機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第07話後編

Last-modified: 2008-10-15 (水) 23:00:53

『アリシア!左だっ!』
(ッ!?)
リーダー機からの警告とほぼ同時に、けたたましいセンサーの警告音と共に急速接近する、ビームサーベルを構えた敵機ウィンダムの機影に気付く。
とっさの回避機動がどうにか間に合い、初太刀で撃墜される事こそ免れたものの、完全にはかわしきれずに90ミリ対空散弾砲を構えた左腕が切り飛ばされる。

 

2ギャルセゾン、Ξガンダムと共に敵第三編隊を潰走させて追い上げをかけていたニーラゴンゴ空戦隊のザフトMSたちもまた、一斉に逆攻勢を掛けて来た敵艦載MS隊残存機群の勢いに飲み込まれていた。

 

先程、メッサーの姿を見て〝謎の友軍〟への疑念を口にしていた若い女性パイロットの駆るディンの、危機はまだ去ってはいなかった。
最初の一撃で彼女のディンを仕留め損ねたウィンダムが、止めを刺そうと更に迫撃を繰り出して来る。
僚機の援護は間に合わない。

 

「ああっ!」
終わりだと悟って彼女は叫ぶ。
だが、その眼前に1つの機影が飛び込んで来た!

 

「なっ!?」
彼女の頭上を飛び越すかの様な勢いで横合いから割り込んで来たのは、あの〝謎の友軍〟の量産型MSの1機。
その大型機は、飛んで来た(実際には「跳んで来た」なのだが)勢いのままに繰り出したキック一つでウィンダムの頭部をもぎ取って、まるでサッカーボールか何かの様に彼方へと蹴り飛ばした。

 

「う、嘘……」
空戦用の機体ではない筈なのに……などと言う以前の、どうやったらMSにそんな動きをさせられるのか?としか思えない――更にそのままウィンダムの機体を踏みつけて、
蹴り落とすのと同時に自身の空中再跳躍の土台にも使うと言う、眼前で現実に展開された余りにも信じ難いその機動に、
戦闘中であると言う事も瞬間忘れて、彼女はただただ唖然とさせられるのみだった。

 

それは、彼女の僚機たる他のニーラゴンゴ空戦隊MS各機のパイロット達も全く同じであったのだけど。
オーブ沖でミネルバの総員がそうなったのと同じ事が、ここでもまた同様に再現されていた。

 

『ディンのパイロット、大丈夫か?』
その機体――フェンサー・メインのメッサー2号機――からの通信を受けてようやく驚愕から我に返った彼女は、
『あ、ありがとう……』と、たどたどしく礼の言葉を口にする。

 

『気にすんな、〝仲間〟だろ?』
そう何の屈託も無い声で返して来る相手の言葉に、彼女は戸惑いを覚えながらも自分でも繰り返しに呟いていた。
「〝仲間〟……」
ナチュラルが口にしている筈のその言葉は、何故だか不快には感じなかった。

 

『乱戦はディンやバビには不利だろう?少し下がった方がいい。俺達が援護する』
続けてそう言うフェンサー。

 

『ニーラゴンゴ隊の各機は後退、ミネルバの直掩に回れ!』
更にそこへザフト側の総隊長であるアスランからも同様の新たな指示が下され、彼女らザフト空戦MS隊は乱戦状態の前線からミネルバの側へと、前を向いたまま後退をかけ始める。

 

そうして下がり始めた処で、改めてますますその凄まじさの度合いを高めるマフティーなる〝謎の友軍〟の戦いぶりを、離れた位置から見て声も出なくなる彼女らだった。

 
 

彼方のミネルバへとまっしぐらに飛び去りつつある、ジェットストライカーの二基のノズルの噴射光の中点を、三重の射撃用センサー全てが捉えた。
ターゲット、ロックオン!

 

「いっけえぇぇっ!」
ルナマリアはオルトロスのトリガーを引き絞る。
飛び出した高エネルギービームが怒濤の勢いで空中を迸ると、その先にいるダガーLに追い付き、爆発させた。

 

「やった! 次はっ?」
また一つ、妹が残る母艦への脅威を芽の内に摘めた事に小さな快哉を上げるが、ルナマリアはそれで浮かれる事も無く冷静に、戦線を突破してミネルバの方へと向かう他の敵機の有無確認へと意識を向ける。

 

「……いた! あのスカイグラスパー!」
新たに防衛線の混戦の下を潜り抜けた、1機の敵戦闘機に気付くルナマリア。
ランチャーストライカーを装備したスカイグラスパーが、海面すれすれの超低空をミネルバへと一路ひた走っていた。

 

物量の差がある故に、乱戦の中を上手く(あるいは運良く)くぐり抜けてしまう敵機が多少は出てしまう事は防ぎきれない。

 

そう判断したマフティー達の臨機応変な対処とは、戦線での防戦を基本とするのは変わらぬながらも、それら漏らした敵機をミネルバに接敵しきる前に、
後退して2機の空荷のギャルセゾンと共に最終防衛ラインを構築したニーラゴンゴ空戦隊との挟撃で、確実に仕留める遊撃役を抽出すると言う事で、
その役目に専従するチームとしての抜擢は、1ギャルセゾン戦闘小隊――すなわち、エメラルダのメッサーとルナマリアのガナーザクウォーリアのチームが選ばれていたのだった。

 

『いいぞ、ルナマリア。その調子だ!』
『あんたの背中はしっかり守ってる。安心して射撃に集中しなよ?』
1ギャルセゾンのレイモンド機長達が、MS同士の背中越しにエメラルダが、接触回線で口々に声を掛けて来て、気負う事が無い様にと気を配ってもくれている。

 
 

大事な妹も、友人達も乗っているミネルバを守る為の狙撃役。
自分を信頼してこの大事な役目を任せてくれた、マフティーの人達の気持ちに応えたい。
そう素直に思いながら、ルナマリアは新たに発見したミネルバへとひた走る敵攻撃機へと集中する。

 

ザク本体の、オルトロスの、そしてマフティー側から提供される、3つのセンサーそれぞれの射撃用データの全てが合致した。
文字通りの「照準完全固定〈ロックオン〉」だ。
再び咆吼するオルトロスの猛火に、派手に爆発するランチャースカイグラスパー。
ルナマリアは、マフティー相手の猛訓練を通して鍛え直した長距離射撃の技量を遺憾なく発揮して、ミネルバへの敵機の脅威の顕在化を未然に防いでいた。

 

対ミネルバ攻防のこちらの側の戦線は、ネオやシン達の動きとは反対に徐々にミネルバの側へと移動しつつあったものの、
早々と後退させたニーラゴンゴ空戦隊(更に先に下がっていたギャルセゾン2機の援護射撃も加わる)が空中から、
また海中に転進したメッサーの内の3機もアビスを警戒しつつ海面上へと浮上して迎撃の火線を打ち上げる最終防衛ラインはしっかり構築され、文字通り1機たりとも敵機の突破を許しはしなかった。

 

見ようによっては、こちらの戦線においては地球軍艦載機部隊をマフティー・ザフト同盟軍側が(機数そのものでは劣るのにも関わらず)緩包囲すると言う様な格好になっていたと言えるかも知れない。

 

そうと悟った、ダークウィンダムに乗るファントムペインのパイロットはついに指揮官に現状を告げる。
『大佐、こちらはもう駄目です!撤退の許可を!』
彼の言う通り、大勢はもう決しかけていた……。

 
 

ガイアガンダムとの激しいサーベル戦を継続しながら、浅瀬から島へと上陸していたインパルスガンダムの頭上を杜撰な照準のビームライフルの火線が駆け抜けた。

 

「くっ!まだ新手がいるのかよ?」
シンは舌打ちし、ガイアガンダムへの注意は切らさぬままに横目で素早く敵機の姿を探す。

 

当たる当たらないとかを言う以前の、自ら位置を暴露するだけの行為でしかない無駄な攻撃をした敵の姿は、すぐに見つかった。
島の丈の低めな木々の間に点在して立つ中隊規模のストライクダガーの機影。
飛び込んで来たインパルスガンダムに驚いて、慌てて攻撃をかけて来た様だ。

 

(こいつら、なんでこんな所に?)
ストライカーパックの運用能力を持たず、自力飛行が出来ないストライクダガーが出て来ないと言うのは判るが、逆にそれなら何故こんな所にまとまった機数がいるのか?

 

その疑問の解答は、それらと共にモニターカメラが捉えた周囲の光景だった。
(こっ、これは!)
そいつらの後方には、島の森を広範囲に切り開いた更地に立ち並ぶ、無骨な人工の建造物の数々や、多数点在する対空ミサイルや機銃の砲座などがあった。

 

「こんな所に、地球軍の基地が!?」
思わずそう口にしてからシンは、そう言えば隊長がそんな(可能性の)事を口にしていたっけと思い出す。
つまり、このストライクダガー隊は基地を守る、最終防衛ラインと言う事だ。

 

「ならっ!」
シンは素早くビームライフルをそちらに対して構えるや、三連射!
一射一殺の早業で、たちまち3機のストライクダガーを撃破する――無論それは、上昇しているシンの技量と、
戦意も腕も著しく低い敵機の動きの鈍さと言う反比例の関係が生み出した結果ではあったが、〝劇的な〟光景であるのは間違いはなかった。

 

そんな〝離れ技〟を目にした残るストライクダガー各機のパイロット達は、最初は唖然とし、ついで理解が遅れて追い付くや、たちまちの内に戦意を喪失した。
元々、無理押しに徴兵されて戦わされている様な兵士達が操縦している部隊なのだ。

 

「〝宇宙の悪魔〈コーディネーター〉〟どもを許すな! これは奴らから世界を救う為の聖戦なのだ!」
そんな風に、〝頭が沸いているとしか思えない様なおえらいさん方〟に異口同音にけしかけられた所で、現実感の無いどうでもいい話としか思えないと、皆が思っている様な者達の部隊だった。
――だからこそ、二線級の機体を与えられて、頭数合わせに使われていたわけなのだが。

 

逆立ちしたって絶対に勝てない様な凄腕の敵機が現れて、
しかも頼みの綱のファントム・ペインの新鋭機は(そいつをこんなところまで引き込むだけ引き込んでおいて)自分達と基地を見捨ててあっさりと逃げ去ってしまった。

 

『待ってくれ、撃つな! 俺達の負けだ、降伏する!』
そんな状況を判断して、生き残ったストライクダガー隊の隊長機は手に持ったビームライフルとシールドとを捨て、両腕を掲げながらインパルスガンダムに向けて通信と併せての降伏の意思表示を示し、
戸惑っていた他の機も相次いで、それに倣い始めた。

 

「降伏する?……戦闘をやめるって言うのか?」
シンは驚きに一瞬攻撃の手を止められて、そう呟きを漏らす。

 

ただコーディネーターであると言うだけで、貴様等が存在している事自体が許せない。浄化してやるから、死に絶えろ!
なんて言うとんでもない論法で、理不尽な殲滅の為の戦争を一方的に仕掛けて来る、地球連合軍のナチュラル達が?

 

想像外の事態に戸惑いを覚えるシン。
だが、次の瞬間シンは更なる驚愕を目にして絶句する。

 

降伏の意志を示して来ていたストライクダガー隊の隊長機が、突如突き飛ばされたかの様に前のめりに機体を傾け、そして爆発した。
「なっ!?」

 
 

ストライクダガーの爆発の彼方から、複数の曳光弾の火線が放たれていた。
基地の対空砲座から放たれた攻撃が、真後ろから無防備なストライクダガーを遅い、火球に変えたのだ。

 

一斉に放たれ始めた無数のミサイルや重機関砲の群れからの火線は、更に他のストライクダガーにも襲いかかり、
至近距離――それも真後ろの〝友軍〟から不意を打たれたストライクダガーは為す術もなく、次々とスクラップと化して行く。

 

「味方が……味方をっ!?」
今度は彼の方が眼前の光景に理解が追い付かず、シンは瞬間その場に立ち尽くす。
基地からの猛火は無論、インパルスガンダムに対しても向けられており、機体の装甲表面に機関砲弾が着弾して甲高い音を立てる。
これが、実体武器が効かないフェイズシフト装甲を持った機体では無かったのなら、シンもストライクダガー隊の後を追っていたかも知れない。

 

『死ねっ、この〝裏切り者ども〟がっ!宇宙の化け物どもに、戦いもせずにむざむざ尻尾を振って降伏するだと? お前等も奴らと同罪だ!一緒に殺してやるッ!!』
全方位回線で開かれた、そんな狂気に満ちた叫びにシンは我に返った。
基地部隊の中にいたブルーコスモスシンパの兵士達が、降伏しようとしたストライクダガーのパイロット達を私刑で処刑したのだと、ようやく事情を理解する。

 

なんて奴らだ!
そう純粋な驚きと、ついでその姿に激しい憤りを覚えてシンは、そんな銃座の幾つかにビームライフルや胸部のCIWSを叩き込み、立て続けに爆砕する。
更にインパルスガンダムの機体を基地の方へと数歩近付かせて――シンはある光景を目にして愕然とさせられた。

 

基地の周囲には高い鉄のフェンスが二重に張り巡らされ、その外側にしがみ付くようにしてフェンスの向こう側を見ている着のみ着のままの島民達の人並みが見えた。
彼らが必死に様子を窺い、口々に何事かを呼びかけているその向こうには、銃を手にした地球連合軍の兵士に監視された、島の島民であろう大人の男達が強制労働を強いられている様が見えた。

 

(こいつら、この島の人達を!?)
そう知って絶句するシン。

 

と、姿を現したインパルスガンダムの機影に気が付いて、地球軍の兵士達が明らかに浮き足立った。
その隙を見て、数人の男達がフェンスの方へと駈け出して、二重の金網越しに無理やり引き離されていた家族と向かい合う。
そしてその内の一人が基地から逃げようとそのフェンスをよじ登り始めて――それに気付いた地球軍兵士の放った銃弾を背に受けて、
彼は愛する家族の眼前で物言わぬ死体となって地面へと叩き落とされた。
再会の歓喜から一転しての、眼前での殺害と言う奈落へと突き落とされた、男の家族の絶叫する表情をモニター越しに目にしたその瞬間、
シンの中で二年前の記憶がフラッシュバックし、そして彼の意識の全てを染め上げて行った……。

 
 

『ひらひらと、このっ!』
ジャンプフライト戦法を次第にものにしつつあるレイの機動にたまりかねた、ウィンダムの1機が頭に血を昇らせてビームサーベルで斬りかかって行く。

 

「馬鹿、思うツボだぞっ!」
そう制止の声をかけるよりも早く、そのウィンダムはザクファントムが投げつけて来たビームトマホークを真正面から喰らって、
コクピットのある胸部中央にビーム刃をめり込ませて動きを止め、墜ちて行った。

 

その直後、更にセンサーが警報音を立てる。
彼方から太い光状――恐らくプラズマ収束砲系の火線だろう――が飛来し、各個にそれを回避する機動で彼らの編隊は乱される。

 

「来たか、赤いの!」
カオス、及びスローターダガーに率いさせたウィンダム隊――こちらもかなり目減りしている――との交戦を続けながら、赤いザフトの新型機の方も再び交戦可能圏内へと追い付いて来ていた。

 

『大佐、こちらはもう駄目です!撤退の許可を!』
そこへ飛び込んで来る、対ミネルバ戦線の指揮を執っている部下からの通信。
「……」
ネオはガイアが戦う地上の戦況にも注意を向ける。
ガイアと戦っている敵機インパルスは、斬り合いを続ける内に島の中へと踏み込んで行きつつあり、そして、基地の為にと一応置いてやっていたストライクダガー隊とも遭遇していた。

 

(チェックメイトか……!ここまでだな)
『残存する各機!作戦を終了する、全機撤退だ!』
海空戦で圧倒され、そして基地にまで踏み込まれてはもうお手上げするしかない。
一度そう認識するや、ネオの決断は何の躊躇も無く、早かった。

 

『艦隊各艦は直ちに偽装を解き、抜錨。避退コースを取れ!J.P.ジョーンズ以下空母群は収容準備!』
敗北をあっさり受け入れたネオは、残存戦力の保全の方にと既に意識を切り替えている。

 

『艦隊へ帰投する! お前らも、来たければ一緒に来い』
僅かに生き残っていた基地設営隊付きのウィンダムにも、ネオはそう声をかける。
もちろん基地へと戻れる筈もないウィンダム隊の各機も、迷わずその後を追った。

 

ネオが上げさせた撤退指示の信号弾を目にしたステラは、インパルスガンダムの事など全く忘れたかの様にさっとガイアの機体を翻させ、再び四足獣形態に変形すると小島や大岩伝いにネオの元へと駆け去って行く。
その背後のストライクダガー隊や、地球軍基地の事など全く意識の外の事だった。

 

『ネオ!撤退かよ!?』
苛立たしげな声で叫ぶスティングだったが、流石に彼の機体もバッテリーの残量が不安になって来ていたと言う事もあり、不承不承ながらもカオスの機種を翻す。

 

「ちっ、この借りは必ず返す!」
結局仕留められなかった、赤い敵機を睨みつけながら吐き捨てるように叫ぶスティング。
MA形態で飛ぶ彼のカオスは、右上部側のビームクロウ発振器をセイバーガンダムのビームライフルによって吹き飛ばされていた。
対してこちらは向こうの機体に1発も当てられなかったのだから、どちらの判定勝ちであるかは(大変不愉快であるとは言え)嫌でも認めざるを得なかった。

 

『撤退!? 何でだよ?』
今や地球軍側で唯一戦線に残っていると言ってもいい、アビスのアウルはネオからの撤退の命令にあからさまに不満の声を上げた。

 

『駆り出した戦力は潰滅だ。おまけに基地にまで踏み込まれてるしな』
『はぁ? 何やってんだよ、間抜け!』
悪びれずに言うネオに、罵りの言葉を投げるアウル。
ネオはそれに対して怒りもせずに言い返す。
『そう言うなよ、お前だってマフティー相手に打つ手無しだろ?』

 

苦笑混じりにそう言ってくるネオに、カチンと来るアウル。
『言ったな?だったら、やってやるよ! 大物をっ!』
そう叫ぶや、アウルはその〝大物〟――ボズゴロフ級の潜水母艦に狙いを付けた。

 

確かに、得体の知れない部分も多々窺わせている、その実力は侮れないマフティーのMS相手の駆け引きの算段が彼の動きを押さえていたのは間違いない。
ただしそれはあくまで、どうせなら歯ごたえのある相手との戦いを楽しみたいと言う、自分自身の欲求を優先して戦っていたからであって、
兵士としての戦術眼そのものは、アウルはきちんとしたものを持ち合わせてもいるのだった。

 

口では不満を漏らしながらも、本隊が引き上げるとなればいつまでも自分の楽しみを追い求めて遊んでいるわけにもいかない。
アウルはさっさと〝兵士としての義務〟とか言うものは済ませて、自分もずらかる事にした。

 

それまでの隙を窺う動きから一転して、アウルはマフティーのMS隊が防衛線を形作るニーラゴンゴの方を目指して一直線にアビスを駆けさせる。
来たか!と、マフティーの各機が身構えるところへ、それぞれにめがけてアビスが高速誘導魚雷を連続で発射する。

 

迫り来る魚雷に対して、再びサンド・バレルのバリアーと併せた防御体勢を取るメッサー各機。
疾走する魚雷は今回もサンド・バレルに邪魔されて、メッサーの手前で爆発して行く。

 

だが、相手も先程と同じ事をむざむざ繰り返して来るとも思えない。
魚雷自体は迎撃できるとは言っても、こちらもそれで動きはある程度封じられるわけだし、その隙を突いていよいよお得意の接近戦を仕掛けて来る腹かと予測し、それぞれに構えを取って待ち受ける。

 

それまでの敵機アビスガンダムの戦いぶりを考えれば、そう予測したのも何ら不思議はない。
しかしこの時、アウルの狙いは「先に彼らを」と言うものでは無くなっていた。
そして、彼にそれを可能とさせる様な防衛陣の空隙がこの時、僅かながら生じてしまっていたのだった。

 

海中へと転戦して来た5機のメッサーの内、残る敵機はアビスガンダムのみとなり、対峙の状況となっていた所で、頭上の空中での対ミネルバの戦線の方でも敵に押し込まれる様な格好になり、
アビスガンダムの事は警戒しながらも、空中の各機と協調してミネルバの最終防衛線ともなる為に、その内の3機は海面付近へと上がっていた。

 

アビスガンダムが再度突入をかけて来たのに呼応して――その頃には空中戦の方も形がつきそうになっていたと言う理由もあるのだが――それら3機も再び潜行して来るが、
それでも潜行を続けたままでいた2機との間には、僅かに埋めきれない空隙が生じてしまっていた。

 

空隙とは言っても、アビスガンダムの突破自体は許す様なものではおそらく無かった。
だが、アビスはメッサー各機めがけて放った魚雷に続けて、第二陣の魚雷を放っていたのだ。
それも、メッサー各機が自機に向かって来る魚雷を撃破して一時的にその動きを鈍らせる間を狙って。

 

そうして見事にそこをすり抜けた2本の魚雷が目指すその先には、ニーラゴンゴの巨体があった。
『しまった!』
異口同音に叫ぶメッサーのパイロット達だが、それ以外にはどうしようも無い。

 

ニーラゴンゴはデコイを放ち、またマスカーを働かせながらの懸命な回避を試みるが、アビスガンダムの装備するザフト謹製の最新鋭高速魚雷に対するには、残念ながらそれらは全てが遅過ぎた。

 

戦況を見守ると言えば聞こえは良いが、アビスガンダムの脅威を前にしても積極的に後退を図らなかったのは、ニーラゴンゴ艦長の明らかな判断ミスであっただろう。
苦し紛れに、メインタンク・ブローで緊急浮上を始めたニーラゴンゴの横腹に、立て続けに2本の魚雷が突き刺さり、爆発した。

 

「へへんっ、どうだっ!」
作戦通りと、快哉を上げるアウル。
ゆっくりとそれを確かめている暇は流石に無いものの、あのボズゴロフ級はとうてい助かるまい。

 

欲を言えば接近して更に攻撃を叩き込み、一瞬で轟沈させてやりたかったところではあるが……。
「まあいいさ、大物は殺ったんだ。どうだネオ、スティング、これでここは僕の一人勝ちだなっ!」
アウルはそれなりに満足げな快哉を上げながら、そのまま一気に戦場を離脱して行った。

 
 

『どうするんだい、隊長さん?』
敵隊長機に従って撤退して行く地球軍残存部隊を追撃するのかを、アスランに確かめるカウッサリア。
恐らく、見つからなかった敵の母艦群はそっちの方向にいるのであろうから。追いかければ、それらを発見して叩く事も出来るだろうと言う事だ。

 

『いえ、この状況下では撃退した事だけで充分でしょう』
しかし、アスランはその必要は無しと判断する。
これは向こうから仕掛けられての遭遇戦。自分達が敵の殲滅を目的にしているわけでは無いのだから、攻撃を断念して去ってくれればそれ以上に無益な血を流す必要はないと言う事だ。

 

アスランはその考えを、タリアやΞガンダムのハサウェイにも伝え、同意を得る。
『了解した。こちらの戦線でも敵機は撤退にかかっているが、追撃はしない。宜しいか?グラディス艦長』
ハサウェイの問いに頷き、タリアはアスランに向かって逆に問い返した。
『そちらは? シンが敵の基地を発見した様だけど、状況は?』

 

『はい、基地内ではなお戦闘が展開中の模様です。これよりレイ及び4ギャルセゾンと共に接近し、確認します』
アスラン達の視界の端には、なおも小さな爆発も起こしながら炎を上げている基地施設の外周が見えて来ていた。
基地に残っていた敵MSと、シンはなおも戦っているのか?と思われた。

 

『お願いするわ。こちらは……』
と、タリアが言いかけるその途中に、『ニーラゴンゴが!』と言うメイリンの声が割り込んで聞こえた。

 

『アスラン、ニーラゴンゴが被弾したらしい!』
ハサウェイの厳しい声が状況を彼らに伝えて寄越す。

 

『!』
『幸いこちらの戦線は終結している。これから全力で救援に回る! すまないが、そちらは頼む!』

 

『くっ、……頼みます! レイ、行こう。俺達は敵基地の方だ』
『はい』
唇を噛みながら吐かれるアスランの言葉に頷くレイ。

 

セイバーガンダムと4ギャルセゾンは再び併走飛行で、シンが向かった敵基地の中心部へと急ぐ。
そこでは白い巨人が、破壊神と化して荒れ狂っていた……。

 
 

『急げ! ニーラゴンゴを支えるんだ!』
空中にいた5機のメッサー各機は、ニーラゴンゴのいる海面の直上へと自機を載せたギャルセゾンを走らせる。
Ξガンダムも同様に急いで飛来するや、そのまま海中へと突入してニーラゴンゴの巨体の艦底側へと回り込む。

 

アビスガンダムの魚雷を受けたニーラゴンゴのダメージは致命的なものではあったが、即死レベルではなかった――アウルの本当ならば狙いたかった戦術通り、
その上に接近しての連装砲の砲撃まで浴びせられていたならば、文字通りの即時轟沈となっていただろうが。

 

その点ではボズゴロフ級の巨体が幸いして、僅かながらも完全死までの猶予を与えられる結果となり、更に偶然ながら苦し紛れに直前に打っていた急速浮上の機動が幸いし、
制御されたものでは無いながらもニーラゴンゴの艦体は、最後に残された浮力でもって海面上へともう一度浮かび上がろうとしていた。

 

沈没するのは避けられないまでも、轟沈ではなく、短時間でも一度は浮上する事が出来るのなら、その分一人でも多くの乗員を救い出す貴重な時間を得られる。
マフティーの面々は自分達のMSの持つパワーでもって下面からニーラゴンゴの艦体を押し上げ、一秒でも多く浮上していられる時間を延ばそうとしていたのだ。

 

海中に没していた残り5機のメッサーは次々に海面へと浮上すると、手近な空荷のギャルセゾンを呼び寄せ、
機体下面に格納されたMS用のグリップにぶら下がる格好で短距離を空輸させ、先行する僚機に倣って再び海中へと飛び込んで行く。
自力で水中を移動するよりも早く駆け付けられるのと、推進剤はニーラゴンゴを支える為に用いると言う判断あっての行動だった。

 

そんな彼らの姿を見て、ただ1機生き残っていたゾノも自らの発進した母艦の元へと海中を駆け、Ξガンダム、メッサー隊と共にニーラゴンゴの艦底を押し上げ始める。

 

「あ、あたしも!」
と、エメラルダのメッサーの後を追おうとしたルナマリアは、レイモンドに制止される。
『待った!行くんだったら、ガナーウィザードは外してけよ。身軽でな!』
『は、はい!』
ルナマリアは軽く赤面しつつウィザードのパージ操作を行って、それからザクを海中へと踊り込ませる。

 

眼前の海中には傷付いたボズゴロフ級の巨体が在り、そしてその艦底を10を超える数のMSたちがスラスターを全開にして、全力でその巨体を真上へと押し上げていた。
――それはある種、荘厳にも見える様な、そんな光景だった。

 

ほんの一瞬だけそれに見とれたルナマリアは、はっと気付いて慌てて自機をそのMS群の中へと加えて行く。

 

再び空荷となったギャルセゾン隊各機は、ニーラゴンゴが浮上してくる海面の周囲を囲む様に次々と海面上に着水し、普段はMSを載せているその機体上面の甲板上に、機長と通信士以外の搭乗員達が走り出てゴムボートやロープの準備にかかって行く。

 

その様な彼らの姿は、それを目の当たりにするザフトの将兵達に等しく、強烈な感動と尊敬の念を呼び覚まさずにはいられなかった。

 

ミネルバCIC内のアーサーは、感激に震える口調で自艦からも救助チームの派遣を!とタリアに具申し、彼女からの許可と命令とを受けて陣頭指揮の為に飛び出して行く。

 

ミネルバのハンガーデッキでは、ジュリア・スガらマフティー側の整備要員達が、アーサーの指示が届き始める以前から、
「自分達も救援に向かいたい。緊急用のボートなどを借りられないか?」と、エイブス整備主任に談判を始めていた。

 

そこへ救助作業の指揮を執る事になったアーサーが駆け付け、その指示で出された各種の舟艇や艦載機にはミネルバの乗員達とマフティーの支援メンバーとが共に乗り込んで、浮上するニーラゴンゴの元へと駆け付け始める。
既に彼らの存在にはある程度は親しんでいる筈の、ミネルバの乗員達にしてすらがそうなのだ。
この戦いから初めて彼らマフティーを知った、ニーラゴンゴ所属のザフト軍人達に与えたインパクトは、
戦闘での凄まじい彼らの戦いぶりが与えた衝撃をすら遙かに凌ぐ程のものがあった。

 

ニーラゴンゴ空戦隊のパイロット達は、もはや声も出なかった。
ただ〝友軍〈仲間〉〟たる者達の為に、何の躊躇もなく身体を張って見せる者達のその姿勢に、
これまでコーディネーターだナチュラルだなどと、そんな事ばかりを問題にしていた自分達の姿を、恥ずかしく思和される様な気分になっていた。

 

『見てるだけでどうする!我々も!』
はっと気付いたAWACSディンのパイロットが叫び、海に飛び込んだ乗員達を自機のマニピュレータでピックアップするべく、
ニーラゴンゴ空戦隊の各機も速度をギリギリまで落としての低空での旋回飛行に入る。

 

そして、海面を隆起させ、そのまま突き破るかの様な勢いでニーラゴンゴの巨体が海面上へと姿を現した。
敵機の魚雷に穿たれた破口からの浸水は止まる事無く、刻一刻と増大の一途を辿っている。
浸水量が艦に残された浮力を上回り始めれば、ニーラゴンゴの艦体は再び海面下へと沈んで行く――そして、もう二度とは浮上しない。

 

それまでが勝負と、艦内で浮上を待ち構えていた乗員達が一斉に全てのハッチを開けて続々と艦上へと飛び出して来る。
無傷の者達は早くも海へと飛び込んで、救助のボートに泳ぎよって引き上げられて行く一方、艦体に強行接舷したホバーランチからは、
屈強な隊員達が選抜され編成された救助チームがニーラゴンゴの艦上へと逆に駆け上がり、負傷して自力での脱出が困難な将兵を連れ出しにかかって行く。

 

左舷に魚雷を受けたニーラゴンゴの艦体は、左に傾きながら浮き上がり、そして浸水量の増大に比例して左舷側への傾斜の度合いを次第に強めて行く。
艦自体も徐々に喫水を下げて行きつつあるが、それでもなおどうにか海面上に艦体上部を止めているのは、偏にその艦体を押し上げて浮き上がらせ続けているMS隊の存在に他ならなかった。

 

ニーラゴンゴ自体は言うまでもなく、それだからと言って全ての乗員を救えるわけでも無かったが、彼らのその行動自体がもしなかりせば、より多くの犠牲が出ていたであろう事には誰一人として異論はあるまい。

 

この懸命な努力は、充分に報われた。
魚雷の命中による即死を免れたほぼ全てのブロックから、ほとんどの乗員達が救い出されたのだった。

 

『もういい!限界だ、離脱しろ!』
外部からの助力により、本来以上に命脈を長く保っていたニーラゴンゴの艦体も、ついには限界点を超えて急激に海没の速度を速め出していた。
ザフトの将兵が口々にそう叫び、ニーラゴンゴの艦体を押し上げていたMS各機は、想いを残しながら一斉に沈没する艦体を避けて後退する
――ルナマリアのザクは両脇をΞガンダムとエメラルダのメッサーとに引かれて急速離脱を助けられ、どうにか巻き込まれるのを回避しえた。

 

ニーラゴンゴの撃沈と言う犠牲が、その代償として残したものは――
コーディネーターとナチュラルとが垣根を作らずに、〝同じ人間〟として力を合わせ、共に在る事だとて出来るのだと言う、その事実の何より雄弁なる証明――
アスランや議長が願い、目指す未来へと繋がる、その場に居合わせた一人一人の胸にと宿った〝芽吹きを待つ小さな種子〟だったのかも知れなかった……。

 
 

もはや、恐慌状態の地球軍兵が放ってくる散発的な反撃(とすら言えないが)以外にはろくな抵抗もない基地内で、白い巨人――インパルスガンダムが蹂躙の限りを尽くしていた。

 

建物にはビームライフルを撃ち込み、銃座や車両などは胸部CIWSの機関砲で吹き飛ばし、あるいは踏みつけ、蹴り飛ばして破壊して行く。
立て続けに起きる爆発、それによる紅蓮の業火に包まれて、基地はもはや完全な廃墟と化していた。

 

『シン!何をしている!』
『止めろ!もう彼らには抵抗する力は残っていない!』
その光景を確認したレイとアスランが口々に強い口調の制止の通信を送り、その声に我に返ったのか、インパルスガンダムは一方的な蹂躙の動きをようやく止めた
――もっとも、その時にはもはや壊すものなど何も残ってはいなかったのだけど。

 

『シン!』
『応答しろ!』
なおもスピーカーが伝えてくる二人の声には応えずに、シンはインパルスガンダムの機体を反転させて基地の外周部の方へと戻し始める。
そこには先程彼を激発させるきっかけとなった、地球連合軍の横暴の犠牲となって基地の内外に引き離されていた島民達がいた。

 

基地の内側のフェンスの前に集まっていた徴用され強制労働に駆り出されていた男達が、ゆっくりと歩み寄って来るMSの巨体に怯えた様にあとじさる。
シンは彼らを避けてガンダムに内側のフェンスを跨がせて立たせると、両方のマニピュレータを内と外のフェンスへとそれぞれ伸ばすと、
それを掴んで一気に地面から引き抜き、男達の為に逃げ出す出口を作ってやった。

 

MSのその行動を遅れて理解した男達が、それに気付くやいなや、歓喜の叫びを上げながら全力でそこから外に待つ家族達の元へと我先に駆け寄って行く。
基地から島民達を遠ざけていたフェンスの外側で、とうてい数え切れない程の、涙を流して抱き合い、ようやくの再会を喜び合う幾多の家族達の姿があった。

 

シンは誇らしい思いでその光景を見つめていた。
彼らに、かつての自分の姿を重ね見ながら、自らが手に入れた〝力〟に確かな喜びを覚えながら……。

 

そうして意気揚々とミネルバに引き上げたシンを出迎えたのは、アスラン以下の面々の厳しい視線だった。
それまでに交わした通信の声もなんだか微妙なものだったが、どうして皆が皆そんな目で自分を見ているのか、シンには全く分からなかった。

 

そしてそれに対してシンが何か言おうと口を開くよりも早く、前へと踏み込んだアスランからの容赦ない平手打ちがシンの左頬を張り飛ばした。

 

「殴りたいんだったら、別に構いやしませんけどね……けど、俺は間違った事はしちゃいませんよ!」
シンは反抗的な目でアスランを睨み返しながら、なおも言い募る。
「あそこの人達だって、あれで助かったんだ!」

 

そう口にするやいなや、シンの左頬には二発目の平手打ちが浴びせられた。
「戦争はヒーローごっこじゃない!自分だけで勝手な判断をするな! 力を持つ者なら、その力を自覚しろ!」
沸き上がる怒りを懸命に押さえながらそう言うアスラン。

 

(力を持たない民間人を助ける事の、何が間違ってるって言うんだよ!)
アスランの言葉に全く納得が出来ないシンは、理不尽な叱責を受けていると言う怒りにギラつかせた目をアスランに向け返していた。

 

と、そこへ横手からシンの眼前へとにじり寄るマフティーのパイロットスーツ姿があった。
それに気付いて顔を上げたシンの目に、全身に激しく怒気を漲らせたガウマンの顔が見え、次の瞬間、そこから繰り出された右の拳がシンの身体をハンガーデッキの床へと、殴り倒していた。

 

「っ!? このっ!」
アンタまで!と、そう新たな怒りさえ覚えて勢いよく立ち上がって行ったシンが立ち上がりきるその前に、胸ぐらを掴んで自分の方へと引き寄せてガウマンは言った。

 

「〝部外者〟の俺が口を差し挟むなんざ、本来あっちゃいけねえ事なのは百も承知だがよ……てめぇのその勘違いぶりには、流石に我慢できねえ!」
憤激の口調で言うガウマン。
「何だと、この!」
シンはそう言い返し、その手をふりほどこうとして――そうするよりも先に続けて投げかけられたガウマンの言葉に動きを止められた。

 

「自分は間違った事はしていない? てめえ、そのセリフ〝あいつら〟の前でも言えんのか?」
ガウマンが顎で指し示すその先には――ミネルバ艦内への収容を待ちの格好で甲板上に寝かされ応急処置を受けている、ニーラゴンゴから救出された大勢の重傷者達が並んでいた。
今まで全く目に入っていなかったその光景に、シンはそれまでの怒りの感情などどこかに霧消させて愕然とさせられる。

 

目を向けたその正面にいたのは全くの偶然ながら――シンの目線の真前にいたのは、血の気を失った顔で力なく甲板上に横たわっている一人のザフト兵士の姿だった。
恋人か肉親なのだろう、取りすがった女性の兵士が悲痛な表情で必死に呼びかけているその彼の左腕は、肘から先が失われていた。

 

肘から先が千切れた腕――それはシンの痛恨の記憶を再び呼び起こすのに充分だった。
忌まわしい記憶をまた、それも痛烈に呼び覚まされて呆然と立ち尽くすシンに、ガウマンは厳しい叱責の言葉をかける。
「てめえは、隊長さんが何を叱責しているのかさえ分かってねえんだな! いいか、てめえが勝手に突出をし続けたせいで、こっち全体の陣形が乱れたんだよ。その隙を突かれた結果がこのザマだ!」

 

ガウマンの言う事は決して誇張ではない。
最終的にニーラゴンゴへの攻撃を防ぎきれなかったのは事実だが、その遠因は間違いなく、シン一人の突出から生じた迎撃体勢構築の綻びを最後まで埋めきれなかった点にあったのだ。
必死にそれを埋めようとする端から、シンはどんどん穴を拡げ続けて行ってくれるのだから世話はない。

 

ガウマンの叱責はなおも続く。
「あれはな、〝本来なら出なくて済んだ筈〟だった犠牲だぞ? てめえが一人勝手な事さえしてなければな! 
死傷したあいつら本人や、あいつらの家族、恋人の前で、お前はそれでも自分は間違ってないって、そう言いはんのか?」

 

シンは言葉もなく立ち尽くす。
だが、ガウマンは更なる追い打ちをかける。
それは決して残酷さではない。
確かに、純粋ではあるかもしれない――しかし、幼稚で視野の狭い〝正義感〟をただ無闇に振りかざす事が、結果として何をもたらしたのか?
それは〝お子さま〟には絶対に理解させなければならない事だったからだ。そうでなければ、そいつは何度でも同じ過ちを繰り返し続けるだけなのだから。

 

ガウマンの意を察してそこへと歩み寄るケリア・デースに、ガウマンはあえて口に出して状況は?と、尋ねる。
「まだ聞き取りは途中の段階だけど、強制徴用をされていた島民達の話では、基地の施設内での労働に従事させられていた者も多いと言う話よ……。
家族が〝基地内からまだ帰って来ない〟から、探し出して欲しいと言う島民からの要望も幾つも寄せられているわ」
沈痛な声でケリアはそう答えた。

 

「そ、そんな……!? じゃ、じゃあ……俺は、俺はっ!」
ケリアから伝えられた情報のその意味する事実に気付いて、シンは立っていられずに呆然とその場に膝を折る。
突きつけられた〝現実〟のその重みが、痛みすらも伴ってずっしりと両肩にのしかかって来ていた。

 
 

真っ赤な夕陽が水平線の彼方に沈み行く。
昨日、これと同じ夕焼けを見ていた者達の多くはもういない。
赤く染まった空はまるで、今日ここで流された多くの血の為に泣いているかの様だった。