スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED_第21話

Last-modified: 2012-08-15 (水) 22:25:31
 

 スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED

 第21話「低軌道会戦・後編」

 
 

「じゃじゃ馬を慣らすには、準備運動が必要かな」

 

 通常の5倍の出力はパイロットにも勿論強烈な負荷を掛ける。
 だが、当の本人からすれば、その程度の圧力などものともしなかった。伊達に鍛えてなどいない。
 コーディネイターの中で彼がトップを張るには相応の努力を要した。例え身体が痛もうとも、それさえ彼には勲章だ。
 白銀に輝く機体はそのままの勢いでビームサーベルを起動させると、連合艦隊の左翼へ突撃した。
 艦隊は照準を合わせる暇無く次々に艦橋を切り裂かれていく。
 対応に動いたフラガ大尉のゼロがガンバレルで攻撃するも、スピードに追いつけずに敵の新型の突貫を許してしまうどころか、敵機は膝からアーマーシュナイダーを取り出して投げ、ゼロのガンバレルの一つを繋ぐケーブルを切り裂いて通り過ぎてみせたのだ。
 爆音を上げて左翼を形成していた艦艇は轟沈。
 現れて数分もせずに、しかもたった一機のビームサーベルによって数隻の艦艇が潰されたのだ。

 

「他愛も無い。まるでナマケモノだな」

 

 新型のパイロットは不敵に笑みを浮かべた。
 だが、そのナマケモノと罵られた側もただ指をくわえているわけではない。
 連合艦艇は多大な損害を被っても即座に陣形を立て直し、残った右翼の艦艇で砲撃を開始。
 弾幕を厚くして新型の攻撃を牽制する。

 

「ほぉ、……そうだな。ナマケモノという名は身勝手な命名だったな。
 ゆっくり動いているようで、実は凶暴な様だ。こわいこわい」

 

 新型は逆V字の広がりに合わせて後方へ突き抜けた後、右周りに旋回し砲撃を回避、自陣営のジンを狙うメビウスを一機ずつ落とし始めた。
 ジェインウェイはメビウスの後退を命令しジンとの距離を置くが、その後退に乗じて新型が追撃して次々に撃墜。
 これまでの連合の勢いが嘘であったかの様に、新型は圧倒的な攻撃を展開した。

 

 旗艦メネラオスではこの状況を見てハルバートンが決断した。
 アークエンジェル作戦室との通信チャネルが開かれる。

 

「……潮目が変わった。オドンネル君、これまでだよ。降りてもらう」
「しかし、それでは閣下は!?」
「私よりアークエンジェルだよ。この戦闘は君達を無事に降下させたら勝ちだ。」
「わかりました。ご無事で」

 

 ジェインウェイは彼の覚悟を悟り、音声通信のみながら敬礼した。
 違う世界の軍とはいえ、勇敢な指揮官の決断は尊いものだ。
 彼は命を投じてでもこの艦を守るという。ならばその覚悟に応えるのが礼儀だろう。
 ジェインウェイが艦橋に命令を下す。アークエンジェルは降下体制に移行した。
 指揮権がメネラオスへ返上されると、メネラオスがアークエンジェルの前に陣取り、左右を残りの艦艇が保護する陣形を敷いた。
 そして、残りのメビウスも密集してアークエンジェルを保護する姿勢を見せた。

 

「……おやおや、劣勢に回った途端に逃走とは気が早い。
 もう少し楽しませてくれるものと思っていたが、少々買い被り過ぎたかな?」

 

 彼は攻撃の手を緩めず、残りの艦をまるで手玉に取る様に一隻一隻攻撃した。
 それに呼応する様に行動の自由を取り戻したジンも加勢し攻撃を始める。
 だが、連合側もメビウスFを中心に攻撃を立て直し、ジンを一機ずつ仕留め始める。
 これはハルバートンの命令というよりはトゥヴォックの指揮によるものだが、彼はシャトル・アーチャーの通信機能を最大限に活かし、全機を自動操縦で制御下に置き、動作ロスを完全にシャットアウトして機体性能を本来の80%まで引き出した。
 その動きは密集形態を採りつつも、的確に相手の武装を攻撃して無力化を進める。
 彼の判断はとてもシンプルだ。何も本体丸ごと叩かずとも武装や推進装置さえ無力化すれば、MSとて単なる空飛ぶ棺桶なのである。

 

「っちぃ、これだけ乱されても立て直してくるか。
 ……知将ハルバートンは伊達ではないということか」

 

 自身の機体が残ったとしても、友軍機が撃墜されては外聞が悪い。
 このまま艦を攻撃し落とすこともできるが、彼の思惑と合致しないのはどうにも面白くなかった。

 
 

 アークエンジェルの艦橋では所属機へ帰投命令を出していた。
 降下が始まっているため、大気圏突入の摩擦熱が船体全体に広がり始めていた。
 これは周辺の所属機も状況は同じで、早々に帰投しなければ重力と摩擦熱の餌食になりかねなかった。
 メビウス・ゼロは既に重力の摩擦熱に晒され始めていたが、機体を損傷していたこともあり早々に帰投していた。
 しかし、ストライクとデュエルはまだ戦闘中だった。

 

「艦長、このままでは二人は」

 

 ミリアリアの言葉にラミアスは思案していた。
 彼らの機体には大気圏突入モードがついている。
 このまま降下したとしても降下出来るとはいえる。
 だが、問題はその突入モードが「本当に働くか」であった。
 まだ実験すらした事の無い代物だ。不測の事態が有ったとしても不思議ではない。
 第一、装甲が耐えられたとしても、中の人間が無事である保証は無いのである。

 

「二人を見捨てるわけにはいかないわ。大佐もそう仰ってくれるはず」
「しかし、それでは降下ポイントが大幅に!?」

 

 バジルールの懸念はラミアスも認識していた。
 この状況で進路変更すれば間違いなく降下点が大幅にずれる。運が良くて大西洋だが、そこが連合の制海権が届くエリアとは限らない。
 確かにこのまま彼らを見捨てたならばアラスカへは降下できるが、実際に使用された機体が持ち帰られる事によるメリットは計り知れない。
 データと実物では全く違うのである。

 

「……二機を失っては、何の為に准将閣下が決断されたか分からないわ。
 私達は何が有っても無事に送り届けることが任務よ!良いわね、バジルール少尉!」
「……はい。アークエンジェル回頭、降下しつつ二機を保護する軌道を取る。
 中佐、失礼は承知で申し上げますが、私も大尉に昇進したんです。どうかお忘れなく」

 

 ラミアスは唐突な彼女の言葉に一瞬目が点になった。
 そして、普段はそういう反発をする様に見えない彼女が見せた一面が、状況的には不謹慎では有るが面白く感じられ笑みを浮かべた。
 バジルールも自分で発言しておきながら、相手の反応を見て内心後悔し赤面していた。

 

「そうだったわね。信頼しているわよ。大尉」
「は!」

 

 バジルールはラミアスの命令に従い、二機の救出に向けて指示を出していく。
 その頃、ゲイツ・アサルトの執拗な攻撃にストライクは徐々に押されていた。
 単純に格闘スキルの差が表れてきたのだ。だが、その状況にも変化が訪れた。

 

「!?」

 

 イザークは急激に機体の動きが鈍くなっていることに気が付いた。
 ストライクを倒す事ばかりに集中していた彼は、既にかなりの高度を失っていることに気付いたのだ。
 ゲイツ・アサルトは宇宙用の試作機体であり、降下対応はされていない。
 気密という面では宇宙に対応しているのだから完璧であろうが、この戦闘で所々損傷している機体が大気の摩擦熱に耐えられる保証はない。
 まして、無事に大気圏を抜けたとして、何事も無く着地出来る様な装備は一つもない。
 そこにディアッカから通信が入った。

 

「イザーク、もう止めろ!お前、取り返しのつかない所まで落ちているぞ。
 俺が行くから、お前は吹かして少しでも降下スピードを下げろ。良いな!」
「お、おぅ。でも、着た所で、お前も落ちるだけじゃないのか!」
「忘れたか、コイツには大気圏突入機能があるんだ。
 少なくともお前の装甲より耐熱仕様になっている。
 俺の影になればお前の受けるダメージは和らぐだろう」
「……ディアッカ」

 

 イザークは事の重大さに気が付き、もはやストライクどころではなくなっていた。
 自分自身の生存の可否に関わる事態になっているのだ。
 ディアッカの声が急に救いの神の様に聴こえたその時、もう一つ割り込んでくる通信があった。

 

「イザーク、僕もお供しますよ!」
「ニコル!?お前、どうして!」
「僕の乗ってるイージスも対応機です。連合の機体に救われるのは癪ですが、一機で支えるより二機ではないですか?」
「……ニゴルゥ~~~」

 

 普段の彼とは大違いの反応に、二人は珍しいものを聞いた驚きの半面、ちょっと怖くも感じた。
 だが、ニコルはそんな二人に重大な事実を伝えなくてはならなかった。

 

「え、あ、もう、泣かないでくださいよぉ。
 ……というか、僕のイージスもエネルギー切れ間近で。
 ディアッカの影に回らせて貰おうかと思いまして……ってへ!」
「!?!」
「!?!」

 

 その頃、ストライクも自由落下していた。
 攻撃を躱すのに徹してそのまま重力に捕まったのだ。
 機体全体が熱の上昇で悲鳴を上げる。

 

「ぐ、くそ、動け!このぉ!」

 

 キラは気が動転していた。
 アラート音の大合唱に機体自体の軋み、そして身体全体にも掛かり出した重力の重み。
 思わず嘔吐していた。不快な臭気が己の判断力をより衰えさせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
『キラ、キラ!返事して!キラ!』
「……ミリアリア?」
『ストライクには大気圏突入モードがあるの。機体の姿勢を立て直して何とか動かして!』
「……。」

 

 彼は重力の圧力下で気を失いかけていた。
 だが、彼女の言葉を聞いて朦朧としつつ、気を振り絞る様に集中した。
 突入モードに切り替えた事で背面を向けて落下していた機体の姿勢が修正され、シールドを前に突き出す形で突入する姿勢になった。
 そして、そのまま彼は気絶してしまった。

 

「……キラ」

 そこにデュエルが彼の隣に降下しストライクの右腕を掴むと、アークエンジェルの動きに合わせる様に着艦地点へと促した。

 

「……これでもう、大丈夫だ」

 

 彼らは無事にアークエンジェルの背に覆われ、着艦に成功した。

 

 アークエンジェルが降下に成功した頃、軌道上では新たな動きが有った。
 月方面から大規模な連合の応援艦隊が押し寄せて来ていた。

 

「(…あの数を相手に戦う事はできるが…ここはこの程度の手柄で良しとすべきか。
 いや)…まだ残っていた」

 

 彼はそう呟くと、機体のバーニアを噴かしてビームサーベルを構え突進した。
 その先は旗艦メネラオス。

 

 ハルバートンはその攻撃を怯む事無く睨み見ていた。
 彼が見ているものは所詮現実である。
 夢を見るには早過ぎたのだと心の中で己を笑った。
 しかし、彼にもまだ仕事が残されている。敵の攻撃対象は分かっているのだ。
 損害を最小限にする努力は惜しまない。

 

「総員退艦!生きて明日を勝ち取れ!」

 

 その言葉を最後に、メネラオスの艦橋は貫かれた。
 新型は艦橋を貫き終えると踵を返す様に後退した。

 

「ZAFT全機に告ぐ。私は……ラウ・ル・クルーゼだ。
 この戦闘、降下された以上、深追いは無駄と判断し撤退を希望する。
 異議の有るものはいるか?」

 

 彼の名と共に告げられた撤退命令に異議を言う者はなかった。
 何より数刻前に彼に劣勢状況から救われたばかりのボロボロの兵士達からすれば、彼の命令は願ったり叶ったりだった。
 こうしてZAFTの部隊は撤収し、連合艦隊は応援艦隊と合流して月への帰路についた。

 

 この戦闘で生き残った艦艇は、バーナード及びロー他2隻のドレイク級だけだった。
 旗艦メネラオスは艦橋を貫かれたのみだったため、大きな爆発も無く多数のクルーが救助された。
 その救助活動を指揮したのはトゥヴォックの乗るシャトル・アーチャーだった。
 彼はこっそり行動不能だが生命反応のある負傷者を転送で救助していた。
 後に生き残った者の数名はその事を証言しているが、単なる奇跡で片付けられている。

 

 双方に多大な犠牲を強いたこの戦闘は、後に低軌道会戦と呼ばれ、連合が圧倒的なZAFTの前に敗れ去った会戦として知られるが、当の戦闘を経験した者達からすれば、確かにZAFTは勝利したが、その内容は一歩タイミングが違えば結果は変わっていたと思えるものだった。

 

「シャトルアーチャーからヴォイジャー、こちらはトゥヴォック少佐だ」
「ヴォイジャーからゴールワットです。少佐」

 

 ボリアン人のゴールワット少尉が現在はブリッジ勤務をしている。
 彼女はハリー・キム少尉の交代として通信を担当していた。
 ちなみに現在のブリッジはパリスが艦長代理としてトップに立ち、副長をトレスが代行している。
 そのため機関部等様々なセクションリーダーも変更されている。
 機関主任はヴォーラック少尉が担当しながら医療室補助も行っている。
 ブリッジにはトムやベラナが不在時はハーグローブ大尉が艦長席に座り指揮し、副長席にはサマンサ・ワイルドマン少尉が着任した。
 そして、ヴォイジャーではトムの次に優秀なパイロットであるパブロ・ベイタート少尉が操舵する。

 

「私は地球連合軍の月面プトレマイオス基地へ向かう事になった。
 出来ればこちらに応援が必要だ。数名のクルーをピックアップして欲しい」
「分かりました、少佐」
「艦長達は地球に降下した。座標はこちらから送る。艦長達の捕捉を頼む」
「はい」

 

 トゥヴォックの乗るシャトルが艦隊の後方を行く。
 彼は少しずつ迫る月の表情をただ見つめていた。

 

 その頃、ヴォイジャー艦内では、艦長代理を任された二人が話しながら通路を歩いていた。

 

「核分裂反応を抑制するフィールドなんてよく考えついたよなぁ。
キャプテンプロトンの設定にも登場させようかなぁ」

 

 キャプテンプロトンとは、彼の作ったホロデッキ用の演劇プログラムの一つだ。
 20世紀中頃に作られたモノクロSFドラマを似せて作られている。
 彼にはこうしたホロノベルと呼ばれるホログラムドラマのプログラムの才能が有る様だ。

 

「……いい加減にしてよ。それより艦長達は地球へ降りたそうよ。
 私達も近づく事を考えた方が良いと思うのよ」
「チャコティやトゥヴォックが居るんだぜ?それに大丈夫だよ。
 いざとなったらワープで向かえば良いさ。
 なんせ奴らの科学力じゃ、ボイジャーに傷一つ付けられないんだぜ」
「そんなの分かってるわよ。問題は艦長達に何か有った時でしょ。
 転送可能距離を確保しておかないと、何か有ってからでは遅いわ」
「それじゃ俺達バレバレだぞ。まさかロミュランみたいに光学遮蔽するのか?
 仮に出来たとしても、そんな事したら条約違反だとか後で艦長にどやされるぜ?」

 

 普段ならトムの冗談の様な話にはまともに付き合わない様にしている彼女だが、この時は彼の言葉に素直に耳を傾けた。

 

「……良いわね。それで行きましょう」
「はぁ?」
「これよ、これ」

 

 ベラナの持っているパッドには、地球連合が開発したとある技術が表示されていた。

 

「……要は宇宙連邦の技術じゃなければ問題無いのよ」
「……なるほど」

 

 二人は早速作業に取りかかることにした。
 ブリッジに入った二人は主任級のクルーを集めて作戦室で会議を始める。
 艦内が慌ただしく動き始めようとしていた。

 
 

 荒涼とした景色が広がる。
 アメリカ西部のデスバレーを思わせる赤茶色の大地が広がり、乾いた空気が喉をカラカラにさせる。
 道も何もない荒野のど真ん中に二人は居た。

 

「さっきまで部屋の中に居たのに、突然どこだよここは」
「昔のアメリカドラマに出てくるような世界だよね。それにしても暑いし喉が渇く……」
「あ、なんか向こうから近づいてくる」
「え、何?」

 

 彼らの視線の向こうから何かが近づいてくるのが見える。
 ガソリンカーの様な音が聞こえるが、どういうことだろうか。
 そして程なくして現れたそれは、20世紀の白いオープンのキャディラックだ。

 

「やぁ、二人とも、ここは気に入ったかね?」
「あ、ドクター!?!」

 

 運転席からご機嫌な笑顔で語りかけるドクターを見て、二人は素で驚いてた。
 彼はカウボーイの様なウェスタンスタイルの服装をしていた。
 カントリーウェスタン……まさか、そう言う事なのか?

 

「ちょ、待って、どういう事だよ。この状況マジ意味分かんない!説明しろよ!」

 

 ミゲルがいきり立って抗議する。
 ラスティも同様にこの状況が如何にも腑に落ちないといった顔だ。
 まぁ、確かに唐突にこのような状況と出くわせば動揺もするものだろうが、彼らには少々落ち着きが欲しい所か。

 

「あぁ、わかったわかった。とにかく二人とも乗りたまえ。話はそれからだ」

 

 二人は同意して大人しく車に乗った。
 ミゲルは助手席へ、ラスティは後部座席に座った。

 

「あぁ、君達、シートベルトを締めたまえ」
「えぇ!?マジで?オープンカーでウェスタンなのにシートベルトかよ!」
「……なんか格好悪いなぁ」
「四の五の言わずに締めなさい。私は医者だ! 患者の命を守る義務が有る!何事も安全第一だ」

 

 二人は仕方なくシートベルトを締める。
 ドクターはそれを確認すると、にんまり微笑んでエンジンを噴かし発車した。
 車がゆっくり走り出す。……それは本当にゆっくりと踏みしめる様に。

 

「……ドクター」
「なんだね、ミゲル」
「……安全運転なのは分かるけどさぁ、これじゃ走った方が速くね?」

 

 確かに彼の言う通り、現在の時速は15kmだ。
 走るよりは速いかもしれないが車にしては遅過ぎる。
 ドクターはその指摘に憤慨しつつも、気持ちだけ加速を付けだした。
 現在の時速はそれでも30km。二人はこれ以上言うのを諦めた。
 速度が遅くとも風が感じられれば問題無い。

 

「ねぇ、ドクター。それでこれは一体どうなっているのですか?」

 

 ラスティーが穏やかに問い掛ける。
 車に揺られて風も吹いて気持ち良いが、彼らにとってそれらは全く重要な事ではない。
 そもそもこの状況は勿論、自分達が死んでいた筈が生きていることや、先程の「転送」のことを含め、不思議がいっぱいである。
 病室には見えない壁が存在して外には出られないため、分かるのはどこかの施設という事だけだ。
 それもとても高度な技術を持った。

 

「うーん、君等の事を話すと言った筈だ。それ以外の事は私からは何も言えんよ。
 それより、どうだねここは。狭い医療室から比べればずっと開放感があるだろう」
「……開放感有り過ぎて、俺達喉がカラカラだよ」
「おぉ、そうか。後部座席に箱があるだろう?そこに水が有る。飲むと良い」

 

 ドクターの言う通り、ラスティの座る座席の足下、丁度運転席の後ろ側に灰色のクーラーボックスの様な箱があった。
 開けてみると、確かに水の入った透明のボトルが用意されていた。
 ラスティが箱の中のボトルを取り出そうと手を入れると、その箱の中はとてもひんやりとしていた。
 クーラーボックスというよりは冷蔵庫と言っても過言ではない。
 よく出来ていると思いつつ彼は入っている二本のボトルを取り出すと、一つをミゲルに手渡してからボトルのキャップを開ける。
 そして乾き切った喉を潤す。

 

「ぷはぁ!きーもちぃ~~~」
「生き返る~~~っ」
「……おい、ラスティ、それ、洒落にならねぇから」

 

 ミゲルに指摘されてばつが悪そうに舌を出す。
 しかし、染み渡る水の冷たさが自分達の生を感じさせることは間違いない。

 

「で、説明はどうなってるんだ」
「……少しはこの場を楽しむという気は無いのかね。まぁ、言える事は我々は君等の敵ではない。尤も味方かと問われれば、それも何とも言えんがね。」
「じゃぁ、何なんだよ」
「何と問われても困るな。まぁ、我々からすれば君等の方が何だと問いたいくらいだね」
「え?」
「君等はコーディネイターだが、そのコーディネイターは言う程万能ではない。
 私は君等の遺伝子を失礼だが調べさせてもらった。それによって分かった事は、ミゲル、君に限った事ではないが、君等の遺伝子は、成る程、確かに調整されたものだった」

 

 ドクターの話に思わず二人はあきれ顔になった。
 ラスティが如何にも面白く無さそうに言う。

 

「……ドクター。そりゃコーディネイターだもん。当たり前ですよ」
「そうかね?君等は自分がどのようにコーディネイトされたか知っているのかね?」
「うーん、僕等は基本的には容姿と能力を調整出来ると教わっています。
 僕自身は両親からどのように調整されたか分かりません。ただ、第二世代コーディネイターは、基本的に親の能力が劣化しない程度に補正されると聞いています」
「ほぅ、では……自分の遺伝的操作の内容は知らないのだね」
「はい。……っていうか、ドクターは医者なのにそんな知識も無いの?」
「ん?いや、私は全てを理解している。少なくとも君等の医者よりはな。だが、そうだな。
君等の言う調整という物には初めて遭遇した。だからこそ私は君に質問したのだ」
「ふーん、変なの」
「……で、何が俺達のことなんだ?」

 

 ミゲルが二人のやりとりを聞いて問題を本題に持って行こうと話しかけた。
 ドクターはそれにニヤリと微笑んで話し始める。

 

「君等の能力、コーディネイト、それには不確定要素が伴う様だな。
 どうも着床前遺伝子操作によるコーディネイトは、核分裂の過程での遺伝子変異を想定しておらず、もしくは、想定していてもなお安定した調整が出来ない様だ。
 その為、コーディネイターの能力はとても不安定で、場合によっては能力を損失している」
「あぁ?」
「君等に分かり易く言えば、得る代わりに何かを失っているとでも言えば良いのかね。
 運動神経を強くすれば寿命が短くなり、寿命を長くすれば運動能力を損失する。
 病気に強くすれば病気に弱くなるし、美貌を得れば崩れるのも早いのだ」

 

 ドクターの話はにわかには信じられなかった。
 実際にナチュラルより高度な運動能力と学習能力、そして綺麗な容姿を獲得している。
それらには何らの問題も無い筈だ。

 

「な!?どういうことだよ」
「簡単な事だ。激しい運動をすれば、体は多くの酸素を取り込むため酸化し老化が促進される。
 その老化を止める為に抗酸化作用を高めれば酸素供給量が抑圧される。
 運動選手は酸素供給量が高くなければ体に高負荷を掛け続けられない。
 それを無理矢理抗酸化させるんだ、細胞に対する負荷は想像を絶するね。
 これと同じ様に様々な仕組みには相関関係が生じ、それら2つを同時相殺して最適化するなど不可能な話なのだよ」
「……つまり、どういうことなんだ」
「……はぁ。不可能を可能にする。言葉だけを聞けば聞こえは良いが、実際は多大な無理をしているという事だ。
 無理を続ければ何が起こるかは分かるだろう。
 ……まぁ、無理をしなければ君等の理想通りだがね。
 皆が無理をしなければ問題は顕在化しない。だが、無理を続ければ確実に理想は夢と消える。いや、それだけで済むのなら可愛らしい物かもしれない」
「……俺達の体には一体何が起こっているんだ?」
「それを私に聞くのかね。……まぁ、実際、君等は犠牲者かもしれない。 いや、そうなんだろう。何かを得る為に何かを失う……か。
その為に君等は未来を失っている様なものだ。
 君等の遺伝子操作には、ある共通した特性がある事を特定している。 これは数百サンプルを調べたからほぼ間違いは無い。
 これが誰の意図による物で、何故いまだ続いているのかは分からないが、意図してしなければ起こり得ないことだ」
「なんだよ、もったいぶるなよ」

 

 ミゲルはドクターの長い前置きにイライラが募り始めていた。
 ドクターからすれば、これからが一番の見せ所と言った所だが。

 

「フフフ、核心部分はワクワクする物じゃないかね?
私はこの手の溜めが大好きでねぇ。あ、君等に言い忘れていたが、私は君達の遺伝子を少々弄らせてもらった」
「はぁ!?」

 

 唐突な爆弾投下にミゲルは困惑した。そしてそれ以上にラスティが反応する。
 彼は後部座席から身を乗り出してドクターに問い掛けた。

 

「ちょっと待って下さい。成長後の遺伝子操作が可能なのですか!?」

 

 彼らの常識では、遺伝子操作は出生前以外は行えないと考えられて来たからだ。
 もしそれが可能であれば、コーディネイトミスによる不幸な社会問題等発生する筈は無い。

 

「私には可能だ。まぁ尤も、君等の手でも可能な筈だがね」

 

 ドクターは何ら躊躇いも無くサッパリと彼に告げた。
 あまりに簡単に言い切られてしまったが、これは大変なことだ。
 その話が本当であるとすれば、自分達が信じて来た事に重大な問題が生じる。

 

「あの……それって、もしかして……隠蔽……されてる?」
「考えても見たまえ、遺伝子を操作する技術があるんだ。何故出来ないと考える?」

 

 確かにドクターの言う通り、遺伝子配列を弄る技術があることは言えるが、実際にこれまで事後にも行えるという話は聞いた事が無い。
 しかし、もしそうであるなら、自分達は何の為に騙されなくてはならないのだろうか。

 

「さて、話を戻すが、君達のコーディネイトを私なりにアレンジさせてもらった。
いわば、私が再調整したコーディネイターが君達だ」

 

 ドクターは誇らしげに語るが、それを聞いている方はただどん引きする他にない。
 ミゲルはドクターの爆弾発言に、怒りを通り越して呆れを感じていた。

 

「はぁ……。で、何をしたんだよ」
「なーに、幾つかの問題となる負荷を取り除いただけだ。
 無理のある調整を切って、バランスの良い範囲に戻し、君等の生殖能力上の問題も改善しておいた。
 どうも、君等は生殖異常の染色体を持つ様に書き換えられている。
 これはコーディネイター共通の問題のようでね。 故に自然交配では産まれずに人工交配で産むのだろう」
「え、ちょっと待て、んじゃ、俺達は元々子づくり出来ないように作られて来たってことか?」

 

 ミゲルの額から汗がこぼれる。先程まで乾燥し切っていたのが嘘の様に、体中から嫌な汗が噴き出すのが感じられる。
 それはラスティもまた同じだった。

 

「……そのように考えて良いだろう。自然に生まれないから人工交配を頼む。
 人工交配の際に再び異常を埋め込む。そうと知らぬ親はそのまま出産し、次の世代は子供が産まれずに困る。
 そして、また人工交配を頼む……連鎖だ。
 まぁ考えても見たまえ、いくら致死遺伝が存在すると言っても、サラブレッドの様な近親交配種ですら、遺伝子バラエティは交配時の混合具合で新しく増えて行くものなのだよ。
 仮に絶対致死遺伝というものが有るとすれば、それは最早種の壁だ。」
「おい、でもそれじゃ自然交配するコーディネイターも少ないが居るんだぞ? そいつらはどう説明するんだよ。」

 

 ミゲルの話は当然出てくる疑問だ。
 コーディネイターは出生率は低いが自然交配も可能だ。
 これまで産まれて来た第二世代の中には、少ないながらも確実に存在しているのだ。
 ドクターの説明では彼らが存在することは矛盾している。しかし、その疑問への答えも彼は何ら顔色を変える事無く淡々と述べた。

 

「ふむ、それは簡単なことだ。先程も言った通り『完全な調整』ではないため、
 たまには自然交配もできる個体は表れる。だが、そうした第二世代を君等の社会はどう扱っている?
 プラント内部での自然交配の第二世代は、いわばナチュラルと同じではないのかね。」
「……」

 

 ミゲルは何も言えなかった。実際その通りだったのだ。
 純粋なコーディネイターの両親から産まれたと言っても、コーディネイトされない子供はナチュラルと変わらない結果になる。
 それが行き着く先はハーフコーディネイターと変わらない境遇だ。

 

「そうした人々を君等は迫害し遠ざけ、帰属意識を持つ第二世代は結局居場所を求めることになる。
 そして行き着く先は連鎖への道だ。……コーディネイターで居続ける限りはね」

 

 二人はドクターの話に愕然とする他無かった。
 体全体から異様なほど力が抜けて行くのを感じる。

 

 
「……なんだよ。それ」
「……僕等が、野菜と一緒だなんて」

 

 自分達が信じて来た物が、音を立てて崩壊しようとしていた。

 
 

 ―つづく―

 
 

  戻る