パシャッという音をたてて、紅い魔導書の頁を写し取っていく。
シンの見る限り特徴のある頁に狙いを絞って、約50枚程度を写し終えた。
CEのデジタルカメラならば全頁を写す事も可能であり、複写や加工も楽にできる。
わざわざ旧世紀にあったような年代物を使う理由は、議長曰く、
「電子上に残しておきたくないのだよ。もしもデジタルカメラから電子情報として世界の情報網に流出しようものなら、想像の及ばぬ事態を引き起こすかもしれない。
普段手に入るような魔導書なら、通常のカメラで撮影しながら閲覧することもあるのだが、ここまで力を感じる魔導書は初めてだからね。慎重に事を進めたいのだよ」
議長がここまで恐れているのだから、仕方ないかとも思うシンだった。
書の内容を吟味するのは骨の折れる作業のはずだった。なにせ頁全体を写せば図柄は小さく写ってしまう。しかし相手もさる者、準備万端らしく、特注の虫眼鏡を自分とレイの為に用意してあった。
「ふうむ、これはまたおかしな書だ。大抵魔導書は古い年代に書かれる。
実際に書の前半はアラビア語だと推測できる。
しかし───」
「遺伝子の、二重螺旋の挿絵がある魔導書など聞いたこともない」
レイが議長の言葉を繋いだ。
遺伝子に詳しいオカルト作家は……
ここにいる議長などが当てはまるかもしれないが、普通はいない。
「もしかしたら、別の人間が継ぎ足して書いたんじゃないでしょうか?」
シンも推測を述べる。
「いや、そんなちぐはぐな物が、魔導書として完成するとは考えづらい。
魔導書を綴る行為とは、自分の全てを込めるに等しい、神懸り的な所業だ。
二人以上の想念を以って綴られる書が、ここまでの力を持つ程に昇華する可能性は極めて薄い」
「ギル、ここに英語らしき一文がある」
「それ最後の頁だ。数行しか書いてなかったし、読めそうだったから写しといたんだ」
シンは本の最後の頁を開き、議長とレイはその頁を写した写真を注視する。
「「「お前の生きる世界の総てが、」」」
「「清らかなエーテルで満たされているように」」
「這■■る■沌で満たされているように」
全員が思わず読み上げた後、顔を見合わせる。
シンはバツが悪くなって、目を擦ってからもう一度読んでみた。
「お前の生きる世界の総てが、清らかなエーテルで満たされているように。
だな、ごめん、読み違えたみたいだ」
「無理もない、最後の言葉は魔導書らしからぬモノだった。
直接魔導書を読んでいる君が、なんらかの悪い影響を受けたのかもしれない。
一度休憩しよう、紅茶でいいかな」
濃密な一時が去り、一種討論会のような雰囲気のお茶会になった。
「しかし、学者である私にACGTを用いた遺伝コードを見せるとは、これは私に対する挑戦だな」
「ギル、お願いだからシンの魔導書を奪うのだけはやめてください」
「いや、別に貸すくらいは……」
「甘すぎるぞシン、ギルが一度手にした書を手放すものか!」
「貴方が来るのが遅すぎたのよ」
「レイ、私はそんなに信用がおけないかな」
「はい!」
レイは断言した。議長は沈黙した。インコも沈黙した。シンは納得した。
ごほんと咳払いをして、議長が話を再開する。
「解読するといっても、解析用の量子コンピュータに数値を入力するなど、危険すぎる。
残念ながら遺伝子図やコードから情報を得るのは難しいだろう。
アラビア語は年代特定の手がかりになるだろうが、いかんせんイスラームと共に広まった言語だからね。プラントと仲が悪く、情報が入りづらいのだよ。
もしもプラントのデータベースやネットワークが無駄であれば、汎ムスリム会議から資料を送ってもらわねばなるまい。
ナチュラルで構成された国家を介在させる必要があるな」
「議長……そこまでして頂けるなんて」
「少し大事になりすぎると思いますが、賛成です。
ざっと目を通しただけでも落丁がひどい。
こんな不完全な状態で、魔導書の機能を維持している方が不思議です。
余程名のある書だとは推測できるのですが」
「ふむ、実はいくつか心当たりがある。
代表的な物では、ギリシャ語に翻訳されたネクロノミコン。
本来の言葉で言うならば、アル・アジフと───」
その”名”が聞こえた瞬間、ドクン、と心音が家中に鳴り響いた。
間違いなくシンの紅い書が反応したのだと、疑う者は居なかった。
「レイ、シン・アスカ君を私の”書庫”に招く。異論はないね」
続く
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