機動戦士ガンダム00 C.E.71_第11話

Last-modified: 2011-04-18 (月) 00:39:54
 

初めての対新型戦は概ね良好な形で幕を閉じた。
刹那達が戻ると、アークエンジェルは再び最大戦速まで船速を上げる。
3人はMSから降りると、パイロットスーツを脱いで、シャワー室に入った。
水は貴重なので使わない事に越した事は無いが、パイロット達はシャツとパンツの上から
機密性の高いスーツを着ている為、汗臭い事この上無いので仕方無い。
それでも使用には10分制限がある。
「ムウさん、腕どうかしたんですか?」
「んっ、ああ~何でも無ぇよ」
頻りに自分の腕を回したり揉んだりしているムウに気付いたキラが、怪訝そうに問い掛ける。
それをワザとらしくはぐらかすムウだが、キラは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「・・・お前の様な立場だと、そんな腕立てをする機会も無いだろうからな」
「えっ、腕立て伏せ?なんでムウさんが」
「・・・・・・」
ボソッと呟いた刹那に反応するキラは、答えを求める様に再度ムウの方を見た。
対するムウは髪を洗いながら完全にだんまりを決め込む。そこに刹那が更なる追い討ちを掛けた。
「ザフトの襲撃があったからな。まだ247回残っているぞ」
「てめぇ、たかがシミュレーターの罰ゲームに大人気無ぇぞ!」
我慢出来なくなったのか、完全に泡を洗い落とせていないにも関わらず
仕切りから半身を乗り出して刹那を睨んだ。
が、泡が目に入ったのか直ぐに顔を押さえて悶絶する。それを後目に、刹那は黙々と体を洗っている。
おっさん2人に挟まれた形のキラは、その状況に納得のいったと言う様に手を叩いた。
「負けたんですねムウさん」
「あんまり直線的な言葉を使わない方が良いぞ坊主」
あまりに直線的なキラの言葉に、グッタリした風で仕切りに寄りかかって項垂れるムウ。
その後結局、彼は残り247回をパンツ一丁でやる羽目になったのであった。

 
 

アークエンジェルブリッジ。士官達が揃い、ミーティングが行われていた。
そこにはシャワー室から直行して来た刹那達の姿もあった。
「一先ず、ご苦労様でした。しかし油断は出来ません。
 敵艦の足が思ったより早いので、予想より交戦回数が増える可能性があります」
ナタルが他の出席者を労うと共に、これからより過酷になるであろう航路を示唆する。
「ラミアス大尉から報告を」
「はい。メビウス0の修理中だったガンバレル2基の修理が完了しました。以後戦闘で使用可能です。      後・・・」
「・・・?」
マリューが刹那を横眼で睨んだ。当の刹那は何の事だか分からないのか、表情を動かさない。
「ジンですが、頭部の損傷は問題ではありません。ただ、左腕のフレームにガタがきています」
「ああ、そりゃ仕方無いだろ。なんせ射撃武器が無いんだから」
「仕方無い!?」
かったるそうに言うムウに、マリューが詰め寄る。その拳はブルブルと震えていた。
「殴ったんですよ!?PS装甲を展開した機体を!戦闘前に注意したのに!」
「済まない。つい癖でな」
マリューの剣幕にムウは思わず後ずさる。
マリューの顔には、整備班を束ねる者としての苦労が滲み出ていた。
当の刹那は相変わらずの仏頂面で気にしているのかどうかも分からない。
マリューの深い溜息がブリッジを満たした。

 

「でも、やっぱり問題ですよ。ジンに射撃武器が無いのは」
キラがおずおずと提言した。確かに、彼の指摘は尤もだった。
ジンにあるのは、PS装甲に通用しない実体剣のみである。
新型相手では、棒切れで殴っているのと変わり無いのが現状であった。
「それは、ある程度対策を考えています」
ムウから体を離し、咳払いをしたマリューは、持っていた資料を取り出し刹那に手渡した。
「本艦にある装備の内、ジンでも使用可能な射撃武器のリストです。
 本来は新型に装備する為の代物なので、弾薬も少なく、ジンとの相互リンクを急いでいる状況ですが」
刹那が資料を捲っていくのを、キラとムウも覗き込んだ。
そこには以前目を通した新型の詳細データにも載っていた物が提示されていた。
「デュエルのバズーカと、バスターのガンランチャーです。
 前者は高威力ですが反動が大きく、後者は多彩な弾種が選べますがエネルギーを食います」
マリューの説明に、口に指を当てて考える素振りを見せる刹那。しかしそれをナタルが中断させた。
「その事は後で考えろ。・・・パイロット諸君から報告は?」
「ん~、以外に技量が高くなかった事かな」
ムウが天を仰ぎながら呟いた。確かに、ムウが相手をしていたバスターは、
技量自体はあるものの、自機の特性を上手く生かせていない様だった。
「正確には、バスターとブリッツのパイロットは脅威では無い。
 しかし、デュエルのパイロットは中々の腕だった」
ムウの呟きを刹那が補足する。ブリッツのパイロットも、
戦い方は分かっているものの、技量はまだ未成熟といった感じであった。
しかし、デュエルのパイロットは他より頭1つ飛び出しているというのが刹那の感想だ。
速力で勝るストライクに食らい付く機体コントロール能力と、
ブリッツ救出の際の思い切りの良さは中々の脅威だ。
「フラガ大尉の予想では、デュエルは大した脅威では無いとの事だったが、とんだダークホースだった訳か」
「これでイージスがどうなのか、ね」
「キラと1度戦った事がある筈だが、今回は出てこなかったな」
「坊主は・・・まぁまだ相手の技量云々分かる訳無いしな」
イージスの話になった途端顔を強張らせたキラは、ムウが振った言葉にも視線も合わせず頷くだけだった。

 

「今分かる情報はこの程度が限界の様ですね。では、各自持ち場に戻って下さい。
 私は、彼らに教える事がまだ山程有りますので」
ナタルは後ろで正規クルーにレクチャーを受けているサイ達に視線を投げる。
いくら呑み込みが早いとはいえ、軍の精密機器を扱える様になるにはどうしても時間が掛かる。
この状況では、実戦を経験しながら鍛えていくしかない。ナタルの心労が更に嵩むのが目に見える様だ。
「艦長も、時間を見つけて休め。体調管理も、軍人の務めだろう?」
「貴方に言われずとも分かっている」
ミーティングが終わり、各々持ち場に戻って行く際、刹那はナタルに声をかけた。
ヘリオポリスを脱出して早3日、ナタルはまだ1度も非番になっていない。
この状況下では仕方の無い事とはいえ、イザという時に倒れては元も子も無い。
ナタルは良い軍人だし、良い指揮官でもあったが、必要以上に物事を背負い過ぎる嫌いがあった。
「キラ、もう行くぞ」
「あ、はい。じゃあまた」
「ああ、食堂行く時は呼ぶからな」
サイ達と談笑していたキラが、刹那に呼ばれて名残惜しそうにブリッジを出る。刹那も後に続いた。

 
 
 

「済まなかった」
「そんな・・・良いんですよ。2人とも僕を助けてくれたじゃないですか」

 

ヴェサリウスの医務室。ベットから半身を起き上がらせているニコルに、同僚の赤服2人が頭を下げていた。
帰還後、ブリッツの中で気絶していたニコルは、イザークに担がれ医務室のベットに寝かされたのだった。
「あのジンが、まさかあそこまで強いとは思わなかった訳ですし」
そう、3機の新型での同時攻撃を提案したニコルも、
まさか新型に乗って撃退されるとは思っていなかったのであった。
ジンの攻撃は新型には通じないし、射撃武器も持っていないのだ。
1機でも撃墜に手こずる程度と考えていた。
「しかし、白い新型も映像とは動きが大分違っていた」
「ああ、MAも良く動いてたしな」
自分達の考えが甘かった事を改めて認識する。
初めから舐めてかかって良い相手など1機もいなかったのだ。
「医務室で作戦会議かな?諸君」
「たっ隊長!?」
隊員達が口を揃えて不気味だと言う、不気味隊長ことクルーゼが医務室のドアに体を預けて立っていた。
「どうしました、体調でも?」
「いや」
それまで業務に当たっていた船医も、クルーゼに対してはしっかりと対応する。
クルーゼはそれに首を横に振って答えると、イザーク達のいる方へ歩み寄った。
「正式な報告はイザークとディアッカから聞いた。中々酷い内容だった様だな」
「・・・返す言葉もありません」
「悔やむな。君達はあの機体に乗っての初めての実戦だったんだ。慣熟訓練もせずにな」
「しかし・・・」
「そうだ。我々の使命を前に、それは通じない。なら次はどうするかな?」
この隊は、特務隊FAITHに所属するクルーゼが任命された任務を遂行する為に編成された。
その機密性、重要性は他の任務に比べて格段に高く、到底失敗は許されない任務を担当する部隊なのだ。
「次の戦闘には恐らくガモフが間に合う。
 つまりはミゲルとアスランも戦列に加わるという事だ。それを踏まえて・・・ニコル」
戦力が増えると聞いて、俄然顔色が明るくなるイザークとディアッカ。
しかし、問われたニコルは真剣な表情を崩さない。
「敵は連携を取ってきています。数で勝るとはいえ、こちらもそれなりの準備がいるでしょう。
 今出来るのは、新型が各々どんな特性を持っていて、それをどう戦闘で活用するかだと思います。
 それが今の僕達には足りていない」
ニコルの答えに、クルーゼは満足そうに頷いた。彼の言う事は当たり前の事だが、重要な事である。
先の戦闘ではそれを怠っていた為、あの様な結果を招いたのだ。次からは、そんなヘマは出来ない。
「宜しい、パイロット諸君は連携を練りながら次の戦闘に備えろ。
ガモフと通信可能距離まで近付いたらこちらから連絡する」
「はっ!」
アデスとは違った、溌剌とした活気に満ちた敬礼に見送られクルーゼは医務室を後にする。

 

彼の姿が消えてから数分、やっと医務室から緊張感が消える。
「はぁ、やっぱり隊長がいると空気が重くなるぜ」
「貴様は何時も力を抜き過ぎだ。次の戦闘ではアスランも来るんだぞ?
 先に戦闘を行った俺達がこの体たらくでどうする」
「まぁまぁ」
イザークはアスランにコンプレックスを持っている。アカデミー時代からそうなのだが、
なんでも1番を取ってしまうアスランは、イザークにとって目の上のタンコブ同然である。
本当なら十分実力もあって、指揮も出来る筈のイザークは、
そのコンプレックスゆえに上に十分な力を発揮出来ていないのだった。
それは部隊にとって大きな損害だ。ニコルはその問題を、今度アスランに相談してみようと思った。

 
 
 

アークエンジェルのハンガー。
ジンの隣で直立しているストライクの中で、キラは黙々とプログラミングに勤しんでいた。
初搭乗時に行った、ストライク自身へのプログラミングでは無く、各種パックの出力調整である。
ストライクの駆動周りもプログラミング上の無駄が目立ったが、各種パックにも同じ事が言えた。
「どうだ坊主、作業の成果は?」
開け放ってあるコクピットハッチから顔を出してきたのは、
この艦でキラの事を坊主と呼ぶ2人の人物の内の1人であるマードック曹長である。
マリューが整備班全体を管轄しているなら、
マードックはストライクとそれを担当する整備班を管轄している人物だ。
整備班副班長でもある彼は、自然キラと接触する機会も多いのであった。
「上々です。各種パック共10%くらいは稼働時間が伸びたと思います。
 けどこれが限界ですね。これ以上は直接機械を弄らないとどうにも」
モニターから顔を上げずにキラは答えた。プログラミングが専門で、
機械弄りに関しては門外漢のキラでは、ストライクを物理的に改良したりは出来ない。
そこは、餅は餅屋、整備班であるマードック達に頼る他無かった。
「十分すげぇよ。俺がお前ぐらいの時は、まだ整備班の使いっぱしてたんだぞ?
 パイロットとサシで機体の相談なんて、夢のまた夢だったさ」
ガッハッハと威勢良く笑うマードックに、他人行儀に笑って合わせるキラ。この人は良い人だ。
しかし、自分がコーディネーターと知っても、同じ様に笑いかけてくれるだろうか。
悪い考えだと分かっていても、彼らは連合なのである。そう考えざるを得ないのがキラの現状だった。

 

「少し良いか」
コクピットハッチの外から声がして、マードックが振り返る。
後ろから顔を出したのは、最近見慣れた仏頂面の刹那だった。
「アンタか。なんか用か?」
マードックの態度があから様に硬化する。マードックは、素性が知れているキラは兎も角、
全く素性が知れず、とても堅気とは思えない雰囲気を醸し出している刹那を、
いくら戦果を出しているからと言って心を許す気にはなれないのだった。
「済まない。少し席を外して貰えるか?」
「・・・構わないが、変な事すんなよ」
渋々と言った感じで、コクピットから出てキャットウォークを降りて行く。
「どうしたんですかカマルさん?」
「聞きたい事があってな」
何時でもそうだが、刹那は真剣な表情を崩さない。
何時もそんな表情で疲れないのかと思うが、今回は何時に無く真剣な表情だ。
「イージスのパイロットについてだ」
「!?」
マードックと話している間も止まる事の無かったキータッチの音が止む。
恐る恐るキラの顔が持ち上がり、刹那を見た。
その表情には困惑と、微量の恐怖が含まれている事に、刹那は気付いていた。
「何で、それを聞くんですか?」
「必要だからだ。技量は分からなくても構わない。性格や、癖や・・・何でも良い」
出来る限り優しく言ったつもりだったが、キラは再び俯きそれきり黙りこくってしまった。
敵であったとしても、嘗ての親友の情報を漏らすのは憚られるのだろう。
「・・・昔、俺のせいで不本意に恋人と敵対する事になってしまった男がいた」
「えっ?」
唐突な話に、キラが反応を示す。刹那はそれに構わず静かに続けた。
「その男は理不尽な状況に苦悩し、自分の無力さに喘いでいた」
「その話が・・・僕になんの、」
「だが、恋人への想いは変わらなかった」
見えない話に苛立ったキラが言葉を挟もうとするが、刹那の強い言葉で遮られる。
「しかしその男自身は無力で、1人ではどうしようも無かった」
「じゃあ、どうやって・・・」
「他者の協力があったんだ。それを理解し、助ける他者が。
 1人で解決出来ない問題は、2人で考えれば良い。
 2人でも駄目なら3人で・・・そうやって話し合う事、理解し合う事が、問題の解決に繋がるんだ」
「・・・・・・」
何時に無く多弁な刹那を、キラは若干の驚きを持って見つめていた。更に刹那が続ける。
「だからお前も、俺に話してくれ。誰にも理解されず、1人で考えていたら、それは確実に悲劇に繋がる」
「・・・・分かりました。でも、他の人には」
「分かっている。誰にも話さない」
親しい人と敵対する事になってしまった苦しみと悲劇は、刹那自身よく知っている。
キラにはその悲劇を経験して欲しくは無かった。キラはポツポツと、親友であるアスランの事を話始めた。
月の幼年学校での親友であった事や、根がとても真面目で、何でも1番になる才能と、
努力を惜しまないという事、戦争を好まない事。
聞けば、誰もが羨む様な才能の持ち主であるし、人柄も文句無い好人物である事が窺い知れた。
キラが話終わる頃には、1時間もの時間が経っていた。最後にキラは、気になっていた事を刹那に問う。
「さっきの話の・・・男の人は、その後どうなったんですか?」
「・・・誤解を解いて、恋人を取り戻した。その後も、幸せだったと思う」
少し間を置いて口を開いた刹那は酷く寂しげで、キラにはまるで老人の様に見えた。
「思う」という部分に疑問を持ったキラも、それを見てしまっては、踏み込むのを躊躇せざるを得なかった。

 
 

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