スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED
第6話「乗りかけた船」
ZAFT軍クルーゼ隊母艦「ヴェサリウス」
「ぐはぁあああ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、
……ぉのれぇえええええ!!!!この私が負けた…だと!?
あんなガラクタに一太刀も合わせずに…」
クルーゼは燃える様な怒りを露にしつつ、頬を伝う雫の流れを感じていた。
彼の脳裏に響き渡ったあの恫喝の声は、
聴こえなくなった現在でも、まるで近くから囁く様に彼を締め上げる。
彼はこれまでこれ程の恐怖を感じた事は無かった。
この手で誰かを手にかけることがあろうと、何らの感情も起こさずにやってのけてきたのだ。
時には愉快さすらも感じながら。
しかし、この時の彼はこれまで全てこなしてきた自分が、初めて大きな敗北を喫したことにショックを受けていた。
それは己の出自の次に認めがたい出来事だった。
彼は壊れた機体から出ると、駆けつけた医療班を手で振り払い遠ざけた。
この怒りに更に追い打ちを掛けるのは自分自身の身体だ。
この様な時に軋むこの身体が心底恨めしい。
彼はふらつきながらも自力で通路を歩いて行く。
その場に居たものはそのあまりの気迫に圧され、誰一人として彼を止める者は居なかった。
その姿はこれまで彼が見せていた余裕は微塵も無く、
その鬼気迫る雰囲気を感じ取り遠巻きに立ち尽くす他無かったのだ。
僚艦のガモフには連合からMSを奪取した「赤服」を着た者達が帰還していた。
「第5プログラム班は待機。インターフェイス、オンライン。
データパスアップ、ウィルス障壁、抗体注入試験開始。
データベース、コンタクトまで300ミリ秒。
第2班、パワーパックの極性に注意しろ。第4班は……」
艦内アナウンスが流れる。
慌ただしく作業を進めている作業員達の姿がある中で、独り黙々とコックピットに座り、キーボードを操作しながらモニターを凝視するアスランがいた。
「うわ!」
「あ!すまない!ついそっちまで弄ってしまった」
作業員の驚きの声で慌てて操作を止めるアスラン。
彼は先程までの戦闘を考えながら作業していて、つい自分のエリアを超えたアクセスをしてしまったのだ。
「ああ、大丈夫です。外装チェックと充電は終わりました。
そちらはどうです?」
「こちらも終了だ。……しかしよく出来たOSだ。これを連合が?」
「……確かに。このプログラムはまだ解析不能です。
とても強固なプロテクトが掛かっていまして、先程から様々な侵入プログラムを入れていますが、最初の2層は突破出来たのですが、その後は尽く負けて、最後に出てくるメッセージが…」
「……抵抗は、無意味だ……か。馬鹿にしてくれる」
「……お前はまだ良い!」
作業中の彼に声を掛けたのはイザーク・ジュールだった。
アスランは振り向くでも無く作業をしながら彼に応じる。
「…イザーク、気にする事は無い。俺達は初陣だ。
帰還するのも大事な任務だ。君が無事で良かったよ」
「フン。しかし、連合の奴らめ。
こんな高性能な物を奴らが作れるはずはない。
裏切り者が俺達に当てつけてくれる」
アスランはイザークの物言いに引っかかるものを感じていた。
彼の言う裏切り者とは連合に協力するコーディネイターのことを言う。
いくらブルーコスモスと呼ばれる主義者の組織があろうと、
彼らも全くゼロから動く程愚かではない。
主義主張が有ろうと力が無くてはダメだということくらいは理解している。
その為に連合軍には少なからぬコーディネイターのエンジニアが開発に協力している背景がある。
元はと言えばそれらコーディネイター達もプラントへの移住を望んでいた人々だが、プラントが彼らの侵入を拒絶した背景もある。
特にコーディネイターとナチュラルのハーフといった「亜種」に対する拒絶は大きい。
勿論それらの問題も解決は可能だ。
スペースコロニーは建設すれば幾らでも増設可能で、彼らを受け入れること自体は可能だろう。
しかし、可能性と現実は別ものだ。実際はその増設にも多大なコストがかかる。
また、そうした地球出身のコーディネイターがスパイ活動をするのではないかという猜疑心もあった。
如何に遺伝子を改変しようと、人の心までは変えようが無かったのだ。
アスランには母を殺されたという明確な戦う理由がある。
だが、イザーク程には好戦的な考え方はしていなかった。
怒りや憎しみは勿論感じるが、それらは個人的な理由があるからであって、それ以上の問題を持ち込めば混迷するだけだ。
イザークの様に怒りを燃やせば、…行き着く先はブルーコスモスと何が違うのだろう。
それは自身の父の変わり様を見てより強く感じていた。
故に自戒する様に自重する。
「背景がどうなっているのか、俺には分からない。
ただ事前の情報と大きく違ったのも間違いない。
だがな、隊長が……被弾して帰還されたのは紛れも無い事実だ」
「にゃにぃ、隊長が!?本当か!」
アスランからもたらされた予想外の言葉に驚くイザーク。
彼からすればトップエースであり憧れの隊長が敗退するなど信じられない話だった。
いや、彼だけではない。ZAFT内で彼が敗北するなどという想像ができる者は居ないだろう。
「あぁ、君らが帰還する前に機体の右手と左肩、そして左足を損傷して帰還されたそうだ。
……とても話せる雰囲気ではなかったと聞いている。
それ以前に、それをやったのがデュエルという機体だったそうだ。
…俺達が奪ったものと同シリーズだ。この意味はわかるな?」
アスランは作業をやめてイザークの方を振り向いた。
その時彼は一瞬二度見した。
「…フン、今更お前に言われるまでもない。必ず破壊する」
イザークの自信に満ちた目がアスランに向けられる。
彼の力強い答えを聞き、冷静に視線をモニターに戻すと話しを続ける。
「そうだ。そうしなければ、明日には俺達が撃たれる。
次は大きな戦いになるかもしれないな。
……ところで、何故君は……その、ディアッカに抱えられているんだ?」
そう、彼は何故かディアッカ・エルスマンにお姫様だっこされていた。
しかも、彼の手はご丁寧(?)にもディアッカの首にまわっていた。
それがあの自信に満ちた顔で抱っこされながら話しているのだ。
……彼じゃなくても誰だって二度見くらいはしてもおかしくはない。
一瞬自分の目を疑いもしたが、現実とは……残酷なものだ。
彼の指摘にイザークは今更ながら慌てふためいた。
「にゃ!?にゅ!?そ、それは!!!」
「はは、変な誤解はしないでくれよ。
こいつ、慣れない姿勢を続けたせいでぎっくり腰になったんだぜ。
で、一つも姿勢を動かせないと駄々捏ねてよぉ。ったく、世話焼けるぜ」
「そ、それは元はと言えばお前の操縦が悪いからだろぉ!」
「へいへい。全部俺が悪いんだよな?申し訳ございませーん。ってなわけだ?」
「ちょ、おま!?なんだその投げやりな!」
「…は、ははは」
アスランはやり切れない思いを感じつつ、作業を取りやめて自室へと戻ることにした。
艦長日誌補足
シグーは撤退して行った。
私はイチェブに対し深追いを禁じ、敵を追い払う事に留めた。
我々の目前に現れた艦艇はアークエンジェルという連合の新造艦だ。
優美な造形はおよそ軍の艦艇とは思えないデザインだが、この艦が連合の中でも特別な存在である事は理解出来る。
ラミアス大尉はこの母艦へ我々が集めた武器を運ぶ気だったようだ。
艦に着いた我々は、出迎えたバジルール少尉達から艦の深刻な人員不足についての説明を聞いた。
どうやら最初の攻撃でブリッジクルーとなる士官は粗方亡くなり、彼ら下士官と艦内で既に行動していたエンジニア等のクルーだけが助かった様だ。
「…しかし、さっきのアレ、凄いな。君はもしかしてコーディネイターか?」
ヘルメットを片手にイチェブへ話しかけているのはフラガ大尉だ。
その彼にイチェブは淡々と答えた。
「いえ、僕はあなた方の言うコーディネイターではありません」
「じゃぁ、ナチュラルか。いや、疑っているつもりはないんだが、俺はこの新型に乗るはずだったひよっこ共の動きを見ていたから、まさか同じ物であんなに凄い動きが出来るとは思えなかったんだ」
「元々のOSの性能であれば、あなたの言う通り何も出来なかったでしょう。
でも、我々の社のOSを入れた今は問題有りません」
「我々の社?」
イチェブの言葉に首を傾げる大尉に、私は改めて説明することにした。
「彼の言う通り、GAT-XのOSは我が社のOSに全て書き換えました。
それにより誰でも操縦出来る程度には改善しました。
彼は私の甥で、我々のテストパイロットとして乗ってもらいました。
元々機械操作が得意という甥の好奇心を汲み取って手伝わせていたのですが、今回は良い働きをしてくれたと思います。」
大尉はその話を聞いてヒューっと口笛を一吹きして驚いてみせる。
「へぇ、それで初めての戦闘であれですか。良い甥っ子さんをお持ちですね。
うちに欲しいくらいだ。しかし、ジェインウェイさん、あなた方は今日始めてこいつと対面したはずじゃなかったんですか?」
彼の視線が私を見据える。傍目には穏やかな表情を保っているが、彼も軍人だ。
これほど「出来過ぎた話」に警戒をしない方がおかしいというもの。
とはいえ、如何におかしかろうが事実は曲げようが無い。
傍らにいるラミアス大尉やバジルール少尉も警戒しているのが伺える。
私は心の中で溜息を吐くと、目線を滑走路に立つデュエルに移す。
飽くまで私は「商売人」なのである。役割を越えるわけにはいかない。
彼らの警戒を解くためには話すほかないのだ。
「……元々私達はモビルスーツのシステム開発に興味を持っておりました。
そのため、自社でシミュレートして幾つかサンプルを作っておりましたので、この短期で交渉を進められたという背景があります。
たぶん、我々以外にも幾つかの社が候補にあがっていたと思いますが、それらの社はいずれもそうした意欲を持っていたのではないかと」
「それであれだけ動くOSを一見もせずに作れるもんなんですか?」
「システムというものはある程度の汎用性が求められます。
また、対象となるものがロボットであるなら、ロボットに必要とされるものを用意すれば開発はできます。
問題はそのシステムとの最適化の度合いで、既存のコードからネイティブに適応させるための変換を行う仕組みを用意する事で動作させる事は十分に可能です。勿論、その完成度は各社で違うでしょうね。
当社の技術がそれだけ優れているからこそ、ハルバートン提督は我が社を指命されたと自負していますわ」
フラガ大尉は顎に手を当てて暫く考え込んだ様な表情を見せる。
いまいち理解は出来ていないそぶりを見せるが、それでいい。
私が嘘を言っている様に感じていなければいいのだ。
「……はぁぁ、ビジネスって奴は貪欲ですねぇ~」
「それくらいの貪欲さがなくては、他社を圧倒する事はできませんわ。
さて、一つ提案がありますの」
次は私が攻める番だ。
彼らは私の唐突な話に目をぱちくりとしている。
「提案?」
「はい。この艦が人員不足であることは理解しました。
でしたら、文字通り乗りかけた船です。我々も一時的に軍へ予備的にご協力しましょう。
私達にはどの道この艦に乗って脱出する以外に生存の道はなさそうですし、困ったときはお互い様ということで、いかがです?
その代わり、一宿一飯の恩は忘れないつもりですわ」
「……どうする?」
私の提案に連合の士官である3人は相談した。
バジルール少尉は状況を考慮して申し出を受ける方向で検討して良いと言い、ラミアス大尉は軍の仕事に民間人を巻き込むのはどうかと不安な表情を見せる。
しかし、フラガ大尉が現状ではこうした申し出は有り難い。
不安が有ろうと選択肢は多くない現実を考えれば、ここは申し出を受け入れるべきだと言ったことで、多数決上も受け入れで決まった。
そして、私の提案が受け入れられたのを見て、少年達も同調し艦を手伝うことになった。
余談だが先程話した通り、彼らの艦の殆どの上級士官は攻撃により死亡しており、この艦の指揮は先任大尉はフラガ大尉だが、艦に関する知識はラミアス大尉の方が専門ということもあり、彼女が指揮することになった。
その副官としてバジルール少尉が就いた。
フラガ大尉が粗方陣容が決まった所で私に尋ねる。
「ところで、ジェインウェイさんは軍での経験はおありですか?」
「はい。私は以前の職は米国空軍で働いておりました。
当時の階級は大佐です」
3人は勿論、周囲の少年達も驚いた表情を見せた。
「た、大佐!?…ぇえ!?!
……しかし、U.S.Airforceにジェインウェイという名の女性士官は聞いた事が…」
「オドンネル、……といえば分かるかしら。シャノン・オドンネル」
「あ、聞いた事ある!
確か火星コロニー計画のイントレピット号の指揮官にそんな名が」
「あらご存知?大昔のことなのに。
フフフ、その職の退職金で今の事業を初めたのですよ」
ここに来て彼女の経歴が役に立つ時が来た。
余談だが、当の本人には別の魅力的ビジネスを提示し、この時代の人類未踏の向こうを旅行気分で楽しんでいる事だろう。
この任務にはキム少尉を当てている。しかし、繰り返す様だが、この世界は私と何らかの因果があるのだろうか。
こうした偶然はそう重なる物ではない。
「そういうことなら、ここはオドンネルさんが我々の艦を操艦された方が良いのでは」
ラミアス大尉が恐縮しつつ話す。
他の二人も先程とは打って変わって姿勢が良くなった。
無理も無い。
米国は大西洋連邦の盟主であり、そこの大佐となれば彼らの上官である。
……何事も保険は用意しておく物だ。
「お三方、私はもう大昔に退役した部外者ですわ。そう恐縮為さらないで。
それに私の名はキャスリーン・ジェインウェイでよろしく。
…正直、へこへこされるのも困るのよ。指揮はフラガ大尉の仰る様に、私も全くの門外漢。
ですから、ラミアス大尉が為さって。
ただ、希望を話すなら、そうねぇ、最新鋭の宇宙艦の運用を見学したいと思っておりましたの。
だから、ブリッジに何時でも入れる許可を頂けましたら幸いですわ。
その許可を頂ければ、掃除婦でも何でも仕事を見つけてやらせて頂こうと思います」
私の話にラミアス大尉が笑顔で答えた。
「そういう事でしたら、分かりました。
私達もあなたのご意見を伺いたく思う場面が有ると思います。
その時はお知恵を拝借出来れば幸いです」
大尉は深々と私に頭を下げた。
私は微笑んでそれをなおし、固く握手をした。
その後は荷物の積み込みや出発準備で大忙しとなった。
そして、やれることを仕上げ出航準備も整った頃。
「キラくん!」
「あ、ラミアス大尉」
ラミアス大尉は通路を歩くキラ少年を呼び止めた。
突然呼び止められて戸惑う少年。
「ちょっと良い?」
「あ……はい」
彼女は人気の無い場所へ移動すると、彼に小声で切り出した。
「あなた、コーディネイターよね?」
「……はい」
彼は観念した様に固く目を閉じて歯を食いしばった。
しかし、彼の想像する様なものは何も起きなかった。
それどころか、
「……やっぱり。でも、私はブルーコスモスみたいな偏見は無いわ。
ただ、この艦の中にはそうした偏見を持つ人もいると思う。
だけど、あなたが悪いわけではないのだから、堂々としていて。
正直私があなたを巻き込んでしまったみたいなものだから、何か有ったら私に言って頂戴」
「…有り難うございます。あ、の、ラミアス大尉」
「マリューで良いわ。キラくん」
「あ……はい。マリューさん」
彼女は彼の立場を心配して気遣ってくれたのだ。
連合軍の中にも普通に接してくれる人がいる。
それはたぶん、もの凄く小さな可能性の一つなのかもしれないが、その可能性がここで起きてくれた事を正直に感謝したい気持ちになった。
だが、そんな気持ちで居続けられる程、現実は甘くない。
「あ、でも、一つ言っておくわ。私はあなたが嫌ならいつでもMSを降りて貰う。
これはサービス心で言っているんじゃなくて、私達はアレに命を預けているの。
…確かに強引なこと言っていると思う。
だけど、あれは中途半端な気持ちで乗っていい物じゃない。
あなたは、それでもあれに乗る?」
「…わかりません」
「そうよね。唐突に言われて、はい、やります!…とは行かないわよね。
でも、だからとノリだけで乗られても困るし。
やる気が無いなら乗らない方が一番だと思うわ」
「…ぼくは…」
キラ少年が何かを言いかけたとき、ラミアス大尉は彼の口もとにそっと手を当てて止めた。
彼女の表情は穏やかで、口元に触れる手の温もりが心地よい。
「…正直な所、今この艦には大尉のメビウスとイチェブ君のデュエルと、あなたのストライクだけしかない。ここであなたがやめて戦力が一つ減るのは痛いわ。
でも、あなたは軍人じゃない。便宜的にあなた達は志願した事になっているけど、やめても良いの。
あなたの代わりを務める必要があるのは私達の方なのだから。」
ラミアス大尉の言葉はとても有り難い話だった。
しかし、だからと事態が好転するわけではない。
彼女の言っていることは本当だ。
自分がやめて機体が一機使えなくなるということは、危険に晒される可能性が増える事を意味する。
この戦いを回避すれば、いずれはVST社の人々によってOSの問題は改修されるだろう。
だが、この時点での改修はジェインウェイ社長は無理だと断じていた。
「僕は……戦います」
「キラ君?」
「僕がここで逃げても、いずれ誰かが代わってくれるかもしれない。
でも、戦わなかったら…そのいずれはやって来ないかもしれない。だったら、僕は戦う。
みんなを守りたいし、死にたくない。死なせたくない!」
その時、警報が鳴った。
CICに就いたミリアリアの声が艦内に響く。
「総員、第一戦闘配備。
パイロットはモビルスーツで待機してください。
作業員の皆さんは戦闘モードに移行してください。繰り返します…」
「…僕、行きます!」
「そう。わかったわ。みんなで生き残りましょう!」
「はい!」
二人は決意を胸に、それぞれの持ち場へと駆けて行った。
-つづく-