機動戦士ガンダムSEED True Destiny PHASE-49B

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:02:01

『もしもし、マユで~す。ただいまマユは電話に出ることができません』

 ピンク色の携帯電話から流れる、録音された声。

 シンは滞在先に指定されたホテルの一室、ツインルーム。ベッドに腰掛けながら、妹の遺品

を弄んでいた。

 もう一方のベッドで、レイはポータブルの映像端末でビデオを見ている。スピーカーからシン

の方まで流れ出してくるのは、「QUIET NIGHT C.E.73」だった。

 プルルルル……

 2人の所持している物ではない。部屋に備え付けられた電話機が鳴った。

 シンが立ち上がり、電話を取る。

 相手は、ホテルの従業員だった。

「はい、シン・アスカは自分ですが」

『キラ・ヤマト様から御伝言です』

 シンは驚いたように身体を硬直させ、それが緩むと同時に表情を険しくしていった。

 …………カチャリ。

 受話器を置いて、僅かな間、その場に立ち尽くす。

「キラ・ヤマトから呼び出しか?」

「ああ。目的は知んないけど」

 その姿勢のままレイの言葉に答えてから、振り返る。

「なぁ、レイ」

「なんだ?」

「レイは何で、俺にあいつがキラ・ヤマトだって教えたんだ?」

 シンが問う。レイは映像端末を停止させると、ディスクを抜いてからたたんで閉じた。

「特に理由はない。シンが知りたいだろうと思ったからだ」

「本当にそうか?」

 シンがなおも問いただすと、レイは振り返って、間と言うには長い沈黙を取ってから答えた。

「それだけだ」





 オノゴロ島。

 前大戦の戦火で破壊された旧市街は、メモリアル・パークとして、追悼と平和を祈る碑と、広

い、花畑のような花壇が広がっていた。

 歩道に沿って海岸線を歩くと、そこには別の慰霊碑がある。やはり、花壇に囲まれていた。

しかし、「ブレイク・ザ・ワールド」の際の津波で塩水を被ったここの花壇は、無残に枯れた草

花の残骸が残っているだけで、茶色と白の殺風景な光景と化していた。

 キラ・ヤマトは、その慰霊碑の前に立っていた。

「なんの用だ? 人をこんなところに呼び出して」

 緋色の瞳の少年は、私物のジャケットを纏い、キラの背後に声をかけながら、海岸の慰霊碑

に下りる階段を降りてくる。

「前に一度、ここであったことが会ったよね」

 キラは振り向かず、近付いてきたシンに言う。

「あの時は、俺はアンタがキラ・ヤマトだって知らなかったけどな」

「僕の方も、君の事をそんな目に合わせてただなんて知らなかった」

 キラの言葉に、シンは苛立ったように表情を歪めた。

「……花、枯れちゃってるね」

「波、被っちゃってるからな」

 不機嫌そうな口調で、シンは言い返す。

「誰も、植え替えないのかな?」

「無駄だよ。土が塩を含んじまってる。しばらくの間、ここに花は咲かない」

「そうなんだ……」

 ようやく、キラはシンを振り返った。

「僕が殺したって言う君の家族は、軍人だったの?」

 シンは、目を険しくするように細める。

「いいや、父さんはただの勤め人だった。母さんもマユも軍となんか関係なかった」

「マユ?」

 聞きなれない単語に、キラは思わず聞き返した。

「妹」

「そうなんだ」

 キラの脳裏に、この国の国家元首の姿がフェードインする。

『例えば、カガリさんが、キラがMSに乗ってもいない、その目の前で殺されても、それが戦争

だったら仕方なかった、で納得できる?』

 ミーアの──キラにとっては“ラクスの”言葉がリフレインする。

「あの時、戦闘を止める事はできなかった。ここでの戦闘は、やむをえないことだった」

「……だから、自分は悪くないとでも言うのかよ!?」

 シンが言う。しかし、キラは首を横に振った。

「確かに誰も僕を罪に問わないかもしれない。でも、君の家族は帰ってこない。それは、僕の

せいだ」

「…………」

「だから……」

 キラは1歩、シンに歩み寄ると、そこで深く頭を下げた。

「なっ、なんだよ!?」

「謝らせて欲しい」

「────は?」

 シンの顔が、呆気にとられる。

「こんなことをしたって誰も帰ってくるわけじゃないけれど、君が僕を許してくれるはずもないけ

れど、僕に謝らせて欲しい」

「…………っ! つくづく、自分に都合の良い人間だな、アンタは! それで自己満足に浸ろう

ってのか!?」

 シンは激昂し、声を荒げる。

「だいたい、アンタは俺の家族だけじゃない、ステラだって殺してる!」

「ステラ?」

 新たにシンの口から出てきた名前に、キラは頭を上げ、聞き返す。

「デストロイのパイロットさ! 彼女は戦うのを止めようとしていた、それなのにアンタのせいで

彼女は死んだ!」

「…………エクステンデットの……そうだったんだ……」

 キラは視線を落とし、下唇をかみ締める。

「それを謝って済ませようだなんて、俺は許さないからな!」

「それなら」

 キラは視線を上げて、シンの瞳を見据えた。

「僕を殺す? そうすれば満足する?」

「なっ」

 キラの言葉に、シンはショックを受けたように短い声を上げる。

「僕は……死にたくはないけれど、君になら殺されても仕方ないのかもしれない」

「本気で言ってるのか……?」

 キラの視線は退かない。ゴクリ、シンが喉を鳴らす。

「……いいや」

「シン……?」

「アンタ自身が言っただろ、そんなことをしたって誰も帰ってこない。どんな形だろうと、アンタ

の自己満足に過ぎないんだ」

 シンは先ほどまでとは異なり、静かな、しかしはっきりとした口調で言う。

「シン……」

「それに、ここで死んだのは俺の家族だけじゃない。解ってんだろ?」

「うん……この先どれだけ機会があるかわからないけれど、もしシンと同じような人にあったら

……頭を下げ続けるよ。僕は」

 互いに退かない瞳で、見つめあい続ける2人。──沈黙。

 先に、言葉を発したのはシンのほうだった。

「用はそれだけか?」

「ああ……うん……」

 キラは少し呆気にとられたように、一瞬、言葉をどもらせる。

「とてもじゃないが、俺はアンタを許すことなんてできない」

「……そうだね」

 キラは寂しそうに言う。シンは、それだけ言うと無言で踝を返し、階段の方へ歩き始めた。

 階段を上りかけて、シンは振り返る。

「それでも、少しは見直したよ」

「えっ?」

 キラは、驚いたように聞き返した。

 シンは笑ってはいない。

「血の通った人間なんだな、アンタも」

 それだけ言うと、シンは再び、階段を駆け上がって行った。





 夕食は、アスハ家主催の立食パーティーとなった。

 もっとも、その主催者様の期限は芳しくない。男装の礼服姿に少しむくれた仏頂面、ついで

に手に持った取り皿には料理がてんこ盛り。

「それで、うまく伝えられたの?」

 シャンパングラスを片手に、ドレス姿のミーアは、耳打ちするようにキラに訊ねる。

 2人の視線の先には、そのシンが、赤服を着て、レイとともに離れたテーブルにいるのが見

えた。

「うん。一応ね」

「そう」

 キラに答えに、ミーアは優しげに微笑む。微笑みながら、意地汚くがっついているバルトフェ

ルドの尻を後ろ手につねる。

「むぐぅっ!」

「でも、許さないって言われちゃったけどね」

「当然よ。まさか期待してたの?」

 一瞬、額に浮かんだ血管をバルトフェルドの悲鳴と共に引っ込めながら、キラに言い返す。

「少しだけね」

「それは都合よすぎよ」

 ミーアが言うと、キラは困ったような苦笑交じりに言う。

「彼にも言われた」

「でしょうね」

 ミーアは険しい表情でそう言ってから、ふふ、っとまた微笑んだ。

「ありがとう、ラクス」

「え……あ……ううん。あたしは別に、たいしたことなんかしてないから」

 一瞬困惑気な表情になってから、ミーアは軽く首を振る。

「それじゃあ、ちょっとカガリと話してくるから」

「うん」

 そう言葉を交わして、キラは離れて行った。

 ミーアは軽くシャンパングラスを煽る。

「ラクス殿」

 自分より一段高いところからかけられる声に、ドキリとする。

「ぎ、議長……」

 慌てて笑顔を繕うも、どうしても引きつるのが取れない。

 傍らでは、バルトフェルドが身構えていた。

「そう身構えなくても良い。私には解っている」

「え……?」

 主語を抜かしたデュランダルの言葉に、ミーアは最初、間の抜けた声で聞き返してしまった。

「あっ……」

 すぐに、自分の正体についてだと悟り、思わず赤面する。

「意外だったよ。こう事を丸く納めてしまうとは。私にも予想外だった」

「い、いえそんな、私にもそんな深い考えがあったわけじゃありませんし」

 ミーアは照れたように俯いてしまう。

 デュランダルは微笑み混じりの表情のまま、ミーアから視線を離して会場を一瞥する。

「問題は、時間がどれだけ残されているかと言うことだ」

「え?」

 ミーアの疑問には答えず、デュランダルは手に持っていたシャンパングラスを大きく煽った。






】【戻る】【