中身 氏_red eyes_第15話

Last-modified: 2009-10-29 (木) 00:50:43

「作戦開始です」
「ギャズ、ヤキン・ドゥーエIII警戒宙域に入ります」
「コンディションレッド発令」
「了解。コンディションレッド発令」
プライスのブリッジに、イザークの指示とオペレーターの声が響く。
正面モニターにはギャズが映され、通信も受信している。

 

(良い雰囲気だな。後はギャズが上手くやれば・・・)
落ち着いた雰囲気のブリッジクル―を認め、イザークは厳しい表情の下で満足気に思う。
ブリッジの雰囲気は、兵士の士気に直接影響を与える。
戦場においてブリッジとは、最も感情が広く伝播する所だからだ。
イザークの周りで作業しているクル―達は、適度の緊張を保ちながら作業効率は全く落とさない。
戦闘前としては理想の精神状況だ。
「俺達の出番はもう少し先だが、だからと言って舞台から目を離すなよ。
バデス、アイレス、あいつ等が沈まれたら、折角奪う新造艦が幽霊船になるからな。きっちり守れよ」
『了解』
『了解!』
ギャズが囮になっている間に要塞に接近して相手の隙を突く作戦だが、
勿論彼らを捨て駒にするつもりなど無い。
彼らにはまだ仕事があるからだ。
ギャズを守る為にナスカII級が2隻、ギャズの後方にミラージュコロイドを展開して隠れている。
どんな状況にも対処出来る布陣。それが今回キラがとったプランであった。

 
 
 

「こちらプラント領ヤキン・ドゥーエIII。近付いてくるローラシア級、所属と艦名を述べよ」
ヤキン・ドゥーエIIIの管制室は軽い緊張感に包まれていた。
地球方面から近付いてくる所属不明のローラシア級がヤキン・ドゥーエIIIの警戒宙域に入ったのだ。
この要塞は出来て幾分も年が経っていないので、
碌に地図のデータを更新しない連中がそれと知らずに近付いてくる事がたまにある。
今回も同じ様な輩だろうが、これも仕事である。
既にMSを搭載した現在の主力艦であるローラシアII級が2隻、所属不明艦に向かっていた。
「応答しろ。応答しない場合は撃沈する。これは脅しでは無い、警告である!」
今所属不明艦に通信している通信士は、特別警戒中という事もあって少々過敏になっている様だ。
そこにやっと、所属不明艦から通信が返ってくる。大型モニターに私服の気弱そうな中年男が映る。
『応答が遅れてスイマセン。なんせ通信機器が古いもので、
 最近ザフトが使っている電波に対して感度が悪くて・・・』
「御託は良い。所属と登録艦名を答えよ!」
苛立ちを孕む通信士の声に、男はビクッと肩を強張らせるとオドオドと答え始める。
『こっこちらはギャズ、フリーの傭兵です』
「・・・その傭兵がどういう用件で宙域を侵犯する」
『それが・・・私達はL2宙域に向かっていたのですが・・・』
ヘコヘコした様子の男の答えに、通信士は頭を抱える。
「その宙域はこの宙域とは全く方角が違う!貴様、航宙学を学んでいないのか!?」
通信士は遂に怒鳴った。地図がバグか何かで壊れたとしても、艦船乗りの常識である航宙学を用いれば
直ぐに方角を確認出来る筈なのだ。
『もっ申し訳ありません・・・直ぐに出ていくので』
「待て、念の為船内を調査させてもらう。規則だからな」
間も無く不法侵入艦に接触するであろう2隻のローラシアII級に調査の指示を出す。
自分達の仕事はこれで8割方終了である。後は現地に行っている連中の仕事だ。

 

前方から2隻の艦の内、船体に15とナンバリングされた艦が接近してくる。動かない方の、
船体に16のナンバリングがある艦は有事の際に即応出来る様に待機しているのだろう。
動きも迅速で、良く訓練されているのが分かる。
同じローラシアの名を持つにも関わらずギャズより火力も足も遥かに上のローラシアII級の周りには、
艦載機であるドムトルーパー6機、改良されたガナーウィザードを背負って
此方を警戒する様に銃口を向けてくる。
『こちらヤキン・ドゥーエIII第15パトロール艦、これより艦内調査を行う。下手な真似はするなよ』
「はい、どうぞどうぞ」
ギャズのブリッジにローラシアII級の艦長が映る。それに先程と同じ要領でヘコヘコ対応するアーサー。
向こうのモニターには映っていないが、周りのブリッジクル―が冷めた、或いは変人を見る目を向けてくる。
全く上司の気持ちも知らないで・・・と内心愚痴りたくなる。
ローラシアII級の艦長に悟られぬ様に、横に表示されたSOCOM艦隊の現在位置に目を向けた。
2手に分かれたSOCOM艦隊は既に既定の地点に到達している。初めの花火を上げるタイミングは任されていた。
『これより船体を固定し調査を開始する。昇降口を解放しろ』
モニターに映る艦長の指示と、アーサーの行動は同時だった。

 

『なっ、貴様!?』
艦長席の裏に置いてあったザフト軍の黒服を素早く羽織り、軍帽を被る。それが攻撃開始の合図だった。

 

モニターに映る艦長はその格好より、急に鋭くなったアーサーの眼光に怯む。
モニターに映る艦長が驚きから立ち直って指示を出そうとするが、遅い。
「16番艦から死角になる様に15番艦の影に移動!
 VLSは16番艦を、CIWSはMSを牽制しろ!主砲、連装レールガン、単装砲は15番艦に叩きこめ!!」
素早く出された主の指示に老兵が動く。
一拍遅れて一斉に発射された砲火が2隻のパトロール艦とドムトルーパーに襲いかかった。
突然の攻撃に15番艦は瞬く間に爆炎に包まれる。しかし直前に回避行動を取ったのかまだ生きている。
周りのドムトルーパーもCIWSに被弾する様な愚は犯さない。
16番艦はギャズから発射されたミサイルを全て迎撃したが、僚艦の影に隠れたギャズを攻撃出来ない様だ。
「やはりザフト相手じゃ不意打ちでもこれが限度か」
ザフトの錬度に改めて舌を巻く。
これが連合やオーブなら15番艦は撃沈、16番艦とMSにも少なからず被害が出る筈だ。
しかし現実は厳しい。奇襲は失敗し、ギャズはその老体を敵の前に無様に晒す結果になった。
砲撃可能な位置に移動した16番艦と、MSが再度ギャズに標準を合わせる。
所謂絶対絶命、しかしその場で新たに爆炎を上げたのはドムトルーパーであった。
連続で降り注ぐビームに、回避運動が遅れた1機が爆発したのだ。
続けて後方の16番艦が極太のビーム砲に襲われて回避が間に合わず被弾する。
『こちらウォルフガング、被害は?』
「大丈夫、損害無しだ。でも遅いじゃないか。肝が冷えたよ」
『ヒーローもヒロインも、遅れて登場するものでしょ?』
突然の攻撃の正体は、ギャズの両側面に現れた2機のMSによる物だった。
シンとルナマリアは念の為に警戒宙域に入る前に出撃、
外付けのミラージュコロイドを展開して状況を見守っていたのだ。

 

突然の乱入に動きが乱れたパトロール艦隊だったが、それも束の間の事で素早く統率を取り直す。
15番艦も見た目程損傷が無いのか、後退を開始した。
「くそ、コイツ等!」
出来れば15番艦は落としておきたいシンだったが、5機のドムトルーパーが
スクリーニングニンバスを張ってそれを阻止する。
ドムトルーパーは機体性能もさる事ながら、装備されたスクリーニングニンバスとビームシールドによって
鉄壁の防御力を誇る。
その特性を生かしてプラント防衛隊の主力機体の座にいるのだが、
この状況でもその防御性能は遺憾無く発揮されていた。
『焦らないでシン。迂闊に近寄るとスクリーニングニンバスでバラバラにされるわ』
「分かってる!でも・・・」
時間をかければ2隻の敵艦が態勢を立て直し一斉に砲撃してくるだろう。
今も16番艦からは艦載機が出撃し、MSの数が増えてきている。状況は悪化するばかりだ。
「スクリーニングニンバスもずっと張ってられる訳じゃない!ルナ、援護を・・・」
焦りが頂点に達しようとしたその時、ギャズの後方から夥しい数のミサイルが
ドムトルーパー目がけて襲いかかった。
ドムトルーパー隊が陣形を解いて回避行動に入る。
ミサイル自体はそれ程恐ろしく無いものの、防いだ際に発生する爆炎で敵機の接近を許すのも
面白くないと判断したのだろう。
しかし、一時的に散ったドムトルーパーに、今度はビームサーベルが襲いかかった。
『待たせたな。こちらアイレス所属ゲルググイレイザー隊、これより援護する』
その正体は、探知されないギリギリの距離でミラージュコロイドを解除した
SOCOM主力MSゲルググイレイザーであった。

 

ゲルググイレイザーは、一言で言うなら世界最強の量産機である。
全体的に丸くずんぐりとしたフォルムに、ジンの意匠が垣間見える頭部が乗っている。
装甲はPS装甲を排除しラミネート装甲を採用。
他のMSより一回り大きい機体だが、バックパック、肩、腰に脚部と、
過剰なまでに配置されたバーニアがその弱点をカバーする。
基本武装は銃口下部にグレネードを搭載した、射撃をセミ、フルで切り替え可能な単銃身なビームライフル。
連結する事無く両端からビーム刃を発生させる事の出来る高出力ビームサーベル。
それと腕部にビームシールドを搭載している。
これだけでは火力不足に見える本機だが、脚部とバックパック両側面にあるハードポイントに
追加の武装を搭載する事が出来た。
加えて、それらの武装は動力を核によって供給されている為に、
どれも従来の物より高出力な物となっている。
現在は、隊の内半数の機体がミサイルランチャーを背負っていた。
これらだけでも十分強力な機体であるが、しかしその本当の強みは隠密性にある。
ミラージュコロイドで身を隠す事は勿論、稼働音も極限まで抑えられていて、
敵勢力に対して確実で強力な先制攻撃を行う事が可能であった。
本来多数対多数の衝突には用いられない機体で、特性の半分は無用な物となってしまっているものの、
ドムトルーパーより優秀な機体である事は疑いようが無い。
散り散りとなり必死に距離を離そうとするドムトルーパーがまた1機両断される。
その光景は、正に草食獣を狩る肉食獣であった。

 
 

「くっ、SOCOMだと!奴等どこから現れた!?」
操舵手が叫ぶ。ローラシアII級のブリッジは正に狂乱状態だった。
敵MSの倍近い数のドムトルーパーが、抵抗する暇も無く撃破されていくのである。
その光景を見て正常でいられる方が異常なのかも知れない。
「9番機ロスト!残り4機です!」
「15番艦ブリッジに被弾!駄目です、沈みます!!」
オペレーターからの言葉が更なる混乱を呼んだ。恐怖は形を成す事で更なる恐怖を人に煽る。
オペレーターは職務を全うしただけなのだが、その彼らの声も震えていた。
その混乱の中で、艦長が息を大きく吸い込んだのに気付いた者は何人いたか。

 

「静まれぇっ!!!」

 

艦長の大声にブリッジは一瞬無音になった。その一瞬を逃さず、艦長は矢継ぎ早に指示を出す。
「ドム隊を戻して艦の防衛に回させろ!当艦は回避運動を取りながら9時方向へ移動!
 後ろには逃げるな、狙い撃ちにされる。
 各火器はMSに集中して弾幕を張れ、近付かせるなよ!耐えていれば、必ず援軍が来る」
「りょ、了解!!」
艦長の一喝にクル―達は希望を取り戻し、ブリッジが本来の機能を取り戻していった。

 

ウォルフガングが被弾していた15番艦に止めを刺した頃から、
戦場の空気が変わり始めた事にルナマリアは気付いていた。
それが状況通りこちらの圧勝ムードに拍車を掛ける物なら良いのだが、
漂い始めた空気は明らかにそれとは違っていた。
『こいつら、しつこいっ・・・ぐあっ!』
『フセ、後退しろ!』
戦力において圧倒的に上のこの状況で、SOCOM側初の被弾が出る。
オルトロス改によって、保持していたビームライフルごと右腕を消し飛ばされた機体が戦域を離脱していく。
『突然動きが変わったぞ』
『態勢を立て直されたか・・・優秀な指揮官がいるな』

 

数で勝るプラント防衛隊MS、ドムトルーパー攻略にSOCOMが用いた策は、所謂撹乱策であった。
ザフトは、母体であるプラントの慢性的な人口不足から人員が足りていない。
軍縮の影にはその様な理由もあるのだが、軍縮を以てしても尚人員は不足していた。
その為、志願した新兵達を即急に一人前の兵士にする必要があったのだ。
しかし、プラントの置かれた情勢を鑑みれば質を落とす訳にもいかない。
コーディネーターとはいえ、兵士の教育には時間が掛るのだ。
そこで考え出されたのが、学ぶ分野を削った集中教育である。
特に、人員の消耗率が高いMSパイロットはその教育法が徹底された。
プラントの防衛に必要なのは、射程の長い射撃武器を的確に扱う技術と、部隊での連携である。
即ち、彼らは射撃と統率された動きは超一流でも、格闘戦と単独での戦闘は不得意なのだ。
だからこそ、SOCOMはドムトルーパー隊を拡散させ、格闘戦での各個撃破の戦術をとったのである。

 

「こんな所でちんたらしてたら、本隊と合流する前にやられる。俺が切り込みますから援護して下さい!」
バデスとアイレスは、万が一ミラージュコロイドの偽装がばれるのを避ける為に
若干ギャズとは距離を置いており、バデス所属のMS隊も艦の護衛の為に艦から離れられない。
シンとしては、彼らが到着する前にパトロール艦を潰したかった。
そうしなければ、只でさえ距離がある本隊と合流する前に、少数の自分達が食われかねない。
時間をかけるのは危険だった。
『了解した、援護する。安心して突っ込め』
『シン、私も行くわ』
「でも・・・。分かった、但し、俺から離れるなよ」
一定の距離を保ちつつ撃ち合っていた膠着状態を、ウォルフガングとレイヴンが破った。
突出する2機に砲火が集中する。
ウォルフガングが、ミラージュコロイドを用いた残像によって射撃を回避しつつ、
2連長距離砲を両脇に展開させて放つ。
しかし、出力を強化されたビーム砲でもビームシールドとスクリーニングニンバスという
二重の盾の前では機体をよろめかせるのが精一杯であった。
レイヴンも、バレットドラグーンとハンドガンでは有効な打撃が与えられない。
しかし、ウォルフガングの攻撃でよろけたドムトルーパーの1機が、別方向からのビームに被弾、
オルトロス改を潰される。
一瞬出来た防御の隙間を射抜いたのは、遮光処理を施されたモノアイを淡く揺らめかせる
ゲルググイレイザーであった。

 

「貰ったっ!」
更に広がった防御の穴に、ビームハルバードを構えたレイヴンが斬りかかった。