機動戦士ガンダム00 C.E.71_第92話

Last-modified: 2013-03-25 (月) 22:12:26
 

「シッ!」
突進しながらビームを撃つイージス。
体に力が入らなかった先程までと違い、飛んでくるビームの軌跡が手に取る様に分かる。
シールドが無くとも、腕が片方無くとも、負ける気がしない。
キラはビームの一本に狙いを定め、ビームライフルを放る。
思惑通りビームがビームライフルを貫くと、
充電されていたエネルギーが弾け、両者の間に爆発が起こった。
至近の爆発に、イージスが一瞬怯む。その躊躇も、今のキラには丸見えだった。
迷いなくストライクを爆発の中に突っ込ませると、
すぐ眼前に反応の遅れたイージスが現れる。
キラは、ビームサーベルを抜く時間さえ惜しいと言わんばかりに
イージスの顔面を乱暴に鷲掴みにすると、イージスを砂浜に叩き付けた。
「アアアアアアアアアッ!」
怒りの全てを乗せて、ペダルが壊れんばかりにスロットルを踏み込む。
それに応え、スラスターが轟音を立ててイージスを引き摺って行った。
砂浜の奥にある岩場にぶつかって漸く止まると、
マウントポジションからイーゲルシュテルンと
コンボウェポンのバルカン砲を至近距離から乱射した。
PS装甲でダメージは無くとも、衝撃は確実にアスランの体力を削る。
『こ、のっ・・・調子に乗るな!』
接触回線からアスランの声が響き、
腕のサーベルを発振させたイージスがストライクを振り払おうとする。
が、今のキラの前にはその斬撃の全てがお見通しだった。
頭部や腕を狙った斬撃を上半身の動きで躱し、
次の斬撃が来る前にイージスの頭部へ頭突きを食らわす。
イージスの象徴とも言える頭頂部のセンサーが破損した。
「アスラン、今、コクピットを狙おうとしたね?」
『な、に・・・?』
イージスは三撃目の初動に出る前に動きを止められた。つまり本来なら分かる筈が無い事。
しかし、アスランの思惟が、明確にその狙いをキラに教えた。
「僕を・・・」
苦し紛れに抵抗し、あまつさえコクピットを狙おうとした。
アスランへの怒りが、憎しみが、悲しみが更に高まり、視界が真っ赤に染まって行く。
「僕を殺そうとしたなっ!」
もう自分が何を言っているかも分からない。キラは涙を流しながら咆哮した。

 

―――コクピットを狙おうとしたね?
「な、に・・・?」
キラの言葉に、アスランの背筋に冷たい物が走った。
どういう事だ?機体の初動で、パイロットの狙いを見抜く事を出来る者はいる。
だが、今のそれは初動に入ってすらいない。その狙いを、キラは明確に当てて見せた。
「心が・・・読まれて、るっ!?」
言い終わる前に、キラの咆哮と共にストライクがイージスを殴り付けた。
数発殴った後、それで気が済まないのか、立ち上がってイージスを何度も踏み付けた。
「くっ」
激しい衝撃に襲われながら、アスランは何とかイージスを地面から脱出させる。
今の攻撃でPS装甲の為にエネルギーをかなり消費した。
だが撤退は無い、ニコルの仇を討つまでは。

 
 

その頃、海上では未だバスターとスカイグラスパーの激しい空中戦が繰り広げられていた。
「たくっ、援護無しとはいえ、こうまで砲撃機を単機孤立させるのはどうなのよ?」
バスターとスカイグラスパー以外の機体は、
全機前方に見える小島へ戦場を移した為、今のディアッカは完全に1人だ。
おまけに、空を飛ぶ敵が一機になったせいか
脚付きからの砲撃もバスターに集まってきている。
唯一の救いは、小島上空で新たに発進したスカイグラスパーが撃墜されて以降、
目の前のスカイグラスパーの動きが悪くなっている事か。
「どうしたどうした、お仲間が死んだのがそんなにショックか!」
動きの鈍ったスカグラスパーに、ミサイルと散弾砲で弾幕を張る。
相手は勿論回避するが、先程までの直ぐ様切り返してくる鋭さが無い。
その隙に、狙撃砲に切り替えた砲門を脚付きに向けた。
「俺もショックだったぜ?・・・だから全員、あの世に送ってやるよ!」
アークエンジェルのメインエンジンをロックする。後はトリガーを引けば脚付きは墜ちる。
しかしスカイグラスパーはそれを許さず、ビーム砲で牽制してきた。
「ちっ!」
回避する為に体勢を崩されるが、ディアッカは直ぐ様標的を変更、
崩れた体勢のままトリガーを引いた。
発射されたビームはメインエンジンこそ外れたものの、
こちらを狙っていた敵の主砲の片方を破壊する。
充填していたのか、ビームが突き刺さった瞬間派手な爆発を起こした。
「くそっ!」
爆発で傾いだ白亜の船体に、ディアッカは顔を顰めた。
致命傷とはいえずとも、脚付きに深手を負わせたのに、だ。
だが彼は狙撃手だ、照準上の敵を一撃で仕留めてこそ彼のプライドは保たれる。
もうすぐ脚付きはアラスカの防空圏、つまり連合の勢力圏に入る。その前に何としても。
次弾に備えてポジションを取るバスターに、
スカイグラスパーがしつこく纏わり付いて来るが、
動きだけでなく射撃の精度までお粗末になっている。
「情け無ぇなナチュラルって奴は。味方が死んで動きが悪くなるなんてよ!」
俺達コーディネーターは違う。悲しみを怒りに、戦う糧に昇華する事が出来る。
「もう一撃っ!」
狙撃ライフルの砲門を再度脚付きに向ける。今度こそメインエンジンを貫く。
脚付きは船体を立て直す暇も無く、必死の砲火も照準を狂わすには至らない。
「これで・・・」
狙撃スコープに映る船体に舌なめずりをしつつ、慎重にトリガーを引き絞る。
しかしトリガーを完全に引き切る直前、背筋に冷たい物が走った。
バスターの直上から急降下してくるのは、腑抜けになった筈のスカイグラスパー。
それが、回避を無視した急降下から全武装を使ってバスターに射撃の雨を降らせる。
「まだだ、まだ・・・!」
ミサイルやバルカンがバスターを叩くが、ディアッカは狙撃姿勢を崩さなかった。
ここで脚付きを墜としてこそ、ニコルへの弔いになる。
二度も敵に邪魔されて狙撃が失敗したとなっては、天国の少年に笑われるだろう。
鳴り響く警告音の中、しかしディアッカは狙いを外さない。
「これで・・・終わりだ!」
この振動では機械は当てにならない。ディアッカは己の癇を信じてトリガーを引いた。
しかし無常にも、同時にスカイグラスパーから放たれたアグニが
バスターの右肩ごとグゥルを貫いた。
それでも発射されたビームは、脚付きのメインエンジンに直撃はしなかったものの
左エンジンを掠め、大きな爆発を起こす。これで少しは脚付きの足を止める事が出来る。
だが、それで満足出来る訳が無い。
ディアッカは落下を始める機体の中で、二度も狙撃を邪魔した戦闘機を睨み付けた。
「この、ナチュラルがっ!」
スカイグラスパーは全速力で急降下してきた為、制動にも限界がある。
身動きが取れないそれに、ディアッカはミサイルを有りっ丈撃ち込んだ。
長い事自分を苦しめた戦闘機はそれでもミサイルの殆どを回避し、
最後の一発が辛うじて爆発有効範囲にスカイグラスパーを巻き込んだ。
煙を上げながらフラフラ飛んでいくそれを見届けると、
直後下からの強い衝撃に晒されてディアッカは意識を手放した。
バスターが小島に墜落したのだ。

 
 

ストライクの猛攻に晒されながらも、アスランは敵を見定めていた。
今目の前にいるキラは先程のキラでは無い。
どういう原理かは知らないが、反射神経が飛び抜けて高まり、
おまけにこちらの思考を読む。恐ろしい戦闘能力だ。だが欠点はある。
それは今のキラが完全に感情で動いている事だ。
イージスを破壊するだけなら、アスランを殺すだけなら、
マウントポジションのままでいた方が都合が良い筈だ。
そして、もう一つ決定的な欠点がキラにはあった。
アスランは怒りと憎しみに駆られながら、心の奥は驚く程冷静だった。しかし―――
「それはお前が、戦闘の素人だという事だ!」
今のキラは感情が高ぶっている。
一見凄まじい機動に見える動きも、良く見れば感情丸出しの雑な動きでしかない。
例え相手の思考が読めようと、反射神経がずば抜けていようと、
そこから取れる行動が稚拙なら付け入る隙はある。
キラとアスランには、未だ圧倒的といっていい経験と技量の差があった。
「見えようが読めようが、これは躱し様が無いぞ」
力に振り回されている様な者に、自分は負ける訳にいかない。
父パトリック・ザラの顔が頭を過る。
目を細めたのも一瞬、アスランは素早くビームライフルを三点射した。
前回の戦闘で見せた、高精度にて最速の三点射である。
一射目、二射目を、ストライクは発射される前に反応、躱してみせた。
予想してはいてもその人外じみた反応にアスランは背筋を凍らせる。だが―――
「狙い通りだ」
ストライクの機動に、アスランは鋭く笑う。
二射目を回避したその軌道上、吸い込まれる様に、三射目がストライクに突き刺さった。

 
 

「―――っ」
戦場で乱れに乱れる脳量子波に、刹那は顔を顰めた。
キラの脳量子波がどんどん乱れていく。
こんなに乱れきった脳量子波を感じるのは初めてだ。
ELSのそれは、あまりの量に頭が爆発する感じだったが、
キラのそれは数多の針が全身を突き刺し続ける様な激しい痛みを伴う。
これを発している本人は果たしてどうなってしまっているのか、
刹那には想像も出来なかった。早く援護に駆け付けたい所だったが、
激しくぶつかり合う二機は複雑かつ高速で移動している。
森林の中で背中の大出力スラスターが使えないジンオーガーでは、
追い付くのに中々骨が折れる。
「それに」
背後に迫るディンを見やる。
ワザと森林で身を顰める事で遠距離で有効な火器を全て失わせた筈だが、
それでもしつこく刹那を追ってくる。
こちらの武装はアーマーシュナイダーが一本、搦め手を使うにしても心許無い。
「・・・グランドスラム」
前方で鈍い光を放つその名を呼ぶ。
今や刹那の主武装と言って良いそれは、この小島に落下していた。
刹那が後方から放たれる散弾をジャンプで躱すと、
着地の衝撃で後退りながら素早くグランドスラムを引き抜く。
再び飛来した散弾をグランドスラムで防いだジンオーガーは、威風堂々と大剣を構えた。
「反撃開始だ」

 
 

真っ赤に染まる視界の中、イージスから放たれたビームがストライクの右足を捉えた。
三点射が来る、それは読めた筈だった。
なのに、三射目は初めから当たるのが決まっていたかの様にストライクを貫いた。
キラ自身は気付かない事だったが、今の彼は冷静な判断力が欠如している状態だった。
相手の行動は読めても、そこから繋がる狙いまでは読み切る事が出来ない。
初めの二点射は、三射目を物理的に回避出来ない状態へ
ストライクを誘導する為のブラフだったのだ。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
爆発にストライクが傾ぎ、転倒する。
宙に浮いた状態である宇宙とは異なり、地上でのMSは重力に縛られた存在だ。
それを支えている脚部の破損はMSにとって致命傷となる。
「まだだ、まだだ、まだだ、まだだ」
転倒したストライクに浴びせられるビームを、スラスターを吹かして無理矢理回避する。
お返しにグレネードとバルカンで弾幕を張った。
その間に、キーボードを取出してOSを弄り始める。
狂った様に踊る指は、普段のキラなら成しえない事を迅速に実行する。
最後にENTERキーを弾くと、ストライクの装甲が一瞬灰色に変わって元に戻る。
一瞬の再起動の後、獣と化したストライクがゆっくりと立ち上がった。

 
 

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