第2話「トリック・スター」

Last-modified: 2016-04-30 (土) 23:50:37

「うぷ・・・」「うわわわー!ここで吐くな、トイレ行けーっ!」

 

 小春日和の日曜日、街のゲーセンにて、いよいよ宇宙のガンプラバトルデビューの日が来た。
この1週間、兄のアドバイスを受けながら、こつこつ丁寧に作ったボール。
登録料を支払い、機械にセットするGPベースを購入、整理券を貰い外のベンチに腰掛ける。
「すごい人だね、兄ちゃん」
「ま、オープントーナメントも近いからな。みんな最終調整に余念がないさ」
ふーん、と返す宇宙。今日ガンプラバトルデビューの宇宙には遠い世界の話にしか聞こえない。
なにせこの予選を勝ち進むと、最終は世界大会まで進出できるというのだから、本当の意味での
ディープなファイターじゃないと無縁な世界でもある。
「兄ちゃんは出るんでしょ?」
「まぁな、1年間待ちに待った大会だしな、今年こそ世界大会に進出してやるぜ!」
 兄、大地の目標が世界大会なのは常々聞いている。なんでも昔、初めて作ったガンプラで
世界大会出場者と対戦して勝ったそうで、それでこの道にハマってしまったそうだ。
・・・まぁ本業の農家をしっかりやってるせいで親も何も言わないが。

 

ー整理券142番をお持ちの方ー

 

「おっと出番だ、いくぞ宇宙」
「うん」
 ようやく順番が回ってきた、ガンプラの入った箱を大事そうに抱えて機械へ向かう。
初プレイなので一通りの説明を受け、指示道りにガンプラとGPベースをセット、
(1Pプレイ:EASY)を選び、操作レバーに手をかける。

 
 

「里岡宇宙、ボール、テイクオフします!」
 カタパルトから打ち出され、擬似宇宙空間に投げ出されるボール。
そこは宇宙が思ったよりずっとリアルで、緊張感のある世界だった。
「うわぁ・・・すごいねこれ」
 宇宙を漂いながらしみじみと感想を洩らす。

 

「前!前!!敵ーーーっ!!!」
「え、え?えーっ!?」
 いきなり眼前に旧ザクが現れた、正確にはわかりやすく接近してきたのだが、
宇宙遊泳に浸っていた宇宙にはいきなり現れたも同然だった。
足を上げ、ボールにキックをかます旧ザク。
「うわああああーーーっ!」
ケンカキックを喰らったボールは、そのまま回転しながらフィールドの端まで飛んでいく、
結果、立て直すことすら出来ないままそのままリングアウト。

 

彼の初バトルはこうしてあっさりと終了した、部屋の片隅に飛ばされたボールを拾ってやる大地。
「残念だったな、ほれ」
しかし宇宙はボールを受け取る余裕も無い、顔を真っ青にして口に手を当てている。
「うぷ・・・」
「うわわわー!ここで吐くな、トイレ行けーっ!」

 

 やれやれ、という表情でトイレの前に立つ大地、心底残念そうに。

 
 

「まじうぜぇよなぁ、こんな時期に初心者がチョロチョロすんなっての」
「ホントホント、しかも一人プレイでイージーモードだろ、邪魔だよな正直」
高校生くらいだろうか、3人の集団が吐き捨てるように呟く。

 

「そんなコト言うもんじゃねぇよ兄ちゃん達」
3人に食って掛かる大地、いつもなら無視してただろうが、今はいささか機嫌が悪い。
「お前らにだって初心者の時期はあっただろうが、その時楽しい思いをしたから
今、ガンプラバトルに夢中なんだろう?だったらこれからの奴にこの世界を
嫌いになるようなことは言うもんじゃねぇよ」
 年上の男に論破されてバツの悪そうな3人、そのうち一人がはっとして大地に返す。
「あんた、里岡大地さんだよなぁ、確か」
隣の一人が続く。
「あーこいつがか、接待プレイで有名な・・・ご立派なことで」
とたんにヘラヘラした表情になる3人。
「俺たちはなぁ、真剣にやってるんだよ、ガンプラバトルを。相手によって手ぇ抜いたり
ワザと負けたりするアンタみたいなのと違ってな」
3人目の主張に他の2人がうんうんと頷く。
「じゃ、俺たちの番だから、またな、接待プレイの里岡さん」
そう言って機械に向かう3人組、やれやれという表情で見送る大地。

 

「さて、宇宙は・・・おわっ!」
いつのまにかすぐ後ろに宇宙が立っていた、オーバーリアクションで驚く大地。
「いこう、兄ちゃん」
暗い表情が嘔吐のせいなのか、他に原因があるのか、暗い表情で宇宙が呟く。

 
 

 帰りの軽トラの中、二人は暗かった。大地にしてみれば、ようやく弟がガンプラバトルに
興味を持ってくれたと思ったらこの結果、今後弟がバトルを続けてくれるとは思えなかった。
あの3人との会話もどこまで聞いていたやら・・・

 

「ねぇ兄ちゃん、ボールにジャイロって組み込めるかな?」
家が近づいた時、宇宙がそう聞いてきた。
「じゃいろ、なんだそりゃ?」
「昔のロケットとかに使われた、水平を保つための機械だよ。2つの輪っかを重ねて
その中にコックピットを収めるんだよ。縦回転、横回転の両方に対応できるんだ。」
「お前・・・ひょっとして、まだやる気ある?バトル・・・」
「もちろん、ガンガン改造して、あいつらコテンパンにやっつけちゃおうよ!」
とたんに緩む大地の顔。
「はっはっは、オッケーオッケー。やる気ならとことん付き合うぜ!」

 

 夜、ネットでジャイロを検索する兄弟、ほどなく画像が見つかった。
「あ、これこれ」
「何だ、ソウルドライブじゃねーか」
「そうるどらいぶ、何それ?」
 机の引出しからDVDを1枚取って、同じパソコンにセットする大地。
「ほれ、これだよ。応援を受けて高速回転し、パワーを上げるっていう装置だ」
 確かに構造は同じだが目的は全然違う。宇宙がジャイロを組む目的は、
どんなにボールがぐるぐる回っても、コックピットの自分は水平を保ちつづけるためなんだが・・・
「で、真ん中の玉はどーすんだ?そこがコックピットになるんだろ」
「ほら、このボールってもひとつ、ちっこいのが付いてるじゃない、これを加工して内蔵すれば・・・」
 ボールの中にボールか、面白いな、と頷く大地。

 
 

 翌日から早速改造に取り掛かった。ジャイロの輪はテラス用の縦ドイを輪切りにして使用、
内蔵のボールは引っ掛かりを無くすためバーニヤを削り、外側のボールは二つ切りしてチョウバンで
開閉可能に。兄の提案で、内部のカラーリングはソウルドライブ風に塗装された。

 

 木曜日の夜、空いてる時間を狙って街まで繰り出す兄弟、いよいよ実装実験である。
今回は対戦プレイで、大地は愛機のヅダで出撃、宇宙のボールの腕をつかんで、
えいやっ!とコマのようにボールを回す。
「どうだ、宇宙?」
「うん、大丈夫、外側はすごい勢いで回ってるけど、コックピットはそっちを見たまま・・・って、あれ?」
コックピット内の計器がいきなり上昇している。
「なんか出力がどんどん上がってるみたい・・・何で?」
「スゲェな、ホントにソウルドライブの効果が出てるんじゃねぇか!?」
「うん。で、どう使えばいいの?この溜まったエネルギー」
ボールの武器は砲塔一門、しかも実弾型である、溜めたエネルギーは加速にしか使えない。
「せっかくだ、帰って何か考えようか」

 

 翌日夜、再び考察に入る兄弟、
「左右にジェットを付けたいな、タテに回転するようにしてさ、そして左右逆向きに噴射したら
ボールをくるくる回せて、エネルギーを自分で溜められるんじゃ・・・」
「ならGファイターみたいにバーニヤ付きの盾にするといいな、それで外からの攻撃を防ぐ効果もあるぞ」
「だったら兄さんのヅダみたいに先っちょに武器付ければ?それで回転すれば丸ノコやドリルみたいな
攻撃もできるし」
 宇宙がアイデアを出し、大地が製作のノウハウを考え、二人で形にしていく。兄弟の共同作業は2週間に及んだ。

 
 

 雨の日曜日、オープントーナメント申請の締切日、ついに新型ボールのデビューの日が来た。
例によって整理券を貰い待機、今回は(対戦)に挑戦だ。

 

ー89番、90番の方ー

 

 機械に向かう、対戦相手と目が合う・・・って、あれ?
「里岡さんじゃねーか、弟さんまだボールなんか使ってんのか?」
間違いない、こないだの3人組の一人だ、使用機体はお約束の太陽炉を搭載したウイングガンダム改。
「やれやれ、これじゃトーナメントの慣らしにもならねーかな、まぁせいぜい粘ってよ弟クン」
「そっちこそ、せっかくの大会用の機体を壊さないように、な」
大地が挑発を返す、宇宙は目を閉じてイメージトレーニング、どこか笑ってるようにも見える。

 

-BATTLE START-
「里岡宇宙、ボール、テイクオフします!」
 発進するボール、と同時に右の盾を後ろに向け、左右の盾の向きをさかさまにした状態でフルスロットル
その場でコマのように激しく回転を始める。
「ぎゃははははは、何やってんのアンタ」
大笑いする対戦相手、その間にもボールがどんどんエネルギーを蓄えてることも知らずに・・・

 

「いつまで回ってんだよぉー!」
 バスターライフルを発射するウイングガンダム、その場で回ってるボールに直撃する。
しかし回転によってダメージは分散され、なおかつ反動でライフルの軌道から弾かれるように脱出、無傷だ。
「なるほど、やるじゃねぇか、これなら練習にはなるか。」
ウイングガンダムが輝き始める、同時にビームサーベルを抜刀、加速体制に入る。
「トランザム!」
光の矢となったウイングが高速で接近する、回転を止めたボールは既にエネルギー満タンだ。
「GO!」
 バーニヤを全開にするボール、と同時に宇宙はコントローラーを滅茶苦茶に動かし左右のバーニヤを
ランダムに操作する。
結果、ボールは高速かつ無秩序、まるで早回しのヨッパライのような無軌道な動きで飛び回る、
ウイングのトランザムの方が速度は早いが、とにかく動きを止めないボールに追いつくことが出来ない。

 
 

「ま、いくら瞬間移動ができるエスパーでも、部屋を飛んでるハエを正確には叩けないわな」
「兄ちゃん、もっとマシな例えはないのーっ!?」
兄弟のノリツッコミに耳を貸さずに追いつづけるウイングガンダム、そんな攻防が2~3分続いた頃
ついにウイングの動きが止まる。
「う、うえぇ・・・気分悪い」
機械が高性能でも、中のパイロットが耐えられないっていうのはよくある話だ、内部にジャイロを搭載してる
宇宙のボールでもなければ・・・

 

「決まったな」
兄がそう呟いた1秒後、キリモミ回転で突進するボールがウイングガンダムを真っ二つに引き裂いた。

 

 オープントーナメント参加申請用紙と向き合う宇宙。
「ねぇ、マジで参加するの、僕?」
「いいじゃねぇか、ここまでやれたんだから、さっきの奴も『大会でリベンジしてやる』つってたし」
「まぁいいけど。ただ、機体名どうしようかな」
「そうだなぁ、あのトリッキーな動きをうまく名前に取り入れたいな」
考え込む2人。ふと大地が机の脇にあるスポーツ新聞に目をやる。
「これがいいんじゃないか?」

 

勝手に機体名を書き込む大地、その名前は・・・

 
 

ガンダムビルドファイターズ side B
第2話 「トリック・スター」

 
 

 スイスの保養地のとある高級ホテル、そのスイートルームにて。
バスローブに身を纏った女性がベッドでシャワールームの男を待っている。
と、突然壁掛けのテレビ電話が鳴り出した。発進先は”ニールセン・ラボ”
7回発信音を鳴らした後、通話ボタンを押す女性。

 

「プライベート中は連絡を寄越さないように伝えておいたハズですわよ」
『は、申し訳ございません。ですが・・・』
高圧的な女性に対し、モニターの向こうの男は縮こまっている。
「どうしたんだい、キャロライン?」
シャワーを浴びていた男が体を拭きながら隣に並ぶ。
『ニルス様、キャロライン様、つい先ほどガンプラシステムでエマージェンシーを受信しました』
「エマージェンシー?タイプは何だい?」
研究者の顔になるニルス、やれやれという表情をするキャロライン。
『タイプは・・・ZTです』
「!!」
顔が引きつる2人、キャロラインが持っているワイングラスを落とす。

 

『発信源は日本、徳島県○○市○○町のゲームセンター、プレイヤーは・・・』

 

 -サトオカ ソラ-

 
 

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