機動戦士ガンダムSEED True Destiny PHASE-49A

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:01:47

「また、オーブか……」

 ミネルバのゲストルームで、スツールに腰掛けたシンは前かがみになり、握った拳を見つめ

ている。

 3日前まで、彼はこの艦のMS搭乗員であり、部屋も赤服用とは言え2人用の普通の居住

室で過ごしていたが、今はそれより妙に豪華な個室を与えられていた。

 本来の乗機であるデスティニーはメサイアに置かれており、代替に入ってきた青いグフ・グ

ナイテッドと、同色のバビが搭載されている。

『シン、いるか?』

 インターフォンが呼び出し音を告げ、レイの声が中に入ってきた。

「ああ。どうぞ」

 シンが返答すると、扉が開いてレイはシンの個室に入ってきた。

「やはり、落ち着かないか」

「ああ……」

 レイの言葉に、シンは俯きがちに答える。

「けど……議長は一体何を考えてるんだろ。MSパイロットにMSなしで何をしろって言うんだ」

「何かを見定めさせようとしている」

 レイが答えると、シンは顔を上げた。

「何かが動く。だから彼は降りてきた。この艦に乗ってな」

「解るのか?」

 シンが聞き返すと、レイは首を横に振ってから、髪をかき分ける仕種をした。

「ただの推測だ」





機動戦士ガンダムSEED True Destiny

 PHASE-49 『遠い道程』





「それじゃ、キラ、行こう?」

「うん」

 ドレス姿のミーアが促すと、オーブ軍制服を着たキラが頷く。

 2人が歩き出そうとすると、その後から、バルトフェルドが声をかけた。

「なぁ、ミーア様? ほんとに大丈夫かい?」

 心配そうな表情のバルトフェルド。

「出迎えぐらい、オーブのお偉いさん方に任しても」

 バルトフェルドの言葉に、ミーアは首を横に振り、少し不安げな様子を見せつつも、口元で

笑って、応える。

「メッセージを投げたのは、あたしの方からですから」

 ミーアとキラは、バルトフェルドと共に、滞在しているアスハ邸の一室を後にした。





 オーブ・首長代表公邸。

「お久しぶりです、アスハ代表」

「こちらこそ、デュランダル代表」

 頭ひとつ高いデュランダルと、カガリは正面から向き合って握手を交わす。

「此度は聡明な判断、感服いたします、貴殿と……」

 デュランダルは微笑み混じりに言いつつ、そこで視線を、傍らに立っているミーアに向けた。

「ラクス・クライン殿。貴女にも」

 そして、ミーアとデュランダルも握手を交わす。

 デュランダルはここにいるのが本物のラクス・クラインではなく、ミーア・キャンベルであると、

とっくに気が付いている筈だが、そんなことはおくびにも出さない。

 一方のミーアは、

「光栄ですわ、ギルバート議長」

 笑顔で言う。だが、目に付かない程度にだが、引きつってしまっていた。

 内心、かなり緊張している。鼓動は高鳴り、ミーアの頭の中で反響していた。身体が酸欠気

味のような感覚すら覚える。

「本当に、貴女のおかげで、人類は救われるかもしれない」

 目を細め、優しげな微笑で言うデュランダル。

「えっ……?」

 ミーアは、想定外の事を言われ、一瞬、素が出かけてしまう。

「い、いえ、あたしは思ったとおりの行動をしただけで……すわ」

 アドリブの口調は、かなりミーアの素の物が混じってしまっていた。

「それで、滞在中の予定についてなのですが……」

 デュランダルが再びカガリの方に視線を向けると、ミーアは、ほっ、と小さくだが、ため息をつ

いてしまった。

 そして、不意に視線をずらして、ミーアはギョッとした。

 デュランダルは、専門のSPの他に、2人のザフト赤服を引き連れていた。顔は知っていた、

と言っても報道でだが。若手のMSエースパイロット、レイ・ザ・バレルと、シン・アスカだ。だが、

ミーアが驚いたのはそのこと自体にではない。

 シンが、強烈な視線で睨んでいた。自分にではなく、傍らにいるキラにだ。その視線は強烈、

まるで視線で相手を射殺さんばかりだ。

 対するキラと言えば、意図がわからないのか、シンの視線には気付いているが、キョトンとし

ている。

「それでは皆様、時間も良い事ですし、昼食会といたしましょう」

 カガリの側近の言葉。

「それでは議長、こちらへ」

 カガリが手を伸ばしてデュランダルを導く。

 シンは、歩み出て、キラに近寄った。

「あんたがキラ・ヤマトだったのか」

 小声だが、はっきりした口調。震えるほどに低く、響くような声。

「そう……だけど……」

「俺はあんたに家族を殺されたシン・アスカだ。覚えておいて欲しい」

「えっ……」

 シンの言葉に、キラは一瞬、絶句する。

 シンはそのまま黙り、レイと共に移動する議長を追って行った。

 入れ替わるように、ミーアがキラの側による。

「何してるの? みんな行っちゃうよ!」

「あ、ああ……うん……」

 キラはどこか上の空で、ミーアに引っ張られるようにして歩いて行った。





「ああ、美味しかった!」

 昼食会が終わり、アスハ邸の部屋に戻ってきて、開口一番、ミーアが口にした言葉はそれだ

った。

「おいおい」

 ソファに寝そべっていたバルトフェルドが、苦笑しながら身を起こす。

「プラントでもホテルとかで食事することはあったけど、食べ物の味は地上には敵わないわ

ね」

「それは言えた。けどよ、ボロは出さなかったのかい?」

「出しまくり。多分」

「おいおい」

 悪戯っぽく答えるミーアに、バルトフェルドは苦笑の“苦”をさらに強くする。

「大丈夫、どうせ、議長だってあたしだって最初から判ってる筈だから」

「だと良いけどな」

 呆れたように、バルトフェルドはため息をつく。

「で、キラはどうしちまったんだい」

 バルトフェルドはキラに声をかける。ミーアとは対照的に、どこか沈んだ様子だった。

「お医者さんに診せた方がいいかしら?」

 ミーアはバルトフェルドに、手で遮るようにしながら小声で耳打ちする。

「あの……シンって人」

 キラがボソボソと言い始める。ミーアとバルトフェルドは顔を上げた。

「あの人の家族、僕が戦闘で殺したみたい」

 キラの言葉に、2人は息を飲む。

「この、オーブで……」

 少し間をおいて、バルトフェルドが聞き返す。

「オーブで?」

 その問いには、ミーアが答えた。

「確か、オーブ出身って言われてた覚えがあるわ」

「そうか、プラントじゃ有名人だっろうからな」

 バルトフェルドの言葉に、ミーアはうなずきを返した。

「以前……オノゴロ島の戦没者慰霊碑で会ったことがあるんだ。その時は、お互い、名前も知

らなかったけどね」

「しかし、あんときゃあ、連合が迫ってて、周囲なんか気にしてる余裕は……」

 キラを擁護するように、バルトフェルドが言う。キラも頷いた。

「仕方なかった……オーブを守るためにも……戦争を続けさせるわけに行かなかったし」

「でも、それで納得できるのかな?」

 「え」と、キラとバルトフェルドは、ミーアを見た。

「家族を殺されて、仕方なかったで納得できるものかな」

「でも、実際、仕方なかったじゃないか、あの時は!」

 何を言っているんだ、とも言いたげな表情で、キラはミーアに言い返す。キラは、ミーアがそ

の時の事情を知っている、つまり本当のラクスだと思い込んでの発言になっている。

「じゃあ、自分が同じ目にあっても同じ事が言える?」

「えっ……」

「例えば、カガリさんが、キラがMSに乗ってもいない、その目の前で殺されても、それが戦争

だったら仕方なかった、で納得できる?」

「それ……は……」

 キラの頭にある光景がリフレインする。

 それは、2年前の戦争の終盤。すれ違ったままだったフレイと、ようやく再会できたかの矢先

に、彼女の乗るシャトルはクルーゼによって、キラの目の前で撃墜されてしまった。

 その時、自分はどうした? クルーゼにフリーダムで襲い掛かり、自分で止めを差した訳で

はないにせよ、死に追いやったのではないのか?

「あ……ああ……僕は……」

「お、おい、キラ」

 バルトフェルドが、キラに向かって立ち上がる。

「ラクス、でも、そうしたら僕はどうすれば良いの?」

 キラは両腕で頭を抱えかけ、その姿勢から顔を上げて、縋るような瞳でミーアを見る。バルト

フェルドはそこで動きを止めた。

「どうするもこうするも、悪い事しちゃったんなら、謝るしかないじゃない」

 ミーアは、少し困ったような表情で言う。

「でも、そんなことで許してくれるかな……僕が謝っても、彼の家族は帰ってこないし……」

「彼が許してくれるなんて思っちゃ駄目よ! でも、謝るしか、今のキラには出来ないでしょ

う!?」

 ミーアは表情を少し険しくして、戸惑う様子のキラに言い返す。

「それに」

 ミーアの頭に、自分の目の前で横たわる、息のないラクスの姿が思い出される。

「このまま、手遅れになっちゃったら、絶対後悔するから……!」

 キラは姿勢を直す。バルトフェルドはどこか呆気にとられていた。

「わかったよ……僕、彼と話してみる。そして……謝ってくるよ。許してなんかもらえないだろう

……けど」

 キラはしっかりと頷いた。






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