久遠281 氏_MARCHOCIAS_第2話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 20:00:49
 

 第二話 嵐の前

 
 

「シン!まだ電源落としてあまり経ってないんですから、触らないでください!火傷します!」
「……火傷なんて、一時間あれば治る。」
自分の愛機である"ウィンダム"を整備しようと、装甲の一部を開いて手を突っ込んでいたシンは、
整備士の声に眉を寄せた。

 

「そんな問題じゃないんです!怪我したら見ているこっちが痛いんですよ!」
「……分かったよ、今度から見えないようにやる」
「そう言う問題じゃありません!!」
整備士の言葉に、シンは思わずため息を付いた。
この整備士は、整備士としての腕は高いが小言が多い。
"無茶な戦い方するな"から始まり"怪我することするな"、"もっと自分を労われ"など、
シンは一日一回は怒鳴られている。
"無茶な戦い方するな"は、まだ分かる。
それで壊したMSを修理する羽目になるのは彼らだ。
ただでさえ少ない資金と材料でMSを整備している彼らには、少し壊した位でも大きな負担だろう。
この間の戦闘でも、高速で相手MSに蹴りをいれた衝撃でフレームが少し歪んだ。
この位の歪みなら戦闘する分には支障は出ないと思うが、
整備士である彼にとっては許される事ではないらしい。
歪みに気が付いた途端シンに食って掛かり、やっと開放されたと思って整備の手伝いを始めれば、
今度はこれである。
どうやら自分は随分嫌われているらしい。
まあ、心当たりは大量にあるが。
整備士達の仕事を一番増やしているのは、確実に自分である。
だが、"怪我することするな"、"もっと自分を労われ"など言われてもどうしようも無いと思う。
仕事内容が仕事内容だから怪我も日常茶飯事のことだし、
そもそもコーディネーターであるシンは、ナチュラルより確実に丈夫だ。

 

それに加え、今ではそのコーディネーターの回復力を遥かに超えてしまっている。
自分が望んだ事ではないにせよ。

 

「て、腕ーーー!腕、怪我してるじゃないですか!素手で手を突っ込むからですよ!!」
「あ?」
突然声を上げた整備士に驚いて変な声を出してしまったシンだが、
少年の言葉に自分の手の甲から肘付近まで真っ直ぐに蚯蚓腫れができている事に気が付いた。
しかも少しではあるが、赤い血が滲んでいる。
どうやら装甲の中に手を突っ込んだ時、何処かに引っ掛けたらしい。
「とにかく、整備は僕等がしますから!消毒して休んでください!」
「別に消毒するほど大きな傷じゃないだろ。三分ぐらいで傷跡も残らないじゃないか?」
「だから!そう言う問題じゃないんです!いいからもう休んでください!
 そもそも出撃したパイロットは緊急事態が起こらない限り休む規則でしょう!!」
そう言いながら整備士はシンの背中を押す。
どうやらシンを格納庫――と言っても、ただの巨大なコンテナだが――から追い出すつもりらしい。
「それは普通の体のパイロットの話だろ?俺は別に平気だって」
「平気じゃないです!いいから休んでください!!」
そう言いながらシンの体を格納庫の中から押し出すと、整備士はドアを閉じてしまった。
閉じられた格納庫の扉を前にして、シンは思わずため息を付いた。
しかしいつまでもここに突っ立ていても仕方ない。
整備士が許可するまで格納庫に立ち入る事は出来ないという事は、今までの経験で証明済みだ。
仕方なくシンはその場を立ち去と、自室に戻る為コンテナとコンテナの間を進む。
今現在、シンの所属する傭兵団はこのコンテナを家代わりに使っている。
理由は簡単。
移動が楽だからだ。
傭兵はいつザフトに襲われてもおかしくない立場だ。
その危険性を少しでも減らす為、基本的に長く同じ所にとどまる事は無い。
その為、トラックにそのまま乗せて移動できるコンテナは何かと都合が良い。
もっとも夏暑くて冬寒いため、住み心地が良いとはとても言えないが。

 

「お、シン、もう機体調整終わったのか?」
「いや、格納庫を追い出された」
途中会った仲間の男に、シンはそう答えた。
誰に何故とは言わない。
整備士とシンの似たようなやり取りは、いつもの事だからだ。
今回もそれで大体伝わったのか、"あ~"とか間の抜けた声を出して、男は一人納得したようだった。
「まあ、あいつもお前の事心配してるんだよ」
「そうか?俺のことなんて心配しても仕方ないと思うけど」
「まあ、確かにお前は他の誰よりも丈夫だけどさ」
そう言って男は困ったように笑った。
どうやら、どう説明したら良いのか考えているようだった。
「ん~~……、まあ今はいいや。とにかく、これから暇なんだろう?
 悪いけどこれ隊長に届けてくれないか?」
そう言って男が差し出したのは一枚のROMだった。
「隊長に?」
「そ。通信士から。なるべく急ぎだって。」
シンは少し考えてからそのROMを受け取った。
どうせこの後やる事も無く暇だ。
これくらいのお使い受けても良いだろう。
「助かった!じゃ、またな~」
そう言って、男はさっさと何処かに行ってしまった。
まだ他に仕事があるのか、それとも仕事をシンに押し付けて何処かに遊びに行く打算なのか。
男の背にそんな事を思いながら見送ると、シンは隊長の部屋に向かう為に踵を返した。

 
 

****

 
 

『戦いを終わらせる為に戦う……。それもまた、悪しき選択なのかもしれません。』

 

モニターの中に映るピンクの髪を持った女性が、強い意思を込めながら言葉を紡ぐ。
それを冷ややかな視線で見てた隊長は、安酒を仰いで鼻を鳴らした。
――その悪しき選択をやめる気は無いのか?
そんな事を思いながらモニターを睨みつける。

 

C.E.73に始まった地球連合とプラントの戦争は、両者共々大きなダメージを受けて終戦を迎えた。
地球ではユニウスセブンの破片の落下による被害、及びそれによって変化した地形による
気候の変動により、農作物に甚大なダメージを与えた。
さらにロゴス狩りの影響でロゴス系の工場が相次いで封鎖。経済の悪化を招いた。
その後、経済の悪化の影響などで政府関係者への不信は高まり、デモやテロが世界中で多発した。

 

一方でプラントの方は大量破壊兵器"レクイエム"により六機のコロニーが大破。
戦争最後のメサイア攻防戦では最高議長のギルバート・デュランダルが死亡した為、
政治面でも大きな混乱を呼ぶ事となった。
そこに現れたのが今モニターの中に映っている女性、ラクス・クラインだ。
ラクス・クラインはそのカリスマにより、混乱し分裂をしていたプラント政治界を統一。
最高議長に就任した。
しかしその後、彼女は地球に対しとんでもない事を要求する。
それは"全ての兵器の廃棄"だった。

 

ラクス・クライン曰く、"兵器があるから戦争は起きる、ならば無ければ良い"という事らしい。
それに対し地球側は即座に拒否した。
当時の地球では戦後の混乱も相まって、テロや犯罪が多発していた。
もし今兵器を捨てたらそういった犯罪に対処できなくなる。
それを恐れた地球側はラクス・クラインの要求を飲む事はできなかったのだ。
これに対しラクス・クラインは、有ろう事か軍を使って地球の兵器生産工場を襲撃。
地球側はこれに抗議したが、その後も軍を使っての襲撃は続いた。
ついに地球側も軍を動かす事態にまで発展したが、ザフトのストライクフリーダムにより
その抵抗は無駄に終わった。
最終的に地球側は兵器の廃棄を承諾。
といっても、その兵器の大半はすでにザフトによって破壊された後だったが。
地球側が武器を捨てた事で"戦争"は完全に終わった。

 

しかし地球連合が恐れていた事態が多発する事となる。
ジャンク屋に流れた大量のMS等の兵器はテロ組織などの手に渡り、地球軍の無力化も手伝い
テロや盗賊などの犯罪を多発させる事となった。
それを逆手にとって飯の種としているのが、自分達"傭兵"だ。
自分達もテロ集団達も新型兵器の開発が禁止されている今、十年前の兵器を車など
他の機械に使われている部品や自作の部品で直しながら使っている。
いくらラクス・クラインと言えども、"MS修理に使われるから、車を作ってはいけない"とは言えまい。
だが地球上の全兵器撲滅はあきらめていないらしく、傭兵、テロ集団問わず、
兵器を所持している者を無差別に襲撃している状況だ。
それは宇宙、地球圏問わずの行為だが地球連合はあきらめたらしく、もはや抗議一つしていないらしい。
今モニターから流れている放送も、その"全ての兵器撲滅への決意"を語るものだ。
と、不意に、コンテナをいくつかに仕切って作られた部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「開いてるぞ」
そう言うと、ドアが軋んだ音を立てて開かれ、ゆっくりとした足取りで入ってきたのはシンだ。
シンは特に何も言わずに自分の隣に立つと、じっとモニターを見つめた。
その様子をちらりと横目で伺ったが、無表情で何を考えているのかは分からなかった。
「……どう思う?」
何を考えているのか知りたくて、思わずモニターを指差しそう聞いた。
シンは一度隊長の方に視線を向けたが、直ぐにモニターに視線を戻した。

 

「……随分老けましたね。化粧も濃くなった」

 

演説に対する感想を聞いたつもりだったが、ラクス・クライン本人に対する感想――
――それもかなり強烈な一言に、隊長は思わず飲んでいた安酒を噴き出した。
しかもツボに入ってしまい、そのまま机に突っ伏して大声で笑い出す。
それを見ていたシンは、眉を寄せて不機嫌そうな顔をした。
どうやら本人は真面目に答えたつもりだったらしい。
そんなシンの様子に、隊長はますます笑いが止まらなくなってしまた。
やっと笑いが止まったときには、すでにラクス・クラインの演説は終了していた。
シンの方も機嫌が悪くなったらしく、仏頂面でそっぽを向いていた。
「いや、すまん。ところで何か用事があったんじゃないのか?」
とりあえず謝ったが、笑いをこらえながらだったせいか、シンの仏頂面は直らない。
そのままの顔で一枚のROMを差し出す。
「……これです。通信士から急ぎだそうです」
「通信士から?」
急ぎと聞いて嫌なものを感じ、隊長は気持ちを完全に切り替え、シンの差し出したROMを受け取った。
シンは隊長がROMを受け取ったのを確認すると、さっさと部屋を後にする。
その際、入って来た時よりも足音が大きかったのは気のせいではないだろう。

 

そんなシンの様子に隊長は「やれやれ」とでも言うように、軽く吐息を吐き出した。
しかし直ぐにPCの方を向くと、受け取ったROMを読み込む。
人伝に持って来たということは、今すぐ行動を起こさないといけないという程の事では無いだろうが、
やはり気になった。
そして中に入っていた情報を見て、眉を寄せて厳しい表情を作る。
それは懇意にしていたジャンク屋がザフトの襲撃を受けたというものだった。
ジャンク屋の安否も気になったが、それよりも気になったのは
ジャンク屋に保管されていた自分達の情報がザフトにどこまで流れたか、という点だ。
ジャンク屋にこの拠点位置は教えていないので今日明日ザフトのMS隊が襲ってくる、
という事は無いだろうが、やはり用心に越した事は無い。
(拠点を移動させて、しばらく様子を見るか……)
そう決めると隊長は皆にこの事を伝えるため、立ち上がった。

 
 

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