機動戦士ザクレロSEED_第01話

Last-modified: 2012-04-18 (水) 01:06:22

「連合によるモビルスーツ開発計画ですか? 正気の沙汰ではないですね」
 手に持った古風な黒電話風の受話器を通じて、ムルタ・アズラエルは溜め息混じりに言った。
 アズラエル財閥の所有するビルの一室。完璧に環境を整えられた快適な執務室にいるのに、アズラエルの顔には不快の色が現れている。
「MSだなんて。あの宇宙の化け物どもの真似事をして、戦争に勝てると本気で思って居るんですか?」
 アズラエルが反発するのは、何もコーディネーターへの嫌悪からだけではない。
「今から開発‥‥まあ、機体が出来るのは早いかも知れません。しかし、動かす為のOSの開発の時間は? それに、訓練はどうするんです? MAのパイロットだって、1000時間を超える訓練をして、やっと一人前だというのに」
 MS自体は宇宙開発用の工作機械から発展した既存技術でもあり、完全に新技術というわけでもない。人型の機械人形を作るのは、難しいとは言えないかも知れない。
 一番、問題に思えるのが、OSと訓練時間だ。
 実際、MSと言う物は操作が煩雑であり、コーディネーターに対して基礎的な能力に劣るナチュラルでは、まともに動かす事すら困難な代物なのである。
 OSによるサポートに加え、パイロットの訓練も必要だろう。
 パイロットの訓練も、数週間で終わりと言うようなものではない。
 それを、戦時中に1から始めようという考えが、どれほど悠長なものか‥‥だいたい、全部上手く行ったとしても、MSの運用に関しては、ZAFTが年単位で先を行っている。後を走ったところで、追いつけるとはとても思えない。

 

 

『ハルバートンが、調子に乗ったのですよ』
 電話の向こうで、答える男の声。その男の声も、苦々しさを強く表している。
 アズラエルは、電話の向こうの男の、苦虫をかみつぶしたような顔を想像した。映像付きの通信ならそれも見られたのだろうが‥‥ZAFTがばらまいたNJのせいで通信機器はまともに使えず、有線の電話という古い物を引っぱり出して使うハメになっている。
 何事も、ZAFTのせいで、非常に忌々しい。
 男の声を聞きながら、戦争が始まって以来、続きっぱなしのイライラに浸っていたアズラエルは、電話の向こうの男‥‥連合軍の高官なのだが、彼がハルバートン准将への不満を並べ終わるのを見計らって答えをかえした。
「多分、彼はモビルスーツ偏執症になったんですよ。病気です。静養をお勧めするべきですね。正常な脳なら、今からモビルスーツ開発を始めるとは言い出さないでしょう」
『モルゲンレーテに唆されたとも聞きますが』
 アズラエルは、オーブの敵対企業の名を聞いて眉を寄せた。
 平和主義の中立国を騙るオーブ。その国の企業が兵器開発分野に首を突っ込んでる。果ては、モビルスーツ開発にまで手を広げようと言うのか。
「モルゲンレーテなら、連合にスクラップを卸しても良いのでしょうね。自分達の国は戦争の外側ですから。連合が負けても、痛くもない」
 しかし、アズラエルにしてみれば、連合に負けて貰っては困る。
 ブルーコスモスの頭首であるという事もあるが、何より商売が立ち行かなくなる。路頭に迷ってしまっては、コーディネーターの粛正どころではない。
「やはり、MSなどより、今までの実績のあるMAを使用すべきです。MSの研究はしておくべきですが、この戦争には間に合いません。やはり、MAです」
『しかし、MAでMSに対抗できますか? 戦場では、一方的にMAがやられています』
 電話の向こうで、男が問うた。
 連合製MAのメビウスが、ZAFTのMSに対して5対1の戦力比と言われている。
 ドッグファイトに対応できる機種でその成績であり、他の船外作業艇モドキのMAでは、戦力比を考えるのも馬鹿らしい。
「当たり前です。過去の兵器は、現在の戦場に対応していないのですから」
 MAが負けているのは、MAがレーダーや通信が使えていた時代の兵器なのに、レーダーや通信が使用できなくなった戦場で戦ったからゆえの結果だ。
「とはいえ、いっそ今のままメビウスを量産しつづけても、今度の戦争には勝てますよ? 人口と資源の差を考えてください。こっちが揃えられる兵士とMAの数は、ZAFTの10倍以上なんですから。でもそれでは、無駄に資源を浪費して、人の被害を増やすだけです」
 宇宙の化け物が減るのは大歓迎だが、人の被害が大きいのは困る。だから‥‥
「現在の戦場にあわせて、MAを作り直せばいいのですよ。攻撃力で負けているなら、より強大な火砲を持たせればいい。防御力に負けるなら、より重厚な装甲を。機動力で負けるなら、より高出力なバーニアを。MSを凌駕するMAを作ればいい。違いますか?」
 アズラエルは、言いながら机の上に置いてあるファイルを手に取り、そこに挟まれた資料に目をやった。
 アズラエル財閥兵器開発部門に属するMA開発研究所が上げてきた、新型MAの企画書である。
 そこには、アズラエルが上げた、攻撃力、防御力、機動力、全てにおいて現在のMAを凌駕する筈の物が描かれていた。
 新型MAの開発には、今までのノウハウが利用できる。だから、MSの新開発よりは、手堅い物が出来上がる筈だ。また、パイロットも、MAのパイロットが機種転換訓練をする事で対応可能。
 この新型MAは、MSなどよりも、兵器としての完成度は高くなるはずだ。

 

 

「新型MA開発プラン。やっと、本題に入れましたね。連合に対して、当社が提案する最新兵器というわけです。詳しい資料は、まずは貴方に1部‥‥そして、後ほど公式に連合へもお送りします。さしあたっての根回しを、お願いしたいのですが?」
『わかりました。大西洋連邦派閥は、ハルバートンを良く思っておりません。対抗出来るプランがあるならば、多くが飛びつくと思われます。他の派閥からも、賛同者を探してみます』
「ありがとうございます。では、お礼はまた後ほど」
 電話の向こうの男が答えたのに満足し、アズラエルは受話器を置いた。
 そして、もう一度、手の中のファイルに目を落とす。
 新型MA‥‥その姿は、MSに無い力強さに満ちている。
 これが、宇宙の化け物共が作った人形を次々に討ち滅ぼす‥‥その想像は、アズラエルの顔に満足げな笑みを浮かべさせていた。

 
 

 ――その後。
 ハルバートン主導のMS開発計画に、対抗するように立てられた新型MA開発計画は、MS開発計画とは別枠で開発が進められる事となった。
 そして、完成した新型MAの先行量産機の一機が、ヘリオポリスへと運び込まれる。
 そこで開発された5機のMSとの評価試験に望むために。

 

 

「‥‥大きいわね」
 マリュー・ラミアス技術大尉はドック内を見渡す指揮所の窓の傍らに立ち、停泊中の輸送船から降ろされている、コンテナの予想外の大きさに、そんな言葉を漏らした。
 このヘリオポリスで開発されたMSより、かなり大きい。新型MAとは聞いていたが、通常のMA等とは比べものにならない大きさがあるようだった。
 マリューは、輸送船の到着に伴い、荷下ろしに先んじて送られてきた分厚い資料をめくる。
 そして、その顔を疑問と不快さに歪ませた。
「こんな物を‥‥連合軍は、本当に使おうというの?」
「当然です。新型機にかかれば、MSなど玩具みたいなものですよ」
 突然、かけられる不満げな声。マリューが顔を上げると、いつ指揮所に入ってきていたのか一人の連合兵がいた。どうやら、彼も技術士官らしい。輸送船に乗ってきたのだろう。
「搬入作業終わりました。受領証を確認していただけますか?」
 言いながら、書類を差し出してくる。
 マリューは、自分の不用意な発言が彼を怒らせた事に気付き、書類を受け取ってから詫びの言葉を探す。
「ごめんなさい。悪く言う気はなかったの。でも‥‥」
「謝罪は不用です。ですが、開発に関わった者全てが、これで戦局を覆せると確信しています。ご理解、いただけますでしょうか」
「‥‥ええ」
 口ではそう言いながらもマリューは、このMAは、好きになれそうにもないと思っていた。
 しかし、好悪の感情で、戦力をはかれるものではない。
 マリューは、手近のコンソールに触れ、港湾内各部署の作業進展状況を確認の後、受領証にサインをした。

 

 

「TS-MA-04X‥‥受領。確認しました。任務、ご苦労様です」
「はい‥‥では、テストの方をよろしくお願いします。もっとも、新型MAが負ける事は、絶対にないですが」
 根に持ったのか、受領証を受け取りながら技術士官は声だけは平静にそう言って、マリューに礼をして指揮所を出ていく。
 マリューは、彼の背が締まる自動ドアの向こうに消えるのを確認してから、溜め息をついて再び資料を見た。
「負けない‥‥か。そうよね。MSの方はまだ、動かす段階にもなってないんだから」
 開発中のMSは、OSの開発で止まっている。現状では、ナチュラルが動かすことはもちろん、コーディネーターだって満足に動かせそうにもないのだ。
 その点、資料を信じるなら、手堅い技術で固められた新型MAは、ナチュラルによる動作テストを既に終了している。まあ、軍の公式の資料を疑う理由もないのだが。
 OS開発の技術者達に、またデスマーチの日々が訪れるのが目に見える。マリューも、それとは無関係でいられない事を考えると、溜め息ばかりが出てくるわけで。
「また、お肌が荒れるわね」
 つまらない事を言って気を紛れさせながら、資料のページを繰る。
 とにかく、この資料を一通り頭に入れようと‥‥マリューはその場で資料を読みふけり始めた。

 

 

 ――そして、翌日。事件は起こった――

 
 

 爆音と砲声。合間を埋める銃撃音の中、マリューは格納庫を目指して、基地内の廊下を走っていた。
 突然、襲い来たZAFT。
 3機のMSが既に奪取され、残る2機のある格納庫も襲われている。
 一刻も早く格納庫へと向かい、MSの奪取を阻止しなければならない。あそこにあったMSは、ZAFTに対抗するために必要な物なのだから。
 MAの資料に熱中してなければ‥‥
 マリューは、走り続けながら悔やんだ。
 MAの資料‥‥技術士官として、魅力的なそれに熱中していたため、今日は格納庫へは行かなかった。普段なら、格納庫のMSの側にずっといただろうに。そうしていたら、MSに乗り込んででも、ZAFTを阻止できたかもしれない。
 しかし、現実は、遠く格納庫を見ながら走っているわけで‥‥
 と、その時、轟音が響いて格納庫が炎と黒煙を上げた。
 中から、巨大な人影が2体、立ち上がる。連合製MS2機‥‥
「しまった。遅かった!?」
 マリューは声を上げて足を止める。状況はあきらか‥‥間に合わなかった。
 MSは全て奪われた。なら‥‥どうする? 奪還する? どうやって?
 いや、その前に、ZAFTの攻撃の前に基地が‥‥いや、このヘリオポリス自体が危ない状態にある。
 ZAFTを撃退しなければ‥‥
 そこまで考えて、マリューはその存在を思い出した。
 資料には、操作マニュアルが付属していた。それに、MAの操縦も動かすくらいならした事がある。
「そうよ‥‥見てなさい。まだ、武器は有るんだから!」
 そう思い至った瞬間、マリューは走り出していた。
 今度は、昨日、コンテナを運び込んだ格納庫へと――

 

 

 ――格納庫。いま、そこには誰も居ない。
 戦場より少し離れたせいか、砲声もやや遠く、むしろ静寂が勝っている。
 走り込んだマリューはようやく足を止め、両の膝に手をついて荒い息を沈めようとした。
 そして‥‥彼女は見上げる。そこに居座る、連合製新型MAの姿を。

 

 そこに、巨大な顔があった。
 昆虫の複眼のような目。その目は前方に鋭く伸びた涙滴状の形で、前をぐっと睨み付けているように見える。
 その下には、大きく開いた口。5本の牙があり、今にも噛み付いてきそうだ。
 その巨大な顔の横には、先端が鉈になった腕が二本。
 足はなく、巨大な円筒状のバーニアが、後方に向けて伸びている。
 既存のMAとは全くかけ離れた‥‥そして、MSとも違う。兵器としては、あまりにも異質な姿だ。
「‥‥思ったよりも、良い面構えじゃない。やっぱり、見合い写真よりも、実物を見なきゃってところね」
 資料添付の写真で見たときには、その姿に呆れたが、実物を見ると、その巨大さもあって、身体が震えるほどの威圧感を感じる。
 伝説の中の魔獣と向き合えば、こんな気分になるのだろうか? そんな事を考えながらマリューは、新型MAのコックピットに向かった。
 ワイヤーリフトを使って、機体のコックピットまで上がり、中に入って座席に身を沈める。
 OSを起動。既存のMA用OSをバージョンアップさせたのであろうそれは、MSのOSとは違い、頭文字が「GUNDAM」と読める文字列を表示しない。
 ややあって、このMAの機体名が表示され、そしてMAは完全稼働を開始した。
「頼むわよ。貴方しか、いないの」
 マリューは呟きながらコックピットハッチを閉じ、操縦桿を手にする。
 そして、目の前のモニターに映る、凶悪な鋼の魔獣の名を目でなぞった。

 

 TS-MA-04X ZAKRELLO
 重火力、重装甲、高機動を併せ持つ、MSを凌駕する新型MA。

 

 ――連合製新型MAザクレロが、その姿を現した瞬間であった。

 
 
 

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