クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 最終話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 01:05:51

第135話 『明日、俺が走る道』
 
 
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ダガーLを切り捨てた。グフの機動は、限界が近いように思えた。

「潰えるものか……!」

サトーは、コクピットでうめき声をあげた。
このグフは何度ゴンドワナに帰還し、充電と補修を繰り返しただろう。
かすり傷を塗り直し続けた装甲は、すでに元の肌つやを失っているように思える。

緊急時の作戦は決まっていた。
第三波、第五波のコロニーを接続し、そこに籠城。重力圏まで進み、そのまま大気圏へ突入する。
コロニーが落下しきる前に、MSを戦艦へ収納し、急速離脱。
その後、コロニーの落下で出来た場所を拠点に、大西洋連邦へ侵攻。

それは、極めて敗色の濃い作戦であると言えた。危険も普通ではない。
すべての戦艦にパラシュートは取り付けてあり、それとバーニアを使って離脱するのだが、1つ作業に手間取れば撃沈する。
おそらく、コロニー落下後に展開できる部隊数は半数ほどだろう。

アメノミハシラ攻略前、ジョージがその作戦を言ったとき、その状況となれば敗北は必至だろうとサトーは思ったものだ。
そうなっても尽くすのが、我らの道だとジョージは言った。

その通りだと、思う。あまりにもこの手は、血に濡れすぎた。だからこそ、なのだ。

斬っても撃っても、同盟軍の数は減らない。
なぜここまで押し込まれたのかは、もう考えなかった。
ありえないことと、嘆いても仕方ないのだ。

敵の狙いは、ニュートロンスタンビーダー発射艦だ。逆を言えば、これがこちらの、最後の生命線である。
なくなれば、核ミサイルの砲撃を受け、ヤヌアリウスは沈む。
だからこそ、配下のMS隊と共に発射艦を護り続けていた。

『どけぇ、貴様らッ!』

いきなり、MSが斬り掛かってきた。ブルデュエル。
ビームソードを引き抜いて、斬撃を払いのける。

「イザーク・ジュール……!」
『ヤヌアリウスを守る意味は無いはずだ! 目が見えんのか貴様ら!
 世界で、もっとも無駄で愚かな行為をしているのだぞ!』
「我らは尽くす、それのみよ!」

2度、3度斬り合い、とっさに下がった。
グフの指先からビームを放ち、距離を置く。

いきなり、配下のMS隊が押され出した。敵の部隊が、入れ替わっている。
同数で、ザフト相手に押せる軍。1つしかない。

「タカマガハラ本隊か……!」

世界屈指の精鋭だった。
あちこちを駆け回り、歴戦を重ねたその強さは、骨身に染みて思い知らされている。
そもそも、アメノミハシラをさっさと陥落させていたのなら、こんなことにはならなくてすんだのだ。

『ならば引導を渡してやる!』

デュエルが、レールガンを放ってくる。かわせば、後ろの発射艦に。
とっさに左腕だけを伸ばし、くれてやった。コクピットが大きく揺れる。

「させんぞ……コロニーを墜とすまではッ!」
『だからバカだと言っているんだ!』

いきなり、黒いモノがデュエルの後ろでうごめいた。はっと、目を見開く。
ヤタガラス、3門の陽電子砲、すでに展開している。

『同盟軍は射線上より退避、3本足、撃て—————ッ!』

ヤタガラスが、吠える。
陽電子砲、3本の筋がまるで溝に水を通すがごとく、発射艦を撃ち抜いた。

『タカマガハラの旗艦がなにか、忘れていたようだな!
 本隊が出てきたということは、こういうことだ!』
「くっ……」

デュエルが、露骨に距離を置いてビームを撃ち始めた。
射撃兵装の弱いグフの、弱点を知り尽くした戦い方だった。

同盟軍が、撤退を始めていく。撤退が完了した瞬間が、核ミサイルの発射時間だろう。

「食い止めろ! 奴らを閉じ込めておけば、核の発射は出来ん!」

すぐに配下へ、包囲するよう命じる。
総指揮官のアスランは、どちらかと言えば非情さに欠ける。
撤退が完了しないなら、ぎりぎりまで核の攻撃をためらうだろう。

しかし、包囲をしようとするMSは居なかった。振り返る。
20機いたサトー配下のMSは、わずか3機に減っていた。

呆然とする。しかし次に、笑った。

「悪くはない」

むしろこれで、覚悟を決められるというものだ。

今までの、人生を振り返ってみる。

妻と娘を、血のバレンタインで亡くした。それからは、ナチュラルへの憎悪を糧に戦ってきた。
前大戦の終戦時、和平に納得できず、志を同じくする部下と共にザフトを離脱した。
あのまま、ジョージ・グレンと出会わなければ、つまらないテロリストとしてサトーは生涯を終えていただろう。

血のバレンタインでブルーコスモスが行った非道は、確かに許すべきものではない。
しかし、本当に許されざるべきは、そう在ってしまう人間たちそのものだ。
我々は、人の心に対して戦いを挑まねばならない。

家族の話をしたとき、ジョージはそうつぶやいた。

同盟軍が撤収していく。

グフで、前に出た。3機の部下も、続いてくる。
ヤヌアリウスの外に出ても、同盟軍は攻撃をかけては来ない。
やはり、核が来るということだ。

ひたすら進んだ。ヤヌアリウスの周囲は、同盟軍がびっしりと取り囲んでいる。
戦艦や砲撃用MSからの攻撃はひっきりなしにあり、ヤヌアリウスの壁はハチの巣のようになっている。

敗北は、必定のように思えた。その想いを、振り払う。

「為すのみよ」

ふっと、笑う。最悪に近い人生だったのだろうが、悔いは見当たらなかった。

遠く、目の先にある重装備のウィンダム隊。ミサイルが放たれてくる。
あれは核だと、はっきりとわかった。核を家族で亡くしてからは、そういうものに敏感だった。

おまえたちを殺したやつがいるぞ。

心の中で、家族に語りかける。
グフのビームソードを右手に握りしめた。
距離、速度、すべて計算通り。

ビームソードを、振り下ろした。
核ミサイルを、真っ二つに断ち割るのがはっきりと見えた。

閃光があふれる。

見たか、父さんの強さを。おまえたちの仇は、ちゃんと取ったぞ。

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宇宙空間で、いくつもの閃光が走った。
規模から考えて、核ミサイルのそれだった。

「誰だ核攻撃をかけたのは……ッ!」

まだデスティニーとの戦闘中である。
隕石の影に隠れながら、アスランはヤタガラスに通信をかけた。

「大西洋連邦軍一部の独断です!
 これ以上、ヤヌアリウスが進めば、宇宙空間といえども地球圏への放射能が懸念されると!」

苦々しそうな、イアンの声が返ってくる。

「俺の名前で厳重に抗議しろ! 命じた奴はすぐに独房へぶち込めとも言え!
 まだシンとガロードは中に居るんだぞ!」
「はっ!」

やはり、同盟軍の弱さが出てくる。
いくら命令系統を一本化させても、国家が違う以上それぞれの利害で動く。
いま、ヤヌアリウスは大西洋連邦本土への落下コースを取り始めていた。
こうなると、疑心暗鬼が出る。アスラン・ザラはオーブの人間であるから、他国がどうなろうと構わぬのだと疑い出す。

光が見えた。すぐにバーニアを吹かす。

『アスラン!』

ニコルの声が掛かってきた。隕石の影から出てきたデスティニー、長射程ビーム砲を放ってくる。
ビームシールドで流しつつ、体勢を整える。

「しぶといな……! ヤタガラス、DXとアカツキに帰還を呼びかけ続けろ!
 大西洋連邦には、オーブが責任をもってヤヌアリウスを迎撃するためご安心あれ、と伝えろ!」
『わかりました! 中将もご無事で!』
「俺は死なないさ!」

シールド内蔵の、アンカーを放つ。デスティニーが一瞬だけ、動きを止めた。
すぐにそこへ、ビームブーメランを重ねる。デスティニーの肩を、切り裂いた。

アスランは大きく息を吐いた。

「不思議だな、ニコル。おまえにそこまで憎しみがわかない……!」
『なにを、余計なことを!』
「俺にとってカガリはもう、過去のものになってしまったのかな……
 だったら時間は残酷で、優しいな!」

よろけるデスティニーに、ビームカッターをつけた右足で蹴りを放つ。
ビームシールドで、止められた。そのまま、勢いで宙返り。もう一度、左足で蹴る。

『あなただけが幸せになるか……! ふざけないでくださいよ!
 それじゃあ、僕は、僕の人生はなんなんですか……!』
「知るか!」
『僕は誰かを傷つけるのなんて嫌でした……戦争なんて大嫌いでしたよ! 
 でも、状況がそれを許してくれなかった、不覚にも優秀なパイロット適正がありましたしね!
 家族も、僕がパイロットとして生きるのを望んだ!
 でも現実はどうですか、僕が必死に軍人だったことが、なにもかもを不幸にしてしまった!』
「……」
『死んでいれば良かった……。生きていて、良いことなんか……1つも……!』

ニコルが、うめき声をあげる

同情は無かった。憎しみが遠くても、殺気は十分にある。
両腕にビームサーベルを握りしめ、斬り掛かる。
とっさに、デスティニーがアロンダイトで斬り上げてきた。
刃風。
右肩が、持って行かれる。一気にバランスが、崩れた。

「ぐっ……生きてることを恨むなら、大人しく死ねニコル!」
『殺す、殺し尽くしてやる! なにもかも滅びてしまえば、きっとこの痛みも……!』
「ふざけるな! 自分を癒すために、他人を殺し始めたのがおまえの間違いだ!」

崩れたバランスのまま、左腕を振り下ろす。アロンダイトを、半ばから叩き割る。

『復讐しかなかったんですよ、僕は! 生き残ったらなにもかも無くなっていた、あなたたちのせいでッ!』
「それでも、おまえが敵として現れなければ俺は、土下座でも賠償でもしたさ!」
『嘘をつけ……あなたがそんなに優しいか!
 前大戦でジャスティスと共に裏切り、僕の父を死に追い込んだアスラン・ザラが!』
「ああ、そうかよ! もういい、おまえの恨み言にいつまでも付き合ってやるほど俺はお人好しじゃない!」

離れ、変形した。少しだけ、画面を確認する。
そのまま、デスティニーから逃げ出した。

『アスラン……!』
「一騎討ちは、時間の無駄だ」
『くぅ……逃がすか!』

光の翼を展開し、デスティニーが追ってくる。やはり早い。
変形機能のあるこちらよりも早いのは、流石だった。

「やれ」

アスランは、号令をかけた。それが合図だった。
前方から、ビームの雨が降り注いでくる。それは一切、ジャスティスを狙ってはいなかった。

『う……!?』

すぐに急停止し、変形。MS形態になって振り向く。
デスティニーはビームシールドを広げていた。しかし、とっさの出来事だったので対応できなかったのだろう。
被弾の痕が2つあった。

「できれば、1人で終わらせたかったけどな、ニコル」
『アス……ラン……』
「おまえにあまり時間をかけられないというのも、本当なんだ」

周囲を、ムラサメ、ウィンダム、M1アストレイといった連中が、取り囲んでくる。
自分が率いてきた、MS隊だった。およそ100機は連れている。

ジャスティスの、ビームライフルを握りしめる。照準をつける。

「今度は墓から出てくるなよ」

ビームライフルを放つ。それが呼び水になって、他のMS隊も一斉に射撃を行う。
標的は、デスティニーただ一機。
デスティニーは、最後のあがきか、両腕のビームシールドをめいっぱい広げて身を護ろうとしていた。

『アスラン……アスラン!』

ビームを撃ち続けた。他のMSも、休むことなく攻撃を続けている。
それが1つの方向に向かっていく先は、まるで花火のようだった。
綺麗だなと、つぶやく。

デスティニーが、前進してくる。ビームシールドを広げた格好で。
ゆっくり、ゆっくり。ビームの雨は、やまない。

アスラン。アスラン。

ニコルが、名を呼ぶ。なにかを、思い出す。

士官学校、総合成績第3位。ニコル・アマルフィ。
やっぱりアスランには勝てませんね。成績表を持って、はにかむ少年の記憶。
一年、自分たちより年下のくせに、誰よりも努力して、同じ時に卒業をした。

もしもニコルが、自分と同じ年代であったなら、きっと全部の成績を追い抜かれていただろう。
俺はそんな気持ちで、おまえを見ていた。ひょっとしたら恐怖があったのかもしれない。
アスラン・ザラを追い抜くのは、ニコル・アマルフィなのだと。

けれどそんな人の嫉妬など、思いつきもしないほど、おまえは昔から優しかった。

この差は、なんだろう。
お前は努力家。それで誰よりも優しくて、なにより戦争を憎んでいた。
こうやってなぶり殺されるのは、俺の方がふさわしいのかもしれないのに。

どうしておまえの人生はこんなにも救われなかったんだろう。
それはもしかしたら、おまえが誰かを救いたいと願い続けたせいだろうか。

ひび割れた、少年の頃のかけら。遠いピアノの音。
カガリの声は、もう聞こえない。少年の声も、同じように。

みんな、おまえが好きだった。
それが過去形になってしまったのは、いつ頃からだったんだろう。

ふと、ひときわ大きなビーム砲が、デスティニーの胸を撃ち抜いた

母さん。
そうつぶやいた、誰かの声。
もう聞こえない。聞き返すことも、もうできない。

デスティニーに、ぽっかいと穴が空く。それはしばし停滞し、やがて核エンジンによる大爆発が起きた。

『同じクルーゼ隊だったよしみだ。
 悪いな、ニコル。おまえは、ちょっとやりすぎた』
「ディアッカ」

2つの銃を合体させ、狙撃体勢に入っているヴェルデバスターだった。

『趣味が悪いぜ、アスラン。どうして一気にトドメを刺さなかったんだ?』

責めるでもなく、なじるでもなく、悲しそうなディアッカの声だった。
むしろそれが、アスランの心を叩いてくる。

「……」
『復讐の手柄を横取りして悪かったな』

ヴェルデバスターが、背を向ける。わざわざここまで来たのか。

最後、ビームシールドを広げ、じわじわと死に向かうニコルを撃っていた時は、自覚など無かった。
なにか、ぼんやりと別のことを考えていたのかもしれない。
それは横から見れば、なぶり殺しに見えたのだろう。

ディアッカは、きっとそれを許さなかった。あいつは、元クルーゼ隊では一番優しい男だった。

復讐は、想像よりもあっさりと終わった。
なんとなくもやもやしたものが心にあって、やはり晴れなかった。

「あいつらを連れ戻さないとな」

感傷にひたっている暇など、どこにもなかった。ヤヌアリウスはいまもなお、地球へと近づいてきているのだ。

想像以上に、残ったザフトは手強い。
時間はあまり残されていないのかもしれない。

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キラにとって、この状況は2度目だった。
だから混乱は無いが、生き残ったのは意外だった。

最後に覚えているのは、強烈な光を放っていたアカツキだった。
それで気が付くと、サザビーネグザスと一緒に消えていたのだ。

生き残ったのは、幸運なのか不運なのか。とにかく、ザフトがやってこないうちにMSを復旧させる必要があった。

あの装置は、機械を壊すようなものではないらしい。
一時的に、なんらかの形でMSを機能不全にさせるもののようだ。
手動で予備電源に切り替えると、通電してOSが使えるようになった。

「……」

キーボードを叩き、復旧を行う。やはりあの装置で、どこもダメージは受けていない。
考えてみれば、これほど優しい『兵器』も無かった。
どこも破壊せずに、MSを無力化するのだから。

「ガロード、動ける?」

通信で呼びかける。DXは壁に手をかけた状態で、静止していた。
返答は無く、頭部のメインカメラも光を失っている。

近寄り、DXのコクピットにジンデルタのコクピットを突き合わせた。
これで空気の無い空間でも、話が出来る。
距離的に遠いとはいえ、ザフトはまだヤヌアリウスの中でひしめいてるのだ。
全方位通信は使えない。

『キラか……いや、ダメだ』
「手動で予備電源に切り替えて。それからOSを起動、まずは動力関連のエラーを……」

手順を説明していく。ガロードはナチュラルだから、復旧に時間がかかるかもしれない。
説明しながら、少し考えた。サザビーネグザスを追うべきか、どうか。

今の自分が行っても、またあの装置でやられるだけだという気もする。
それは乗機がストライクフリーダムだろうが、ザウートだろうが同じ事だ。

振動が、少しあった。ヤヌアリウスの、廃墟が揺れる。
足を踏ん張らせて、じっと待った。
そうしていると、DXの両眼に光が戻った。

『うし、もうちっとで動けるようになるな。ありがとよキラ。でもおまえ、なんで戻ってきたんだ?』
「……」
『タカマガハラとしては戦わねぇって言ったじゃねぇか。
 火星にでもトンズラこいたんじゃねぇのか?』
「やり残したことがあるからさ」
『ふーん……っと。よし、行けるぜ!』

DXが動き出す。すぐにその手をつかんだ。

「どこに行くつもりなんだ?」
『決まってるじゃねぇか、あの野郎をぶっちめに行くんだよ!』
「僕らは足手まといだ」
『んなこと……ねぇとは言えないか』

アカツキはどういう理屈かはしらないが、あの状態で動けるようになっていた。
なにか、特別なことがあったのかもしれないが、確認する方法は無い。

ふと、戦闘機がこちらに向かってくるのが見えた。
赤かったので一瞬身構えたが、すぐにアスランのジャスティスであることに気づく。
それはここまで来ると、MS形態に変形して降り立った。

『ガロード、すぐに戻るぞ。シンはどこにいる?』

アスランはこちらなどいないもののように、会話を始めている。
しかし、通信をふさいでは居なかったので、入り込むのは容易だった。

『シンは……わからねぇ、どっか行っちまった』
『おい、まさか撃墜されたんじゃないだろうな。 
 ヤタガラスでも位置情報が確認できないと、報告があったんだが』
『死んだわけじゃねぇと思う。ただ、なんかアカツキがぶわーっと、変な感じになったんだ』
「生きてるよ、シン・アスカも、ジョージ・グレンも」

つい、口を挟んでいた。

『キラ、おまえにどうしてそれがわかる?』

アスランの声には、少しトゲが残っていた。

「ニュータイプだからさ。それよりも、早く行った方がいい。
 わざわざ司令がここまで出張って来る必要は、無いはずだ」
『この問題児はな、直接引っ張って来なきゃどうしようもないんだよ』

言って、ジャスティスがDXのひじを握る。

「アスラン、核攻撃は?」
『1度やったが、失敗した。何度やっても多分同じだ、届く前に核ミサイルが尽きる』

つまり、DXが必要だということだろう。

「わかった、早く行ってくれ2人とも」
『待てよキラ、シンを残していくわけにはいかねぇ』
『その通りだ、あいつがもし死んだりしたら、なにをやらかすかわからない老人が1人いるからな。
 どうしてもシンには、生きて返ってもらわないと困るんだ』
「わかった。余計のこと早く行ってくれ。
 オールドタイプは、足手まといだ」

レーダーを、何度かスキャンしてみる。妙な感じで電波が乱れていた。
ノイズのものとは、明らかに違う感じだった。

『キラ、おまえなぁ!』
『……。
 ほっとけ、行くぞガロード』
『でもよ、アスラン!』
『キラとは、おまえよりは付き合いが長い。
 それに今、地球はおまえが必要だ』
『わかったよ』

DXと、ジャスティスが並んで離脱していく。

キラとは、おまえよりは付き合いが長い。アスランの、最後の言葉がどこか心に残った。

すぐに、目を閉じた。生きて帰る。それだけを望んだ。

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コロニー落下まで、あと1時間。
ウィラードはその声をゴンドワナの中で聞いた。

すでに残存するMSは50機ほどだった。
サザビーネグザスのロストも報告されている。

「もう一度、しっかりと議長をお捜ししろ」

通信士に命じる。

「しかし、とある地点から高濃度のミラージュコロイドが検出されています。
 これでは位置情報もわかりません」
「ならば、そこに議長がおられるということだ。入念にやれ」

同盟軍のMSは、2000機にふくれあがっている。どんな将でも、戦争を放り投げる状態だった。
ウィラードは、じっと目を閉じた。

長い時を、軍で生きてきた。ザフト創生期から、軍人として職をまっとうしてきたと言って良い。
考えることは常に軍務のことだけであり、政治や思想とは無縁であろうとした。
コーディネイターは、才にあふれるがゆえに、万能であろうとする。
だから軍人でも、政治や思想を議論する人間は少なくなく、行動に移す人間もいた。

そういう人間たちから見れば、ウィラードは愚鈍に見えたのだろう。
露骨な侮りを受けるのも、珍しくは無かった。

ウィラードを侮った人間は、もうザフトに1人も残っていない。
なまじ軍以外へ手を出したがゆえに、手ひどい火傷を負ったからだ。

しかし自分も、彼らを笑えまい。最後の最後で、軍人としての忠誠を、国家ではなく個人に向けたからだ。

「グラディスめ」

ふと、タリアの秀麗な顔を思い出して苦笑した。
最初は、股を開いて艦長の座を得た娼婦だと、腹の中で嗤ったものだ。
しかし最後は、彼女にまんまとやられた。人の俗っぽさが持つ力を、自分はどこかで見落としていた。

多分、ジョージ・グレンもそうだろう。
大西洋連邦の参戦は、賢いこととはいえない。しかし、現実に連邦は参戦してきたのだ。

核ミサイルが、何度か放たれてきた。放たれてくるたびに、数機のMSが志願し、その身を盾にして攻撃を防いでいた。
本当は艦砲射撃で撃ち落とすべきだが、戦艦が身を乗り出せば、あっという間に袋だたきを喰らうからそれもできなかった。

ジョージと直接話した人間や、元々付き従っていた人間だけが、今は残っている。
彼らは、命をかけて、まだ戦い続けている。人の弱さから、背を向けて。

人は、愚かなものか。そして、永久にそこから抜け出せないのか。
露骨に勝ち馬を狙う地球軍が勝ち、命を賭して理想をかなえようとする人間が負けていく。
それは、理不尽なことなのだろうか。

「精度が悪く、確信を持てませんが。議長はポイント712の、地下駐車場で戦闘中と思われます」
「そうか……わかった。
 総員、退避せよ」

つぶやいた。言うと、ブリッジにいる全員がこちらを見つめた。
そこにあるのは、驚愕と安堵。誰もが、死を覚悟していたのに、生存を突きつけられたという戸惑い。

「小型艇で脱出せよ。白旗を掲げれば、撃たれまい。
 タカマガハラに連絡しておけ、アスラン・ザラはそう非情な男では無いぞ」
「しかし……」

1人が、なにかを言おうとした。
助かりたいという気持ちと、ここを死に場所としている気持ちが、その顔にあった。

「終わったのだよ。命令だこれは。他の艦船にも伝えよ。
 捕虜となったら、ハイネ・ヴェステンフルスを頼るがいい。
 あれは、将来のザフトを背負って立つ男だ」
「司令はどうされるのです?」
「私も脱出する。しかし、艦長が出るのは最後というのが、旧世紀からの決まり事だ」
「はっ」

戸惑いと安堵を残しながら、ブリッジクルーが駆け去って行く。
ウィラードはそうしながら、ブリッジに備え付けてある宇宙服を引っ張り出した。
パイロットスーツより、動きにくいが生存性はいい。

悪戦苦闘しながら、それを身につける。すっかり太っていた。
若い頃は、これでもずいぶんとスマートだったのだが。
苦笑している、クルーもいた。それを叱り飛ばす。なんとなく、明るい雰囲気だった。

ブリッジから、人が去る。
ウィラードはそれを確認すると、ブリッジのドアにロックをかけた。

それから、遅らせて脱出用の小型艇へメールを送る。
内容は、ウィラードはブリッジで自害する。気遣い無用。というものだった。

メールを送信し、ブリッジのドアに近づいた。
廊下に続く道ではなく、そのまま外へ出られる非常用のドアだ。
そこから、宇宙空間に出る。サザビーネグザスが戦っているという場所のことは、しっかりと頭にたたき込んでいた。

自害する、というのは嘘ではなかった。生き延びたところで、許されまい。
ジョージに騙されていたと言えば、罪はいくらか軽くなるだろうが、それは誇りが許さなかった。
そんなことをすれば、ジョージに対する自分の想いすら、穢れきってしまう。
それに、ジョージのために生き、散った人間たちにも申し開きが出来ない。

ただ、その前にジョージの戦いを目に焼き付けたかった。
これはもう理屈ではなく、ただただそれを見たかった。

宇宙服の小型推進剤を吹かせながら、廃墟となったヤヌアリウスを進む。
やがて、問題の地下駐車場というのが見えてきた。階段になっており、中はまったくの闇である。
そこを、小型ライトで照らしながら潜っていく。
老境にさしかかった自分は、それだけでも辛かった。

やがて、地下駐車場に降り立った。
駐車場というが、戦艦も入れるような大きなところだ。スペースもある。
そこは、やはり闇だった。

闇の中を、見回す。なにも見えない。

そうしているとなぜか、息が苦しくなった。
宇宙服に付けられた、酸素供給用コントロール装置が不自然に点滅している
酸素が、きちんと供給されていないのか……このままでは二酸化炭素中毒が起こる。

なぜ、急に機械系統がおかしくなったのか。喉を押さえ付けながら、うずくまる。

「バカな最後だ」

銃を取り出す。こんな苦しい死に方に、付き合うつもりはなかった。

そうしていると、光が向こう側からやってきた。光と、真紅。
2つは、絡み合い、あわさり、そしてまた離れる。
それは、苦しささえ忘れるほど美しい舞踏だった。

「この観劇を独り占めとは、なんとぜいたくな」

笑う。本心からの、言葉だった。
そして、引き金に力をこめた。

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太陽からの風は、電気系統を狂わすのだという。
昔、オーブに居た頃、小学校で習ったことだった。
そういえば、オーブは小学校、と日本風に呼ぶ人間が多かった。

コクピット内の気温は、上昇していた。
アカツキはビームの膜で全身を覆っているのだから、当たり前だった。
コクピットもスーツも冷却機能は全開であるが、それも排熱すらままならないこの状況でどれだけ効果があるか。

でも、弱音は吐けない。まだあの男を、倒せていない。

「これで!」

マガタマを、射出する。逃げ回るサザビーネグザスの前へ、回り込んでバリアを張った。
それでサザビーが、足を止める。すぐにツムガリで斬り掛かった。

『やる……!』
「いい加減逃げ回るのはやめろ、ジョージ! 少しは男らしく戦ったらどうなんだ!」

サザビーは、追いつかれては逃げ、の繰り返しだった。
とてもさっきまで、ガロード、キラ、そしてシンを相手に一歩も引かなかった相手とは思えない。

スピーカーでの通信が出来ている
駐車場には、空気が残っているのだろう。

『つまらないことを言うな、シン・アスカ。
 意味があってやっていることだ』
「意味だって……!?」
『君がここにいる限り、アスラン・ザラはコロニーめがけて核は撃てまい!』
「俺がそこまで大事な人間かよ!」
『4者同盟、事実上の首謀者だ。なによりあの偏屈な老人を、君は動かしてくれたな。
 私はここに来てシン・アスカを改めて評価しよう。君は、ラクス・クライン以上の脅威だよ!』

言うと、サザビーが陽電子砲でマガタマを一気になぎ払った。
しまったと、わずかに悔やむ。これで効果的な足止め方法が無くなった。

「はっ、評価してくれてありがとよ!」
『まったく驚いたよ、君はただの役立たずであったはずなのだが』

また、逃げる気か。
そう思ったら、いきなりサザビーが反転し思いっきりぶん殴ってきた。
反応できず、まともに顔面へ喰らう。想像以上のダメージが、装甲に走った。

アカツキが、駐車場の柱に叩きつけられる。衝撃で呼吸が止まった。

「うぐっ……あんた、なにを言ってるんだ!?」
『君は、キラやラクスに対して一方的にやられるだけの男だったはずなのだ。
 それが、ラクスを倒した私にこうやって立ちふさがってくるとは……運命というものはどこまでも私に逆らう!』
「寝言は地獄でやれよ、ジョージ・グレン!」

すぐに、アカツキの身体を起こす。相手はVPS、こっちはヤタノカガミ。
普通に殴るだけでも、壊すだけの力があるということか……!

『やり残しがあるのでね、地獄行きはまだ先だろうな!』

サザビーが、再び殴ってくる。
とっさにツムガリをはね上げた。

サザビーの右腕が、垂直に切り裂かれる。

「よしッ!」
『チッ、無意識的な動きは読めんか……!』

サザビーが、左腕の指からビームサーベルを出し、切り裂かれた右腕を根本から切断した。
そういう見切りの速さは、さすがだった。
なにより、尽きない戦意が怖い。

汗が、目に入る。すぐに振り払った。
コクピットの温度はいくらなのか、想像するのも恐ろしい。

「もう諦めろよ、ジョージ! なんで諦めないんだ! 
 あんたはもう、世界の悪なんだよ!」

ツムガリを振り下ろす。
サザビーが、残った左腕で握りしめた手をなんとそのままツムガリの柄を、殴りつけてきた。

『世界の悪、か……:』
「ツムガリが……!?」

殴られた衝撃で、ツムガリがはじき飛ばされる。
すぐ取りに行こうとしたが、サザビーが蹴りを繰り出してきた。
あわてて身を伏せ、それをかわす。

『今さらなにを言うのか。そもそも戦争は、すべての国が善だと叫ぶものだ。
 そのすべてを許せない私は、悪以外の何者であるというのだ……!』
「悪だって……!?」
『私も、君のように無邪気なまま理想を追い続けていたよ
 人は素晴らしいものだ、人がこんなにも愚かではない、人はどこまでも歩いていけると……!』
「どうしてそれを信じ続けられなかった! こんな、薄汚いことばかりやって!」
『君に、祭り上げられた者の気持ちがわかるか!
 神様のようにされてしまった人間は、息をすることさえ自由に出来ない!
 だから私は名前を捨てなければならなかったのだ……再び自分が、混乱の元凶になることなど耐え難いからな!』
「今だって、そう変わらないだろ! あんたが混乱の元凶以外の、なんだっていうんだ!」
『わかるまいな……これでも、最小限に混乱を抑えての行動だ』
「ユニウスセブンを落下させておいて、ほざくなよ!」

こちらもVPS装甲なら、格闘攻撃など恐れることもないものを……!
無様に転がり、かわしながら、ツムガリへの距離をうかがう。

『違うな、余計なことをしているのは君たちだ
 あの時放った、DXのサテライトキャノン……どこからエネルギーを調達した?』
「ユニウスセブン内部……あんた、まさか!?」
『ユニウスセブンは、元々大気圏で崩壊する予定だったのだ。
 あのエネルギーを自爆、暴走させてな!
 大虐殺など目的では無かった、むしろ君たちが半端にエネルギーを吸い取ったせいで、被害は大きくなったようだが……?』
「……ふざけるなよ……ふざけるなよあんた!
 どれだけ人が死んだと思ってるんだ、あれで!」

我慢ならなかった。
ほとんど反射的に、アカツキで殴りかかっていた。

サザビーネグザスの顔に、こぶしがめり込む。
それだけだった、吹っ飛ばすことなんてできず、むしろアカツキの手首がへしまがってしまっている。
それで冷静になった……やはりVPSには……いや?

こぶしが入っているサザビーの顔が、すり減っていく……。

『だから君たちは余計なことをしたと言っているのだよ!』

サザビーの左腕が、その指からビームサーベルを伸ばしながら、襲いかかってきた。
避ける。サーベルは、脇腹をかすっていった。

「あんた……人の命をなんだと思ってるんだ……」

とっさに距離を置いた。

今の、現象。装甲の硬度や機体のパワーでは負けているが、アカツキは全身に弱いながらもビームをまとっている。
つまり、殴る力は弱くても、『触る』という方法は効果的、ということか……?

だが、それがわかったところで、相手は攻撃を先読みする。
無我夢中での動きでないと、攻撃は当てられない。

『人の命、か。護るべきものだな。
 しかし、それよりも大切なことがある』
「違う! まずはそれだろ!
 ヒトラーやスターリンにだって、理想はあった!
 でもあいつらは、人の屍の上に築こうとしたから! 永遠に汚名を背負うことになったじゃないか!」
『そうだ……収容所やシベリアのことを人は語るが……誰もインディアンの血涙は語らん!』
「……!」
『歴史とは、そういうものだ。勝利の価値は人命すら越えるのだよ!』

サザビーが、再び殴りかかってくる。
ぎりぎりのところでかわしながら、機をうかがう。

「あんたには絶対に負けられない!
 人の命を、そんな風に言い切ってしまうジョージ・グレンを、俺は許すわけにはいかない!」
『許せない、だからどうする!
 私に言わせれば、停滞する世界しか提示できない君の方こそ救いがたい!』
「4者同盟が、か!」
『凡庸で、斬新さのかけらもない話だ! あのような旧態依然とした和平など、各国の利害であっという間に砕け散るぞ!』
「ああ……そうだな、でも!」

サザビーの、左腕。殴りかかってくるのにあわせ、前に出た。
そのまま、思いっきりサザビーの身体を抱き締める。

『どういうつもりだ……!』
「人類はこれだけ痛い目にあってきたんだ!
 もう一度同じことを繰り返すほど、バカじゃないさ!」

抱き締める。強く。サザビーの身体が、じわじわと崩れていく。

『VPS装甲が融解しているというのか!
 この……そんな楽天的なことを、人類というものを、本気で信じているのか!』
「駄目だったら、やり直す!
 4者同盟よりも、デスティニープランよりも、何度だって立ち上がることが一番大事だって……
 俺は友達から教えてもらった……!」
『友達……つっ!』

サザビーネグザスの腹部が、小さな爆発を起こした。
その衝撃で、アカツキの両腕が吹っ飛んでいく。
そのまま駐車場の壁に、叩きつけられた。瞬間、アカツキの両足も無惨にちぎれ飛んだ。

何が起こったか、一瞬把握できなかった。
でも、すぐに気づく。太陽風は、やはり無茶だったのだ。
フレーム部分までビームが浸食し、四肢のジョイント部分が極限まですり減っていたのだ。

無意識に立とうとしたが、そうすると光の翼ももがれ落ちた。
手も、足も、翼も、1度に崩れ落ちたのだ。
もうこれ以上、無理はさせられないなと、思った。

「ありがとう。俺の天命」

つぶやく。
するとまるでその声に応えるようにモニタが明滅し、最後にORBの文字が浮いて、消えた。

本当に、ありがとう。ふるさとのMS、海浜の夜明け、祖国の守護神よ

コクピットハッチを手動で開き、外に飛び出た。

サザビーネグザスの装甲も剥がれ落ち、無惨に腰をついていた。
脇腹のあたりが無惨にえぐりとられ、内部構造がむき出しになっている。
モノアイは何度か点滅し、排熱する音が聞こえてくる。
しかし、動いては来なかった。

動くな、と念じた。もうこっちには、拳銃とナイフしか残っていない。

サザビーネグザスがきしむ。まるで、手負いの獣がうめく声に似ていた。
その左手は、何度も空をひっかき、しかしなにもつかめはしなかった。

突如、うめき声がやんだ。サザビーネグザスのモノアイは、依然として明滅している。

コクピットハッチが、開く。やった。相討ちに持ち込めていた。
アカツキによくやったと、言ってやりたかった。

外に出てくる、デュランダルそっくりの、ジョージ・グレン。
なんのつもりか、パイロットスーツを着ていなかった。

「完全に終わりだな、ジョージ・グレン!」

叫んだ。それが、暗い駐車場に響き渡る。
お互いのMSが光を失った以上、月無き夜以上の闇となっていた。

スーツのライトでジョージを照らしながら近づく。
彼は、こちらから背を向け、壁を蹴ってどこかに行こうとしていた。

「なにやってるんだ、ジョージ! 今さらどこに行くんだよ!」
「決まっている、ゴンドワナに戻るのだ」
「バカ言ってるんじゃない! 生身でそこまで行けるわけないだろ!」
「空気が残っているルートがあるかもしれん、そこを伝っていく」

当然、という顔でジョージは言っている。
不屈、という言葉では言い表せないものがそこにあった。

「どうせ最後だ、この状況じゃ俺も死ぬだろ!
 教えろよ、どうしてそんなに負けを認めない……!?」

小型バーニアを吹かし、ジョージを追いかける。
やがて、お互いの顔がはっきりとわかる距離まで近づいた。

「私はあまたの罪無き人間たちを殺めた。
 研究所で、人工NTを完成させるために、子供たちまで殺した。
 そうやって理不尽に奪った命がある以上、勝手に目的を捨てることなど出来ん。
 ただ、それだけだ」
「……あんたは」

ジョージ・グレンだった。そう思った。
この、他人は及びもしない高潔こそが、最高のコーディネイターたるなによりの証拠だった。

シンは、静かに壁を蹴った。なにかが胸の中でこぼれ落ちた。

「うっ……」

ジョージは、短くくぐもった声をあげた。その腹部に、ナイフを突き刺していた。
シンの手に、肉をえぐる嫌な感触が伝ってくる

銃で殺す方が、手軽だった。でも、なぜかこうやって殺さなければいけないような気がした。

「あんたを殺した今この時のこと、俺は一生忘れないと思う」

言って、ナイフを引き抜いた。
ジョージの服から、血が吹き出る。
無重力地帯だから、それは流れ落ちることもなく、宙に漂った。

「フッ……そう、か。せいぜい平和を目指せ、シン・アスカ」
「そうするよ。でなきゃ、ジョージ・グレンは何度でも帰ってきそうだ」
「遺伝子の……に……を……混ぜ……混入……そして……を、摘出する」
「え?」
「エクステンデッドが、想い人だったな君の……。
 特効薬ではないが、これが暫定的な治療法だ。
 まったく、これぐらいの数式も解けないとは、人類はまだまだだ」
「待てよ!」
「君もコーディネイターだ、覚えただろう。もうわめかないでくれ」
「卑怯だよ、最後にそんなこと言うとか!」
「人類が、1度ぐらいはあのヒゲに……いや、いい。
 運命に任せてみる、か」

言い募ろうとした。しかしジョージはすべてを拒むように、ゆっくりと目を閉じた。

最後まで、理解できない男だった。悪党にしては、高潔すぎた。
これほど高潔であるなら、他人の名前を借りてなにかを行うという行為を恥じていただろう。
それでもなお、為そうとしたのはなんだったのか。
自分とは、まるで違うものを見ていた、という気がする。

とにかく、なにがなんでも脱出しなければいけなくなった。
このままだと、核ミサイルに巻き込まれて死ぬ。
ジョージはああ言ったが、アスランも撃つべき時は撃つ男だ。

はっと気づいて、サザビーネグザスの方へ行った。
アカツキは完全に駄目になっているが、こっちはまだバーニアも手足も残っている。
それに、内蔵武器があるMSだ。発動させられれば、ヤヌアリウスの壁を突き破れるかもしれない。

VPSが完全にダウンしている、サザビーネグザスのコクピットに取り付いて中に入った。
瞬間、なにか生ぬるいものがまとわりついてきた。

「女の、匂い……?」

スーツ越しであるにも関わらず、そんな匂いが残っているような気がした。

「これって……」

はっと、息を呑んだ。サザビーネグザスは、CE製のコクピットとはまるで構造が違う。
昔ちらりと見た、DXと同じ……AW製MSと同じ操縦系統なのか。
これでは、どうすればいいのかわからない。
手当たり次第にやるしかないのか。
こっちもまともに動かせる可能性は低いが、完全に死んでしまっているアカツキよりは賭ける価値がある。

「勝ったのに、死んでたまるか」

闇雲にキーボードやスイッチを叩いていく。動力が、流れるような音がする。
しかし、音だけで動き出す気配も無い。
方向を転換させ、陽電子砲を撃つことが出来れば、脱出できるのに。

「絶対に生きて帰るんだ」

最後に提示された、ステラを生き延びさせる方法。

俺は、彼女に対してガロードほど真剣だっただろうか。
夢ばかり追いかけて、ちっとも大切にしてあげられなかった。
あの子はそれでも、俺のそばに居られるだけでいいと言ってくれた。

ネオと、約束したっけ。ステラに平和な世界を見せてやるって。
果たす。絶対、果たしてやるよ。
でなきゃ、意味無いもんな。
やっと戦争が終わるのだから、俺だって生きて帰りたい。

—————これ、内緒よ?

「え?」

誰かが、そっと耳元でささやいた気がした。優しい女の声だった。

そうするといきなり、サザビーネグザスが立ち上がった。
なにもしていない。レバーも握っていないのに……!

腹部の陽電子砲が装填されていく……と思った次の瞬間、それは斜め上空へ射出された。

呆然と、意識が固まる。目の前の現実が、理解できないし説明も出来ない。
思考停止するのに、十分な衝撃だった。
ただ、目の前に見えたのは、地下駐車場にぽっかりと空いた穴だった。

サザビーネグザスの中で、しばし自分を失っていた。

『居るのか、居るのなら返事をしてくれ!』
「キラ……?」

ノイズ混じりの音声が、コクピットに届く。

『シン・アスカ……?』
「俺はここだ、サザビーネグザスの中にいる!」

って待て、なにをやっているんだ! どうしてキラに助けを求めている?
叫んで、後悔した。無邪気にキラと話していた、ガロードの声を思い出す。
そんな風に、あっさりなんでもかんでも忘れられるかよ。

カスタムメイドのジンが、サザビーの前に降り立った。
覚悟を決めて、コクピットハッチを開く。
同じタイミングで、キラもコクピットを開いていた。

キラは、手をこちらに差し伸べていた。顔色は穏やかで、なんの曇りもない。
しばらく、戸惑った。それでも、軽く舌打ちをして、キラの手を握った。

==========================

ガロードは、待っていた。シンが、戻ってくるのを。

『ガロード、ポイントを送る。いいな、一撃で仕留めてくれ』
「わかってるさ。にしても、さすがはアスランだな」
『最後の奇策だ。役に立って良かった』

もう戦闘は小康状態で、同盟軍は整然と隊列を作っていた。
白旗を掲げたザフトの小型艇が、タカマガハラに誘導されていく。
あちらこちらから、戦闘の終了を告げる信号弾があがり、まるで花火のようだった。

シンが負けるはずが無い。

あいつは、最後の最後で……なんて言ったらいいんだろう。
そう、神様とか、運命とか、そんなとんでもないものを味方につけた。
きっと、おてんとさんは、じっとおまえのことを見ていてくれたんだと思う。
なにより、平和を望んだおまえのことをさ。

だから、負けるわけねぇんだ。

「ウィッツ、ドッキングだ」
『オウよ』

Gファルコンと合体し、ヤヌアリウスを通り過ぎて大気圏へ向かう。
目の前の地球は、蒼かった。この蒼さを護れたことが、なんか嬉しい。
だからジャミルも、きっと後悔なんかしてないんじゃないかな。

長い旅だったな、シン。
よくわからないまま、どれだけ俺たちは走ってきたんだろう。
きっと、もう一度やれって言われても、無理なぐらい遠い距離だぜ。

ありがとよ、友達って言ってくれて。
おまえは知らないかもしれねぇが、実は結構俺って、友達とか作るの苦手でさ。
まぁ、ちょっとそういうの嬉しかったかもしれない。

ヤヌアリウスが近づく。まだ、シンは戻ってこない。

『おい、ガロード!』
「まだだ、アスラン。シンが戻って来るまでだ!」

絶対に戻って来る。

地球に近づくヤヌアリウスと同じ速度で、後退を続けた。
大気圏は、ぐんぐんと迫ってくる。

良かったのかな、俺はこの世界に来て。ユニウスの悪魔とか、ボロクソに言われたりしたっけな。
さっぱり、わかんねぇ。ジャミルは死んだし、なんかロアビィは変になったし。
それでもどうしてかな、こうやってしているのが悪くないんだ。

戦争終わったら、俺どうすりゃいいのかな。
おまえは進む道が見えてるんだろうが、そんなモン俺にはないしなぁ……。
もっと、そのあたりしっかり考えてりゃ良かったな。

ま、俺も若いんだし、ゆっくりそのあたりを探してみるわ。
へへっ、AWに居た頃考えたら、毎日メシ食えるだけでも幸せだ。

『ガロード!』

ウィッツが、叫んでくる。Gファルコンと合体しているDXは、大気圏に足を踏み入れようとしていた。
ヤヌアリウスも、同じように落下軌道をたどっている。

コクピットが、揺れる。限界高度。

「シン、帰って来い! なにしてやがるんだ!」

叫んだ。

「おまえが帰って来なきゃ、なんも意味ねぇだろうがッ!
 このヘタレ、単細胞、ちんちくりん!」
『うるさい! おまえに背のこと言われたくない!
 だいたい、単細胞っておまえのことだろガロード!』

一筋の光が、ヤヌアリウスから飛び出てきた。

『こちら、ジンデルタ。シン・アスカを回収せり。繰り返す、シン・アスカは生存』

キラの声。全方位通信。歓声が、聞こえる。同盟軍全軍が、歓声をあげている。
祝砲が、放たれた。

おまえのための、歓声だ。
他の誰でもない、シン・アスカへの。
おい、誇れよ。頑張ったおまえへの、ご褒美なんだぜ。

「けっ、待たせやがって! 勝ったんだろうな、シン!」
『あたり前だろ! ……アカツキやられたから、半分相討ちだけどな』
「へへっ、俺の勝ちだなシン。DXはぴんぴんしてるぜ」
『いつそんな勝負したんだよ!』

笑った。
やっぱり、友達っていいもんだな。

「行くぜ!」

DX、リフレクター展開。情報が送信されてくる。

『アラスカ基地、情報を受信。これよりサイクロプスを起動する』
「おし、4.03秒後にマイクロウェーブ……来る!」

どんな偶然か。CE世界にも、マイクロウェーブを発進する装置があったのだ。
それは基地の自爆システムとして使われていたものであるが、ニュートロンジャマーの影響で、
極めて密度の高いマイクロ波を上空へ送ることが出来るらしい。

アスランの、最後の秘策だった。だからこれがあるアラスカ基地への司令には、ずいぶん賄賂を使ったようだ。

リフレクターが、問題なくエネルギーを吸収する。
この感触も久しぶりだった。

「こいつで最後だ……ツインサテライトキャノン……いっけぇえええッ!」

Gファルコンと合体したまま、DXが雄叫びをあげる。
光。すべてを包み、そして終わらせていく。

光。なにかが重なり、ガロード・ランを包む。

なぜか、意識が遠くなった。身体がどこかへ飛んでいくような、そんな感覚が残っていた。

==========================

目を、閉じていた。痛みは無かった。

「大丈夫?」

ルチルの膝に、頭が乗っていた。

それがなんとも、心地よかった。

「大丈夫、ではないなぁ……。結局、最後の最後でしくじったよ」
「バカよね、本当、あなたって」
「まぁ、いいさ。D.O.M.E.が私を裏切って無かったっと、わかった。
 彼は、私の願いを叶えると同時に、もう一人の私の願いも叶えたのだろうな」
「どうなのかしら。聞いてみる?」
「それは出来そうにもないよ。でも、ルチル。帰って来てくれたんだな」
「当たり前でしょう?」
「いや、もう会えないと思ってたよ。愛想つかされて、当たり前だと思っていたから。
 むしろ、もう一人の私の方が、君好みかと思って……」
「バカねぇ……。だから、バカだって言うのよ。
 うまいジョークが言えなくてもいいのよ、あなたは。
 私が好きなのは、どうしようもなく真っ直ぐで、高潔なジョージ・グレンよ」
「ありがとう。それにしても負けたなぁ、完膚無きまで」
「悔しいの?」
「悔しいな。自分が、情けない」
「ねぇ、ジョージ」
「なんだね、ルチル?」
「好きよ」
「……幸せだな、私は」
「どうして?」
「君に、会えた」

手を、伸ばした。ルチルが、握り返してくる。

そこに、あるかなきかの力がこもっていた。
奇妙に満足だった。

やがて、光が掛かってくる。世界は、それに埋め尽くされようとしていた。

==========================

「これは……」

月が発光している。まるで、サテライトキャノンの咆哮に応えるかのように。
それはなにかを破壊するようなものではなく、どことなく優しげな光だった。

『ガンダムDX、大気圏内でロスト!』

ヤタガラスから、メイリンの悲鳴が聞こえた。

「嘘だろ!」

月光の降臨は一瞬だった。シンは、すぐに我へと返る。

「死んでいないよ」

キラの、平静な顔がそこにあった。
1人乗りのコクピットで、詰め込まれているからひどく狭い。

「死んでないって、だったら……」
「そういうことさ」

帰ったって、ことなのか?
そこまで聞き返すことは出来ない。そんな気安くは無かった。

「さよならも無しかよ」

巨大な、喪失感に襲われて戸惑った。いつかは来るって、わかってた。
それでもあまりに突然すぎた。

「誰だって、いつ別れるかはわからないからね」
「うるさい。そんなこと、俺だってわかっている」
「……そう」
「あんたは知らないだろうけど、俺の家族を殺したんだキラ・ヤマトは。
 前大戦の時、オーブで戦っただろ。その時、流れ弾に巻き込まれてさ」
「……」
「だから気安くしないでくれ。
 ある程度しょうがないことだってわかってるけど、俺はガロードみたいになれない」

喋りながら、自分の無様さがどこかに伝わってきた。
こんなことを本当は言いたいんじゃない。
じゃあなにを言いたいんだって思うが、自分でもわからない。

でも勝手すぎる。
いきなりやってきて、いきなり消えて、こんなのってないだろう。

ガロード・ラン、戦死。

どこからかそんな通信が聞こえた。

「違うだろ!」

とっさに、シンは叫んでいた。
なんだそれは。異世界に帰ったなんて言えないのはわかっているが、戦死は無いだろう。
せめて行方不明とか、言い方があるはずだ。

なにかに、世界が押し潰されていく。
それが、現実というものだろうか。あるいは、ジョージ・グレンが壊そうとしたものなのだろうか。
そしてそれが、シン・アスカが護ろうとしたものなのか。

終わったのか。戦争は。そして今から平和が続いていくのか。
それはどこまで伸びていくのか。いつか、机から落ちた陶器のように壊れていってしまうのではないのか。

俺は、護れたのだろうか。本当に、護ろうとしていたものを。

ヤタガラスが、近づいてくる。

「あんたはこれからどうするんだ、キラ?」
「戦う。そのつもりだ」
「なにと?」

我ながら、バカみたいな質問をしていると思いながら、聞いた。
キラははかなげに笑っているだけだった。

「おい、なにしてるんだ? そろそろ降ろしてくれよ」

ヤタガラスは、もう目の先にあった。すでに、自力でたどり着ける距離である。
やはりキラは笑ったままだった。
戸惑いながら、それでも着実にカスタムメイドのジンは、ヤタガラスのカタパルトに降りていった。

ジンが、格納庫に降り立つ。ハッチを開けると、耳をつんざくような歓声が沸き起こった。

「シン!」

ステラが、真っ先にこちらへ飛び込んできた。

「ステラ、聞いてくれ。お土産を持って帰って来たんだ」

ステラを抱き留める。早く喋りたい気持ちを抑えながら、そう語りかける。

「お土産?」
「ステラはもっと生きられるんだ!」
「ホント!?」
「本当だよ!」

言いながら、格納庫に降り立った。アスランが、目の前に立っている。

「よく戻ってきたな、シン」
「はい。シン・アスカ、サザビーネグザスを撃墜し、帰還しました」

ステラを放し、敬礼する。

「よくやった。ガロードが居ない今、おまえが勲功第一だ」
「やっぱり、ガロードは……」
「元フリーデンクルーも、見当たらない。
 もしかしたら彼らが帰ったことが、戦争が終わったなによりの証拠かもな」
「そうなんでしょうか……」
「そう思うしかない」

言って、アスランは後方に目配せをした。
歩兵が、銃を手に展開する。
それが一斉に、ジンを取り囲んだ。

「キラ……」

キラが、ヘルメットを脱ぎ捨てる。そしてゆっくりと、降りてきた。

「なにか言うことはあるか、キラ?」

アスランがその目前に立って、声をかけている。余人が立ち入れない雰囲気があった。

「なにも。いや……やっと終わった。それぐらいかな」
「おまえは本当に嫌な奴だよ。キラ・ヤマト、これより拘束する」

アスランが、手錠を出した。それをキラの両腕にはめ込む。

歩兵が、キラを拘束して、ブリッジを出ようとする

「待てよ!」

シンは、声をかけた。呆然としていた。
でも、やっとなにもかも把握できた。

「なに?」

やはりキラの顔は、穏やかだった。

「こうなるのわかってて、俺をここまで送り届けたのか!?」
「まぁ、わかってたかな」
「なんだよそれ! 俺、そんなんじゃ……そんなんじゃあんたに……!」

一生勝てないじゃないか。そう言おうとしながら、しかし口には出せなかった。

「借りと思う必要は無いよ。どうせ、投降するつもりだった」
「……」
「シン・アスカ」
「……」
「幸運を、祈る」

キラが、また笑った。
なにもかも受け入れた顔だった。

歯を、ぐっと食い縛る。最後の最後まで、本当に勝つことは出来なかった。
そんな気がする。
キラも、ジョージも、自分よりずっと強い覚悟で戦っていたのか。

勝った人間は、無様だ。敗者ほど、過酷では無いのだから。
シン・アスカになんの覚悟があったというのだろう。
少なくとも、必ず死ぬとわかって進んだ道ではなかった。

「おい、キラ。これどうしたらいい?」

アスランが、花輪を持っていた。もう、枯れてしまって、ひからびている。

「届けてくれないか。僕の……」
 
 

エピローグ『シン・アスカ』
エピローグ『ガロード・ラン』