TPOK_10話

Last-modified: 2009-06-11 (木) 22:05:51

喋った事は、およそこの世界の常識と言っていいものばかりだった。
もちろんリンディ、クロノともにプロフェッショナルだ。この世界についてだいたいの事を把握できている。
それでもザフトで、三隻同盟でいくつもの戦いを経たディアッカの見識と世界情勢の話はまた違った景色が見せてくれる。
特に機密らしい機密の事は一言も口にしなかったし、リンディたちも聞きだそうとはしなかった。
ただひとつ、イザークの事についてだけは細かく喋った。
今日まで漠然と行方不明としか考えられなかったが、ロストロギアとの関係性も疑わざるを得ない。

 

とにもかくにもごたごたとしているうちにアースラで20時間以上が経過してしまっていた。
そしてどんな場所で、どんな時でも人間は腹が減る。
故にディアッカは食堂にて、アースラにおける二度めの食事をごちそうになっているのだった。

 

「食文化にそんなに違いがないんだな」

 

スープをすくいあげ、パンをちぎってディアッカが呟いた。
食事として提出される内容は知っている調理法で、見た事があるような食材だ。
巡洋艦のアースラの事である。跳躍した次元世界の先で食料を調達する事もあるのだが、今回はまだミッドチルダ産の食物ばかりだと言う。

 

「良い所に目を付けたね。実は言語体系なんかも、違う次元世界で共通や類似が見られるんだ」
「生物の進化系統も、ドラゴンなんかがいたりする世界もあるけど基本的に人型に行きつく」

 

へぇ、とディアッカが感心するのはアレックスとランディの話である。
自分の世界の常識を話したように、ディアッカもまたいろいろと次元世界の常識を教えてもらっている。
リンディの和室でかなり詳しい話までしてくれる横、クロノは難色を示したが、協力者に対する誠意だとリンディは微笑んだ。
加えるなら、実際にディアッカひとりがそんな事を吹聴してもただの夢物語を触れ回っているようにしか聞こえないだろう。

 

そんなわけで事情聴取じみた問答が終わってからこっち、ミッドチルダの話を聞かせてもらっている。
部屋を宛がわれて休憩していた以外、エイミィやアレックス、ランディ等と一緒に行動している時の話題はもっぱらミッドチルダなる世界だ。

 

ひとりの時は、眠った。そして眠るまでの間も、眠っている間さえも泣いた。
アースラのブリッジで見た、ボルテールが喰い破られている映像が嫌でもちらつく。
酷く現実味のない映像だったくせに、バスターで自分の同じ被害をあっているから嘘だと思えないのだ。

 

暴れたい衝動がまず、生まれた。投げやりな暴力ではないと、ディアッカはすぐに気付く。
仇を討ちたい、という気持ちだ。ロストロギアに対する憎しみ。
憎しみの連鎖を止める必要があると、誰かが言った。人に対する憎しみじゃなければ、解き放っても構うまい。

 

だが、専門に任ねばならないだろう。
ロストロギアなどという危険に対して、ディアッカの存在はあまりに小さい。

 

眠りから覚めて、一連の事件が夢ではない事にひどく落胆した。それかアレックスとランディに食事に誘われたのである。
持前の社交性は、発揮できなかった。笑おうとしても淋しさと暗さがどうしても裡に広がるのをディアッカは自覚する。
なぜあんな不幸にボルテールが見舞われなければならなかったのか。否応なしに負の感情が煮えたぎった。
そしてそのたびに、自分は何にもできないであろう事実に落胆する。仇を討ちたいという気持ちはロストロギアの危険を考えれば実現しようがない。

 

そういった気持ちを察したのだろうエイミィとの一度目の食事では、会話で心がほぐされた。
エイミィの姉御肌な闊達さと心遣いは、ディアッカには有難かった。

 

「ある学者が言うには、全ての次元世界は起源が同じなんだ」
「同じ生まれ方をしていながら違う方向に成長していったんだね」
「並行世界って事?」
「そうかもしれないって話さ。成長の途中、どこかで原子ひとつの配置が違ったから全然別物になってしまったって論もある」
「さらに、全ての次元世界には時間差がないって仮説もあるんだよ」
「え? 聞いてる限り全然文明の進歩が違うぜ?」
「確かにミッドチルダは他の世界よりも進歩するきっかけを解明するのが早かったって言われるね」
「逆に未だに原始時代な次元世界もある」
「時間差がないってのは、あくまで仮説だけどね」
「面白いな。なら、フィクションで言うところのパラレルワールドは? 軍人じゃなかった俺がいる世界とか」
「どの次元世界もまったくの別物なんだ。ほとんど同じ世界ってものはまだ見つかっていない」
「言った通り、星の数ほど次元世界がある。僕たち管理局が発見、登録している世界なんてほんの一握り何だ。だからまったく同じような世界がふたつあっても不思議じゃないんだけどね」
「じゃあ、タイムトラベルは?」
「時間をさかのぼったり、進んだりする技術はまだ不可能だね」
「ロストロギアでも無理なの?」

 

興味深そうにディアッカがいろいろと突っ込むが、そこでアレックスとランディが止まった。
唸ったり頭をひねったりして返事に困ってる。

 

「…うーん」
「多分、無理じゃないかな」
「いや、でもロストロギアだったら有り得るんじゃないか?」
「そんなロストロギアがあったら、それを造った人たちの文明が遺失するってのもおかしいだろう」
「ロストロギアでも抑えられないような災害があったら?」
「あ、聞いた事あるな。なんだっけ、えっと…」
「確か時が壊れるとかなんとか…ちょっとど忘れしたな…」
「ヒドゥン」

 

新しい声が割り込んでくる。クロノだ。

 

「あぁ、それです」
「もっとも、神話やおとぎ話の中でしか語られない災害だが」
「それを食い止めるために時間を操作するようなロストロギがあったりしたかもしれませんよ。ていうか、小さなヒドゥンは実際止まってるみたいですし」
「食いとめられていたら、そのロストロギアもミッドチルダに残っているかもしれないな。それよりディアッカ、」

 

ディアッカの隣に座るクロノだが、特に食事というわけではないらしい。S2Uを手渡した。
受け取れば、S2Uからホログラムディスプレイが浮かび上がる。名が、次々と羅列されていく。

 

「これ…」
「ボルテールで死んだ者たちだ」
「すまん…」
「いや……それよりやっぱりイザーク・ジュールが死亡者に含まれている」
「だろうな。でも、間違いなくボルテールがロストロギアに破壊される前からいなくなっているんだ」
「不可解な事が多い。イザーク・ジュールがいなくなり、代わりにロストロギアが紛れ込む…」

 

聞きながら、ディアッカは死亡者の名前をじっと見つめていた。
知っている名前ばかり。ありありと顔が思い出せる。どんな仕事を一緒にしたかも。どんな話をしたかも。
陰鬱な気分になっていくディアッカの目がある名前で止まる。そして吹き出してしまった。

 

「どうした?」
「俺の名前も、あるからさ」

 

S2Uを傾けて見せるとクロノも苦笑する。

 

「奇襲にやられたって、思われてるんだろうな…」
「今のところ、ロストロギアの被害は集団ヒステリーだとか連合の新兵器だとかいろいろ言われてるな」
「…俺は答えを教えられたけど、知らなきゃ分かるかよ。それで、ロストロギアがなんでこの世界に来たのかとかはまだ不明なのか?」
「まるで進展していないな。実は別件でこの世界に来たのにロストロギアが見つかってしまったんだ。だから遅くなるのも仕方がない」
「別件?」
「犯罪者を追っているんだ。危険な奴らさ…」
「ふぅん、ロストロギアと関係してる犯罪者なのか?」
「あの蒼い宝石のロストロギアとは、違うロストロギアの関係者なんだが……蒼い宝石も欲しがってるみたいだ」
「あんな危険な物をかよ」
「危険だが、使い様によってはとんでもないエネルギー源になるんだ。この世界の地球のエネルギー不足が簡単に解決するような代物さ」
「は、はは…さ、流石ロストロギアだな」

 

一発で世界平和につながる壮大さにディアッカもひきつった笑いを洩らすしかできない。
スケールが違い過ぎた。それでも、なんとかついていけるようだ。二年前の大戦で、かなり胆力がついている。
そして何よりも、一笑に付せない説得力をクロノたちから感じられる。

 

「あのロストロギア、いっぱいあるんだろ? 全部回収できたら内緒で一個くれよ」
「使いこなすには、この世界はまだ幼いな。学問に王道なしと言うだろう? 順序を踏まないと」
「次元世界の時間の流れに差はないって聞いたぜ」
「仮説の一つさ。証明されていない」
「ナチュラルとコーディネイターでいがみあって戦争してるうちは、まだ幼いって事かな」
「そうだな。大戦から二年が経過しているが、まだ不穏なんだろう?」
「ああ、いろんな派閥が戦争したがってるのが良く見えるよ」

 

ろくでもない世界だ。もはやディアッカにはささいな事としか考えられない理由が殺戮のきっかけになる。
それでもその戦火の予防や抑止のために、ザフトに入った者たちがジュール隊には多かった。
みんな、シホ・ハーネンフースを筆頭に二年前、参戦して間もなく戦いが終わった事を歯がゆく思っているのだ。
つまり自分の力が特に役に立ったというわけではない事実。前大戦で特に何かをしたというわけではない自分たちこそ、今度こそ盾になり守るための剣になる意気込み士気高い。

 

なのに、かなりの人数がロストロギアなどという理不尽に殺される。
無念だった事だろう。

 

「本当に俺たちじゃロストロギアに対抗できないのか?」
「無理だな。僕たちが保有する現行の魔法技術でも手を焼く代物なんだ。モビルスーツでは太刀打ちできないだろう」
「そっか…この世界の人間じゃ、役に立たないか」
「いや、そうでもない」
「…え?」
「僕たちは魔法と言う技術を生身でも扱えるが、やはり生物である以上どうしても宇宙に適応しない。そして今回のロストロギアは宇宙にも散っている」
「だからモビルスーツの文化が有利だって事?」
「そうだ」
「太刀打ちできないって言ったろう」
「勝てないという意味だ。今回は封印すればいいだけだからな」
「それって…」
「宇宙で機動できる。これこそ今の僕たちが必要としている物だ。現状、アースラしかない僕たちは緊急にモビルスーツと、フリーのパイロットを手配している」

 

ディアッカが立ち上がる。クロノへ睨むかのような真剣なまなざし。

 

仇を討ちたい、という気持ちがある。
それは破壊してやりたいという気持ちでもあり、そしてジュエルシードの災厄が他の誰かに降りかかって欲しくない祈りだ。
二年前の戦いを、おかしな争いだと思った。振り返れば、どうという事無い。出会った者たちは戦いなんて望んでいないのだ。
しかし今回はそれよりももっとおかしい。あってはならない被害に遭ったのだ。

 

きっとザフトに入った時の思いは、クルーゼ隊の同期全員が同じだったはずだ。
すなわち、このままではいけないという義憤。守るために、と思う精神。
今その心にこそ従わずどうする。

 

「俺とバスターは?」
「…何?」
「俺とバスターで、やらせてくれ」
「しかし君は 「死んだ人間だ。これほど都合いい奴、他にいないぜ?」

 

リンディの構想には、ディアッカがいた。バスターのコックピットブロック以外を頂戴して、ディアッカが一命を取り留めた演出を作る。
ザフトに戻ったディアッカとの連絡で、ある程度でもアースラの行動を円滑にしようとしたのだ。
しかしこのまま一緒に動くと言うのもありだ。
言うとおり、ディアッカはすでに死亡している扱いで、このままバスターを使えるのはかなりうまみがある。
もちろん、他にもモビルスーツが回ってくるような工作はするが、即座にバスターが利用できるだけでも違うはずだ。

 

「仇を討ちたい。壊すって意味じゃなく、被害を抑えたいって意味だ」

 

そして本人の意思は、十分なようだった。平静を装っている時分はクールな男だと思っていたが存外内面に熱がある。
常時こそおどけてヒニルだが、芯にはどこかクロノと似た所があるかもしれない。だから、ディアッカの言葉を真摯に受け止めた。

 

「……艦長に掛け合おう」

 

クロノが立ち上がった。

 

 

「父様」

 

リーゼアリアの入室に、浅い眠りが醒めた。
自室のデスクで報告やらに目を通している合間、ちょっとした休憩だ。昔は誰かが部屋に近づくだけで起きていた。
入室するまで目が醒めなくなってしまっているのは老けたからだろうか、とグレアムが苦笑する。

 

「もう歳かな?」
「はい? …ええ、そうですね」
「はっきり言うね、アリア」
「実際、父様はもう高齢です……ですから、根を詰めないでください」

 

グレアムの唐突な切り出しにリーゼアリアが面食らうがしたたかに返して見せる。
闇の書を場所を特定して十年近く。それはいい。
問題はヴォルケンリッターが目覚めて半年だ。この期間、グレアムは三面六臂に動きまわっている。
局の仕事を普段通りにする以外、かなり神経質に八神家について監視する必要があるのだ。
そして、ヴォルケンリッターに対する追跡を裏で手助けしなければならない。
間接的にヴォルケンリッターの苦手とする人材を遠くに配置し、直接的には変身魔法をかけたリーゼアリアを現場に送り込んでもいる。

 

だがそんな事よりも精神的な疲労がグレアムを蝕んだ。
心を凍えさせ、生贄として生かす八神はやてに金銭的な支援や管理をしてやっていたつもりだが、すでに情が移っている。

 

一度だけ、ヴォルケンリッターが目覚めて以降のはやてを写真で見た。見違えた。
ただひとりで生活していた頃に空いていた穴がヴォルケンリッターで埋まり、満ち足りたはやては輝いているようにさえ目に映ったのだ。
あの命を奪うのだと思い、入局間もない頃の志を振り返る夜が続いた。あんな風に幸福を噛みしめる子らの命を守るため、戦ってきたはずだ。

 

結局、闇の書の闇に飲み込まれた人々を悼んで十年ごしの計画を止めるには至らなかった。
ヴォルケンリッターがリンカーコアを蒐集し始め、グレアムとリーゼロッテ、リーゼアリアは秘密裏の助力に奔走する。
しかし、それでも順調に行くとは限らないらしい。
新たなロストロギアが海鳴に散らばったのだ。ジュエルシード。
目下、リンカーコアを蒐集しているヴォルケンリッターにばかり目を配っていたグレアムたちは度肝抜かれた。
シグナムは神社で、ザフィーラは月村邸で……つまりヴォルケンリッターは二度ジュエルシードを手にする機会があったのをグレアムたちは完全に見過ごしてしまったのだ。

 

幸い、ふたりともふたつのジュエルシードを手に入れず仕舞で終わるが、むしろジュエルシードが八神家に転がる確率の方が高かったのだ。
ただ運が良かっただけだろう。以降、海鳴にもきっちりと監視の目を配り、それによってグレアムたちが休まる時間がさらに削られた。
だからグレアムたちには、海鳴の混沌とした事態が良く見える。

 

ヴォルケンリッター、スクライアの若き筆頭、金色の魔力扱う黒衣の魔法少女。正邪を問わずジュエルシードの回収に何人も動いている。
ジュエルシードについて理想的な収まり所は、海鳴のジュエルシードはユーノとなのはが、海鳴以外のジュエルシードを管理局が集める事だったろうがそれも不可能になっている。
すでにフェイトがいくらかのジュエルシードを手にしているのだ。

 

フェイトについて、グレアムたちはまったくの未知数で持て余している。どう出るのが最善か測りかねているのだ。
強いし、使い魔もなかなかのものだ。一級の魔導師だろう。ひとまず、ジュエルシードの一部は彼女の所に置いておくしかなかった。
とにかくグレアムたちは、ヴォルケンリッターにだけはジュエルシードを渡さぬ事を第一とする。

 

少しだけヴォルケンリッターと同じように、ジュエルシードではやてを助けられないか考えた。
だが壊れた魔道書は壊れた魔道書だと、心に芽生えた甘えた考えをすぐに摘む。
ジュエルシードがはやてに手渡り、最善ははやてが全快して問題なく闇の書が健全に機能。はやてにジュエルシードを貸し与える名目で局の拘束の下、ヴォルケンリッターとともに生きる。
ジュエルシードがはやてに手渡り、最悪は闇の書の闇が一発で目覚めて第97管理外世界を滅ぼし、なおかつ連鎖してジュエルシードが次元震を引き起こす。
後者を想定して行動すべきだった。

 

はやてに対する情は捨てづらく思う。
だがそれも、クロノのリンカーコアさえも利用するに至ってほぼ完全に踏ん切りがついた。
愛弟子さえ使ってしまったのだ。もう後戻りはできない。

 

しかし不可解だった。
ジュエルシードが次元世界を超えて散らばっているのだ。
第276管理外世界――すなわちコズミック・イラと暦を刻む世界へと実際に足を運んだリーゼアリアは、すでにそこで何かを掴んだらしい。
歪な事態が起こっているのを軽くだが調査してきた報告も、持って来ている。
簡潔な結論を話とすれば、

 

「何度か、第276管理外世界と第97管理外世界がつながっています」

 

という事らしい。

 

「つながるとは…つまり次元世界どうしにパイプラインが出来たのかな?」
「それに近しいみたいです。痕跡が検出されただけですので、今はふたつの世界につながりはありませんが…おそらくそれを通ってジュエルシードが第276管理外世界に散ったのではないかと」
「……はやてくんの家に、ふたり転がり込んでいるね」
「はい、私も不思議に思っていたんで、ジュエルシードとチェンジリングが起きてると考えて調べてみました。女の子の方は足がついたんです。マユ・アスカ、第276管理外世界のオーブという国で……死んでいます」
「何?」
「死んでいるんです…二年前に」

 

グレアムがしわばった手で額を押さえる。

 

「戸籍の上、記録の上で死んだだけであったならば、本当は生きていたのが現在になって判明する事もあるんじゃないかな?」
「……言いにくい事なんですが、実はマユ・アスカが最後に確認された二年前のオーブ――そこで、次元跳躍の痕跡がありました」
「二年前に第276管理外世界と第97管理外世界がつながり、マユ・アスカくんが次元を超えたという事かな?」
「…分かりません。観測の記録が、ないんです…あ、いえ、あるんですが、ずっと、二年間放置されていたんです」
「なに?」

 

次元の壁を超えるのは、難しい。そのためどうしても大規模の魔力が伴い、魔導師が故意に次元跳躍する場合であれ、災害として一般人が次元世界を漂ってしまう事故が起きた場合いやでも目立つのだ。
プレシアが高次空間にとどまっているのは管理局に特定されないためであり、それと反対にヴォルケンリッターは目立つ事を逆手にとり必要以上の回数どうでもいい場所への次元転移を繰り返して痕跡を残しまる事で追跡を欺いている。

 

管理外世界と銘打っていても、このような次元の壁を越えてしまう前兆や痕跡について管理局はかなり細部まで目を配っている。
つまり、二年も何者かが次元を跳躍してしまった事故、あるいは事件が放置されているというのは、まず有り得ない。
有り得ないのに、放置されているという。
そして調査では、この次元がつながった事実には前兆がきわめて短い時間にしか現れていない様子だった。自然災害ではあるまい。
何かしらの魔法によって、第276管理外世界と第97管理外世界がつながったと言う事だ。

 

「しかも、おかしいんです。第276管理外世界の、いたるところに第97管理外世界とつながった痕跡があるんです……それも、およそ二年前から、時間もバラバラに何度も」
「……では今回アースラが立ち会ったという旗艦もかね?」

 

リーゼアリアが頷いた。
ボルテールにあったというジュエルシード。これもまた第97管理外世界とつながった時、たまたま転がり込んだのだろう。
そして第97管理外世界がジュエルシードと交換したものこそが、イザーク・ジュール。
おそらくだが、こんなチェンジリングが第276管理外世界と第97管理外世界が数回つながったタイミングで起こっているのだろう。
すなわち、二年前からジュエルシードが第276管理外世界に存在していたと言う話になる。

 

「馬鹿な」

 

ユーノ・スクライアがジュエルシードを発掘して一ヶ月と経っていない。
土の中で眠っているはずのジュエルシードが、存在していないはずの世界に散らばった。不可思議な現象が起こってしまっている。

 

だがしかし、もしも、もしかすると有り得るとするならば、原因は次元災害かロストロギア。このふたつしかない。
時の流れや歴史が歪むといった災害はないでもない。しかし時を破壊したり凍えさせたりと、とにかくマイナスにばかり傾くものばかりだ。
今回のようなケースは、もはやジュエルシードがタイムスリップしているようにしか考えられなかった。
過去へ跳躍する、未来へ跳躍するといった事柄は、魔法文明が栄えたミッドチルダでさえオカルトだ。
グレアムが唸りを上げる。

 

「原因は?」
「不明です。今、無限書庫からジュエルシードの記録を掘り出しいますが…」
「ジュエルシードは膨大なエネルギーを封じているだけだろう」
「はい、ですが……ですがジュエルシードが無関係とは思えません」
「別のロストロギアや次元災害と関連しているかもしれない」
「時間を超えるなんて……無いとしか思えません。それに、今見えているロストロギアはジュエルシードと闇の書ぐらいなものですよ?」
「闇の書が原因とは思えないな…」
「ええ、ですからやはり、ジュエルシードかと」

 

リーゼアリアは不安げに言うが、グレアムにはやはりジュエルシードと闇の書は、時間を超える珍事に関わりないと感じている。
こればっかりは、直感だ。

 

もっと何か別の、原因。
グレアムとしては、おそらくロストロギア。次元災害の類いであれば、間違いなく前兆が存在する。
それを見逃すほど管理局も焼きが回っているわけではない。
突発的な何かがあったという前提で決めてかかるのは危険だが、グレアムはその方向で思考の枝を伸ばす。

 

例えば、ジュエルシードと一緒にあった何か。
何か、としか今は言いようがないが、ジュエルシードと近いし位置にあった何かが引き金となったとかは。

 

「面倒な事になってきたな…」
「はい、とにかく今はこの異常事態について、今は伏せておきます」

 

面倒な事になってきてはいるが、それで闇の書を取りこぼす事だけは避けねばならない。
正直な話、闇の書の危険度よりもジュエルシードや、ジュエルシードが時間を超えている珍事の方が重大だ。
しかし、それでもこのまま野放しにしていれば闇の書は永劫に数多の世界を喰らい続けるだろう。その積み重ねもここまでにしようではないか。これ以上放っておけば、ジュエルシード以上の被害と化す……いや、すでにジュエルシードレベルに災厄を振りまいてきた。もう終わらせねばなるまい。

 

「クロノにこの事は?」
「まだです。アースラがいろいろと許可を求めてきていますので、その返事と一緒にいくらかは話すつもりです」
「許可と言うのは、これだね」

 

グレアムがリーゼアリアの持ってきた、アースラからの許諾の要求を取り上げる。管理外世界の人間をアースラスタッフと一緒に行動させる事や、やや大きめの被害が予想されるからちょっとした無茶も見逃してくれと言ったものばかりだ。
グレアムが苦笑する。リンディの使える物は使う大らかな仕事ぶりは健在らしい。
宇宙にさえジュエルシードが散らばっているが、すでに現地でモビルスーツとパイロットが手に入ったようだ。

 

「ひとまず、あの世界のジュエルシードは任せて大丈夫そうだね」
「第276管理外世界に21個のうちいくつあるは分かりませんが……クロノのリンカーコアが回復するまでに集め終わってしまうかもしれませんね」
「……ふむ、それと実力ある魔導師の要請もあるね」

 

グレアムが読み進めているとやはりクロノを欠いた痛手に喘いでいるようだった。
さらに言えば、ヴォルケンリッターがまたジェエルシードを狙って来ないとも限らない。戦力が心もとないのは良く分かる。

 

「武装隊を回しましょうか?」

 

少し、グレアムが考え込む。大人数を送り込んだとして、ジュエルシードを一斉に捕獲できるかどうかは微妙だ。
暴走の兆候が見られない間はアースラとて感知が難しいのだ。しかも、宇宙に散っている事を考えれば武装隊大人数はむしろ邪魔だろう。

 

「…ロッテひとりを行かせなさい」
「! それは…」
「用心だよ。武装隊ではヴォルケンリッターが出た時に足止めにしかならない」
「…しかし、ヴォルケンリッターが海鳴のジュエルシードだけに狙いを定めれば、ロッテが無駄になってしまいます。管理局が目を付けた第276管理外世界よりも、やはり海鳴の方が組し易いとヴォルケンリッターも考えないでしょうか?」
「海鳴にはスクライアの子や、黒衣の少女もいる。見た限り、彼らも十分な粒ぞろいだ」
「ヴォルケンリッターよりも先にジュエルシードを手に入れてくれる事を期待するのですか」
「賭けの要素が強いと思うかね?」
「はい…ですが、彼らを陰からサポートするだけの介入の仕方であれば、確かにロッテ抜きでもいけるかもしれません」

 

グレアムが頷く。正直、複雑な様相を呈している現状が、想像している通り上手くいくとはもう思えなかった。
それでも、おそらく闇の書だけは封じられる。不確実ではあるが、氷の棺に閉じ込める事だけは、出来るはずだ。
後の事は、管理局が本腰を入れれば解決できるだろう。
不可解で不明な点はまだ多い。しかし、全部を把握できるだけの時間もないのだ。

 

重い気分にしかなれない状況。まだ艦の指揮をしていた十年前の元気があれば、少しはマシだったかと考えてグレアムが溜息をつく。
そして、ついた溜息にまた気分が重くなる。

 

「年を取ったな…」

 

小さく呟いた。