日記の人 ◆WzasUq9C.g 01

Last-modified: 2016-03-22 (火) 01:18:43

テクスの日記
 
 
これはオーブでクーデターが起きる、少し前の出来事である。
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その日の医務室は、平穏が流れ、読書がはかどる空間であった。戦闘が起きればこうは行かないので、
貴重な時間といえよう。コーヒーの香りを楽しみ、ページをめくる。これが一番幸せな時間かもしれない。
午後からは週一回のカウンセリングの時間だ。じっくりと堪能しよう。

昼食を済ませ、医務室のドアノブに『カウンセリング受付中』と書かれた看板を吊るした。

しばらくすると、コンコンとノックが鳴った。

「どうぞ。」
「レイ・ザ・バレルであります。お願いします。」

金色の豊かな髪をたなびかせ、敬礼までしたその少年は、おおよそ悩みとは無縁のような
雰囲気をかもし出していた。看板を裏返しにして、『カウンセリング中』と表示を変えた後、
レイにイスを勧めた。

「で、どうしたのかね?」

二人分のコーヒーの準備をしながら、本題を切り出した。

「実は・・・ご相談に乗っていただきたいと思いまして・・・」

振り返って、表情を見ると、レイの悩みは深刻そうだった。

「まずは話を聞こうじゃないか。」

コーヒーをテーブルに置いた。レイはコーヒーを啜った後に、うつむきながら呟きはじめた。

「道ならぬ恋・・・というものをドクターは経験したことがありますか?」

道ならぬ恋・・・おそらくは配偶者持ちの異性との恋であろうか?

「いや・・・ないな・・・。しかし、相談には乗ろう。」
「・・・好きになってはいけない人を好きになってしまったのです・・・」
「そうか・・・その人は、君のことを愛しているのかな?」
「わかりません・・・目をかけてはいただいているのですが、恋愛の対象としては
見てもらえてはいないでしょう・・・。」
「・・・その人はどんな人なのかね?」
「年上で、綺麗で長い黒髪で、背が高くて、優しい、そして強い、信念を持った人です。」
         ひと
「それは素敵な女性だね。」
         ひと
「はい、素敵な男性です・・・。」

私はコーヒーを口に含んで考えをまとめた。

「わたしは、その恋に身を投じることを勧めることは出来ないな。」
「・・・そうですか・・・」
「きっと、お互い傷ついて、立ち直るのも困難になるだろう。」

しばらく沈黙が流れた。

「しかし、傷つくことを恐れていては、何も出来ない。君が相手の分まで傷つく覚悟があるなら、
その道を進んでみるのもいいだろう。君はまだ若いからな。」
「わかりました・・・その道を往くには・・・覚悟がいるのですね・・・」
「そうだな。」
「相談に乗っていただき、ありがとうございました。」

レイはお辞儀をして、医務室を去っていった。その背中は少し淋しそうだった。

「メイリン・ホークです。通信士をしています。」

次の客人は赤いポニーテールの少女だった。コーヒーを勧めたが、苦さで飲めないようなので、
砂糖とミルクを用意した。

「どうしたね?」
「恋の・・・相談です・・・。」

ヤタガラスには若いクルーが多い。よって色恋の相談が多い。あとは仕事への悩みや、
戦争への恐怖といったものがカウンセリングの大多数を占める。

「ある人のことが好きなんですけど・・・なんだか遠い存在の気がして・・・
それに昔の恋人のことを引きずっているような感じもするんです・・・」
「相手はどんな人だね?」

メイリンは少し首を傾げた。

「若いのに、厳格で、責任感があって、シャイな感じの人です。」

メイリンはその男のことを思っているのだろうか、顔を赤らめ、微笑みを浮かべている。
ピンときた。きっとアスラン・ザラ艦長のことだろう。

「昔の恋人の恋人を引きずっている男というのは・・・ずっとその人のことを忘れられないものだ。」

私がそう言うと、メイリンの表情が曇った。

「だから、そのことも含めて、その人を愛することができなければならない。」
「・・・」

メイリンは少し虚空を見つめていた。

「しかしだ、さっき、相手のことを話しているときに私に見せたような笑顔を見せれば、
相手は昔の恋人を忘れて、君のことが好きになるかもしれないぞ?」

メイリンの顔が真っ赤になる。今頃になって、羞恥心が芽生えたのだろうか?

「か、からかわないでください!」
「悪い悪い。中年の悪い趣味だ。」

きっと私はおどけた顔をしていただろう。

メイリンのカウンセリングを終え、しばらくすると、新たな客人が来た。

「アスラン・ザラです。」

色男のお出ましだ。しかし、この男の悩みというのは、私が意見できるようなことだろうか?
きっと相当重い問題に違いない。彼はそういう男だ。若いながらに軍を引っ張っているのだから。

「艦長自らお越しいただくとは・・・いかがなさったかな?」

「実は・・・」

アスランの表情が険しくなる。それほど深刻なのだろうか。私も覚悟を決めた。生唾を飲み込む音が聞こえる。

「抜け毛が止まらないんですッ!!」

拍子抜けとは真にこのことだ。

「は・・・?」
「だから、脱毛がひどいんです。先日から、リ○ップを使ったり、
頭皮のマッサージをしたりしてるんですが、抜け毛が止まらないのです!!」

彼には有害物質ゼロが売りのシャンプーセットのセ○ンドチャンスを勧めておいた。一セット50ドルもするが、
評判がいいというと、目からウロコといわんばかりに部屋を去っていった。

気がつくと夜の帳が辺りを覆っていた。夕飯をすませたらまた読書に耽ろうと思う。
コーヒーメイカーのスイッチを入れ、コーヒーが入るのを待ちながらこの日記を書いているが、
明日は、私に、そしてカウンセリングに来た人々に、どういったことが起きるのだろうか。
人生とは往々にして不定である。だから願う。明日も平和であれと。

〜つづく?〜