中身 氏_red eyes_第6話

Last-modified: 2009-08-16 (日) 00:55:08

復興記念日、港に浮かぶグリッグスを眩い朝日が照らす。
式典警備に組み込まれたレッドアイズは、ヤラファス島の軍港、式典会場の小高い丘から
見下ろせる位置に配備されていた。
周りにもオーブ軍が展開していて、物々しい雰囲気を辺りに漂わせていた。

 

「艦長~、なんでこんな位置の配備なんですかぁ?」
既に新たな愛機に搭乗し、グリッグス甲板上で待機しているルナマリアが愚痴を零す。
両肩と両胸、後部スカートと両膝にそれぞれ2枚ずつ菱形の大型ドラグーンが装備されたインパルスは、
その全身を覆う様に装備されたドラグーンと黒い機体色が相まって、
正に《レイヴン》と呼ぶに相応しい機体になる、筈だった。
しかし、前日にハンガーで行った調整の際、黒い機体色が気に入らなかったルナマリアの意向で、
ドラグーンのPS装甲共々機体色は彼女のパーソナルカラーである深紅に変えられていた。
格闘武器のビームサイズも、ビーム発振装置を増設。
ビームハルバードと呼べる代物になっていた。
これはたった1日で武器を改良したヴィーノを褒めるべきだろう。
『これでも十分良い配置位置だと思うよ』
『どういう事です?』
モニターに映る司令官が宥める様に話す。
それに、PS装甲が排除された灰色のデスティニー《ウォルフガング》に搭乗し、
ルナマリアとは反対側の甲板上に待機しているシンが反応する。
『ここは警備の中でも特に重要な、式典の直接防衛戦力を配置する位置だ。
 しかも式典会場が直接見える特別席。 本来なら正式なオーブの精鋭部隊が配備される所だ。
 軍からも結構反発があったろうに、カガリ首長が頑張ってくれたんだろうね。その証拠にほら』
言葉と同時に、グリッグスを中心とした警備の配備図がモニターに表示される。
「やだ何これ、オーブ軍に囲まれてるじゃない」
配備図には島を囲む様に防衛戦力が配備されているのだが、その赤い点がグリッグスの周りだけコブの様に、
不自然に盛り上がっている。
『軍は僕達を信用してないみたいだね。』
『下手な事したら蜂の巣にするぞって事ですか』
不機嫌そうに吐き捨てるシン。ルナマリアがインパルスの頭を動かし辺りを見渡してみると、
こちらを油断無く監視するムラサメが映る。
軍の面子という奴だろうか。面倒くさいなとルナマリアは溜息を吐いた。

 
 
 

「もうそろそろですな、少将」

 

グリッグスのいるヤラファス島から、遠く離れた沖に位置する場所に配備されている艦隊。
その中の中心に浮かぶ空母『カミカゼ』のブリッジで、小太りの男が隣に座る男に話しかける。
「私はもう少将ではありません。唯の反乱分子ですよ」
「ははっ、謙遜を。今日という日が終わる頃には、アスハの犬である『黒き巨象』を蹴落として
 オーブ軍総指令になる男が」
「悪しき世襲制度を無くし、形骸化している議会を立て直す・・・。
 あなたの高い志に感服し、お手伝いしているだけです。そんな野心は、私にはありませんよ」
小太りの男、下級氏族の中ではトップに立つ家の族長に、紺色の髪をオールバックに纏めた男は
仮初の言葉を続ける。
「今日という日は、国民の手に政治を取り戻した日として後世まで語り継がれる事でしょう。
 あなたは英雄だ」
「はははっ、そう煽てるな!」

 

心底嬉しそうに脂肪を揺らす男を、隣に座る男、アスラン・ザラは内心で嘲笑った。

 
 
 

まだ式典前だというのに、会場には既に人の海が出来ている。
式典会場、その裏の建物に用意された休憩室で、カガリはカメラの映像を見る。
この人々は、オーブの人々は、今日自分が宣言する事を許してくれるだろうか。不安が募る。
「カガリ、そろそろ時間だ。準備を」
ノックの後、キサカが部屋に入ってきて、時間がきた事を告げた。
「ああ、分かった」
原稿を持って立ち上がる。見るつもりは無い。
不安で不安で、昨日までには全て暗記出来る程読み込んでしまった。

 

「シンも見ているんだ。意地を見せてこい、カガリ・ユラ・アスハ」

 

きっと、シン・アスカがいなければここまで来れなかった。
自分の罪が具現化したような存在である彼に、いつも尻を叩かれた。
そんな彼に、情けない姿を見せる訳にはいかない。
頬を叩く。ここまで来たら、自分の意思を伝えるのみである。
大きく深呼吸すると、首長、カガリ・ユラ・アスハは休憩室の扉を開いた。

 
 

『今日という日を迎えられたのを、私は誇りに思う。2度の戦争で失われた・・・』
「始まった!」
『総員警戒態勢!』
デスティニーのモニターに映されていたテレビの中で、カガリ・ユラ・アスハが演説を始める。
周りのオーブ軍に緊張が走る。レッドアイズも例外では無い。

 

「本当に来るのか、アスラン・・・」

 

何があっても即対応が出来る様に、デスティニーに臨戦態勢を取らせると、
シンはモニターを睨みながら呟く。
もし本当にあの人が出でくるのなら、自分が決着を付ける。そう決めていた。

 
 

『私1人ではここまで来れなかった。オーブという国の人々1人1人が・・・』

 

「始まりましたな」
カミカゼのブリッジのスクリーン、そこに映るオーブの長を、忌々しそうに睨みながら小太りな族長が呟く。
「はい・・・、総員攻撃準備。私が指示するまで勝手に撃つなよ」
アスランは、スクリーンに映るカガリを冷たい視線で見つめながら、部下に指示を出し、席を立った。
「君も出るのか?」
「ええ、警備の中には、どうやら私でなければ止められない者がいる様なので」
「そうか久々に見れるな『血染めの騎士』が」
ブリッジから出ようとするアスランを、舐め回す様な視線が追う。
アスランはその視線に寒気を感じ、逃げる様にハンガーに向かった。

 
 

「多くの犠牲と、多くの努力の結果として今のオーブがある。それを私は忘れない。
 皆も忘れないで欲しい。これからも、オーブの一層の発展を願っている」
演説が終わると、一斉に人々の拍手が巻き起こる。復興記念日式典で言うべき事は終わった。
ここから先は、カガリ・ユラ・アスハとしての宣言だ。
長い拍手の音が途切れるのを待って、口を開く。

 

「カガリ・ユラ・アスハから、この場を借りて皆に聞いて欲しい事がある」

 

会場全体に響き渡る声で叫ぶ。返ってきたのは、会場全体を覆う、耳が痛くなる様な沈黙。
ゴクリと唾を飲み込んで、一拍置いてから再び口を開いた。

 

「私は今まで、オーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハの娘、いわば獅子の子として首長の立場に立ち、
 政治を取り行ってきた」

 

一為政者としてではなく、あくまでウズミの後継者として世の中から見られてきた自分。

 

「事実、父上の遺志を継ぐ形で、今までの父上の政治路線を継続してきた」

 

ウズミの威光のせいもあり、カガリ・ユラ・アスハを、カガリ個人として観る人間はけして多くなかった。
そのせいで、歯痒い思いも幾度となく味わったが、同時に守られる事も多々あった。

 

「だが、時代は常に流動している。再び来ているんだ。
 父上の、ウズミ・ナラ・アスハのやり方では余計な軋轢が生まれ、悲劇を繰り返してしまう時代が」

 

先の2度に渡る戦いも、既にウズミのやり方では世界で通じないという事を示していた。
起こってしまった事は変えられない。犠牲という名の数字は、書き換える事が出来ない。
ならば、そこから学んで、次に生かすしか無いのだ。
だから、もう終わりにしなければならない、父に守られる事を。
抜け出さなければならない、父の腕の中から。

 

「だから私がこれから先執り行う政治は、ウズミ・ナラ・アスハとは全く関係無い。
 カガリ・ユラ・アスハが決断し、責任を取る政治だ」

 

一国の長として当たり前の事が出来ていなかった自分を、恥じる気持ちはある。
しかし後悔している時間は無い。
転んで出来た傷を擦る時間があるなら、立ち上がって一歩でも前へ。

 

「皆には見届けて欲しい、私が行う行為を。そして間違っていたら叱って欲しい。
 場合によっては引き摺り下ろしてくれ。
 アスハだ氏族だなどは関係無い。その者が一国の長として相応しい存在かどうかが全てだ」

 

そう言いきってから、大きく息を吸う。そして意思表明をこう締めた。

 

「だが、私は引き摺り下ろされるつもりは無い。
 自分がこれからしていく行為が、皆に認めてもらう自信があるからだ。
 ・・・だから皆、私に付いて来てくれ!」

 

啖呵を切ったとも言える、大凡政治家らしくない演説が終わると同時に、会場全体が大歓声に包まれる。
その歓声を聞いたカガリは、内心ホッとしながら壇上を降りた。

 
 
 

カガリ・ユラ・アスハの演説は、概ね好意的に国民に受け止められた。
政治はアスハに任せておけば良いという、ある意味政治への興味が薄かったオーブ国民にとって、
彼女の演説は良い意味で衝撃的だったのである。
自分達が為政者を監視するという、未知で好奇心を煽る権利を与えられたオーブ国民の気分が悪い筈もない。
しかし中には彼女を歓迎しない者がいるのも事実だった。

 
 

『・・・私に付いて来てくれ!』
MSのモニターに、カガリの顔が大きく映る。モニターの中の彼女は、大きな歓声に包まれている。
しかし・・・。

 

「君には無理だ、カガリ。今は期待を胸に歓迎されている様だが、
 いずれ君はその重圧に耐えられなくなって、その歓声に殺される」

 

モニターに映るカガリを見つめながら、アスラン・ザラはコクピットで一人呟く。
その横に表示されていたタイマーが、運命の時を告げた。
「総員、作戦開始。全機出撃、潜伏させている部隊にも伝えろ」
そう言って自分もヘルメットを被る。
キラ達と戦場を駆けていた頃より随分と汚れたヘルメットが、否応無く時の流れを感じさせる。
『Iジャスティス出ます!Iジャスティス発進!!』
オペレーターが声を張り上げる。
彼はアスランと組むのが初めてな事もあり、緊張と興奮が入り混じって不必要に声が力んでいた。
自分と同じぐらいの年齢の筈だが、長い事多くの思惑の中にいた自分より大分若さを感じる。
そんな自分の思考に苦笑いしながら、甲板に固定されたIジャスティスの全バーニアを一気に吹かし、
アスラン・ザラは出撃した。

 
 

『・・・私に付いて来てくれ!』
時を同じくレッドアイズの面々もカガリの演説に耳を傾けていた。無論、周りの警戒は怠らないが。
『凄いじゃないカガリ、普通あそこまで言い切れないわ。期待出来そうじゃない』
「まぁな。でも、この演説の評価はアイツのこれからの行動に懸ってるからな。これからだこれから」
デスティニーのモニターに映るルナマリアが、友人の雄姿に称賛を贈る。
対するシンは演説よりも気になる事があった。

 

(来ないのか、アスラン・・・?)

 

演説が終わったというのに、騒ぎの1つも起きない。
もし、本当にアスランが何かするつもりなら、彼の期を読む能力がこの期を逃しはしないだろう。
本当に何者かに連れ去られただけかもしれないが、そんな無様な真似をするアスランをシンは想像出来ない。
そこまで思考した所で、ある異変に気付く。
「なぁルナ、なんだか周りの連中が殺気立ってないか?」
演説の間もこちらをチラチラ監視していた周りの部隊に、今は明確な殺気を感じる。
『そうかなぁ・・・って、えっ!?』
ルナマリアが返事を返そうとした瞬間、コクピットに無数のロックオンアラートが鳴り響く。

 

「ちっ!」
シンは軽く舌打ちして、デスティニーに戦闘機動を取らせ様としたが、
それより早く取り囲むムラサメの1機、恐らく隊長である機体から警告がくる。
『君が動くのは良いが、その間にその旧式の母艦には沈んでもらう事になるぞ。
 それが嫌なら大人しくしていろ』
『ごめんねシン君。もう艦全体ロックオンされちゃった』
アーサーから緊張感の無い通信が入る。
確かに、シンのデスティニー、ルナマリアのインパルスは包囲から抜けられるかもしれない。
しかし、海上では足の遅い旧式艦グリッグスでは第一撃目で撃沈されるだろう。
「・・・アンタ等は一体何なんだ」
『我々はオーブ解放戦線。
 腐った世襲制に沈もうとしている祖国を、アスハから救う為に結成された義勇軍よ』
シンの問に、隊長らしき男は誇らしげに答える。
レーダーを見ると、どうやらどこもこのオーブ解放戦線の蜂起にあってるらしい。
これでは周りのオーブ軍からの救援は期待出来ない。
『シン・・・』
ルナマリアがシンに通信を入れると、威嚇する様にムラサメが一斉に銃口をこちらに向け直す。
『通信は傍受している。下手な真似はしない事だ』
その言葉にルナマリアは口を噤む。そこに、アーサーが割り込んできた。
『ぼっ僕達はどうなるんですか!?唯の傭兵なんだから・・・』
『分かっている。事が済むまで大人しくしていれば無傷で帰す事を約束しよう』
情けない事極まりない艦長の醜態に、男は軽蔑の眼差しで答える。
しかし、そのやり取りをモニターで見ていたシンとルナマリアは、アーサーのある合図に気付いていた。
『さて、ではまずMSの武装解除だ。フンッ、シン・アスカもこれでは形無しだな』
優越感に浸った声に歯噛みする。モニターには未だにアーサーの青褪めた表情が映っている。

 

(まだか・・・)

 

艦長からの合図が、まだ無い。
もしかして本当にビビってるんだろうかと思いながら、シンとルナマリアが機体に片膝を着かせる。
と、同時にモニターに映るアーサーが今まで開いていた軍服の襟を閉じた。

 

((来た!!))

 

その瞬間グリッグスのスモーク・ディスチャージャーが一斉に発煙弾を吐きだした。
吐き出された発煙弾は瞬く間に煙幕を形成し、グリッグスとデスティニー、インパルスを覆い隠した。
「なっ、悪足掻きを!かまわん、蜂の巣にしてやれ!」
隊長機が自分以外の8機いるムラサメ全機に射撃を指示する。
隊長が命令を出すのに1秒、他のムラサメがそれに反応するのに1秒。
軍としては中々訓練された動きは、しかしレッドアイズ相手には致命的に遅すぎた。
ビームライフルを構えて一斉射を叩きこもうとした瞬間、
煙幕の中から突如紅い物体がムラサメ目掛けて突進してくる。
煙幕を中心に円を描く様に飛ばされて来たのは計8つのバレット・ドラグーン。
9機いたムラサメは突然の事にも動じずそれらを回避、再度ビームライフルを構え直す。
しかし、その中の1機が見たのは煙幕では無くモニター一杯に広がる紅。
『うっうあぁっ―――!!』
ドラグーンで陣形が崩れた一瞬の間に、最も動きの鈍いムラサメ目掛けて突進するインパルス《レイヴン》。
天高く構えられたビームハルバードを、寸分違わずムラサメの脳天目掛け振り下ろす。
成す術も無く真っ二つにされるムラサメ。

 

「くっ全機、あの紅いのに攻撃を集中しろ!」
ようやく事態を理解した隊長が指示を飛ばすと、インパルスの背中目掛けて光の束が殺到する。
しかしその光は標的に届く前にかき消える。
無防備に見えた主を守ったのは先程ムラサメ達が回避したバレット・ドラグーン。
今は一基ずつがビームシールドを張り、インパルスとムラサメの間に壁を作っている。
「地上でドラグーンだと!?」
『たっ、隊・・・ザザッ』
『助けガガガッ!』
『ギャアァッ!!』
地上でドラグーンが起動している事に驚いた隊長は、もう一機いる敵機の存在を失念していた。
不自然に途切れる部下の断末魔と大きな爆発音、それに狼の咆哮の様な低い駆動音。
煙幕が途切れた中から、その咆哮の主は現れた。
右手には通常のビームサーベルより幾分太い光刃に、左手に破壊したムラサメの頭部を持ち、
背中から蒼白い羽を生やした灰色の機体。
「シン・アスカ・・・」
先程優越感たっぷりで呼んだ筈の名を、今度は畏怖の音で発する。

 

瞬く間に部隊の半数を失った隊長は、しかし戦意を失ってはなかった。
「・・・4、5番機は紅いのをやれ。2番機は私と共に正面の敵をやる。
 9番機はその間に戦艦のブリッジを吹き飛ばせ。いけっ!」
掛声と同時に、残ったムラサメが3手に分かれる。
相手はメサイアの鬼神、恐らく自分は死ぬだろう。
しかし、この敵機を残しては作戦に支障が出る。なんとしてもここで止めなくてはならない。
ビームサーベルを抜き放ち、左右に分かれて灰色のガンダムに突撃する。勝機はあった。
デスティニーの武装は、どれも一度手に持って引き金を引く必要がある。
2機で僅かな間でも両手を塞ぐ事が出来れば、その間に9番機が敵戦艦を殺れる。
肉を切らせて骨を断つ。
如何にシン・アスカといえど、所詮は1パイロットに過ぎない。
母艦を消失すれば撤退、若しくは精神的ダメージを与えられる筈である。
そこにザラ少将のIジャスティスが止めを刺せば良い。
「我らが意地を見よ!!」
渾身のビームサーベルは、デスティニーのドラゴンキラーに難なく阻まれる。
左から仕掛けた2番機もビームシールドで受け止められた。
左右からの斬撃を苦も無く止める技量には感服するが、しかし。
眼下には敵戦艦の砲火を掻い潜り、ブリッジを標準に収めようとする9番機が見える。
我々をどれだけ早く退けようと、デスティニーが武器に手を掛ける前に戦艦は沈む。
そうすれば、アスハの弱腰の軍事政策を変える革命の、確かな礎になろう。

 

『・・・悪いけど、もうあんたらが知ってるデスティニーじゃないんだ』

 

接触回線から、静かな男の声が響く。
母艦の危機だというのに、何故この男はこんなに冷静なのか。
その答えは、直ぐに眼前に示された。
シンの言葉と同時に、背中に背負った2門の長距離砲が展開される。
モニターから見えるそれは、嘗て見たアカツキのオオワシ装備の長距離砲に酷似していた。
「まっまさか!?」
隊長が気付いた時には遅すぎた。両の手を塞いだまま、以前のデスティニーが装備していた物の、
ゆうに数倍はあろう太さの火線が凄まじい咆哮を上げながら9番機に向かう。
「避けろっ―――!!」
有らん限りの声で叫ぶ。しかし皮肉にも、その叫びに動きが止まった9番機を光の放流が貫いた。
「おっおのれ・・・」
視点をデスティニーに戻す。そこには片手間と言わんばかりに、
2番機のコクピットをパルマフィオキーナが貫いていた。
別段驚きは無かった。相手はあの鬼神なのだ、接近戦ではムラサメ30機でも敵わないだろう。
その鬼神は、主を失い、だらんと項垂れる2番機を無造作に捨て、こちらを向く。確かに、敵わない。
しかし一矢報いる事は出来る。鍔迫り合いをしながら、ムラサメの腰に装備されたミサイルポットを開く。
このデスティニーは見た所、非PS装甲だ。至近距離のミサイル攻撃ならば、ダメージを与えられる筈である。
「これで、最後だっ!」
トリガーを引こうとする。しかしそれより速く、デスティニーの左手がムラサメの腰に向けられた。
『させねぇよ』
先程と同様に、静かな声が鼓膜を揺らす。モニターから見えるデスティニーの掌が淡く輝きだした。

 

『なんでこんな事をする。今の所、アスハの政策でオーブは良い方向に向かってる。どこが不満なんだ?』
死を覚悟した隊長だが、どうやら直ぐに撃つ気は無いらしく、シン・アスカが話しかけてくる。
「・・・メサイア戦役後、オーブはプラントと共に世界を1つにする必要があったのだ。
それをあの女は、本国以外の軍の撤収と海外派遣の禁止などというふざけた宣言をしたのだ!」

カガリ・ユラ・アスハによるオーブ軍の権限縮小は、世界に少なからず衝撃を与えた。
当初世界は、オーブがプラントと組んで世界征服紛いな事をするとの噂があったからである。
しかし実際は、オーブの宣言をプラント、ラクス・クライン最高評議会議長が快く受け入れ、
以後の国際社会に危険と思われるテロリスト及び武装組織の掃討はプラントが独自に行っている。

 

「我々はあのメサイアで、多くの犠牲を払って世界の敵を討ったのだ!
 ならば世界はオーブが管理するのが道理。
 何故自国に引き籠って、他国の顔を窺わなくはならない!」
世界を恫喝したデュランダルを討ったのは自分達だ。
矢面に立って多大な犠牲を払った自分達に、他国から何の見返りも何も無いのはおかしい。
勲章と報奨金など、この憤りを打ち消すには貧弱に過ぎた。

 

『・・・馬鹿だなアンタ』

 

一度に鬱憤を晴らして血が上った頭に、絶対零度の男の声が流れ込んでくる。
心の底から相手を侮蔑し、憤りが滲み出た言葉。
搭乗者の意思を代弁するかの様に、デスティニーのツインアイが蒼く輝き、
外部からは、脅す様な狼の低い唸り声が響く。

 

『なんで他国の顔を窺わなくちゃならないか?
 そんなもん、あの戦争がアンタ等の勝手でやっただけだからに決まってんだろ?
 あの女がそれを分かってるから、情勢は安定してる。それをなんだ、オーブが世界を管理する?
 ・・・こんな奴らのせいで、父さんや母さんは・・・マユもっ・・・!』

 

声に含まれる怒気の度合が強まる。しかし最早そんな事は隊長には関係無かった。
ここまで来て生き残れると思ってはいない。
だが1人では死なない、コイツを、シン・アスカも道連れだ。
キーを引き出し、自爆用のパスワードを入力する。アラートと共にタイマーが動き出す。
「貴様も、地獄まで付き合って貰うぞ!」
ムラサメをデスティニーに抱き付かせる。これで終わりだ。自分も戦友達の元へ行ける。
『なんだ、アンタ死にたいのか?』
死を受け入れた頭に、嘲笑する声が響く。その瞬間、ムラサメを激震が襲った。
デスティニーがムラサメの左腕を引き千切り、狼の爪がムラサメの下半身を吹き飛ばしたのだ。
「無念―――・・・!」
デスティニーから離れ、バーニアを失ったムラサメが海に落ちていく。
後は海中で自らの爆発で消える他に道は無い。

 

しかしシンの怒りは、そんな生易しい自決を許しはしなかった。
ムラサメが海中へ落ちて行くよりも速く、デスティニーが迫る。

 

『だったら1人で死ねよ』

 

コクピットをデスティニーのドラゴンキラーが貫く。
体が融解するその刹那、隊長は人間の声とは思えない冷酷な声を聞いた気がした。
デスティニーとムラサメは、その勢いのまま海中に突っ込み、一拍置いて爆発による大きな水柱を上げる。

 

「シンっ!」
2機のムラサメを撃破したルナマリアが、その水柱を見て思わず声を上げた。水柱が収まる。
そこには、ルナマリアの心配を余所に海水塗れのデスティニーがいた。
「あんまり無茶しないでよシン!」
内心ホッとしながら、無茶が過ぎる恋人に声を荒げる。
『ごめん。つい、カッとなった』
子供の様な詫びを入れながら、デスティニーが上昇してくる。
間近で見ると、所々爆発による細かい傷が付いていた。