運命のカケラ_19話

Last-modified: 2008-11-30 (日) 23:51:30

 何故かは知らないがいつにも増して脳みそが凝り固まっているらしいクロノから視線を外し、ユーノは一人で思考を巡らせ始めた。
 最初の目的のとおり、遺物を根こそぎ奪われた自分の報復に、管理局員という『力』を利用するために。
 そして、なんとなく。あくまで『なんとなく、そうしたかった』ために、ユーノはクロノをどう手助けするか考えていた。
 
 

 

「あれが?」

 

 そう言って主が見上げた先には、無数の影がうごめいていた。コウモリのような形ではあるがサイズはその比ではない。翼の端から端まで測れば8メートルは下らない、そんな爬虫類のようなコウモリのような生き物が何十何百、いやそれ以上に群れているのだ。その群れの目的が何であるのか、まったく知らなくともその光景だけで怖気と嫌悪を起こすには十分すぎた。
 そんな生理的なレベルで拒絶反応を起こしそうなものを前にしても、聞き覚えはあるが自分のものではない『自分』の声は、ごくごく冷静だった。
 周囲に延々と立ち並んでいる、数百数千といる魔道師達の表情をひとつひとつ確かめることすらしながら、以前から定められていた言葉を口にする。

 

『最優先殲滅目標を確認。目標数約5000、距離4000……すぐにこっちまで来る、全軍に迎撃体勢の指令を』

 

――ああ、またシン君の昔の……

 

 そう思った途端、今までになくはっきりと『自分』の状態が伝わってきた。この時のシンの身体は――竜、だ。巨大な翼となった両腕、鋭い蹴爪を備えた強靭な両足。そして、長く伸びた首の付け根に寄りかかっている主。女性のようなのだが、そちらを見たいと思っても『自分』の身体は自分の意思で動いてはくれない。
 視線も含めて勝手に動いているのはこの光景が想像で補える記憶ではなく、本当に機械的な記録だからなのだろう。

 

「……ふふ。なるほど、確かに『災いの影』だな。世界そのものを媒介にした魔法……ははっ、面白い、面白いな。私の代でお前が目覚め、お前の言った通りにこのようなものに出会うとは!」

 

 弾んだ声で言う主に、『自分』がため息をついた。姿形は『今』とまったく違うが、やはりシンはシンということか、と妙に納得した。主に対してあまり敬う部分が見られないのは元々らしい。

 

『……楽しそうだな、主』

 

 あきれたように口を開く『自分』の声音は冷静だ。だが、今の自分が『いる』すぐ足元では恐ろしいほど巨大な意識がうねっている。悪意もなく、恨みも、憎しみもなく、ただただ純粋にあの翼達を排除しようとする、単純すぎる意思。人にはありえない質と大河のような量を持ったそれにうっかり触れれば、いったいどうなるかわかったものではない。
 薄い板一枚を隔てて致命的な機構が轟音を立てているような、安全のはずなのにその安全がふとしたはずみで崩れてしまいそうな感覚が胸の奥でざわつく。
 そんな自分の意識も知らないように――実際全てが過去の事なのだからそもそも自分という意識の存在自体関係ないのだが――『自分』は軽く首を振って主に言葉の続きを促した。

 

『確認。命令は? 我が主』

 

 うむ、と頷いて主が『自分』の背にまたがった。青白い魔力光が瞬いて、この時代におけるレイジングハートの外装が組み上げられていく。握りから一直線に伸び、円錐を縦に長く長く伸ばした、およそ突き刺す以外の使用法を考えていない形状。3メートルはある威容を見せるその突撃槍型の外装は、おおよそなのはのレイジングハートと同じものだとは思えない。

 

――そっか。シン君の主、って本当はこういう感じじゃないといけないんだ……

 

 槍先から魔力に乗ってこぼれる強烈な戦意に、自分との落差をますます感じる。この主は強い。こうして記録に残っている映像だけでもその精神の強靭さと戦闘能力は想像がつく。
 こんな主が、それこそ何人もいたのだろう。風邪を引いたときに聞いたとおり、長い長い時を経たシンにとっては自分など子供だとかどうとかいう以前の存在に違いない。

 

「全力だ、レイジングハート。私への負荷は構わぬ。お前が言う不屈の心とやら、すべて持っていくが良い。だが……命令だ。奴らを一匹残らず葬れ。私の力が尽きようと、お前の力が尽きようと、あらゆる手段をもってこの命令を遂行せよ。良いな?」

 

 実にあっさりと死を考えの中に入れた発言をする主に、『自分』もまた至極あっさりと頷いた。
 本当に違う。何もかも、違う。
 ばさり、と翼が空気を打ち、主を乗せて軍勢の先頭を切る『自分』。次々と空に浮かぶ白いローブ姿の魔道師たちを後ろに、甲殻と硬い皮膚に覆われていた身体がめきりと軋んだ。

 

『了解。全プログラム励起、無制限モード。組織再構成開始。……ったく。連中、クソッタレなモンばっかり残しやがって』

 

 少しだけ感情をあらわにしながら言った『自分』の体表面がみるみるうちに結晶化し、更に次の瞬間にはその結晶化した表皮も光とともに弾け飛んで『進化』した身体が現れる。
 炎のようにゆらめく魔力で構成された巨大な翼を広げ、頭からは巨大な一本角が伸び、更に全身を覆う分厚い甲殻の隙間には電子回路のような光が走る異様な姿。
 まるで久々にこの姿になったことを喜ぶように、『自分』は咆哮を上げた。
 冷静だった表装は滑らかに奥のモノと混ざり合い、変質して、つい今までと同じモノの癖に違うモノになる。というより、これがおそらくレイジングハートとしての本来の姿なのだ。
 レイジングハートというシステムに収められている全ての攻撃手段を主に合わせて形作り、ひとつの身体に全て押し込め発現させた、いわば真のレイジングハート。シンに教えられたことのない機能。
 意識に流れ込んでくる大量のシステム情報の大半は理解できないが、これが主とシンの両者に恐ろしい負担をかけた上で強大な戦闘能力を獲得させているものだけはわかる。
 その負担に自分が耐えられないであろうことも、それがシンに教えられなかった理由であることもわかる。わかるが、どこか気に入らない。もちろん、それが子供だからこそのわがままであることも十分承知しているつもりなのだが。

 

「一発、ヴラールでも打ち込んでやれ。怯えている兵へ景気付けだ」
『了解』
<vral>

 

 シンの声を加工したような機械的な音声で聞いたことのない魔法の名が告げられる。空気と共に淡い紫色の光を放つ粒子がどんどんとシンの口元に集まっていき、ある一定まで輝きが達した瞬間、幾本もの光の矢が渦を巻いてシンの口から発射された。
 すさまじい速度で飛んでいった光が視界の中央で炸裂し、生き物か何かのようにうねりながら拡散して大量の翼を焼き落としていく。その数はぱっと見ただけでも10や20では済まない。とはいえ、翼の群れの規模からすれば100分の1に届くかどうかだが。
 発動まで数秒もかからず、そして地平線近くまであっという間に着弾する速度とジュエルシードの暴走体よりも大きな相手をまとめて貫く威力。格が違う、としか言いようがない。
 これと同じことが自分にできる、だろうか?
 考えるまでもない、魔力量も、技術も、そして根本的な心の強さも差がありすぎる。シンの、レイジングハートのこの姿を扱うには、何もかもが足りないのだ。
 巨大な突撃槍をずいと前方に構え、戦女神の如き輝く魔力の鎧に身を包んだ主が力強い『声』を発した。

 

『全軍へ。世界の命運はこの一戦にかかっている。言っておくが退く場所などないぞ、奴らと戦って死ぬか、無抵抗に殺されるか! 二つに一つだ! ……殲滅せよ!』
 
 

 

「――ふが」

 

 家族旅行を明日に控えた夜。布団に顔半分まで埋まりながら鼻にかかった声を漏らすなのはが寝入っているのをわざわざ分析した生体データで確認する――眠る前にもちょっとした練習をしていたせいだろう、良く寝ている――と、シンはいつものようになのはの枕元で丸くなった。
 ぱち、と走るノイズに無言で顔を歪める。
 最初は気がついたら、という程度。それから数日に一度、更に一日に一度は確実に。たったの一ヶ月程度で加速していく頻度は、確実によくない兆候といえた。
 原因は――やはり、無理やりシステムを書き換えたせいだろうか。AIというのはもともと複雑きわまる情報ネットワークを持つ。それがバグを起こし、更にそのバグをシステム内に取り込んでしまったせいで、正常な部分と異常な部分が絡み合い影響しあって複雑怪奇な様相を呈していた。しまいには、AI自身の経験フィードバックを通じてどんどんとその影響は範囲を増している。今は思考が分裂するだけで済んでいるが、この先どうなるかわかったものではない。

 

――最悪の場合も考えておかなきゃいけない、よな。

 

 もしジュエルシードよりも直接的な『危険』に自分がなってしまうようなことがあれば、自分は速やかにこの世界から消えなければいけない。戦うこと以外に何も持たないとはいえ、AIとしての、またデバイスとしての根源となる衝動は『守るために、守っていくために機能を発揮すること』である。そしてその為に主を切り捨てることもまた、インデペンデントデバイスには許されているのだから。

 

「……ま、今はまだ大丈夫、かな」

 

 そういいながら首を回し、なのはの寝顔を覗き込む。緩みきった顔は、すぐそばにいるシンの事を危険だなどとは微塵も思っていなさそうだ。

 

「ったく。本当に……ホントに気持ちよさそうに寝やがって」

 

 正直なところを言えば、顔も知らない多数よりも目の前の一人のほうが大事なようにも思えてきて仕方ないのだ。あるいはそれは、よりシン・アスカの根に近い部分、もっとも最初に失ったものの記憶が揺さぶられているのかも知れない。さすがにその思いのままに行動するとまではいかないが――どれくらいの間だけ『こう』していられるのかもわからない以上、どれもこれもとはいかない。
 暫く思考を転がしていたシンはやがて大きく息を吐き出すと、なのはに小さく語りかけた。

 

「明日は温泉だな。ゆっくり休めよ、なのは」
 
 

 

 ばたん、と壁に軟らかい物体を打ち付ける音が響く。
 片手でユーノの襟首をつかみ、爪先立ちさせるまで持ち上げたクロノはあくまで静かに問いかけた。

 

「――どういうつもりなんだ」

 

 深夜とはいえ、支局内が無人になるわけではない。そもそもここでは自分はよそ者だ。そんな場所で声を荒げるほど立場を忘れてはいなかった。
 だが場所柄だけでどこまでも冷静になれるほど感情の制御が行き届いるわけでもない。というかプライベートなことを勝手に流布されても冷静でいられるのは、機械か聖人君子か最初からその類のことがどうでもいいタイプの人間だけだろう。

 

「ああ、結構気づくの早いね」
「どういうつもりなんだと聞いてるんだ……!」

 

 変化は今日になってすぐだった。いつもなら朝顔をあわせても誰もが露骨に視線を合わせないのが、今日になった途端にどこか遠慮がちな、気遣わしげな、戸惑ったような視線を向けられたのだ。それもほとんどの支局員に。
 支局内が急性伝染病にでもかかったように浮ついていた原因はすぐにわかった。管理局員なら誰でも閲覧することができる局員データベースだ。
 とはいえ、通常閲覧できるのは部署名や連絡先など、あくまで仕事上必要な個人の情報だけだ。住居、活動履歴、賞罰その他――いわゆる高レベルな情報は通常の職員では見ることが出来ない、はずだったのだが。
 『何故か都合よく』クロノのデータの中で、家族関係や今までの捜査活動に関する部分がアンロックされたものが無制限に閲覧できるようになっていたのだ。
 具体的な方法はともかく自分がここにいることを知っていて、かつそんな事をする動機がある人間はと考えれば一人しか思い当たらない。
 つまり、襟首を絞り上げられているというのに平然とした表情を崩さない目の前のクソガキだ。

 

「ローカルと上位ネットの間にちょっと細工してね。君のデータを呼ぶと偽の、っていうかあのページに跳ぶようにしといた」
「いい加減――」
「……君がまどろっこしいことをしてるからだよ」
「な、に?」

 

 我慢の限界に達してクロノの拳がぎしりと軋んだ瞬間、悪びれるどころか咎めるような声でユーノはクロノの瞳を見返した。支局すみの休憩スペースは薄暗いはずなのに、光を弾く緑色のその瞳は妙に強い輝きを放ってクロノを正面から貫いている。
 冷静な表情の隙間から怒りすら漂わせるユーノはマントを強く引っ張る勢いでクロノの手を引き剥がすと、ずいと顔を寄せた。

 

「ジュエルシードは危険。急いで対処するために協力を仰がなきゃいけない。君はそう言ったじゃない。うだうだやってる暇なんてないんじゃなかったの? なのに姿勢を見せればついてくる? 一体どれだけそのご立派な姿勢を見せ続ければあの人たちが変わるのさ?」
「っ……だが、だからといって人のプライベートを勝手に公開していいと思ってるのか?」
「思ってないさ。だけど必要だ。本当は君だってそうしようと思ったんじゃないの? だけどご立派な管理局員さんはそんな同情ひくような卑怯なことできませんって――」

 

 げし、と互いの体格に比してえらく鈍い音が響いた。ユーノの小さなアゴが横からの衝撃で揺らされ、頭蓋骨全体の振動によって揺さぶられた脳は一時的な機能障害を起こす。
 シャープかつコンパクトなモーションで拳を振りぬき、よろけたユーノの首がばね仕掛けのように左右に揺れるのを見ながら、クロノはあ、と声にならない息を漏らした。
 訓練の賜物といえば聞こえはいいが、気が高ぶった瞬間に無意識で身体が動いてしまっただけ、向けた怒りと習慣レベルの動作が結びついた結果というだけのことだ。戦いの場や訓練場でならともかく、今そんな能力を発揮したところで『クロノにとっての』良い結果になるわけもない。

 

 
「いいいきなり何何何するかな」
「あ、その……なんだ。すまない」

 

 思わず謝ってから顔をしかめる。怒りのままに相手の顎を打ち抜いたりするようでは、必要だからと言って――気に入らないが、ユーノの言ったような事を思っていた事も確かだ――よろしくない方法をとったユーノを批判する資格がないではないか。
 一瞬の高ぶりから冷静さを取り戻したクロノと同じく、頭を揺らしていたユーノも感情の波は収まったらしい。首の具合を確かめるように撫でてからクロノに向けられた視線は、いつもと同じく反抗的な、斜に構えた色に戻っていた。

 

「すまない、って言われたってねえ。っていうか君も人のこといえないじゃないか」
「ぐ」

 

 よろめいて一歩下がるクロノに合わせて一歩間合いを詰め、ユーノは唇の端を吊り上げた。先ほどいつもの様子に戻った目は、今度は得意げなしてやったり感溢れた光を放っている。その目を見てクロノは確信した。……こいつは遊びながら仕事をするタイプだ。

 

「そりゃあ管理局艦隊は高度な独立権限を持ってるよ。艦ひとつひとつが『移動する行政区』って言ってもいいくらい。けどねぇ? それだってきちんとした手続きを踏まないといけない。まして僕らは出向中だ」

 

 さぁてそこで、と大仰な身振りでユーノは自分の顎、先ほどクロノが殴った部分を指差した。

 

「君の行動は正しいとは言えないよね? 僕の行動に腹が立ったとしたって、個人的な暴力を振るっちゃったんだから。それも法と秩序の番人が」

 

 もはやクロノは沈黙するしかない。最初の行動に非があったのはどちらとかいうよりも、主導権を完全にユーノに握られている。単純な言い合いなら勢いのいい方が有利だ。
 そんなクロノを確認してユーノはにやりと笑い、最後の一言を口から放った。

 

「――だから、これは子供の喧嘩ってことで」
「…………は?」

 

 その一言が理解できず、クロノはたっぷり数秒間マヌケな表情を晒した後に更にマヌケな声を出した。
 子供の喧嘩。やいのやいのと殴りあったり罵りあうあれか。見るからに知性のない行動。それと今の状況をどう結び付けているのか、ユーノの思考がわからない。

 

「子供の喧嘩ならいちいち細かいこと言わない。子供の喧嘩だからお互い様。お互い子供に近い歳だしそれでいい? ってか面倒だしいいよね? ほら目的の為にさっさと行動しなきゃいけないしね?」
「あ、ああ……なるほど」

 

 ね?と何度も繰り返すユーノにかくりと頷きを返すと、クロノはなんとなく手を握って開いた。続いて一度だけ頭を掻いて、そして苦笑する。どうにもわかりづらい言い方をするものだ。

 

――まあ、たまにはごまかされてもいいかな。

 

 クロノは苦笑したまま手をひらひらと振り、ひねくれた提案に同意した。

 

「ああ、それでいいよ。子供の喧嘩だ」
「OK、じゃあ子供の喧嘩だから反撃しちゃうね。あくまで子供の喧嘩だからさ。本気じゃないんだよ?」
「え?」

 

 ぱぐん。そんな音と共に顎の先端に衝撃が起こって、クロノの視界の中央に映るユーノの満面の笑顔がぶれながら回転した。
 
 

 

 小鳥の声と日の光が差し込む中、桜色の携帯電話がいつものように音楽を鳴らしながら震えている。ベッドの足元側で空間ディスプレイを覗き込んでいたシンは耳だけをぴくりと動かすと、うんざりしたため息をついて目をそらした。
 いつものようにこんもりとした布団の塊から細い手が伸び、いつものように携帯電話を引き込んだ後音が止んで――

 

「って時間ーっ!?」

 

 布団を跳ね上げ、がばりと身を起こすなのは。その手に握り締められた携帯電話が示している時間は、出発の時間まで20分を切っていた。

 

「着替えないとっとっとぉっ!?」

 

 急いでパジャマの下をおろそうとしたなのはの動きが何かに引っかかったように止まり、そのまま身体全体が前、ベッドの横方向に倒れていく。目をそらしたままだったシンが目を閉じた瞬間、どたんという軟らかい音とごちんという硬い音が重なって響いた。
 今日は高町家にアリサやすずか、加えてすずかの姉やメイドたちも含めた旅行の日。そして前の晩、なのはは魔法の練習をしてすぐに寝てしまった。故に、準備はまったく済んでいない。
 額をさすりながらなのはは瞬きを何度か繰り返し、心機一転立ち上がる。なのはがタンスのほうへ向かったのを見たシンもようやく立ち上がると、バッグなどが納まっているクローゼットへ歩いていった。

 

「あいたたぁ……なんでシン君起こしてくれなかったのー!?」
「5回も起こしましたーっての……まったくネボスケが」

 

 言いながらドラムバッグを引きずってきたシンに、ばさりと白い布が引っかかる。視界をふさぐ三角形のそれが何であるかはあえて確認せず、シンは無言でその薄手の布をバッグに押し込んだ。
 タンスを開けては閉め、クッションに蹴つまずきながらなのはがベッドに投げ上げていく荷物を、シンが整理して器用にバッグに詰めていく。流石に服をたたむ事はできないのでしわがつくだろうが、この際仕方ない。

 

「えーとえーと下着と服とあとはえーとっ」
「なのは、ほら携帯!」
『なのはー、そろそろ行くわよー?』
「はーいっ! って、おお! シン君荷物ありがと!」
「ああ」

 

 家の前に、軽快なエンジン音がやってきて止まる。アリサかすずかがやってきたのだろう。
 ばたばたと慌てて準備をしていながらも期待感に輝いているなのはの顔を覗き見ると、シンは小さく微笑みながらバッグのジッパーを牙に引っ掛けて閉じた。