中身 氏_red eyes_第24話

Last-modified: 2010-02-08 (月) 02:41:33

ヤキン・ドゥーエⅢとプラントを直線で結んだ軸線上の宙域に、
プラント防衛隊の大艦隊が整然と陣形を組んでいた。
ローラシアⅡ級、ナスカⅡ級が主力を担う艦隊には、
ヤキン・ドゥーエⅢから帰還した新造艦も勿論参加していた。
戦略的撤退、悪く言えば敵前逃亡同然に逃げ帰って来た平べったいエイの様な形のそれは、
今はプラント防衛隊の旗艦という大役を担っていた。
その艦のブリッジから大写しになっているプラントを見る女性が1人。
美しいピンク色の髪を結上げ、白い陣羽織を羽織る彼女は、プラントの議長であり、
同時に同防衛隊総司令官でもある。
その様子に見入っていた元ヤキン・ドゥーエⅢ参謀、アベル・オーランド中佐は、
新造艦スレイプニルの副長席に着いていた。

 

自らの師がどれだけ嫌っていようと、ガラス越しにプラントを眺める彼女は美しかった。
アイドルらしい可愛らしさこそ今は見られないが、
女性としての母性に満ちた眼差しに凛とした出で立ちは、男性でなくとも見惚れてしまう。
その魅力は、コーディネイトだけでは説明がつかない、
彼女が歩んできた人生から滲み出る美しさなのだろう。
そんな彼女がこちらに振り返ると、形の良い唇を開く。
「騎士団と通信を繋げて下さい」
「りょ、了解しました」
不意に出された指示に、中佐同様見惚れていたであろうオペレーターが慌てて
騎士団団員がいるハンガーと通信を繋いだ。

 

「聞こえていますか?予測では後数刻でこちらとSOCOMとが衝突する筈です。各々、覚悟は良いですか?」
うん、分かってる。ラクスとプラントは、必ず僕が守るよ
まだ戦争をしたい奴がいるっていうなら、俺が薙ぎ払ってやりますよ!
お前は熱くなりやす過ぎだ。ラクス、平和の為にも、早くこの戦いを終わらせよう

 

モニターには様々に情報が表示されている為にボイスオンリーではあったが、
団員達の意気込みは十分にブリッジに届いた。
ヤキン・ドゥーエⅢにいた騎士団の面々よりも幾分人間らしい声である。
ラクスに対してラフな言葉使いなのも、彼女とより近い間柄だからだろう。そう想像する他無い。
なにせ、彼らはザフトでは無くラクス・クライン直属の部隊なのだ。中佐も顔すら拝んだ事が無い。
「そうですね。こんな事は終わりにしなければなりません。貴方達の活躍に期待します」
それに頷き答えたラクスが通信を切る。
「艦長、部隊の展開率はどうですか?」
「現在82%です。全部隊による艦隊の形成は連合との戦い以来ですからな。
 新人達が遅れているのでしょう」
艦長席の上に位置する、総司令官席に座ったラクスに、髭面の艦長が不満そうに答える。
彼は血のヴァレンタインで家族が宇宙空間に散る様を自分の指揮する戦艦から目にしている為、
プラントを守ろうとする気持ちが人一倍強い。
メサイア戦没ではラクスと敵対したものの、その平和への思いからラクスの座乗艦の艦長を務めていた。
「急がせて下さい。民間人の様子はどうですか?」
「はい。今の所目立ったパニックは起きておりません。連合の動きも確認出来ません」
ラクスの後半の言葉を受け取った秘書が、淡々と答える。
何時でもラクスと行動を共にするとはいえ、戦艦にまで同乗するとは大した胆力である。

 

「結構です。もしもの事もあります。オーディンの準備も万端に」
「あれを・・・使うのですか?」
「もしも、の為です。」
背後から聞こえる指示に、不安げに振り返る中佐。それに対し、優しく答えるラクスは聖母そのものだ。

 

「貴方の懸念する事は分かります。過ぎた力は、新たな争いを呼ぶ、と。
 しかし、この場にいる者達は皆、祖国を守るという純粋な想いによって戦うのです。
 その志がある限り、オーディンが我々に間違った道を指し示す事はありません」
断言する声色には、一片の曇りも無い。ラクスの言葉は暗闇に惑う人の心に道を示す。
そこから来る安心感が、彼女の地位を不動の物として来た。
それはこれからも変わらないと、誰しもが疑わない眼差しが、今は襲い来る敵に向けられている。
プラントとラクス・クラインを守る、プラント防衛隊はその意志で統一され、高い士気を保っていた。

 
 
 

ミラージュコロイドを張りながら全速力で進むSOCOM艦隊、
その前衛に位置するゴーストに、旗艦プライスから情報が届いていた。
「プライスがプラント前方に展開するザフト艦隊を映像で捉えました。最大望遠です」
「・・・これはっ!!」
アビーの凛とした声と共に表示された映像は、アーサーを立ち上がらせるのに十分な物だった。
「プラントとの距離が近過ぎる!あの人は何を考えてるんだ!!」
ブリッジに顔を出していたシンも思わず叫ぶ。
映像に映った大艦隊、その数も十分驚くに値する量ではあったが、
ブリッジにいるクル―達にとってはその背後に映るプラントの大きさの方が驚愕に値する物だった。
最大望遠でも、船体とプラントの大きさを比べればその相対距離の近さが分かる。

 

「でも民間人から見たら心強さを感じる距離かもしれない。
 守ってくれる物が近くに見えた方が人は安心するからね」
アーサーの言う通り、プラント防衛隊の位置取りは民間人に心強さを与え、
尚且つ恐怖心は煽らないギリギリの場所であった。
勿論、軍人から見れば近過ぎる距離ではあるのだが。
「しかし艦長、これではこちらからの艦砲射撃がプラントに被害を与える可能性があります」
「勿論、向こうはそのつもりであそこに防衛線を敷いているんだ。撃てるものなら撃ってみろ、とね」
「そんな!?」
懸念を口にするチェンに、アーサーが頷く。正規軍が取るにはあまりに危険な行為に、アビーが声を上げた。
「恐らくヤマト大佐の性格を分かっていて取っている戦法だ。プライスの方でも考えている様だけど・・・」
「選択肢は、ありませんよ」
アーサーの言葉を待たずに、シンが言葉を引き継ぐ。
「艦砲射撃は諦めて、ミラージュコロイドでギリギリまで接近。
 MSによる白兵戦でけりを付けるしか無いでしょ。
 逆に、プラントへの被害を考えない作戦をキラさんが取ったら、俺はプライスを沈めます」
腕を組み、憤りを露わにしたシンは、そのままブリッジを出て行った。

 

「・・・でも、シンの気持ちも分かります。プラントに住んでいた者なら誰だって怒りますよ」
「ラクス議長の思惑に気付いていればね。
でも、もしこの戦闘でプラントが傷付いたとしても、その罪は全部攻撃を仕掛けたSOCOMが被る事になる」
シンの憤りはブリッジにいる誰しもが理解出来る。
内包する命の重さに関わらず、果てしなく脆い人工の大地。
それを人質の様に扱うラクス・クラインの思考が理解出来ないのだ。
「この戦力差だ。質の差を考えても、こんな危険な賭けに出るには些か早い」
「ならどうして・・・」
「議長は僕達を降伏させたいのかも知れない。
 月にいる連合が何時動くか分からない状況だ。少しでも戦力の消耗を防ぎたいんだろうね」
アーサーがラクスの思考を分析して行く。その時、アビーが座る通信席から緊急通信が入った。
「艦長、プライスから全艦に向けて通信です」
「艦内に流して」
「了解」
アーサーの指示にアビーが動き、メインモニターにキラが大写しになる。

 

『先程送った映像の通り、プラント防衛隊はプラントを背に防衛線を敷いています。
 その為、こちらからの艦砲射撃はプラントを破損させる恐れがあり出来ません。
 射線軸がプラントと被らない様に迂回するという手もありますが、
 ヤキン・ドゥーエⅢの時とは違い、向こうには優れた索敵能力があります。
 いくらミラージュコロイドを用いても迂回する前に発見される可能性が高いでしょう』

 

一気に状況を説明したキラはコホンッと咳払いを1つして、更に言葉を続けた。

 

『以上の要因から、作戦は至近距離でのMS戦になります。
 艦隊は、ミラージュコロイドによる隠蔽が暴かれる直前まで敵艦隊に向けて全速で前進。
 敵艦隊に接近後直ぐ様MS戦に移行します。
 懐に飛び込む事が出来れば、敵艦隊も誤射を恐れて砲撃が出来ない筈です。
 MSパイロット各員は、プラントを傷付ける事の無い様細心の注意を払って下さい。
 各艦は20分後に最大戦速』

 

キラはそこで言葉を切った。作戦を話し終えた筈だが、まだ彼の言葉は続く。

 

『今回の作戦は、我方にとって大損害を被る事が前提になるであろう作戦です。
 しかしそれでも、我々がプラントを傷付ける訳にはいかない。
 だからと言って、ここで逃げる者を責めない・・・とも言えません。
 戦力が足りなくなりますから。情けない司令官ですが・・・皆の命を下さい』

 

通信が切れ、モニターからキラが消える。
彼が敬礼しながら放った最後の台詞は、否が応でも聞く者に返礼をさせる響きがあった。
他の艦の面々も同様だろう。
傭兵としての立場から言えばトンズラしても許されるだろうが、
レッドアイズの面々にそれを提言する者はいない。
「格好良いねぇ。僕もあの位顔が良かったらビシッと決まるのに」
「艦長はそのままで良いんです。何時もあんなのと一緒にいたら肩が凝りますよ」
「そうですね。今の情けない艦長が良いんです」
「ちょっとアビー君、それは酷いんじゃない?」
ブリッジクル―に散々言われて肩を落として見せるアーサー、その姿にブリッジは笑いに包まれた。

 
 

キラからの通信は、ゴーストのハンガーにも勿論届いていた。
「あんな事傭兵の俺達に言われてもなぁ」
「そんな事言って、やる気満々じゃない」
フルアーマー化の最中である愛機を見上げながらシンがぼやく。
直接の接触は少ないものの、シンにとってキラは因縁浅からぬ相手である。
はっきり言ってあんな風に言われる程の信頼は、彼等の間には無かった。
しかしシンは逃げようとはしていない。
横のルナマリアに肘で小突かれ、そんな自分を自覚する。
「ルナ、レイヴンは何所か改修しないのか?」
「しないわ。バレットドラグーンのお陰で防御は堅いし、これ以上何か付けたら
 機動力が落ちて逆に危ないのよ」
「・・・ルナがそう言うなら、別に良いんだけどさ」
首を横に振るルナマリアに、それ以上何も言わず黙るシン。
バレットドラグーンはその防御性能と大きさの性でどうしても重量が嵩む。
これ以上の重量増加は単なるデッドウェイトにしかならないのだ。

 

「ふふっ、心配?」
「当たり前だろ。ルナが戦闘に参加するのに心配しなかった試しは無いよ」
おどけて見せるルナマリアに、シンは至って真剣である。
それだけ大切な存在だ。出来る事なら今回は自分だけで出たいが、
ここ最近バレットドラグーンを使いこなそうとシミュレーターで練習に没頭している
ルナマリアを見ている身としてはそれも言えない。
「あ、また私に出るなとか言いたそうな顔してる」
「そっそんな事無いぞ!」
何で考えが読まれたんだと焦るシンだが、外から見ればばれない方がおかしい表情をしていた。
女性は一定の年齢を超えると心が読める様になると言うが、それとは全く関係の無い事である。
「もう少し信頼してよ。パートナーじゃない」
「ごめん・・・」
「大丈夫よ。絶対」
見るからに凹む男の頭を、背伸びして撫でる。

 

彼は『何か』を守れない事を全部自分の責任にしてしまう悪い癖がある。
それでいて、自分の事はその『何か』には含まれていないのだ。
そういう意味で、戦場で死ぬ確率ならルナマリアよりもずっとシンの方が高い。
傲慢で、我儘で、それでいて周りを心配させる危うさは、幾ら成長しても変わらない。
それは、失い続けてきた男の自己防衛本能がさせる事なのだろう。

 

『何か』を守る為に死んだその時やっと、シンは救われるのだ。

 

「ルナ・・・?」
頭を垂れていたシンの目に映ったのは、自分の頭を撫でながら大粒の涙を流すルナマリアであった。
どうしたんだ?と聞く暇も無く、ルナマリアが胸に飛び込んでくる。

 

「シン・・・私の見てない所で・・・死んじゃ、駄目だからね」
戦場で死ぬのは仕方の無い事である。それでも、せめて自分の見ている所で死んで欲しい。
何処か見知らぬ所で死んでしまう位なら、自分の力の無さのせいで死んでしまったと
刻みこめる様に欲しいのだ。
結局の所、二人の考えている事は一緒だった。
ただ、シンはその範囲が広過ぎるだけで。

 

「ルナ・・・」
シンの広い胸に顔を押し付け、しゃくり上げる彼女の声は、今までに聞いた事が無い程弱弱しかった。
男を頼る様な事をしない、ましてや自分に泣きついた事など殆ど無いルナマリアが
自分の胸の中で泣いている。
その状況に、堪らず彼女を抱き締めた。

 

「・・・シン、苦しい」
「ごっごめん」
思わず力が入ってしまっていた腕を緩める。息が出来なかったのであろう。
大きく深呼吸する彼女は真っ赤に目を腫らし、見ているこっちが痛々しい。

 

「ルナ・・・俺、約束守るよ。フリーダムが百機攻めてきても、核が千発飛んできても、
 ルナもゴーストも全部守って、生き延びてやる!」
「欲張り」
大真面目な表情で拳を握るシンが何故か可笑しくて、笑いが漏れる。
「なっ何が可笑しいんだよ」
「シンは何にも分かって無いんだなぁと思って」
約束を守ると言っておいて、結局全て背負込もうとする恋人に呆れ顔で答える。
心配するこちらの身にもなって欲しいものである。

 

『全艦内に通達。コンディションレッド発令。
 本艦はこれより戦闘準備に入ります。各員戦闘配備に着いて下さい』

 

ハンガー内にアビーの声が響き渡る。メカニック達も慌ただしく動き出し、
シンとルナマリアもまた、各自のMSに乗り込む。

 

プラントの命運がかかった戦闘が、今始まろうとしていた。