中身 氏_red eyes_第23話

Last-modified: 2010-01-05 (火) 04:22:03

ギャズからゴーストへの運搬作業が終わる頃、キラはアスランと2人でプライスの食堂にいた。
イザークに少しは休めと怒られたのが30分前。
プライス内部に設けられた自分の部屋に向かう途中でアスランと出会ったのが20分前である。
SOCOM第2艦隊旗艦シェパードに乗艦し、先の戦闘に参加していたアスランが
何故プライスにいるかと言えば
「ナイトジャスティスの損傷が酷くてな。次の戦闘に間に合わせるならプライスに行けと言われた」
という事らしい。
広大なハンガーが売りのミネルバ級なだけあって、プライスのハンガーはザフト内では
ゴンドワナに次ぐ広さを誇る。
勿論、整備環境もSOCOM随一である。今まで愛機の修理に付き合っていたらしいが、
腹が減って食堂に行こうとしていたという事だった。
自分が久しく食事を摂っていない事に気付いたキラも、それに付いて行く事になったのである。

 

「こうやって腰を据えて話すのは何時ぶりだろうね」
プライスの食堂に備え付けられた高級士官用の個室。
幼少の頃からの親友2人は久々に語らいの場を得ていた。
「そうだな。オーブの時は、碌に話さなかったからな」
遠い記憶を手繰る様に天井を仰ぐアスラン。
宇宙と地上に隔てられた2国の要人となっていた2人は、ここ数年まともに親友としての会話が無かった。
「うん。アスランの凸の広さが時間を感じさせるね」
「・・・俺は禿げてる訳でもヅラでも無いぞ。ただ少し他人より凸が広いだけだ」
「冗談だよ。アスランは昔と全然変わらないね」
ただの冗談だというのに生真面目に答えるアスランに、昔からちっとも変わらない親友を見て安心する。

 

しかしその言葉を聞いた親友は、顔に僅かな影を落とした。
「変わらないか・・・。そうだな、俺達は何にも変わらない。何時でも血に汚れて、戦っている」
「この前の、クーデターの事?」
「・・・ああ。結局、俺達は変わらない。自分の主義主張を語って、多くの人を戦いに巻き込んで・・・」
サラダを弄るアスランが喋る内容は、俗に言う所の愚痴その物であった。
恐らくカガリにも話せなかったのだろうそれを聞けるのは、親友ならではという所か。
キラにとっても聞き流せる内容では無かった為、彼の話に乗る事にした。
「今僕がやっている事も、同じだと?」
「別に責めるつもりで言ったわけじゃない。・・・いや、これじゃ責めてるのも同じか、すまない」
キラの問いに、ハッとした様に顔を上げて謝るアスラン。
懺悔とも取れる言葉は、オーブとザフトで起こった2つのクーデターが、
彼に与えた影響が計り知れない事を知るには十分だった。
「俺はこれからの人生を軍人として、オーブとカガリを守る事に費やす。
 それが、俺に出来る唯一の罪の償い方だと思うから」
「うん」
「キラ、お前はどう償うんだ?この罪を」
親友として苦しむアスランの愚痴に頷いていたキラだったが、アスランの突然の問いに若干面食らう。
しかし、避けて通れる問いでは無い。キラも、アスランと何ら変わらない罪を背負っているのだから。

 

しかし、キラの答えはアスランにとって驚くべき物だった。
「・・・僕は、償わない。償えないよ。これからも沢山の人を巻き込んで、泣かせる事になる。
 それで、パンパンに膨れ上がった罪は、墓まで持っていくんだ」
「それが、お前の覚悟か」
自嘲的な笑いな筈なのに、妙にスッキリしたキラの表情を見て、
下手に気を使うのは野暮だと感じるアスラン。
その姿に、何時も自分を頼っていた幼年期時代の頃のキラを想像するのは難しい。
親友の成長を嬉しく思う反面、もう自分を頼る事も無いのだろう寂しさもあった。
成長という言葉が頭に浮かんだと同時に、ある男の影が彼の脳裏を過る。
「覚悟と言えば、シンの奴も大分凄い奴になったな」
「そういえば、シンはアスランの元部下だったね」
「ああ。・・・まぁ、アイツは俺の事大嫌いだろうけどな」
今度はアスランが自嘲的に笑う番だった。
あの頃の自分の馬鹿さ加減に、今更ながら羞恥心が込み上げてくる。
「昔な、命令違反したアイツを殴った事があるんだ。『戦争はヒーローごっこじゃない!』ってな」
「そんな事言ったの?」
自分達にとってこれ程「お前が言うな」な言葉は無い。
所謂ブーメラン発言に、笑いを堪えるのに必死になるキラ。そんな親友を無視し、アスランは話を進める。
「この前、オーブで数年ぶりにあったアイツは変わっていた。
大人になったって言うのかな。昔に比べたら大分冷静にモノを見れる奴になっていたよ」
「うん」
「けど、芯の部分は全然変わっていなかった。
 誰かを守る為の力以外の力は、アイツにはいらないんだろうな」
「・・・・・」
「ザフトを抜けたのは居場所が無くなったかららしいが、
 アイツに限っては別の理由があったんじゃないかと俺は思ってる」
「別の理由?」
人工肉のステーキを切り分けながら聞いていたキラは、その言葉の部分で動きを止めた。
シン達ミネルバ組のザフト脱退に、少なからず申し訳無い気持ちを持っていたからだ。

 

「アイツは・・・シンは、ヒーローごっこじゃなく、本物のヒーローになる事を選んだんだと思う。
 勢力に縛られず、強きを挫き弱きを守る。そんな絵空事に、人生を賭けている様に見える」

 

アスランの推測に、キラはただ頷く事しか出来ない。キラは彼程シンを知っている訳ではないからだ。
メサイア戦没直後に数回会った事がある程度だった。
しかしその数回の会話でも、シンが誰よりも平和を求めているのが分かったし、
自分やラクスには無かったミクロな視点での幸福に目を向けていた。
「俺達とは真逆だな」
自らのシンとの記憶を掘り起こしている最中に、アスランから声がかけられて現実に引き戻される。
「俺達は、周りを巻き込んで戦う。アイツは、自分以外の人間が少しでも戦わなくて済む様に戦う。
 その為なら、自分を変える事、犠牲にする事を厭わない。」
攻める戦いと守る戦いという、言葉の上では至極簡単そうに見える対立は、
しかしこの場の2人にとっては非常に難しい問題であった。
「それでも、僕はこの戦いを止めないよ。
 ラクスがやってる事は、やっぱり許される事じゃない。だから、僕は・・・」
「それは俺も同意見だ。ラクスがやっている事は為政者の範疇を超えてるからな」

 

『全艦出撃準備完了しました。キラ・ヤマト大佐、ブリッジにお越しください』

 

互いの意志を確認しあった直後、個室内にオペレーターの声が届いた。
「時間みたいだから行くね。この部屋は使っていて構わないから」
「ああ、こちらも有意義だった。有難う」
食べかけのトレ―を持ってキラが個室を出て行く。
微笑みをこちらに寄越して去っていく親友に、しかしアスランは不安を隠せない。
思わず愚痴を溢してしまったが、ラクスの話をする際の彼は思い詰めていた様だった。
キラは未だに、ラクスを恋慕している。
だからこそ、彼女が間違った道を歩むのを見てはいられないのだろう。
もしも最愛の人を自らの手に掛ける様な事があれば、あの心の優しい親友は壊れてしまうかもしれない。
そんなのは悲し過ぎるし、見たいとも思わない。だから――

 

「カガリ、お前の弟は、必ず守って見せる。もしもの時は、俺が・・・!」

 

新たな決意を胸に、アスランは冷めきった人工肉を頬張った。

 
 
 

「運搬作業終了。生命維持機能、オールグリーン。機関、オールグリーン。
 火器、オールグリーン。艦長、ゴースト何時でも出撃可能です」
「有難うアビー君。マリク、ゴーストは今までのどの艦とも操艦感覚が異なる筈だ。慎重にね。
 チェン、この艦にはミラージュコロイドが搭載されてるけど、ナスカⅡ級より信頼性は低いし、
 展開時の火器も制限される。留意しといてね」
「了解」
「了解」
ゴーストのブリッジはナスカⅡ級と同様の形をしていた。ギャズと比べると大分広いのだが、
慣らし運転も無しに出撃する緊張感からか、ブリッジ全体に張りつめた空気が漂っていた。
「艦長、旗艦プライスから出撃の合図です」
「分かった」
アビーの報告に頷くと、艦長席に備え付けられた通信端末を口元に引き上げた。

 

「諸君、今回の戦いは傭兵となってから最も激しい物になるだろう。気を引き締める様に。
 それと、時間が足りなかったから、ゴーストを塗装し直す事が出来なかった。
 時間が出来たら、団員全員に塗らせるから、そのつもりでね」
≪了解!!≫
まるでゴースト自体が声を発しているかの様に艦内全体から声が届き、
背負っている命の重さを再確認するアーサー。
やはりこういう事に自分は向いていないなと思いながら端末のスイッチを切る。

傭兵となってから、所有する艦は全てミネルバと同じ灰色に塗られている。
団員一同は、撃沈されて尚少数の死者しか出さなかったミネルバに恩義を感じて塗っている。
しかしアーサーは違った。
この色に塗っていれば、何時も艦長が、タリア・グラディスが見ていてくれる気がしたからだ。
最後の最後で艦長としての任を放棄したタリアだが、未だにアーサーは尊敬していた。
的確な判断とアドバイスで艦を指揮していた彼女が見ていてくれれば、
アーサーは何時でも背筋を伸ばしていられる様な気がしたのだ。

 

「エンジン点火、微速前進!」
「了解、微速前進!」
深紅の槍が、束縛を払うかの様にドックから滑り出す。
ヤキン・ドゥーエⅢを出て直ぐ横に見えるのは、運搬作業の為にドックの横に接岸されたギャズである。
役割を終えた老兵は、この要塞で余生を過ごす事になる。
今まで世話になった艦に敬礼しながら、アーサーは艦隊を再編成する集合地点にゴーストを進めた。
遠のく灰色の船体は、突き進む赤い艦を何時までも見守っていた。

 
 

ヤキン・ドゥーエⅢを少し離れた宙域でSOCOM艦隊は陣形を組み直していた。
組み直すと簡単に言っても、戦艦10隻以上の大艦隊である。
熟練の艦長達の手に寄っても、図面通りの陣形になるのにはそれなりの時間が必要だ。
忙しなく動く戦艦の中の1隻、深紅の艦であるゴーストも不得意な横移動に四苦八苦していた。

 

『新しいハンガーはどうですかヴィーノ君?』
「うん、上々だよ。少し狭いけど、MS2機を運用するのには十分だし。設備自体はギャズより良いしね」
「なんだ?彼女と通信回線使ってだべってるのか?」
ゴーストのハンガーでは、MSの修理に性を出すメカニック達と搭乗機が無いパイロットが
休憩時間を過ごしていた。
そのメカニック達の長であるヴィーノと、僅かながら暇が出来ていたアビーが通信端末で連絡を取っている。
「そんなんじゃないよ。何時の時代の艦にとっても、ハンガーってのは大事なモンなんだ。
 それの使い心地、つまり現場の声を、上に伝えている訳」
「ふぅん。可愛げねぇなぁ。もうちょっと慌てろよ」
『慌てる理由がありませんから』
ウォルフガングの修理が完了していない為に暇を持て余していたシンを、
ヴィーノに向けていた声とは同一人物とは思えない冷たい声で刺すアビー。
多忙を極めたここ最近、ヴィーノとアビーは会話らしい会話が出来ていないのだから、
彼女が怒るのも無理無い事だ。
『あ、通信が入ったので切ります。またねヴィーノ君』
「うん。またね」
声色を再び恋人に向けるそれに変えたアビーが通信端末から消える。
それを寂しげに見送るヴィーノに、少し悪い事したかな?とシンは頭を掻く。
「そういえば、シンに相談したい事があるんだ」
「うん?」
そんなシンの後悔を余所に、くるりとこちらを向いて話を持ちかける小さい友人。

 

「ルナの機体はパーツの許容範囲内だったから良かったんだけど、シンの機体のパーツが足りないんだ。
 武装パーツは結構予備があるんだけど左腕のパーツが足りない」
「もしかして、次は左腕無しで出るのか?」
逸早く修理を終えたレイヴンは、ルナマリアを乗せて現在艦隊の哨戒任務に就いている。
ミラージュコロイドを張ったままでは、精密な艦隊陣形が組めない為だ。
それに引き換え、四肢を尽く破壊されたウォルフガングは未だにハンガーに収容されていた。
「そんな事はメカニックとしての俺のプライドが許さないよ。
 ゲルググの予備パーツを分けて貰ったんだ。 それを左手にするついでに、
 ゲルググ用のアサルトシュラウドを改修した物を装備しようと思うんだけど、どう?」
「どうも何も、今までヴィーノが造った物に失敗作なんて無いからな、頼むよ」
「よし来た!」

 

ヴィーノが提案したのは、ウォルフガングのフルアーマー仕様の作成であった。
次の戦いの激しさを予想したヴィーノの配慮である。
彼の手製の装備はどれも一級品である為、シンも安心して任せられるのだ。
メカニック達を集め、図面を広げて説明し始める彼を見、
また暇になったなと缶コーヒーを飲み干すシンであった。