中身 氏_red eyes_第22話

Last-modified: 2009-12-21 (月) 04:01:31

違えた意志編

 
 

「やはり抜けてきましたかキラ・・・」
「はい。ヤキン・ドゥーエⅢは既に陥落。
 整備補給をする事を前提に、凡そ3日後にはこちらの防衛線と衝突するでしょう」
プラント、アプリリウス・ワンにある議長官邸。
その執務室で、ラクス・クラインは秘書からの報告を受けていた。

 

「その防衛線ですが・・・もう少し下げて構いません」
「と、言いますと?」
「プラント市民が不審を抱かず、SOCOMが長距離砲撃を躊躇するギリギリの距離に防衛線を張って下さい」
SOCOMとプラント防衛艦隊が衝突する予定の宙域、侵攻ルートから見ると、
防衛線を引くとなると丁度プラントを背中に背負った形となる。
本来なら流れ弾が飛び込まぬ距離で戦闘を行うのがセオリーなのだが。
「キラ・ヤマトは撃てないと?」
「ええ、彼は撃ちません。
 倫理的にもですが、プラントの被害の上に勝利を掴んだとしても、誰も彼には付いて行かないでしょう」
「・・・了解しました。防衛線の位置を再調整するよう通達しておきます」
それはラクスにも言える事なのだが、彼女には声がある。
最大の武器であるそれを行使すれば、プラント国民を抑える事も容易い。

 

秘書は軽く頭を下げると足早に執務室を後にした。
扉が閉まるのを確認し、執務席に取り付けられた端末を操作する。
数度のコールの後、如何にもマッドサイエンティストという風貌の中年がモニターに青白い顔を映した。
『お呼びですかラクス様』
「SOCOMがヤキンを突破しました」
『ほぉ、あの大将が突破されましたか。それで、私に何をせよと?』
プラント側の不利を示す情報に、しかし男は嬉しそうに顔を歪める。その顔は爬虫類を連想させる。
こちらがこれから言う事を予測出来ているであろう男に、改めて命令する。
「彼らを起こして下さい。貴方なら3日で出来るでしょう?」
『その御言葉を待っておりました!反逆者からプラントを救った英雄。最高のデビューだ!!』
興奮した様子を隠そうともしない男が、モニターの中で狂喜乱舞している。
見ていて気持ちの良い男では無いが、デュランダルと同じ研究チームにいた事もあって
優秀な事は確かだった。
挨拶も無しに通信を切ると、ラクスは革張りの議長席に深く沈みこんで溜息を吐く。

 

「・・・貴方も、結局私を置いて行ってしまう結果になってしまいましたね」
頭の中には、長く味方だった、最終的には自らの手で葬った人々の顔が浮かんでは消える。
何時からか見る様になった悪夢に最愛の男が加わるのを想像して眩暈がした。
しかし、自分がここで倒れる訳にはいかない。
国として三流だったプラントが漸く一人前になれる所まで来ているのだ。
ここで踏ん張れば、プラントを永く栄える一流の国にする事が出来る。
それが出来てこそ、ここに住まう国民に平和を与える事が出来る。
それを成し得るのは、国の為にあらゆる物を犠牲にしてきた自分であるとの自負があった。

 

「来なさいキラ。国が、歴史が、貴方と私どちらを望んでいるのか・・・この戦いではっきりさせましょう」

 
 
 

新たなデブリに囲まれたヤキン・ドゥーエⅢは蜂の巣を突いた様な喧騒に包まれていた。
調印が終了後、SOCOMが出撃な準備を整えていたからである。
「艦隊の損耗率は?」
「幸い、撃沈された艦は少ない。ただ、無傷の艦も無い。中破認定の艦が多いのが悩み所だな」
寝不足の疲れた顔を突き合わせ、男達がうんうんと唸っている。
艦長以上の者を集めた会議は、補給修理の問題に終始していた。
メカニック達には、既に艦やMSの修繕に当たってもらっているが、何処も人出が足りないのが現状であった。

 

「あのぉ」
「ん、なんだ」
窮屈そうにパイプ椅子に収まる艦長達の中から、控えめに手を上げる男が1人。
イザークに先を促されて立ち上がった。
「私の艦はやはりあのままなんですかね・・・?」
「貴様等は優秀な戦力だ。先の約束は違えてしまったが、それ相応の艦を与えたい。だが・・・」
やや気まずそうなアーサーに、イザークが答える。
プラントを前にした決戦では、今回以上の激戦が予想される。
受領する筈だった新造艦なら、アーサーもそんな心配はせずに済んだのだが、
生憎当の新造艦はプラントへ逃亡してしまった。
幾ら艦に愛着があるとは言っても、旧式艦でその戦場に出るのは自殺行為に等しい事は
アーサーにも分かる事だった。
「新造艦程では無いにしろ、今現在ヤキン・ドゥーエⅢには貴艦よりも性能の低い艦は存在しない」
「その通りです・・・」
頭では分かっている事でも、改めて言われるとショックな物である。
確かに、メサイア戦没後からザフトの使用兵器類は完全な代替えを完了している為、
現在ザフトの艦で1番性能が低いのはローラシアⅡ級であり、そこからⅡが抜けたギャズは更に劣る。

 

「であるから、ヤキン・ドゥーエⅢから艦を借りる事が出来るか掛け合ってみよう。
 半壊の艦くらいは融通が効くかも分からん」
「はぁ・・・」
予想通り期待出来そうに無い答えに、頭の中が暗くなる感覚を覚える。
しかし、もう後には引けないのだ。艦長として、傭兵団の司令として、不安を外に出す訳にはいかない。
「大将がある程度の物資の提供を約束してくれている。各員交代で4時間ずつの休息を取り次第出撃。
 その間に物資の詰め込み作業と艦及びMSの修繕に全力を注いでくれ」
「他の質問が無い様なら当会議を終了する」
キラがその後の予定をまとめ、イザークが会議を閉会させる。
会議の題目全てに答えが出た訳では無かったが、如何せん時間が無いのである。
足早に自らの艦に戻っていく艦長達と共に、アーサーも細身のパイプ椅子から立ち上がる。
立った拍子にガタンと音を立てた椅子が、今の自分達の状況さながらに不安定に見えた。

 
 

「艦の件はどうなりましたか艦長?」
「いやぁそれが・・・一応検討するみたいだけど、どうなるか分からないのが本当の所だよ」
損傷が比較的少ないギャズは、ヤキン・ドゥーエⅢに接岸した形で停泊している。
会議室は要塞の中央付近にあった為、我が家に帰ってくるのも一苦労だ。
そんな家主がブリッジに入って直ぐ、アビーから質問が投げかけられた。
「この艦も限界です。先の戦闘で、これが最期だと思ってエンジンに大分無理をさせましたから・・・」
「あそこまで派手な戦闘機動とった事無かったからね」
アビーの元にはギャズの各部署から送られてくる情報が集まってくる。
この老兵の体の事を1番分かっているのは、アーサーとアビーである事に間違い無かった。
2隻の艦を相手にした時の急旋回、急加速、その後包囲網に全速力で駆け付けた事が、
老兵の心臓を蝕んでいた。
「機関長も直すより艦を乗り換えた方が早いと言っています」
エンジンの御守をする機関長は、アーサーに勝るとも劣らぬ程ギャズに愛着がある。
その彼がそう言うのだから、本当にギャズは限界なのだろう。

 

「艦長、MSの修理には目途が付きました。
 まだ戦闘に耐えられませんが、取り合えず次の戦闘までには間に合いそうです」
自動ドアが開き、シンとルナマリア、ヴィーノがブリッジに入ってくる。
シンの手にはブリッジ要員と自分達の分のレーションが積み重なっている。
「分かった。引き続き修理を続けてくれ。・・・もう食事の時間かい?」
「ええ、ブリッジ要員は食堂に来る暇が無いだろうからって」
ギャズの胃袋である食堂を指揮する料理長の配慮だった。
確かに、艦の頭脳たるブリッジ要員達は、あの戦闘の後から碌に席を立っていない。
通信機で担当部署と引切り無しに通信を行っていたマイク達も、
レーションに釣られたかの様にこちらに体を向けた。
「助かるよ。一緒に食べるとしよう。もうみんなヘトヘトだろう?」
アーサーの柔らかな声でブリッジの小さな食事会が開かれた。24時間ぶりの食事に舌鼓を打つ。
皆が無心で食事をする中、アーサーはアビーと談笑しているヴィーノに声をかけた。
「ヴィーノ、もし艦を換えるとしたらMSの運搬作業にどれぐらいかかる?」
「ん~、資材の運搬もありますから、半日以上はかかりますね」
「半日なら何とかなるか・・・。有難う」
フォークを咥えながら喋るヴィーノの言葉を確認し、食事を一時中断して考え込むアーサー。
そんな彼の座る艦長席に設けられた電話が突然けたたましく鳴り出した。
危うく膝に乗せたトレ―を落としそうになりながらもそれに応じる。
電話を鳴らした人物は、今アーサーの頭の中にいた人物と同じであった。

 

『イザークだ。先程の艦の話だが、何とか出来るかもしれん』
「本当ですか!?」
いきなり大きな声を出すアーサーに、艦長を注視していたブリッジの面々は目を丸くしたが、
彼にそんな事は関係無い様だ。
「どういう艦でしょうか?ローラシアⅡ級ですかね?」
『いや・・・それがな』
艦の機種を問うアーサーの鼓膜を、イザークの歯切れの悪い返事が揺らした。
「やっぱり壊れかけですか?戦闘前にある程度補修出来るのならこっちで何とか出来ますが?」
『まぁ待ってくれアーサー司令。大将が譲ってくれた艦は、そんな簡単な問題じゃないんだ』
「どういう事ですか?」
微かに眉を顰める艦長に、どうやら雲行きが怪しくなってきたらしい事を感じたシン達が聞き耳を立てる。

 

『実はな。その艦は大将が半分趣味で造ったツギハギ艦なんだ。
 ダミーの防衛艦隊を造る際に余ったパーツに武装を搭載した代物らしい。
 艦名も無ければ、ザフトの認識コードも持っていない』

 

「・・・それ、本当に動くんですか?」
こんな短時間に代わりの艦を用意出来るなんておかしいと思っていたのだ。
ザフトの認識コードを持っていない。
即ち、軍の保有戦力に入っていない事から都合が効いたのだろう。
キラがこの事を知れば、工作が好きな先生らしいと笑う所だろうが。
『勿論だ。搭載火器の火力も大した物だし、足も速い。しかし』
「バランスが悪いんですね」
『ああ。艦載容量が少ない事についてはあまり実害は無いだろうが、如何せん装甲が薄い。
PS装甲もラミネート装甲も使用されていないからな』
ツギハギというだけあって、使われている装甲材がバラバラなのだろう。
装甲が薄いのも仕方が無いと言えた。
「とりあえずその艦を見てみます。我々が使えるかどうかは、その時に決めますよ」
『そうか。例の艦はそこから少し離れた・・・』

 

イザークからツギハギ艦が停泊している場所を教えて貰うと、礼を言って受話器を置く。
顔を上げたアーサーの周りには、ブリッジクルー+aが不安で一杯という顔で
こちらでこちらを覗きこんでいる。
しかし、クル―達が不安がっている時こそ、艦長がそれに呑まれてはいけない事をアーサーは知っていた。
「ほら、念願の新しい艦だ。一緒に見に行く者は20分後にエアロック集合!」
教師さながらパンッと手を叩いたアーサーに、各員は了解と口を合わせると各々の作業に戻っていった。

 
 

例のツギハギ艦は、ギャズが接岸しているブロックから3つ離れたブロックに収容されていた。
シンやアーサーを含めた見学組が、その巨体を見上げる。
見上げるとは言っても、その全長、全高共に戦艦としては小さめだ。
ナスカⅡ級が土台となっている様が窺える尖った船体を、ワインレッドで塗装している。
「思ったより悪くないじゃん」
「確かに見た目はな」
シンとヴィーノの会話を余所に、船体の各所を丁寧に見ていくアーサー。
船体の中心は間違い無くナスカⅡ級だが、トレードマークの三又の鉾と言える
前方に伸びた3つの突起物の内、両舷の2つが根こそぎ無くなっていた。
代わりにローラシアⅡ級の物と思われる火器がこれでもかと両舷から突き出ている。
これを見ただけでも、イザークが同意していたバランスの悪さが分かる。
「ああ、こりゃ火力が強いのは正面に対してだけですね」
火器管制を受け持つチェンが、アーサーと同じ感想を洩らす。
両舷に搭載されたローラシア級の主砲、及びレールガンは急造品の為か可動域が狭く、
カバー出来るのは精々正面90度と言った所か。
左右にも対応出来る武装はVLSがあるが、その数は元のナスカⅡ級より幾分か少ない。
「旋回速度にも難がありそうですね」
操艦を任されているマリクも不安そうに呟く。
ナスカ級は本来、両舷の推力を利用する事で軌道変更を行うのだが、
火器プラットフォームと化している両舷には申し訳程度のバーニアしか装備されていない。
その代わり、船体重量が減った艦の足はナスカⅡ級より早いのだが。
「まぁまぁ2人共、そこは君達が頑張れば良いじゃない。僕もしっかり指揮するからさ」
方をポンッと叩く上司に少し勇気付けられる。
「シンはどうだい?感想は」
「色や形、性能といい、なんか暴走族のバイクみたいですよね」
確かに、速さを追求したかの様なフォルムと性能、派手な色も相まってそう見えない事も無い。
シンも昔はミネルバにバイクを持っていく程、走るのが好きな人間である。
ツギハギ艦を見上げるその横顔には、気に入ったという言葉が張り付いていた。

 

「で、名前は何にします?コイツの」
シンの言葉に、1番大事な事を忘れていたとアーサーの顔にしまったという色が浮かぶ。
ギャズもグリッグスも、アーサーが命名した物である。
艦に名前を付けるのは艦長としての醍醐味の1つでもあるのだが、彼はそれが苦手であった。
上記の2隻も、丸々1ヵ月悩んで命名した物だ。
今回は急な事で全く考えていなかったのである。
アーサーがうんうんと悩んでいると、見兼ねたシンが案を出した。
「ゴーストなんてどうです?」
「ゴースト?なんでだい」
「いや、この艦って色んな艦の残骸から出来ているんでしょ?
それに、ギャズの魂を継いでいるっていうか・・・兎に角格好良いじゃないですか!」
「良い歳して全くもう・・・」
そこら辺のセンスは一向に大人にならない恋人に、ルナマリアは頭を抱える。
「そんなに変か?」
「いや、良いんじゃないかな?呼びやすいし」
あっさりとシンの案を認めたアーサーに、本当にそれで良いのか!?
という目が向けられるが、当のアーサーは気付かない。
「性能としても、癖はあるけど悪くない。時間が無いから、名前も決まった事だし早速引越しの準備だ」

 

アーサーの一声で、手早く決まった新しい艦、「ゴースト」への引越し作業が始まった。