機動戦士ガンダム00 C.E.71_第91話

Last-modified: 2013-03-25 (月) 22:12:02
 

墜落する一機のMSは、戦場にいる全員の視線を奪う事になった。
『キラ!』
『坊主が墜とされたのか!?』
ミリアリアとムウの声が響く中、直ぐ様動いたのは刹那だった。
「いや、まだ墜落しただけだ!」
この海域全体には小島が数多く点在していた。
機器を操作し、ストライクの落下方向から墜落する小島を割り出す。
「今のキラに、イージスの相手は・・・!」
墜落するストライクを追って、イージスが小島に向かうのも視認出来る。
技量的な面でも精神的な面でもキラは太刀打ち出来ない。
三対一とはいえ、イージスを通してしまったのは自分のミスだ。
まさかイージスがあんな感情を剥き出しにした突撃をみせるとは思わなかった。
ジンオーガーを後退させ、キラの援護を―――。
しかし、敵もそう簡単には事を進めさせてはくれなかった。
刹那を後退させまいと、ディンが回り込みながら弾幕を張ってくる。
「くそっ」
まずはデュエルとディンのどちらかでも何とかしなければ、
キラの援護へは行けそうに無い。ムウも、バスターの相手に手一杯だ。
それでも、刹那はすこしずつジンオーガーを小島に近付けて行く。
だが、それではキラへの援護に間に合わない。
「万事休すか」
『俺が出ます!』
イノベイターとしての力の使用も考えた直後、
アークエンジェルから少年の声が飛び込んで来た。
『トール・ケーニッヒ、スカイグラスパー二号機で出ます!』
見ると、アークエンジェルのハッチが開き、リニアカタパルトが展開している。
『やれるのか!?』
『キラはやらせません!』
「っ・・・」
一瞬止めようか迷った刹那だが、背に腹は代えられない。
それに、トールの意志の強さを感じては、止める事など出来なかった。
「トール、座標を送る。ただしやるのは援護だけだ。イージスに睨まれたらすぐに退け」
『了解!』
アークエンジェルから二機目のスカイグラスパーが飛び出すと、
真っ直ぐにストライクが墜落した小島へと向かった。
それを見送る暇も無く、ジンオーガーにデュエルが迫る。
イージスが抜けた事で、デュエルが先程より前に出てくる。
幾分倒しやすいのは確かだが、ディンの的確な援護がそれをさせない。
「やはりあのディンか」
鮮やかな橙色に彩られた機体は、間違い無く低軌道会戦時に刹那が撃破したパイロットだ。
やはりあの時殺しておくべきだった。

 

「いや」
そう考えて、すぐ首を振る。刹那は、敵を殺すのに躊躇して味方を死なす様な事はしない。
低軌道会戦で彼の中を覗いた時以外、刹那は常に彼を殺すつもりで攻撃してきた。
彼が今生きているのは、正真正銘、彼の実力だった。
「今はデュエルか・・・!」
猛攻を仕掛けて来るデュエルがいては、キラの援護どころでは無い。
刹那は多少の被害を覚悟して、グランドスラムを保持したジンオーガーに前進を促した。
デュエルもそれに応える様に、ビームサーベルを抜く。
デュエルのパイロットは、自分から格闘戦を挑む事は自制出来る様になっても、
敵に挑まれると反射的に応えてしまう癖は抜けていなかった。
刹那はデュエルの斬撃を躱し、グランドスラムを繰り出す。
振り切られたグランドスラムは、しかしデュエルの掲げたシールドに防がれた。
「まだだ!」
刹那が吠えると同時に、両手の大型スラスターを点火する、勢いが死に切る前に新たな力を得たグランドスラムが、鋭さを増してシールドを切り裂いた。
思いがけない奇襲に、デュエルが仰け反る。
しかし、無理に振り切ったジンオーガーの方が隙は大きかった。
デュエルが先に体勢を立て直し、大上段からビームサーベルを振り下ろす。
それに対し、ジンオーガーもスラスター操作でグランドスラムを持ち上げ、
ギリギリで防いだ。
『それで済むかよ!』
接触回線から、デュエルのパイロットの怒号が響く。
直後、デュエルは裂かれたシールドを投げ捨て、もう一本のビームサーベルを抜いた。
「ぐっ!」
二本目の斬撃が、グランドスラムを弾き飛ばす。
掛けられていた力が強い分、勢いよく弾き飛ばされたグランドスラムが、
小島の森林の中に突き刺さった。
刹那はグゥルに後退を促すが、この機を逃さんとばかりにデュエルが飛び込んでくる。
「かかった」
無表情に刹那が言い放った直後、デュエルが横合いから叩き付けられた爆発で吹き飛んだ。
巨大な爆発に、グゥルは瞬時に大破、デュエルは海へと落下する。
爆発したのは、グランドスラムを保持する際にグゥルにマウントしていたバズーカ本体。
手から離した後も、アンカーで腕と繋げていたのだ。
そして、全残弾の信管をオンにしデュエルにぶつけたのだった。
刹那は初めから、デュエルと格闘戦を演じ切るつもりは無かった。
格闘戦を演じたのは、ディンからの横槍を防ぐ為。
グランドスラムを落としたのも、デュエルの視野を奪う為のブラフに過ぎなかった。
「ジンオーガー、ストライクの援護に向かう」
道は開かれた。刹那はグゥルを促し、キラの援護に向かった。

 
 

「ぐっ!」
小島に墜落した衝撃が、全身を貫いた。
着陸の直前にスラスターを吹かして着地するつもりが、上手く行かなかった様だ。
「くっ、イージス」
機体の状況を把握する暇も無く、上空からイージスが向かってくる。
それをモニターに捉えた直後、イージスがビームライフルを発射した。
コクピットを狙った正確な射撃を、スキュラを受けボロボロになったシールドで防ぐ。
「今は、森の中に・・・」
キラはストライクの有りっ丈の火器を乱射し、爆炎と砂埃でイージスの視界を奪う。
その間に、森の中にストライクを向かわせた。
幸い、この小島にはMSを隠す程の高さの木々が森を形成している。
PS装甲を切り、機体の発熱量を最低まで落とせば、
優れたイージスの索敵能力からも少しは隠れる事が出来る筈だ。
地上に降りてこられたら見つかるだろうが、イージスには未だグゥルがある。
飛べるという絶対的なアドバンテージを簡単に手放す事は出来ない筈である。
おまけに、キラは脳量子波でアスランの位置を知る事が出来る。
あれだけの殺気を発しているのだ、細かい事が分からなくとも、位置くらい掴める。
事実、視界に捉えなくとも、必死に自分を探すアスランを感じ取る事が出来た。
その事実に、キラは一人感嘆する。
「ああ、君は僕を殺したい。僕も君を―――」
―――言い切れない。
以前のキラなら、フレイへの罪の意識だけを持ったキラなら言い切る事が出来ただろう。
だが、ブリッツを撃破した時から、キラは何かに気付いてしまった。
ブリッツのパイロットの放つ光に毒されたのだろうか。
「僕は・・・」
『キラ!』
「トール!?」
突然の通信に、キラは目を丸くした。見知った思惟が、一直線にこちらへ向かってくる。
イージスもそれに気付いた。
「このままじゃトールがやられる・・・」
イージスがスカイグラスパーへビームライフルを向ける。
トールの腕では躱し切れるものでは無い。
「くそっ!」
満身創痍の体に鞭打って、ストライクを起動させた。
突然の熱源反応に、スカイグラスパーを撃墜しようとしていたイージスの動きが、
一瞬だけ止まった。
「今だ!」
イージスがストライクを認識するより紙一重早く、
キラがビームライフルのトリガーを引く。
真っ直ぐ伸びた光が、イージスのグゥルを貫いた。
「もう一発・・・!」
グゥルを失い、自由落下するイージスに再度狙いを付ける。確実に当てる自信は無い。
手は震え、頭は早鐘が鳴る様に痛む。それでも、先程グゥルを落とせた射撃が出来れば。
イージスが小島に墜落する寸前、照準がイージスを捉えると同時にキラは引き金を引いた。
緑色の閃光が走り、イージスは爆発の中に消えた。

 
 

デュエルが大爆発に飲み込まれて海中に落下した。イザークに通信を送るが応答が無い。
あの爆発だ、衝撃は相当な物だろう。彼が気絶していても無理は無い。
最悪の場合死んでる事も考えられたが、イザークに限ってそれは無いだろう。
「よくやったイザーク、後は俺が!」
ミゲルは笑う。イザークが墜とされたのは痛いが、代わりに蒼い奴は射撃武器を失った。
コケにされた雪辱を果たす、良いお膳立てだ。
蒼い奴はデュエルを片付け、そのままこちらを撃破するつもりかと思いきやしかし、
ミゲルに背を向け小島へと向かおうとする。その行動がミゲルの癇に障った。
「おいおいおいおい!そっちには行かせねぇよ!」
グゥルを優に超える機動力で上を取ると、進路を遮る様に射撃を加える。
案の定上手く躱すが、射撃での反撃が無いというだけで
ミゲルは先程より余裕のある攻撃が出来る。
そう思った矢先、急旋回したジンオーガーからミサイルが飛んできた。
グゥルに搭載された小型ミサイルである。
前半の三発を回避し、後半の三発をマシンガンで撃ち落とす。
「あぶねぇあぶねぇ失念してたぜ。だがよ・・・」
虚を突いたタイミングとはいえ、蒼い奴にしては実に大雑把な射撃だ。
そんな物でミゲルが墜ちる訳が無い。
蒼い奴は追撃をせず、ディンが回避運動を取ってる隙に小島へ少しでも向かおうとする。
「俺は眼中に無いってかこの野郎!」
ミサイルで稼いだ距離など、空戦機であるディンにとっては取るに足らない。
ミゲルは屈辱的な扱いに激昂し、ディンを最大戦速で奔らせた。

 
 

「やったの・・・?」
『確認してみる』
爆発が起こったのが砂浜という事もあり、
舞い上がった砂で未だにイージスは確認出来ない。
トールが上空から爆発のあった地点に近付く。キラも抜かり無く慎重に接近していく。
しかし砂浜に足を踏み入れた瞬間、言い知れぬ悪寒がキラを襲った。
「駄目だトール、逃げろ!」
『えっ?』
戦場では一瞬の判断が生死を分ける。
これがムウなら、聞き返す前に回避行動に移っていただろう。
しかし戦闘機に乗って日の浅いトールに、それは望むべくも無く。
砂煙の中で復讐者の眼光が揺らめいた直後、一筋の閃光がスカイグラスパーを貫いた。
「トールッ!」
キラの叫びも空しく、断末魔の一つも上げる事無くスカイグラスパーは爆発した。
同時に、今まで感じていた脳量子波が一つ途切れる。
まるで体の一部を失った様な計り知れない喪失感に、キラは叫びだしそうになった。
しかし状況がそんな事を許しはしない。
砂煙から現れたイージスがストライクに射撃を加える。
ストライクはそれを避けきれず、左腕の肘より下が吹き飛んだ。
「あっ・・・あっ・・・」
アスランからは何の変化も感じられない。
スカイグラスパーを撃墜してもその焼かれる様な憎しみは陰る事無く、
トールの死が彼にとって全くの無価値だとキラに教えた。その事実が最後のタガを外した。
キラにも、アスランと同じその熱い物が流れ込んでくる。
理性はそれに流されまいと必死で抵抗するが、
今のキラにとってそんな事はどうでも良かった。
あるのは、アスランがトールを殺したという事実だけ。
「そうだ・・・」
遠くで刹那の声が聞こえた様な気がしたが、
今のキラにはただの雑音にしか聞こえなかった。
「僕は・・・」
イージスが迫る。トールだけで無く、自分を殺そうとビームライフルの銃口を向けてくる。
「そうだ僕は・・・」

 

―――  ア  ス  ラ  ン  を  殺  し  た  い  ―――

 

腹の奥からせり上がってくる様な感情に身を任せると、
久しく無かった感覚がキラを支配する。
頭の中で何かが弾ける感覚、世界が俯瞰で感じられる状態。
トランス状態、バーサーカー、好きに呼べばいい。
今はただ、トールの仇が討てればそれで良かった。

 
 

「トール・・・!」
間に合わなかった。小島の上空に起こった爆発に、刹那は顔を歪ませた。
戦場に出た以上、その結果は本人の責任だ。
それでも、この世界で初めて関係を持った人の死に動じない程、
刹那は兵士にはなり切れていなかった。
「くっ!」
その動揺が表に出たのか、ディンから放たれた散弾の一部がグゥルを捉えた。
「エンジン部に掠ったか」
掠っただけとはいえエンジン部、もうそろそろもたない。
ミサイルの残弾も後一斉射もすれば尽きるだろう。小島はもう目の前。
「仕掛けるなら今か」
普通に射撃をしても、あのディンは回避してしまう。
パイロットが射撃してくるタイミングを呼んで、それに合わせて攻撃する他無い。
後方から迫るディンの動きを、脳量子波で読む。
掠ったエンジン部に二撃目を与え、確実に墜とすつもりだ。
「そこっ!」
ディンがマシンガンを撃とうと直線的な機動になった瞬間、
グゥルを振り返らせ、ミサイルを放った。
同時にディンから放たれた弾丸がグゥルを捉える。
刹那のした戦術は、つまる所相討ち覚悟だった。
しかし、ミゲル用にチューンされたディンはそのミサイルも紙一重で躱してしまった。
グゥルを失ったジンオーガーは、小島へと落下していった。

 

落下するジンオーガーを見詰め、ミゲルは凶暴に笑う。
こちらの射撃とタイミングを合わせてきた時は肝が冷えたが、
ディンが空戦機であった事が幸いした。
「アスランの方も上手くやってる。こっちも上からいたぶってやるぜ蒼い奴!」
そう意気込んだ直後、ガクンと機体が揺れると同時にコクピットに警報が鳴り響く。
モニターの表示を見ると羽が損傷している。
「なんだっ!?奴のミサイルは全部躱した筈・・・!」
そう言ってモノアイを使って直に翼を確認すると、羽の付け根に、ナイフの様な物が刺さっている。
「まさか、ミサイルも囮だと!?」
ジンオーガーはミサイルを撃ち、グゥルを撃墜された直後、
その爆発の中からアーマーシュナイダーを投擲していたのだ。
「くそ、曲芸じみた真似をっ」
どの道これでは飛び続ける事は不可能だ。
ミゲルは高度を下げてから飛行ユニットを切り離すと、森林の端に着地した。
丁度ジンオーガーが墜落した場所の近く、
ストライクとイージスがいる場所とは反対側になる。
「さて、どこにいる」
この森林には背の高い木々が多いが、MSが派手に動けば場所は捉えられる。
蒼い奴もそれを分かっているから大きな動きを見せない。
ミゲルは周囲を警戒しつつ、マシンガンを捨てて重斬刀を装備した。
この状況では、ストッピングパワーの低いマシンガンは持っていても意味が無い。
蒼い奴がストライクの援護を考えるなら、まずは自分を撃破しにかかるだろう。
「やっぱヤメだ。待つのは性に合わねぇ!」
元々強襲、電撃作戦が好きなミゲルである。
敵が出てくるのを待ち構えるより、燻り出す方がずっと力を発揮出来る。
ミゲルは胸部ミサイル発射管を開くと、適当に森林をロックして有りっ丈ぶちまけた。
接近戦でミサイルを持っていても良い事は何も無い。
それどころか、誘爆を起こす危険もある。それで敵の隠れ蓑を消せるなら一石二鳥だ。
残弾は少なかったが、森林の一部を燃やすくらいなら十分である。
森林の至る所にミサイルが着弾し、辺りは爆発で燃え上がった。
「さぁ、出てこい蒼い奴」
まさかミサイルでやられる訳が無い。
ミゲルが舌なめずりをして辺りを注視すると、早速MSらしき影が見えた。
「いたっ!」
漸く見付けた蒼い奴はしかし、ディンに向かってくるどころか踵を返して走り出していた。
「なっ・・・!?待てよこの野郎!」
この後に及んで自分より味方の援護を優先するのか。
ミゲルはディンを走らせ追撃を開始した。

 
 

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