運命のカケラ_16話

Last-modified: 2008-10-12 (日) 21:11:01

 ただ呼びかけるしかできないシンの首にますます強く抱きつき、瞬きもせず目を見開いたままのなのはがずるりとへたり込む。ぶつぶつと呟き続けるその腕に抱えられた首から煙を吹きながら、シンは宙を睨みつけ、無言で吐き捨てた。

 

――何が俺がなんとかする、だ。このクソッタレのできそこないが。

 

 
 
 道路に転がったレイジングハートの外装となのはのバリアジャケットが光の粒子に分解し、待機状態へと戻っていく。乱舞する桜色の光は、やがて長袖のシャツとキュロットスカートという私服に戻ったなのはの首元で宝玉の形を取り戻した。
 心中で自分を罵りながらもセンサーの範囲を広げ、もう一度周囲を確認したシンは、未だ再生を続ける喉をぐるぐると鳴らして咳き込んだ。とにかく声を出して、なのはを安心させなければいけない。

 

「が、げふっ! ……なのは」
「――あ。ああ、シン君。治ったんだ」

 

 ああ、と答えてシンはもう一度咳き込み、喉に絡まった血を吐き捨てた。抱きついていた腕を解き、上半身を起こしたなのはの前に座ってついと頭を下げる。

 

「すまん」
「え? シン君、どうしたの?」
「いや、俺が――」

 

 そう言いながら顔を上げたシンは目を見開いた。目の前にある、なのはの本当に不思議そうな表情。後悔を色を濃く浮かべ、肩を落として憔悴していても。どこを見ているかわからないような不安定な瞳で、力なく路面にへたり込んでいても。
 なのははまるで自分の状態を自覚していないように、口元だけで微笑みながら首をかしげて見せた。

 

「大丈夫だよ。私、大丈夫」
「っ、大丈夫なわけあるか! お前、さっきの奴を」
「うん、大丈夫。シン君が守ってくれたし、ちゃんと倒せたもん。だから大丈夫」

 

 ね、大丈夫でしょ? ともう一度言って立ち上がったなのはを、シンは何も言えずにただ目で追いかけた。大丈夫、というなのはの言葉とそのふらつく足元、泣き出しそうな目が余りにちぐはぐでどう声をかけたらいいのかわからない。

 

「――ほら、帰ろ?」
「待て、なのは」

 

 膝とスカートを払い、数歩歩き出したなのははのろのろとシンを振り返った。半端に振り向いた頭が揺れながら止まり、前髪が道路の照明を遮って目元に濃い影が落ちる。

 

「何?」
「予想しきれなかったのは俺だ。状況を甘く見てた」
「でも。私が選んで、私がやった事は私の責任だもん」
「だからお前『だけ』の責任でもないだろうが! ……ぁ、と。悪い」

 

 びくりとなのはの肩が震えたのを見て、シンは小さく謝罪しながら頭を振った。感情が強く出るといつもこれだ。悟ったような態度を取るつもりもないがいつも怒ったような強い口調になってしまって、それで無駄に相手を威圧してしまう。
 シンの位置からは、うつむいたままで立ち尽くすなのはの表情は逆光になってわからない。何の動きも見せないなのはからラインを伝って漏れてくる感情が徐々にその流量を減らしてきたのはどう判断すべきなのか。伝えようとして伝わってくるものではない以上、はっきりと分析できるほどの情報は入ってこなかった。

 

「だから……」
「んーん。ありがと、シン君」

 

 軽く頭を振って微笑みなおして見せたなのはの目からは、さっきまで溢れ出しそうになる程にじんでいたはずの感情が一滴も残らず姿を消していた。
 無言でその笑顔を眺めた後、シンはくそ、と口の中で呟いて歩き出した。振り返って待っているなのはの横に並び、心持ち身体を下げる。

 

「乗れ」

 

 うん、と素直に頷いてなのはが跨ったのを確認して、シンは誰もいない深夜の高速道路を走り出した。『この身体』にも随分と慣れてきたお陰で、一般道の自動車並みの速度を出してもさほど揺れることはない。

 

「――シン君。ちょっと、ごめん」

 

 速度と共に強くなる風切り音の中で、小さな声が耳に届く。聞き返そうとしたシンは、背中に触れた軽い感触に目を見開いた。目だけを動かして背中を見やる。
 なのはが、跨ったまま身体を前に倒して額をシンの背中に押し付けてきていた。

 

「大丈夫だから。すぐ、大丈夫になるから」

 

 大丈夫と呟き続ける声と徐々に熱が広がる背中の感触に、シンは少しだけ速度を緩めた。まだ時間に余裕はある。なのはは一人部屋を持っているわけでもあるし、帰るのが少々遅くなったところでさして不都合はないだろう。

 

「ああ」
 

 

 無言でなのはが頷いたのを確認し、シンは低く飛び上がる。まばらながら定期的な照明に照らされていた高速道路を飛び出し、暗闇に沈む郊外の田園地帯へ。薄く血色の光が散り、滑らかに四肢を伸ばした身体は空中を滑りだした。

 

「落ち着いたら、言え」

 

 月明かりもなく、街灯もないせいだろう。眼下に広がる暗闇は、遠くに見える市街地の明かりがなければ夜空と溶け合ってしまいそうだ。
 暗視がなければそのまま空と取り違えて落ちてしまいそうな闇は、とうに人でなくなったはずのシンにもぼんやりとした不安を感じさせるほど深いものだった。

 

 
 
――ねえ。花屋なんてさ、いいと思わない?
――んぁ?
――ほら、プラントは大分落ち着いてきたし。そろそろいいんじゃないかなって。
――またその話か。
――……もういいじゃない。もう、そんなになってまでここにいる必要ないでしょ?
――そんな? 俺がどんな風になってるって言うんだ。
――だからっ!!
――って耳痛ぇ! いきなり怒鳴るな!
――ああもうっ。見てると、こう……アンタ、辛くないの?
――何が?
――アンタ、本当はわかってボケてるんじゃないの? そうなんでしょ?
――……
――ねえ、どうして? どうしてアンタはそこまでして――
――俺はさ。俺は、何百人も殺してきただろ? モビルスーツだけじゃない、銃でだってナイフでだって。『俺が』殺してきたんだ。今更もうやってられませんなんて言えるか? 自分がやってきたことの後始末もなしにさ。
――それは、だって。戦争だもの。しょうがないじゃない。
――前はそうだった、けど違うんだ。段々わかってきたんだよ、俺がどうしてプラントに、
ザフトに来て、戦ってきたのか。どうして戦おうと思ってるのか。俺は戦わなきゃいけない……違うな。戦うモノなんだ。
――何それ。わかんないわよぜんぜん。何なの、何だっていうの。
――わかんないだろ? だけど俺にはわかるんだ。それに、戦争をなくしたいのは本当だし。そう言ったって、俺は戦うしか出来ないけど。

 

 その時の彼女の表情はよく覚えている。泣き出しそうな、怒り出しそうな、不思議そうな。その表情を見て、自分が何と言ったかはよく覚えてはいない。だが、どうしようもなく『遠かった』ような、そんな気持ちは鮮明に記憶に焼きついていた。
 
 

 

「ふんふんふーん……あら?」

 

 薄曇りの空からちらほらと朝日が差し込む時間。キッチンでいつも通り鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れていた桃子は、脚に触れた小さな感触に振り返った。
 動きにあわせて揺れる尻尾。物音が起きるたびに動く耳。いつの間にか近づいていたシンが、桃子の足元に座って前足を押し付けていた。何故か猫のように爪をしまえるせいだろう、少しも引っかかる感触がない。

 

「あらシンちゃん、お腹減ったの? もう少しで朝ごはんだから……」

 

 違う、と言うように首を振る時点で犬としては驚きだが、シンが傍らにおいていた電子体温計をくわえて示した時、まあと桃子は口元に手を当てた。必死さをにじませる目の色といい、この黒い子犬は必要以上に知性的だ。
 何より学校の時以外ほとんど常になのはにくっついているシンが、この時間に降りてきてこんな事をしていると言うことは。

 

「どうしたの?……もしかして、なのはがどうかしたの?」

 

 シンが首を縦に振り、更に唸る。体温計を無意味に持ってきたというわけではないだろう。桃子はごく自然にシンの動作を受け入れ、その意味するところを汲み取ろうと考えて――ああ、と頷いた。

 

「そう、熱があるのね。ちょっと待って」

 

 コーヒーメーカーの具合を確かめ、急かすように振り向きながら駆けて行くシンの後をついて2階へ上る。美由希と恭也がしばらく前に部屋を出て鍛錬をしに行っている事もあるのだろう、2階は人の動く気配が希薄だった。

 

「お母さんが入りますよー……」

 

 ノックに続けて開けたドアの内側、部屋の奥側には、こんもりと盛り上がった毛布を乗せたベッドが鎮座している。歩み寄る桃子の足元を擦り抜けて先にベッドに駆け上がったシンが、体温計を枕の横に置いてわん、と一度だけ吼えた。
 毛布の塊からうつぶせ気味に突き出している茶色い頭を少しだけ持ち上げ、それでもほとんど反応しないなのはの額に手を当てると確かに熱い。

 

「あらあら大変。なのは、なのは?」
「ん……ぅー?」
「おはよう。頭痛かったりしないかしら? ちょっと体温測るからね」

 

 もごもごと口を動かし、ぼんやりと目を開けたなのはを仰向けにさせる。よいしょ、と思わず声が出たのはなのはの身体が成長したということだろうか。

 

――考えてみれば、こんな風に抱き上げたりなんかしたの久しぶりだものね。

 

 脇に差し込んだ体温計の測定を待つ間、ベッドに肘をついてだるそうに緩んだ顔を見やる。この年にしては大人の事情にも理解があり、手の掛からない子供、だ。ご近所にも礼儀正しくいい子として通っている。それ自体は親として喜ばしいことではあるのだが。
 小さく汗が浮かんだ額に張り付いた髪をどけ、軽く髪を梳きながら桃子は呟く。

 

「いつも、気を使ってもらってるものね……ごめんなさいね」

 

 電子音が鳴り、なのはの脇の下から取り出した体温計が表示した温度は38度6分。平熱が高めのなのはとしてはそう酷くはないが、なんでもないとはとても言えない体温だ。
 なのはの枕元にきちんと座り、じっと心配そうな赤い瞳を向けているシンを撫でてから立ち上がる。

 

「大丈夫よ。咳も出てないし、多分軽い風邪か疲れが出たのね。なのはが辛そうだったら、また教えてくれる?」

 

 任された、とばかりに一声吼えたシンに微笑みかけると、桃子は1階に置いてある救急箱の中身を確かめる為になのはの部屋を出た。
 

 

「……んゅ?」
「お?」

 

 ふわふわと浮き上がってきた意識にまず冷たい感触が触れ、薄く開いた視界に黒い塊が入ってくる。2,3秒それを眺めてようやくシンが前脚をこちらに伸ばしているのだと理解し、ああとなのはは納得の吐息を漏らした。理由はわからないが身体が重いせいだろうか、動くのも考えるのも面倒臭くて仕方ない。

 

「あー、シン君。おはよー」
「ああ、おはよう。頭痛かったり、しないか?」

 

 額に小さな圧力と冷たさを感じる。圧力はシンの足の裏、肉球が触れているのだとわかるが。

 

「ん……?大丈夫、だよ。なんか、頭が冷たいけど」

 

 いつの間にか増量されている毛布に首をかしげながらやけに重く感じる腕を上げて手を当てると、冷却ジェルシートが額に張られていた。そのままなんとなく指をシンの前脚に絡ませ、揉んでみる。柔らかい表面と固く筋張った内側という構造がフライドチキンのようだ、と妙な感想が頭をよぎった。 

 

「大丈夫じゃないっての。熱出してるんだよ。お前」
「あぇ? そうなんだ」
「……そうなんだ、ってなぁ」

 

 指の間をつるりと前脚が逃げて行ってしまい、なのはは所在無げに手を揺らしながらシンを見た。心底呆れたようにため息をついているのに、赤い瞳は何故かいつもより無機質さが少ない、優しげな光を放っているように感じる。

 

「喉とか、大丈夫か?」
「んん、う、ん。ちょっと耳が狭くなったみたいな感じ、する」
「耳と喉の間が腫れてるんだな。やっぱり、風邪か」

 

 とにかく暖かくしてろ、というシンに従って手を毛布の中に戻すと、シンが端をくわえて毛布を肩まで引き上げた。赤ん坊のような小さい身体の割に、やる事は兄とか父のようで見た目に似合わないことはなはだしい。その雰囲気の違和感、やはりこの小さな身体は仮の姿なのだと言うことだろう。
 熱があるせいなのか珍しく夢で見た内容を覚えていたせいなのか、なのはは思ったことを何も考えずにそのまま口にしていた。

 

「シン君さ」
「寝てろっての」
「花屋さんになろうって言われたこと、ある?」

 

 そう口にした瞬間、シンは目を見開いて硬直した。一瞬だけ思案するように視線が脇にずれ、一度の瞬きで戻ってくる。揺れたのはその一瞬だけで、シンの瞳は既に元の優しげな光をたたえたものに戻っていた。少なくとも、表面的には。

 

「俺、言った事ないよな?」
「と、思う」
 

 

 なら、と宝石のような血色の瞳がなのはの目を覗き込む。微妙ににじんだ視界の中、その1対の光がやけにはっきり見えていた。

 

「どうして、そう思った」
「夢」
「夢?」
「そう、夢。夢でなんか、シン君みたいな人が女の人と話してた」

 

 身体の収まりが悪い気がして、毛布の中で身体をずらした。シンは最初と変わらず枕元に座っている。黒く濡れた鼻先が少しだけ傾き、先を促すようになのはに正面を向けた。

 

「花屋とかどう? って言われてたり……シン君が自分は戦わないといけない、って言ってたり」
「ふぬん?」

 

 ふん、と吐き出された鼻息が顔に当たって、なのはは片目を閉じた。元々何かを考えて口にしたわけでもない。なのはは自分から話し出す気力がなく、シンも何かを考えているように動きを止め、しばらく部屋の中には沈黙が満ちていた。
 ゆっくりと瞬きをしていたシンが何かを思いついたらしく、遠くに飛ばしていた視線をなのはに向けなおしてきた。

 

「まあ……うん。『あった事』だよ。多分、制御接続のせいだ」
「こういう事って良くある?」
「なくはない。けどそこまで深くつながるとは思わなかったけどな」

 

 予想外だった、と後悔しているのか笑っているのか微妙な口調で言いながら首を振ったシンの耳がぴくりと動き、犬や猫特有の振り返り角度でぐるりと扉の方へ振り向いた。

 

「?」
「入るわよ、なのはー……ああ、起きたのね。具合はどう?」

 

 唐突な動きになのはが首をかしげた途端、ノックからほとんど間をおかずに扉が開いて桃子が姿を現した。廊下からの緩やかな空気の流れに乗って、暖かさを含んだ香りが漂って来る。
 白い深皿とペットボトルを乗せた盆を片手に持って入ってきた桃子に笑みを返しながら、なのははいつもより重い上半身を起き上がらせた。
 服装こそカジュアルなものの、薄く化粧した顔を見てもうそんな時間かと驚く。

 

「ん。ちょっとだるいだけ」
「そう、良かった。食欲無いかもしれないけど、これ。食べておいてね」

 

 そう言ってベッドの枕側にある棚に置かれた深皿の中身はシンプルな鮭粥だった。出来立てなのだろう、盛大な湯気を立ち昇らせる白と紅の色彩は、甘みを含んだ香りと相まっていかにも美味しそうだ。

 

「ありがとう。でも……あは、ちょっと熱そう」
「ふふ、そうね。じゃ、お母さんはお店に行って来るから。お昼は戻ってくるけど、何かあったら電話してちょうだいね?」
「はーい。いってらっしゃい」

 

 膝に手を当ててかがみこみ、なのはとシンの頭を撫でてから桃子は部屋を出て行った。
 かちゃりと扉が閉まり、舞い上げられていた部屋の空気はまた静かに降りてきて停滞する。

 

「……ふぅ」
 
 

 

 ぼす、と枕に頭を落とすと、脳の深いところが乱暴な扱いに抗議するようにしくりと痛んだ。枕元で陶器の像のように静かに座っているシンはどうでもよさそうにため息をつき、目を閉じて動きを止める。
 それきり音もなく気配すらなく、まるで本当に『物』のようになったシンに昨日の高速道路で感じたものと同じような漠然とした不安を覚えて、なのはは寝転がったまま片手を挙げた。

 

「ん?」

 

 尖った耳と滑らかな頭を撫でるというか掴んでいる手、その指の間でぱちりと血色の瞳が露になった。正面を向いて開かれた目が上を向き、下を向いて、何だとばかりになのはの顔に向けられる。
 呆れたような笑っているような紅い視線をまぶたが半分落ちた目で見返し、にへらと笑って思いつくままの言葉が口から零れ落ちた。

 

「なーんかお話、して? シン君の話とかさ」
「そんな事より寝てろって。熱がまだ下がってないんだぞ」
「お話してくれたら途中で寝るもん」
「お前な……」

 

 す、と紅い視線が半分になった。呆れの色が強くなった視線に何故だろうと内心で首をかしげる。本心を言っただけなのに、どこが呆れられるところだったのだろう? 上手く回っていない頭の右上あたりでぼんやりとそんな事を考えながら、手は変わらずにシンの頭を弄り続けている。
 正直言って手触りが良い。『犬』ではないからだろう、頭から首、胴体へのつながりは非常に滑らかでひっかかりがなく、毛並みの良さと相まっていつまでも触っていたくなる。

 

「…………ったく。俺の話ってのはどういう話の事だ」

 

 真正面を睨んでそれを無視し続けていたシンがやがて根負けしたように叫び、飛ばしていた視線をなのはに向けなおす。その視線に多量の呆れと苛つきと仕方ないといった諦め、そういった感情が満ちているのがわかった途端、なのはは我慢できずに満面の笑みを浮かべた。

 

「にへへ、シン君の昔のことっ」

 

 同時に空腹をようやく感じ始め、上体を勢いよく起こして――同じように急激に動いたのに、今度は頭痛は起きなかった――少しずつ丁度良い温度になってきた鮭粥を身体の前で抱える。
 スプーンですくって一口。弓状に細められていた紺色の瞳がふと素に戻り、しばしの沈黙。もう一度スプーンが動く。1回目の倍の時間をかけてゆっくりと噛み、味わって鮭粥を飲み込んだなのはは、またも沈黙を挟んだ後でぽつりと呟いた。

 

「……なんか味、変」
「そりゃ風邪ひいてるからな」

 

 
 
「あら」

 

 曇り空なりに一日で最も明るい時間帯。ゆっくりと扉を開けた桃子は、目に入った光景と向けられた情けない視線に思わず笑みを浮かべた。
 まるでぬいぐるみ相手にそうするようにシンを胸元にしっかり抱きかかえ、それでも肩までしっかりと毛布に埋まってなのはが眠っている。
 胴体をホールドされたシンが困り果てた表情で桃子に視線を送ってくるのがまた微笑ましい。そんな表情をしていても抜け出そうとしないあたり、本当にシンは頭がいいのだろう。
 後で写真でも撮ろうかと考えつつ、足音を忍ばせてベッドに近づく。

 

「……大変みたいだけど、なのはをよろしくね」

 

 そう言って頭を撫でた時、桃子にはシンの表情が何故か強張ったように見えた。