「いやーホント、スワンスワン」
その光景をどう表現すべきか、シンにはいまひとつ適当な言葉が見当たらなかった。
無理やりにでも言うのなら「ばかでかい上にけったいな格好をしてけったいな化粧をしたオカマが正座して礼を言っている」と言う、ほぼそのままの表現以外浮かばなかった。
ドラム王国を出てすぐ、ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人がやらかしたつまみ食いにより船の食料が尽き――たった三人で十分な量の食料を食い尽くすのをつまみ食いと呼ぶのが相応しいかは措くとして――三人は罰として釣りを命じられていたのだが、その針に、あろう事かこのオカマが引っかかったのである。
釣りと言っても餌とて満足になく、ルフィとウソップはカルーを糸の先にぶら下げていたのだが、そんな漁師が聞けば激怒しそうな適当極まる漁法で、しかもかかったのがオカマと来ては、シンならずとも脱力してしまう。
実際、そのオカマを前にはしゃいでいるのは、彼(彼女?)を釣り上げたルフィとウソップ、そしてチョッパーの三人だけだった。
「おーいシン! お前も来いよー! おもしれーぞー!!」
ほぼ航海中の定位置となっているマスト上の見張り台呆れたように見下ろすシンに、ルフィがそう声を掛けるが、シンは顔の前で手を振った。
「いや、遠慮しとくわ」
視線をずらせば、ビビもやはりこの大オカマが苦手であるらしく、微妙な表情で距離を置いていた。
「しかし、お前カナズチなんだなあ」
「そーうなのよう。あちしは悪魔の実を食べたのよう」
「へー、どんな実なんだ?」
「そうねい……あちしの船が迎えに来るまで慌ててもなんだし、余興代わりに見せたげるわ……おりゃあ!!」
首をかしげて問うルフィに、突如オカマは右手で張り手を食らわせた。咄嗟に、甲板には緊張した空気が走り、シンも見張り台の縁からいつでもオカマに飛びかかれる体勢を作った。が。
「待ーって待ーって待ーってよーう! 余興だって言ったじゃないの――じょーうだんじゃないわよーう?!!」
「はっ……俺だ!? そっくり?」
「びびった? びびった? がーっはっはっは!!」
そこには、あのオカマと同じ服をまとった、ルフィそっくりの人物がいた。
口ぶりこそは、オカマのものだが、その声は、ルフィのそれとまったく同じものだった。それどころか、顔も体つきまでもがルフィそのままだった。
「左手で触れればホラ元通り。これがあちしの食べた『マネマネの実』の能力よーう! まあホントは殴る必要なんて無いんだけどねい。こうして右手で触った相手の顔に」
一度元に戻ったオカマだったが、次いでナミ、ウソップ、ゾロの顔を撫ぜるように触る。
「この右手で顔にさえ触れば、この通り誰の真似でもできるって訳よう」
言いながら右頬を叩き、連続して顔を変えていく。更にはナミの姿となった上でシャツの胸元を開き「体もね」などとしてみせたが、その直後、ナミの鉄拳により甲板に沈んだ。
「さて……残念だけどあちしの能力はこれ以上見せる訳には」
「お前すげーっ!!」
「もっとやれーっ!!」
「さーらーにーっ!!」
ルフィ達の歓声に、オカマはノリノリで更に自らの能力を披露して見せた。
「なんとメモリー機能付きぃっ!! 過去に触れた顔は決して忘れない!!」
次々に顔を変えて行くオカマを、見張り台の縁に顎を乗せた態勢で見下ろしていたシンだったが、途中、ある顔に変わった所で、身を大きく乗り出した――乗り出さずには、いられなかった。
「あれは――?!」
「ん? どうしたシーン!」
「えっ! あ……いや……あ、ホラ! 船が来てるぞ! あれ、アンタの船じゃないのか?!」
咄嗟に話を逸らそうと、水平線に現れた船を指差して見せたが、しかし、シンの脳裏には、オカマが真似て見せた顔が、脳裏から離れる事がなかった。
「あら、もうお別れの時間? 残念ねい」
「「「えーーーーっ?!!」」」
「悲しむんじゃないわよう。旅に別れはつきもの! でもこれだけは忘れないで……友情ってヤツぁ……つき合った時間とは関係ナッスィング!!!」
涙すら浮かべて別れを告げるオカマを、ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人もやはり涙を浮かべつつ見送る。
それは、航海の中で起こった、小さな、しかし確かな友情の光景――では、終われなかった。
「さあ行くのよお前達っ!!」
「ハッ! Mr.2、ボンクレー様!!」
「!!!?」
そう言う、オカマの部下達の声によって。
「Mr.2?!」
「アイツが、Mr.2ボンクレー!!」
Mr.2こと、ボンクレー。バロックワークスの上位を占めるオフィサーエージェントでも、第三位に当る実力者だ。
それが、あのような能力の持ち主であると言う事は、ビビにとって、非常に大きな問題であった。
「さっき、あいつが見せたメモリーの中に、父の顔があったわ……あいつ一体、父の顔を使って何を……!」
自在に変身を可能とするあの能力があるならば、国王を騙って相当によからぬ事も可能だし、また一味の者達も先ほどルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、チョッパーが顔をコピーされている以上、この先明確に敵対すれば、撹乱される恐れが高い。
「まあ、今あいつに会えた事をラッキーと思うべきだ。対策が打てるだろ?」
「俺も、ゾロに賛成だな」
「軽業師君?」
見張り台から降りて来たシンがそう言うのに、振り向いたビビは、どうにも、シンに近づきがたい空気を感じていた。それが何故であるのかは解らなかったのだが。
「どんな撹乱、欺瞞情報でも、それが最初から『ある』と折込済みで考えれば、実際はそうは恐いものじゃない。ま、こういうのは基本化かし合いになるけど……こっちが充分対策を考えておけば、アイツの能力は俺たちにはあまり問題にはならないさ」
そうは言いつつも、シンは、先ほどオカマ――ボンクレーが見せたメモリーの一つについて、半ば意識を取られていた。
あれはどう見ても、ラクス・クラインの顔にしか見えなかった――と。
アラバスタ王国――レインベース。
クロコダイルが拠点とする、歓楽街だ。その中でも、最大のカジノ「レインディナーズ」のメインホールで、一人の女性がステージに立ち、バックバンドの演奏に合わせて歌声を披露していた。
穏やかで、繊細なその歌声は、ギャンブルに熱くなった人々の喧騒の中でも、透き通るように響き渡り、余裕の残っている人々の耳に、深く染み入っていた。
やがてステージも終わり、まばらな拍手を背に、歌い手とバンドの面々はステージから下がって行く。
彼女等を舞台袖で待っていたのは――ミスオールサンデー、その人だった。
「お疲れ様……素敵なステージだったわ」
「……有難う御座います」
「少しは馴れたかしら、ミスエイプリルフール?」
「その、呼び方は」
「仕方ないでしょう。ここではそう言う決まりなのよ」
「…………」
ミスエイプリルフール――何と皮肉な呼び名なのだろうか。ラクスで良い、ラクスが良いとかつて言い放った、言い放ってしまった自分には、似合いなのかも知れないけれど。
キャンベル・ミーアは、今なお、深い闇の底にいた。
To be continued...