中身 氏_red eyes_第14話

Last-modified: 2009-10-13 (火) 04:01:33

ヤキン・ドゥーエⅢ。

 

菱形をしたこの資源惑星は、元々あった初代ヤキン・ドゥーエと比べると幾分小さい。
急拵えのこの要塞は、その大きさから所属艦隊を完全に収容する事は出来なかった。
その為外付けのドックに停泊させている艦船も存在する程で、
要塞としての体裁が整っているとは言い難いのが現状だ。
それでも、宇宙におけるプラントの守りが0という訳にもいかず、その存在意義が大きいのは事実であった。
それを重々承知している基地司令の禿げ頭を光らせる大将は現在、
彼の主であるピンク色の元歌姫と議論していた。
「ですから、SOCOM軍が何時攻めてくるか分からんのです。一刻も早く援軍を寄越して頂きたい」
『ですから騎士団を送ったのではありませんか。
 今プラントの艦隊を動かしては、内乱に乗じて連合が攻めてくる危険があります。
 発覚してから鎮圧するまでの時間を出来うるだけ短くする為の処置です』
「それは、分かりますが・・・」

 

モニターに映る彼女の言い分が分からない程、隻眼の司令官は馬鹿ではない。
連合は全体を纏め上げるだけのカリスマが不在である。
その為、内部にある各派閥の腹の探り合いが続いており、
その影響で依然に増して動きの遅い組織になっていた。
しかし、一度動き出せばその地球圏最大勢力という力で、全てを飲み込む巨人なのだ。
だからこそ、見せる隙は最小限にせねばならないのである。
「ラクス殿、私はプラントに忠誠を誓う者であります。断じて貴女に忠誠を誓う訳ではない。
 ですから、貴女のみに忠誠を誓う歌姫の騎士団を、心から信頼する事は出来ないのです。
 それは分かって頂きたい」
隠しても仕方ない。そう思ったのか、年老いて尚屈強な肉体を誇る司令官は
その厚い胸板を反らして宣言する。
『分かります。貴方は私の父上と共に黄道同盟に参加したメンバーであり、ザフト創立メンバーですから。
 しかし、極秘に動かせる戦力の中ではこれが最大なのです。貴方には彼らを上手く使えると思います』
今は無き同志の娘の言葉に、司令官は背に冷たい物が走るのを感じる。
シーゲルもパトリックも、政治家としての色が強くなると人を『使う』という言葉を使う様になっていった。
人を物として扱う言葉は、上に立つ者としては当たり前の物であり、それは理解している。
しかし、『使う』にも様々な感情が籠るものだ。
シーゲルはあまりこの言葉が好きでなかった様で、使う自分を嫌悪する様な感情が吐露していたし、
パトリックはその言葉を、上に立つ者たらんとする自分への戒めとするかの様に、
必要以上に冷酷な響きを強調して使っていた。

 

だが、このラクス・クラインは違う。人を『使う』事に対して何の感情も無い、
その単語を発する時、彼女の心には何の動きも見えないのである。

 

「分かりました。プラントに反旗を翻す不届き者は、この私が責任を持って討ち滅ぼします。
 貴女はプラントでその報告を待っているといい。それが貴女の仕事だ」
ラクス・クラインがどんな内面を持っていたとしても、それは軍人の自分には関係の無い事だ。
議会の椅子など柔らかすぎて、自ら蹴ってきた長い軍人生活。
その生き方で祖国に報いる事が出来る事は1つ。 眼前の敵を討ち払う事のみである。
深い皺を刻んだ大きな手で敬礼すると、ラクスはそれに微笑みを返してモニターから消える。

 

「・・・盗み聞きとは趣味が悪いな。入室は許可していない筈だが?」
暗く広い司令室の隅、出入り口の前で数人の人影が動く。
その先頭にいた人影が司令官の前に1歩踏み出すと、勢い良く敬礼した。
「失礼致しました!私達はただラクス様のお声が聞こえて、居ても立ってもいられず・・・」
「もう良い。君達のラクス殿への忠誠心は知っている。退室するがいい」
コーディネーターの中でも、最高級のコ―ディネートによって生まれた者である事が分かる、
端正な顔を持った歌姫の騎士団団長は実直その物の嘘が無い謝罪を口にする。
彼本人は容姿、能力、性格共に非の打ち所が無い好青年だ。こんな息子がいたら誰でも自慢するだろう。
しかし、その口から出るラクス・クラインへの忠誠の言葉の数々は、些か司令官をイラだたせる。
その後ろに控える団員も一様に若く、どの顔も美しい顔立ちと言って差し支えないだろう。
その感情の見えない、人形の様な顔の群れにゾッとしながら、司令官は彼らに退室を指示する。
騎士団は高レベルのセキュリティーを難なく通過出来るIDを持っている。
それはプラントの最高戦力という肩書と共に、ザフト内での自浄組織である為当然なのだが、
それも司令官には気に食わない。
「我々は何時でも出撃可能です。有事の際には、存分にお使い下さい」
退室する団員の中、再度こちらに向き直った団長は意気込みを口にすると、
纏った青い軍服を翻して退室して行った。

 
 

「ふぅ~」
自分以外無人となった司令室で、革張りの椅子に深々と腰を下ろす。懐から煙草を出すと口に咥えた。
長年連れ添った妻が、夫の健康を気遣って勧めた電子煙草は些か趣に欠ける物だが、
最期に贈られた形見を捨てられる筈も無く、今も小まめに充電しながら使っている。
これでデスクの中にあるバーボンを飲めたら最高だが、
何時SOCOMがくるか分からないこの状況で酔っ払う訳にもいかない。
「キラ・ヤマトか・・・」
咥えた煙草を2本の指にリレーすると、頭の中にいる弟子の名前が口に出た。

 

キラが本格的に軍人の道を歩む覚悟を決めた時、教えを乞いに行ったのが司令官その人だった。
当初はテロリストに教える事など無いと突っぱねたが、
あまりにしつこく家まで来るので仕方なく引き受けた。
「あの鼻垂れがなぁ」
戦術、戦略などは凄まじい速度で学んでいくのに対し、兵として必要な、
非道になる事に関してはどうしようもなく頑固に抵抗したのを思い出す。
史上最強と謳われた聖剣が、こんな尻の青い甘ちゃんだとは思わなかった。
今まで教えた中で最も出来の悪い弟子だ。それが今、プラントに弓を引き絞っているのである。
「師も、恋人も敵に回して戦い続ける・・・。世知辛い世の中じゃないか、なぁパトリック」
この宙域に漂っているであろう、同志に語りかける。
再び煙草を咥え直した彼を、要塞周辺の宙域を映したモニターの光だけが照らしていた。

 
 
 

数日後、ヤキン・ドゥーエⅢを前にしたSOCOM艦隊は艦隊全体が引っ繰り返る様な喧騒に包まれていた。
その中でも主戦場といえるMSハンガーでは、メカニック達が引切り無しに叫び声を上げている。
新設計のハンガーを持つプライスのMS最大艦載数は8小隊。
計32機のMSにはそれぞれメカニックが集まって最終調整の真っ最中である。
「こっちは後で良い、中佐の奴の調整を優先してくれ。アイツは色々やる事があるからな」
「了解しました」
プライスのハンガーは、宇宙では意味を成さない概念で言えば上下左右全てにMSが敷き詰められ、
些か窮屈な外見をしている。
その中の1機、白い機体を指差したディアッカがメカニックに指示を飛ばす。
機体の微調整はパイロットが必要不可欠だが、イザークは非常に忙しい。
パイロットだけをしていれば良い昔とは違うのだ。
それを知っているディアッカは、少しでも早く調整が済むようにメカニックを彼の所に向かわせた。
イザークの機体の横に直立しているフリーダムは、キラが1人で整備をしていて、
既に調整は終わってキラ本人は指揮官としての仕事に移っているらしい。
昨日の内に整備、調整の様子をメカニック達に手解きしていた。
本職の、しかもSOCOM所属の優秀なメカニックに整備を教えるなど、彼ぐらいしか出来ないだろう。
「やだね、天才ってのは。まぁこっちは凡人らしく、地道にやってくかなぁ」
自分も今やこの艦のMS部隊隊長である。
キラ、イザーク、シホ以外のパイロットは全員自分の部下という訳である。
今まで全機出撃しての作戦は殆ど無かった。しかし今回は初っ端から総力戦である。
プラントから援軍が来る前に速やかにヤキン・ドゥーエⅢを落とす必要がある為、当然の事であった。
加えて新造艦の奪取ときた、これでこの作戦な難易度はより高くなっている。
部下の命は、全て自分にかかっている。
そう思うと、否応無しに何時もの軽薄な表情は鳴りを潜め、真剣な顔が表に出るという物だ。
普段、真面目な顔をしている事をダサいと思っている彼も、この時ばかりはこの緊張感が心地良かった。

 

自分の私室でもあるプライスの司令官室に入ったイザークは、
ヤキン・ドゥーエⅢが映ったモニターを睨む茶髪の男を認めると溜息を吐いた。
「何か分かったか?」
「んー・・・、ここから見える光からして、事前に入手した戦力とヤキン正面にいる戦力は
 一致してるんだけど・・・やっぱり何かあると思う?」
「当然だ。あの要塞の司令官は貴様の師だからな。ザフトきっての捻くれ者だ。
 何を仕掛けているか分からん」
作戦前の大事な時間に、最高指揮官のキラが何故モニターと睨めっこしているかといえば、
彼が敵将の弟子であるからだ。
ヤキン・ドゥーエⅢの将はザフトきっての切れ者である。
イザークも何度か会った事があるが、性格の割に巧妙な戦術を用いる。
こうしてリアルタイムの布陣を見せれば何か見抜く事が出来るかと思ったが、中々難しい様だ。
イザーク自身も、要塞前に集結している艦隊からは正面衝突を望んでいる様にしか見えない。
「ごめん、仕事色々押し付けてるのに役に立てなくて」
「構わん、元々俺が言い出した事だからな・・・で、作戦はどうするんだ大佐殿」
「相手の出方が分からない以上、事前のプランが1番だと思う。変更無しだ」
「了解した」
キラの決断に、イザークは敬礼で答えると部屋から出て行った。

 

『シン、今回はザフト軍が相手だ。オーブ軍なんかより全然錬度が高い。気を抜くなよ』
「そう何度も言わなくても、SOCOM見てりゃ嫌でも分かるさ」
ギャズのMSハンガーで、外付けのミラージュコロイド発生装置を装備したウォルフガングの、
コクピットに収まるシンに苦言を呈すヴィーノ。シンからすればそんな事は百も承知である。
盗み見したSOCOMの、地上軍向けに実施されていた無重力戦闘訓練は、驚くべきレベルの高さだった。
それを考えれば、これからぶつかる事になるプラント防衛隊の錬度も高く見積もる必要がある。
そんな気を引き締めるレッドアイズの面々に通信が入った。
ブリッジやコクピットのモニターにキラの顔が映る。
『もう少しで作戦開始です。戦術は、事前にお知らせしたプランで変更ありません。
 貴方方には危険な役を任せる事になりますが、こちらが攻撃を始めるまで、持ち堪えて下さい。
 無事を祈ってます』
最後にザフト式の敬礼をして、キラがモニターから消える。

 

『たく、平然とした顔でよくも言ってくれるわよねぇ。要は囮でしょ?私達』
『そう言ってやらないでやろう。僕が指揮官でも多分同じ事するよ』
「まぁ死なない様に頑張るしかないだろ」
ウォルフガングと同じく外付けのミラージュコロイド発生装置を装備したレイヴンの、
コクピットに収まっているルナマリアとブリッジにいるアーサーが言葉を交わす。
プランとは、唯一姿が見えているギャズが単艦で接近し、先制攻撃を仕掛ける。
その間にSOCOM本隊はミラージュコロイドを展開しながら2手に分かれ、
敵本隊を挟撃するという至極初歩的な陽動作戦である。
旧式のローラシア級は傭兵から商人まで運用している事から、敵に警戒され難いという利点もあった。
『兎に角、後3分で作戦開始だ。出来る限り時間稼ぎするけど、時がきたらしっかり守ってくれよ』
『了解、ザフトレッドの強さを見せて上げるわ』
「元、な」
作戦開始のカウントダウンを刻むタイマーを脇に追いやり、
『茶々入れないでよ』と文句を言うルナマリアのモニターを正面に持ってくる。

「ルナマリア」
『・・・何?』
更に文句を言おうとしたルナマリアは、シンの真剣な声色に思わず押し黙った。
シンがルナマリアを愛称で呼ばない時は、決まって大切な事を伝える時だ。

 

「お前は・・・俺が守る」

 

ヘルメットのバイザーを下ろしながら、正面を睨む。
脇に追いやられていたタイマーが、自身の存在を示す様に作戦開始を告げた。