宿命_第10話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:20:31

その後シンは主治医である石田先生を呼び、少々の注意をされた後家に連れて帰るよう言われた。
今までと違ってもしものときに対応が出来るというのが、あっさり返した最大の理由である事は明白だった。
別室ではやてが諸注意を聞いている間、シンは石田先生に呼ばれた。
「何ですか?」
「あの子のことで、ちょっといいかしら?」
「はい、なんですか?」
石田先生はシンが多少身構えているのを見て、
「別に深刻な話とかじゃないけど」
といった。
「ただ、今回の事の原因は良く分からないわ。
 良く見守っていて欲しいの」
「それは、当然です。
 仮にも、ってか、完全に恩人なわけですから」
「恩人?まぁいいけど。
 取り敢えず、よろしくね」
この人は本当にはやてのことを心配しているようだ。
(大きな病院で大変だろうに・・・)
もっとも、そのくらいの覚悟がなければ医者などなれないかもしれないが。
「シン、お待たせ~」
はやての説明が終わったようだ。
「あ、ああ。
 それじゃあ、また近いうちに・・・」
返事の後、石田先生に軽く礼をしてシンははやての元に駆け寄った。
いつかこの人と本当に会う機会が少なくなるといいのだが、その日に果たしてシンはこの世界に居るのだろうか?
(治るまで、一緒に居てやりたい・・・)
車椅子を押しながらはやての後頭部を見つめ、思った。
しかし、それを邪魔するものが、シンには多く見えすぎた。

家に帰り着いて、しばらく離れていた感慨にふけるよりも先に色々と煩わしい懸案事項があったのだが、
「つまり、あんた達は嬢ちゃんに危害を加える気は無いんだな?」
シンと共に色々と質問をしていたムウが、結局はその一言で纏めてしまった。
「あるわけねーだろ」
答えたのは一番幼い、というか、唯一子供の外見を持つ少女。
名前はヴィータというらしい。
「そうだ。我々はただこの書を完成させればいい」
そう言ったのはリーダー格であろう、シグナムと名乗った女性だった。
「それを完成させて、あんたたちはどうするつもりだ?」
「それを決めるのこそが主の役目だ」
シンの問いには、犬耳の付いたザフィーラが答えた。
「はやての?」
「そうです。
 何をするもしないも、全て委ねられるんです」
今発言したのがクラールヴィントという力を既に見せたシャマル。
「委ねる、ねぇ・・・
 随分と勝手なもんじゃないか」
「勝手、だと?」
「そうだな・・・」
シグナムが切れたような声を出したのを無視して、シンは頷いた。
これまでの会話とここに4人の高魔力保有者が居るのだ。
この書が完成したときの最低魔力量が果たしてどれほどのものか、容易に想像できた。
そしてそんな大きな力を与えられて、その選択をさせようというのだ。
その選択を間違えかけた経験のあるシンには、確かに無責任に思える。
「はやて?」
ふと、シンは渦中ともいえる人物が黙っている事に気づいた。

「あ、えっと・・・」
声をかけられ、あわててはいるが、真剣そうな顔をしていた以上、寝ていたわけではなさそうだ。
はやて自身も考えていたのかと思って、聞いてみた。
渦中の人物である以上に、はやては第一者なのだ。
「はやては、何かやりたい事があるか?」
あの書の魔力があれば、余程の事を望まないか、はやて自身の許容力を超えない限り楽にかなえられるであろう。
「わたしは・・・皆といられたらそれでええんやけど・・・」
申し訳なさそうに告げたはやてを見て、ムウが声を上げて笑った。
「・・・・・・大丈夫ですか?」
いろんな意味で・・・
「いや、悪い。けど、そうか・・・」
ムウが一人納得した意味に、シンはなんとなく感づいたが他は全くといった感じだ。
とくに物をストレートに言うヴィータは、シンを突付いて小声で、
「どういう意味だ?」
と、聞いてきた。
「要するに、危険な事はしないでいいって事だろ」
別に小声じゃなくてもいいんじゃないかなぁ、などと思いながら適当に思ったことを答えてやった。
確かに完成させればどれだけ効果的かは分からない魔術書ではあったが、その完成方法が問題だった。
「それをするのが我々の役目なんだが・・・」
「そうは思ってないってことだろ?」
シグナムに、聞いていたのか、とも思ったが、どうせはやてにもう一度回すつもりではあった。
「うん。わたしは別に変わった事なんかせんでもいい。
 ただ今はシンやムウと面白おかしく暮らしてられれば、それで・・・」
別段、特別な人に囲まれているからといって、はやてまで特別になる必要はないのだ。
「俺もそれに賛成だ。
 笑いはしたが、それもこの上ない答えだったからな。つい・・・」
ムウに続いてシンも言った。
「もちろん俺も賛成だし、わざわざあんた達が危険に曝される必要はない筈だろ?」
「しかし、蒐集するのが我らのすべき事で・・・」
「どうしても、せなあかんの?」
「え?」
「わたしが主なら、それをさせへん事も出来るんやないの?」
驚くシグナムに、はやては自分の確たる意思を伝えた。
「それに、もしあれやったらわたしが主やなくてもええ」
「それはどういう・・・」
要するに、はやては一生懸命に『戦う理由』を無くそうとしているのだ。
「せやから、ただ、ここに居ってくれればええ。
 それだけやよ?」
つまるところ、健康で居てくれればいいのだ。
それだけで皆が笑っていられるのならば、きっとそれが一番いいことだから。
そしてそこにはやてがいれば、きっとそれが出来ると、シンは思っていた。

「どうなると思いますか?」
シンはもう、はやてと風呂に入る必要が無くなったため、空いた時間にムウに聞いてみた。
「あの嬢ちゃんの意思は尊重されると思うぜ?
 余程の事がない限りな」
「余程のことって、はやての元を離れる、とかですか?」
「それもあるだろうが、俺としてはあの魔道書自体の魔力が良く分からない感じに歪んでいるのが気になる」
魔力が、歪む?
「それって、俺の魔力の暴走みたいな感じですか?」
あのときのシンの魔力は、確かに個人が持つには大きすぎ、かつ禍々しいとも形容されるものではあったが、
「根本的には似てるんだろうが、あれはもう改変されてるかも知れんな・・・」
「改変?」
「要するに、作られた当初の意図とは別の使われ方をしてるかも知れねぇ、ってことだ」
それも誰かの勝手な思惑によって、そうムウは言った。
つまり、必ずしも主の言う事だけを聞くプログラムではないかもしれない、という事だ。
「それ以上は良く分からんな。
 まぁ、気を許しすぎない方がいいかも知れんな」
十分良く分かりすぎている気がしたが、
「そう・・・ですね」
曖昧な返事をしておいた。
それは、あのヴィータの優しさやシャマルの微笑みを信じたいと、シンが思ったからかもしれない。
そして一応ここで話したことははやてを含み誰にも言わない事にして、先ほどリビングで突然犬になったザフィーラに今更ながら驚いてやる事にした。

それから数日、ここは諸事情から影の薄くなっていたところ。
「あれからまるっきり、何の動きもありませんね」
アスランの愚痴が響く。
「まぁ今までもずっと待ってたわけだし、少しぐらいいいんじゃない?」
「それもそうだな」
この人たちはアスランよりも長くこの瞬間を待っていたのだ。
それも、認められない方法とはいえ世界のために。
「もう少し、耐えてみるか」
一人ごとの程度に言って、モニターに目を移した。
このモニターでは流石に家の中までは見ることは出来ない。
だから、たまに喫茶店でバイトをしている、という以外にシンのことは良く分からない。
「本当に何のつもりなんだ、あいつは・・・」
こちらは口から外には出さなかった。
どうせまた状況も良く分からずにいるのだろうと、アスランはいつか来る邂逅のときに説得できるかどうか、懸念を抱いていた、

「フェイトちゃん?何をしているの?」
艦内を適当に歩き回ってたらクロノに鬱陶しがられたので、キラはフェイトに会いにきていた。
「あ、キラさん。
 これ、友達に送ろうと思って・・・」
そういってフェイトが見せたのはDVDだった。
「へぇ、何を撮ってたの?」
「それは・・・ナイショです」
キラはフェイトがある事件の参考人であると聞いていたが、それほど縛られた生活を送っては居ない事はここ数週間でよくわかっていた。
とはいえ撮影においては、、この艦が特定されない場所での撮影しか出来ないらしい。
「そうだ、キラさんも入りますか?」
一応魔法の知識のある友達にしか見せないROMもあるらしいが、そちらは毎回どうしても空きが出るらしい。
「いいのかな、そんなことして・・・」
「構わないよ、それくらいなら。
 なのはは特別待遇みたいなものだから」
「クロノ、何時来たの?」
「今さっきだよ。
 そろそろそれを送る時期だと思って、エイミィがこれをわたしとけって言うから」
そういって渡したのも例に漏れずDVD。
いったい空のDVDは何処から補充しているのだろうか?
「そうなんだ。これの中身は?」
「さあね、またどうせ適当にノリだけで80分もたせたんだと思うよ?」
女ってのはすごいねぇ、などと呟きながらクロノは退出していった。
「そ、それで、どうしますか?」
なぜか申し訳なさそうにフェイトが聞いた。
「それじゃ、挨拶だけしておこうかな?」
「はい」
キラの答えに、フェイトは満面の笑みを浮かべた。

「シン、お風呂上がったよ?」
「あぁ、分かった」
あれ以来、風呂は快適になったらしい。
というのも、どうしてもシンには遠慮があったのだ。
因みに寝床も変えようと提案してはみたが、却下された。
「ヴィータとザフィーラは?」
「夜の散歩、らしいぞ?」
「また訳の分からん事を・・・」
確かにシンも理解できなかった。

翌日、シンはリビングに立っていた。
別に料理するためではない。
料理の過程を『確認する』ためだ。
「で、なんで塩と砂糖なんか間違えれるんだ?」
「どっちも白いじゃないですか。
 殆どの家庭で似た容器に入ってるし」
「いや、すくった時の感触で気づいてくれ・・・」
因みに唯一家庭てきっぽい雰囲気を出していたシャマルでこれだから、他の二人にも期待は出来ないだろう。
「それでも、巧くはなりたいんだよな?」
「はい」
「なら、しばらくはまたはやて2の俺1でやっていくから、俺のときの手伝いをやってくれ」
それで材料の間違いや測り違いはカバーできるし、そんな失敗も減るはずだ。
「は~い」

また翌日、今度はザフィーラの散歩に付き合っていた。
「ってか、散歩の必要なんてあるのか?」
「八神家に犬が居る事を知らしめておくのは何かと便利だ」
因みにこれは思念通話である。
「へぇ、難儀なもんだな・・・」
「難儀な事も、主のためとあれば仕方が無い事だ」
そんなザフィーラの言葉に、シンは言いようにない感覚を覚えた。
「主のため、ってのはいいけど、仕方ない、ってのは・・・」
「すまない、今までの主が主だったからな。
 これでも主はやてには感謝しているが・・・」
何時もに比べ妙に饒舌なザフィーラだが、どうもにも歯切れが悪い。
「こんな事が今まで無かったと思えば思うほど、『これまでの事』が思い出せなくなるのだ」
「それって・・・」
「わからないが、何かよくない兆候でないといいんだが・・・」
どういうことだ、などと聞くまでもなく、ザフィーラが言った。
(取り敢えず、心配しても仕方ないよな)
今までずっとそう思って後手に回っていたシンだが、今回もその姿勢にはなんら変化は出せないようだ。