あなたはもう泣かないで────
私の本当の思いが、あなたを守るから────
機動戦士ガンダムSEED
逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
PHASE-29
「!?」
真紅と群青、2機の動きが止まった。高出力のラケルタがジム・クロスウィズのシールドに食い込んでいる。
「何があったの? エターナル、エターナル、応答してっ! っ!」
僅かな隙に、ジム・クロスウィズはシールドで受け止めていたラケルタを振り払うと、ファルシオンでアンビテンに斬りかかってくる。
ルナマリアはビームシールドを拡げてそれを受け止めると、エターナルに向かってアンビテンのスラスターを吹かした。
「待て!」
コニールもそれを追って、ジム・クロスウィズのスラスターを吹かす。だが、アンビテンのほうが速く、引き離される。
誰もがその目を疑った。
ラクス・クラインの最強の剣、キラ・ヤマトの“フリーダム”が、そのラクスの乗るエターナルの艦橋を、フルバーストで粉砕した。
さらにもう一撃。エターナルの艦体にケルビックフリーダムのフルバーストが入る。アポリュオン複相複元砲は、容易くエターナルの装甲を撃ち抜いた。
エターナルは炎に包まれ、早くも断末魔の様相を呈している。
「うわぁぁぁぁっ」
ケルビックフリーダムは、己の上方に向かって一気に離れていく。
「!」
反射的に動いたのは、ただ1機。
「っ、待って下さいっ」
真っ先に追いかけ始めたエンデューリングジャスティスを、ミーアがさらに追いかけていく。
砲火を交わす双方の艦隊が、点にしか見えなくなるほどに離れた頃、ケルビックフリーダムはそこで動きを止めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
エンデューリングジャスティスは、その正面に向かい合う。
「シン……僕は……僕は……」
「…………」
2機は向かい合ったまま動かない。キラは嗚咽を上げるように言い、そして叫ぶ。
「そうだったんだ! 僕は君から全てを奪った!」
「!?」
シンは険しい表情で、エンデューリングジャスティスからケルビックフリーダムを睨んでいたが、キラの言葉に、眉を少し緩める。
「けれど僕には最初から何もなかった! だから、僕は君の痛みを理解できなかった! 痛みを理解しないまま、僕は奪い続けてきたんだ!」
────ラクスの望むままに。キラはそれは口に出さなかった。
「…………違うだろ」
低い声で、シンははっきりとした言葉で口に出した。
「アンタ、本当は持ってたんだ。1つだけだけど。だけどアンタは最後の最後でそれを守れなかった! だからアンタはあの時、本当は俺にこう言いたかったんだよ! 『苦しんでるのはお前だけじゃない』ってな!!」
それを突きつけるには、キラは優しすぎた。キラの歪んだ優しさは、シンの憎悪を燃え上がらせただけだった。
「運が悪かったんだね、僕達。あんな出会いじゃなければ、理解しあえたのに」
「お互い未熟だったんだろ。アンタは俺に本当の言葉をかけられなかった。俺はアンタの言いたいことを理解できなかった」
言いながら、お互い、エンデューリングジャスティスとケルビックフリーダムにラケルタを構えさせる。
「はぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁっ!」
2つの刃が、激しく交錯する。
「ごめんなさい……」
艦砲で撃ちあうほどの光を放ちながらぶつかり合う2機を、マリアの艦橋の窓から見上げながら、アルテイシア──フレイは1人、呟いた。
「私にもっと勇気があれば、キラ、貴方を苦しませないですんだ。私にもっと力があれば、シン、貴方にキラを討たせないですんだ」
プラント軍は、エターナルと、ラクス・クラインを失い、戦意を喪失しかけていた。
モビルスーツには戦いを続けている部隊もあったが、完全にジオンのMSに圧倒されている。
ジオン艦隊も巡洋艦ライゾウ・タナカが姿を消していた。エストは激しく炎上しており、カチュアが接舷して、退艦作業を始めている。
そのカチュアも艦首部分がずたずたに破壊されていた。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
一体のパクフアープが、マリアに向かって突進してくる。
「よくもミリィをーッ!!」
突進を止めるべくニュー・ジンシリーズやジム・クロスウィズの小隊が立ちはだかるが、素早い動きで刻まれ、あるいは振り切ってマリアに迫る。
『エルスマン、止まってーっ!』
肩に鳳仙花のマークを入れたニュー・ジン・バンシーが、それに追いすがってくる。
「うるさい、俺は、俺はーっ!!」
マリアの艦橋。アルテイシアはスラスターの輝点に気付き、視線を向ける。パクフアープはビームサーベルを振り上げた。
次の瞬間、パクフアープの腕が無くなった。レール狙撃砲の弾体がビームサーベルもろとも引きちぎっていった。
「ごめんなさい、エルスマン」
シホのニュー・ジン・バンシーが、ファルシオンでパクフアープの胴を貫いた。
「────」
アルテイシアは、仮面を外した素顔のまま、哀しげな瞳で、デブリと化していくパクフアープを見つめていた。
エンデューリングジャスティスの、連結されたラケルタが、ケルビックフリーダムを横に薙ぐ。ケルビックフリーダムはビームシールドでそれを受け止める。
そのまま、もう一方の刃で上からクロスするように斬り付ける。ケルビックフリーダムはそれを後ろに下がってかわした。
ケルビックフリーダムの胸が瞬く。フルバースト。それをエンデューリングジャスティスは捻ってかわす。
「!」
クリュティエドラグーンが、エンデューリングジャスティスを捉える。
次の刹那、その半数が破壊された。スタードラグーン。シンはラケルタを分離し、残りを薙ぎ払う。
ケルビックフリーダムの、二刀流の斬撃が、エンデューリングジャスティスに迫る。シンは正面にシールドを構えさせて、ビームシールドを拡げ、凌ぐ。
バチバチと激しい火花が、2体を照らす。
「羨ましいね、君にはいつも、仲間がいる」
「アンタにだっているだろ」
「仲間? 僕を利用してただけさ。だって僕は……」
ケルビックフリーダムが、構えなおそうと引く。
エンデューリングジャスティスは間合いが広がるのを許さず、詰めると、連結させたラケルタで上段から斬りかかった。
ケルビックフリーダムは、右に回避する。
エンデューリングジャスティスは、筆記体の“L”を逆に書くように、さらにケルビックフリーダムを凪ごうとする。ビームシールドに受け止められる。
「僕は、彼らの痛みを知らなかったからね」
『あってはならない存在だと言うのに!』
『解らぬさ、誰にも!』
『知らぬさ! 所詮人は己の知ることしか知らぬ!』
クルーゼの言葉がキラの脳裏に蘇る。
キラは知らない。知らなかった。シンの痛みを、フレイの苦しみを────
多くの人の嫉妬と羨望を。
『それでも、力だけが僕の全てじゃない!』
────そう言ったはずなのに……
「アスランはどうしたんだよ!」
シンは、怒りの形相で問いただす。問いただしながら、正面からケルビックフリーダムを斬りつける。ケルビックフリーダムのビームシールドが、それを受け止める。
「アスランは、敵だよ」
「何、言ってんだ?」
シンは呆けかけた。ケルビックフリーダムのラケルタが迫り、それを回避する。
「親友だって言うのに、アスランはいつも僕の敵だったよ」
「でも、いつも最後にはアンタの味方をしてたじゃないか、それで営倉にまで放り込まれて!」
エンデューリングジャスティスが、ケルビックフリーダムを横一文字に薙ぐ。ケルビックフリーダムは自身の上方へ向けてそれを回避する。胸のアポリュオンが瞬く。
「っ、ちぃ!」
回避がワンテンポ遅れた。エンデューリングジャスティスの左腕は、シールドごと吹き飛んだ。
「アスランだけじゃないよ、誰もそうなんだ、僕に勝てないってわかると、みんな僕の味方になるんだ」
「うあぁぁぁぁっ!!」
エンデューリングジャスティスが、片腕で迫る。
ケルビックフリーダムは間合いを取って回避しようとしたが、一瞬早く振り切られたラケルタが、ケルビックフリーダムの左腿を斜めに切り裂き、その脚を切り落とす。
「だから、シン────僕に解る基準点は…………」
二刀流のケルビックフリーダムが迫る。シールドのないエンデューリングジャスティスには、回避することしかできない。踊らされるシン。
「君だけなんだよ」
キラとの死闘を乗り越えて尚、キラに刃を上げる者。唯一の存在。
だから倒さねばならない。この戦いが決まらなければどちらにも未来はない。
ケルビックフリーダムのバースト。アポリュオンは撃たず、それ以外の火器のみが発射される。アポリュオンの空間コンデンサ動作が無かった。シンの回避が遅れる。
「しまっ……」
キラはコクピットを狙ってきた。ラケルタの切っ先が、姿勢を崩したエンデューリングジャスティスの胸に向かって突き出されてきた。
「シン! 僕は君を乗り越える!」
キラが勝利を確信した瞬間────
「やめてぇぇぇぇっ」
別のモビルスーツが、紅いモビルスーツが、ケルビックフリーダムの前に躍り出た。
「!」
ラケルタはその喉元を貫き、慣性でコクピットブロックまで引き裂いた。
紅いモビルスーツ。Gタイプの紅いモビルスーツ。それは味方のシグナルを発していた。
「アス……ラン……!?」
核融合炉が分解し、高圧のガスがコクピットブロックを粉微塵に砕く。
その後ろから、エンデューリングジャスティスは飛び出してきた。
ケルビックフリーダムは────避けない。
エンデューリングジャスティスの刃は、ケルビックフリーダムを袈裟斬りにした。
「かわいそうな人……」
ミーアのコクピットから、クレハは残骸へと変わるケルビックフリーダムを見送った。
「傷ついて、傷ついて、傷つくことに耐えかねて、目を閉じて……他人に見ることを任せきりにして……なお傷ついて…………貴方も苦しんだでしょうに。でも、やっと終わったの、貴方の旅も、長く辛い旅も…………」
『おおぃ、シン、無事かぁっ!?』
「コニール……」
近寄ってきたジム・クロスウィズ。
『あの、赤毛女はどうした?』
「ルナは…………」
泣きじゃくる事はなかったが、シンは目尻から涙を流す。
「ルナは、俺の盾になって……」
『…………』
コニールは言葉を失った。彼女にとって、先ほどのルナマリアは敵に過ぎなかったが、シンを庇って倒れた相手を、罵ることも憚られた。
「どうして、俺たちはこんなところまで来てしまったんだろうな……」
『シン!』
シンの言葉に、コニールは声を荒げた。
『シンは、守りたい物の為に、ここまで来たんだよ』
「…………でも、俺はキラを倒す為に」
『シンは誰かを守らずにはいられないんだよ……仲間の為に、ガルナハンの為に、……あの人の為に』
哀しげな表情をしつつ、コニールはシンに語りかけた。
「…………」
『アスカ大佐』
コニールに変わって、クレハが通信用ディスプレィに現れた。
『帰りましょう、アスカ大佐』
やはり悲痛な面持ちで言うクレハに、シンは嗚咽になってしまいそうな声で言い、そして、頷いた。
「あ、あ…………っ」
『私はジオン公国大公、ジオン・アルテイシア・ダイクン。プラント軍に告ぐ、降伏の意思あるものは救難シグナルを発して停止しなさい』
マリアから、アルテイシアがプラント軍の全周波数帯に渡って呼びかける。
救難シグナルを発していたパクフアープの1機が、破損したもう1機を抱えながら、ニュー・ジン・ソルジャーの誘導に従って、ジオンのMS空母『アスベル』に降り立つ。
破損した機体は、アスベルのクレーンで、格納庫内に運ばれていく。
もう1機のコクピットから、ZAFT大統領武装親衛隊のパイロットスーツを着た、少女兵が飛び出してきた。運ばれるパクフアープを追っていく。
ジム・クロスウィズが近寄ってきて、破損したパクフアープのコクピットを、強引にこじ開けた。
「ジーク!」
コクピットブロックにまで、ビームサーベルによる傷が伸びていた。搭乗者には直接傷はついていなかったが、搭乗者は、パイロットスーツの中までから空気が抜けた状態で、絶命した。
「ジーク、ジーク!! うわぁぁぁぁぁっ!」
ニーナは、その場でへたり込むような姿勢をとり、泣き崩れてしまった。