子連れダイノガイスト_第7話

Last-modified: 2008-10-14 (火) 17:44:52

第七話 嵐を呼んだのは海賊か旋風か

 
 

 ――二年前。『ソレ』は、突如自分達の前に姿を現した――

 
 

 始まりは地球連合のオーブ侵攻の折に、友の駆る当時最新鋭最高の性能を誇った禁忌の核動力機『フリーダム』を、不意を突いたとはいえ一撃で戦闘能力を奪った時だ。
 その時の戦いで地球連合・オーブの区別なく無作為に暴れ狂ったとされるソレは、その時の戦いで破壊されたと思っていた。
 だが、確かに『ソレ』は姿を見せた。
 コロニー・メンデルでの戦いを終え、精神的にも肉体的にも、また物資的な意味合いにおいても負った疲弊を癒す為、二か月に及ぶ潜伏期間に身を置いていた自分達の前に。
 アステロイドベルトの一角で、ジャンク屋ギルドからの補給を受け終えた時、突如虚空の彼方から音速の十数倍という速度で接近する高熱源体を補足した。
 万難を排す為に最強の戦力だった自分――アスラン・ザラ――とキラ・ヤマトの二人が、ジャスティスとフリーダムに乗って迎撃に向かったのだ。
 守るべき小さな希望を背に、自分とキラが、わずかに緊張に身を固くした時、アンノウンの姿をジャスティスのモニターが捉え、キラの息をのむ小さな声が聞こえた。それは苦い記憶を思い出したが為であろう。
 接近してきていたのは、メビウスなどよりも二回りも三回りも巨大な戦闘機だ。機体上部から延びる二門の砲身に、やや小さめな両側部の翼。
 ジャスティスのメモリー内に該当するデータがありディスプレイにそれが表示される。かつて、キラが対峙したという謎の可変型戦闘機に違いなかった。
 恐竜・人型・戦闘機という三段階変形機能を持った巨大MSが自ら名乗ったという名前を、アスランは口にした。

 

「ダイノガイスト」

 

 その呟きが聞こえたわけではあるまいが、戦闘機形態のダイノガイストが、問答をする間もなくダイノキャノンを乱射しながらこちらに向けて一気に加速してきた。
 無論、そう簡単に撃ち落とされるようなアスランとキラではなかった。スラスターの細かい噴射でダイノキャノンをすべてかわし、呼びかけは無意味と判断して即座に反撃に移る。
 砲戦MSであるフリーダムの火力支援のもと、近接戦闘に特化したジャスティスが、高速で飛行するダイノガイストめがけて相対速度を合わせつつ真っ向から向う。
 この時、キラがダイノガイストと真っ向から戦う羽目にならなくてよかったと、胸を撫で下ろしていたかどうかは謎だ。
 クスフィアスレール砲やバラエーナプラズマ集束砲の色鮮やかな火線や、オレンジの砲弾を従えて、ジャスティスは手にしたルプス・ビームライフルの照準をダイノガイストに合わせる。
 フリーダムの砲撃を中のパイロットが間違いなく圧死する様な機動で回避していたダイノガイストを、確実にインサイトする。
 放たれるビーム。一筋の光の矢となって放たれた高出力のビームは、光の速さでもってダイノガイストのウィングを貫き、無力化する筈だった。
 目の前の巨大戦闘機が、可変機構を利用した事前に知っていなければ予測不可能な行動さえ取らなければ。
 その時通信機越しに聞こえてきた声を、アスランは二年後になってもなお忘れてはいなかった。いや、忘れられなかったと言うべきだろう。

 
 

『チェンンジッ! ダイノガイストォ!』

 
 

 一秒にも満たぬわずかな瞬間に、三十メートル超の巨大な人型へと姿を変えたダイノガイストが、羽虫を払うように左手を振るい、ビームを弾いたのだ。
 緑色の光の飛沫になって散るビームが、わずかにダイノガイストの漆黒の体を照らし出した。
 戦闘機から人型への変形を終えたダイノガイストは、勢いを止める事無く背や足裏のスラスターから白い炎を噴射して、ジャスティスとフリーダムへと一気に襲いかかってきた。
 装甲越しにも感じられる濃密な闘争の気配、眼にも映りそうなほど密度を高めた殺気に、アスランの心臓がどくんと強く跳ねる。
 抜き身のまま背に交差された2本の長刀をダイノガイストの両手が握っていた。大気のある地上ならば、シャリンと鈴の音に似た刃鳴りの音を立てていただろう。
 星の光を鈍く反射するその刃の白銀に、アスランは髑髏の死神を見た気がした。幻覚のはずのそれが、なぜか現実のもののような気がして肝を冷やしたのを今も覚えている。
 何もないがらんどうの眼窩が、果てしない暗黒を納めてアスランを見つめていた。その暗黒の中にアスランの魂を取り込む時を待って。

 

「ちいっ」

 

 下らぬ妄想に取りつかれる自分を叱咤する意味も込めて舌打ちをし、ビームライフルとフォルティスビームキャノンを立て続けに撃った。
 ダイノガイストは巨大な見た目とは裏腹に、軽妙な動きで左へ右へと襲い来るビームの雨をかわし、脚部のダイノキャノンや頭部に生える四つの角から黒い雷を放ってジャスティス以上の火力で反撃してきた。
 ダイノキャノンの一発をシールドで受け、そのまま機体ごと後方に吹き飛ばされたアスランは、核動力機であるはずのジャスティスやフリーダムを明らかに上回る威力に、眼前の巨大MSの正体に疑問を持った。
 もっともそれに気を取られる隙は、そのダイノガイストが与えてはくれなかった。振り上げられた右手のダイノブレード。すでにその刃圏内にジャスティスを捉えたダイノガイストであった。
 背筋を駆け抜ける電流。危険を意味するシグナルが獣の絶叫のように体内で木霊した。ジャスティスはPS装甲だ。実体剣のダイノブレードでは確たるダメージは受けない。だが、それでもアスランの理性を圧して本能が危険を警告した。
 こと闘争において、本能ほど生物にとって最大の武器と防御を兼ねるモノはない。遺伝子にメスを入れた不自然なる存在のコーディネイターといえども、生物である以上本能こそが生死を分かつ一瞬において最大の拠り所となる。
 とっさに右に大きく動かしたジャスティスのいた空間を薙いだダイノブレードの描いた白銀の軌跡に、アスランはずわ、と音を立てて引いてゆく血流の音を聞いた。
 振り下ろされた刃がくるりと返され、半円を描く動作を伴うのを、アスランが視界の片隅に認めた。
 来る、二撃目!!
 その思考を言葉で発するにはあまりにも短い時が経過し、とっさに掲げたジャスティスのシールドを、縦一文字に横断する閃光を見つめる。瞬間、息を呑む事も吐く事も忘れた。
 ダイノブレードの一閃は盾とそれを掲げたジャスティスの左手首も縦に切り裂いていた。
 防戦に回っては勝負にならないと判断したアスランが、両腰側部に収められているラケルタ・ビームサーベルを抜き放し、両断されたシールドの向こうにいる筈のダイノガイストを睨み、そこに何もない空間を認めた。

 

「フリーダムが狙いかっ!」

 

 アスランの指摘が正鵠を得ていたのは、廻らしたジャスティスのメインカメラの捕らえた映像が保証した。
 フリーダムがその身に備える通常のMSをはるかに上回る火力に晒されながら、それをものともせず、僅かばかりの恐怖を感じさせることもなく正面から迫るダイノガイストの姿があったではないか。
 合わせて五つの砲身から放たれる絢爛な光線を、強風に晒されても倒れぬ柳のようにしなやかにかわし、時に振るうダイノブレードの両刀で切り落としてみせる。
 キラやアスラン自身、放たれたビームやレールガンやらをビームサーベルで弾いた経験があるが、他人がしている光景を見るとこうもふざけた――桁違いの技量が顕著に現れる行為だったのかと分かる。

 

 ――見惚れている場合ではない!――

 

 思考を切り替えたアスランはフットペダルを踏み込み、正義の名を持つ愛機に全速力の飛行を強要した。
 虚空の闇と隕石の漂う空間で入り乱れるバラエーナとクスフィアス、ダイノキャノンとダイノバスター。
 外見からはろくに射撃系統の武装など無いと見えるダイノガイストが、脚部のダイノキャノン以外にも胸部の黄金の装甲や角からも攻撃が可能と、多彩な武装を見せつけ、フリーダムのお株を奪うほどの火力を見せつけていた。
 フリーダムはかろうじて一発の被弾もなかったが、こちらの攻撃が多少なりとも被弾しているはずのダイノガイストに目立ったダメージが無い事に焦燥を感じていた。
 MSであれMAであれ、戦艦であれ、フリーダムの武装を前にして無傷で済む存在はないはずだ。それはこれまでの戦いが証明している。
 では、目の前のコレはなんだ? 直撃したはずのクスフィアスもバラエーナもルプスも、精々が黒曜石の様に深い黒色の装甲に、焦げ目をつけるのが限度ではないか。運動性も火力も防御能力も、なにもかもが違いすぎる。
 それも無理はない。この時のダイノガイストはまだ本調子ではなかったが、それでも過去にキングエクスカイザー、ウルトラレイカー、ゴッドマックスらの合体攻撃ギャザウェイビームの直撃を受けても、外見上はダメージの無かったダイノガイストだ。
 フリーダムの大火力を持ってしても、そう容易く破壊する事が可能な相手ではない。
 彼我の能力差もそうだが、キラの心を焦燥に駆り立てていたのは、なによりも装甲と絶対零度に近い宇宙空間を通じてなおひしひしと皮膚細胞を蝕む、このダイノガイストの殺気! 
 通信機で言葉を交わすまでもなく、ダイノガイストの機体から立ち上る不可視の気配が、視覚と聴覚を超越してキラ・ヤマトという生物に刻みこんでくる。

 

 ――敵だ!――

 

 キラは意識した。目の前の絶望と同義になりつつある巨大MSが、紛れもない自分の敵だと。全力で全壊すべき強敵――いや天敵のような存在だと、意識した。
 高機動形態に移行すると背のバラエーナが使えなくなるという、欠点なのか形態の切り替えによるものとして黙認されたのか、良く分からないフリーダムの機構はこの場では目を瞑り、キラは一気にダイノガイストの懐へ飛び込んだ。
 本来、フリーダムの得意とするレンジではないが、ダイノガイストの巨体と手に握るダイノブレードの長刃を考慮し、懐に潜り込んだ方がまだ勝ちの目がある、と判断したからだ。
 ダイノガイストの懐に飛び込み、流れる動作で左腰から抜き放たれるラケルタ・ビームサーベル。鮮やかな太刀筋は、しかし上半身を後ろに反らしたダイノガイストに触れる事はなかった。
 所詮プログラムにすぎぬ動作を、ダイノガイストは心中でせせら笑った。無機物を自らの肉体へと変え、一体となってカイザーソードを振るったエクスカイザーに比べれば、見切る事は容易い。
 斬り上げた刃を返し、袈裟に斬り下ろさんとするキラの意識は、それよりも速くフリーダムのメインカメラ一杯に映し出されたダイノガイストの顔に遮られた。次の瞬間に襲いきた途方もない衝撃に、ベルトに抑えられた体が前後に揺さぶられた。
 反射的に瞼を強く結び、奥歯を噛みしめる中、キラはダイノガイストに何をされたかを理解した。頭突きだ。至ってシンプルな、原始的極まりない打撃である。
 PS装甲といえども内部に伝わる衝撃までは殺しきれない。これだけの打撃だと、装甲の内側から破壊される可能性も馬鹿にできない。
 実際、メンデルでの戦いではレイダーの持つ破砕球ミョルニルによってフリーダムの頭部は破壊されているのだ。
 ぐい、とフリーダムの頭部がダイノガイストの左手に掴み止められ、もう一度、二度、三度と頭突きが続く。その度にコックピットが激しい衝撃に襲われ、キラは必死に操縦桿を握って堪えた。
 七度目の頭突きが止まり、今度はフリーダムの頭部を掴んだまま一気に加速して、近くにあった岩へと叩きつけた。途端に岩に走る蜘蛛の巣のような罅が、どれだけの膂力を持ってフリーダムが叩きつけられたかを物語る。
 六枚の青い翼の付け根が軋み、フリーダムの内部各所でスパークが散る。
 休む事は許されなかった。PS装甲を貫かぬ程度に抑えられたダイノキャノンが、フリーダムのコックピットのある胸部めがけて撃たれたからだ。
 右のダイノキャノン、左のダイノキャノンが交互に放たれ続け、休むことなく続くシューティングマラソンの開始だった。撃たれる度にフリーダムがわずかずつ背後の岩塊に押し込められ、内部のキラの意識も度重なる衝撃に駆り立てられようとしている。
 かろうじて開いた瞳が、ダイノキャノンの発射を継続しながら右手のダイノブレードを後方へ引き絞り、フリーダムを串刺しにしようとしているダイノガイストの姿を捉えた。

 

 ――こんな処で、僕は死ぬの?――

 

 突きつけられた切っ先に、キラは死を見た。これまで何人もの人間に、自分がもたらした死が、今度は自分に降りかかるだけの事。誰かを殺してきた自分が、今度は誰かに殺される番。ただそれだけの事。
 キラの心の片隅で、安堵に似た絶望がゆっくりとその領域を広げていた。多分、キラは病に冒された老人のように疲れているのだ。
 フレイに偽りのぬくもりで癒されたころから。ラクスに助けられて、このフリーダムという新たな剣を得た時も、ホントはもう、疲れて立ち上がるのも辛かったのだろう。
 キラは祈るように眼を瞑った。

 

「キラッ!!」

 

 耳に届いたのは友と仲間の声。アークエンジェルの甲板で、アグニを構えるランチャーストライクと、アスランの駆るジャスティス。
 ダイノガイストの背中めがけて殺到したフォルティスビーム砲の直撃を受け、思わずフリーダムの頭部を手放したダイノガイストめがけ、今度はムウ・ラ・フラガの駆るストライクのアグニが襲いかかった。
 紅色の円柱に青い光をかぶせた極太の光線が、ダイノガイストのみを捉える絶妙な射撃精度で放たれ、それをダイノガイストは紙一重でかわすが、今度はそこにジャスティスの火力が集中し、その場から離れるのを余儀なくされた。
 いざ助かるとなれば生きる希望に縋るのが人間というものだ。アスランとムウに窮地を救われたキラは、朦朧とする意識のままフリーダムを動かし岩塊から脱出する。
 フリーダムに気づき、再びキラに迫るダイノガイストをムウとアスランで牽制する。
 入り乱れる光線に、さしものダイノガイストも苛立ちを感じたのか回避と防御を取る動きが徐々に乱雑なものに変わっている。 
 アスランはキラに撤退を促しながら、自分も離脱するタイミングを見計らっていた。ちょうどそこにアークエンジェルが船尾にある大型ミサイル発射管から発射したミサイルが計六基、白煙をたなびかせてダイノガイストに群がった。
 ストライクとジャスティスの攻撃に注意を向けていたダイノガイストは、背後と上下から迫るミサイルに気づくのが遅れ、その巨体をミサイルの起こした爆発の中に飲み込まれていた。
 これならなんとか離脱できる。かつてない謎の強敵の出現と、一方的に追い込まれた事への焦りをゆっくりと開放しつつ、アスランはフリーダムの横にジャスティスを並ばせ、この場を後にするアークエンジェルらに追いつくべく、機体を操作した。
 そう思った時だ。フリーダムとジャスティスが唐突に停止した。機体は前に進もうとしている。アスランとキラの操縦に従い、機体は確かにアークエンジェルやエターナルへと向かってはいるのだ。
 では、なぜそれが前に進まない? 決まっている。フリーダムとジャスティスの片足首を掴み、逃げる事を阻んだ存在がいるからだ。
 振り返ったフリーダムとジャスティスのモニターの映し出されたのは、ミサイルの起こした爆炎の中から手を伸ばし、フリーダムとジャスティスを、死者を連れ去る冥府の使いの如く握りしめるダイノガイストの威容。
 黒煙に塗れて母胎を食い破った胎児の如く姿を見せたダイノガイストの、バイザー状の目が赤く赤く輝いていた。

 
 

「う、うああああああ!!」

 
 

 キラと自分とどちらが先に、汚辱を前にした乙女のような悲鳴を上げたのか、アスランは憶えていなかった。

 

          *          *          *

 

 二年前の回想に捉われたアスランを現実に呼び戻したのは、ああ!? というミネルバ副長アーサー・トラインの悲鳴だった。
 特別な計らいという名目でブリッジに上げられた今の自分とカガリ・ユラ・アスハの立場を思い出し、軽く頭を振るって幻想を取り払い、アスランはミネルバのモニターに映し出された光景に息を呑んだ。
 そこには二年前、自分とキラを徹底的に打ちのめし、恐るべき執念で追いまわしてきたトラウマに等しい巨人の姿があった。

 

「ダイノガイストっ!」

 

 ヤキンでの戦いの後に、宇宙海賊として地球圏各地を荒らしまわるダイノガイストの存在を耳にしてはいたが、こうして直接目にするのは、戦場での邂逅以来だった。
 過去の悪夢は、現在にもその姿を見せたのだ。
 そしてモニターの向こうのダイノガイストは両手に握りしめたザクウォーリアの頭部を一息に握り潰し、それぞれの機体を彼方へと放り投げた。

 

『どうした。ザフトの精鋭もこの程度か?』

 

 ダイノガイストの出現から五分。ザクウォーリア二機、ゲイツR三機がすでに戦闘能力を奪われ、僚機に回収されていた。
 一方でダイノガイストは、ダイノブレードを抜くまでもなくあしらえる程度の相手に、内心で食い足りぬと失望に近いものを感じていた。
 このC.E.地球に来てからダイノガイストが渇望しても得られぬものが一つあった。それは永劫の宿敵・エクスカイザーに比肩しうる強敵の存在である。
 グレートエクスカイザークラスとまではいかずとも、いずれ再び相まみえ、打ち倒すべき敵との予行演習程度にはなる存在と、いまだ出会えてはいないのだ。
 万全の調子となったダイノガイストとまともに戦えるレベルなのは、プロヴィデンスガイストに乗ったアルダと、先日一戦交えたBFⅡの叢雲劾、それにヤキンで叩きまわしたフリーダムとジャスティス程度だった。
 探せばまだ他にもいるかもしれないが、自分の勝利が揺るがされるほどの強敵とは言い難い。傷を癒し、シミュレーションやMSとの戦闘を重ねてはいるが、これでは自分の力が完全に戻ったのか、あるいは多少なりとも強くなったのか判断がし難い。
 故に、来るべき宿敵との死闘の為にダイノガイストは強敵に飢えていた。だが、今回もそれは満たされそうにない。

 

 ――つまらん――

 

 舌打ちを一つこぼし、ダイノガイストは次の獲物に取りかかった。スラッシュウィザードという近接戦闘用の換装装備のザクウォーリアに向かい、虚空を蹴って飛びかかる。
 頭上で槍を旋回させてからダイノガイストの頭部めがけて切り下ろすも、槍の柄を簡単に掴み取られ、ダイノガイストの右拳が頭部にめり込んで粉砕され、駄目押しの右回し蹴りが左肩のシールドごとザクの左腕を破壊した。

 

『相手にもならんわ』

 

 ちら、とアルダの方に目をやればドラグーンを縦横無尽に駆ってエグザスとソードインパルス、ブラストインパルスを完全に抑え込んでいた。あちらの方がまだ歯応えはあったろうか。
 いささか姿を見せるタイミングを誤っただろうかと考えだしたダイノガイストの目の前で、エグザスの操るビームガンバレルが数基のドラグーンに体当たりを敢行し、光の矢の包囲網がわずかに緩む。
 それをカバーすべくアルダが動くよりも、エグザスの動きの方が速かった。それでもわずかに被弾しつつエグザスはドラグーンの包囲網を突破して見せたのだ。

 

「そうやっておめおめと背を見せるのかね? ムウ・ラ・フラガ!!」
「はあ? あいにくと私は“エンデュミオンの鷹”殿と縁はないさ! こちらもこちらの事情があるので、おさらばだ」
「なに?」

 

 彼方の母艦ガーティ・ルーめがけて加速するエグザスを見つめながら、アルダはムウの言葉を反芻した。確かに感じたあの感覚はムウに対するものだった。だがあのMAのパイロットはそれを否定した。
 もちろんムウ自身がそうしたのかもしれないが、少なくともアルダにはムウが自発的にそうする理由を見いだせなかった。むしろアルダの挑発に乗る形で言い返してくるのがあの男の常であったのだが……?
 まあいい。あの男とはまたいずれどこかの戦場で見えるだろう。アルダは、かつてそうだったようにこれからもそうなるだろうと、気にしない事にした。
 そして、ドラグーンの動きに慣れたのか、エクスカリバーで一機のドラグーンを両断したソードインパルスに感心した呟きを零していた。

 

「ほう、ドラグーンの動きを読み切ったか。良い腕だ」
「答えろ。お前は何者だ? なぜラウと同じだ? お前もおれや彼と同じ存在なのかっ」

 

 血を吐くようなレイの言葉に、アルダはわずかに眉を寄せた。自分の訃報を聞かされてから二年、この少年があの男――ギルバート・デュランダル――にどのように育てられたのか、一抹の不安を覚えたからだ。

 

「つれないな、レイ。もっとも二年間音沙汰なしだった私も、君の事は言えないがね」
「! そんな、まさか……?」
「だが、今の私は宇宙海賊ガイスターの一員アルダ・ジャ・ネーヨだ。そして君は、何処の誰なのかな?」
「おれは……」
「さあ、来たまえ。ザフトのヒヨッコくん。先達としてどの程度腕を上げたか見てやろう」
「おれはザフトのレイ・ザ・バレルだ。答える気が無いというのなら貴方の事は、力づくで聞き出す!」
「ふははは、そうだ。それでいい! さあ、あまり失望させてくれるなよ」

 

 弟の成長を喜ぶ兄のような声で笑いながら、アルダはレイのソードインパルスと対峙した。

 

 ヒートアップするアルダとレイを他所に、ルナマリアは三基のドラグーンを相手に悪戦苦闘していた。なにより自分の乳を揉み腐りやがったシンに対してブラストシルエットの武装をバカスカ撃ちまくったせいでバッテリーの残量が心許ない。
 なんとかデュートリオン・ビームかシルエットの交換に依ってバッテリーの補充をしたいところだった。

 

「多少の無茶は承知の上で、この包囲網を突破しなきゃ」

 

 右斜め三十七度から放たれたドラグーンのビームをかわし、ルナマリアははやる気持ちを抑えて冷静に自分を狙うドラグーンの動きを追い続けた。
 ここでルナマリアに幸運だったのは、アルダがレイに集中した事によってブラストインパルスを狙うドラグーンの動きが乱雑なものになり正確さを欠いたことだろう。

 

「いっけええ!」

 

 残るバッテリー残量を気にせずケルベロスとレール砲をぶっぱなし、火線の中にドラグーンが二基飲み込まれるのを確認して、一気にその空隙の中に機体を滑り込ませて加速する。

 

「レイ、すぐに換装して援護に戻るから、それまで落とされないで!!」

 

 答えるレイの声はなかった。それほどまでに苦戦させられているのだと解釈したルナマリアはすぐさまミネルバへ向かって通信を繋いだ。

 

「メイリン、フォースシルエットを! 早く!」
「は、はい!」

 

 姉の剣幕に押され、メイリンもやや詰まりながら返答し、シルエットの換装シークエンスを行う。一方で、アーモリーワンの警護を担当していたMS部隊はすでに半数近くがダイノガイストの前に無力化され、その残骸を宙に漂わせていた。
 多対一の入り混じった状況で戦艦に碌な支援ができるはずもなく、タリアはガーティ・ルーをターゲットにして、ミネルバの各砲塔を向けていた。
 きびきびとしたタリアの指示に従って、アーサーやブリッジクルーがてきぱきと応答する中、何もできる事が無いカガリとアスランだけがじっとモニターを食い入るように見つめていた。
 ふと、デュランダルが思いついたように口を開く。艦長席のタリアがわずかに気にする素振りを見せたが、あくまで艦の指揮を優先し、すぐに意識を切り替えた。
 白い穏やかな顔立ちに僅かに剣呑な色を乗せて、ゆっくりとデュランダルはカガリとアスランを振り返った。

 

「まさか、かの《宇宙海賊ガイスター》までも姿を見せるとは。『強すぎる力は災いを呼ぶと』いう姫のお言葉通りになってしまいましたね。このような事態に巻き込んでしまった不手際を、いまさらですがお詫び申し上げる」
「あ、いや、このような事態が不可抗力だという事は分かっている。だから頭を上げてくれ。デュランダル議長」
「そういっていただけるとありがたい。しかし、争いが無くならぬから力が必要なのですと申し上げた私の言葉も、アレの前では霞みますな。我がザフトの精鋭が、ああも容易く打ち破られては」
「……」

 

 どこか呆れる様に、一国の指導者としてはそぐわぬ声で呟くデュランダルにカガリは答えなかった。仮にも自国の兵士達が命懸けで戦っているというのにまるで他人事のように言うデュランダルが気に食わないというのもある。

 

「そういえば、姫はかの三隻同盟に身を置かれた方。いかがです? あのダイノガイストを相手にして、伝説のキラ・ヤマトと最強と言われたストライクを討ったアスラン・ザラなら、フリーダムとジャスティスなら、勝てますか?」
「え、いや、それは?」

 

 面白い事を思いついた。せいぜいそんな程度の調子のデュランダルの言葉は、思いのほかカガリに動揺を誘った。隣に当事者たるアスラン・ザラがいるというのもあるし、すでにダイノガイストとアスラン達が戦った結果を知ってもいたからだ。
 あまりおれの方を見るんじゃないと、アスランは心中でカガリに注意したが、想い人はそれに気付く様子はなく、あたふたとアスランの顔の上で視線を彷徨わせていた。
 カガリの様子に毒気を抜かれたか、デュランダルは小さく息を吐くようにして微笑した。役者の違いをまざまざと見せつける二カ国の代表の態度に、アスランは内心で雪崩のような溜息をついていた。
 今回プラントと会談を持った事は間違いなく失敗だったと。多分、とっくに自分の正体はデュランダル議長にばれているのだろう。
 仮にもプラントの代表だ。一国の指導者が先の大戦終期に良くも悪くも途方もない事をやらかした自分達を、戦後の混乱があったとはいえマークしていないはずがない。
 この男ならオーブに身を寄せるラクスやキラの事も知っているかもしれないと、アスランはほぼ確信した。

 
 

 ガイスターの乱入でザフト側の戦力がじりじりと削られてゆく戦況に、一石を投じたのはエグザスの帰還したガーティ・ルーだった。
 離れ行く船体から切り離されたタンクを、ミネルバの副砲が撃つ抜いた時、それはミネルバや岩礁に身を隠していたサンダルフォンを揺らすほどの大爆発を起こしたのだ。
 ガーティ・ルーが切り離した予備推進剤タンクの大爆発と煙がはれる頃仕掛けてくると警戒していたミネルバが捉えたのは、遠方を行くガーティ・ルーの船影だった。
 逃げられたと悟ったタリアが艦長席のアームを乱暴に叩いた。
 一方でガーティ・ルーのその動きはガイスター側にも行動の変化を促すものだった。レイのソードインパルスとルナマリアのフォースインパルスをまとめて適当にあしらっていたアルダが、ダイノガイストからの撤退信号を受け取ったのだ。
 てっきりこのままガーティ・ルーを追うか、ミネルバからインパルスのパーツを強奪するのかと思っていたのだが?

 

「なるほど、お姫様がサンダルフォンに戻ったのか」

 

 テレビロボを相棒に、どうにか混乱の極みにあるアーモリーワンから脱出したマユのシャトルをサンダルフォンが回収した事で、とりあえずの目途にしたらしい。

 

「ふっ、なんだかんだでお優しい事だ。では、レイ。すまないが今日はここまでだ」
「待て!」

 

 無傷のプロヴィデンスガイストの前に、両足を失い、片手でエクスカリバーを握るソードインパルスと、あちこち被弾し、装甲が破壊されたフォースインパルスが浮かんでいた。
 それでもなお闘志は屈していないという表れか、エクスカリバーの切っ先とビームライフルの銃口を、プロヴィデンスガイストに向けていた。
 レイもそうだが、もう一機のインパルスのパイロットも悪くないと、アルダにしては珍しく肯定的な評価を下していた。
 もともと核動力機であったプロヴィデンスを、外宇宙の技術でレストアし、さらにエネルギーボックスを用いてガイスターロボ化したのがこのプロヴィデンスガイストだ。
 並みの核動力機どころか、単純な戦闘能力は巨大合体したエクスカイザーやマックスチーム、レイカーブラザーズにも匹敵しよう。
 手心を加えたとはいえ、この自分とプロヴィデンスガイストを相手にここまで戦えた二人を、褒めてやりたいくらいなのだ。
 撤退しようとする自分に食い下がろうとするレイに、アルダは別れの言葉と土産についてだけ告げた。

 

「そう息巻くな、レイ。いずれまた会える。それと指定したポイントに君とギルへの土産を用意しておいた。後で回収してくれたまえ。それから……なんの連絡もせず、すまなかったな」
「! やっぱり、貴方は……。待て、待って!!」
「レイ、無茶よ。そんな機体の状態で後を追うなんて!!」

 

 普段と違い、ルナマリアに注意される側になったレイは、それでもコックピットの中で届かぬ背に向かって手を伸ばし続けた。

 
 

 再び戦闘機形態に変形したダイノガイストは、わざとミネルバの艦橋すれすれを飛んでから、ジャミングをたっぷりとかけてサンダルフォンの待つ宙域へと飛んだ。
 途中、ミネルバや警護のMS部隊を振り切ったプロヴィデンスガイストをその背に乗せ、一挙に加速してアーモリーワンのレーダーの範囲外へと飛び立っていった。
 後に残されていたのは、中破したインパルス二機、戦闘不能にされたMS二十機、そして幸いダメージはないミネルバと、アーモリーワンの配備艦隊だけであった。

 
 

 悠々とアーモリーワンを後にしたダイノガイストを後部デッキに収めたサンダルフォンは、そのままガーティ・ルーを追う事はせず、近海の隕石群の中に隠している宇宙のアジトの一つに入港した。
 最低限の補給設備と滞在施設を備えたステーションを、くりぬいた隕石の内部に設けたもので、ぎりぎりサンダルフォンが入港可能な洞窟を設けてあるだけだから、出入りする時が一番危ない。
 それに滞在期間もせいぜい一カ月程度を想定したもので、基本的に非常用の物資やお宝の置場になっている。
 マユの側からサンダルフォン艦橋の定位置に戻ったテレビロボの的確な操舵で無事入港し、艦長はやれやれと肩の力を抜いた。
 だが休んでいる暇はい。すぐにダイノガイストのいる後部格納庫に集合するようにと通達が来ているからだ。こちらは生身で、疲れ知らずなメタルボディとは違うんだがなと艦長は苦笑したが、それが的外れな事に気付いて苦笑した。
 そうだ。もう自分の体で元のままの部位など半分ほどしかないというのに。
 自嘲に近い艦長の苦笑に気づいたのかそれとも気付かなかったのか、テレビロボがふんわりと無重力ならではの柔らかい動作で艦長の肩に乗っかった。
 画面には早く行こうと表示されている。やけにコミカルなこのロボの事が、艦長は嫌いではなかった。

 

「そうだな。遅刻しては何を言われるか分かったものではない」

 

 それだけ言うと、艦橋を出てすぐに後部格納庫へ目指してとんと床を蹴った。

 
 

 いつもどおり恐竜形態に変形したダイノガイストを格納庫の中心に、ガイスターのメンバーが格納庫に集った。パイロットスーツを脱ぎ私服に着替えたシン、マユも一緒だ。
 機関銃で追いまわされたものの、幸い被弾はないらしくマユが怪我をした様子はない。
 強奪したインパルスとマユが脱出に用いたシャトルの積み荷は、蹄鉄のようなサンダルフォンの格納庫で、自動整備ロボットがデータを取っている所だ。
 全員が集ったのを確認し、ダイノガイストが頷くのを待ってから、艦長が今回手に入れた“お宝”について話を始めた。
 シンが入手したインパルスは事前にアズラエルから得たデータを同一であったため飛ばして、アルダがちゃっかり回収したインパルスのブラストシルエット(ルナマリアがパージしたものだ)をはじめ、立体映像として表示される。
 思わぬ収穫となったのがマユのシャトルが積んできた荷物で、これもまたザフトの開発したMSだったのだ。廃棄予定だったこのMSを積んでいたシャトルを、アーモリーワンのセキュリティに侵入したテレビロボが見つけ、マユと協力して手に入れたのだ。

 

「ZGMF-X101S《ザクスプレンダー》。どうやらインパルスの合体機構を先行して実験検証するための機体らしいな。一応デュートリオン・ビームの受信機構と合体機構はあるようだが」
「レッグフライヤーとチェストフライヤーの滞空時間は十数分程度。当のザクスプレンダーも航空距離は五~十キkmほどか。インパルスが完成した以上、用済みにされるのも無理はあるまい」
「でも見た目はザクでも性能はインパルスに準ずるみたいだぜ?」

 

 上から艦長、アルダ、シンだ。褒めていいやら悪いやら、なんとも微妙なザクスプレンダーに口を濁しているのがあからさまだった。
 そのザクスプレンダーを取ってきた当のマユは、どうかなどうかな? 怒られないかな? 褒めてくれないかな? と瞳を輝かせてダイノガイストを見つめていた。
 まあ、確かに性能そのものはザクを上回るようだし、インパルスのデータ取りが終わるまでの間、シンの機体にしてもいいだろう。
 それにデュートリオンシステムの実験用の素材が一つ増えたと解釈することもできる。本来入手する予定だったガイア、アビス、カオス三機に比べれば大幅に価値は低下するが、まあ及第点を与えても良い……か?
 ちら、ちら、ちら、じ~と集中する四つの視線に、さてどう答えたものかとダイノガイストが珍しく頭を悩ませた時、アズラエルに伝えてある秘匿回線から連絡が入った。
 その内容に耳を傾けていたダイノガイストの気配がにわかに慌ただしくなってゆくのを、マユ達ははっきりと理解した。

 

          *          *          *

 

 そしてガイスターの面々にアズラエルから伝えられたのと同じ報告が、地球の極東地域、かつて《日本》と言われた国のとある都市の、巨大なビルの中で繰り返された。

 

「なんだって!」

 

 黒壇のデスクを思い切り両手で叩き、若くして超巨大財閥の頂点に君臨する少年は、珍しく狼狽した様子でモニターの向こうの忠実な執事に問いただした。
 人生の苦さも甘さも噛みしめ、古き良き欧州の世界から飛び出して来たような老執事は折り目正しく腰を折り頭を下げた。

 

『左様でございます。ユニウスセブンが落下しつつあります。かなりの速度で、もっとも危険な軌道を』

 

 それは突如月が落ちてくる、と言われたのとおなじ脅威だ。想像もつかない事態だがそれがやはり想像もつかない災厄をもたらすのだけは確かにわかる。
 隕石に当たったのか、なにか外的な要因によって地球に落下しようとしているのか。いずれにせよそんなものが落ちれば、地球上がどのような被害に見舞われるか想像もしたくない。
 最長部が八キロに及ぶ大質量の落下によって各国は壊滅的な被害を受け、エイプリルフールクライシスにも勝る人類の歴史上類を見ない災害となるだろう。

 

「コレ、はたして天災ですかね? ひょっとしてひょっとすると……」

 

 青木という名の執事とその主である少年の会話を遮ったのは、ひょいと書架から顔を見せた金髪に青いスーツの男、ムルタ・アズラエルだ。
 鉄道計画や軌道エレベーターの報告にロゴスへの勧誘の用事は終わったのだが、この若社長のどこを気に入ったものか、理由をつけてはこの都市に滞在し続けている。
 アズラエル側の筋から入手したらしいユニウスセブン落下に関する書類を人差し指と親指でつまみ、少年に見せつける様にヒラヒラとさせている。まるで他人事めいたその態度に、少年の顔が穏やかではない色を浮かべた。

 

「そうカッカしない。舞人クン。まだ君も若いですねェ。DSSDの観測班とかジェネシスαに潜らせたウチの産業スパイ連中他もろもろからかき集めさせたんですが、どうもMSが結構な数、あそこにいるみたいですよ」
「MSが? どこの?」
「さあ? まあ地球にあんなもの落としたい連中なんて、プラントの旧ザラ派とか、よほどの連中でしょ? でもそれもおかしいんですよねえ。あんな連中にそれだけの事をする戦力なんてないはずなんですよネエ。
 中にはジャーナリスト風情に十機近いゲイツRを撃墜された情けないグループもいるくらいですし?」
「いや、誰が行った事にせよ、この地球にユニウスセブンを落とそうなんて事を見逃すわけには行かない。とにかく、あそこに悪意を持った誰かいるって事が事前に分かったのは助かったよ。サンキュ、アズラエル理事」
「ふぅん? 行く気ですか、あの墓標に」
「こんな時にただ指を咥えているだけなんて、旋風寺の名折れさ! 青木さん、急いで世界各国にこの事を伝えて、緊急避難マニュアルにそってヌーベルトキオの人々をシェルターに誘導できるように。
 うちの列車も、避難用に可能な限り回していい。少しでも多くの人々が、ユニウスの被害を受けないように手を回してくれ。費用は気にしなくていい」
『かしこまりました』

 

 モニターの向こうの青木が姿を消すのに合わせ、若社長――旋風寺舞人は、慌ただしくあちこちの関係各所に連絡を繋ぎ始めた。そんな彼の様子をアズラエルは、面白そうに眺めていた。

 

「いつから旋風寺コンツェルンは慈善事業に成り変ったんですか?」
「人として当たり前のことさ。貴方こそなにか動かないのか? 貴方の指示一つでそれなりの結果が出るんじゃないのか?」
「いやいや、ぼくは体を動かすのが苦手でして。まあ、君とMGだけでは手が足りないでしょうから、ぼくの方で応援を三人ほど付けてあげますよ」
「そいつはどうも」

 

 アズラエルの言葉をちっとも信じていない舞人のセリフに、アズラエルはやれやれと肩を竦めただけだった。
 だが、舞人に背を向けて退室したアズラエルが、途端に慌ただしく通信室に駆け込み自分のアズラエル財閥のある施設に連絡を取ったのはすぐ後のことだった。
 やっぱりプラントは全滅させるべきだろうか、という考えがアズラエルの脳裏によぎったのは仕方のない事ではあったが。
 北米シアトルにある、アズラエル財閥所有の小規模マスドライバーに慌ただしく三機の機動兵器が運び込まれたのは、アズラエルの指示があってから間もなくのことであった。

 
 

――続く。