サンタ 氏_未来の子供たちへ_第05話

Last-modified: 2010-02-28 (日) 03:56:06

第5話‐クローン‐

 

資源衛星フューチャーが襲撃されてから数日が経過した。
ラクス・クラインは予想もしていなかった出来事に唇を噛み締め、
ディスプレイの電子書類にもう一度目を通す。
そこには「フューチャー襲撃事件についての報告書」と書かれている。

4年程前からクライン派が極秘裏に設立したラボが何者かに襲われる事件が発生していた。
これで7件目。
最初は海賊かもしくはデュランダル派のザフト脱走兵かと思ったが、
いまだにどこの組織なのか分かっていない。
さらにおかしいのは、襲撃されたと言っても死体は見つかっていないことだ。
MSの残骸は多少残っていたが、施設内には血痕すらない。
まるで神隠しが起きたように研究所内にいたすべての人間が研究資料と共にいなくなる。

 

「シン・アスカもMIA……笑えない冗談ですわね」

 

不気味な寒気にラクスは身体を震わせた。
そしてさらに報告書の下部に掲載されている写真に目を移す。
フューチャー周辺に取り付けられていたカメラの映像だが、カメラはすべて破壊されていた。
それを無理に復元したため若干写りが悪いが、そこには確かに数機のMSが写っていた。
巨大な大鎌を持ったMS。
多少の違いは見えるが、それは旧地球連合軍で活躍したフォビドゥンガンダムに酷似した機体だった。

 

「―――っ!」

 

厳しい目で報告書を睨み付けていたラクスだが、突如身体を襲った全身の痛みに表情を歪めた。
デスクの中から携帯用のピルケースを取りだし、そこから2、3粒の錠剤をつまみ飲み込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
忌々しげにラクスは自身の身体を抱き寄せる。
しばらくして“発作”が治まると、ラクスはデスク上にある受話器を取った。
「私ですわ」
自分の補佐官に連絡を入れたラクスは苦しそうな表情を浮かべながら、準備を始めた。

 

* * *

 

旧暦時代から“情報”という二文字は世界や国のトップにとって欠かせないものだった。
情報と引き換えに行われる金の駆け引き。
その裏社会とも言われる世界で、追放されし一族―――バッハウェル家は生計を立てていた。
バッハウェル家は旧暦時代から裏社会で活躍していたあの“一族”から追放された、言わば分家だ。
女でしか当主を継げないため一族とは違い、バッハウェル家は当主―――即ち社長が養子をとり、
その子を社長とする。
現在、本家と言ってもいい一族も滅び、裏社会の情報は
実質バッハウェル家が独占している状態になっている。

 

「はぁ~……やっぱり何度聴いてもモーツァルトはいいですねぇ」

 

宇宙のどこか。
社長室でヨハン・バッハウェルは仕事中ということにもかかわらず、うっとりとBGMに聴き惚れていた。
金髪に灰色の背広を着たその姿はまだ若々しく、20代中頃に見える。
その時、デスクの上に設置されている電話が鳴り出し、ヨハンはムッと顔をしかめながら受話器を取った。
「もしも……おや、アーガイル艦長!成功しましたか?」

 

ヨハン・バッハウェル。
名前こそ違うが、彼はあのブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルの義母弟に当たる。
だが、長いこと母方の大叔父に育てられた彼には、コーディネイターへの偏見や憎悪はない。
その反面、言い方は悪いが彼は金にがめつい。
商売にコーディネイターもナチュラルも関係ない。
そう言う男だった。

 

「はい……はい……はい……。分かりました。ではこちらで治療させましょう。
 クロード博士に連絡しておきますね。……いいえ、気にしないで下さい。それではまた」
そして彼にはもうひとつの顔がある。
彼は先程プラントの資源衛星フューチャーを襲撃したリベラ・メの創設者だった。

 

受話器を元に戻し、またヨハンはデスクの椅子にもたれながらBGMを聴きいる。
その表情はまるでプレゼントを待っている子供のような笑顔だった。
しばらくして、社長室のドアをノックする音が室内に響く。
ヨハンが「どうぞ」と一言告げると、秘書が「失礼します」と頭を下げながら入ってきた。
「社長、プラントのラクス・クライン議長からお電話が」
「……分かりました」
手短に言ってヨハンは先程置いた受話器をまた手に取った。
「もしもし?」
『こんにちは、バッハウェル社長。突然のお電話をお許し下さい』
凛とした声音の女性。
この声の持ち主はラクス・クライン。
現在プラント最高評議会議長を務める少女―――いや、女性だ。
ヨハンにとっては5、6年前からの常連客であり、リピーターだ。
「お気になさらないで下さい、クライン議長。今回はどのような件で?」
『実は……』

 

ラクスの話を簡単にまとめるとこういうことだった。
ここ数年、プラントのラボが何者かによって襲撃されている。
なにか心当たりはないだろうか、と。
長ったるしい話に若干苛つくヨハンだったが、口元の笑みは消さなかった。
「なんとも物騒な話ですねぇ。
 残念ながら、今のところ私のところにはそういった情報は入ってきておりませんね」
『そうですか……分かりましたわ。
 では、何かありましたらこちらのほうにご連絡いただけますでしょうか?』
「ええ、構いませんよ。しかしながら、クライン議長はどのようなところからこの情報を?
 我々ですら知らなかった情報ですよ?」
そのヨハンの言葉に、ラクスは数秒間を空けた。
『…………噂を耳にしたのですわ』
先程までとは違い、ラクスは苦し紛れに言葉を紡いだ。
「なるほど」とヨハンはとりあえず納得の言葉を見せ、電話は数分で終了した。

 
 

「お疲れ様でした」
「ああ、すみませんねぇ……」
受話器を置いたヨハンに、秘書は自らブレンドしたコーヒーを差し出した。
「それにしてもおかしいですね」
「ああ、先程の会談ですか?確かに」
カップに口をつけながら、ヨハンは秘書の言葉に同意する。
「一体どこから情報が漏れたのでしょうか?」
「ブッ……え?そっちですか?」
的外れな秘書の言葉にヨハンは思わずコーヒーを溢してしまった。
手近にあったティッシュで溢れたそれを拭う。
「僕はてっきりラクス・クラインのことかと思ったんだけど」
「?特に変な様子はなかった……あ」
何か思い出したように、秘書は口に手を当てた。
ヨハンの顔も真剣なものになる。

 

「そ。なぜ彼女がこの情報を知ったのか。
 別に彼女がこの情報を知っててもおかしくない。だって彼女はプラントの女王様だ。
 『私の耳には色々な話が入ってきますの』とか冗談めいたことぐらい言えばよかったのに、
 わざわざ噂なんて在り来りな嘘をついた」
「その情報源を知られたくなかった……?」
「多分ね。……少し手をつけてみようかな」
ヨハンの顔がにぃっと、まるで子供がイタズラを思い付いたような表情になった。
「分かりました。早速に手配します」
秘書は少し微笑み、ヨハンの社長室を退室した。

 
 
 

リベラ・メ所属大型戦闘艦アマデウスは資源衛星フューチャーから無事に帰還した。
リベラ・メの本拠地、エクザディア。
正式には移動型コロニー・エクザディアという名だ。
その名の通り宇宙空間を漂っているが、コロニーというよりは超巨大な戦艦……
いや要塞と言ったほうがいい。
円柱型で全長約3000メートル、半径は約1000メートルほど。
ここで生活している人間の数は約2万人ほどであり、そのほとんどはバッハウェル家縁の者たちだ。
旧暦時代から造られてきたこの要塞は10年前にやっと完成された言わばバッハウェル家のホームだ。
中心地区には主動力炉や航行システムを管理する管制塔があり、
交通機関も充実しておりハイウェイやメトロ、軍港も存在する。
普段はアマデウスやその他の艦にも搭載されているファントムシステムによってその姿を隠しているが、
戦艦の出入りの時だけは一瞬だけその姿を晒す。

 

* * *

 

アマデウスが最初に着艦し、ヴァンとヨーゼフも無事着艦したのが確認された。
「くっはぁぁぁぁ……!やーっと帰ってこれた!」
ドックのキャットウォークで背中を伸ばしたのは、白金色の癖のある髪を二つに結んでいる女性だった。
その後ろ姿からはまだ幼いようにも見えるが、女性を象徴する二つの膨らみ
(某不沈艦の艦長並みである)が逆に色気を出している。
その女性の後ろに付いているのは、黒髪に赤い瞳の少女―――リア・パガニーニだ。
表情豊かに前を歩いている女性と違い、リアは無表情かつ事務的だ。
可愛いと言われれば可愛いが、近寄りがたい雰囲気が出ている。

 

「もう大丈夫そうだね、リア」
「はい。ご心配をおかけしましたバレル大尉」
リアとは事務的な口調で答える。
先程の戦闘前、頭痛を訴え医務室で休んでいたのが彼女だった。
すると白金色の髪の女性はリアのほうに振り返る。
「カイでいいって言ってるじゃない!そっちで呼んでよ!」
「しかし大尉は上官ですし……」
プウッとむくれるカイ。
リアはこのカイの性格が苦手だった。
明るく、人懐っこい。
自分とは大違いで、それ故にどう接していいかいまいち分からないのだ。
「じゃあプライベートの時ぐらいは名前で呼んでね?」
「……努力します」
「フフッ」
リアの答えに満足したのか、カイは振り返ってまた足を進める。
それと同時にドックのタップのほうが騒がしくなった。
「あ、あれ……」
「……っ!!」
アマデウスの中から担架でドックのほうへ下ろされているのは、リアにとって忌まわしき人物だった。

 

「デスティニーのパイロットよね?」
「そのようですね」
「嬉しくないの?」
「なぜです?」
事務的な口調がさらに冷たく感じる。
カイがリアの顔を伺うと、不機嫌を通り越して憎悪を含む表情となっていた。
「私は嬉しかったよ?レイに逢えて。リアは嬉しくないの?あの人、あなたのオリジナルでしょ?」
「嬉しいなんてこれっぽっちも思っていません。あんな人がいなければ、私は生まれなかった。
 ……殺したいくらいです。……私は、大尉とは違うんです。性格も、考え方も」
「リア……」
「不適切な発言をお許しください。処分は甘んじてお受けします!」
直立不動でバッと敬礼するリア。
カイはただ首を横に振るだけだった。

 

* * *

 

アマデウスの格納庫内で、ステラは愛機の調整を行っていた。
エクスルターテガイアは文字通りガイアガンダムの発展機だ。
特に、足が付かない宇宙空間でも四足獣形態で操縦できるようになったのが最大の特徴と言えるが、
その分調整に時間がかかる。
だがこの調整をすれば戦闘時にパイロットへの負担が減るというメリットあるため、
ステラは時間をかけても最後まで調整を行っていた。

 

「ステラー!」
「あ、スピカ!」
その調整を行っている途中、思わぬ人物の登場でステラは手を止めコックピットから出た。
「おかえりステラ!」
「ただいまスピカ!」
金色の髪に、桃色の瞳。
鏡合わせのようにそっくりな二人が久々の再会を喜ぶように抱き合う。

 

「大丈夫だった?」
「うん。ステラは平気。スピカは?」
「私はまた歌作ったよ!でもまだ誰にも聴かせてないの。だって一番最初はステラに聴いてほしいもの!」
「本当?ステラ嬉しい!」
微笑ましい二人の会話に、格納庫内に残っていた整備士たちは手を止め笑みを浮かべていた。
「スピカー!疲れてる俺たちに何か一曲歌ってくれよー!」
その中の誰かがスピカに一曲リクエストする。
スピカはちょっと驚いた顔をしたが、ステラが「歌って」と後押すると、一礼しその歌声を披露した。

 
 

 ‐Messiah…
 My Messiah…
 Beautiful My Messiah…
 青い瞳が 僕を救った
 金色の髪をなびかせて
 今夜 僕は自由になる

 

 世界を救う歌声
 あなたがくれた
 あなたのために歌うよ僕は
 あなたが見守ってくれるから
 My Messiah…

 

 Sister…
 My Sister…
 Beautiful My Sister…
 僕と似た顔 僕と同じ声
 今夜 君はシンデレラになる

 

 大好きなあの人と
 踊ってよワルツ
 恥ずかしがらずに 踊って見せて
 僕が見守ってあげるから
 My Sister…

 

 あなたに出逢って
 今の僕がいる
 僕はあの鳥籠から放たれたんだ

 

 世界を救う歌声
 あなたがくれた
 あなたのために歌うよ僕は
 あなたが見守ってくれるから

 

 みんなを癒す歌声
 あなたがくれた
 みんなのために歌い続けるよ
 みんなが あなたが 見守ってくれるから…
 My Messiah…

 
 

「―――ありがとうございました!」
歌い終わり、スピカはまた一礼した。
途端、格納庫内に歓声と拍手が沸き起こる。
ステラもキャットウォークの上で拍手をしながら飛び跳ねていた。

 

スピカ・ルーシェ。
彼女はステラのクローンであり、プラントと地球、両方で活躍する歌姫だった。

 

To Be Continued.

 
 

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