった。
懐かしい匂いだった。最近は忙しくて、こういう穏やかな時間とは縁が無い。

「その、これ……」

手提げ袋から、保存のためかちかちに乾燥させた、花輪を出した。
それでも枯れてしまっていて、あまり見栄えのいいものではない。

「これは?」
「キラが、最後にあなたへ渡してくれって……」
「そう……ありがとうございます」

ラクスは、ちょっと寂しげな顔で、受け取った花輪を見つめていた。

ここへ来たことを、少しだけ後悔する。やっぱり、郵便かなにかで送れば良かった。
勝者だからこそ、敗者の表情を見るのは居心地の悪さがあった。

「キラは、最後まで敢然と生きていきました。尊敬できる男だった、そう思います」

4者同盟であるがゆえに、亡霊戦争は敗戦国無き戦争になった。
しかし、人間はどうしても弱者を作り出そうとする。
その対象になったのは、キラ・ヤマトだった。
公にはラクス・クラインは戦死しているのだから、勝者がうっぷんをはらす相手は彼しかいない。

キラは、見事に裁判を生き抜いた。
そしてあくまでも自分が首謀者であり、他のクライン派は命令を聞いていたに過ぎないと主張した。

1度だけ、シンは面会に行ったことがある。
キラの顔が、ぼろぼろに腫れていたのを思い出す。
看守や、取り調べの最中に暴行を受けたのだろう。

それでも、キラの瞳は強い光を残していた。

シンは、そこの責任者に面会して、キラをもっとまともに扱うよう言った。
責任者は、恐縮の態でうなずいていた。
その時だけ、英雄になって良かったと、思えた。

会いに行ったのは、その時だけだ。

風向きが少し変わったのは、デュランダルの演説からだった。
クラインを含む、先の戦争犯罪人を酷烈に扱うのは、同盟の理念に反する。
なによりそれがまた、亡霊と戦争を生み出すことに繋がる。
そう同盟会議で演説し、そこから一部で続けられた残党狩りなどは、取りやめられることになった。
あれは、英断だったと思う。

キラは、絞首刑になった。
クラインの首謀者として、1人で罪を背負い、そして勇敢に死んでいった。

彼は、満足だっただろうか。

「尊敬できる生き様など、必要なのでしょうか」

ラクスが、ぽつんとつぶやく。

「……」
「わたくしは、生きていて欲しかったですわ。それが、ワガママだとしても。
 あの子達に、父親の話を出来ないのは辛いです」
「キラの話はしていないのですか?」
「キラは、今の世界では悪ですから。話せばあの子達は、いずれ父のことで深く思い悩むようになると思います」
「……」

すいませんと、口から出かけたのを、飲み込んだ。
そんなことを、言ってはいけないのだ。

ラクスの所在を、デュランダルは割と早くつかんでいた。
しかし、彼は放っておいた。
彼女が世捨て人になったから、私は最高評議会議長になれた……そういうところはある。
そんな風に言って、笑っていた。

ただ、ユウナとアスランは知らないだろう。知らないままでいいのかもしれない。
オーブは財政難に、依然として苦しんでいる。
2人とも、目の回る忙しさだそうだ。

「あの、これ、持って帰った方がいいですかね」

手提げ袋から、2つの箱を取り出した。
白い、無骨な感じの箱だった。

「なんでしょう、これは?」
「MSのプラモデルです」

MSのプラモデルは、人気のある玩具だった。
特にDXのモデルは、全世界で社会現象になるほど売れに売れたらしい。
追悼モデルとか、ふざけた方法で商売をしているおもちゃ屋もあった。

各国のMSは、プラモデル化されているが、クラインのものはそういう経緯からか見送られていた。
しかし、最近は風向きが変わってきているので、出そうという空気もあるらしい。
シンは、それを聞いていち早く試作品を手に入れてきたのだ。
だから、箱にMSの絵がプリントされていない。

ラクスが、箱を開ける。開いて、2つ並べて置いた。

「ストライクフリーダム……それと、ジンデルタ……」
「あの、迷惑なら持って帰ります。どうせ、そのうち発売されると思うので」
「いいえ、やっぱり頂いておきますわ」

にっこりと、ラクスが笑う。箱へ、丁寧にふたを被せた。

「いいんですか?」
「いつか、話せる日が来るかもしれませんし」
「……そうですね。きっと、話せる日が来ますよ」

言って、シンは立ち上がった。

「もう帰られますの?」
「はい。お茶、ありがとうございました」

言って、きびすを返す。すると、子供たちがこちらをじっと見ていた。
心配そうな顔をしている。

シンは、笑って見せた。できるだけ、安心させられるように。

「君たちのお父さんは、立派な人だったよ。今日は、そのお礼をしに来たんだ」
「おとう……さん?」
「うん。俺はね、2人のお父さんに、命を助けてもらったんだ」

しゃがみ込み、2人の頭に手を乗せる。そこに、少しだけ力を加えた。

「お母さん!」

女の子が、エンが、飛び出して行く。振り返る。
ラクスが、縁側の向こうに身体を向けたまま、嗚咽を漏らしていた。

震える、彼女の背中。かつて世界から絶大な尊敬を受けた彼女。

辛い、5年だったんだろう。
笑えるようになるまで、どれだけの痛みを乗り越えたんだろうか。

「タケル。父さんのような、強い男になれよ」

言うと、タケルは大きくうなずいた。
いい瞳だった。きっと、強くなれるだろう。

「おい、シン・アスカ。なんだ帰るのか。
 貴様のホットケーキが焼けたというのに」

玄関に行くと、ヒルダが声をかけてきた。

「すいません。また、食べに来ますから。その時の楽しみに」

深々と頭を下げて、家から出た。
本当にもう一度この家に来られるのか、自信は無かった。

花畑を、歩く。無数の花たちが、揺れている。

「おっそーい」

車にもたれかかっていたルナマリアが、声をあげる。

「悪い悪い。じゃあ、アプリリウスに帰ろう」
「帰りに、なんかお酒でもおごってよね」
「たかるなよ、いま俺は無職なんだから」
「なに言ってんの、未来の最高評議会議長がさ」

ルナマリアが笑う。苦笑して、返した。
そんな簡単なもんじゃないって、言ってやりたかった。

平和になった。
問題は山積みだけど、なんとかなりそうな気がする。
なにより、戦争が無いというのが良かった。

世界は、軍縮の方向に向かっている。
それでも、ちょっとしたことで平和は壊れるだろう。
それを、一日でも長く伸ばすのが、自分の役目でもあった。

一日、平和で終わる。それをもう一日と続ける。それを、永遠に繰り返していく。
必ず、それが出来るはずだ。

明日、俺が走る道。
まっすぐに、行ってみせる。

アプリリウスが、見えてくる。中央には、巨大な石像があった。

ガンダムDXの、彫像。

それは、アプリリウスのどこからでも見えるものであり、今やプラントのシンボルだった。
そしてなにより、ガロード・ランの墓標であり、参拝する人は5年経った今でも、絶えることがない。

でも、ガロード・ランは生きている。
世界の誰が、なんて言おうと。
もう会えないって、わかっているけど。

あいつが、死ぬわけが無いんだ。

「なぁ、ルナ」
「なーに、シン?」
「結婚しないか?」
「いいわよ、別に」
「え、いいのか?」
「いいって言ってるでしょ。っていうか、驚くなら聞かないでよ」

ルナマリアが、呆れたような顔をこっちに向けてくる。

まったく。

2年、経った。ルナならいいよな。ステラに、そう語りかけた。
 
 
エピローグ『ガロード・ラン』