「あまりにも脆い」
宙域に浮かぶゲイツの屍を視界に入れ、ザビーネは吐き捨てるように言った。
己の駆るX2改、そして傭兵たちの駆る"ベルガ・バルス"
それは、僅か十機ばかりの襲撃部隊であった。
そんな部隊に、ゲイツ四十機からなる防衛部隊が壊滅したのだ。
「これなら、フロンティアサイドのジェガン部隊のほうが手応えがあったな。クライン派とてこの程度か」
"こちら側"の被害はベルガ・バルスが一機、小破したのみ。
下手をすれば、ザビーネの世界の"ボール"タイプで殴り込んだとしても勝ててしまうのではないか。
そんな錯覚すら覚えてしまうような手応えの無さである。
「さっさと運び出せ。例の物以外に用は無い」
そう言って、ザビーネは、愛機を"それ"の中へと侵入させた。
「大歓迎だな……どうします?艦長」
「フリント、インパルス、ザクウォーリア、ザクファントムで迎撃。マザーバンガードは支援砲撃を行いつつ前進。ビームシールドはいつでも展開できるようにしておいて」
問うアスランに指示を出し、ベラは迫り来るウィンダムの群れを睨みつける。
真正面から力押しをしてくるのはホンコンと同じだ。
ならば、マザーバンガードの動きに制限の無い今回のほうが有利に戦える。
だが、彼女とて前回と同じ展開になるとは思っていない。
海上戦闘で例の巨大MSが出てくる可能性は低いが、相手が考え無しに特攻してくる可能性も低いのだ。
「敵ウィンダム、接近!有効射程距離まであと百!」
ベラの思考を遮って、メイリンが叫ぶ。
連合に何らかの策があるとして、今は目の前の敵を何とかせねばなるまい。
「マストメガ粒子砲、用意!有効射程距離に入ると同時に撃ち方始め!」
指示を出し、ちらりとと視界をモニターの端にやる。
そこには小さな島があった。
ベラは、すぐにそこから視線を切った。
それは、特に気をやるほどの存在ではなかったから。
「そこだっ!」
フリントの振るったビームサーベルが、ダガーを切り裂く。
――ホンコン戦やオーブ戦の連合部隊と比べて、あまりにも弱い。
それがトビアの率直な感想であったし、事実眼前のMS部隊は、紙細工のように堕ちて行った。
「なんか拍子抜けすると言うか……」
呟きながら、ザンバスターでウィンダムを貫く。
全機、こちらを囲むような真似は一切しない。
それどころか、単機によるフェイントすらない。
どう見ても新兵か、それに値するようなパイロットしか乗っていないのだろう。
サーベルを展開し、後ろを振り向く。
そこには、ライフルを構えるウィンダムの姿。
「そんなんで!」
銃口からビームが生まれるその寸前。
フリントの振り下ろしたサーベルが、ウィンダムを貫いていた。
「こうまでしてくれるか!」
牽制のバルカンを放ち、ネオが叫ぶ。
僅か数分である。
インド地区の基地建設を護衛していたウィンダム三十機、さらにユーラシア方面部隊所属のダガーを含めて五十機を上回る大部隊が壊滅状態に陥るまでの時間は。
「……ここまでだと読めなかったのは俺のミスかな?」
白いザクから飛んできたミサイルを撃ち落とし、ぼやく。
『そこの指揮官機!大人しく投降しろ!』
「悪いがこちらも負けるわけにはいかなくてね!そちらこそ退いてもらおうか、白い坊主君!」
"海賊船"に乗って固定砲台のごとくミサイルを乱射してくる白いザクからの通信に、ネオは拒絶の意思を返す。
端から見れば、この戦線を維持するのは、自殺と大差無い行為だろう。
唯一例外があるとすれば、ある程度の計算の下に行動している場合である。
『いい加減に諦めろお!』
「ちい!今度は合体ロボ君か!」
横手から飛んできたインパルスのサーベルを捌き、後方へ飛ぶ。
状況は決して良いとは言えないだろう。
直前にユーラシア方面部隊所属のMSを呼ぶことは出来たが、その戦力を含めてすら"海賊船"にはかなわないのだ。
「ここらへんが限界かな……?頼むぜ、スティング」
信号弾を放ち、ゆっくりと、まるで誘い込むように後退を始める連合部隊。
追撃をかけてくる"海賊船"を視界に入れながら、ネオはほくそ笑んだ。
「随分とあっさりした撤退ね」
マザーバンガードのブリッジに立ち、ベラは険しい表情で言った。
相手が弱い、楽勝だと言うのは簡単である。
ただ、その相手は仮にも正規軍なのだ。
「しかし、それが連合の一般部隊の練度だとも言えます」
良く言えばベラに心配をかけぬよう、悪く言えば楽観的に、副艦長席のアスランが答える。
無論、彼とて根拠無くこんなことを言っているわけではない。
二年前、当の地球連合と戦った経験があるからこその言葉である。
「……どちらにせよ、これ以上追撃させるわけにはいきません。最低でも追撃能力の喪失までの攻撃を」
嫌な予感に襲われながらも、敵艦隊への攻撃を指示するベラ。
どちらにしても、このまま連合艦隊を引き連れて行くわけにはいかない。
マザーバンガードはデュランダルの依頼で、ガルナハンのザフト支援に向かうのだ。
余計な敵戦力は削いでおくに限る。
「シン機、トビア機は敵空母を攻撃!ルナマリア機、レイ機は艦の護衛!そして、整備班はF91とセイバーの発進準備を!」
「F91っ!?艦長!?」
最後の伝令で、驚愕の表情を浮かべるアスラン。
セイバーの準備だけならば、まだわからない話ではない。
だが、ベラは確かにF91の準備を指示した。
実質、ベラの専用機であるF91をだ。アスランが驚くのも無理はないだろう。
嫌な予感がする。
それが理由であり、根拠だと知ったら、アスランはどういう反応をするだろうか。
だが、それは彼女にとって、その指示を出すに値する理由であった。
「アークエンジェル、座標固定。進路クリア、クァバーゼ、発進どうぞ!」
"少女"の声にあわせ、歪な"鳥"が空へと舞った。
そして彼女が一息つく前に、カタパルトに二体のMSが乗る。
「システムオールグリーン。進路クリア。フリーダム、ムラサメ、発進どうぞ!」
『キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!』
『アンドリュー・バルトフェルド、ムラサメ、出るぞ!』
続けて飛翔する、黄色いムラサメと"自由の翼"
「流石はミリアリアさんですわ」
「いいえ、これくらいはしないと。助けてもらったんですから」
感嘆の声を漏らすラクスに、ミリアリアは笑顔で答えた。
それは底抜けの笑顔で、何一つ曇りの無い表情とすら思えた。
だからだろう。
「トール……あなたは……」
ミリアリアの呟きに気づく者は、一人として居なかった。
混沌に飲み込まれた戦場を納める者がいれば、その人間は救世主と呼ばれることになるだろう。
その意味で、キラ・ヤマトは救世主と言えた。
少なくとも彼は、連合とザフトの戦闘に関しては収束の方向へと向かわせることができるのだから。
『しかし、"救世主"の伝説はここで終わりです』
「ああ、救世主の名を持つ者は一人だけでいい」
――俺が救世主になどなれるわけは無いけどな。
その本心を隠し、トールは言った。
カラスのジンしか映っていなかったレーダーに、三つの光点が表示される。
「偽りの救世主はいらない、か」
カラスには聞こえないよう、呟くトール。
光点が徐々に近づいてくる。
救世主にはなれなくとも、キラ・ヤマトは救わねばならない。
「行くぞ、カラス」
目を瞑り、トール・ケーニヒは、"救世主"を飛翔させた。
インド洋の小島は、静かに佇んでいる。
上空を青い戦艦が飛んでいることなど気にもせず、静かに佇んでいる。
『機器チェック完了。システムオールグリーン。いつでも行けるぜ』
『……あー、こちらハリソン・マディン。バイオ……もとい、システムオールグリーン。いつでも行ける』
緑、蒼、そして黒。三機のMSは、その小島で飛翔の時を待っていた。
『真下から攻撃仕掛けてもいいけどな。今なら行ける』
『しかし、ロアノーク大佐からの指示が……』
皮肉っぽく言う"強化人間"を、ファントムペイン内で"イレギュラー"と呼ばれる男がたしなめる。
『おい、お前も何か答えろよ』
話が"緑"から"黒"へと振られた。だが、"黒"のパイロットは沈黙を貫き、答える様子がない。
『作戦前ぐらいは馬鹿になれよ。馬鹿にな。どちらにしても、アウルやステラを助けないといけないことに変わりは無い』
「……それと、コーディネーターを殺すことも重要だ」
作戦の第一任務ばかりに気をとられる"緑"のパイロット――スティング・オークレーに対し、第二の任務を確認するように言う。
『……わかってるさ。デストロイに乗ってすら、奴らには煮え湯を飲まされたんだ。ここで決着をつける』
「それならばいい……時間だ」
スティングに答えると同時に、青い戦艦の後部スラスターが見えてくる。
『スティング・オークレー、カオス、行くぜ』
『ハリソン・マディン、F91、行く!』
――全ては、青き清浄なる――
「コーディネーター亡き世界のために!スウェン・カル・バヤン、ストライクノワール、行くぞ!」