久遠281 氏_MARCHOCIAS_第7話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 22:56:41
 

 第七話 衝撃

 
 

何か言いたげな視線をいくつも感じる。
その全てを、コニールは無視していた。
無視されている事に気が付きながらも、皆何も聞いてこないのは、
コニールから出ている不機嫌なオーラの所為だろう。
そんな不機嫌オーラ全開で調理包丁を研いでいては、誰も好き好んで話しかけたりしない。
「よー、コニール。お前、あのよそ者と出来てるんだってー?」
一種異様な雰囲気が漂っていた部屋の中に、明るい声が響いた。
それは集落の中でもお調子者で通っている、コニールとは顔見知りの男の声だった。
直後、部屋の中に緊張が走る。
何かが空を切り裂く音がしたかと思うと、男の顔のそばを何かが通過し、そのまま壁に激突した。
男はその場に、固まったかのように立ち尽くす。
しばらくして男は、油をさしていない機械のようなぎこちない動きで、背後の壁を振り返った。
「悪い、手が滑った」
コニールの淡々とした声が、やたらと部屋の中に響く。
壁に突き刺さった物。
それはコニールが研いでいた包丁だった。
男はそれを確認すると、まるで酸欠の魚のように口をパクパクさせながらコニールの方を見た。

 

シンが目を覚ました直後。
コニールが皆の所に戻ってみると、何やら変な話で盛り上がっていた。
曰く、あのよそ者とコニールは"出来ている"のではないか、というものだった。
なぜそんな予想になったのか、コニールには理解が出来なかったが、
"随分仲良く口喧嘩していたから"というのが皆の言い分だ。
あれのどこを見れば"仲良く"に見えるのかコニールはさっぱり分からないが、
皆の中ではそういう事になってしまったらしく、いつの間にかにその噂は集落中に広まってしまった。
そのおかげでコニールは、女達からは事の真相をしつこいくらい聞かれ、
男達からは冷やかしを受ける事となった。

 

そしてそれはシンも同じだ。
一時期"捕虜"扱いとなっていたシンだったが、
コニールの"ザフトとは関係ない"といった判断により、取り敢えず監禁は解かれる事となった。
しかしそれで集落全員が納得したわけではないため、しばらくはこの集落にとどまってもらう事になった。
シンの方も別にどこかに行く目的があった訳では無いらしく――
――本人曰く、"ただ歩いていたらここに着いた"との事らしい――これを承諾した。
そしてシンは"働かざる者、食うべからず"のことわざに従って、畑仕事などの労働に駆り出されている。
ナチュラルばかりのこの集落で、コーディネーター、しかも元ザフトであるシンが
上手くやっていけるかコニールは心配だったが、ラクス・クラインに最後まで抗った者達の一人、
しかもガルナハンを救った英雄というのがシンの対する集落の認識になったらしく、
コニールの心配するような事は何も起こらなかった。
しかし、"だからこそ"と言うべきか、男達の冷やかしの対象はコニールだけではなく、シンにも及んでいる。
もっとも、さすがに女性達は見ず知らずの男性という事で、シンとは少し距離を置いているようだが。

 

その時、突然ドアが勢いよく開いた。
驚いてそちらに目を向けると、そこに立っていたのはシンだ。
その顔は不機嫌、というより怒りの形相に変わっている。
「おかえり。仕事は?」
「ただいま!今日の分はもう終わった!!」
その声は怒りで満ちていたが、しっかり帰ってきた挨拶をする辺り、変に律儀だと言うべきか。
どうやら今日も、他の奴らにからかわれたらしい。
そのシンの後ろを、黒い獣がくっ付いてきている。
からかわれる要因の一つであるこの獣だが、結局シンもコニールも犬か狼か、
相手を納得させる事が出来なかった。
と、言うのも、どこがどういう風だったら犬なのか、はたまた狼なのか、
二人ともはっきりとした答えを言う事が出来なかったからだ。
結局、そのことについては保留という事で一応の決着はついた。
もっとも、その事が原因でからかわれているのだから、シンもコニールも
好き好んで話し合う気にはなれなくなったが。
それよりもコニールが驚いたのは、シンがこの獣に名前を付けていなかった事だ。
シン曰く、"来い"と言えば来るから名前を付ける必要性がなかった、との事だそうだ。
だが、それでは不便なので、コニールはこの獣に"アセナ"という名前を付けた。
しかしこのアセナ、シン以外の人には全く懐かない。
そのせいもあって、いつもシンの後ろをくっ付いて回っている。
今日も家の中に上がると、足音荒く自分に割り当てられた自室に向かうシンにくっ付いて、
二階に上がっていってしまった。
もっとも、引きはがすと暴れる事は最初で分かっている事なので、無理に引きはがそうとする者はいない。

 

「……で、お前はいつまでそこで突っ立ってんだ?」
二階に上がるシンを見送ったコニールは、まだ呆然と立ち尽くしていた男に声をかけた。
その声で男は我に返ったらしい。
硬直していた体から力を抜く。
「あ、そうだ。実は、あのよそ者について話を聞きたくてさ」
「シンの?」
男の言葉にコニールは思わず目を細めた。
集落の皆にはシンについて、ナノマシンの事を省いて話している。
ナノマシンの事のついてはコニール自身も信じられない面があったし、
どう話したらいいのか分からないというのもある。
しかし何より、シン自身があまり公にしたくない様子であったので、
コニールは皆には話さない事にしたのだ。
「……で、シンについて何が聞きたいんだよ?」
「あいつさ、傭兵なんだろ?」
男の言葉に、コニールは内心ほっとする。
シンのナノマシンの事がばれたかと、一瞬焦ったからだ。
「いや、傭兵は辞めたって聞いたけど?」
「でもさ、MSには乗れるんだろ?」
「そりゃ、少なくとも十年前に乗ってるの見た事あるし」
そこまで聞いた男は、手でコニールに近くに来るよに合図した。
それを見たコニールは男の様子に疑問を抱きながら、近くによる。
男はコニールが近くに来ると、周りを見まわして近くに誰もいない事を確認した。
そして小声で誰にも聞かれないようにしゃべりだす。

 

「それじゃあさ"例の作戦"、あいつに手を貸してもらう、ってのはどうだ?」
「"例の作戦"に?」

 

男の提案に、コニールは少し考える。
「……確かにあいつは元プロの軍人だから、手を貸してもらえるなら戦力になるだろうが……。
 だけど、よそ者を作戦に居れるのは、さすがに皆嫌がるんじゃないか?」
「だから、中に入るのは俺達だけ。あいつにはおとりをやってもらおうと思って」
「……て、一人でおとりをさせるって訳か?却下。危険が大きすぎるだろ」
コニールはそう言うと、話はこれで終わりと言わんばかりに男に背を向けてその場を立ち去ろうとする。
そんなコニールを、男は慌てて腕をつかんで引き留めた。
「だ、か、ら!そのために、あいつがMSを操縦できるか聞いたんだろ!?
 MSに乗って注意を引いてもらうの!」
「そのMSがないじゃないか。どっちにしろ、無理」
「心配無用!ついこの間、例の機体が完成したんだ!」
「例の機体?」
胸を張った男を、コニールは驚いて思わず凝視してしまった。
しかし直ぐにその視線は疑いの視線に変わる。
「もしかして、その"機体"って……」
「そう!俺がこつこつ造ってきた、あの機体だ!」
「却下。あれがまともに動くとは思えない」
コニールはそう言うと男の手を振り払い、さっさと歩きだす。
しかし、またしても男はコニールを引き留めた。
「いや、ホント!大丈夫だって!だから一回でいいから、あのよそ者に話してみてくれよ!」
「そんなの、自分聞けばいいだろ!?」
「お前、あいつの恋び……じゃない、知り合いなんだろ?
 俺が話すより、お前から話してくれた方がよっぽど早いだろ!?」
「……おい、今、なに言いかけた?」
「え?あ、いや……。ま、まあ、ともかく!一度話をしてみてくれ。
 それじゃあ俺は、他に用事があるからな!」
「おい!こら!ちょっと待て!!」
コニールは男を引き留めようとしたが、男が逃げる方が早かった。
"よろしくなー"という声が遠ざかりながら聞こえてくる様に、
コニールは思わずため息を吐いて肩を落とした。

 
 

****

 
 

コニールは取り敢えずシンの部屋の前に来ると、扉をノックする。
直ぐに聞こえてきたのは、不機嫌そうなシンの声だ。
コニールは軽くため息を吐いたが、直ぐに気を取り直して扉を開ける。
「シン、ちょっと話いいか?」
「何だよ」
予想した通りシンは、自身の不機嫌さを隠そうとしようもせずベットに寝っ転がったまま、
ぶっきら棒に言い放った。
その事に軽く頭痛を覚えながら、コニールは部屋の中に入り、扉を閉める。
扉を閉めた音に反応して、ベットの直ぐそばで伏せていたアセナが顔を上げた。

「傭兵としてのお前に、依頼があるんだけど」
その言葉に、シンの表情が変わった。
シンはベットから起き上がると、ベットの縁に腰掛け、コニールに視線を向ける。
その表情は真剣そのもので、先ほどの不機嫌さは無い。
「……俺はもう、傭兵業は辞めたぞ」
「だけど、白兵戦とかは出来るだろう?」
コニールの言葉に、シンが目を細める。
シンのその様子にコニールは緊張しながらも、黙って次の言葉を待った。
「……依頼内容は?」
「……犯罪者収容所の襲撃。……正確に言えば、その手伝い」
その言葉に、シンの表情がさらに険しくなる。
「ここから少し離れた所に、この辺の人達が捕らわれている収容所がある。
 名目は"犯罪者収容所"だけど、そのほとんどが貧困が原因で税が払えなくなった、
 あるいは警官にいちゃもんつけられて連れてかれた人達だ。
 そこに集められた人々は、毎日労働に駆り出されている。"犯罪者"収容所なんてのは名前ばかり。
 実際には"強制労働者"収容所だ」
そこまで聞いたシンの表情を見て、コニールは一瞬、恐怖に身を強張らせた。
シンの表情は怒りに満ちており、その目つきもまるで相手を射殺そうと言うかのように鋭い。
その怒りが向いているのが自分ではないという事は分かっていたが、
それでもコニールはわずかに後ずさりする。
しかしシンがその表情をしていたのは本当に一瞬だけだった。
直ぐに何かを思案しているような表情に変わる。
「……依頼を受ける代わりに、条件がある」
「ん?条件?」
しばらく考え込んだ後に言われた言葉に、コニールは思わず聞き返した。
もちろんタダ働きさせようと思っていたわけではないが、こう改めて言われると身構えてしまう。
傭兵業の報酬がどの位なのは知らないが、あまり高額を要求されても困る。

 

「条件はこの集落に住む者全員が、この集落を捨てて出て行く事」
「……は?」

 

思いも寄らぬ条件に、コニールの脳は一瞬仕事を放棄した。
「一体なんだよ、その条件は!?」
思考回路が通常運転を開始した直後、コニールは思わず怒鳴ってシンに詰め寄った。
しかしシンは難しい顔をしたまま、コニールを睨み付けた。
「"犯罪者収容所"って名前が付いてるって事は、そこを管理しているのは政府だろ。
 そこを襲撃したとなれば、必ず政府は動く。そうなればこんな小さな集落、ひとたまりもないぞ!」
「だからって、ここに住んでいるのは他に行き場のない人達ばかりだ!
 お前はそんな人達に"出て行け"って言うつもりか!?」
「じゃあお前は、この集落の人達に
 "収容所に居る人達を助ける代わりに犠牲になってくれ"って言うつもりか!?」
シンのその声は、強い苛立ちと怒りがこもっていた。
それはあまりに強いものだったので、コニールは咄嗟に次の言葉を発する事が出来なかった。

 

部屋の中を沈黙が支配する。
それでも何か言い返そうとコニールが口を開いた瞬間、頭上で轟音が響いた。
驚いたコニールは、思わず上に視線を向ける。
しかし当然ながら上は天井で、何が起こっているのか全く分からなかった。
その間にシンはベットから立ち上がると、コニールの横を通り抜け、部屋の外へと飛び出していた。
シンの後をアセナが追いかける。
「シン!?」
慌てたコニールもその後を追う。
しかしシンは振り返りもせずに階段を駆け下りると、
そのままドアを壊れるんじゃないかという勢いで開いて、家の外に飛び出した。
その後を追うコニールは、シンが外で空を見上げている所で、その横に追いついた。
シンの視線を追って、コニールも空を見上げる。
「!MS!?」
思わずコニールの喉から上ずった声が漏れる。
日が傾きだした空を飛んでいたのは、過去にザフトで開発された機体である、
四機の"グフイグナイテッド"の姿だった。

 

「ザフトか!?」
「いや、渓谷の間を流れる風に吹かれて、機体をわずかに流されてた。
 機体はともかく乗り手の腕はへなちょこだ。いくら大気圏内での戦闘は不慣れな奴が多いとは言え、
 ザフトにこんなへなちょこが居るとは思いたくないぞ。大方、どこかの傭兵崩れの盗賊、ってとこだろ」
シンがそう言う間に、グフイグナイテッドの一機が集落に向けてビームライフルを放つ。
放たれたビームライフルは渓谷に当たり、大きな岩が崩れ落ちて一軒の民家を直撃した。
それを見たシンは、舌打ちをして怒りに眉を寄せる。
「コニール!こっちにもMSか何か無いのか!?」
「え?MS?あ、……いや、まあ……、あると言えばあるけど……」
「ホントか!それ出せるか!?」
「えっと……、多分?」
コニールのはっきりとしない言い分に、シンは思わず不審の視線をコニールに向けた。
しかしコニールの方もあれを出していいものか、はっきり言って迷う。
見た目的には何も問題ないのだが……。
「そのMS、乗り手は?」
「いや、誰もいない」
「俺にそのMS貸してくれないか!?」
詰め寄るシンに、思わずコニールは視線をさ迷わせた。
その間にもグフイグナイテッドは、まるで人々が逃げ惑うのを楽しむかのように、
ビームライフルを一発撃っては離脱する、を繰り返している。
それを見たコニールは、決意を固めた。
「……分かった。お前にMSを貸してやる。ただし、文句は私に言うなよ!造った奴に言え!」
そう怒鳴ったコニールに、シンは"訳が分からない"と言うかのように、眉をひそめた。
しかしコニールはそんなシンを無視して、逃げ惑う人々の中を駆けだす。
シンもそれ以上は何も言わず、黙って後に続く。
やがてたどり着いたのは、大きな納屋だ。
コニールは黙ったまま、扉を開いた。

 

初めにシンの視界に入ってきたのは、大きな物体を覆い隠したブルーシートだった。
コニールはそのブルーシートの端をつかむと、一気に引っ張る。
現れたのは、ひざまずいた格好の一機のMS。
トルコカラーの装甲に、一対のカメラアイと四本のアンテナ。
背には、六枚の羽が付いたバックパックを付けている。
その姿を見たシンは、驚愕に目を見開いた。

 

「……これ、もしかして"インパルス"……、"フォースインパルス"か!?」

 

シンの目の前に現れた機体。
それはかつてシンが駆った機体、"インパルス"によく似た機体だった。

 
 

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