スティングの日記 最終話「旅立ち」
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ネオの隣で膝を抱えながらじっとしている時だった
「な、なんだ!?」
体の濃淡が次第に薄くなっていくのだ
「……お迎えか……」
絶望しきった今の状況ではそれもいいのかもしれないと感じる
「……ネオ……生きろよ……」
消え行く体——戦友を残して——
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結論から言うと、俺はまだ天に召されていなかった
「なんだ貴様は?」
いや、天に限りなく近いのかもしれない
「俺が見えるのか?」
目の前の黒ずくめの長身の女は明らかにナマモノであるが、俺の姿が見えるらしい
「でなければ、話しかけたりなどしない」
「でも、俺は幽霊だぜ?」
「ふふっ……何事も例外はあるらしいな」
冷酷な印象の女から漏れる微笑み——ギャップに少し戸惑う
「何しに来たのだ?」
「俺が聞きたい。恐らくあんたに引き寄せられたんだろう」
「面白いことを言うな」
「いや、事実だろう」
お互い笑いあう。いったい神様は俺に何をしろというのか
「それにしても、貴様、酷い顔をしているぞ」
思わず顔を隠す——きっと泣きわめいた痕が残っているのだろう
「なんでもねぇよ」
「そうは見えん。幽霊にも悩みはあるんだな」
「……」
俺はYESともNOとも答えることが出来なかった
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沈黙を遮るように女は、女性に似つかわない体駆を翻し、コーヒーを二人分持ってきた
「……飲めねぇぞ」
「気分だけでも味わえ。それに私だけ一服つくのも気に障る」
女は旨そうにコーヒーをすすり始めた
匂いをかぐこともできないが、女の様を見ているだけでも軽い満足感が湧き上がった
「暫くここにいるか?」
てっきり、事の次第を追及するものだと思っていた俺にとっては予想外の言葉だった
「……俺のこと……気味悪くねぇのか?」
「そんなことはどうでもいい。
きっと、幽霊になるということは、余程の事情でもあるのだろう?」
女の優しさが俺の胸を打った——
幽霊になってからは泣いてばかりだ
「おい、泣くな。男だろ?」
「済まん……」
「ほら、こっちへ来い」
差し出された女の手——空を切ることなく、俺の体を抱き寄せた
血の通った体の温かさを忘れていた俺にとって、心地良いことこの上ない
気持ちが落ち着き、頭が冷静になると妙に細かいことが気になり始め、悪戯心が沸き上がる
「なぁ……」
「なんだ?」
「意外とあるんだな」
そのがっしりとした体からは想像も出来ない肌の柔かさに気付いてしまったのだ
面食らったように体が強張った後、女は何か思い付いたように口角を吊り上げた
「嬉しいことを言ってくれるな。なんなら私を抱いてみるか?」
——大人の女は恐ろしい——
俺は顔を、おそらく真っ赤になった顔を背けながら慌てて身を離した
——百倍返しの反撃だ
「はっはっは、冗談だ」
何時までも女——ロンド・ミナ・サハクは笑っていた
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「もう行くのか?」
「ああ、ほっとけない奴がいるんでね」
目を閉じる
「オークレ」
——それを遮るようにミナが口を開いた
「何だ?」
「『運命』をねじ伏せろ」
親指を立て、ウィンクしながらエールが送られた
「ああ」
微笑を返して目を閉じる——体は浮遊感に包まれる
——はずだった
「どうした?」
「……テレポートできない……」
どうやら神様とことん俺が嫌いらしい
「ったく……俺をもて遊びやがって……」
天を仰ぎ溜め息をついた
——新たな旅の始まりだ——
〜スティング漂流日記につづく〜
最終ページの裏
「ミナ様が自室にコーヒーを二人分運んでいったぞ……」
「ばかな!?ミナ様は自室に人を招く人では……」
「……彼氏か……?」
「無茶しやがって……」