艦内点景◆炎のX好き氏 16

Last-modified: 2016-03-05 (土) 11:55:42

艦内点景16
 
 
(漁業編)

全身に10本の白い触手が巻きつき、はいずり、のたうち、締め付ける。
「あ…うぅん」
苦悶の声をあげるステラ。
「ステラー!」シンがピンチに陥った少女の名を叫ぶ。
 ****
始まりは、相も変わらず好転しない、オペレーションオケハザマ後のオーブの経済事情と、食料事情だ。
当面の食料確保に、武装解除したオーブ兵や難民の有志で、イモ畑を作り始めていた。
しかし、オーブの土地は農地に向いておらず、期待できる生産高は、甚だ心許ない。
そこで、漁業による食料確保も試みる事になった。
無論、オーブに漁船等無く、宇宙艦ヤタガラスとMSで代用、という凄まじい素人考えだ。
人材も不足しているので、ブリッジクルーはイアン・リーとシンゴ・モリのみ、他の乗組員も最小限。
MSも、シンのテンメイ=アカツキとステラのS1換装ガイアの2機だけである。
色々試した結果、魚群らしき物に近づけば、ヤタガラスの巨体に気付かれ、アッと言う間に逃げられる。
上空から網を引こうとすれば、アカツキを網にひっ絡ませたシンが、海に落っこちる。
散々である。
今は水中装備のガイアが、1機で網を引き。
ヤタガラスは海上で浮上待機である。
そのデッキ上でアカツキが、デカいMS用の釣り竿を下げている。
普段は誇らしげな黄金の機体は、乾いた海水の塩で、少し色褪せ、背中には哀愁が滲んでいる。
わざわざMSで釣ることもないのだが、半分は自棄、半分意地、のシンであった。
一方のステラも海中で闇雲に網を引いても、そうそう魚は獲れはしない。
いつの間にか、太陽光の届かぬ水深まで来ていた。
ステラの目に『それ』は突然、水中の闇から湧いて出た様に見えた。
計10本の触手がガイアをがんじがらめにする。ガイアはもがくが、ビクともしない。
ビーム兵器は水中のため撤去している。だが、ステラは格闘術も達人級だ。
ガイアのマニピュレータで関節技を決める。
しかし、その触手には1個たりとも関節は無い。
「うっうぇい!?」ステラは戦慄する。
ならば、首の骨を折って瞬殺してやる。
しかし『そいつ』には首が無かった。
それどころかステラに、そいつの身体構造がまるで判らない。
全体は三角錐。広がった方から10本の触手が生える。
「あ…頭はどこ?」
生きているイカを初めて見たステラに、まさか頭から足が直接生えているとは、思いもよらない。
イカの方も襲ってはみたものの、普段と勝手の違う相手に戦い続ける利益無し、と判断。
足をほどき逃走にかかる。
「ウェイ!」
反射的に追撃するステラに、イカがスミを吹き掛ける。
パスタソースにすると美味しいイカスミだが、光学モニタを完全な闇に包む。
ステラの指がサイドコンソール上を素早くはしり、画像補正を試みるが回復しない。
ステラは画像を赤外線モニタに切り替えるが、変温動物のイカは元々海水と体温差が小さい上に、ガイアの駆動系から漏れた排熱で、周囲の海水の温度差が激しく、判別不能だ。
一瞬たじろいだステラの脳裏に、怪しい黒覆面男のヴィジョンが閃く!
『考えるな!感じるんだ!』
「うぇい!」
次いで艦内食堂での、死力を尽くしたプリン争奪戦。
そして、お腹が空くと人は悲しくなる。
お腹を減らしたシンの悲しい顔のイメージが浮かぶ。
「うえぇぇーいっ!」
ステラの闘争本能、食欲本能と母性本能が一斉に雄叫びを挙げた。
 ****
自分の目で見ても、信じられない物ってあるんだな、とシンは思う。
例えば、目の前のヤタガラス上部デッキでグンニャリしている、全長20メートルを越す、ダイオウイカとか…。
感情を映す事の無いはずの、瞼の無い瞳に、何かの達観が見えるのは、シンの気のせいだろうか?
自分が釣り糸を垂らし、呆けている間に、ステラはこの大物と、たまたま網にかかった、名も知らぬ雑多な魚を十数匹、水揚げしていた。
ヤタガラス艦尾に大漁旗が翻る。
『なぁ、人生って何だろうな?』
ダイオウイカに、そして白っぽくツヤを無くした愛機に、心中で問い掛ける。
答えが返るはずも無かった。
 ****
後に、ダイオウイカが食用に適さないと知ったステラは、泣いて悔しがった。

(おわり)
 

(イカ解体編)

「ようし!ヤロウ共!」
ウイッツが目の前にズラリと並んだ、数十人の男達に声を張り上げる。
男達は隙無く敬礼しながら、返事をする。
「「「「ヘイッ!兄貴!」」」」
その光景の不条理さにイアン・リーが、軽い頭痛を覚える。
『"イエッサー"じゃなく"兄貴"!?…』
男達はヤタガラスが水揚げしたダイオウイカを解体するために、ウイッツが集めた連中だ。
最初は自分のMSで一気に解体しようとしたらしいが、エアマスターは所在不明。
それで、ウイッツは自分が軍事教練を担当している新兵、イモ畑のオーブ兵達の人海戦術で解体する気だ。
「おし!バラすぞ」
「「「「おーっ!」」」」
男達が手にした刃物を突き上げる。

まるでヤクザの出入り前だ。
『新兵はともかく、この短期間でオーブ兵達まで手なずけるとは…反乱でも起こされたら、やっかいですね』
イアンは最悪の状況を予想する。
「だーい丈夫よ。アイツは反乱なんか起こさないから」
いつの間にか、隣に立っていたトニヤ・マームが軽やかに笑う。
「あら、図星?」
「ええ…」
カンの良い娘だ。
「アイツ、一匹狼が好きなクセに、面倒見が良くて、頼まれると嫌と言えないから、慕われるのよね」
「信用があるのですね」
「信用!?そんなの全然無いわよ」トニヤは大笑い。
首を傾げるイアン。
「まぁ、見てりゃ分かるわヨン」
イアンは解体が始まったイカに目を戻す。

「アァッ!そこ!そうじゃねぇだろ」
不器用に刃物を扱ってた男を見たウイッツが、苛立った声を挙げる。
ついで、男から刃物を取り上げて、自らイカを捌き始める。
手本のはずが、そのまま作業に熱中する。
おかげで男達の大半は、要領が分からず、手持ち無沙汰だ。
これでは数を揃えた意味が無い。
それでも、要領を得た古参の兵達が指示を出し始め、集団作業らしくなっていく。
ウイッツは不器用な奴に代わり、ひたすら1人でイカを捌く。
「なる程。指揮能力が"まるっきり"ありませんな」
「そーよー、バ〜カだから」と、ウイッツに聞こえないを幸い、2人は容赦無い会話を交わす。

「で、解体後どうするのですか?」
イアンの問いにトニアが答える。
「それは民生食品会社に卸す契約済み。さすが技術立国、オーブよね。原料の蛋白質さえ有れば、アミノ酸に分解して、食用蛋白に合成できるって」
ついでトニヤが説明した契約条件に、イアンは感心する。
「ほぉっ…ずいぶんと好条件ですな」
「ウチの交渉担当は優秀なのよ」
代金は相場の一割増し。
しかも一部をイモ畑用の肥料に加工し、無償供与。
難民の食料援助も盛り込まれている。
『どこの"誰か"知らないが、凄いな』
イアンはその"誰か"が先程の遠洋漁業で、ヤタガラスの操艦をしていた人物とは夢にも思わない。
上空から肉眼で魚群影を発見。
艦を水平状態に保持したまま急降下、魚群の海面直上数メートルにピタリ停止。
低速での安定性が悪いヤタガラスで、魚を追跡する等、超絶操艦技巧を披露。
今また、卓越した交渉術で、相変わらず地味に大活躍だ。
にも関わらず、誰の脳裏にも印象が残らない。
…シンゴ・モリ、どこまでも哀しい男だった。

そして、巨大なイカは無数の小片に解体された。
その時、凄まじい爆音に皆、頭上を仰ぐ。
猛加速で急上昇する機体。
『G-ファルコン』
ファイターパイロットの習性で、ウイッツは瞬時に機種を判別。
だが、今のそれは、妙にスピード感のあるフォルムをしている。
鋭く伸びるノーズ。その横に逆デルタのベーンが突き出る。
ウイッツは全てを理解した。
どおりで、所在不明なわけだ。
「俺のエアマスター!!ガロード!あの野郎ー!!」ウイッツの絶叫が爆音の中、轟く。

その直後、アスランは激怒に髪を逆立てたウイッツに、押しかけられていた。
『怒髪天を突く』と言う奴だ。
それを見たアスランは、俺なんか逆立ったら大変な事になるな…我と我が身を嘆き、思わず呟く。
「羨ましい…」
大失言のアスランは、理性を無くしたウイッツに、全力でぶん殴られた。
アスランは床に沈む瞬間、自分の髪が何本か、ハラハラと落ちるのを見た。
それは哀しみの涙を連想させた。

(おわり)
 

(人質編3)

ティファがメサイヤに連れて来られた直後。

ティファが軟禁されている部屋に、虎ことバルドフェルドが訪れた。
見張兵に、尋問という名目を告げ、余人を入れぬ様に指示する。
入室した虎に、魂の奥まで見通す様な、強い視線を向けるティファ。
表情に微塵も動揺は無い。さすが、捕われ慣れしている。
虎が先に口を開いた。
「やぁ。ティファ・アディール、初めまして。僕はアンドリュー・バルドフェルド。
『砂漠の虎』とも呼ばれるが、親しみを込めて『アンディ』と、呼んでくれると嬉しい」
ふ…と、ティファの視線が和らぐ。
「ところでキミ。人の心が読めるんだって?」
その言葉にティファが、身を固くする。
「いや…キミを利用したいとか、じゃないんだ。
何しろ、キミの伝聞は、特殊能力の事ばかりでねぇ。会話のキッカケのつもりだったんだが、気を悪くしたなら謝るよ」
ティファは微かに首を振る。
「どうして誰も、キミがこんな可愛いらしいお嬢さんだと、教えてくれないのかなぁ?
キミの傍には、よほどのヤキモチ屋さんがいるのかな?」
ティファ、無言。
他人との会話が苦手なティファは、何と答えるべきか、分からない。
その時、虎がニヤリと笑い、仕込み義手から、微かな金属音が鳴る。
そして、中から出て来たのは、折り畳み式、携帯コーヒードリッパーだ。
「コーヒーを飲んだ事は?」
ティファは微かに首を振る。
「光栄の極みだね。キミが初めて飲むコーヒーを、僕がいれられるなんて」
虎は喋りながら、慣れた手付きでコーヒーをいれる準備をする。
「いわく、良いコーヒーとは悪魔の様に黒く、地獄の様に熱く、天使の様に清く、恋の様に甘い、のだそうだ。
最後の『甘い』は普通、砂糖を入れる事と思われている。しかし、苦みが強調されがちなコーヒーにも、甘味が含まれているんだよ…」
虎はコーヒーのウンチクを流暢に語り、その間もコーヒーをいれる手は止まらない。
やがて、ティファの前にコーヒーが1杯、差し出される。
ティファは、香ばしい中に甘い香りを感じる。
虎に勧められ、ティファはそのコーヒーを一口、含む。
苦みは少なく、フワリした甘さが口いっぱいに広がる。
『美味しい…』と、ティファは思う。
「豆のブレンド、煎り方、いれ方を工夫して苦みや雑味を抑え、甘味を強調してみたんだ。
美味しいかい?」
ティファは微かに頷き、虎は満足する。
そして、ティファはコーヒーで、ある事を思い出す。
「無一文の男が、大富豪に『お前なんかに、金の無い悔しさが、分かってたまるか』と言ったら、大富豪は『そっちこそ、金の有る苦労が、分かってたまるか』と、答えたそうです」
ティファが突然、口を開いた。
それは、自分やガロードを庇って死んだ、カトック・アルザミールの言葉だ。
唐突なティファに、虎は困惑する。
「場を盛り上げる…座興…だそうです」
カトックはそう言って、コーヒーを飲み干したのだ。
「…盛り上がり…ませんか?」
ティファの問いに、虎は一瞬考え「僕には少し、高尚過ぎるジョークの様だね」と、作り笑いでごまかす。
「…」
「ま…まぁ、そのコーヒーを楽しんでくれたまえ」
虎はテキパキとコーヒーメーカーを片付け、ティファに爽やかな笑顔を残し、部屋を出て行った。
ティファは、もう一口、コーヒーを飲む。
「…美味しい」ティファは少し、幸せな気分になる。

———「さて、メサイヤで僕のコーヒーを楽しんで無いのは、後1人だけだ」
虎はその最後の1人に、ウキウキと声を掛ける。
「やぁ、ルナ。コーヒーでも、どうだい?」
ルナマリアは満面の笑顔で振り返るが、凶暴な眼光と、毒蛇のごとく鎌首をもたげたアホ毛で、それが作り笑いと知れる。
いきなり、ルナマリアの片足が大きく振り上がる。
そしてピンクのミニスカートがまくれ、中身が…。
虎が不覚に気付いた瞬間、ルナマリアの踵落としが、脳天にキレイに決まる。
「その煩悩が消えたら、考えたげるわ」
床に沈んで、痙攣している虎に、ルナマリアが冷たく言い放つ。
「それと今穿いてるの、見せパンだから。得したなんて思わないでね」
『俺とした事が、小娘のスカートの中身に、気を取られるとは…うかつ…』
虎は男の性を怨みながら、意識を失った。
合掌。

(おわり)
 
 
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